魔導師たちの群像_ 魔法少女リリカルなのは   作:夏深てふ

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3/タイムマシンⅠ

 クラナガン、旧移民街の集合墓地。そこで高町なのはは、水色の花束を持ち、とある墓標の前に立っていた。

 

 真っ黒な墓標に刻まれた文字、『鳥を撃つ魚、鳥を救い海に眠る。魚の名は白睡魚』。

 

 なのはは水色の花束を墓標に手向けると、空を見上げる。今にも泣き出しそうな曇天。

 

「雨が降る、か」

 

 ため息みたいに呟いた。そして墓標に背を向け歩きだそうとした。

 

「兄の、睡魚の知り合いですか」

 

 唐突に、呼び止められた。ハスキーなアルトの声。いつの間にか、知らない女が立っていた。多分、中国系。切れ長の黒い瞳。喪服みたいな黒尽くめの、長い黒髪の背の高い女だ。

 

「はい。管理局で、一緒に戦った仲間です。本当に、惜しい人を亡くしました」

 

「そう言ってくれたのはあなたが始めてです。兄は、管理局では嫌われてましたから」

 

「私は好きでしたよ。私とはやり方は違いましたが、目的地は一緒でした」

 

 そこまで言った所で、ポツポツと雨が降り始めた。まるで涙。なのはは泣きたい気分だったが、しかし、たったの一週間、共に仕事をした男のために泣くのは少しだけ難しいことに思えた。睡魚のことは彼の訃報を聞くまで完全に忘れていて、泣くためには思い出を解凍する必要があるように思えた。

 

「雨宿りしていきませんか?私の家、すぐそこなんです」

 

「宜しいんですか」

 

「ええ。出来れば兄の話を教えていただきたいんです。私、彼のことを全然知らないの」

 

「兄妹なのに、ですか?」

 

「兄妹だからこそ秘密にしときたいことってあるでしょう。それに、私と兄は血が繋がってないので。彼も私も孤児なんです」

 

「すみません。なんだか変なこと聞いてしまって」

 

「良いんですよ。それでも家族です」

 

 ぽつりぽつりと降る雨の中、女は傘を広げる。

 

「一緒に傘に入りましょう。濡れたら風邪をひきますよ。ええと、なんと呼べば宜しいですか?」

 

 女のさす傘の中に入る。そして「なのは、です。高町なのは」そう言った。

 

「なのは。良い名前ですね。私の名前は烏花、白烏花(パイ・ウーファ)って言います。」

 

「白烏花?変わった名前ですね」

 

「ええ。烏蒜の花って意味で、烏花」

 

「烏蒜?」

 

「彼岸花、リコリスのことです」

 

 そう言って烏花は笑った。

 

 

 

 

 

 

 烏花の部屋は、旧移民街にしては珍しい、広い窓の部屋だった。その窓と、部屋のある地上七階という高さのおかげで旧移民街の街並みが眺められる、そんな部屋だった。

 

 なのはと烏花はその部屋で、固い木の椅子に座りお茶を飲んでいた。熱くて、良い香りがして、でも少しだけ苦い味のするお茶。

 

「中国のお茶?」となのはが聞くと「わからない」と烏花は答えた。

 

「この移民街で、自分の故郷を知っているのは稀よ。みんな二世、三世で、文化や風習なんて物、混ざってしまって原型を止めてないもの」

 

 そう言って烏花は窓の外を眺めた。窓から見える旧移民街は雑然としていた。憂鬱な雨の街だった。

 

 ふと、窓枠にたてられかけた写真立てを見つける。なのはがそれを手に取ると「私と兄さん、そして兄さんの恋人だったテレーゼって人よ」と烏花が言う。

 

 写真には、肩を組み笑う、三人の男女。真ん中に写る真っ白な髪の、真っ白なテレーゼ。その白い女に抱きつく白烏花。そしてその様子を苦笑いで眺める白睡魚。睡魚は相変わらずの黒いスーツと洒落たネクタイ。ブカブカと羽織るフィッシュテールコート。

 

「睡魚、相変わらずの格好だね」

 

「モッズ・ファッションって言うんですって」

 

「モッズ?」

 

「97管理外世界のイギリスの、不良少年のこと」

 

「不良なのにスーツなの?」

 

「へんでしょ」

 

 なのはと烏花は笑ってしまう。

 

