魔導師たちの群像_ 魔法少女リリカルなのは   作:夏深てふ

4 / 33
4/羽ばたきの練習と叫ぶ練習

ヴィータとシグナムは騎士甲冑姿で、演習場のど真ん中に立っていた。周りには灰色のバリアジャケットの、バードランド分隊隊員が集まっている。これから訓練だった。

 

「よし、みんなそろったな」とシグナム。その言葉に「まだ、イチクラの嬢ちゃんが居ないようだが?」とルルーが言った。

 

「あいつなら空だよ」とヴィータが上を指差す。

 

「空?」と全員が上を向くと、黒い十字架のようなシルエットが、鳥のように飛んでいた。それがソラだった。

 

「飛行許可が出た途端、文字どおり飛んで行った。よっぽど好きなんだろうな」

 

ほったらかしの車椅子を指差し、シグナムが言う。車椅子の上には靴の付いたままの義足が二つ。ヴィータは今更ながら「本当に歩けないんだ」と思った。同時に、切り離された足を見て「何かの儀式みたいだ」とも思った。"空は軽いものを愛します"。歩くための足を捨てて、空をとぶ軽やかさを手に入れる儀式。ますます鳥みたいだと思った。

Fahrwerk(着陸装置)くらいもっていけよ、と口の中だけでぼやいた。

 

「では、始めるとしよう。訓練内容は前もってデバイスに送った通りだ。飛ぶぞ」

 

開始のかけ声。ヴィータが飛び立ち、他の隊員達も後に続いた。

 

ソラを交えて初めての、バードランドの訓練が始まった。

 

 

 

 

 

 

訓練の内容は、ドローン(無人機)をつかった対物魔法戦だった。

 

〈ヨダカから、バードランドへ。目標の数は十六。音速の70パーセントで編隊を組んで飛行中です〉

 

上空8000メートルからの暗号念話。コールサイン・ヨダカこと市蔵ソラの声だった。

 

〈ヤー(了解)。これからあたしが目標を引っ掻き回す。その情報をシグナムに伝えろ〉

 

〈シグナムじゃくて『ワシ』じゃないんですか?ちゃんとコールサインで呼ばないと〉

 

〈いいじゃん。面倒くさいんだよ。じゃ行くぞ。ファビアンもついて来い。二人だけで、全部落としちまおうぜ。アタシが上から。ファビアンは下から。サンドイッチだ〉

 

〈了解しました。自分はいつでも大丈夫です〉

 

〈じゃあ行くぞ。ついて来い!〉

 

深紅の魔法光を放ち、一気に加速するヴィータ。その後ろをピッタリと追随するファビアン。やがて仮想敵であるドローンが見えてきた。人工筋肉で動く羽と、人工のリンカーコアの魔力で飛行する、嘴のない一つ目のカモメ。その気味の悪い白い羽の一団が、Vの字に編隊を組んで飛んでいた。そのVの字が突然バラバラに散り、十六羽の軍団がくすんだ赤の魔術弾を放った。

 

すかさず、ヴィータは上に、ファビアンは下に避けた。ヴィータは十六羽の軍団の上を穫ると「アイゼン!弾をだせ」と愛鎚に命令を出した。

 

〈ヤー〉と短い電子音。同時にヴィータの目の前に銀色の砲弾が五つ出現。それに向かってアイゼンを大きく降りかぶり「ガンホー(突撃)だ」力任せにぶん殴った。

 

運動エネルギーと位置エネルギーを伴って飛んでいく銀色の砲弾。五発中四発が命中、そして絶命。哀れな人造カモメは人工筋肉から紫の血を撒き散らし、乱れた弧を描きながら墜落した。

 

生き残ったカモメたちの魔力弾が、赤い嵐になってヴィータを襲う。とっさに盾を張るヴィータ。そして、

 

〈副隊長、三秒だけ耐えてください〉ファビアンの念話。

 

デバイスを構えた彼の目の前に出現した、三つの円形魔法陣。そこから幾百の魔法弾が出現。ヴィータを避けるようにカモメたちを穿った。

 

ヴィータへの攻撃を止め、盾をはり散り散りに逃げるカモメたちだったが、二羽が墜ち、三羽が傷を負った。

 

〈遅い。四秒かかった〉とむくれるヴィータ。

 

〈すいません〉と謝るファビアン。

 

