魔王が勇者に倒されたくないのは間違っているだろうか 作:黄巻紙
「ハイラル城へ行くのか?」
「はい、あそこには父上の遺した船と文献があります。城の地下には海に通じる洞窟もあるので、そこから出発できますよ」
【エポナファミリア】の結成を祝った次の日、俺とゼルダは今後の予定について話し合っていた。インパは共に城を脱出した者達の元に向かい物資や人員を集めに行っていて、エポナは今日も牧場の手伝いをしている。
船で出発するならば馬は置いていかなければならないため、"根回し"をしているとの事だ。俺の黒馬もここに預ける予定だ。俺以外に懐くことがなかったあの馬ですらマロンには普通にお世話されていたからな。
そういえば原作のエポナも元は人に懐かない馬だったか、と思い返したものだ。
「だが、ハイラル城に入るのは危険ではないか?敵が潜伏している可能性はあるだろう」
「敵の勢力は私とインパである程度は削れています。イーガ団の方にハイラル城の警備と城下町の復興を手伝ってくれている今こそ城に向かう絶好の機会になります」
確かに、新しくイーガ団が味方に加わり勢力の増した今ならば警戒して寄ってこない可能性もあるという事か。それに、今は『恩恵』を失っているとはいえスッパは元レベル2の実力者であり、彼もイーガ団やハイラル自警団を鍛え始めていると聞いている。そう遅れを取ることは無いだろうな。
「ゲルドで生まれ育ったガノンにとっては、ハイラル城は良い印象ではないと思いますが…それでも、ガノンには一度ハイラルを見て貰いたいのです」
「そういう事であれば構わない。必要はないかもしれんが、護衛代わりに使ってくれ」
「なら、ハイラルで一番頼もしい護衛ですね」
「それはインパが可哀想だから遠慮してやれ」
「ふふ、勿論インパの事もハイラルで一番信頼してますよ?」
金髪碧眼の妖精姫は楽しそうに笑う。シークの時もノリが良いと思っていたが、ゼルダの顔の時はそれに加えてよく笑う様に思える。
酒に酔った時の事といい、素のゼルダは結構お転婆なのかもしれないな。
「いつ出発する?インパを待つのならそれまで働こうと思うが」
「いえ、直ぐに出てしまいましょう。インパは夕方まで帰れるか分からないと行っていましたから」
「牧場から城まではそれなりに距離があるからな、それもそうか」
「二人きりで城に行くなんて、まるで逢引の様ですね?」
「やめてくれゼルダ、それは罪悪感で死ぬ。やめてくれ」
「故郷の彼女さんにも悪いですし、ここまでにしましょうか」
そういってイジワルそうに微笑むゼルダは弟を揶揄うお姉ちゃん味がある。いや、前世では姉は居ないから分からないが。年齢の事は朝に改めて伝えたが、何というか、年下のように扱われるのも慣れないものだ。
尻がむず痒くなるような居心地の悪さを感じて、部屋の外に出て準備を始める。流石に前世より年下の娘に弟扱いされるのはなぁ…そう思っての事だったが、少し時間を置いて準備を終えて出てきた彼女からは「仕方ないなぁ」と言わんばかりの暖かい目を向けられたのは解せなかった。
俺は落ち着きのない子供ではないからな!?
ゼルダの視線から逃れるように馬に跨り、共にハイラル城へ向かい出発した。後から聞いたが、ゼルダはエポナに城へ向かう事を告げてから来たそうな。揶揄われていたとはいえ、本当に落ち着きのない子供のムーブを取ってしまったと知って膝から崩れ落ちたのはナイショだ。
日が高く登る頃、ハイラル城に着いた俺達は橋を渡り城の中に入って行った。ハイラル城の外見は『時のオカリナ』のをイメージしていたが、想像以上に堀が深くて驚いてしまった。
思っていたより高低差があるな…とまるで柱を彫り削って作った様な城は結構な衝撃だった。
勝手知ったる我が家といった様子でずんずんと進むゼルダに着いていき、まずは航海に関する書物を取りに書庫へ向かった。「昔はよく部屋を抜け出して城の中を探検したものです」とはゼルダの弁だ。
それで良いのか、姫よ。そして相変わらずハイラル城の警備はザルなのか。
「あっ、ありました!ガノン、見てください!父上の航海日誌です!」
「今思ったんだが、ハイラル王の手記とかは本人の書斎にあるものでは…?」
「父上は大の冒険好きで、何度も外へ繰り出しては冒険を書に書いていたので書斎から溢れてしまって…重要でない物は書庫に仕舞われています」
「
昨日も思ったがハイラル王は随分と破天荒な方だったようだ…ゼルダも行動力に溢れているし、血筋を感じてしまうな。
