魔導師たちの群像_ 魔法少女リリカルなのは   作:夏深てふ

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『飛行』

地面からはなれるということ

軽くなるということ

重力が重たいということ

世界を敵にまわすということ。

もしかしたら孤独。

自由ということ。

空が美しいということ。

もしかして翼を背負う天使。

体が軽くて翼が重いということ。

羽を畳んで地上で眠るということ。

ララバイ、オブ、バードランド。


第一章:ララバイ・オブ・バードランド 1/夜間飛行

 八神ヴィータが市蔵ソラの声を初めて聞いたのは、暗い、暗い夜の海の上だった。

 

 その頃のヴィータは時空管理局ミッドチルダ地上本部航空12部隊バードランド分隊副隊長なんて言う長い名前の役職についていて、時空犯罪者共の悪行を暴くために日夜飛び回ってた。その日の仕事も、時空犯罪者のアジトとかしているミッドチルダ・クラナガン近江の海上プラントを夜の闇に紛れて強襲するという、いつも通りに暴力的で軍隊的で、でも合法的な正義の味方のお仕事だった。

 

 ヴィータはその小柄な体躯に、闇に溶ける黒いゴシックロリータ調の騎士甲冑を着込み、ベルカ式デバイス『突貫鎚グラーフアイゼン』を肩に担ぎ、海面すれすれを飛行魔法で飛んでいた。敵のレーダーにかからないように、低く、静かに、速く。そして、担いだ突貫鎚で敵地の扉と、しみったれた戦意と、それでも向かってくる馬鹿な敵共をぶっ飛ばしてやるんだと意気込んでいた。

 

 ぶっ飛んだマスターキー(万能錠)、冷静なバスターキー(破壊錠)、それが航空隊前衛トップ魔導士ヴィータと、その相棒グラーフアイゼンの役目だった。

 

〈こちらヨダカ。フクロウ、聞こえますか?〉

 

 傍受されないための暗号念話。そのせいで、少女の声はノイズエフェクトのかかったマイルスのトランペットみたいになっていた。『ヨダカ』と名乗ったその煙たく甘くひび割れた声、それが市蔵ソラだった。

 

 コールサイン『フクロウ』の八神ヴィータはグラーフアイゼンの補助システムで暗号化した念話を飛ばす。

 

〈聞こえているよ、新入り。なんだ?何かあったのか?〉

 

〈敵が動き出しました〉

 

〈おい、あたしらはドジ踏でないぜ。新入り、アンタがドジやらかしたんじゃないのか?〉

 

 そう言って空を見上げるヴィータ。話によると、この新入ソラの仕事は敵上空8000メートルからの偵察ということらしい。しかし闇と距離とのせいで、ヴィータの目ではソラの姿は全く確認できない。ただ、この念話ははるか上空から飛んできているようで、その上空数キロメートルという馬鹿げた場所にソラが居るのは間違いないようだった。

 

〈敵のキルゾーン及びレーダー感知領域には入ってませんが〉

 

〈だろうな。今確認したんだけど、あたしにもお前がどこにいるのか全くわからない。新入りのくせに、大した魔導空士だよ〉

 

〈”軽くあれ”。私には"飛ぶ"以外は何もありませんから。敵影を確認しました。敵はプラント施設屋上に二十一人。魔導士一人と、質量兵器で武装した兵隊が二人のスリー・マン・セル(三人一組)が五組の小隊編成です。デバイスも質量兵器も、アンチ・マテリアル(対物)使用、5000メートルがキルゾーン(射程圏内)です〉

 

〈ヤー(了解)〉

 

 敵地まであと数分。そこでヴィータは初めて後ろを振り返る。そこには彼女の500メートル後ろで編隊を組んで追随する、空戦魔導士団。さらにその1キロメートル後ろには、黒い甲冑を着込み剣を腰に差した赤い髪の女。その女に向かって、ヴィータは言う。

 

〈さて、どうるするよ。隊長殿〉

 

〈どうするも、こうするも無いだろう。スリーカウントで作戦開始だ。お前の自慢のアイゼンで、奴らを料理してこい。私達はそのあとからゆっくり頂くとしよう〉

 

〈ヤー(あいよ)。しらねぇぞ。毒が混ざっていても〉

 

〈注意するさ〉

 