〈二人とも謝っている時間はありません。六時方向二人の間に敵!〉と、甘くひび割れた暗号念話のソラ。ファビアンの魔法陣がヴィータの背後をとったカモメ一匹に弾幕を打ち込んだ。羽を消しとばされ失速するカモメ。そいつをヴィータはアイゼンで殴りつけ、止めを刺した。

 

〈あと九羽。リヴィエールとルルーは十一時方向の敵を撃て。外してもいい。けして仲間と合流させるな〉

 

〈ヤー(了解)。リヴィエールいくぞ。副隊長の嬢ちゃんを助けるんだ〉

 

〈ルルー、相変わらず子供が好きだな〉

 

ルルーが誘導弾を放ち、カモメを追い詰める。しかし、カモメはその速力と機動力を生かして、ルルーの撃った誘導弾を振り切った。しかし、振り切った先には仲間は一人もおらず、代わりに大量の魔法陣を浮かべたリヴィエールがいた。〈哀れなドローンに合掌。援護してくれる仲間って大切だな〉。魔法陣の一つに正面衝突したカモメが、グシャリとつぶれて堕ちた。〈残り八羽です〉。

 

シグナムは天空から飛んでくる暗号念話の膨大な情報に、不敵な笑みを浮かべる。まるで空から見守る天使の瞳を手に入れたみたいに、戦場の様子がわかるのだ。速力と機動力で空戦魔導師に勝るドローンは、普段なら厄介な相手だった。それを一方的に手玉に取れる喜び。シグナムは空からの声に感謝した。

 

〈敵四羽を追い込んだ。そっちでしとめてくれ〉

 

魔法弾を撃ちながら、ペルランが四匹のカモメを追い立てる。彼の耳元では〈下のが八時に逃げようとしてます〉だとか〈真ん中に魔法反応、反撃です〉だとか、常にソラの暗号念話が聞こえていた。彼はソラの声に従って、自慢の機動力で敵を追い立てる。それだけで面白いくらいに敵の統制が崩れるのだった。

ペルランはカモメを追い立てる。そしてカモメの動きが単調になった瞬間、

 

〈後は任せた〉

 

〈ああ。任された〉

 

突如として出現したバインドが、二匹のカモメの羽を縛った。拘束魔法による失速と慣性で羽をもがれた二匹は、そのまま墜落し絶命した。ロビノーの仕掛けたバインドだった。

 

生き残ったに二匹が別の一匹と合流し、反撃を開始する。頭部に魔力の刃を着剣し、その嘴でロビノーに襲いかかろうとしたその瞬間。

 

〈ロビノー。頭を下げてろ〉

 

カモメ達から死角になったロビノーの後ろで、抜き放たれる銀色の魔剣の輝き。シグナムが愛剣レヴァンティンに炎を纏わせ、一閃。カモメは炎につつまれ、やがて消えた。

 

「あと三匹」

 

シグナムは次の命令を出そうとして、そして自らの失敗に愕然とした。

 

のこる三匹のドローンは、自分達の"限界高度"の遙か上を飛んでいた。

 

〈敵の狙いはソラだ!打ち落とせ〉

 

バードランド小隊全員がソラを守るべく、魔法弾を天空の敵に向かって撃った。一匹が直撃を受け絶命し、一匹が傷を負った。傷を負った一匹は"高速飛行"と"限界高度"に耐えきれず、弾丸のように閉じていた羽を有り得ない方向に広げると、そのまま墜落した。しかし残り一匹は依然飛んだままで、バードランドのキルゾーン(射程圏)から脱出し、一直線にソラを目指して飛んでいた。

 

〈あたしが行く!〉と、ヴィータが叫んだ。

 

〈止めろ。"限界高度"の上だぞ。訓練なんかで墜落したらどうする〉シグナムが引き止めた。

 

〈うるさい!これが実戦だったらどうするんだ。あいつは"飛ぶ"ことしか出来ない。攻撃魔法が使えないんだぞ〉

 

ヴィータはシグナムの制止を無視し、飛んだ。市蔵ソラは飛行魔法に特化した魔法空士だった。それ故に、攻撃魔法の類は全く使えなかった。彼女は無防備だ。だから守ってやらないと。ヴィータはその一心で飛んだ。

 

