魔導師たちの群像_ 魔法少女リリカルなのは   作:夏深てふ

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4/タイムマシンⅡ

 屋上への扉を開くと、そこは雨の風景だった。

 

 白睡魚はその雨の中、フィッシュテール・コートを雨合羽のように着こみ、そして立ち尽くす。彼の眼前には白くそびえ立つ、白亜の塔。時空管理局ミッドチルダ地上本部。

 

 睡魚は手にした黒塗りのライフル銃を構えると、雨に塗れることも厭わずに腹這いに寝そべった。伏射の姿勢、体と銃が一番安定する姿勢だった。

 

 真っ黒な銃。安全装置は掛かったままで、弾倉さえもセットしていない人畜無害な銃。弾を込めるのは、狙撃許可が下りてから。安全装置を外すのは、観測手が「危険だ」と判断してから。それが睡魚のやり方だった。

 

 銃を抱き寄せるように肩に当て、狙撃スコープを覗き込む。見えたのは地上本部にある、執務室の窓。そこで、二人の男が言い争っていた。椅子に座った、恰幅の良い体の大男。服装から察するに、提督クラスの身分だろう。そして、その大男にリボルバー拳銃を突きつけている、研究者然とした風貌の優男。

 

「銃を突きつけているのは、管理局医療研究部のカルロス・サルツェド。突きつけられているのは、ゲオルグ・テレマン提督です」

 

 唐突な説明。いつの間にか双眼鏡を持って睡魚の隣に座っていた、高町なのはの声だった。なのはは真っ黒な憲兵隊のレインコートを羽織り、睡魚の隣で静かに佇んでいた。

 

「タカマチ教導官。状況の説明を簡単に願えるかな。間違いがないか、一応確認しておきたいんだ」

 

「はい。この場所からあの執務室までは、1・5キロメートル。執務室の窓に使われているガラスは、対弾性の魔法結界強化ガラス。室内にはサルツェドが持ち込んだアンチ・マギ・リンク・フィールドの発生装置。そのお陰で、魔法での制圧が出来ない状況です」

 

「強化ガラスの素材と厚さは?」

 

「厚さ三センチの冷風強化法ガラス。その表面に、フィルム状の永久防弾結界が張られています。あと外壁にそって、防護結界も。撃ち抜けますか?」

 

「結界だとか魔法力場だとかは、問題ないだろう。1・5キロメートルの距離も、厚さ三センチのガラスも、撃ち抜けるはず。今回使うのは対物対魔力の純銀弾。重さも、硬さも、魔法を撃ち抜く神秘も申し分ない」

 

 睡魚は、銃のスコープを覗き込んだままに言った。雨が半時計回りに渦巻くのが見えた。標準をやや右にずらす。重たい雨で弾が沈むことや、湿気た火薬で弾速が鈍くなるのも考えて、過剰修正気味に上を狙う。スコープの十字架瞳(レティクル)が、サルツェドの神経質そうに歪んだ顔を映し出す。何かを叫んでいる。

 

「あの部屋で何を話しているのか、わかったりしないか?それがわかると、狙撃のタイミングを計るのに助かるんだが」

 

「司令部に問い合わせてみます」

 

 そうなのはは言うと、トランシーバーでどこかに連絡を取り始める。そして暫くたった後、トランシーバーの音量を全開にして、睡魚の側に置いた。「内線からの盗聴です」

 

 聞こえてくるのは、言い争う二人の男の声。

 

〈このイカレ野郎め!おまえのせいで、俺は"悪魔"を生み出しちまった。お前があんな研究を思いつかなければ〉

 

〈うるさい!私は何も知らない。"そういうことになっている"。何が起ころうと、私の知ったことではない〉

 

〈知ったことないだと?みんな知ってるぞ。お前が怪しい実験部隊を作ってることも。それが全て、違法ギリギリの強化人間部隊だってことも。それが、あの"悪魔"の技術だってことも〉

 

〈その"悪魔"は、今は檻の中の筈だが?〉

 

〈あの化け物みたいなガイノイドと、その体内にあった"悪魔"の卵。それを手に入れたんだろう?認めろよ。手遅れになる前に全てを公表しろ。あと15分で約束の時間だ。それまでに認めないなら、お前を殺して、俺が事実を公表する〉

 

 意味の分からない会話。悪魔、ガイノイド、強化人間、悪魔の卵。

 

 思考の波に揉まれそうになりながら、しかし急いで接眼レンズの風景に集中する白睡魚。今は考えるときではない。必要なのは魚のように冷徹なオートマチックな思考だ。

 

