魔導師たちの群像_ 魔法少女リリカルなのは   作:夏深てふ

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最終章/ホワット・ア・ワンダフル・ワールド(下)

17/

 

「なあソラ。世界が終わる日まで一緒に暮らさないか」とヴィータが言った。

「何故ですか」

「思いで作りだよ」

「素敵かもしれません」とソラは微笑んだ。

 そんな会話だけで、彼女二人のルームシェア生活は始まった。

 

 ソラが待ち合わせの場所に迷いながら到着してみれば、私服姿のヴィータがいた。着古したダブルショルダーレザーのライダースジャケットに、少女趣味なプリッツスカート。甘ったるくデフォルメされた海賊旗のシャツという、なんともチグハグなパーツを上手くまとめあげるヴィータのセンスはとても良いような物に見えた。

「どうだ。見惚れだろ」と冗談ぽく笑うヴィータだった。

「そのセンス、羨ましいです」と、ソラは返した。

「おまえだってお洒落してくれば良かったのに」と、素っ気ないシャツとフライトジャケットと色の抜けたジーンズ姿のソラを見て、ヴィータが言う。

 まるで、お洒落をしらない頃の、十六歳のソラみたいだった。

「世界に二人きりなのに、お洒落の必要なんて無いでしょう」

 嘘だった。クローゼットの中の沢山の服を見て、その着こなし方が思い出せなくて途方に暮れてしまったから。分からなくて、思い出せなくて、迷ったあげくに一番奥にしまってあった服に決めたのだった。一番奥にあったのだから、一番大切な物だったのだろうと、そう思って。

「二人っきりだからこそするんだろ。お洒落は私が全部仕込んでやったんだ。自信もてよ」

「先輩と違って、私は成長するんです。先輩の子供趣味な服ばっかし着てられませんよ」

「お前の背なら、幼稚園のスモックだって大丈夫さ」

「一緒に初等教育からやり直しますか」

「いいな、それ。沢山思い出ができそうだ」

「世界の終わりの混乱期です。いまから役所に戸籍を改ざんしにいきましょう。バレないかもしれません」

 二人して笑った。ようやく調子が出てきたと、懐かしくて笑ってしまった。お互いの傷を舐め合いながら、染みてしまうような消毒液を塗り合いながら、痛い痛いと笑い合う、そんなのがあっている。そうソラは思ったりした。

 二人で、海沿いの道を歩いた。

 ヴィータの後ろを、からからと回る車いすの車輪で追いかけた。

 ヴィータが「押してやろうか」と言えば「先輩とかけっこしたって勝つ自身があります」と断った。

「しっています? 車椅子マラソンの世界記録って健常者マラソンより速いんですよ」

「しってるさ。それが問題になって車いすのリミッターかけるべきかで論争になっていることも」

「きっと百年後の世界では、普通の人と足の無い人が同じ車いすに乗って、同じ道を走っています」

「見てみたいな」

「見れますよ。約束したじゃないですか。百年後、百年後の空の様子を私に教えてくれるって」

「天国まで飛んでって、教えてやるよ。たしか天国は成層圏にあるんだっけ」

「はい。高い空の、一番澄んだ青の場所に」

 道の途中に、懐かしい看板を見つけた。クラナガンバーガー・メニーイエロー。二年前に着た時は屋台だったそれは、ちゃんとした店舗になっていた。売り場には、世界の終わりだというのにまだ人がいた。

「世界の終わり。二人っきりのはずじゃなかったっけ」

「世界の終わり。あなたとわたしとハンバーガー」

「何だか詩的かもな、それ」

 二人して一番おっきいアトミック・ギガント・バーガーを注文した。ピクルスとチーズとチェリソーと、その他トッピングをこれでもかっと言うくらいサービスしてアトミック・ギガントからアルマゲドンくらいにパワーアップしてくれた店主にお礼を言って、店から出た。

「新世界でもクラナガンバーガー・メニーイエローをよろしく!」

 そんな店主の叫び声と、店のシャッターが締まる音を聞いた。後ろを振り返ると、メニーイエローの看板の光は落ちていた。しまったシャッターには、Closeの文字と「素晴らしかな新世界」の一文が踊っていた。

「ジェイムズ・エルロイの小説一文です」とソラが言った。

「ほんと、どうでもいいことばっか覚えてんのな」と拗ねたようなヴィータの声がした。

 

 ハンバーガーを齧りながら、人のいない列車を乗り継いで、そうしてようやくたどり着いたのは懐かしいコテージだった。木彫りの天使が入り口の階段の所に座っていて、その羽にはbird landとペンキで書き込まれていた。

