魔王が勇者に倒されたくないのは間違っているだろうか   作:黄巻紙

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第13話・傷は深いぞ、がっかりしろ

「何だ…これは」

 

 市壁の門を(くぐ)り念願の迷宮都市(オラリオ)入りを果たした【エポナ・ファミリア】一行を待ち受けていたのは、絢爛と喝采に満ちた活気溢れる『英雄の都』…などではなかった。

 

 メインストリートに並ぶ店達はどれも防犯柵を設置し物々しい雰囲気を隠そうともしない。

 道ゆく人々は今に犯罪が起こるのでは無いかと警戒し、すれ違う市民にすら怯えている。

 路地裏を見れば、物乞いや浮浪者が息を潜めて虎視眈々と盗みの機会を窺っている。

 

「これが、オラリオ?こんなものが『世界の中心』だというのか」

 

「ガノン…」

 

 オラリオの惨状を目の当たりにして愕然とするガノンに、ゼルダは気遣わしげな視線と声を向ける。

 共に旅をする様になって数ヶ月の付き合いであるが、彼が英雄…『勇者』に対して向ける感情が憧憬である事は理解していた。

 自分は喪失を新たな希望で乗り越えられた。ならば彼は?彼が目指した希望は望むものではなかったとしたら…?

 

「ガノン、あまり気を落とさないで…私達の目標はこの光景を乗り越えた先にある筈です」

 

「ああ、分かっている…少し驚いただけだ」

 

 思っていたより堪えた様子はなく、今度はゼルダが目を丸くする。

 

「あれだけ楽しみにしてましたから、てっきり落ち込んでいるものかと」

 

「オラリオの住民が全て動死体(リーデッド)になってるとかでもなければ絶望はしないさ」

 

「それはそれで極論すぎないか」

 

 従者として(ゼルダ)の側に控えていたインパが思わず突っ込む。インパ自身も暗鬱としたオラリオの光景に少なからずショックを受けていたが、ガノンの不謹慎な冗句(ジョーク)をスルーする事は出来なかった。

 この数ヶ月の旅で、天然(ガノン)天然(ゼルダ)子供(コリン)(エポナ)に四方を囲まれたインパは約束されたツッコミキャラとしての立場を確立してしまっていた。四面楚歌である。

 

「よう、俺の見込んだ通り元気そうじゃねえか」

 

「『隊長』か、見込み通りとは?」

 

 大通りの真ん中で話し合う【エポナ・ファミリア】に、オラリオまで馬車に乗せてくれた隊商(キャラバン)の『隊長』である中年のヒューマンが声を掛けてくる。

 『隊長』は片手を上げ、オラリオの暗鬱とした空気を物ともせず気さくな雰囲気を崩さない。

 

「悪かったとは思ってるさ、オラリオの現状を話さなかったのはな。だが、アンタらがこの『暗黒期(さいあく)』にどう反応するか見たかったのさ」

 

 『隊長』はそこで言葉を切り、顎髭を擦りながらため息を吐く。

 

「だらしねえモンだろ?『世界の中心』、『英雄の都』なんて謳うオラリオがこんなザマだなんてな…正直俺はがっかりしたよ、神様に『恩恵』授かっても所詮は人間(おれたち)と変わりゃしないってな」

 

 『隊長』の目に浮かぶのは確かな『失望』だった。

 誰もが言葉にはしないが、しかし多くの人間が胸に秘めていた『本音』を、『隊長』は憚る事なく口にした。

 それはオラリオに属さない外様の人間だからこそ、オラリオの冒険者への敬意の色眼鏡を外した物言いを可能にしていたのだろう。

 オラリオの内外を知る隊商(キャラバン)故の、痛烈な批判だった。

 

「だから今回の一件を終えたらオラリオからは手を引こうと思ってたんだがな…だがまあ、こんなご時世にいかにもな冒険者やってる奴を見ちまったからな」

 

 『失望』に暗く落ち窪む『隊長』の瞳に、一筋の光が差す。まるで子供の頃の宝物を見つけたかの様に、『隊長』の目が輝く。

 

「知り合いの商人や店主にはアンタらの宣伝をしといたぜ、俺の『見込み』を裏切るなよ?来年の仕込みもあるんだからな」

 

「有り難く売名(りよう)させてもらおう。出る杭は打たれるというが、試練は多いに越した事はないからな」

 

「そこは"期待に答えます"とかカッコ付けとけっての」

 

