魔導師たちの群像_ 魔法少女リリカルなのは   作:夏深てふ

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16/魔導師たちの群像

 アハト、防疫08部隊の反乱から一ヶ月がたった。火が放たれた廃棄街は焦土となり、灰の街になった。早くも、反乱の犠牲になった十三名の管理局魔導師と、アハトに殺された数十名の人たちのために、慰霊塔が建っていた。沢山の名前を壁に刻んだ、真っ白な白亜の塔だ。

 

 フェイト・T・ハラオウンとティアナランスターの執務官二人組みは、花を持って慰霊塔の前に現れた。

 

 花を塔に捧げ、死んでしまった人たちのために祈った。

 

「ねえ、ティアナ。これから私がすること、秘密にしてくれないかな」とフェイトが言った。

 

「私は何も見ていませんし、聞いてもいません」と、ティアナが答えた。

 

 フェイトはポケットからデバイス、三角形のアクセサリーの形をしたバルデッシュを取り出す。硬い硬い、金属の鋭い三角形。それを握り締めて、がつりと慰霊碑に叩き付けた。

 

 硬いバルデッシュの三角形が、白く滑らかな石壁を削る。何度も振るい、刻み、そして彼女の額に薄っすらと汗が浮くころ「できた」とフェイトは呟いた。

 

 死んでしまった名前の行列の横に、汚くゆがんだ傷で「FATE」の四文字が刻まれていた。

 

 FATE。かつてフェイトを生み出した死者蘇生の技術、そしてクローン・スカリエッティを作り出したプロジェクトを意味する名前。“運命”を意味する単語。なにより、彼女自身の名でもあった。

 

「運命を殺さなきゃいけないんだ」

 

 そう、小さく呟いた。

 

 彼女を産み出した運命が、沢山の不幸を生んでしまった。運命が重たくて、今にも落ちてしまいそうで。

 

 だから殺してしまいたかったのだ。

 

 しかしフェイトは実は知っている。死んでしまった物のほうが重たいということを。それでも殺さないといけないんだと思っていた。

 

「フェイトさん。これから私がすること、秘密にしてもらえませんか」とティアナが言った。

 

「うん」と、小さく頷いた。

 

 ティアナが真っ黒な執務服の内ポケットから取り出したもの、それは銀色に輝く弾丸だった。鑑識からくすねて来た、狙撃のお守り。白睡魚の弾丸だった。

 

 銀色の弾丸を白い塔につき立て、削り取る。刻んでいく。命を貫くための銀色の弾丸は硬く、鋭く、簡単に作業は終わった。

 

 フェイトの刻んだFATEのEが消されて、新たにALISMの文字が付け加えられている。

 

 FATEALISM(宿命論)に書き換えられていた。

 

「宿命は死にました。もう神さまだって私たちに逆らえません。それに」

 

「それに?」

 

「死ぬのは嫌な宿命(FATALSM)だけでいいんです。あなた(FATE)まで死んでしまう必要はないんです」

 

「どっちが先輩なんだか、分からないね」

 

「いつまでも後輩のままじゃいられませんから」

 

 ようやく笑った。

 

 アハトの反乱が終わって、ようやく始めての笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 教導の期間を終えた高町なのはは、第12航空部隊を後にした。

 

 基地の門をくぐり抜け、旧移民街の雑然とした街並みへと足を進めた。

 

 やがてたどり着く場所。それは、白烏花のかつて住んでいた部屋だった。地上七階にある、窓の広い部屋だ。家宅捜索のせいでガランとしてしまったその部屋は、もう彼女はいないんだということを改めて教えてくれた。

 

 同時に、かすかに香る茶葉の香りもした。いつかの邂逅で嗅いだ、異国のお茶の香りだ。

 

 彼女はこの部屋で何千杯のあのお茶を飲んだのだろう。そのたびに広い窓のこの場所から、兄である睡魚の姿を探したのだろう。そんなことを想像してみたりした。

 

 そんなことを想像していたら、急に寂しくなって、彼女の面影をさがしてみたくなった。部屋の中を探ってみることにした。

 