ハイラル王がどの様な冒険をしていたかを語るゼルダの声をBGMに書庫を漁り、船の操作方法や航海での危険性などが書かれた本を見つける事ができた。
「次は何処を探す?少し時間に余裕はあるが、日が落ちる前に帰る方がいいからな…」
「次は城の地下にある船を探しましょう。ポセイドンファミリアの方が出入りに使用していたので、荒らされてはいない可能性があります」
「そう都合の良いことがあるか?」
「普通、『恩恵』のない人は神の眷族には挑もうとしないんですよ?」
ゼルダは今までの様な笑顔とは異なる、釘を刺すかのような硬質の笑みを浮かべる。目元に影のかかるその笑みはクィンギブドとスッパを乗り越えた俺をしても後退りしてしまう程の威圧感を放っていた。
もしかして、俺が年下である事を知ってしまったから無茶をしないように叱っているのだろうか。今のゼルダからははしゃぎ過ぎて大怪我をした弟を叱る時の姉のような雰囲気を感じる。いや前世で姉はいなかったので妄想でしかないが。
すまんゼルダ、多分これから無茶しかしないと思う。
「ヨシ、地下に向かうとしようか!ポセイドンファミリアが出入りしてた場所ならさぞかし状態がイインダロウナー」
「もう、そんなあからさまな演技には騙されませんよ?私達の目的もありますし無茶はするなとは言いませんが、ちゃんと相談して下さいね?」
「…ハイ」
「分かればいいんです」
口では言いつつも若干言い淀んだ俺に対して信用ならなそうな目を向けてくる。あれ、おかしいな…俺ガノンだよな?何でゼルダ姫の尻に敷かれそうになってるんだろう…?そこはどちらかと言えばリンクのいる場所では…?
ゼルダの尻に敷かれるリンクとかいう見たいような、見たくないような、いやちょっと見たことあるような光景を想像しつつ地下の船着場に向かう。
「おお、おおおおお!」
ハイラル城船着場にたどり着くと、そこには立派な赤い船が停まっていた。船頭には獅子舞を想起させる獅子の頭が付いており、これには俺もテンションが上がってしまい声を抑えきれなかった。
赤獅子の王、赤獅子の王じゃないか!ああ、昔の思い出が蘇る…
「凄いな…」
「そうでしょう?これがかのポセイドンファミリアから友好の証として寄贈された海神の加護が刻まれた船、その名も『赤獅子号』です!」
サイズ感こそ違えどあの『赤獅子の王』とそっくりの船に運命的な感動を覚えざるを得ない。きっと製作陣からのファンサービスなんだろうな…
「ああ、本当に凄いな」
「ええ!私も最初これを見た時はとても感動して──」
「ヨットじゃないとはな…」
「ハイラル王国を何だと思ってるんですか?」
俺の失言に対して笑顔で圧力を高めてくるゼルダ。いやちゃうねん、ヨットサイズじゃ無くてガチサイズの船で再現されてたからの感動であって、別にバカにしてる訳では無いんだ。
「待ってくれゼルダ、俺はヨットサイズじゃない事に感動したという意味で言っただけで──」
「同じじゃないですか!!」
俺に向かいゼルダは飛びかかり、しばらく取っ組み合いの喧嘩になった。落ち着いてレベル1同士の不毛な争いである事に気付いたからか、あるいは男女で密着している事に恥じらいを覚えたからなのか、しばらくしてゼルダは頬を少し紅潮させながら立ち上がる。
「…こほん、『赤獅子号』は先程言った様に海神の加護が刻まれています。数年は放置されているでしょうが、この船は通常の強度を遥かに越えていますから、普通に使えると見ていいでしょう」
「流石だな、まるで船博士だ」
「…揶揄っているのですか?」
「さてな」
未だ冷めやらぬ頬を膨らませてこちらを睨むゼルダは何というか子供っぽくて、なんだか可笑しくなってしまうと同時に切なさも感じてしまう。彼女はまだ子供で、しかし国も親も無くしてしまったのだと。
表情を曇らせる俺に何かを察したのか、ゼルダは俺を睨むのを止める。そして俺の手を引いてどこかへ連れて行こうとする。
「おい、どこへ行くんだ?」
「落ち込んでるガノンには特別な場所に招待してあげます」
さっきのむくれた様子と異なり楽しそうな雰囲気で俺の手を引いて走り出すゼルダに、身長差から躓きそうになりながら着いていく。
城の地下から上へ上へと登っていき、足が止まる頃には塔のある部分まで来てしまった。
「ここの塔の中を登れば着きますよ!」
「ハシゴ…姫が行く場所じゃあないだろ…」
塔の天辺まであと少しという所で内部に掛けられたハシゴを登らされる。部屋というよりは屋根裏みたいに見えるが…