 一人では広く、二人では狭い、そんな半端な広さだった。

「世界の終わりまで、貸し切りだ。新世界に旅たつ日まで、ここで一緒に暮らすんだ」

「仕事はどうするんですか。通勤には、少しばかり遠いですよ」

「掲示板見てなかったのか。今日でバードランドは解散だよ。ファビアンは早々故郷への帰りのチケット買っちまったし、ほかのみんなも地上本部再編までの間は無期の待機だよ」

「急ですね」

「世界のオシマイが早まったってことだよ」

「飛べなくなってしまいます」

「任務が無くたって飛べるさ。今は混乱期だ。飛行許可なんてなくたって飛べるさ」

「それを聞いて安心しました」

 二人してベットに荷物を放り投げると、すぐに外へと飛び出していった。

「ほら、飛ぶぞ」と、扉を開け放ったヴィータが駆け出した。赤い魔力発光に包まれて、次の瞬間には足は宙を蹴っていた。魔力で赤いドレスが編まれ、あっという間にカルメンの少女みたいな格好になっていた。

 赤いスカートを翻しながら、鳥みたいに両腕を広げて、上昇気流を掴んだ。長くのびた赤毛が磯の香りの粘った風に溶けた。手を伸ばす。まるで眠り姫の手を取る王子様みたいに、少女の命を救ったピーターパンみたいに、手をソラに向かってのばしていた。

 何度もソラを救ってきた、二年前から全く変わらない、小さな手だった。真っ青に澄んだ二つの瞳が、一緒にいこうと言っていた。

 ソラは大きく羽ばたいた。両腕は翼で、あの手を取ることは出来ないけど。一緒に飛べるだけで十分だった。

 

 

 16/

 

 ある晴れた朝に。

 七体目の自動人形に、青い狼のザフィーラは食らいついた。彼の牙が自動人形の歯車を砕き、そして真っ二つに引き裂いた。

 廃棄された街の最新部で、ザフィーラは戦っていた。砦を守る人形を食い破りながら、爪で引き裂きながら、魔法の盾で押しつぶしながら、深く深く、街の奥までへと潜っていく。

 人形が現れる。しなやかな白い手が二つに割れて、その中からホウセンカの種みたいに散弾がまき散らされる。白い輝きの盾が出現して、そのほとんどを防いだ。白い輝きが掻き消えて、変わりに巨大な爪が出現していた。金属が拉げる悲鳴をまき散らしながら吹き飛ばされる人形。ザフィーラの跳躍。吹き飛んだ人形に直ぐさま追撃。ひび割れた腹の中に口を突っ込み、自爆装置の信管を引き抜く。人形の命が途絶える。

 その背後に、カマキリみたいに変形した人形が迫っていた。白熱するブレードをぎらつかせ、ザフィーラの背中に切り掛かる。そして青い背中の防護魔法陣を引裂き、青い毛並みを数本刈り取った所で、しかし彼の命まではその刃は届かなかった。

「it would light up the whole world.(ひかりあれ)」と声がした。

 真っ白なドレスがひらりと舞い、銀色の杖が歯車を噛み合わせながら、炎を生んでいた。カマキリは赤いうねりに巻き込まれ、吹き上げられ。太陽の落っこちてきたみたいな光の中で消えていた。残ったのは、真っ赤に焼けたブレードの残骸だけ。

「目だちすぎだ」とザフィーラが言った。

「たまには目立ったって良いでしょ」と白いドレスの女は言った。白烏花だった。

 そしてこうとも言った。

「私がせっかく白いドレスを着てあげたってのに、あなたはタクシードを着ていないのね」

「知っているか。タクシードで運動すると、シリの所が破けるんだ」

「間抜けなあなたも好きよ」

「私は嫌いだ」

 そんな馬鹿話をしながら進んでいった。途中、何体かの人形が邪魔をしたけれども、光の盾で押しつぶされるか、赤い紅蓮に舐めとられるかして、早々に壊れてしまっていた。

「まるで魔王の城に乗り込む勇者ね」

 灰色の洞穴みたいなコンクリートジャングルを進んでいく。向け出しの配線。訳の分からない数式の書き込まれた、幾何学模様の壁。おそらくは何らかの魔法陣の痕跡。実験の跡。