 同時に天空からの甘くひび割れた暗号念話。

 

〈ヨダカより、バードランドへ。作戦空域に入りました。民間の船影、機影はありません。ゴー・サインです〉

 

 隊長はニヤリと笑い、愛剣レヴァンティンを抜いた。そして〈これよりバードランドは作戦を開始する。スリーカウントだ〉。その妙に生気に満ちた声でカウントを開始する。

 

〈ドライ(3)〉

 

 編隊を組んだ空戦魔導士達が、セーフティーを解除したデバイスをギリリと握りしめた。

 

〈ツヴァイ(2)〉

 

 ヴィータは遥か目視外の頭上8000メートルを見上げ、まだ顔も知らぬ、今日入隊したばかしの市蔵ソラを思う。

 

〈アインス(1)〉

 

 遥か天空で黒く長い羽を広げ滞空、旋回する、十字架のような"鳥"を見た気がした。

 

 ズーフ・イーン・イリューベルム・シュテールネンツェルツ!(星空のかなたに、創造主をもとめろ)

 

 そんな歌が、甘くひび割れた暗号念話で聞こえてきた気がした。

 

〈イューベル・シュテールネン・ムス・エル・ヴォーネン(星たちのかなたに、かならず創造主は住み給う)〉

 

 ヴィータは暗号念話でそっと返す。そしてフロイデ(歓喜)がやってきた。

 

〈ヌル!(0)〉

 

「アイゼン!騎士甲冑をステルスからバトルに、攪乱魔法域をたたんで全てを攻撃と防御と加速に充てろ。ラケーテンフォルムでぶっ飛ばす」

 

「ヤー(了解)」と突貫鎚アイゼンの短い電子音声。そして続けざま二発の爆音。アイゼンは機関部をポンプ式ショットガンのようにスライドさせ、使用済みカートリッジを廃夾した。

 

 同時に紅色の魔力光が煌めき、黒色の騎士甲冑は燃え上がるように赤いバトルドレスに変身。ベレー帽には、大切な家族から貰った御守りの『のろいうさぎ』アップリケが出現した。その『のろいうさぎ』の精神的守護と、自らの飛行魔法と、突貫鎚グラーフアイゼンに積まれたマギ・ジェットエンジンのアフターバーナーで、ヴィータは弾丸のスピードで敵陣に突っ込んだ。

 

 彼女が突っ込んでいったのは、海上プラントのヘリポートと、そこに着陸している輸送ヘリコプター。そいつに向かってヴィータは突進し突貫鎚を振り被ると、そのままアイゼンを力任せに叩きつけた。

 

 紅の魔力光の煌めき。鼓膜をつん裂く爆音。ひしゃげながらヘリポートをバウンドするヘリコプター。そして、その燃料エンジンが破裂し、火を噴き、爆発し、ヘリポートは火の海と化した。

 

 ぶっ飛んだマスターキー、冷静なバスターキーの面目躍如。敵海上プラントの玄関兼非常口は巨大な篝火になって、夜の海を照らしていた。

 

 ヴィータはその焼けたヘリポート上空で大きく息を吸い込むと「管理局だ。大人しくお縄を頂戴しろ。さもないとぶっ飛ばす」とヘリポートの周りに集結していた武装集団に怒鳴った。その大声と、ヘリポートを潰した破壊力と、それらに全く似合わない少女の体躯に呆けていた武装集団だったが、やがて誰かの「撃て!」という叫びと共に銃撃が始まった。

 

 フルオートで放たれた弾幕が、アンチマテリアルの魔法弾がヴィータを襲う。その暴力の嵐の中で、彼女は一歩も動かなかった。術式を編み、魔力陣を張り、全ての弾丸を受け止めて敵を只々見下ろしていた。彼女とアイゼンが作り出したシールドは硬く、唯の一発でさえ届かなかった。

 

 ヴィータは、目の前の驚異に向かって我をも忘れて撃ちまくる男達を一瞥すると「バードランド、料理は茹で上がった。カンカンだ」そう小さく呟いた。

 

「良い出来だ。仲良く切り分けて、みんなで頂くとしよう」と、女隊長の声。

 

 唐突に煌めく色とりどりの魔力光。襲撃の混乱に乗じて敵達の背後をとった空戦魔道士達の広域バインド(拘束魔法)の煌めきだった。

 