 ガノンのあんまりな言い草に、『隊長』は苦笑する。

 

「その図太さがあれば大丈夫そうだな!じゃ、『また今度』な」

 

「ああ、『また会おう』」

 

 その言葉に、『隊長』は振り返る事なく片手を上げる。

 『隊長』の素直じゃない応援(エール)に、若き【ファミリア】は士気を取り戻し希望に満ちた足取りで通りを歩き出す。

 

「よーし、それじゃあ私は宿を探してくるね!『旅人』の事物を司る女神の腕を見せてしんぜよう!」

 

「それでは私はこれまでの獲得品を換金してきましょう。コリンはエポナ様の護衛を頼む」

 

「いーよ!オイラ、もっと『マチ』を見てみたいし!」

 

 鼻息荒くやる気を見せるエポナがドレスの裾を持ちながら駆け出して行くのを見て、インパがコリンを護衛に采配する。

 小人族(パルゥム)と誤魔化せる程の身長のコリンは、その実魔物(モンスター)故の高い身体能力を持つ。『精霊(フロル)の風』と合わせれば、現時点では【エポナ・ファミリア】におけるナンバー2の実力者でもあるのだ。

 

「では、俺達は『バベル』へ向かい、【ファミリア】と冒険者登録をしてこようか」

 

「そうですね、何か『迷宮(ダンジョン)』の情報も得られると良いのですが」

 

 【ファミリア】の面々がそれぞれの目的地に向かう中、残された団長と副団長は白亜の塔を見上げ歩き出す。

 たとえ都市が暗闇に覆われていようとも歩みは変わらず。

 英雄の卵は『深闇(ダンジョン)』へと進む。全ては『巨災(こくりゅう)』に立ち向かう力を得るために。

 

G

 

 ギルド内を職員が慌ただしく行き交う中、その男は静かに座していた。

 動かざること山の如し、雑音に惑う事なく瞑想する男は正に歴戦の風格を漂わせる。

 その男はギルドの職員であり──

 

(はぁ〜、早く仕事終わんねえかな)

 

 ──歴戦のサボリ魔だった。

 

「ちょっとルピー先輩!サボってないで働いて下さいよ!まだ仕事は山積み何ですからね!」

 

「分かってる分かってる、いま瞑想して集中力高めてるから」

 

「妄想の間違い何じゃないですか?」

 

 山の如し動かざる書類、後輩からの差す様な視線にも動じる事のない男は正にダメ人間の風格を漂わせる。

 丁寧に整えられた紳士的な口髭も、サボタージュに勤しむ男の風評の前には最早腹立たしさしか感じられない。

 

「おーい、ルピー!新しい【ファミリア】の登録がしたいって冒険者が来たから、アドバイザーになってくれないか?」

 

「こんな時期に新しい【ファミリア】?随分と気合入った方々ですね」

 

「おいおい、見てくれよ俺の前に積まれたこの書類の山を!アドバイザーなんてめんどくゴホンゴホン、大変な事ができる様に見えるか?」

 

 同僚のギルド職員から舞い込んできた案件に、後輩職員は驚倒しダメ人間(ルピー)は山積みの書類を指差して難癖をつける。

 同僚の職員はルピーの難癖を肩を竦めて受け流し、ダメ人間を『再起動』させる魔法の情報(じゅもん)を唱える。

 

「ちなみに、新しい【ファミリア】の二人だが、何でも『()()()()()()()とアマゾネス』だとか…」

 

「ヒャッホウ!漢ルピー、行ってきまーす!」

 

「あっ!コラー!先輩、仕事放っていかないで下さいよー!」

 

 同僚から齎された魔法の情報(じゅもん)によりスケベ心で再起動したルピーは駆け足で受付に向かう。

 その背中に後輩職員は書類を残された怨嗟の声を投げかけるも、逃げ足は無駄に速いルピーに届く事なく虚しく響いた。

 

「ま、そこの書類なら大丈夫だろ。全部仕上がってる筈だ」

 

「あれ、本当だ…全部出来てる」

 

 ルピーの机に山積みになっていた書類はその全てが既に完成しており、種類毎に仕分けして置かれていた。

 後輩職員は机の上に貼り紙が置いてあることに気付く。

 

『後輩ちゃんの持ってる書類の20行目、誤字ってるから直した方がいーよ』

 

「えっ?嘘、本当だ!すぐに書き直さなきゃ!」

 

