正体不明の"タカ"の情報を追っていたフェイト・T・ハラオウン執務官とティアナ・ランスター執務官補佐は、とある雑居ビルの屋上で缶コーヒーを飲みながらうなだれていた。
「夕日が沈みますね」
「だね」
その日の二人の働きぶりといえば、三流ゴシップ紙の超常現象ディスクの記者。または、オカルト雑誌のインタビュアーといった趣であった。クラナガン中の陸士治安部を巡り渡り「この辺で巨大な"タカ"を見た人を捜しているんですけど」と質問する。これがゴシップ紙記者やオカルト雑誌インタビュアーだったら「じゃまだ、どけ。仕事中だ」と追い返されたのだろうが、二人は執務官、しかも美人でやり手だった。治安部の陸士達は敬礼付き、またはお茶のお誘い付きで「第3ブロックのストークさんが、旧移民街を飛ぶ"タカ"を見たそうです」だとか、「グレグ・ブラック三等陸士であります。本官はパトロール中に巨大な怪鳥を発見し、追跡しましたが、旧移民街に逃げ込まれ見失いました」だとか、「そんなことより、一緒にお茶でもどうかい?その後で"タカ"が飛んでいるのが見える移民街のホテルに案内してあげるよ」だとか。情報は集い、集まり、あっという間にテレビ番組が一つ出来そうな資料と証言が集まった。
証言の内容は、ほぼ一致していた。
第一に、"タカ"は旧移民街の空を飛んでいること。
第二に、"タカ"は沢山の鳥達を引き連れていたこと。
第三に、"タカ"はいつも同じブロックから現れ、同じブロックで姿を消すこと。
フェイトとティアナは陸士達にお礼を言うと、そのまま"タカ"が現れるという旧移民街に直行し、雑居ビルの安宿の一つに拠点を定めると、キャリーバックやボストンバックを部屋に放り込み、虫除けスプレーを服に振りまき、そこの屋上で張り込み"タカ"が現れるのを待つことにした。
そしてなにも起こらず日は沈み、今にいたるという訳だった。
フェイトもティアナも、溜め息ばかしついていた。結局のところ、二人とも優秀で努力家で、かつ真面目な人間だった。それ故に、運に任せてひたすら時間を食い潰しながら目標を待つといった地味な張り込みが大の苦手だった。
フェイトはダウナーな頭を抱えて、眼下の風景を眺める。屋上の下、雑居ビルの群れには明かりが付き始めていた。夕日が眩しく、その強烈な光がビルの谷間に暗い影を生み出している。雑然とした移民街は、人と建物と文化と宗教をギュウギュウに押し込めた箱庭みたいで、活気に満ち溢れていた。増改築を繰り返した、異常に高い雑居ビル、片手で握り込めそうな狭い空、太陽のない街、太陽の必要のない街。幾百幾千の看板がミッド語で、漢字で、アルファベットで、ベルカ語で、見たこともない地方世界の言葉で、上から、下から、右から、左から、様々な文法で書かれている。その様子が生い茂る枝葉に見えて、地球の名もない詩人が言った「文化は木である。幹から別れる枝葉である」という言葉を思い出していた。
「そして私たちは、文化や風習や生活といった枝に止まる、鳥なんだ」
そう、フェイトは小さく諳んじた。
「何か言いましたか」
「なんでもない。それよりティアナ、さきにシャワーでも浴びてきなよ。今日は徹夜で張り込むよ」
「了解。それじゃ、何かあれば呼んでくださいね」
ティアナは安宿の部屋に戻り、屋上にはフェイトただ一人が残された。
夕日が眩しい。一日が終わる。ただの一回も飛ぶことなく、終わってしまう。フェイトの頭蓋骨の中は、彼女特有のダウナーな思考でタプンタプンに満たされていた。
