魔導師たちの群像_ 魔法少女リリカルなのは   作:夏深てふ

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『燃焼』

燃え上がるということ。

酸素と結びつくということ。

熱を生むということ。

酸化しただけ重くなるということ。

煙が出るということ。

もしかしたら心。

燃えて、燃え尽きるということ。

灰になるということ。

もしかしたら死。

煙が目にしみるということ

スモーク、ゲッツ、イン、ユア、アイズ。


第二章:スモーク・ゲッツ・イン・ユア・アイズ 1/地獄(ゲヘナ)にて

 とある辺境世界の戦場に八神ヴィータは立っていた。真っ赤な魔力で編んだドレスで、真っ青な空の下で佇んでいた。

 

 そのときの彼女は時空管理局陸上本部航空12部隊バードランド分隊副長という、相変わらずの長い名前の仕事に就いていて、今回は数名の同僚と部下を従えての出向任務だった。

 

 ヴィータは虚ろな瞳で周りを見渡す。その青い瞳には普段の彼女を象徴する激情や愛情そしてひとつまみ皮肉といった色は見受けられず、只々メランコリック、憂鬱な青空のような色。

 

 彼女が見つめていたのは、地平の彼方まで続く瓦礫、そして兵士や女や子供の幾千の亡骸だった。灰色の世界、死に満ち溢れた世界ではあったが、不思議と血の赤は見当たらない、完璧なモノクロの世界だった。

 

 戦争はとっくの昔に終わっていた。亡骸たちは腐り、血さえも灰色の腐敗液。何となく、大昔のモノクロ写真を見ているような気分になった。写真も、死体も、過去の象徴みたいなものだとヴィータは考えていた。モノクロならば尚更だ。

 

 ヴィータは空を見上げ、呼びかける。

 

「なあ、ソラ。お前、人を殺したことあるか?」

 

 雲の合間に、憂鬱な青空を背負って飛ぶ黒い鳥が見えた。まるで十字架みたいなシルエット。

 

 鳥が、甘くひび割れた暗号念話でヴィータに言う。

 

〈私は鳥です。翼じゃ誰も殺せやしませんし、攻撃魔法なんていう重たい嘴も持ち合わせていません。"軽くあれ"。人の命って、重たいんです〉

 

「相変わらず詩的なやつめ」

 

〈どうも、鳥で詩人で魔法飛行使の市蔵ソラです〉

 

「ばーか。詩人はペンで詩を書くんだ。翼じゃペンは握れないじゃんか」

 

〈戯遊詩人ってのは歌も歌いますよ。こんな風に〉

 

 響く歌声。運命の女神をラテン語で称え、嘆く、ソラの歌声。

 

 "戦争があって、沢山死んだ。たくさん死んで、病気が流行った。そして、また沢山死んだ。兵隊が悪いのでもなく、医者が悪かったのでもない。弱い女や子供が悪かったのでもなく、強い国家が悪いのでもない。強いて言うなれば、運が悪かったのだ。mecum omnes plangite!(それを私と一緒に皆さんも嘆いて下さい)"

 

 要するに、誰も責めない歌だった。ただ運がなかっただけ。ただ現実から逃げているとも取られかねない詩の内容だったが、その半端な生温さが体温に似ていてヴィータは心地よいと感じてしまった。

 

 ソラの歌う歌声の守護に守られて、ヴィータは目の前の地獄を直視する事を決意する。

 

 ヴィータは空を見上げることを止め、地上の地獄を見渡した。死体が腐り、疫病が広まり、死体が死体を増やしていったゲヘナの街。魔力で編んだ騎士服の加護が無ければ、一時間で感染し、一日で発症、一週間で死に至る恐ろしい空気。そんな空気に殺された亡骸の周りに、ヴィータは奇妙な人影を数人見かける。

 

 彼らは真っ黒な防護服(バリアジャケット)で爪先から指先までをもブカブカと覆っていた。汚染された外気との接触を断つための魔法服。そして頭から赤い眼鏡の防毒マスクをすっぽりとかぶり、口は嘴そっくりな酸素供給用デバイスで覆っている。

 

「防疫08部隊、か」独り言のように、小さく呟く。

 

〈まるでカラスですね〉

 