 引き出しなんかを探ってみたけれども、残されたものは殆どなかった。すべて証拠品として持ち去られてしまったんだろう。それで、ますます寂しくなった。

 

 寂しさに耐え切れずに、そろそろ帰ろうかと思い始めたころに、それを見つけてしまった。

 

 それはひっそりと、ベットの片隅に仲良く座っていた。

 

 へたくそな手作りの、青い狼の縫いぐるみと、白いお姫様の縫いぐるみ。あちこち綿が飛び出たり、左右が非対称だったり。まるでにらめっこしているみたいに不細工だった。青い狼はタクシードを着ている。

 

 あの事件を知った人が作ったのだろう。そう勝手に予想した。

 

 ポケットから携帯端末を取り出して、コールする。

 

「ザフィーラだ」と、相手はすぐに出た。

 

「烏花のすんでいた部屋に来て」

 

 そう言ってから、すぐに発信を切った。

 

 笑わせてあげて頂戴ねと、人形たちに囁く。

 

 そうして部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 ザフィーラが烏花の部屋にたどり着くと、広い窓の枠に縫いぐるみが腰掛けていた。へたくそな造形の、白いドレスの白雪姫だった。すぐに記憶のなかの彼女を思い出した。

 

 白い顔。まるで月面にふる雪みたいに白い肌。黒檀のように黒い髪。血のように赤かった唇。煙の臭い。全てを思い出した。

 

 部屋はどことなく甘い煙みたいな匂いで、彼女の香りを思い出したりした。

 

 ぜんぜん似ていない不細工な人形を抱きしめる。間違いない。あの煙草の匂いだ。忘れようもない、接吻みたいな煙草の匂いだ。

 

 

 

 彼は知らない。

 

 

 この部屋の匂いが、ついさっきまで古い茶葉の匂いだったことを。

 

 その部屋に、彼の姿の縫いぐるみもあったことを。

 

 それを持っていった、彼女のことを。

 

 

 

 

 

 

「縫いぐるみなんて、なれないもん作るんじゃねーな」と、指を絆創膏だらけにしたヴィータは笑った。

 

「同感です」と、おなじく絆創膏だらけの手をしたソラが言った。

 

 二人は同じ病院の、同じ病室の、隣り合うベットで、同じような格好をして寝転がっていた。ダサいパジャマを着て、体中包帯とガーゼだらけにして、手は絆創膏だらけだった。

 

 包帯の下は赤い傷跡。ヴィータは焼けどで、ソラは凍傷。真逆の傷だったけれども、そっくりの見た目だった。

 

 そして手の絆創膏の下は、沢山の刺し傷。なれない針仕事のせいで負った、名誉の負傷である。

 

 要するに、二人とも家事は駄目ということ。「花嫁修業は苦労するな」とヴィータが笑い、「その前にチビで童顔でもOKな旦那さんをさがさないといけませんけどね」とソラがため息をついた。

 

 お互いに、背が低いこと童顔なことがコンプレックスな二人である。

 

「知っています? 私って義足とったら、全長一メートルないんですよ」と、どこまでも自虐的でブラックな発言。ようやく自分を苛めても死にたくならない位にまで回復したということ。

 

「あたしなんて、いつまでたってもネバーランドの住人だぜ。どうするよ」と、これまた自虐に走るヴィータ。

 

「もし先輩の貰い手がいなかったら、私があなたに“ゆびぬき”をあげますよ。左手の薬指に」

 

 針仕事で中指に嵌めていたゆびぬきが、ソラの中指で指輪みたいにキラリと光った。

 

 ゆびぬきを外して、ヴィータの手をとる。指輪みたいに輝くそれを、ヴィータの薬指にはめた。

 

「死が二人を分かつまで」なんて、結婚式の誓いの真似事と一緒に。

 

「どうしよう。あたし“ゆびぬき”なんて持ってないぞ。お前とリングの交換が出来ないじゃないか」とヴィータ。不器用な彼女は、ゆびぬきもなしにガシガシと青い狼の縫いぐるみを縫っていた。そのことに今更後悔する。

 

「しってますか? ピーターパンはキスのことを“ゆびぬき”ってよぶと勘違いしているらしいです」

 