 海上プラントのヘリポート周囲に集結していた武装集団は突如として出現した魔力の壁に閉じ込められ、混乱し喚き散らす。

 

 一網打尽、チェックメイトだった。

 

 魔力の檻の中の彼らに、重ねてバインドをかけて縛り上げ、拘束する魔導空士。

 

 海上プラント内に入り、敵を制圧していく魔導空士。

 

 下の方から聞こえてくる銃声や爆発や怒号。

 

 やがて〈制圧完了〉と、部下達の念話が次々に伝わってきた。

 

 ヴィータはヘリポートの縁に腰掛けて、ふう、と溜め息をついた。祭りの終わる寂しさか、はたまた犠牲なしで敵を制圧できた安堵感か。そう言った複雑な感情を溜め息と一緒に吐き出し、しかしグラーフアイゼンを担いだまま万が一に備えていた。

 

「制圧完了だそうだ」

 

 不意に頭上から声。ヴィータが上を見上げると、飛行魔法で飛んできた隊長の姿があった。ステルスモードを解いたスミレ色の鎧をカシャリと音を立て、ヴィータのそばに着地した。なにやら嬉しそうな、しかし残念そうな表情だ。

 

「じきに空飛ぶ牢獄がプロペラを回してやって来る。そこで奴らを引き渡して我々の任務はおしまいだ」

 

 甲冑の女隊長は溜め息をつきつつ言った。

 

「おい、シグナム。ため息なんかつくなよ。幸せが逃げる」

 

「今なら逃げたって構わんよ。むしろ逃げてくれ。脱走しろ。奴らが弱すぎて、今日の私は誰一人とも戦ってないんだ。一人くらい"運悪く"強い奴とかが隠れていないかと願っているよ」

 

「欲求不満のバトルマニアめ」

 

 ヴィータは苦々しく笑い、シグナムは「冗談だ」と笑った。

 

 ヴィータとシグナムの目の前では、拘束魔法バインドで縛られ、四肢と声の自由を拘束された武装集団達が、蓑虫の群れみたいに転がっている。やがてそのそばに"空飛ぶ牢獄"がプロペラを回して着陸した。輸送ヘリだ。そこから降りてきた地上部隊の陸士達が犯人達を引っ立てて、ヘリの中へ積み込んでいく。立ち上がらされ、ど突かれて、並ばされて、小股にチョコチョコと歩く蓑虫のパレード。ヴィータは不謹慎ながら笑ってしまった。

 

 その時だった。

 

〈十時方向のクレーン塔に敵影!狙撃銃を持ってます〉天空からの暗号念話、市蔵ソラが叫んだ。

 

 それとほぼ同時に、武装犯の一人の頭が粉々に吹き飛び、コンマ数秒遅れで銃声が響きわたった。バインドをかけられたままのせいで、立ったまま血をまき散らし痙攣する死体。

 

 魔術に頼らない、音速を超える重質量弾での狙撃。それ故に、ここの魔道士達は誰一人として狙撃手の存在に気づけなかった。

 

〈二人とも、狙われています!〉

 

 ヴィータとシグナムは魔術でフィールドを張った。ガチャンと金属がたわむ音。コンマ数秒遅れの銃声。ヴィータの隣でシグナムが吹き飛んだ。二人で二重に張ったフィールドには、小さな穴が開いていた。

 

 うあぁあぁ、と獣じみた絶叫を上げるヴィータ。彼女はグラーフアイゼンにありったけのカートリッジをリロードすると、その破壊の権化と化した突貫鎚をぶん投げた。

 

 同時に銃声、頭を揺さぶる衝撃と意識の消失。赤いベレー帽が吹き飛び、地面に落ちた。『のろいうさぎ』の方耳は千切れ飛んでいた。

 

 一方、マギ・ジェットエンジンで加速されたアイゼンは、破城槌に変形し巨大化し、巨人だって殴り殺せそうな金属の塊に変身して、狙撃手のいたクレーン塔に突き刺さった。

 

 銃撃は止んだ。

 

 ヴィータとシグナムは倒れたまま動かない。

 

 遥か上空8000メートルから、甘くひび割れた暗号念話の悲鳴が上がった。

 

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