しかし、それでも限界が来た。骨まで凍ってしまいそうな寒さ。荒れ狂い、読めない風。薄くなる空気。万能防御を誇る騎士甲冑でさえ打ち消せない、残酷な世界がそこにあった。これがソラの世界。"限界高度"の上。機械仕掛けの飛行能力にものを言わせ飛んでいくカモメと、黒い十字架みたいなシルエットのソラを見上げて泣きたくなってしまった。

 

〈ごめんな、新入り。あたしはお前の所まで飛んでいけない。お前を守ってやれない〉

 

長い羽を広げる黒い十字架が、ゆらりと揺れた。もしかして、あたし泣いてるのか?ヴィータが目をこすると、手袋の上で涙が凍った。そして天空からの暗号通信。

 

〈わかりました。今から先輩のところまで降りてきます。しっかり守ってください〉

 

黒い十字架が、羽を畳んだ。そして、物凄い速度で落下してきた。音速の数倍で墜ちてくる、真っ黒な槍。それがドローンの隣を掠め、吹き飛ばし、ヴィータの隣で大きく翼を広げた。

 

キシキシキシキシキシッ。耳をつんざく騒音。その両腕は、身長の倍程もある長大な翼に変わっていた。その羽が裸体のブロンズ像みたいなバリアジャケットの胴体から生えている。その下には足は無く、代わりに音叉のような二本の黒い棒が、これまた身長の倍程もある長さで、尻尾か尾羽のように生えていた。二本の棒は音叉のように振動しながら、キシキシキシキシキシッ、と騒音をあげている。それが彼女の推進力だった。

 

その姿は"鳥"だった。目の前の黒く巨大な"鳥"が、あの小柄な一蔵ソラだと信じられず、ヴィータは"鳥"の顔を見た。ブロンズのデスマスクのように固く黒い肌と髪だったが、それは確かにソラの顔だった。ヴィータが空を飛ぶソラを見たのは、これが初めてだった。

 

〈先輩、守ってくださいね。下で待っています〉

 

口を動かさずに、ソラが暗号念話で呟いた。そしてキシキシキシキシキシッと、二本の音叉の推進力で、空を切り裂き、下へと飛んでいった。

 

〈ああ、守ってやるよ。約束だ〉

 

ヴィータは真っ直ぐ、ソラの元へと飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

下はソラとドローンの独壇場だった。

ソラが長大な羽を翻し、ドローンを振り切ろうと旋回し、飛び上がり、時には落ちて、あらゆる手段でドローンの魔力弾を避けていた。その後ろを、機械仕掛けの飛行能力で直進し追撃するドローン。ソラもドローンも、ほぼ音速で飛び回っていて、バードランド分隊は援護の仕様もなく、外れるとわかっている魔力弾を撃つくらいしか出来なかった。

 

そんな中でもソラは諦めず、逃げ続け、ドローンを墜落させる機会を伺っていた。"ああ、守ってやるよ。約束だ"。ヴィータの言った言葉を信じ、それが来るタイミングを計っていた。

 

ふと、ソラの目が上空に"それ"を発見した。途端にソラは、今までの『羽を翻しながらのジグザグ飛行』を止めると、羽を畳み体の全面を固いフィールドで覆った。そして、めいいっぱいの加速で、直ぐに音速の150パーセントという馬鹿げたスピードに到達した。キシキシキシキシキシッ。自らの発する騒音でさえ、遙か後ろに追い抜かし飛行するソラ。彼女を追うべく、ドローンもありったけの加速で追撃した。

 

赤い弾丸が翼を掠めた。ドローンの魔力弾頭。ソラはおもいっきし体を右に傾けると、航空力学の神秘や、慣性の法則や、翼を掴む遠心力を敵に回して急旋回。だというのに、ソラはドローンの放つ魔力弾を数発受けてしまう。それは"限界高度"とソニックブームからでさえ彼女を守る魔法力場でかき消されはしたが、同時に力場を維持するための魔力をゴッソリと削り取った。それでもソラは加速を止めない。風圧で広がりそうになる翼を必死で体に押し付け、下半身から生えた『音叉』で青い魔力を燃やし"それ"を目指した。そしてついに"それ"に到着した。

 

ソラは唐突に羽を広げた。羽から広がる力場が彼女の体に強烈なブレーキをかけた。そして『音叉』をふり、そこで燃やしていた青い魔力の燃え滓を、高速で突っ込んでくるドローンの単目に向かって盛大にふりかけた。

 