「お姫様まで戦ってくれるあたりは、予想外だがな」

「勇者様が人食い狼だなんて」

「しかも卑怯者だ」

「いえてる」

 最後のバリケードを吹き飛ばし、たどり着いたのは太陽の光が落ちてくる、バルコニーのような場所だった。

 そこの中心に築かれた、機械の玉座。そこに男は座っていた。左腕の無い、痩せた男。白い服を着た幽霊のような男。それがクローン・スカリエッティだった。

「残念だけど、一足遅かったようだ。私はもうすぐ旅たつ」

「アルハザードへと、か」とザフィーラが問うた。

「アルハザードと名付けたのは、後の世の人間だ。あの場所に名前なんてものは存在しない。ただ、アルハザードという男がそこにいた。それだけだ」

「なぜ、そこに向かう」

「私のオリジナルに会うためだよ。それじゃいけないのかい」

「世界一つと引きかえに、か」

「そうだ。私はオリジナルを超える。オリジナルに成り代わる。そうして初めて、私はスカリエッティーの名前から解放される」

「殺すのか」

「悪いか」

「悪い」

 スカリエッティーの偽物は、笑った。声はほとんど叫び声で、終末の街中に響いた。愉快そうに、心底楽しそうに、狂気を孕んだ声で笑い続けて、最後にこういった。「それは褒め言葉だ」

「あそこには、なんにもないわよ」と烏花が言った。

「そんなこと誰も知らない」

「私が知っている」神様みたいな声で、彼女は言った。

「私が昔いた滅びてしまった世界。あの時も空が落っこちてきた。あれってアルハザードとの衝突でしょ」

「別の私が計画したのだろう。そして失敗した」

「失敗したから、世界は滅びたの」

「成功しても滅びたさ」

 そう。と小さく俯いた。

「さて、そろそろ旅たつとしようか」

 にやりと笑ったスカリエッティ。その機械の玉座の影から、一人の女が現れる。真っ赤な髪をした、すみれ色の鎧をきた女。八神はやての副官であるシグナムだった。手には、一冊の本。ザフィーラやシグナムにとってはよく見慣れた、夜天の書だった。

「盗み出すのには苦労したよ。差し向けた人形たちは君らが片っ端から壊してしまうし、彼女の協力でようやくだ」

「それをどうする気だ」

「これは旅の書。言ってみれば、アルハザードの手帳だ。手帳なら住所くらい書いてあるだろう」

 夜天の書のページが、ばさばさと捲れる。まるで羽ばたくみたいに、魔法式の欠片を振りまきながら。ちぎれ飛んでいるのは、セーフティーや承認のためのプログラムだった。そして開かれた頁。表れる数字。アルハザードへと至る道の、経路図。空間座標。世界の壁の破り方。

 光が満ちる。空が落ちてくる。青いガラスのような結晶が雲を切り裂きながら落っこちてきた。大地に突き刺さる。キンと冷たいA(アー)の音で砕ける。卵が孵るように空が破れ、その向こう、そこには青空よりもっと濃い青い光で満ちた新世界があった。アルハザード、新世界の名前。

 サヨナラだと、書を抱えたスカリエッティが言った。

 ザフィーラが飛びかかる。

 三日月みたいに鋭い刃で、スカリエッティとシグナムを守る魔法陣の式を食い破りながら進んでいく。

 烏花が魔法を放つ。

 ねじくれたデバイスが歯車を軋ませながら、地獄みたいな世界から炎を召還する天の梯子、光の道へと進んでいく二人の影を焼き尽くそうと、魔力の心臓を回転させる。

 ザフィーラが最後の一行を喰い破り、そしてシグナムにへと躍りかかった。シグナムは剣を抜かず、変わりに腕から出現した鋭い爪でザフィーラを押さえる。

「嘘つきめ」とザフィーラが吠えた。

「バレていたのね」とシグナムの姿をしたその女は、甘たるい声で囁いた。懐かしい戦闘機人の声。顔が波うち、次の瞬間には冷たい表情のドゥーエだった。

「あなたたちのご主人様。八神はやてだっけ。全く成長しないわね。私みたいなカメレオン・タイプがいること、知ってたはずなのに」

「お前らも成長していない。同じ過ちを犯そうとしている。左腕の次は右腕だ」

 はっとした顔でドゥーエは自動人形に指示をだそうとして、その全てが何者かに切り裂かれ、焼き尽くされていることに気づいた。

 彪のように飛び跳ねて、スカリエッティーの体を押し倒した。

 遥か遠くから飛来した純銀の弾丸が、ついさっきまでスカリエッティの体があった空間を吹き飛ばしていく。遅れてくる銃声は音速を超えた実態弾狙撃の証拠。宇宙ガラスの十字架瞳で狙われる心臓。白睡魚の恐ろしい純銀弾狙撃。

 玉座を転がり落ちる夜天の書。それを拾う、群青の隊服の女。

 夜天の主、八神はやてだった。

「大事な魔導書だ。盗まれてどうする」とザフィーラが言ってみれば、

「盗まれたんやない。貸しただけや」と、しれっとした顔のはやて。

「盗まれたふりして居場所を突き止めるなんて、ほんと卑怯」烏花がはやてに追撃。

「同感です。たった二人を大人数で追いつめるなんて、騎士道の風上にもおけません」と、柱の影から出てきた、灼熱した剣のシグナムが追い打ち。その背後には、ガラクタ同然にまでスクラップにされた人形たちが燃えていた。