「準発砲許可が出ました。サルツェドが人質に危害を加えようとした場合、私達の判断で射殺しろとのことです」

 

「明白了(了解)」

 

 五発入りのマガジンをひっ掴み、銃身に装着、ボルトアクションを操作して薬室に純銀の魔弾を送り込む。五発入りのマガジンだが、故障を防ぐために四発しか入っていないマガジン。薬室に一発。マガジンに三発。

 

〈ガイノイドは蘇生した!"悪魔"も生まれ落ちた!お前が命令して、俺が作ったんだ!〉

 

〈あれは本当に"悪魔"なのか?もしかしたらトマス・エルヴァ・エディソンかもしれない〉

 

〈エディソンの作ったハダリーが、何をしたかを知って言っているのか?〉

 

〈どうだかな〉

 

 白熱する会話。サルツェドは顔面を真っ青にして、カタカタと震える手でリボルバー拳銃を握っている。危険な兆候。

 

「いつ撃つか分からない状況です。準備をしておいて下さい」

 

 ふと高町なのはの方を向き、その手に握られた双眼鏡を握りしめる、真っ白な手を目撃する。今にも震え出しそうになるのを必死で握りしめて堪えている手。人殺しになるかもしれない恐怖。

 

「殺すのは僕だ。君は見ているだけでいい。側にいて、情報を整理して、集中をかき乱す煩い司令部からの命令を肩代わりしてくれればいい。あとは全部、僕がやる。銃を支えるのも、トリガを引くのも、僕の仕事だ」そう言い放ち、安全装置を外す。

 

 同時に思考の安全装置も外れて、ブクブクと魚の思考に沈んでいく。魚のように冷たい血液。獲物を飲み込むために、泳いでいく。殺人ではない。人が人を殺すのは悪いこと。人が魚を食べるのは皿の上の日常。ならば魚が人を喰らうのは?

 

「君は誰も殺さない。殺すのは僕だけ。トリガを引くのは僕だけだ」

 

 幾分か冷静さを取り戻す高町なのは。

 

「オーライ(了解)。睡魚さん、ありがとうございます。引き続き、観測任務を続けます」

 

 その後は無言が続いた。睡魚も、なのはも、互いの仕事に集中した。サルツェドは時計を睨みつけ拳銃を構えたままだったし、テレマンも無言を通した。ひたすら、雨の音が騒がしいだけだった。

 

 変化は十分後に起きた。

 

〈強情な奴だ〉サルツェドが拳銃を投げ捨てた。

 

〈俺は法廷から、牢獄から、お前の野望を阻止してやる。覚悟しておけ〉

 

 なのはがトランシーバーを手に取り、全体通信で叫ぶ。

 

「目標に投降の意志あり。武装解除しました。今です!」

 

 同時に部屋の奥の扉から、武装隊がなだれ込み、サルツェドを確保する。すぐさま部屋の隅に置かれたトランクケース型のアンチ・マギ・リンク・フィールド発生装置が破壊され、魔法行使が可能になる。

 

 カルロス・サルツェドは二重三重の拘束魔法をかけられて、そのまま本部内にある留置場へと護送されていった。

 

 余りに呆気ない幕切れ。

 

「速い判断だったな。さすがは元隊長さんか」

 

「サルツェドが拳銃を一丁しか持ってないのは、服装や服の着方でわかっていましたから。それに、アンチ・マギ・リンク・フィールドのせいで魔法も使えませんし。万が一刃物を持っていたとしても、武装隊から叩き上げのテレマン提督なら大丈夫でしょうし」

 

「あんなにでっぷり太って、ナイフを避けれるものかね」

 

「厚い脂肪の鯨は、銛が刺さっても平気で泳ぐそうです」

 

「酷いな」

 

「女の子なんて、みんなそうですよ」

 

 睡魚はライフル銃の解体を始める。マガジンを外し、薬室内の一発を、ボルトアクションを操作して取り出す。

 

「これはお礼だ」放り投げられる、弾丸。純銀製の重たい煌めき。それをなのははキャッチする。

 

「君が最後まで粘ったお陰で、サルツェドを殺さないですんだ。"魚"にならずにすんだんだ。まったく、最高の観測手だよ」

 

 そう言って、楽器ケースに偽装したライフルケースを担いで、早々に去っていった。

 

 銀色の弾丸を握りしめ、なのはは呟く。

 

「不思議な人。悲しい瞳の、優しい人」

 

