魔王が勇者に倒されたくないのは間違っているだろうか   作:黄巻紙

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第14話・ファーストアタック

 東から登る太陽が巨大な市壁から顔を覗かせる。

 黄金色の朝日がオラリオの整然とした、あるいは雑多な街並みを照らしていく。

 オラリオの中心に聳え立つ白亜の摩天楼は日光を受け、その荘厳な威容を浮き彫りにしていく。

 

 オラリオに住む人々にとっては見慣れた、ごくいつも通りの夜明けが訪れた。

 

「ああ…何というか、『異世界』に来たって感じがするな…」

 

 最も、つい先日にオラリオへ訪れた赤髪褐色肌の男、ガノンドロフにとっては『今世』や『前世』でも初めて見る異国の世界。

 早朝のランニングから帰ってきたガノンは朝日に照らされる『バベル』を眩そうに目を細め見上げる。

 

 その横で、朝日が登ったからか夜間の街道を照らしていた『魔石灯(がいとう)』が一旦の役割を終えて消灯する。

 

「こっちはあんまり『異世界』感は無いな…」

 

 剣と魔法の世界に似つかわしく無い『魔石灯(テクロノジー)』を半目で見やりつつも、『前世』の街並みを想起させる"それ"はそれで気に入ってはいた。

 ふ、と口元を緩ませてガノンは再び街を走る。

 暖かな食事の待つ本拠地(ホーム)へ帰るために。

 

G

 

「ただいま」

 

「おかえり、ガノン。オラリオはどうだった?」

 

「路地裏に浮浪者が居なければ最高の街並みだったな」

 

「ううむ、これでもまだ治安は回復傾向にあるとは、現二大派閥台頭前のオラリオはどうだったのか…」

 

「あまり想像したくは無いな」

 

 【エポナ・ファミリア】本拠(ホーム)『旅人の家』へ帰宅しダイニングに入ったガノンに、キッチンで調理をするインパが手元から目線を外さずに声を掛ける。

 先日はほぼギルドで時間を潰したガノンは改めてオラリオの街並みを観察するべく、朝食が出来上がるまでの時間で見て回っていた。

 

 人気の無いオラリオの街は活気の無さも相まってか、酷く静かだった。

 早朝という事もあるが民家の住人達は皆、音を立てない様に朝の支度をしており時折うめき声をあげる浮浪者こそが人がいる事を主張する皮肉めいた有様を成していた。

 

 ガノンの語る街の有様に、淡黄(クリーム)色の前掛け(エプロン)を着けて調理を行うインパはその切れ長の眦を下げて暗黒の時代への嘆きを露わにする。

 

「ふあ…おはようございます…」

 

 眠たげな様子で欠伸をするゼルダが、長い金髪を所々跳ねさせながら扉を開けてダイニングへ入ってくる。

 ゆったりとした純白の部屋着は満足に着付けられておらず、鎖骨は愚か右の肩までが顔を覗かせる惨状で、他のエルフが見れば発狂物のだらしない格好をしていた。

 

「ゼルダ様、洗面所はそこを右に曲がった所ですよ」

 

「むにゃ…ありがとうございます、インパ…」

 

 (いせい)がいる事に気づいているのかいないのか、目の前ですれ違うガノンに無反応で洗面所へと向かっていく。

 インパも彼女の従者であったはずだが、これから共同生活をしていく以上はゼルダの身の回りの世話は最低限で過ごしていく様だ。

 ゼルダは既に没落した王家の人間であり、本人も自立を望んでいるという事もある。

 オラリオまでの旅ではここまで気の抜けた姿は見せていなかったが…インパが隠れてフォローをしていたのか、あるいはホームという響きが気の緩みを招いたのか…真相は暴かないでおこう。

 

「家事は当番制で行う予定だったが、あれが続く様なら朝食は俺達で回す必要があるか?」

 

「むしろ旅を始めて半年くらいのお前が何故料理が上手いんだ?一応王族だろう」

 

「ゲルドの王はハイラルのそれとは違うがな…一応、調理技術を始めとした生活技能は真っ先に鍛えられるぞ」

 

「ああ、ゲルドは砂漠の国だったな、そういえば」

 