「同感だ」

 

 カラスのような防毒マスクをつけ、ねじくれた杖のデバイスでカラスのように死肉を啄み、調べ上げる。空中に浮かぶ魔導ホログラムが解析の結果をはじき出す。

 

 防疫08部隊のカラスたちが亡骸の側から立ち上がり、ヴィータの所へ歩いてきた。そして「ここも汚染区域に指定されました。要救助者の探査が終わり次第、浄化に移るそうです」事務的な口調で言った。

 

「ヤヴォール(了解)。引き続き、護衛任務を続ける」ヴィータは慣れない事務的な口調で言った。

 

 今回のヴィータの仕事、直接戦力を持たない防疫08部隊の警護。ソラの仕事、高高度からの観測、索敵。そして。

 

〈聞こえますか?シャマルです。たった今、広域魔法探査が終了しました。このあたりに私たち以外の生存者はいません。浄化指定に入りました〉ナイーブそうな女の声。航空12部隊から出向してきたもう一人の隊員、医務官であり広域探知のスペシャリスト、シャマルの声だった。

 

 そして天空からの甘くひび割れた全体通信「ヨダカから防疫08部隊と航空12部隊へ。汚染区域の浄化が始まります。各自、転送魔法で離脱して下さい」観測兵士兼、通信兵の、ソラの暗号念話だった。

 

〈ヤー(あいよ)〉とヴィータはだらしなく返事をする。堅苦しいのは苦手だった。やっぱりこっちの方が、あたしには合っている。

 

 気がつけば、黒いカラスの防疫08部隊たちは転送魔法で消え去ってしまっていた。ヴィータも転送術式を編み、天空から飛んでくるソラの管制に従った。そしてシャマルの遠隔魔法陣で空間を喰い破り、そして潜り抜けた。

 

 転送魔法陣を潜り抜けると、そこはゲヘナの街を一望できる高台だった。周りには黒いカラスの男たちがいて、浄化が終わるのを待っている。シャマルは魔力波ソナーの魔眼で街を見つめている。その傍らには青色の狼、ヴォルケンリッターの守護獣、ザフィーラ。私は狼だって顔をして、だんまりを決め込んでいる。無口な奴。不謹慎にも笑ってしまいそうになった。

空を見上げてみた。相変わらずの黒い十字架みたいな鳥の姿で、ソラが高い空を飛んでいる。

 

〈ソラ、浄化ってのがどんなものか見てみたい。目を借りるぞ〉

 

〈ヤー(了解)。視覚野のラインを繋げます〉

 

 瞬間、ヴィータの目の前に広大な青空が広がった。念視とでも言えばいいのだろうか。念話の応用でヴィータとソラの視覚をリンクさせたのだった。観測兵らしい、変わった魔法だった。

 

 脳裏を覆い尽くす青。右を向き、左を向く。そのたびに両腕の黒い翼が空気を裂く様子が見て取れた。地面をみると、ゲヘナの大地が壁のような灰色で広がっている。魔導士特有の分割思考で、神の目線で街の全体を見渡して、子を抱く母の視点で赤ん坊の亡骸を見つめる。赤ん坊はソラによく似た黒い鳥の人形を掴んでいた。まるで目玉が幾百にも増えたみたいな感覚。幾百の目玉は、時に双眼鏡で、時に顕微鏡。天体望遠鏡やジャン・コクトーのムービーカメラにもなった。

 

〈これが私の目線です〉

 

〈恐ろしい瞳だな。泣きそうだよ〉

 

〈リンク切りましょうか?〉

 

〈もう少し付き合ってやんよ。お前だけに地獄を見せ続けるのは、上司としてちょっと、な〉

 

 そんなことを念話で話していると、二人の共有された視界に、白い影が写り込んでいた。浄化指定区域を飛行魔法でソラの数千メートル下を飛んでいる、女の魔導士だった。防疫08部隊の嘴みたいな防毒マスクをしている。しかし他の隊員と違ってマスクは白かったし、ブカブカとした防護服(バリアジャケット)ではなく、真っ黒な儀礼用ドレスだった。まるで白いカラスが喪服を纏ったみたいな姿。〈お前とは別の意味で"鳥"だな〉とヴィータが言った。

 