フェイトは諳んじる。「そして私たちは、文化や風習や生活といった枝に止まる、鳥なんだ」。そして同時に思い出す。「鳥って、飛ぶために生きてるのかな。生きるために飛んでいるのかな」そう言った"鳥のような人"を思い出していた。
かつての、少女だったフェイトは言った。「きっと生きるためです」。少女が大人ぶって背伸びをする、そんなリアリズムに溢れた回答だった。
「あなたは渡り鳥みたいね」と、"鳥のみたいな人"は言った。
「生きるために、餌場を求めて空を飛ぶ。海を越えるために、枝をくわえて空を飛ぶ。飛ぶことに疲れたら、くわえた枝を海に浮かべて、その上で寝る。そしてまた、空を飛ぶ。ほらね、あなたにそっくり。あなたは渡り鳥みたい」
そして"鳥みたいな人"は心底羨ましそうな、眩しい物を見るみたいな笑顔で「私たちは飛ぶために生きる。だから、くわえた枝の重さに耐えられない。"軽くあれ"よ」と言った。
フェイトは思う。"鳥のような人"は、枝をくわえたかったんだと。家族だとか、仲間だとか、恋人だとか、そういった物を背負って飛びたかったんだと。だから、あんな言葉を残したんだと。
生きるために飛んだフェイトは背負うことができた。飛ぶために生きた"鳥のような人"は墜落した。でも、それなのに、
「私はあなたが羨ましい」
フェイトは小さく呟いた。
その時だった。
バサリとフェイトの後ろで、何かが羽ばたくような音がした。フェイトが後ろを振り返ると、そこには女が一人立っていた。
女はイスラム教圏の女性が着るような、体を覆うマントとブーケを着ていた。顔は見えない。ブーケの切れ目から、緑色の瞳だけが爛々と輝いていた。
「さびしいの」
幼い口調で、女は呟いた。それはフェイトにとって懐かしい声だった。フェイトは彼女の名前を呼ぼうとして、そして彼女の名前を忘れてしまっていることに気づいた。
「さびしくて、さびしくて、こころがからっぽなのに。"まだ、からだがおもたいんだ"」
"鳥のような人"、とっくの昔に死んでしまっていたはずの彼女だった。
"鳥のような人"はふらふらとした足取りで歩き、フェイトのことなんて見えてないみたいに彼女の横を通り過ぎると、そのままバサリと屋上から身を投げた。看板の縁に止まっていた鳥達が、驚き、鳴き、羽を散らして一斉に飛び上がった。
マントとブーケがビル風に吹き上がり、宙を舞った。その下に隠されていた体が露わになる。
フェイトは落ちていく"鳥のような人"の体を見て、驚愕した。
腕は羽になっていた。足も羽になっていた。体は卵のようにノッペリとした白で、瞳だけが爛々と輝く緑。彼女は長大な翼を羽ばたかせ、尾羽で緑色の魔力を燃やすと、長い白髪を靡かせながら、そのまま急上昇した。
"鳥のような人"は、本当に"鳥"になってしまっていた。
フェイトはようやく、"タカ"を見つけたのだった。
†
何か巨大な物が羽ばたく音と吹き荒れる魔力風に気づいたティアナは、待機常態のクロスミラージュとカードリッジバレル(魔力弾弾装)をひっ掴み、屋上へと駆け上がった。そしてクロスミラージュを起動、拳銃の形にすると、扉を蹴り破り屋上へと飛び出した。
〈フェイトさん!大丈夫ですか〉
ティアナが念話を飛ばすと〈援護して〉と、魔力風でノイズまみれの念話が空から飛んできた。空を見上げると、巨大な白い"鳥"と、黒いバリアジャケット姿のフェイトが空戦を繰り広げていた。
ティアナもすかさず黒いバリアジャケットを展開し、クロスミラージュを拳銃から白塗りのライフルの姿に組み替えると、鳥を撃つ猟人みたいに愛銃を構えた。