 そんなブーイングを無視して「まあそう言う訳で袋のネズミやし、投降してくれんかな」とスカリエッティに言う。

「残念だが、それは出来ない。アルハザードへの道は開かれている」

「この夜天の書に書き込まれている座標は、残念ながら私の作った偽物やから」

「もう目で見えるところにまできているんだ。地図なんて無くてもいけるさ」

「正気か」

「正気だ」

 ふうとため息をついて、手を振った。バイバイと、そんな仕草だった。それが合図。

「いくならいけ。いけれるもんならな」

 光が全てを覆った。

 

 

 15/

 

 とあるビルの屋上。

 八神はやてが手を振ったのを見届けて、ティアナは長いライフルの形をしたクロスミラージュに魔力を流し込んだ。

 胸の中で回転するリンカーコアに橙色の炎が灯り、それを呼び水に空気中に漂う魔力を収束した。

 クロスミラージュの暗い銃口の周りに、幾重にもまとわりつく、幾何学模様の魔法陣。万華鏡のように絡み合い、空間をゆがめながら、巨大なバレルを生成する。

 魔力で強化された視力の向こうにいたのは、スカリエッティの姿をした男だった。それが的だった。

 的の前に、女が躍り出る。フラクタル模様の力場を展開して狙撃を受け止めようとしている。

 これじゃ撃てないと思った瞬間、すぐ隣で耳を劈く銃声が聞こえた。澄んだ音で空薬莢が地面に落ちる音も聞いた。その澄んだ金属音が聞こえる前に、的の前を邪魔していた女は、フラクタル模様もろとも吹き飛ばされていた。

 すぐ隣で黒い銃身を構えていた睡魚のフォロー。

 心の中で小さく感謝して、ティアナは軽い引き金をそっとなでた。

 銃身の中で魔力が弾け、煌めく橙の光。かみ合う二つの魔法陣が魔力の方向を纏め上げ、一つの弾丸とした。

 ティアナの持っている、一番奇麗で大きな弾丸。まるで星の光。スターライトブレイカー。

 弾丸が飛んでいく。流星の速さで飛んでいく。壊れた灰色の街を照らしながら、落っこちてくる青空を朱に染めながら、青く暗い皹の向こうを照らし出しながら。

 照らされる皹の中にティアナは何かを見たような気がした。それは墓標のようにも見えたし、延々と続く青い光の花畑にも見えた。幻だったのか、一瞬で見えなくなった。

 見えなくなって、そのときには弾丸は的に到着していた。

 橙色の光の中で、的は移転魔法の式を編み上げ、多次元世界の狭間へと溶けていった。嗚呼、外したんだ。そう思った。

《こちらティアナ。目標ロスト。逃げられました》

《了解、お仕事、ご苦労さん》とハヤテの声が念話で聞こえた。

 嗚呼、運がないな。そう小さく呟いた。

「落ち込むな。スターライトブレイカーだっけ。奇麗な魔法だったじゃないか」

 彼女の隣で、睡魚が言った。黒猫みたいに、無邪気な笑顔だった。ライフルが酷く似合っていない。

「あたらなければ奇麗なだけの花火ですよ」

「そういうものかね」

「そういうものです」

 睡魚は立ち上がると、ライフル銃をケースにしまってしまう。そして歩き出した。

 もう行ってしまうんですかと聞いてみれば「婚約者を待たせているからね。速く行かないとどやされてしまう」と笑っていた。何かが軋んだ。

「最後に一つ良いですか」

「何だい」

「どうやったらあなたみたいに、奇麗に的に当てれるんですか」

「知らない方がいいさ」

「なんで」

「知ってしまったら、あんなきれいな魔法、二度と使えなくなってしまう。それじゃあな。奇麗な魔法のお嬢さん。同じ魔法を使う、教導官殿にもよろしく言っといてくれ」

 ニヤリと笑って、次の瞬間には魔法の力で消えてしまっていた。

 最近変な人に振り回されてばっかしだ。そんなことを考えて、ため息をつこうとした。でも止めた。

 変わりに大きく息を吸い込んで、喉が痛くなるまで叫んでやった。

「バカヤロー!今度はぜったい捕まえてやる!覚悟しろ!」

 姿の見えない彼に向かって、めいいっぱい叫んでやった。

 たとえば長年追いかけてきた犯人をまるで恋人のように思ってしまう刑事がいることや、睡魚の言った「婚約者」の台詞で感じた不快感が失恋のそれと同じことを、ティアナはまだ知らない。

 