 雨が止む。雲は散り、太陽がのぞく。願わくば、魚の冷たい血でさえ、太陽が温めてくれることを。

 

 

 

 

 

 

 教導、六日目。その日は対多数戦を想定した、砲撃魔法支援の訓練だった。狙撃手である白睡魚の誘導で、魔導砲手である高町なのは目的地を砲撃する。そういった内容だった。

 

 なのはは白いバリアジャケットのコートをはためかせ、靴から生えた翼で砲撃ポイントを目指す。

 

 高い、高い空。雲を踏む軽やかなステップ。砲撃魔導師の殆どは空を飛ぶことに疎いことが多かったが、なのはに限っては当てはまらなかった。飛ぶことが好きで、純粋に楽しんでいた。例えば、友人である『雷光』の魔導師みたいに速くも綺麗にも飛べたりはしなかったが、自分を自分いたらしめている魔法は何か訪ねられたら「飛行、次に砲撃」と答えるほどに飛ぶことは嬉しかった。

 

 飛行魔法は砲撃魔法と違って、誰も傷つけない魔法だった。

 

 そうこう考えているうちに、砲撃ポイント上空に到着する。

 

〈高町なのは、位置に尽きました。ガイド、お願いします〉雲の切れ間から見える、廃棄区画のゴーストタウンを眺めながら、地上に向けて念話を飛ばす。

 

〈明白了(了解)。白睡魚、これより貴官の砲撃管制を行う。外すなよ?〉地上のどこからか飛んできた念話。

 

〈もちろん〉意気揚々と返す。

 

 左手に持った魔法槍レイジングハート、そのバレルたる穂先を地上に向けて両手で保持。

 

〈今日は風が強い。南東を風上に北西へと流れる下降流。その下は逆向きの風、大気が二層に分かれている〉

 

〈よく、そんなこと分かりますね〉

 

〈風をよむのは、昔からの特技だ。だからあんな鳥みたいな奴に好かれちまったんだろうな〉

 

〈恋人自慢も良いけど、今は訓練に集中しましょう〉

 

〈明白了(了解)。砲撃指定はレーザー誘導で行う。頼んだぞ〉

 

〈ええ、全力全開で吹き飛ばします〉

 

〈全力全開か、いい言葉だ〉

 

 クックックッと、愉快そうに笑う睡魚だった。

 

 なのはは砲撃魔法の術式を編む。

 

 機械の槍の、オートマチックの機構の中でバスバスと魔力カードリッジの破裂音、スライド部分がピストンして、特大の空薬夾が廃夾される。濃密な魔力が廃棄ダクトから噴出。桜色の翼、A.C.Sの魔法固定域が展開。翼を広げ、大気中の魔力を集める。

 

〈レーザー誘導確認。マジック・サークル、バレル展開。前方に障害は無し。オールクリア〉

 

 レイジングハートの穂先に魔力収束用の魔法陣と、弾道補正用の物理干渉魔法陣の煌めき。二重に噛み合い、万華鏡の輝きで世界の理をねじ曲げる。神様だって吹き飛ばせれそうなスターライト。光が集う。

 

〈収束完了。マスター。ゴーサインです〉

 

「いくよ、レイジングハート」

 

 解かれていく、セーフティー。脈打つ魔法心臓。集束砲、管理局のエース・オブ・エースが持つ、一番大きくて綺麗な弾丸が、世界に姿を現す準備が整う。

なのはは最後に小さく息を吸い込み「スターライト・ブレイカー」手にした魔法の名前を呼んだ。

 

 桜色の翼が羽ばたき、レイジングハートのマジックサーキットから、魔力が噴出した。世界を桜色の魔力が焼き尽くしていく。まるでスターライト。"ひかりあれ"の星屑が落下してきたみたいな、閃光。

 

 それもやがては収まり、光が去った後には、光が飲みこんだ雲の穴と、その丸い青空を背負って飛ぶ白い魔導師。そして焼き尽くされた廃墟の街並みだけが残った。

 

〈全力全開に相応しい砲撃だな〉

 

 地面の方からクックックッと笑い声が聞こえてきたが、気にしないことにした。

 

 

 

 

 

 

 七日目の朝、教導に集まった猟兵団の中に白睡魚の姿は無かった。

 

 どこに行ったのかと、なのはが訊ねると「あいつなら今朝、辞表を出して出ていっちまったよ」という答えが帰ってきた。

 

