魔導師たちの群像_ 魔法少女リリカルなのは   作:夏深てふ

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14/グッドバイ・ピーターパン

 もう少しだけ、続けなければいけない。

 

 

 

 

 天空に赤い炎の花が咲き、塔は崩れ落ちた。全ては燃え落ち、赤い花粉のようだった。

 

 その赤い花粉を眺めながら、烏花は落下していく。

 

 視界の端、白い翼を見た。天使だった。

 

 それからは、知らない。

 

 

 

 

 

 

 遠吠えが響いた。長く悲しい、よく響く声だ。

 

 崩れ落ちる塔の下で吼えたザフィーラは、四つの足で走り出した。大地を掴む。青い獣毛が靡く。背中の翼は失われた。代わりに瞳は潤んでいた。

 

 叫び、吼え、大地を叩き、走り、大きく口を開けて、牙を磨ぎ、舌を強張らせ、リンカーコアを震わせて、爪をつき立て、最初の一人を仕留めた。アハトのカラス、白烏花のクローンを、だ。好ましいと思った女と、まったく同じ顔をした柔らかな肉に牙を衝き立てた。青い血が吹き出る。金属のフレームが飛び出る。獣性に任せて振り回して、引きちぎった。唯の肉でしかなかった。

 

「存分に食らいなさい。あなたのために用意した、彼女そっくりの死体人形よ」とドゥーエが笑う。

 

 アハトのカラスたちは、最初から死んでいた。死んだ状態で生れ落ちて、ティンダロスの猟犬に感染していた不死をもたらすウィルスの加護で、どうにか腐っていないだけ。それを戦闘機人のサイボーグ技術で動かしていたのだった。

 

 そんな哀れな心無きロボットたちを、一人、一人、壊していく。

 

 白く輝く盾を張る。“盾だってぶん殴れば立派な凶器になる”。ギザギザと尖った三角形の盾が、白く輝きカラスの腹を抉る。地面に縫い付ける。青い血を浴びる。

 

 この青い血の毒で死んでしまいたかった。しかし、人間だけにしか罹らないティンダロスの病魔は、狼の姿のザフィーラを侵すことはなかった。それどころか、不死の奇跡の代償と変異で無毒化されていた。

 

 肉を食む。金属の脊髄を砕きながら、次の獲物に飛び掛る。カラスが炎の魔法を紡ぐ。世界を焦がす炎が降る。白い幾何学模様の光の盾で、熱を防ぐ。白い光と一緒に、飛び掛る。硬くて、重くて、熱く熱せられた盾がカラスを押しつぶす。水晶のように透き通る盾の向こう、無表情な烏花の顔が見えた。偽者だと念じて、押しつぶした。青い血が絞られる。

 

 爪を払う。魔力が燃える。誰かを守るための堅さは、壊すための硬さでもあった。

 

 最後の一人に牙をつき立てた時、ザフィーラは一人ぼっちだった。声を上げて笑っていたドゥーエの姿も見えない。

 

 修羅。青い体。青い血に染めて、肉と骨と機械の地獄の只中に。

 

 遠吠えが響く。それも傾く塔の軋む音にかき消された。灼熱で鉄骨の溶けた塔は崩れ落ちた。その音にかき消されないように、吼え続けた。

 

 お前の偽者はもういない!

 

 あの烏花こそ偽者だったことを、ザフィーラは知らない。

 

「救いあれ」と、天使が呟いた。

 

 

 

 

 

 

 高町なのはは、白いバリアジャケットに身を包み、真っ赤に燃える戦場の空を飛んでいた。そして、靴から生えた桜色の翼を翻して、とあるビルの窓に突っ込んだ。

 

 硝子が煌く。雨みたいにキラキラと。その硝子を突き破ったレイジング・ハート、槍の姿のデバイスの穂先もキラキラと輝いていた。タイル張りの床に着地、飛行魔法を解いて、歩き出す。