ビル風が酷く吹き荒れる。夕日が眩しい。狙撃には向かない天候だ。
ティアナはビル風に弾が流されないように、非対物設定の純魔力弾を選択、術式を編んだ。"鳥"を狙撃スコープのレティクルに収めた。息を吸い、そして吐き、吐ききった所で息を止め、自分の心臓の音とリンカーコア(魔力臓器)の揺らぎを数えながら引き金を引いた。
バスンとコーラの栓を抜くような音で、カードリッジが廃夾。魔術弾が銃口から飛び出した。
それは吸い込まれるような滑らかさで"鳥"の左翼に命中。しかし、そこから展開されていた不可視の力場に遮られ掻き消えた。
"鳥"が翼を羽ばたかせる。フェイトが高速で飛行しながらばらまいた魔法機雷が、吹き飛び、消し飛び、破裂して"鳥"を襲うが、羽から展開されている固い不可視の力場に遮られ役に立たない。
不意に、フェイトがジグザグと動きを変えた。その手には彼女のデバイスであるバルディッシュが槍斧の姿で握られている。
〈私が動きを止めて、防御を崩す。ティアナは"大きなの"で撃ち落として〉
〈了解〉
ティアナは弾装に残った三発のカードリッジを全てリロード。破裂音が三回、クロスミラージュの銃身の中で響いた。
膨大な魔力を帯びるバレル、それを媒体にして、自分の周りを吹き乱れる魔力風をひっかき集める。収束砲。今のティアナが持っている、一番大きな弾丸だった。
魔力が薬室内で臨界一歩手前まで収束、銃身がギシギシと軋む。弾道を安定させるために、銃口部分に巨大な円形魔法陣が出現。その巨大な光の模様と、軋む魔銃を天に向かって掲げ、"鳥"をレティクルの中心に収めた。
スコープのレンズの中、黒い影が金色の雷を纏い"鳥"の周りを踊り回る。フェイトが戦斧バルディッシュから生えた刃で、"鳥"の不可視の力場を引き裂き、解体している最中だった。
「なによ。ちゃんと飛んでるじゃない」
そう呟いて、指を軽いトリガーにかけた。"鳥"の不可視の力場が引き裂かれ、バックリと一際巨大な傷を作ったその瞬間。トリガーを引こうとして、
ガシャン。
砕けたバルディッシュと、墜落するフェイトを目撃し、止めた。
しかし、銃身内で暴れまわる魔力は既に臨界点を超えていて、既に傷の閉じた力場をまとう"鳥"にむけてティアナは魔弾を撃った。
オレンジ色の魔力が、炎の姿をとって空を裂いた。しかし、砲撃が終わった後、"鳥"は無傷な姿で飛んでいた。裂けた空を縫い合わせるように、鋭い鋭角で飛び回っている。
そして衝撃の到来。ガシャンと二回目の金属音。数秒遅れの銃声。空に向けて構えていたクロスミラージュのバレルが、粉々に吹き飛んだ。
ティアナはその場に伏せて、周りを見渡す。敵の姿はない。攻撃は夕日の方向から。衝撃から数秒遅れの銃声。辺りの状況を観察し、推測し、一つの答えにたどり着く。
音速を超える質量弾を使った、キロメートル級の極大狙撃。
しかし「うそでしょ。有り得ない」とも考えた。複雑に絡みあい渦巻くビル風。空気を透かす魔法弾ならともかく、質量弾ならば確実に風に流され外れる。そんな中で質量弾狙撃を成功させる人間が、銃規制の厳しいクラナガンにいるとは思えなかった。
ティアナは壊れかけのクロスミラージュに問いかける。
〈反撃はできそう?〉
〈バレルを交換しなければ無理です。ただサブの機構は生きているので、そちらを使って最大限の補助をします〉
ひび割れたクロスミラージュの電子音声が念話で聞こえてきた。
〈フェイトさん。そっちは大丈夫ですか〉
〈生きているって素晴らしいね。私もバルディッシュも無事。バルディッシュの外装が吹き飛んだだけみたい〉