 

 14/

 

 片腕を純銀弾で吹き飛ばされ、スターライトブレイカーの魔力でマジックサーキットをショートさせてしまったドゥーエは、動かない体で、ただただひび割れた空を見上げていた。

 この分だったら、あと半日ほどで世界は終わるな。そんなことをぼんやりと考えていた。愛するドクターは、ちゃんとアルハザードにたどり着けたかなとも思ったりした。一緒についていく筈だったのにと残念に思った。私のことを思い出して、チョビットだけ泣いてくれれば嬉しいと思った。大泣きだったら、私まで悲しくなってしまうから。

 空から金色の髪をした女がおりてきた。

 天使かなと思って「私を壊して」と願ってみた。

「だめ」と言われた。

「あなたの家族が待っている」

「家族はあの人だけよ。アルハザードへ旅立っていった、あの人だけ」

「じゃあ、言い換える。あなたと家族になりたいと願っている人たちがいる」

 天使は数字を数え始めた。

 ウーノ、トーレ、クアットロ、チンク、セイン、セッテ、オットー、ノーヴェ、ディイチ、ウェンディ、ディード。一から十二まで、異国の言葉で順番に数えた。心地よい音だから、きっと天国の言葉なんだろうとおもったりもした。なぜ二番目をとばして数えたのかは、分からなかった。

「二番目はあなたよ」と天使が言った。

 頷いたのは、きっと冷たい土の中で壊れてしまった回路のせいだと思った。

 

 

 13/

 

 壊れる世界を縫い止めようと、八神はやては魔法を解きはなった。アルアザードへの扉を開ける最後の鍵が夜天の書だとしたら、閉じる鍵も夜天の書、そう思ったからだった。

 スカリエッティがハックした経路を逆算し、そこから検索をかけて項をめくっていく。案の定、空の穴を塞ぐための魔法を見つけ出し、圧縮された魔法言語を解凍して、ベルカやミットチルダの言語に翻訳する。

 出来上がったプログラムは、散布形の物だった。壊れてしまった空間を魔力で直す。そんな魔法だった。壊れた空間には、直接魔力を届けなければいけない。

「それって、どういう意味」と烏花が質問した。

「この魔法は青色のペンキや。そのペンキで、空の剥がれ落ちた所を塗り直せば万事解決」

「でも、そんなことできるの」

「この世界に残っている魔導士全員に頼めば、半日もしないうちに塗り終わるやろ」

 悪巧みを考えるときの腹黒い笑顔で、はやてはいった。次の瞬間、その場にいた魔導士全員のデバイスが、唸りをあげ始めた。

「夜天の書をブン回して、世界中の魔導士のデバイスに、『青いペンキ』と『お願いのメッセージ』を送り込んでる最中」

 犯罪だった。無断で他人のデバイスに侵入した罪や、妙な混乱を招くようなメッセージを無差別にばらまいたことや。でも反論は全部「もうすぐ終わる世界やし、だいじょうぶでしょ」で切り捨てられた。もうすぐ救われる世界だというのに。ブラックな冗談。

「アルハザードが青いペンキの後ろに隠れたら、きっとソラの中のイカルスデバイスもおとなしくなるやろうし。世界も救われるし。万事解決」

「まるで世界のことはイチクラのついでみたいな言い方ですね」とシグナムが言った。

「あったり前や。ソラやヴィータのためじゃなかったら、こんな面倒くさいことやらへん。シグナムだてそうやろ」

「一緒に酒飲んで馬鹿ができるのは、イチクラくらいしかいませんし。潰れた私たちを介抱するのはいつもヴィータの役目ですし。貴重な二人を一度に失いかねないこの事件は、世界の終わりなんかより最優先で解決すべき問題です」

「不真面目になったな」

「あなたに似たんです。主はやて」

 愉快な連中ばかしだと、笑ってしまった。

「みんな準備はええか」と、はやてのかけ声。

「我が主のお望みとあらば、いつでも」と真面目腐った口調でシグナム。

「我々ボルケンリッターは、いつでも主の剣であり盾です」同調するようにザフィーラ。

「ヴィータとシャマルが留守だよ。二人しかいないと、格好つかないね」と調子外れのフェイト。

《それって空の穴めがけて撃ちまくれば良いんですよね》とトリガーハッピーなスイッチが入っているティアナのガラガラ声が聞こえてきた。

「個性的な人たち。あなたはどう思う」と烏花が言った。

《さてね。いい人たちなんじゃない。結婚パーティーはとっても素敵になるよ》と、いままで高い空の雲に隠れていたテレーゼの声まで落っこちてきた。

 なんや。ぐだぐだやないの。

 全員がバラバラに、しかし同じ空を目指そうとするのを感じながら、ハヤテはぼやいたのだった。

 