「兄さんはいっつも変なのよ。本ばっかし読んでいるし。いい歳して、一人称は『僕』だし。その癖に管理局では最前線の戦闘任務だし。友達は少ないし。でも、その少ない友達は素敵な人ばっかしだし」

 

 そこまで言ってから、烏花はお茶で喉を潤す。

 

「睡魚と私と、そしてテレーゼ。一緒の世界の別々の国で育って、父さんや母さんと死に別れて。だからでしょうね。三人いっつも一緒で、本当に家族みたいだった。テレーゼに兄さんを盗られた時は、ちょぴり悔しかったけどね。私は一番じゃなかったんだって」

 

「そんなことないよ。睡魚はあなたのことを誉めていたんだよ。自慢の妹だって」

 

「兄さんの嘘つき。いっつも茶化して馬鹿にしいてた癖に」

 

 懐かしそうに微笑む烏花。その瞳の向こうには、雨で滲む旧移民街の雑然とした街並み。なのはは思う。烏花は一体何を見ているのだろうと。恐らくは過去。死んでしまった白睡魚の面影。

 

「きっと、それが"兄妹だからこそ秘密にしときたいこと"なんだろうね」

 

 慰めるように、そう言った。

 

「ねえ、もっと兄さんのことを教えてちょうだい。私の知らないあの人のことを、もっと知りたいの」

 

「長くなるよ。それでもいい?」

 

「ええ。たくさん聞かせてちょうだい」

 

「じゃあ、たくさん聞かせてあげる」

 

 高町なのはが語る、白睡魚との一週間の物語が始まった。

 

 

 

 

 

 

 二年前の冬の日、高町なのはは廃墟の街を飛んでいた。

 

 真っ白なバリアジャケットを翻し、靴から生えた桜色の魔力の翼で、ステップを踏むような軽やかさ。自由飛行。手にしたデバイス(魔法の杖)の鋭い槍の形と相まって、それはヴァルキューレの飛行といった様だった。

 

 不意に急制止、そして滞空。色素の薄い瞳が、足元の地面を見つめる。

 

 見えたのはビルの影に隠れて名前も分からないような、しかしどこかで見たことがあるような軍用ライフルを構えた兵士。

 

「レイジングハート、盾をお願い」左手に握ったデバイスを横に薙払い、命じる。

 

〈オーライ〉機械仕掛けの魔法の杖が術式を編み、桜色の防御魔法陣を敷いた。同時にガツガツガツと鈍い三連符の衝突音。三点バーストでライフルから放たれた銃弾が、堅い魔法の盾にぶつかり跳ね返った音だった。

 

「ディバイン・バスター、マジックサークル・バレル、オープン」

 

 魔法を魔法槍レイジングハートに命じる。穂先に第二の攻性魔法陣が展開。リンカーコア(魔法心臓)が脈動して、魔力を放出、集束させる。構えた槍の先で魔力が集い、

 

「シュート」

 

 魔法を解き放つリリック、桜色の魔力の奔流が銃を構えていた兵士を吹き飛ばした。非殺傷設定の純魔力弾、兵士はそのリンカーコア(魔力心臓)を焼き揺さぶる痛みに気を失う。ガシャリと重たいアーマーの擦れる音で倒れた。

 

〈マスター。ターゲット十五人目を撃破。あと一人でミッション・コンプリートです〉

 

「ええ。引き続き策敵をお願い」

 

〈オーライ〉

 

 全ての策敵をデバイスの人工知能に預けたなのはは、靴から生えた魔力の翼で空高く舞い上がり、一番低い雲の上に隠れた。今回の敵は銃で武装した兵隊で、攻撃魔法の代わりに銃を持ち、補助魔法に特化した魔導師だということは事前の報告で知っていた。銃撃、又は砲撃において"高さ"は強いアドバンテージだ。だから銃弾の届かない空にまで飛び上がり、大砲で撃たれないように雲の裏に隠れた。誘導弾の携行ロケットで狙い撃たれる心配もあったが、発射に数秒、発射してからロケット点火までに半秒、この雲の裏にたどり着くまでに数秒間。その間に砲手を魔砲で打ちのめし、自慢のアクセルシューター(魔法誘導弾の同時展開)でミサイルを吹き飛ばすこともできる。

 

