しっぽを隠して!稲形さん!   作:人外が好き

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何読んでるんですか?田貫さん!

 

 

 

 

「お疲れ様です」

 

「お疲れさんやね」

 

 扉を開け、既に部室に来ていた田貫さんに声を掛ける。彼女はぼくを一瞥だけして微笑むと、すぐに視線を本へと戻した。慣れてくるとこの無関心さも、程よい距離感として、居心地がよかった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 本棚から本を見繕って、窓寄りの席に座る。そのあとは、ページを繰る音と、時計の針が刻まれる音と、微かに身じろぐ時の衣擦れの音だけが部屋を包む。

 学校の端にあり、グラウンドや本校舎からも離れたここは、喧騒から遠く離れていて、なんなら図書室よりも読書に適していた。

 

「部活には慣れたん?」

 

 と。藪から棒に、田貫さんはそう言った。本から視線を上げると、彼女の栗色の瞳がこちらを見つめていた。

 

「ええ、お陰様で。慣れるというか、馴染むと言った方が正しそうな環境ではありますが」

 

「そやなあ。活動言うても本読むだけやからなあ」

 

 カラカラと、鈴を鳴らすように田貫さんは笑う。

 

「文芸部というと、小説とか詩とか俳句とか、何か作品を制作する人が多いイメージがありましたけど、ここはほんとに本読むだけなんですか?」

 

「大昔はいたみたいやねえ。そこの本棚の裏側見てみぃ」

 

 言われた通りに、窓側の端に置かれた大きな本棚の裏側を覗く。そこには同じサイズの本棚がもう一つ置いてあり、一般的な本と比べたら明らかに厚さが薄い本や、ホチキス止めされただけの紙の束がまばらに並んでいた。成程、所謂同人誌というやつだろう。

 

「壁とやけにスペースあって変だなとは思ってたんですが……そんな構造だったんですね。部屋の所々に置いてある小物も、当時の人たちの趣味ですかね?」

 

「せやね。かわええのが多いやろ?」

 

 棚の上や窓際など、そこかしこに置かれた小物を見つめる。オタクらしい美少女フィギュアもあれば、猫とか虎とかの動物っぽい置物や、外国のお土産みたいな、独特の形状のオブジェもある。本を吟味しようと背伸びすれば、亀の置物と目が合った。

 一旦、左上にあった薄い本──俗に言う同人誌? ──を手に取る。正面の本棚は所謂名著とか、既読済みの作品が多かったため、しばらくはこれらを読もうかな。

 

「田貫さんは、ここの本は全部読んだんですか?」

 

()は全部目ぇ通しとるよ。そこにある分はな」

 

「ここ以外にもあるんですか?」

 

「ん……まあ、せやね」

 

 彼女にしては珍しく、何だか歯切れの悪い回答だった。少し気になったが、詰める前に「獅記くんは、なんでも読むんやっけ?」と質問された。

 

「そうですね、気になった作品があれば読みますよ。本屋の店頭で『注目の新作!』みたいなのを買う時もあれば、古本屋巡って気になった本を買ったり、最近はネット小説も読みますね」

 

()()()、便利やもんなあ。ウチはどうしても紙から離れられんけど」

 

「あー、それもわかります」

 

 電子書籍はネット小説は手軽で、いつでもどこでもスマホ一つで楽しめる利点があるけど、なんというか、目が滑る瞬間もあるし、話を全力で楽しめているかと言ったらそうじゃない、というか。

 上手く言えないけど、紙の本だからこその体験を、ぼくらは愛しているのだ。

 ページをめくる感覚、その度に物語にのめり込んでいくような没入感。それに好きな作品は、電子データでの所有より、現物を手に持っている方が嬉しいもんね。

 

「ふふ、中々ええ趣味しとるやないの」

 

 目を細めて田貫さんは微笑む。ぼくも陰の者として、そんじょそこらの本好きには負けないと思っていたが、下手するとこの人は僕以上の愛書家(ビブリオマニア)かもしれない。そんな雰囲気があった。

 

「ちなみに、田貫さんは普段何を読まれるんですか?」

 