 

 12/

 

 フェイトが飛行を開始して高度を上げると、すでに空のあちこちで光が輝いていた。

 色とりどりのバリアジャケットや騎士甲冑を身に纏った魔導士たちが、色とりどりの魔力発光で重力をねじ曲げながら飛んでいた。きらきらと光る魔法の杖で、魔法をを放っている。暗い空の裂け目にむかって光の束を放っている。光の通った後は、青空が戻っている。ペンキを塗ったみたいに、青空がもとに戻っている。

 沢山の魔力が、傷ついた空を癒していく。

 フェイトは空を飛んでいく。空中を蹴る。白いマントが翻る。巨大な剣の姿をしたデバイス・バルデッシュが暗い皹を引き裂いていく。青い傷に涙のような青い空が戻っていく。

 踊るようにタップを踏んで、稲妻を纏う光の剣で闇を切り裂いていく。切り裂いた後には青空が戻っている。世界が戻っていく。空はもう、落ちてこない。そんな気がした。金色の髪が、翼のようになびいた。音楽が聞こえてきそうな飛行だった。

《相変わらず奇麗な飛行ね。渡り鳥さん》

 金色の翼の上を、真っ白な翼が飛んでいた。まるで大理石のニケ像みたいに翼を広げて飛んでいる、テレーゼだった。

「久しぶりだね」

《ええ。いつかのダンス以来かな》

「あれがダンスって言えるなら」

《あなたはいつも、奇麗に飛ぶ》

 テレーゼが大きく羽ばたくと、あっという間にフェイトの届かない高い高い限界高度へと飛んでいく。白い翼からエメラルド色の魔力が溢れて、そのあとには青い空が蘇っている。

「すごいね。私には絶対に届かない」

 そう言って、剣を振るった。黄昏みたいな金色で雲が吹き飛び、裂け目が掻き消え、ゴロンゴロンという稲光で世界を照らした。青空が帰ってきた。

《すごい。私にはそんなに沢山塗り替えられない。まるで雲の神様ね》

「かもね」

 いつの間にか空は青色だった。ひび割れた所の方が少ないくらいに。真っ青な空だった。青白い顔をした昼間の天体たちも、それぞれの昔話の面影を取り戻していた。

 遠くで桜色の魔力が撃ち上がった。流れ星みたいに光り、暗い皹を照らし出し、青空を呼び戻す。桜色の魔力の燃えかすが、花びらみたいに散っていく。そんな世界の終わりの世界。もしくは始まり。

「私たちってもしかしたら良く似ている?」

《多分》

「私は高く飛びたい」

《私は奇麗に飛びたい》

 上手く行かないものねと、笑ってしまった。

 

 

 11/

 

 クローン・スカリエッティは、アルハザードにたどり着いた。

 何も無い場所だった。

 青い花畑が延々と続く、広いだけの世界。そこにいくつかの石碑が立っている。石碑に刻まれた文字は、すべてアルハザードの名前だった。石碑の上には枯れた花が供えてあって、それは全て墓標だった。

 その墓標を抱くように、機械で出来た人形が機能停止していた。きっと、墓を作ったのは機械人形。機械人形を作ったのは、墓の主。

「失敗なんかじゃなかったんだ。みんな成功していたんだ。みんな、たどり着いていたんだ」

 その墓標は、アルハザードになりたくてこの地へたどり着いた、昔々のスカリエッティたち。

 この地で名前を手に入れ、機械人形を作って、それによって埋葬された、寂しい人たち。

「絶対、機械人形だけはつくってやるものか」

 光の中で見失ったドゥーエの顔が笑っていたから。

 そのことを彼は、長い孤独の中で知る。 

 

 

 10/

 

 塗り替えられていく世界を眺めていた。

 世界は終わらないみたいだった。

 そのことを、背骨に届いた魔法の声を聞きながら考えていたソラだった。

 ソラの隣でヴィータは囁く。

「どうしたんだ」と。

「声が聞こえるんです。私が飛べば、世界は終わらないって」

 それはハヤテの声だったかもしれないし、アルハザードの書いた旅の書の声だったのかもしれない。アルハザードの男に書かれた旅の書。アルハザードの空を飛ぶために育てられた、イチクラソラの鳥の心。