 砂漠の中のオアシスを中心に作られた戦士の国『ゲルド』では、まず砂漠で生き残るための知恵と技術を徹底的に叩き込まれる。

 どれ程強い戦士に育とうとも、生きて帰れないのなら戦士にあらず。

 砂漠における名誉の死は強敵との死闘のみ、それがゲルドの掟でもあった。

 砂漠に繰り出しては帰らぬ人となった先代女王が、その死の理由が明かされないままであっても戦士と認められていたのはあくまで当時の最強であったからでしか無い。

 先代の娘ナボールが荒れたのは、女王の資質として重要視される『強さ』ではなく『神託』によって選ばれたガノンをツインローバが次期の王として育て始めた事を、先代が戦士にあらずと言外に仄めかされた様に誤認したからでもあった。

 

 そういう意味では、ある意味ゲルドの教えは『ギルド』の教えとも被る部分がある。

 ガノンは、先日の『講習』でのルピーの教えを思い返す。

 曰く、『冒険はしても良い、だが帰るまでが攻略である』。

 ルピーの持論混じりではあるが、『ギルド』にとっての『冒険者』とは『迷宮』から資源を持ち帰る職業の側面も持ち合わせている。

 オラリオは、『迷宮』から採られる『魔石』による『魔石産業』によって栄えた都市である。

 幹部であればともかく、平の職員であるルピーにとっては『より質のいい物を、しかし必ず戻ってこい』こそが本音であった。

 

 ガノンが先日の記憶から現実へと帰還すると、洗面所に繋がる扉がバン!と大きな音を立てて開け放たれる。

 ガノンが扉へと目を向けると、顔を真っ赤に染め上げたゼルダが眦を吊り上げてこちらを睨んでいた。

 その姿はしっかりと整えられており、安い店で買った部屋着ですら彼女の美貌に掛かればシルクのドレスの様に見せていた。

 

「ガノン!みっ見ましたか?さ、さっきの!」

 

「すまんな」

 

「うううぅぅぅぁぁぁ…」

 

 残酷な真実を告げられたゼルダはこの世の終わりの様な顔をして言葉にならないうめき声を奏でながら、よろよろと座席についてテーブルに顔を伏せてしまう。

 伏せられた表情を伺うことは出来ないが、組んだ腕で隠せない長い耳は湯気が出そうな程に赤くなっている。

 

「は、恥ずかしい…同じ王族のガノンが起きられているというのに…」

 

「いや王族といっても世襲ではないが」

 

「あまつさえ!あんな醜態を"年下の男の子(ガノン)"に見られるなんて!」

 

 王族としてというよりは年上としてのプライドが傷付いてしまった事の方がショックだったのだろう。後者の理由を語るゼルダの声はもはや叫びに近い。

 俺の実年齢を知ってからゼルダは何かと年上振る事が多く見られていた。

 インパも26歳とゼルダより8歳年上だからか、年下の人間に飢えていたというのもあるのだろうか。

 

 

「「ただいまー!」」

 

「おかえり、エポナ、コリン」

 

「!?」

 

 ゼルダが撃沈する中、更なる闖入者が現れる。

 狐面を付けた小鬼(スタルキッド)のコリンと新緑のドレスを着た女神のエポナがダイニングの扉を開けて飛びつく様に席に座る。

 ゼルダは他の2人(人はいないが)も既に活動していた事を知り、がばりと顔を上げてエポナたちをまじまじと見つめる。

 

「手は洗ったか?」

 

「勿論!…って私にも聞くのガノン君!」

 

「たまに忘れてそうだったからな」「ひどい!」

 

「あ、あの…エポナ様とコリンはどちらに…?」

 

「うん?ゼルダちゃんには言ってなかったっけ?朝刊配達のアルバイトだよ」

 

「あ、アルバイト!?」

 

 ゼルダは寝耳に水といった様子で驚きを顕にする。

 驚いた様子のゼルダにエポナはアルバイトを行うに至った経緯を説明する。

 

「いやぁ、私ってば昨日は何も役に立たなかったからさ?少しでもお金を稼いで君達の助けに出来ないかなって」

 

「そうだったのですか…」

 

「そしたらコリン君も一緒にやりたいって言ってねぇ、凄いんだよ!私の乗馬技術を持ってしても追いつけない速さで配っていってね!」

 

「それ魔法使ってないか?」

 

「ふっ…もう最初から『魔法』の方で目立っておけば種族で突っ込まれないかなって」

 

「諸刃の剣だな…まあ魔法は仕方ないか」

 

「こ、コリンまで朝に働いているなんて…!」

 

