しっぽを隠して!稲形さん! 作:人外が好き
『獅記さん、そろそろ
古典の解説中に、そんな手紙が回ってきた。
なんだその意味深な言葉はと一瞬勘ぐってしまったが、意味深なのは当然である。妖力の補給というやつだろう。仮に誰かに見られても問題ないようにというリスクヘッジだろうが、むしろ危なくなっている気がする。
別に予定なんてない暇人なので、『いいですよ。放課後の教室で大丈夫ですか?』と返信。
『d(˙꒳˙* )』と丸っこくてかわいい顔文字が返ってきたので、一旦ノートを取る。
『わろしって、ワロスで覚えちゃうせいで意味勘違いしちゃいますよね(笑)』
『稲形さん、古のインターネットに浸りすぎじゃない?』
いやめっちゃわかるけども。この覚え方が通ずるのもギリギリなんじゃないか?
*
「獅記さん、おまたせしました」
「いえいえ、全然大丈夫」
生徒たちがいなくなった放課後の教室。読んでた本を閉じて、稲形さんに向かう。
「それでは、また私の身体に触れて頂けますか?」
「うん」
頷きつつも、ぼくは戸惑っていた。触れていいって何? どこ触るのが正解なんだ?
手……はなんか親しすぎる気がするし、肩とかが無難か? でも肩叩くのってちょっとセクハラおじさんみたいな感じあるし、などと考えた結果、素直に「どこ触ればいいかな?」と聞いた。それはそれで余計にいやらしい感じが出た。
「どこでも問題ないのですが、妖力を発しやすい部位だと吸いやすくて助かりますね」
「……つまり?」
「
「……なるほど」
なるほど、難題である。
二択まで絞られたけど、そこから選ぶのは至難の業だった。無難なのは、前回も触れた尻尾だろうが、正面から触ろうと思うと稲形さんとガチ恋距離にならなきゃいけないし、かといって後ろに回るというのも手間。
あと、前回触った時、ちょっと反応が、アレだったので。
「失礼するね」
「はいっ」
手が伸びたのを見て、稲形さんが少し頭を下げる。そこまで身長差はない、と言いたいが、悔しいことにぼくより稲形さんの方が数センチほど高い。
「ん……」
狐耳の、尖った上部に、フェザータッチする。加減がわからない。
流石に優しく触れすぎたのか、「もっと強くても……大丈夫ですよ?」と、上目遣いで言われた。栗色の瞳と視線が交錯する。
「では、失礼して」
指で耳の先をつまむ。モフモフとした毛の感触と、人の耳よりも柔軟そうな柔らかな感触。それから、ピクピクと独立した生き物みたいに動くのが分かって、なんだか不思議だった。
「ひゃ、あ……」
「だ、大丈夫?」
「問題、ありません……! あの、より効率的にするために、空いた手も──」
恐る恐るもう片方の耳に手を伸ばせば、稲形さんのしなやかな指に掴まれ、位置を誘導される。
「その、両方は刺激が強すぎるので、ここでお願いします……」
ぽふっという間抜けな効果音が脳裏に浮かぶ。ぼくの指は、稲形さんの髪の中に沈み込んでいた。よく手入れをしているのだろう、とてもサラサラでフワフワな髪の毛だった。
「そのまま、手を横に動かしてもらってもいいですか?」
「こ、こうかな……?」
右手は耳をつまんだまま、左手で稲形さんの頭を撫でる。
綺麗な髪の毛が、ぼくの手汗で汚れやしないだろうかと不安になるが、そんな心配とは裏腹に、稲形さんは心地良さそうに頬を緩めていた。時々撫でる手が耳に触れ、小さく声を漏らしていたが。
「そう、そのまま……」
両手の温もりと、心臓の高鳴りと、背筋のゾクゾクを感じながら、促されるままに続ける。
夕暮れの教室で、稲形さんと二人きり。このまま時が止まってしまえば、などと陳腐なことを考えているうちに、「もう大丈夫です」と、お声がかかった。
「……ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ、本当に……」
「身体の方は大丈夫ですか? 実は少々妖力を吸いすぎてしまったのですが……」
「んー、特には……?」
言われてみると、貧血の時みたいなフラつきがあるが、わざわざ言うほどではないだろう。
「本当ですか?」
一歩、稲形さんがこちらに詰め、心配そうに顔を覗き込まれる。
長髪が靡く。狐耳が跳ねる。僕の心臓が揺れる。
金色の瞳に、吸い込まれるような錯覚を得る。
「顔、赤いですよ……?」
「ゆ……夕焼けのせいだよ」
君のせいだよ、なんて伝える勇気は、ぼくにはないのだった。