「飛びたい」と一番大きな声で叫んでいたのは、ソラの中の鳥の心だった。

「私、ずっと鳥の心と喧嘩していたんです」

「そうだな。ずっと戦ってきた」

「でも、そろそろ仲直りしないといけないと思うんです」

「どうして」

「空の飛び方を教えてくれたのは、鳥の心ですから」

「仲がいいことは。いいことだしな」

 仲直りしてこいと、ヴィータは笑った。

 仲直りしてきますと、ソラが笑った。

 飛び立った。

 黒い翼で飛んでいく。

 ヨダカは飛んでいく。

 高い声で両足の音叉が推進力を生んでいく。

 胸のなかで火が灯る。

 キシキシキシキシキシキシッと甲高い声で空気が裂けていく。

 尾羽の方で黒い闇が青く裂けていく。

 鳥の心が叫ぶ。

「嗚呼、フロイデ。喜びを」

 叫びに負けないように歌う。

「嗚呼、フロイデ。喜びを」

 ズーフ・イーン・イリューベルム・シュテールネンツェルツ!(星空のかなたに、創造主をもとめろ)

 そう歌った。何故歌ったのかはわからない。

 イューベル・シュテールネン・ムス・エル・ヴォーネン(星たちのかなたに、かならず創造主は住み給う)

 そう、下の方から聞こえてきた。懐かしいヴィータの声。

 そう。きっとあそこに私をつくった何かがある。

 空飛ぶ喜びを教えてくれた、鳥の心が待っている。

 そう、きっとあそこに行けば、ヴィータのいる世界も壊れずにすむ。

 やがてやってくる限界高度。

 寒い寒い、空気の壁を突き破る。

 雲を裂く。

 透明な成層圏に羽ばたき、その向こうで口を広げた真っ暗な闇へと飛び込んでいく。

 真っ暗な裂け目へと。

 青い光の魔力のヒコーキ雲を引きながら。

 下を見る。

 色とりどりの魔法使いたちが空を飛び、魔法を放ち、空を青く染め上げていく。

 でもソラの高さまでは、だれも届いていない。

 この空を青く癒してやれるのは、私だけ。

 桜色の魔力が撃ち上がる。星の光みたいな奇麗な魔力。

 金色の魔力が闇を裂く。踊るような奇麗な飛行。

 誰よりも高くエメラルドの光が光っている。白い翼で、私を見上げている。

 黒色の翼が花のように地面で咲いている。世界中の魔法使いに大きな声で青い魔法を教えている。

 白い光が暗い闇にハートマークを描いた。赤い炎が、青い心臓を打ち抜いた。

 すみれ色の魔力が、闇を切り取る。誰よりも鋭く、でもその刃はだれも傷つけない。

 見慣れた五つの灰色が、コートを翻しながら飛んでいる。編隊飛行でまるで航空ショウ。一つもかけてない五つだった。

 橙色が撃ち上がる。叫ぶみたいに撃ち上がる。私は飛べないけれどと。見えない透明な誰かが《上手いじゃないか。命中だ》と言っていた。

 水色の道が空に伸びていた。その上を走る魔導士がいた。橙色に抱きついた。

 幸せな風景で、それがソラは嬉しかった。こんな奇麗な偵察飛行、初めてだった。

 嗚呼、フロイデ。喜びを。

 空も素晴らしい。

 鳥の心が歓喜に震える。

 大地の上も素晴らしい。

 人の心が歌を歌う。

 青い空が帰ってくる。

 赤い光が見えた。

 いつもいつも、ソラを救ってくれた小さな赤は、ただ一人孤独に光っていた。

 あれを目印に帰ってこようと、そう思った。

 燃えるサソリの体のように赤い光。

 夜空の天辺で凍えてしまったヨダカは、太陽みたいな彼女に帰っていこうと願いながら。

 暗い闇に、吸い込まれるみたいに飛んでいく。

 青空を取り戻すために。

 限界高度なんて、とっくの昔に超えていた。

 青い光になって、青い光のヨダカの星になって。

 高い空で笑っていた。

 守護天使みたいに。

 

 

 9/

 

 そして、高い空にも青空が戻ってきた。

 ソラは帰ってこなかった。

 空の一番高い場所に、一つだけ小さな皹が残っている。

 ヴィータはそらを見上げている。

 

 

8/

 

 一ヶ月がたった。

「本当に大丈夫か」と八神はやては言った。

「“軽くあれ”だよ。これくらい軽くないとあの空にはたどり着けないだろう」と、ほとんどのプログラムを捨ててしまったグラーフアイゼンを肩に担いで、ヴィータは言った。

 銀色に輝く巨大な破城槌は、見た目はそのままなのに、スカスカなプログラムのせいで軽かった。

「私たちが丹誠込めて作った魔法や。一瞬だけだけど、限界高度を超えて飛べれる」

「吹っ飛ぶの間違いだろ」と、アイゼンに取り付けられた、巨大なマギ・ジェット・エンジンをかつんと叩いてそう言った。

「彼女、くいしんぼだからきっと腹を空かしてるやろね」

「あの子は何も食べずに、眠りもせず、両足を失いながら帰ってきたんだ。今回だって帰ってくるさ」

「そうやろうね。成功願っとる」

「あいよ」

 赤いドレスで飛び立った。赤い髪の毛は翼のよう。宙を踏むカルメンのステップ。指に銀色の指ぬきがきらめく。

「いくぜ、アイゼン」

 ノズルに点火した。赤い炎のアフターバーナー。アイゼンのロケットで、高く高く飛び上がっていった。

 