青い光のスモークに視界を奪われた単眼カモメは、ほぼ音速のままソラの横を通り過ぎ、操縦不能な数秒間で数キロメートルも進んだ後に"それ"にぶつかって、潰され、墜落した。

 

ドローンを押しつぶした"それ"は、天空から自由落下してきた、戦艦大にまで巨大化した破城槌グラーフアイゼン。そして、それに腰掛けたヴィータだった。

アイゼンの機関部から、三発の使用済みカードリッチが廃夾される。同時に込められていた魔力が霧散して、アイゼンは元の小ささに戻った。

 

「おい、新入り。助けにきてやったぜ」

 

アイゼンを担いだヴィータが、不敵に笑った。"泣いたカラスがもう笑う"。ソラは黒く堅い仮面の下で、小さな守護騎士に向かって微笑んだ。

 

〈ヨダカから、バードランドへ。ヴィータ副隊長が敵を撃滅。作戦終了です〉

 

こうして、新生バードランド分隊、初めての訓練が終了した。

 

歓声が、空のあちこちから上がった。

 

 

 

 

 

 

訓練を終えたヴィータは少々ウンザリした顔で、航空12部隊の官舎屋上に立っていた。彼女の隣には女隊長シグナムが生き生きとした顔で立っていて、更にその横には市蔵ソラが車椅子に乗って座っていた。

 

官舎の下のでは、バードランド分隊とブルーノート分隊。さらにはH・Q・ビレッジバンガードや整備師の面々も揃っている。その人だかりの一番後ろで、八神はやて部隊長がメガホンを持って叫ぶ。「準備オッケーや!」

 

ソラは緊張した面持ちで両手に握っていたアルコール飲料を「いただきます!」と一気にあおると、自分の持てるありったけの肺活量と、恵まれない声量と、なけなしの勇気と、このまま屋上から飛び降りてしまえるほどの自暴自棄で叫び始めた。

 

「失礼します!時空管理局、ミッドチルダ地上本部航空12部隊、バードランド分隊所属。第97管理外世界、地球。日本、岡山県つや、ごぶっ。ごほん、ごほん」

 

一時中断。「あっ、むせた」と、ヴィータが呟く。咳も止まり、しかし真っ赤な顔で涙目のソラ。そして大きく息を吸い込んで再開。

 

「失礼しました!時空管理局、時空航行部隊航空64部隊実験小隊から配属されました、一蔵ソラ二等空士です!よろしくお願いします!」

 

叫び終え、ぜえぜえと肩で息をするソラの下で、歓声が上がった。

 

「僕も昔やったな」とリヴィエール。ルルーが酒を次ぎながら「気合いの入った嬢ちゃんだ。噛みまくってた副隊長と大違いだ」。

ペルランが「我らの守護天使は根性も据わっているということさ」と返す。

ロビノーが「嬢ちゃんの胃腸や肝臓は合金製らしい。あらゆる未知の毒物とか細菌を処理できるんだとさ。でも職務中に酒なんて」と、それでも杯は離さない。

ファビアンが「物資は行き渡りました。号令を」とはやてに報告。

そして八神はやて部隊長は叫ぶ。「我らが航空12部隊と、市蔵ソラ二等空士に幸あれ。乾杯!」

 

「乾杯!」

 

馬鹿騒ぎが始まった。

 

新入りの度胸試し。航空12部隊に脈々と伝わる伝統の儀式だった。またの名を、馬鹿が勤務中に酒を飲む口実ともいう。

 

そんな馬鹿共に毒されたシグナムは、地上の様子を満足げに眺め、酒を傾けている。そこに、かつての真面目で堅物なシグナムの姿は無かった。朱と交われば、朱にそまる。それが真面目な真っ白ならば、尚更ということだろう。

 

「おい、新入り。こうやって人は毒されていくんだ。覚えておけ。ちなみに、あたしらもやらされた」

 

「心中、お察しします。先輩、これでも飲んで忘れましょう」

 

「ありがとな。わかってくれるのはお前だけだ」

 

ヴィータは苦難を乗り越えた新入りに、ソラはかつて同じ試練を乗り越えたであろう先輩に。「乾杯」と互いの酒を打ちつけ、グビリと飲み干した。ビールの味は、陽気な苦難によく似た、機械仕掛けの肝臓を痒くするような、顔が赤くなってしまうような苦い味だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。