ビルの谷間の看板に引っかかったフェイトが言った。
ティアナは考える。上空の"鳥"は、さっきの収束砲が効いたのか、自分たちを警戒しながら空中を旋回。こちらを襲うタイミングを計っているのではなく、逃げ出すタイミングを計っているという雰囲気。一方、狙撃手は先の二発からは一発も撃っていない。無駄弾を撃って、火線から自分の位置を知られるのを恐れている雰囲気。狙撃スコープの十字架瞳(レティクル)越しに、獲物が姿を表すのを待っている狙撃の姿を、ティアナはありありと想像することが出来た。
この際"鳥"の事は無視。狙撃手のことだけを考えることにする。ティアナは陸士訓練校時代の講義や、独学で学んだ知識、そういった物を記憶の闇から引っ張り出し作戦を練る。
目視での狙撃手の位置の特定は、一番最初に諦めた。なにしろこの街は建物が多く、狙撃地点の候補は幾百とある。狙撃手がサンバの衣装でも着てない限り見つけられない。
一瞬、応援を呼ぶ、という手段も考えた。しかし『陸士の公安部の執念の捜索の後、一週間後くらいにどこかの空き部屋でライフル弾の空薬夾を発見する。犯人は逃走、優秀な執務官と執務官補佐は、とっくの昔に殉職。全ての真相は闇の中』というストーリーが浮かんだので却下。
なら広域魔法で無力化するか、と考える。フェイトさんとバルディッシュなら使える筈だし、それ位の時間なら私が稼ぐ。しかし、それも却下。こんな人口密集地域で広域魔法なんか使えば、血みどろの大惨事である。あいにくと、ティアナは自分の命惜しさにテロリストになるほどの図々しさと自暴自棄は持ち合わせてはいなかった。
〈フェイトさん。何かいい手はありませんか?〉
結局、ティアナが頼ったのは知識でも閃きでもなく、優秀な上司だった。
〈銃はティアナのほうが詳しいんじゃない?〉と、フェイトの困惑の声。
〈だからこそ思いつかないんです。スナイパーってのは、銃を使った近代の戦争において、個人で戦局を左右して英雄になれる唯一の可能性、化け物ですよ?アイツはその中でも特上な、それこそ悪魔です〉
〈悪魔か。しかたないね。『奥義』を使うか〉
〈『奥義』ですか?〉
〈そう。『近づいて、切れ』〉
〈あははは。シグナムさん流ですね〉
ティアナは呆れて笑ってしまう。それと同時に「あれ?もしかして、いけるんじゃないの」とも思う。周りの状況がティアナの中でもパチパチとパズルのように組み立てられ、一つの絵が見えてくる。
〈フェイトさん。今から作戦をバルディッシュに送ります。半分博打みたいな作戦ですけど、乗ってくれますか?〉
〈もうできたの?執務官にしとくには勿体無い指揮官ぶりだね〉
〈なら、私を首にして、どこかの部隊にでも推薦しますか?〉
〈まさかあ〉とフェイトは笑った。そして〈こんな優秀な部下を手放したら、私が楽できなくなるじゃない〉と続けた。
ティアナは嬉しくなってしまった。
〈成功させましょう。そしてあの忌々しい狙撃手をギャフンと言わせましょう〉
〈ええ、もちろん〉
二人の逆襲が始まった。
†
狙撃手は、廃墟と化した駐車場の中段階で、腹ばいの姿勢でライフル銃を構えていた。そして隠蔽の魔術を自らにかけ、その魔術の裂け目から観測用スコープを使い、二人の女魔導師の姿を探していた。金髪の空戦魔導師は、最初の一撃を喰らい墜落。建物の死角に落ちていった。二撃目をデバイスにお見舞いしてやった砲撃魔導師は、すぐさま地面に伏せて物陰に隠れてしまった。遮蔽物ごと対物ライフル弾で撃ち抜くこともできたが、万が一外れたと時のことを考えるとそれは出来なかった。相手は砲撃魔導だ。もしかしたら魔術で強化した視力と感覚で火線を読むかもしれない。