「ほら、見てください!もう直ぐ日が沈んでしまいますよ!」
「わかったからもう少し待て、このハシゴは小さすぎる…よっと」
小さいハシゴに苦戦しながらも、やっとこさで登る。立ち上がった俺の視界に飛び込んで来たのは、この世の物とは思えない程の絶景であった。
「これは…」
「ここはハイラルを一望できる、お気に入りの場所なんです」
水平線の向こうに沈もうとしている夕日が、ハイラルの大地を黄昏の色に照らす。火山、河、平原、森、湖、砂漠。ハイラルの全てが、今この時は一色に染め上げられる。
ああ、本当に…俺はハイラルに生まれたのだと、心の底から湧き上がる想いに自然と涙が溢れていた。
「美しいな、ハイラルは」
「そうですね…」
それは幻想を描いた絵画の様な光景を見たことへの感動だったのか、それとも2度と戻れない前世への郷愁だったのか。いや、今だけは後者の方がいいのかもしれない。隣でこの光景をみているゼルダの横顔はもう手に入らない物を見るかのようで、耐え難い喪失の悲しみを堪える様に引き締められた口元がその想いの強さを物語っていた。
そうか、俺達は故郷を失った者同士だったのか。
ゼルダは地の故郷を、俺は魂の故郷を失っているのだと気づいてしまう。
俺はゲルドで受け入れられたからこそ今まで気にしないでいられた。死んで転生したという事もあり、諦めが付けられたとも言える。
だが、ゼルダにとっては地続きの人生の途中。家族も地位も家も失いこれからオラリオに旅立つ事でこのハイラルとの繋がりも失ってしまうのだ。今日ここへ来たのはその覚悟を決める為でもあったのかもしれない。
御伽話の英雄であれば気の利いた一言を出せるのだろう。
勇者であれば言葉では無く勇気を体現し希望を抱かせるのだろう。
だが、生憎と俺はガノンだ。ここは長年温めていた魔王ジョークを披露して湿気た空気を入れ替えるとしよう。
「このハイラルは美しい。これだけ美しい国ならば侵略者も現れるのではないか?」
「えっ?…そ、そうかもしれませんが、ハイラルにはイーガ団の方や自警団の方がいらっしゃいます。きっと皆様が守ってくれるはず──」
「だが、実力者でも勝てない相手が来たらどうなってしまうかな?」
「え…」
俺の顔を不安そうな表情で見て困惑するゼルダ。あの流れでいきなり脅しをかける奴は鬼畜外道と謗られても文句は言えないだろう。
「例えば…
「え、あっ!も、もうっ!脅かさないで下さい!」
ニヤリと笑う俺の顔を見て言葉の意味を呑み込めたのか、揶揄われた事に気づいたゼルダが眉を吊り上げて怒る。洒落にならないタイミングでクソほど不謹慎な事を言ったのだから、怒るのは当然である。
しかし俺の魔王ジョークはまだ変身を残している──!
「お前が生きている限り、ハイラルは本当の意味で終わることはない。また新しくハイラルを作ればいい」
「はい。必ずや世界を脅かす『厄災』を討ち果たし、その功績を以てハイラルの再建を──」
「俺が『厄災』を倒した後に、やりたい事がある」
「──はい?」
せっかく決意を新たに決めようとした所に水を差されて困惑するゼルダ。さっきからそういうのばかりですまんな。
「俺のやりたい事、それはハイラルの征服だ」
「…?」
今度こそ温厚なゼルダからも「何言ってるんだコイツ?」みたいな目で見られ始め、俺のメンタルがガリガリと削られていく。しかし、ここで引っ込めてはそれこそヤバい奴で終わってしまう。勇気を振り絞るんだ、ガノン!
「ハイラル征服はゲルドの悲願でもある。そこで取引と行こうじゃないか、ハイラル最後の姫ゼルダよ」
「な、なんですか?その演技臭い言い回しは…あまり似合ってないですよ」
待ってゼルダ、ガノンドロフは見え見えの演技で王族に取り入ろうとする所までがセットだから…
「お前がこの手を取るのならば、お前に世界の半分をやろう。どうだ、俺の味方になるか?」
「え…ええっ!?」
俺の差し出した手を見て、目を白黒させるゼルダ。会社も違うし厳密には竜王だが、魔王的な文面ではあるが「手伝うよ」と言っているつもりである。魔王なので断っても手伝うがな。
「そ、それは…」
「ククク…」
「もしかして…プ、プロポーズなのですか?」
「クク……ゑ?え、いや、はぁ!?」
え、ちょっと待って?なんかとんでもない勘違いが起きてない?
夕日に照らされて赤く染まるゼルダの顔を見て、俺は魔王ジョークの切りどころを間違えた事を悟る。
ガノンがゼルダ姫に求婚するとか間違いにもほどがある!!