 

 

 7/

 

 おとぎ話をしようと、なのははいった。

 どんな話と、彼女の隣で少女はいった。左右で違う色の瞳が光る。

 なのはが語ったのは、ヨダカの話だった。

 最後は星になった鳥の話だ。

「あれのことだよね」

 少女が指差したのは、空の皹だった。皹から、青い光が漏れ出していて、それはヨダカの星だった。

「あの星の物語は、これからだよ」

 

 

 6/

 

 フェイトとティアナは空を見上げていた。

 長かったですねと、言っていた。

 二年前から続く事件の、最後の瞬間だ。

 きっとそうなのだと思った。

 笑えますようにと願った。

 

 

 5/

 

 ザフィーラと烏花は、彼の事務所の屋上で空を見上げている。

 世界が終わってしまうかもしれないと、ザフィーラが言った。

 世界一つと引き換えに、一人の少女を助けるなんて素敵じゃないと、烏花は言った。

 そして最後まで見届けずに、その建物のを後にした。

 最後まで見なくたって、結果は最初から決まっていると、微笑んでいた。

 

 

4/

 

 あなたはあの人ではないとドゥーエが言った。

 私は彼ではないとスカリエッティ—は言った。

 それきりだった。

「家族はあの人だけ。でも友達ならいいわ」

「娘たちには、そう伝えておこう」

 そんな獄中での会話。

 

3/

 

 シグナムは空を飛んでいた。

 後ろには五人のバードランド隊員たちが、奇麗な幾何学模様の編隊で飛んでいる。

 そろそろかと五人に合図を送ると、彼らは花火みたいに散らばって、奇麗な軌道でアクロバットを始めた。

 帰ってきたときに寂しくないように。

 少しでも楽しいように。

 そんな願いを込めて。

 

 

2/

 

 高い空で、テレーゼは歌った。

 その歌声を睡魚は聞いた。

「ベートーベンよりブラームスのほうが好きなんだがな」と言うと。

《ベートーベンが大好きな彼女のためよ》と、歌を歌い続けた。

 

 

1/

 

 ベートベンの歌を聞きながら、ヴィータは上昇を続けた。

 巨大な突貫槌で燃え上がる、ロケットノズルの赤い炎。もっと高く。もっと力強く。そう願いながら赤い光になった。

「一人で頑張ってみたんだけどよ」と呟いた。

「どうも背中がさびしんだよ」

 軽くなってしまった体で、飛んでいく。赤い炎の尾を引きながら。成層圏の冷たい空気を突き破る。少女の体で、二年前から変わらないネバーランドの体で、でも心の中はずいぶんと違っているように思えた。

 天国みたいに澄んだ透明な空気を置いてきぼりにしながら、もっと、もっと、と。

「約束通り、天国まできてやったぜ。百年後じゃないけどな」

 そして、涙だって凍り付く高い限界高度の果てで、ヴィータはヨダカの星にたどり着く。青い光が漏れ出す、空の小さな皹に向かって、めいいっぱいの力でハンマーを振り上げた。

 夜天の書から抽出した「アルハザードへの道」の数式が、空間を食い破っていく。小さな体で、重たいアイゼンを振り回す。何度も、何度も。ロケットエンジンの炎が天使の輪っかみたいに回って、冷たく薄い空気を焼いていく。

 空の皹が大きくなる。

 割れていく。

 せっかく青く塗り直したのに。

 ただ一人を救うために、世界の壁をたたき壊す。

 空が落っこちる。

 ガラスのように、青く、薄く、透明に。あるいは天使の羽みたいな。

 そして精一杯の力と願いと叫びと、沢山の思いを込めて、最後の一発をふるった。

 世界中に聞こえるような大きな音がして。

 青い欠片が祝福の紙吹雪みたいに舞って。

 世界がたった一振りのハンマーで壊れる音に、みんなが驚いて。

 祝福して。

 祝福されて。

 高い空は天国のようで。

 歌が聞こえて。

 そらがおっこちてきた。

 ヴィータは「おかえり」と、ただそれだけ囁いて。

 彼女も「ただいま」と

 

 

0/

 

 素晴らしきかなこの世界。

 そんな世界より、大切なあなた。

 少女は二人、今日も空を飛んでいる。

 ただそれだけの物語。

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