「あいつの妹はな、時空航行部隊に勤めているんだけどさ。別世界で変な病気を貰ってきたらしくて大変なんだと。おまけに自慢の天使みたいな恋人とやらは、先週から任務中の事故で行方不明だし。いつかは辞めるって言ってたんだ。それがたまたま今日だっただけさ」

 

 睡魚の同僚は「さもありなん」といった様子で、説明をしてくれた。そして眠たそうに欠伸をすると、教導前のウォームアップの輪へと戻っていった。

 

「不思議な人。なんにも教えてくれない、寂しい人」

 

 なのははそう小さく呟くと、睡魚のいない猟兵団の教導を始めた。

 

 

 

 

 

 

 特殊火器猟兵集団の最後の教導を終えた高町なのは教導官は、すぐさまステーキハウス『ア・ナイト・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』へと向かった。そして扉をくぐり抜け、一番最初の日と同じテーブルについた。そして一番最初の日とは違って、甘くて綺麗な酒だけを頼んだ。

 

「またあったな、エース・オブ・エース。相席しても宜しいかな?」

 

 テノールの声、細身の三つボタンスーツにお洒落なネクタイ、ブカブカと着込んだフィッシュテール・コート。白睡魚だった。

 

「どうぞ」と促す高町なのは。睡魚はコートを壁に架けると席につき、ウェイターに酒を頼んだ。辛口の透明な酒だった。やがて二人のもとに酒が運ばれてくる。

 

「乾杯、すればいいんですかね」

 

「何のために?」

 

「では、恋人さんの無事と、妹さんの回復を祈って」

 

「知っていたんだな」

 

「何も聞かせてくれない、あなたが悪いんです」

 

 二人はグラスを澄んだ音でぶつけて、乾杯をした。祈りながら乾杯をするのは、なのはにとって初めての経験だった。

 

「お話を聞かせて下さい」そう、なのはは切り出した。

 

「ちょっとまて、僕は管理局を辞めた身だ。いまさら敬語は無しだよ」いたずらっぽく笑う白睡魚。

 

「なら言い直します。お話を聞かせて?」

 

「いいだろう」そう言ってから一口酒を口に含み、飲み下す。そして小さな声で「最近、管理局の上の方が騒がしい。Dr.スカリエッティ関係の技術を巡ってだ。どうやら恋人は、それに巻き込まれたみたいだ」

 

 驚愕。Dr.ジェイル・スカリエッティ。なのはが出向し分隊長を勤めている機動六課が逮捕した、JS事件と呼ばれる世界的テロの首謀者の名前。

 

「恋人の体には一種の融合騎デバイス、『イカルス・デバイス』と呼ばれる物が移植されていた。えらく優秀な、インプラント・デバイスだ。人間とデバイスの融合、これを聞いて何を思い出す?」

 

「もしかして、戦闘機人?」戦闘機人、スカリエッティが作り出した、機械と人との融合人類。

 

「正解。もし『イカルス・デバイス』がDr.スカリエッティ製の物ならば。つまり彼女は管理局とDr.スカリエッティが繋がっていたことを示す、文字通り生き証人になるわけだな」

 

「恋人さんは、管理局に消されたと言いたいの?」

 

「わからない。ただ、一昨日の狙撃任務でゲオルグ・テレマン提督とカルロス・サルツェドの会話を盗み聞いて、幾らかの確信を持った。テレマン提督は、何かしらの不正を働いている。それで狙撃任務から帰った後、調べてみたんだ。驚いたことに、テレマン提督はDr.スカリエッティ関係の技術の機密管理を任されているじゃないか。しかも、彼は恋人の勤めていた時空航行部隊第64航空部隊実験小隊と、妹の勤めていた時空航行部隊第08防疫部隊の発端人であり後見人。怪しすぎるということだ」

 

「だから、管理局を辞めたの」

 

「ああ、そうだ。そして地下に潜って、管理局の不正を暴き出す。その過程で恋人の行方不明事故の真相が分かれば良いし、そうでなくても膿は誰かが吸い出さなくてはいけない」

 

 自暴自棄ともいえる正義感。まるでスパイ映画。孤立無援で管理局の闇と戦う準備をする白睡魚。その正義に火をつけたのは誰?行方不明の恋人。あるいは狙撃任務での、テレマンとサルツェドの会話。

 

「妹さんはどうするの。一人ぼっちになっちゃうんだよ」

 

「一人ぼっちじゃないさ。家族であるかぎり、一人じゃない。それに、妹は正義感が強いんだ。この問題を解決しないと、怒られちまう」

 