「ッスー、あのーゼルダさん?今のはこう…征服した暁には領地を半分あげよう、的なアレでですね、それに掛けてハイラルの地を取り戻す手伝いをしますよーっていう意味の
「つまり、人生の領地を半分上げるという意味のプロポーズで…?」
「それはもう意味分かってて言ってるだろっ!?」
なんとか気まずくならないように弁解しようとするが、もはや時すでに遅し。先程までのセンチメンタル的なしんみりとした気まずさではなく、気になるあの子に告白して玉砕した後のようなひたすらに居心地の悪い気まずさがこの場を支配していた。
なんだこの空気…ここが地獄か?
「ガノン」
「何でしょうか」
「そこに直りなさい」
「ハイ」
出会ってからそう長くはないが、未だかつてない程マジになった無表情のゼルダを見て「あっこれ茶化したらマズイ奴だ」と直感する。
床に正座した俺を見てゼルダは頷く。
「ガノン、この世には言ってはいけない冗談があります。何か分かりますか?」
「すみません、分かりません」
「女心を弄ぶ様な冗談です」
「先程のはそういう冗談では無──」
「仮に」
俺の口答えは、透明感のあるよく通る声で切り捨てられる。
「口説き文句としても減点、冗句としても最低の女心をかけら程も理解していないような台詞であったとしてもです」
あの、そこら辺で勘弁して貰えませんかねゼルダ様?俺の心はもう砕け散りそうなんですが。
「それでも時と場合というものがあります。夕日の沈む絶景を背に、亡国の姫に対して国を取り戻すから共に来いだなんて台詞はそういう意味に取られてもおかしくないのですよ?」
「いやそうは言ってな──」
「ガノン」
「ハイ、スイマセン」
これが言論統制という奴か、世の姉を持った弟達は皆このような気持ちだったのだろうか。
「今回はこれで不問としますが、今後は気を付けるように」
「今後は軽率な言動は謹みます…」
「はい、よく言えましたね。今後は他の女の子にこういう事を軽率に言ってはいけませんよ?」
「はい」
余りにも情けない…これが前世で20代だった男の姿なのだろうか。しょうがないじゃないか、前世では女の子と話す機会なんてそう無かったのだから。
「ガノンが相手を異性として見てなくても、相手がそうで無いとは限りません。オラリオでは多種多様な人種の方がいますから、自分の常識だけで判断しないように」
そう言いながら、まるで子供をあやす様に頭を撫でてくる。クソ、俺が正座してるのをいい事に…というか言ってる本人が勘違い男子を量産しそうなムーブしてるのは納得いかないんだが?
そこで部屋の片隅に布と細い木が畳んであるのを見つける。あれは前世でも似たものを見たことがある。
脳裏に走る電流。俺はゼルダに仕返すチャンスを思いついた。
「ゼルダ、もう日が沈んで来たぞ。今回の件は本当に反省したから、そろそろ帰らないか?」
「あ…本当ですね。すみません、つい話し込んでしまって」
日が暮れて暗くなって来た事を指摘すると、ゼルダは今気づいた様で慌てている。よし、矛先は逸れたな。
「馬が待っている所まで全速力で行く。俺が抱えて行った方が速いから、掴まっててくれないか」
「ま、まあ…急ぎなら仕方ないですよね…」
ゼルダが俺の首に腕を回して掴まるのを確認したあと、ゼルダを抱えながら部屋の外──空中へと身を躍らせる。
「しっかり掴まっていろよ!」
「えっ?そっちは窓──きゃああああああ!!」
風を切る音とゼルダの叫び声が耳を劈く中、塔の部屋からこっそり持ち出していた布と木──パラグライダーを開く。
長年放置されていたからかボロっちいが…多少の強度は魔力で補う!
「ガ、ガノン!ちゅ、宙を落ちてます!」
「はははは!落ちてはいない、横に飛んでるだけさ!」
「明らかに落ちてます!落ちてますってええええええ!!」
流石に空中を滑空するとは思っていなかったのか絶叫しまくっているな。ふはは、年齢でマウントを取ろうとするからこうなるのだ。
俺はゼルダの悲鳴を楽しみながら2頭の馬が待つ地上まで降りていき、地上でゼルダを降ろしたあとは即座にゼルダから【炎の矢】を撃たれた。人間って、あそこまで早口で呪文を唱える事が出来るんだなって…
この話のオチとしては、二人でぶつくさ言い合いながら宿に帰った後エポナに今日の出来事を(主観たっぷりに)報告した時に──
「君たち好きな子にちょっかい掛けるタイプの人?これから
──とマジレスされ精神ダメージを負った事による両者共倒れであった。
各団員の働きにより、船と物資と船員を手に入れた【エポナ・ファミリア】は赤獅子号に乗り込みオラリオへ向けて出航する。
艱難辛苦を乗り越えんとする若き
次回、『座礁』
来週もまた見て魔王!
…あともうちょっとだけハイラルパート続きます(小声)