 ただ雲の裏側で、レイジングハートが最後の一人を見つけるまで待てばいいのだ。釣。なのはが人で、敵が魚。レイジングハートは釣り竿だ。そして魚にとどめを刺す銛の類でもある。

 

〈マスター。ターゲットが現れました。六時方向の真下です〉

 

 レイジングハートが促し、なのははその方向を見た。雲の水蒸気を中和した、魔法強化視力の向こうのビルの上。万有引力みたいに真っ黒で眠たい男が、背丈ほどもあるライフル銃を掲げて立っていた。

 

 黒塗りの長銃には狙撃スコープと簡易式のバイポッド、バレルの先にはカブトムシの角みたいなマズルブレーキ。マガジンは小さく恐らくは五発程度が最大装弾数。灰色の野戦服の上から、真っ黒なフィールドコートをだらしなく羽織っている。他の兵隊たちが着けていた、対魔法のアーマーは付けてない。

 

 彼の装備を観察して、なのはは一言。

 

「狙撃手か」

 

〈それも、対人極大狙撃に特化した装備です。ライフル銃はボルトアクション、弾丸は対物狙撃用の重質量弾でしょう。注意してください。私たちの盾(プロテクション)だと、貫通します〉

 

「恐ろしい弾丸だね」

 

 頭蓋骨の中で、作戦と魔法を編む。防御魔法は要らない。どうせ当たれば一発でアウト。変わりに靴から生えた桜色の翼に魔力を注ぐ。相手のライフル銃には、対人狙撃用のスコープしか取り付けられていない。滅茶苦茶に飛び回り飛行を止めなければ、恐らくは避けることができるだろう。スコープの中の視界は狭く、スナイパーは不意をついて止まった的を撃つものだということを、砲撃魔導師であるなのははよく知っていた。

 

「アクセルシューターで攪乱、飛び回って外させる。ターゲットが弾を再装填する一秒間に、全力全開のバスターで叩き潰す。いいね、レイジングハート」

 

〈オーライ。マイ、マスター〉

 

 リンカーコアが脈動し、なのは周りに魔力が溢れた。その魔力は集束圧縮していき、複数の誘導弾、アクセルシューターの形を成した。

 

「いくよ」

 

 桜色の翼が羽ばたく。そして、アクセルシューターの魔弾を従えて、狙撃手の元へとジグザグと飛んでいった。

 

 風が強い。頭の左後ろで括った栗毛が風に靡く。弾丸は風に揺さぶられるもの。チャンスだと、なのはは思った。

 

 その時だった。狙撃手がライフル銃に何らかの作業を施して、狙撃スコープを投げ捨てた。そしてやや上目に銃を構えて、銃口の照星と照門だけで狙いを定めた。嘘でしょと、なのはは後悔した。狙撃スコープを使わない、照星と照門だけで狙いをつける姿勢。それは鳥撃ちの、猟師のスタイルだった。

 

 彼は鳥撃ちの猟師だ。"私みたいに飛び回る"鳥を堕とす猟師だ。

 

「アクセル」大慌てで紡がれた魔法のリリックで、魔弾を加速、射出する。半端な標準で放たれた桜色の魔弾群は、なのはの周りを離れ、緩やかな曲線で次々と狙撃手を襲う。一発目が外れ、二発目も外れた。三発目以降は吹き上がる砂埃と霧散する魔力の蒸気で、命中したかどうかさえも分からなかった。

 

 外していた時の逆襲を恐れ、大急ぎで雲の上に隠れようと上昇の準備。靴から生えた翼の羽ばたき。頭の左後ろで括った栗毛が靡く。そして、

 

〈変わった髪型だな。なんて言う髪型なんだい?〉知らない男のテノールの声が、念話で下から飛んできた。

 

 下を見ると、丁度粉塵が晴れてきたところで、爆心地には全く変わらない様子の狙撃手が、照門越しになのはを見つめていた。

 

 痛みと衝撃がやって来た。顔面にドロリとした液体がかかり、左胸がそれで汚れているのが分かった。コンマ数秒遅れの銃声、音速を超える弾丸での、極大対空狙撃。〈ハート・ショット、無力化を確認〉。狙撃手の勝利宣言。体の力が抜けていくのが分かった。

 

「ああ、私の負けか」

 

〈いいや、僕たちの負けだ。君たった一人のせいで、特殊火器猟兵の第一班が全滅なんだ。エース・オブ・エースの名は伊達ではないな。ナノハ・タカマチ教導官〉

 