「ははっ!相変わらず目のいい奴だな」

 

 後輩職員は手元の書類に目を落とすと、書かれた通りの行に誤字を見つけ、驚嘆の声を上げる。

 同僚の職員はルピーの変わらない様子に笑みを深める。

 

「まあ、アイツの事は心配いらないさ。何だかんだ『担当』がいると世話を焼かずにはいられない奴だからな、あれでも新人冒険者からの評判は良いんだぜ?」

 

「そうなんですか?てっきりただのダメ人間かと」

 

「それも間違っちゃいないさ。ま、あの【ファミリア】はアイツには良い薬になるだろ」

 

 イタズラが成功したかの様な笑みを浮かべながら去って行くルピーの同僚の後姿を見送り、後輩職員はルピーに対する評価を改め──

 

「る訳ないでしょうがぁぁぁぁ!結局書類出すのサボってたじゃないですかぁ!でも誤字指摘はありがとうございます!」

 

 ──る事なく怨嗟と感謝の言葉を同時に咆哮する。

 ちなみにルピーの名誉のために真実を明かすが、ルピーが後輩職員の誤字に気付いたのは後輩職員が抱えていた書類に押し潰される豊かな胸部を見ていたからである。

 

 

 所変わって『再起動』したルピーはルンルン気分で受付に向かっていた。

 男は隙あらばサボる職務欲の無い男であったが、スケベ心はオラリオにいる男神に負けず劣らずであった。

 

(『()()()()()()()()()()()()()』のアドバイザーに成れるなんて、ああ、神様は俺の頑張りを見離さなかったんだ!ついに俺の努力が報われる時が来た!)

 

 普段の勤務態度を省みる事なく神に見当違いの感謝を述べるダメ人間に待ち受けていた者は──

 

「よろしくお願いします」

 

 ──街中の誰もが振り返るであろう美しい金髪美少女エルフと筋骨隆々の赤髪黒肌の男だった。

 

(神様どうかこの筋肉盛盛男(マッチョマン)が俺の担当じゃありません様に)

 

 ルピーは一瞬で現実逃避して同僚から渡されたメモを見る。そこには探索系派閥としての登録を求める【エポナ・ファミリア】の文字が書かれていた。

 

「貴方がアドバイザーの方ですか?俺は冒険者登録をしにきた【エポナ・ファミリア】団長のガノンドロフですが」

 

(コイツだったー!ていうか物腰低っ!この顔で!?)

 

 10年を王として教育されたガノンだが、オラリオに来て文明の雰囲気に当てられたせいで前世の22年間で染みついた市民根性が顔を出していた。

 

(いや、騙されないぞ…こうやって友好的な顔しといて後からつけ上がってくる(タイプ)だろ?こんな悪役顔の男だし)

 

 ルピーはギルド職員として身につけた警戒心を総動員させつつも、いかにこの男をやり過ごしつつガノンの横に佇む美少女エルフにいい顔を出来るかを模索していた。

 

「は、はい!俺が貴方達のアドバイザーを担当させて頂きます、ルピー・ティンクルと申します」

 

 ガワだけは清潔感を整えているルピーの全力の愛想笑いと敬語に、エルフ美少女の顔が安心するのを目敏く確認する。

 掴みは上々、と内心でほくそ笑むルピー。

 ギルド職員が冒険者とお近づきになろうという邪悪(笑)な企みに誰も気付く事なく話は進んでいく。

 

「では【エポナ・ファミリア】は探索系派閥で、構成人数は4人…名前と種族に間違いはないでしょうか?」

 

「ええ、合ってます」

 

「ありがとうございます…はい、これで登録完了です!当ギルドでは新人への装備の貸し出しやダンジョンについての講習も受け付けておりますが、どうでしょうか?」

 

 内心の企みに反して至極丁寧に登録が進められる。ガノンの顔に見合わない行儀の良さとやけに受付慣れている様子も要因であるが、田舎出身にありがちな『共通語(コイネー)』を書けないという事がなかった事もある。

 二人は国は違えども王族として英才教育を受けた身、『共通語(コイネー)』の読み書きはマスターしていた。

 

 そうして登録が済んだ後、ルピーはダンジョン講習を勧めていた。

 それはこの男のささやかな善意からでもあったが、ガノンの見た目からバリバリの武闘派の雰囲気を感じ取ったためである。

 ギルド職員としての経験則だが、こういった武闘派の冒険者は『習うより慣れろ』の考えが多く講習を嫌う傾向にあったからだ。

 

(ここで講習を断られた後、このエルフちゃんはこういうのさ『ルピーさん、団長はああいってましたけどやっぱり不安で…私だけでも講習を受けさせてくれませんか?』ってなー!)