 

 カツリ、カツリと、足音をたてながら進んでいく。何の変哲もない、綺麗な部屋と廊下だった。ただ、廃棄されていたはずなのに、綺麗過ぎた。きっと誰かが使っていたのだろう。例えば、防疫08部隊だとか。

 

 やがて、目的の部屋にたどり着く。

 

 部屋の前には、門番が居た。息絶えていたけれども。心臓の銃創から青い血を流した、烏花そっくりの顔をした女だった。彼女の目の前にあった硝子窓が粉々に砕けていた。おそらくは狙撃での殺害。

 

 彼女のポケットからわざとらしくはみ出したキーを拝借して、ドアノブに差し込む。ガチャンと、仰々しい重たい音で鍵が外れて、扉が開いた。

 

 パッキングされたみたいに白い部屋の真ん中で、ヴィータが拘束されて蹲っていた。

 

「ヴィータちゃん、しっかりして!」

 

 拘束具を外して、力なく蹲ったままのヴィータを抱き寄せた。彼女らしくない、悲痛な表情。地獄の門から地球の裏側を覗いたみたいに絶望していた。

 

「助けなきゃいけないんだ。救われなきゃいけないんだ。じゃないと報われない」

 

 子供みたいに、小さな声で震えていた。

 

 

 

 

 

 

 ソラは高い天空の八千メートルから、燃え上がるゲヘナの街を見つめていた。

 

 烏花が炎に消えた。ザフィーラが吼えている。烏花そっくりの顔をしたアハトのカラスたちが、炎の術式で街を焼き続けている。黒いバリアスキン越しに、煮えたぎる熱の上昇気流を感じた。地獄だった。ヴィータがなのはの手によって救出されたと聞いたのに、まるで人事のように詰まらなかった。淡々と、偵察兵の悲観論で情報を処理した。

 

 偵察兵は子供には不向きな職業だ。世界の愛を知る前に、それの百倍恐ろしい物を直視しなければいけないことになる。

 

 帰ったら、ヴィータ先輩に甘えよう。そして、甘えてもらおう。そうしなくちゃいけないんだ。そうしなくちゃ地獄で心が凍り付いてしまう。

 

 イカルス・デバイス。氷の背骨が、凍りついたみたいに軋んだ。

 

〈なあ、ソラ。お前、人を殺したことはあるか〉

 

 百年ぶりみたいに懐かしい、ヴィータの声が地上から聞こえてきた。憔悴しきった様子の、かすれた声だった。きっと、あの地獄を見ているんだろうと思った。戦争は人を哲学的にさせる。

 

〈あります〉と、答えた。

 

〈この前言ってたのと違うじゃん。嘘つきめ〉

 

〈あの時は、自分が殺していたことに気づいていなかったんです〉

 

 上空八千メートルの告白。今ならば言える気がした。心を氷漬けにしようとする偵察兵の悲しみを、全部ぶちまけることが出来そうだった。

 

〈私は、見殺しにしていたんです。沢山の死んでいく人を見てきました。それと同じだけの人数を、見殺しにしていたんです〉

 

 見殺しにするのが仕事だった。それに気づいたとたん、戦場そのものが自分の罪のように思えたのだった。

 

 ザフィーラが悲しい声を上げるのも、ヴィータが捕まったのも、烏花が炎の中に消えたのも、カラスたちが火を放ち続けるのも。高く飛ぶほどに、たくさんのものが見えてしまって、それらの重さが羽を砕いた。それが、今まで上手く飛べなかった理由。

 

 無心で飛んでた時には、もう帰れない。

 

 足元で生きる命の存在を知った。

 

 それが案外身近で、ぬくもりあるものだと知った。

 

 いとおしくなって、地上のぬくもりを求めた。

 

 しかし、あの素晴らしい、成層圏の天国のような空も知ってしまった。

 