「墜ちたら負けですよ」

 

〈気が早いな君はまだ墜ちて無いじゃないか〉

 

 クックックッと愉快そうに笑う狙撃手。その声を聞き流しながら、なのはは顔についた液体を手で拭った。青色のインク。教導用の、訓練弾の青色だった。

 

「模擬戦で、訓練でよかった」

 

 なのははゆっくりと降下しながら、独り言のように呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 管理局特殊火器猟兵集団の演習の教導を終えた高町なのはは、夕飯を取るために、とあるレストランに居た。『ア・ナイト・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』とミッドチルダの言葉で書かれた、ステーキハウスだった。

 

 なぜ、あてがわれた自室のある猟兵団の隊舎で食べなかったのかといえば、単純に隊舎には食堂が無かったということだった。食堂どころか訓練設備も地下にある射撃場だけで、隊舎と言うよりは警官のデスクといった趣で、その日の演習もランク昇格試験等で使われる廃棄区画のゴーストタウンを使ったものだった。

 

 なぜ訓練施設が無いのかと聞くと、「俺たちは秘密警察や探偵みたいなものなんだ。市井に紛れて管理外世界に潜り込み、そこで情報を集めて、仕事をこなす。今日みたいに特殊部隊や兵隊の真似事をするなんて、年に数度だけさ。俺たちの仕事は、魔法文明の無い管理外世界で銃をぶっ放すことじゃない。魔法文明の無い管理外世界で、魔法を使わずに事件を解決する事なんだ。銃はただの護身用さ」つまりは、彼らは兵隊ではなく探偵なんだと言うことらしい。探偵に必要なのは広大な演習場ではなく狭い事務所な訳で、廃棄区画と旧移民街の半ばに建つ特殊火器猟兵集団の詰め所が狭いのも納得できた。

 

 そんなことを考えながらレストランの隅っこのテーブルに着き、やってきたウェイターに綺麗な水とレディースメニューのハンバーグステーキを頼んだ。

 

 注文を聞き終え、厨房へと引っ込むウェイター。なのはは目を瞑り店内に流れるテナーサックスのアドリブプレイをBGMに、今日の模擬戦を回想する。

 

 圧倒的な魔法の強さを猟兵共に叩き込んでやってくれと、猟兵団の隊長は言った。だから作戦も無しに、ただひたすら圧倒的な砲撃で猟兵たちを殲滅していった。そして十五人を桜色の魔力の暴力で打ちのめした所で、あの真っ黒な狙撃手に撃たれてゲームオーバー。

 

 猟兵達は皆それなりに強かった。連携し、正確な射撃と冷静な判断で、なのはを打ち落とそうとしていた。もしも弾丸が演習のペイント弾丸ではなく、対魔力の弾丸だったなら、彼女は狙撃手の手に掛かることなく墜ちていた。彼らは自分たちのことを探偵と名乗っていたが、その実態は探偵でもあり兵隊でもあり、別世界で戦ってきたエリート兵、猟兵なんだとなのはは感じていた。

 

「またあったな、エース・オブ・エース。相席しても宜しいかな?」

 

 なのはが目を開けると、洒落た三つボタンスーツの、黒い男が立っていた。昼間の模擬戦でなのはに一撃を加えた狙撃手だった。

 

「どうぞ」と、なのはは言う。男は席に着いて、ウェイターに店で一番大きなステーキを頼んだ。男にしては背が低く、細い体。少しだけ意外に思った。

 

「目の前のチビ男の一体どこに、一番でかいステーキが入るんだって顔してるな」

 

「え、いや。そんなこと全然」あらか様に挙動不審になる。そんななのはの様子を見て、男はクックックッと満足そうに笑った。

 

「冗談だよ。そういえば自己紹介がまだだったな。僕の名前は白睡魚だ。猟兵集団では狙撃手のポジションにいる。これから一週間、教導で世話になるな。ナノハ・タカマチ教導官」

 

「パイ、スイユ。変わった名前ですね。私のいた世界の、中国って場所の名前に似た響きです」

 

「名付け親が97管理外世界の、中国の人だったのさ。僕が"魚を眠らせたい"と言ったら、微"睡"む"魚"ということで"睡魚"と名付けてくれた。ちなみに名字の"白"ってのは、戸籍表の名字が空欄、つまりは"白"いって意味だ」