「難儀な質問やわあ。目に付いた本は、なんでも読み尽くさんと気ぃが済まんのよ。活字中毒って奴なんやろね。最近はそこの本棚の本を読み漁っとるわ」

 

「なんかオススメありますか?」

 

「丁度いま獅記くんが持っとる同人誌は、裏の中でもかなりよかったなぁ。昔在籍しとった学生たちが書いた短篇集らしいんやけど、えらい豊作だったわぁ。作風もまばらやから、どれか一つはハマるんがあるんやないかな」

 

「へー。ちょっと読み進めますね」

 

 目線を本に落として、読み進めること数十分。ぼくは瞳から雫を溢した。

 

「うう、よすぎる……」

 

「せやろ?」

 

「どの話も良かったけど、特に好きだったのは四作品目ですね」

 

「ああわかるわ。切ない恋って、心が震えるのよな」

 

「わかります! 人間と雪女、異種族の恋愛をあんな風に描くとは……真相のぼかし方も綺麗で、それこそ煙に巻くというか、吹雪に包ませるような印象で、それもまた幻想的でしたね」

 

「そうやね。狐につままれたみたいな心地になったわあ」

 

 狐といえば、と思い出したように田貫さんは続けた。

 

「今日は稲形ちゃんはおらんのやね」

 

「実家のお手伝いが忙しいみたいで、木曜日は大体怪しいとのことでした」

 

「ふうん」

 

 興味があるんだかないんだか、いまいち汲み取れない相槌を打つ田貫さん。

 

「二人は仲ええよね。付き合っとんの?」

 

「いっ、いえ。そんな訳ないじゃないですか」

 

 それこそ異種婚姻譚ではないが、僕と稲形さんでは住む世界が違いすぎる。彼女に釣り合うような立派な人間ではないし、カッコイイ人間でもない。

 

「たまたま接点ができただけの、ただのクラスメイトですよ」

 

「ふうん?」

 

 今度の相槌は、明らかに関心を持って聞こえた。

 田貫さんは、ずっと開いていた本を閉じて。頬杖をついて、目を細めて言った。

 

「そういう風には見えへんけどなあ。まあ、でもほんならええか」

 

「え?」

 

()()()()じゃないってことやろ?」

 

 田貫さんの雰囲気が変わった。明らかに、興味を持ってぼくのことを見つめている。

 

「獅記くんの好みについて聞きたいわあ」

 

「な、なんのですか……?」

 

女子(おなご)の」

 

 頬杖が深まる。より前傾姿勢に、ぼくの方へと近づく。机上に乗っていた、彼女の大きな胸が、むにゅりと形を変える。瞳を逸らす。

 

「やっぱり、大きい方が好みかいな? そらそうやろねえ、男子(おのこ)やもんねえ」

 

「いえ、ぼくは……」

 

「正直になっていいんよ? ウチは素直な子の方が好きやわあ」

 

 指先に、何か暖かいものが触れ、包まれた。それが田貫さんの手だと気づくのに、そう時間はかからなかった。

 

「──でも、初心(うぶ)な子はもっと好き」

 

 声は耳元で響いて、脳髄を溶かす毒みたいに流れてきた。脳天から爪先まで、稲妻が落ちたみたいにゾクリとして、心臓が早鐘を打つ。あるいはそれは警鐘だったのかもしれないけど、その真偽を考える余裕すらないままに、彼女と僕の距離は近づき──

 

 

「あら、時間切れやわ」

 

 十八時の、下校時刻を示すチャイムが鳴った。ゆっくりと田貫さんは姿勢を戻して、にこりといつもみたいな、人畜無害と言わんばかりの微笑を讃える。

 

「今日はこの辺にしとこか。獅記くんの、小説のキャラの好みが聞けてよかったわぁ」

 

「え、あ、そういう話だったんですか!?」

 

「さ、どやされる前に帰ろか」

 

 くすくすと、田貫さんはお上品に笑った。先程までの様子が嘘みたいだった。

 

「──また明日」

 

 狸に化かされたみたいだと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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