 鳥の心が空を求める。人の心が地上を求める。命の重さを知って、体の重さを知って、悲しみの重さも知って、人の温みさえも重たくて。

 

 高く飛べるようになった体と、地上を望む心で、空中分解してしまったのだ。だから、飛べなかった。

 

 知ってしまうことは、重みなんだ。ピーターパンだって、自分が鳥でないことを自覚した瞬間、空から愛してもらえなくなった。子供でないと、飛べないんだ。失われた軽さは、帰ってこない。

 

〈ああ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が、毎晩僕に殺される。そしてそのただ一つの僕がこんどは鷹に殺される。それがこんなにつらいのだ。ああつらい、つらい。僕はもう虫を食べないで飢えて死のう〉

 

〈宮沢賢治、ヨダカの星か〉

 

〈ヨダカは気づかなければよかったんです。虫が生きているなんてことを。そうすれば、市蔵(いちぞう)なんて名前で生き延びながら、夜の空をずっと飛んでいられたんです〉

 

〈お前は、知りたくなかったと思ってるのか〉

 

 ソラは足から生えた音叉をキシキシキシキシキシッと震わせ、青い炎で飛び上がった。対流圏海面を突き破り、羽を縮めて、弾丸のように急上昇を開始した。

 

 燃えた粉塵漂う、重たい雲を突き破る。体を縛る重力の鎖を、空気摩擦の破裂音で引きちぎり、群青色の天空へと羽ばたいていく。視界の端に朝日が燃える。地平の彼方が丸みを帯びて、高高度に来たことを歓迎する。雲でさえ届かない澄んだ透明度の空気が、レンズのように透き通り、天体たちが騒がしい。

 

 もうすぐ夜が明ける。その前に、答えを言おう。

 

〈私はいま、限界高度の成層圏にいます。成層圏は天国ように透き通っています〉

 

 大きく羽ばたき、滞空する。守護天使みたいに綺麗な真っ黒な瞳で大地を見下ろすと、そらを見上げるヴィータの姿が見えた。その瞳は青く綺麗で、成層圏によく似ていた。答えを待っていた。

 

〈飛ぶために飛ぶのは、子供だけの特権です。私は知りすぎました。飛ぶためだけのためには、もう飛べません〉

 

〈なら、何のために飛ぶ〉

 

〈守るため。愛しい重みを守るため〉

 

 重みさえ、今では燃料だった。翼を動かす決意だった。

 

 ――バイバイ、ピーターパン。バイバイ、ヨダカ。私は大人になりました。ネバーランドからも、バードランドからも、去らねばいけません。子供でもなければ、鳥でもないんです。私の名前は、市蔵ソラです。

 

〈ソラより、ヴィータ副隊長へ。命令をください。重くたって飛べることを証明してみせます〉

 

 青い瞳が、喜びに光った。嗚呼、フロイデ。喜びよ。

 

 軽くなる悲しみ。重みを増す決意。

 

〈副隊長より、命令を下す。アハトのカラスどもが暴れ続けている。そいつらを操っている奴がどこかにいるはずだ。お前の自慢の瞳で探し出せ!〉

 

〈ヤー。必ず探し出します〉

 

 守護天使のように、翼を広げる。人とかかわった証拠の、黒く染まった堕天の翼。地上を愛し、空を翔る、真っ黒な翼。

 

 瞳に写る世界。赤く燃えている。煙たくくすんだベクトルで魔法を放つカラスたちを追い、それらを操る魔法の声を聞き逃すまいと傍受する。

 

 声が聞こえる。甘ったるい、男の声。壊せ、焼き尽くせと叫んでいる。それがカラスたちを操る声の正体。

 

 声のほうに目をやると、火の手から逃れた高台の丘。二人の男女が見たこともない魔法を紡いでいた。防疫08部隊の隊長と副官だった。

 

〈いました! 目標はアハトの隊長と副官です〉

 

 反撃が始まる。

 

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