 

 睡魚は最後に付け足すように「僕は孤児で、記憶喪失だったんだ」と言った。

 

「すみません。悪いことを聞いてしまいましたか?」

 

「いや、全然。言っただろう?僕は記憶喪失なんだ」

 

 そう言って、またクックックッと笑った。本当に気にしていないらしい。なのはは湧いた疑問を素直にぶつけてみることにした。「なぜ、魚を眠らせたいと思ったのですか」と。

 

「何で、だろうな。よくわからん。よくわからんが、まるで自分が魚になったみたいな気分になるんだ。特に銃の引き金を引くときにには。魚みたいな冷徹でオートマチックな、死神の思考さ。だから多分、死神になりたくなくて『魚を眠らせたい』って言ったんだな」

 

 不思議な人だとなのはは思った。まるで詩人みたいな考え方をする。もしかしたら、理数系の魔導師たちと違って、狙撃手という人種は文系なのかもしれないとも思った。

 

 肉の焼ける、いい匂い。ウェイターの手によって食事が運ばれてきた。小ぶりでお洒落なハンバーグセットと、特大でがさつなステーキセット。二人はナイフとフォークを握り、食事を始めた。

 

「こっちからも質問いいか?」と睡魚が言った。

 

「どうぞ」となのはが返す。

 

「なら遠慮なく」口を紙ナフキンで拭い、睡魚はなのはに質問をぶつけた。「髪型、左にずれてるぞ」

 

 口に含んだ微発泡のミネラルウォーターを、思わず吹き出しそうになる高町なのは。彼女の髪型はサイドポニーと呼ばれる、栗毛を左側で一つに括ったポニーテールのアレンジみたいな物で、列記としたまともな髪型だった。けして"ずれている"訳ではない。

 

「ずれているんじゃなくて、ずらしているんです」ため息みたいに呟いた。

 

「どうして右にじゃなくて、左になんだ?」

 

 思わず、頭を抱えたくなる。この手合いには、ちゃんと説明してやらないと何度でも聞いてくるだろう。なんで、なんで、と訊ねてくる、かわいい盛りの養女もそうなのだ。律儀にも説明することを決意する。

 

「私、左利きなんでデバイスを体の左側に構えるんです。するとデバイスのバレルが右手側にきて、そうすると体の右側が砲風に晒されて、右側で髪を括るとその髪の毛が全部顔面にかかって、うわっぷって、」

 

 身振り手振りで、健気にも説明をする高町なのは。

 

「顔にかかるなら、短く切ればばいいじゃないか」

 

 何という実用主義な白睡魚。女心のわからない奴め。今度こそ本当に頭を抱えてしまった。

 

 そんななのはの様子を満足そうに眺めた睡魚はクックックッと笑い「冗談だよ。髪は女の魂だ。妹がそう言っていた」。

 

「あなたに妹が居るなんて意外ですね」

 

「みんなに言われる。恋人にも言われた」

 

「恋人がいるなんて、もっと意外です」

 

「自分でも意外だと思っている。恋人は天使みたいな魔法飛行士で、妹は優しい死神みたいな葬儀屋さんだ」

 

「恋人さんの方は兎も角、妹さんのほうは酷い言われようですね」

 

「ほめ言葉だよ。天使に選ばれるのは善人だけだが、すべての人は死神に惹かれ、そして死ぬんだ。きっと死神は美人に違いない。それにそっくりな我が妹君は、神がかった美人ってことだ」

 

 やっぱり文系な人だった。すくなくとも理数系な魔導師である高町なのはには死んで生まれ変わったって出来ない表現だった。

 

「この、シスター・コンプレックスめ」

 

「お褒めの言葉を預かり、光栄」

 

 妙に仰々しい態度でお辞儀をする睡魚。

 

 やはり彼は、高町なのはにとって不思議な人だった。

 

 

 

 

 

 

 特殊火器猟兵集団との教導は、幾度となく繰り返された。模擬戦も何回か行われ、高町なのはが墜とされたのは、最初の白睡魚の一撃のみだった。あとは作戦を組み、己の魔導の全てを発揮したなのはの完全勝利だった。ニアSランク魔導師、エース・オブ・エースの砲撃魔導師の面目躍如である。

 