 

 妄想逞しく邪な考えを膨らませるルピーに、ガノンは笑顔で返答する。

 

ぜひ受けさせて下さい

 

「はい!もちろん無理はおっしゃいませ…何て?」

 

「講習、ぜひ受けさせて下さい。ダンジョンの情報を得られるに越した事はありませんから」

 

(受けるのかよ!この見た目で!?めっちゃ理性的なんですけど!)

 

 哀れ(でもない)ルピー。彼の邪な『冒険』はここで終わってしまった。

 その後個室へと二人を案内したルピーは、彼らが満足するまでみっちりと講習をさせられたのであった。

 

 

「アドバイザーの職員、いい人だったな」

 

「ええ、とても分かりやすく教えてくれて紳士的な方でしたね」

 

「丁寧に答えてくれるから思わず質問責めしてしまったよ…忙しそうだったが、大丈夫だっただろうか」

 

 自分達のアドバイザーが実はゼルダにモーションを掛けようとしていた事は梅雨知らず、良き人選に恵まれた幸運を無邪気にも喜んでいた。

 なお、今までの『担当』にも同じ事をしていたルピーは未だに童貞である。

 

「それで、これからの方針はどうしますか、団長?」

 

「今まで通りガノンでいい…そうだな、先ずは『サラマンダー・ウール』の購入を目標にする」

 

「先の講習で言っていた『精霊の護符』ですね」

 

「火炎攻撃をしてくる敵への対処法は何通りか考えているが、コリンがいるからな…万が一の可能性は潰しておきたい」

 

「確かに…コリンは『森の子』ですからね」

 

 ガノンの脳裏に『前世』の記憶が過ぎる。コリンは体躯以上の身体能力と精霊の風を持つが、『デクナッツ族』と同じく火を苦手としていた。

 少なくとも今世においてコリンは火を苦手としており、ゼルダがオラリオ到着前の巨大山羊戦でフルパワーの【炎の矢】を見せた際にはしばらく距離を置かれていた。

 

 酷くしょんぼりとしたゼルダの様子を見かねて、ガノンとインパとエポナで仲直り大作戦を決行した程だ。

 

「いい時間になったし、我らが主神の手の程を見に行くとするか」

 

「もしかしたら、もう本拠(ホーム)を見つけているかもですよ?」

 

「そうだといいがな」

 

 

 陽が傾き、待ち合わせ場所である中央広場(セントラルパーク)に向かうと、そこにはベソをかいたエポナがコリンに慰められている光景が二人を待っていた。

 

「ごめんよ二人とも〜知り合いの本拠(ホーム)の部屋を借りようとしたけど出来なかったよ~」

 

「本当にいたのか、知り合い」

 

そこ疑ってたの!?いるよ知り合いくらい!」

 

「知り合いとはどのお方で?」

 

「ディアンケヒトのじっちゃんとミアハっていうイケメンなんだけど、じっちゃんからは『田舎臭いじゃじゃ馬娘にやる部屋は無い!』とか言われてさー、ミアハは快諾してくれたんだけど眷族達が猛反発してねぇ」

 

「ミアハ様は受け入れてくれそうなら、もう一度尋ねてみるのはダメでしょうか?」

 

「あー、多分無理。相変わらず女の子誑かしてるみたいでさー、あれで無意識なのがタチ悪いよね」

 

確かにそうですね

 

 知神(ちじん)から追い返された理由をつらつらと話すエポナから、天界では友神(ゆうじん)が少ない疑惑が再燃する。

 そしてミアハ神の色男振りを語るエポナに、やけに実感の籠った様子でゼルダが返答する。

 今から宿を取るにもこの時間に予約が空いているかは不明。ガノンは早速、自分のアドバイザーに頼ることにした。

 

「いい考えがある」

 

 その後、退勤間近だったルピーの残業を増やす事で、空き家になっていた一軒家を【ファミリア】の本拠(ホーム)としては格安で手に入れる事が出来たのであった。




【エポナ・ファミリア】本拠(ホーム)『旅人の家』
・2階建て、個室4部屋
・キッチン、ダイニング、リビング、トイレ、シャワー付き
・立地『ダイダロス通り』付近
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