「それだったら、ゆびぬきをプレゼントできるな」

 

 そう言ってヴィータはソラの頬にキスをした。少女の幼いごっこ遊びだ。指輪の代わりにゆびぬきをあげて、ゆびぬきの代わりにキスをあげる。結婚式のごっこ遊びだった。二人して、笑ってしまった。けたけたと、くすくすと。もう男なんて要らないぜ。新郎新婦ふたりともウエディングドレスだと、腹を抱えて笑っていた。

 

「祝福したるよ。おふたりさん」

 

 二人の笑顔が凍りついた。病室の扉にもたれかかって、八神はやてが意地悪そうに笑っていた。

 

「ちがうんだ! はやて! これはただの冗談で、」

 

「そうです! 違うんです! たしかに嬉しくて変なスイッチが入ってましたけど。とにかく違うんです!」

 

「おい、ソラ。自爆すんな! それじゃまるでスイッチ一つでレズビアンみたいじゃんか」

 

「スイッチ一つで、ジェンダーさえも乗り越える愛か。最近の若い子の恋愛観には、ほんま驚かされてばっかしやなあ」

 

「だから違うって!」

 

 今日も世界は平和で、少女たちは騒がしい。

 

 

 

 

 

 

 そんな騒がしい少女たちの声を聞いて、航空12部隊バードランド分隊隊長のシグナムは、顔を綻ばせた。ドアの向こうから聞こえてくる、馬鹿馬鹿しくも幸せな声たちを聞いて、その声の主が自らの愛する人たちのものだとしって、心のそこから愉快だった。

 

「幸せそうだな。そうは思わないか? お前たち」と、小さく呟いた。

 

 シグナムの後ろにゾロゾロとついて来ていたバードランドの男たちが、次々と口を開く。

 

「結婚はいいですよ。毎日家に帰るのが楽しみになる」と、新婚のファビアンが言った。

 

「そして十年がたち、愛は冷め、今ではかみさんの顔を見るのも憂鬱だ」と、不真面目なリヴィエールが茶化した。

 

「同性婚、はやく法律で認められないかな。僕のために。ヴィータ隊長とイチクラ隊員のために」と、クラナガン多様性の会メンバーのペルランがぼやく。

 

「おや。ゲイは女の子がいちゃついてるのをみても不快に思わないんだな」と、ロビーノが見当違いの返事。

 

「ミシマユキオだって、結婚して女を抱いてるぞ」と、何故か第97管理外世界の作家で説明補足を始めるルルー。

 

 各々自由で不謹慎で馬鹿らしいバードランドの隊員たち。彼らは今日も、うるさい小鳥みたいなお喋りだ。男なのに。

 

 それをたまらなく愉快だと、シグナムは感じる。愉快だと感じている自分自身が、一番愉快だった。

 

 今は笑おう。そして沢山幸せになろう。そうしなければ、死んでしまった私そっくりのカラスたちに申し訳がつかない。沢山幸せになったあと、すべて終わったら天国のカラスたちに教えてやるんだ。人生は素晴らしいって。

 

 そんなふうにに言い訳して、回答を先延ばしにした。今はそうするほかしかたない。

 

 楽しもう。人生を。

 

「結婚行進曲でも歌おうか」

 

 そんな提案をして、それにバードランドの隊員たちは一斉に飛びついた。

 

 病院の廊下で即席のパート分けをして、ゲネプロもなしに歌を歌いながら、ヴィータとソラが騒がしく言い訳をする病室へと入場した。

 

 騒がしく幸福な、お見舞いのワンシーンだった。

 

 

 

 

 

 

 どこかの遠い世界で、テレーゼが言う。

 

「これからは昔みたいに三人一緒よね」

 

 どこかの遠い世界で、睡魚が言う。

 

「嗚呼。これからは昔みたいに三人一緒だ」

 

 そんなことを話しながら、夕日が沈むのを待った。

 

 夜になったら、烏花が帰ってくる。そうしたら、長い長い旅が始まるのだ。三人で、世界の秘密を解き明かしに行くのだ。

 

 復讐のために。

 

 救済のために。

 