 そうしている内に、猟兵団は圧倒的な魔術に対する対処法を覚え、負けることはあれども、隊員の生還率はぐんぐんと延びていった。二十代になったばかしであるのに関わらず、幼少期からの魔導師経験と才能と努力をフル活用した教導の成果である。

 

 白睡魚は言う。「僕たちは猟兵、つまり兵隊だ。戦争での兵隊に全員生還なんて奇跡は有るはずなくて、つまり許容範囲内か否かの統計学的に計られる魂なんだ」。つまり、死者が幾人でた、ということが問題なのではなく、損失より利益が勝っているかどうかが勝利の基準なんだということだった。

 

 睡魚の理論で言うなれば、最低限の犠牲で高町なのはという管理局のエース・オブ・エースのデータを集めて生還するための対処法を探し当てた猟兵集団は優秀で、自らの役割を果たし、そして確実に成長していっていた。

 

 数度にわたる模擬戦で、白睡魚を高町なのはが倒すことは、一度としてなかった。勝つことは無かったが、負けることもけしてして無かった。生きることに徹した狙撃兵だった。

 

 睡魚は狙撃スコープ越しに高町なのはを観察し、計り、調べ、想像し、圧倒的な魔導から生き残る術を探し当て、猟兵団に教えていった張本人だった。

 

 もしかすると、白睡魚は高町なのは以上に高町なのはを知っていた。

 

 そして事件は五日目の昼に起きたのだった。

 

 

 

 

 

 

 高町なのはは特殊火器猟兵集団の隊長に呼び出され、猟兵団隊長のいるオフィスにいた。そこにはなのはの他に、呼び出した張本人である隊長ともう一人、白睡魚がいた。

 

「頼みたい任務が有るのだが、聞いてもらえないか?」と、隊長は言った。

 

「教導官の職務に掛からない程度ならば」と、なのはは答えた。

 

 睡魚は部屋の隅で椅子に座り、ただただ何も言わずに黙ったままだった。

 

 隊長は言う。「そこにいるパイが、今から狙撃任務に着くことになった。難しい任務だ。可能ならば、貴官にパイの観測手を願いたい」

 

 依然として、睡魚は黙ったまま。すべてはなのはの自由意志に任せる。そういったニュアンスの沈黙。

 

 なのはは即答する。「教導官は、その教導任務中は教導先の責任者の命令を遵守するように管理局内務規定で定められています。よって、今回の依頼を反故にする権限は私にはありません」

 

 やれやれと隊長が肩を竦める。

 

「質量兵器での狙撃任務、つまりは人を殺すかもしれない任務だ。だからこそ、君の意志を聞いているんだ。管理局内務規定なんて物は、この際関係ない。君の意見を聞かせてほしい」

 

 もう一度、睡魚の方を見てみる。脚を組み、目を瞑り、我関せずと口を噤んでいる。

 

「私を観測手に推薦したのは、誰ですか?」

 

「そこにいるパイ・スイユだ」

 

 なのはは思わず笑ってしまう。睡魚の気遣い。もしかして人を殺してしまうかもしれない。その手伝いをなのはにさせるのだ。だから、最後の判断は彼女自身に任せようと、自らは口を噤み、目を瞑り、耳だけを傾けている。

 

 馬鹿な男。素直に頼めばいいのに。それが、なのはが笑ってしまった理由。

 

「殺してしまうかも知れない覚悟は、とうに決めています。それよりも、今は救えないかもしれない未来の方がよっぽど恐ろしいです。狙撃任務の観測、私が引き受けます。殺さなければいけないのか、救わなければいけないのか。その判断を私にさせて下さい」

 

 そう言って、睡魚の方に笑いかけた。彼はキョトンとした、間抜けな表情だった。

 

「では、管理局特殊火器猟兵集団隊長として命ずる。パイ・スイユはこれより狙撃任務に着き、現地の武装隊と連携してターゲットの無力化に全力を尽くせ。高町なのは教導官には、パイの観測手としてのついて行ってもらいたい。パイに命令をする為の隊長権限の一部を委譲する。君の判断でパイを動かせ。君の武勲はすべて君に、君の責任はすべて私が負おう。私の隊員を宜しく頼む」

 

 交わされる敬礼の後、高町なのはと白睡魚は隊長室を出て行った。

 

 彼と彼女の、最初で最後の任務が始まった。

 

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