 白いカラスが地面に降り立つ。この街で一番細菌汚染が酷く、死体の多い場所。街の密集地帯だった。

 

〈リコリスより、全隊へ。これより浄化作業を開始します〉全隊通信、ハスキーなアルト。白いカラスの女、リコリスの声だった。

 

 白いカラスが、術式を編み始めた。見たこともないような魔術言語で魔法陣が描かれていく。ミッドチルダやベルカのようなプログラム言語ではなく、恐らくは人間の言葉。青と赤のベクトルを行き来する魔法光。魔力風に喪服のドレスが靡く。そして。

 

〈先輩、すみません。逃げます〉

 

「え?」

 

 ソラはこれから起こるであろう出来事を予想し、急上昇。フィールドの対生物汚染防護を最大にした。

 

 閃光が煌めき、熱を帯びた上昇気流がソラの翼を揺さぶった。今まで冷たく清潔で無臭だったの空は、何かの焼ける匂いで満たされた。焼けているのは大地、そして亡骸、ゲヘナの街、もしかしたら過去も。”軽くあれ”。単純なものや純粋なものが好きなソラには、到底好きになれそうになれない匂いだった。体にこびりつく匂い、命の燃える匂い。重たい命の匂いが羽にこびりつきそうで、嫌だった。

 

 ヴィータはソラの目を借りて、世界を見渡す。眼前に広がる炎の街。

 

 運動エネルギーや位置エネルギーまでもを熱エネルギーに変換し、現行物質でさえ魔力精製物の灰に帰してしまう魔力炎。全てのエネルギーが形を失った真っ暗な無重力の獄炎の中で、全てが魔力に還元されていく。

 

 瓦礫が消え、亡骸が消えた。病魔が消え、悲しみが消えた。喜びも消えたかもしれない。重力や光子でさえも真っ黒に燃えた。そして数キロメートルを焼き尽くした後、別の術式が展開され、それが炎を消した。

 

「古代ベルカ有史以前の、大軍殲滅儀式魔法。こりゃ、ちょっとしたレアスキルだな。それにしても、酷い臭いだ」

 

〈同感です。ミッドに帰ったらテレーゼ隊長のお見舞いに行きゃなきゃいけないのに。彼女、怖がります〉

 

「戦場の臭いは、なかなか消えないからな」

 

〈命が焼ける臭いです。羽に命が染み込んで、重たくて飛べなくなりそうです〉

 

「綺麗な水で洗うんだな」

 

〈心や瞳も真水で洗えればいいのに〉

 

 ソラは黒い翼の両腕を広げ、亡骸の煙が溶けた上昇気流を掴み高度を上げた。空気が粘ついていた。二人で共有した視界には、真っ赤に焼けた大地が見えていた。

 

 ヴィータはソラとの視覚リンクを切り、自分の瞳で街を見る。人を焼いた煙が天国に上がるみたいにもくもくと。やがてそれは水蒸気の巨大な塊になり、即席の積乱雲を作り出した。涙みたいな雨が降ってきた。

 

〈そらが雨で洗われていきます〉

 

 洗われているのはソラだろうか、それとも空?ヴィータは少しだけ悩み、

 

「よかったな。少しだけ願いが叶ったじゃんか」

 

 ソラの羽が洗われるのも、空から重たい煙が消えるのも、どっちも彼女の願いだろう。おかげで自分たちはずぶ濡れだったが。

 

「嫌な雨ね」とシャマルが言った。

 

「嫌なことを思い出す、嫌な雨だ」とザフィーラが言った。

 

「それでもきっと、恵みの雨さ。喜んでる奴もいるんだから」複雑そうな笑みを浮かべてヴィータが言った。

 

 雨はヴィータの真っ赤なバトルドレスを重たく濡らした。なるほど、確かに重たいな。命の燃え滓の溶けた雨は、水銀のように重たかった。

 

 命は重たいのだ。重さを持つ、ちゃんとした物質なのかもしれない。

 

 失われてしまった悲しみに。重たい、重たい悲しみに。

 

 ソラが雨雲の向こうでmecum omnes plangite! (それを私と一緒に皆さんも嘆いて下さい)と歌うのを、ヴィータは只静かに聞いていた。

 

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