 鎮魂のために。

 

 幸せのために。

 

 

 

 

 

 

「英雄は、彼自身の死をもって初めて、英雄として誕生する。ママンには、この意味が分かるかな」

 

「いいえ。わかりませんわ」

 

「つまりだね。私はオリジナルを殺さねばいけないのだよ。殺してこそ、初めて私は本物に生まれ変わることが出来る」

 

「本物は幸せですものね」

 

「そうだ。本物は幸せなのだ」

 

 

 

 

 

 

 日が沈み、夜がやってきた。空気がシンと澄んだ、夜間飛行にうってつけの夜だ。

 

 そんな夜の空を見上げて、高く天に浮かぶ天体に向かって、市蔵ソラは手を伸ばした。柔らかな月の光が二つの月光が、傷だらけの腕を照らし出した。

 

「汚い手」と、小さく呟いた。

 

 青白く透けた肌に、無数に走る凍傷の傷跡。青色の血管が、細い腕に浮いていた。“軽くあれ”。鳥は軽くあらねばならない。その軽さの結果が、この細くやせ細った腕だ。機械の義足を履かないのも、髪を短く切りそろえたのも、“軽くあれ”と願ったからだ。

 

 でもこれからは軽いだけじゃ駄目なんだ。

 

 唐突に、髪を伸ばそうと思い立った。名案だと思った。軽い自分から決別するんだ。その決意表明として、髪を伸ばすのはいいことに思えた。

 

 長い髪で、やせた頬が隠れるかもしれない。少しだけ、重くなった気分でいられるかもしれない。気分だけでいい。一番重たいのは命で、次が心だから。きっと気分の重さは三番目か四番目くらいだろう。

 

 傷に汚れた腕が、重力に軋んだ。夜間飛行のときの翼みたいに、ギシリと軋んだ

 

「汚い翼」と、小さく囁いた。

 

 私の翼はきっと汚い。高く飛ぶために、今まで沢山の命を見捨ててきたから。軽くなっても、重たくなっても、これだけは代わらないだろう。きっとそうだ。私の翼には、沢山の命の匂いが染み付いて、すすけたみたいになっているだろうから。

 

「ヨダカは実に、みにくい鳥です。高い空で、満腹のはらに沢山の命をためこんで、生きる悲しみに震えています。カブトムシを食べて生きています。カブトムシの悲しみを胃袋で感じています」と、いつの間にか起きていたヴィータが言った。

 

「ヨダカは夜の空を飛んでいます。天の川の光で翼をやかれて、羽はこげたみたいに真っ黒でした。天の川の光は鳥にとって毒なのです」と、ソラが続きを語った。

 

 二人で物語を紡いでいく。

 

「ヨダカは高い空でいいました。『みんな死んでるみたいにねてるんだ。怖いよ。世界が終わってしまったみたい』」ソラが手を伸ばす。月はつかめそうにない。

 

「みにくいヨダカに、オリオンが言います。『おまえのほうがよっぽど死んでいるみたいな顔しているぞ』」ヴィータも月に手を伸ばす。彼女の薬指で、銀色のゆびぬきが月光に輝いている。月は手に入れられなかったけど、月の光はこの手の中に。

 

「ヨダカは実にみにくい鳥です。だから、誰もいない高い夜をとんでいます」ソラがヴィータの左手を掴んだ。薬指の、月光とともに。

 

「実にみにくくて、しかしそれで十分でした。心は天の川の水明かりに洗われて、とても綺麗だったから」ソラの手を握り返しながら、ヴィータが言った。

 

「ありがとう」今にも泣き出しそうな声で、お礼を言った。

 

「夜は何にも見えません。目で見えるものは、無意味になってしまいます。だから、夜に限って言うならば、ヨダカはどんな鳥より美しい鳥でした」

 

 ありがとう。

 

 なんども、なんども、囁いた。

 

 高くも、速くも飛べたソラだったが、綺麗と言われたのはこれが始めてだった。

 

 何もかも投げ出して、大切なもののためにとびましょう。

 

 あなたの守護天使になりましょう。

 

 

 

 そんな、物語の終わりだった。

 

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