狙撃手が怖いのは捕虜になることと、爆撃されること。砲撃だ。
〈なあ、逃げないのか〉
狙撃手は暗号念話で空に向かって呼びかけた。
〈なつかしいひとがいたの。わたりどりさんがいたの〉
幼い声口調の暗号念話。魔導師達の上を飛ぶ、真っ白な"鳥"の声だった。
〈頼むから、もう逃げてくれ。そうしないと君を守るために、君の『なつかしいひと』を殺さないといけなくなってしまう。それは嫌だろう〉
狙撃手が一番怖いのは"鳥"を墜とされることだった。
諭すように説得する狙撃手に〈はーい〉と幼い返事を返し、〈ばいばい、わたりどりさん〉と"鳥"が身を翻しかけたその時。
橙色に煌めく魔法光。
砲撃魔導師の女が立ち上がり、両腕を"鳥"に向かって掲げ、巨大な円形魔法陣を展開した。収束砲。彼女の持つ一番巨大な弾丸の術式だった。
驚愕。あんな高等な魔法をデバイス無しで撃てるのかと、彼女の優秀さに心の中で賞賛を贈る。
狙撃手は狙撃スコープを覗き込み、その十字架瞳(レティクル)で砲撃魔導の心臓を見つめた。そして、その1・5キロメートルの心臓に対魔術の純銀弾を撃ち込むべく、冷静に距離を数え、風の流れを感じた。風の流れを読むのは、彼の産まれながらの才能の一つだった。だから、あんないかれた"鳥"に好かれてしまったんだろう。狙撃手はそんなことを考えながら、改めて銃を構え直し、息を全て吐き出すとヒタリと動かなくなった。
感覚が加速していく。一秒が十秒のように感じられ、空気が水のように重たくなる。頭蓋骨の中を、魚みたいにオートマチックな思考が満たしていく。目の前の獲物に食らいつき、罪悪感をも感じないまま咀嚼して、また獲物を求めて泳ぎ出す、そんな魚の思考だ。
獲物に食らいつくための準備。司法機関に勤めてたときの癖で下ろしていたセーフティーを静かに押し上げ、軽い軽いトリガーに指を乗せる。弾丸を射出するために、展開していた『外界からの観測の一切を跳ね返す、絶対不可侵の不可視の繭』を格納。邪魔な『繭』が消え去ったことで、目の前が一気にクリアに開ける。手を伸ばしたら抱きしめれそうなくらいに、スコープの視界が獲物との距離を消し去った。
そして魚は喰らいつく。
人差し指がトリガーをなで、銃声。同時に肩に重い手応え。スコープ越しの視界が惚け、一瞬後再びピントが戻った時、狙撃手は「悪いことをしたな」と獲物に向かって謝った。心臓を狙ったはずの純銀弾は、予想もしなかった上昇気流に煽られ、女魔導師の顔面に衝突した。女魔導師は下顎から上を削り取られ、血を噴き出しながらへたりこむところだった。
魔法陣は消え、収束されかけていた魔力は霧散。"鳥"は無事に逃げ延びていた。
狙撃手はもう一人の魔導師からの追撃に備え、ライフルを肩から外さずに遊底を操作した。ボルトアクションの機構が空薬夾を吐き出し、弾装から新たな純銀弾を薬室に送り込んだ。
そして高倍率スコープの窮屈な視界に飛び込んでくる、金色の魔法光。今まで死角に隠れていた空戦魔導師、彼女が仲間の敵をとろうと、恐ろしい速度で飛んできた。火線で位置が知れたのかもしれない。一直線に自分の方へ飛んでくる。
狙撃手は立ち上がった。階段を踏み屋上へ駆け上がった。敢えて姿を晒すことで、仲間を撃たれて怒り狂った魔導師が"真っ直ぐ自分のところへ飛んでこれるように"案内"してやった。そして案の定、狙撃手に気付いた空戦魔導師は"真っ直ぐ"自分の方へ飛んできた。