 そう言ってから、愉快そうにクックックッと笑って「恋人を、テレーゼを救ってくれって言い出したのは、妹なんだ。自分だって病気で苦しいはずなのにな。おかげで僕の腐れた正義にも火がついたよ」

 

 無謀な人。この人はどこまでも突っ走って行くのだろう、となのはは思った。だから一つだけ、最後に目の前の男に忠告をする。

 

「鳥には地面が必要なの。羽を畳んで地面で寝なければ落ちてしまう。あなたは妹さんを、家族を大切にしなきゃ駄目。家族はきっと、鳥にとっての地面みたいなものだから」

 

「おや、タカマチ教導官らしからぬ、詩的な忠告だな」

 

「昔、小さな赤い騎士が言ったの。お前は地面を知らない鳥だった。だから、墜ちたんだってね」

 

「僕は君らと違って地上の人間だ。それでもって"微睡む魚"、睡魚の名前の通りに寝汚い。大丈夫だ」

 

 一気に透明な酒を飲み干して、睡魚は立ち上がる。そしてブカブカとコートを着込む。

 

「そうだ、言い忘れていた。君にはお礼を言わないといけない」

 

「私に?」首を傾げるなのは。

 

「そうだ。昨日見せてもらった砲撃魔法、スターライト・ブレイカーだったかな。とっても綺麗だった。あれを見て、管理局を辞めることを決心したんだよ。こんな綺麗な魔法が使える奴に、悪い奴なんていない。この綺麗な魔法が使える奴がいるかぎり、管理局も大丈夫だろうってな」

 

 そして二人分の勘定をテーブルに置き、「拜拜(バイバイ)だ」と別れを告げる。

 

「バイバイ、また会おうね」

 

「もちろんだ。それまで管理局を頼んだぞ。エース・オブ・エース」

 

 そして、なんとも彼らしいクックックッという笑い声と共に、どこかへと去ってしまった。

 

 

 

 それ以来、白睡魚と高町なのはは一度として再開する事はなかった。

 

 全ては二年前の話である。

 

 

 

 

 

 

 物語は過去から今に帰る。

 

 

 

 二年前の物語を白烏花に話し終えた高町なのはは、冷たくなってしまったお茶を啜った。それは冷えてしまったせいか、幾分物悲しい苦味の味だった。

 

「また会おうねって約束したのに、結局会えなくなっちゃって」

 

 目が痛い。そこで初めて、なのはは自分が泣いていることに気づく。思い出が解凍できた証拠だった。

 

 思い出が溶け出し、氷から水へ。そして涙に。

 

「兄さんの嘘つき。こんな良い人を泣かせて」

 

 慰めるように、烏花が笑う。そして。

 

「実はね、兄さんの死体、まだ見つかっていないの。だからね。私は、兄さんは生きているんだって思うことにした。兄さんの恋人のテレーゼだって、知らない世界から帰って来れたんですもの。それくらいの奇跡、あったっていいでしょ。だから、まだ兄さんは生きているの」

 

 涙を拭いて烏花の方を見ると、彼女は笑っていた。不思議な人。兄に似て、悲しい瞳の優しい人。懐かしくて、少しだけ元気が出た。

 

 その後、なのはと烏花は少しだけ話をした。どうでも良いような、たわいもない話し。時々、冷たい海に消えてしまった懐かしい睡魚の話題もでたが、しかし以前のようなメランコリックは感じられなかった。どうしてか、なのはには睡魚がまだ生きているように感じられたのだった。

 

 不意に、携帯端末の電子音が鳴る。なのはのポケットからだった。携帯端末のディスプレイを見てみれば、今回の教導先である航空12部隊の古い友人からだった。久しぶりの再開で、積もる話しもあるから早く来いよ。そんな内容のメールだった。

 

 なのはは立ち上がるそして「美味しいお茶をありがとう。ほかにも色々、今日は本当に助かりました」お辞儀をする。

 

「こちらこそ。おかげで、私の知らない兄さんを知ることができた。感謝しています」

 

 二人はいつかのなのはと睡魚がしたみたいに、「拜拜(バイバイ)」で別れた。それが相応しいように思えたからだった。

 

 なのはが白烏花の部屋から出て階段を下り地上へと出ると、そこは既に雨上がりの街だった。キラキラと輝く水たまりが、世界に水銀をぶちまけたみたいに綺麗だった。

 

 空は青く、雲はない。風も少なく、絶好の教導日和。

 

 管理局のエース・オブ・エース、高町なのは教導官は、足から羽の生えたような軽やかさで航空12部隊の隊舎を目指したのだった。

 

 

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