後は簡単だった。スコープを覗き込み、十字架瞳(レティクル)で照準をつけて、引き金を引く。対魔術純銀弾が銃口から飛び出し、音よりも早く魔導師の頭を砕いた。
空戦魔導師は呆気なく墜落し、市街に消えた。
狙撃手はもう来るはずない反撃に備え、最後の弾丸をライフル銃の薬室に送り込んだ。そして、一分間だけ様子をみて、安全装置をかけようとしたその瞬間。
「私たちを殺した罪は重いよ」
有り得ない反撃。自分のすぐ後ろで突き出される金色の魔法光。狙撃手は振り返り、ライフル銃を槍のように突き出した。
さっき撃ち落としたばかりの空戦魔導師が、自分に魔力の刃が付いた槍斧形デバイスを突きつけていた。
狙撃手は自らの失敗を嘆いた。
「フェイク(幻術)か。あんな惨い死体を作れるなんて、いい趣味だな」
「昨日はB級ホラーをみながらオールナイトだったんだ」
「良い出来だ。今すぐにでも映画の特殊効果担当にでも転職するといい」
「誉め言葉として、ティアナには伝えておくよ」
お互いにお互いの武器を突きつけるフェイトと狙撃手。一頻りの睨み合いの後、折れたのは狙撃手の方だった。
「負けたよ」
そう言って黒塗りのライフルを天井に向けると、弾装を放り出し、最後の一発も廃夾し、武装解除した。フェイトは彼に二重のバインドをかけて拘束する。
そして一言。
「僕が負けた理由を教えてくれ」
さっぱりと言い放った。
「優秀な部下のお陰」フェイトは律儀にも説明を始めた。
「ティアナは真面目な砲撃魔導。それこそ、狙撃の時にノートと鉛筆と計算機で弾道を計算するくらいにね。お陰で、あなたの狙撃ポイントも、デバイスが解析した"複数地点で解析した銃声の方角"で、あっと言う間に計算してしまったよ。あとはフェイクを撃たせて"スコープで視野が狭くなっている時"を狙って、死角から飛行魔法でこの場所に駆けつけた。あとは『近づいて切れ』。近寄ってしまえばこっちのものよ」
「無茶苦茶だな。タイミングと運が全ての大博打だ」
狙撃手はクスクスと笑い「そして、タイミングを図る力も、運を生かす力も、狙撃手には必要な物だ。"こんな風にね"」。
突然、天井が崩れた。同時に白い巨大な何かが駐車場の屋根を突き破って落ちてくる。3メートルはあるであろう白色の体の巨大なカモメ、管理局が保有するドローンだった。
その巨大なカモメは赤い一つ目でフェイトを睨むと、人工筋肉で動く長い羽を振り回し暴れ始めた。
「それじゃ僕は、ここでさよならだ」
砕ける拘束魔法、補助魔法のプロフェッショナル。狙撃手はフェイトの隙をついて走り出し、駐車場から飛び降りた。同時に彼の周りで帯状魔法陣が展開し、その魔法の力で空気のように消えてしまった。『外界からの観測の一切を跳ね返す、絶対不可侵の不可視の繭』、狙撃手にうってつけな魔法だった。
巨大な人造カモメを拘束魔法と封印処理で無力化したフェイトは〈ごめん、逃げられた〉とティアナに念話を送る。
〈しょうがありません。運とタイミングが悪かっただけですよ。偵察用ドローンが落っこちてくるなんて〉
フェイトは苦々しく笑い〈そうだね。今はそう思うことにするよ〉。
フェイトは狙撃手が落としていったであろう観測用スコープを床から拾い上げると、それを使って遠くの空を見た。
遠くの空で"鳥のような人"が、一つ目のカモメ達を引き連れて、編隊を組んで飛んでいるのが見えた。"タカは沢山の鳥を引き連れていた"。
事件は想像以上に込み入っていて、フェイトは少女のように泣き出したくなってしまったのだった。