 精神的には最年少扱いをしていたコリンにまで追い抜かれた絶望でゼルダは顔を青くする。

 本拠生活初日なのだから気にする事は無いとは思うが…元王族の性なのか、自分だけが役割を持てていない事に焦っているのだろうか。

 

 その後、ゼルダは運ばれてきた食事に手を付けている間も借りてきた猫の様に静かなままであった。

 

G

 

「さあ『迷宮』に行きましょう!皆!」

 

「テンション高いな」

 

「『迷宮(ダンジョン)』への初挑戦だからな、ゼルダ様も張り切って居られるのでしょう」

 

「そうかな…」

 

 両手を上げて気炎を燃やすゼルダの様子を、インパが微笑ましげに見守っている。

 張り切っているのは朝の醜態を挽回したいからだとは思うが…

 

 現在、【エポナ・ファミリア】のパーティは『バベル』の内部、『迷宮(ダンジョン)』へと繋がる階段を進んでいた。

 周りには他にも冒険者がパーティを組んでいる様子で、多種多様な種族の人間がこちらを見て話し合っていた。

 

 見慣れない人間がいるからか、あるいはエルフらしからぬテンションで気炎を上げるゼルダが珍しいからか、どうやら俺達は他の冒険者から注目を集めているらしい。

 

 まあ、周りから見れば俺達は珍妙な集団に見えるのは仕方がないだろう。

 ハーフエルフのゼルダは杖ではなく弓と脇差を腰に下げ、ルナールのインパはまるで前衛の様に装甲付きの戦闘衣に大刀を担ぎ、パルゥム*1のコリンは顔を隠す様に狐のお面を着けている。

 種族も格好も、役割さえもよく分からない集団ではあるだろう。

 

 『迷宮(ダンジョン)』へと続く階段の最下段まで降りる。

 内部は平坦な壁と床が続いており、入り組んだ迷路状の道はその変わり映えしない景色により『迷宮(ダンジョン)』を進む人間の位置感覚を狂わせる、まさに名の通りの迷宮であった。

 『迷宮(ダンジョン)』の壁や天井にはポツポツと燐光が灯っており、日の光が届かない地下にあっても不思議と明るく照らされていた。

 

「上層は光源が要らないと聞いていたが、思ってたより明るいな」

 

「『迷宮(ダンジョン)』の中ですが、何だか神秘的ですね」

 

「もしかして、お宝とかあるのかな?ヒヒヒッ」

 

「コリンの考える様な宝は無いかもな…」

 

「なーんだ、ザンネン」

 

 ギルドで貰った地図を頼りに階層を進んで行くと、通路の曲がり角の先から怪物(モンスター)の鳴き声が聞こえてくる。

 通路の角に背を預けて道の先を覗くと、小柄なモンスターのゴブリンやコボルトが数体に纏まって歩いているのが見える。

 

「ゴブリンとコボルトだ。数は5体、先ずは肩慣らしと行くか」

 

「『迷宮(ダンジョン)』の『魔物(モンスター)』は外より強いと聞くからな…油断はせずに」

 

「ああ」

 

 あちらから見つかっていないアドバンテージを活かすべく、遠距離攻撃を仕掛ける。

 俺は左手に魔力を集め、通路の角から手だけ出してモンスターの集団に魔力光弾を放つ。

 

『ググ?』

 

 コボルトの一体が光弾に気付くが、既に光弾は眼前に迫っている。

 拳大の大きさの光弾は吸い込まれる様にコボルトの頭部に着弾し──

 

『グボッ   』

 

『グギャ!?』『ゴブァ!?』

 

 ──その頭部を綺麗に消し飛ばし、コボルトは物言わぬ灰となる。

 突如頭部が吹き飛んだコボルトに他のモンスターは驚倒し周囲を見渡し警戒している。

 

「おお、以前は目眩し程度の威力だったのに…」

 

「やはりLv.2ともなれば上層でも通用するという事でしょうか」

 

「奴らに気づかれた…取り敢えず倒してくる」

 

 4体へと数を減らした怪物(モンスター)の集団はこちらに気がついた様で、牙を剥き出しにして威嚇をしている。

 モンスターの元へ駆け出しながら、俺はエポナの言葉を思い返す。

 

『レベルのランクアップは器の昇華とも呼ばれているんだ』

『アビリティの数値は0になるけど、その力は以前とは文字通り"レベル"が違うからね!先ずは体を今の【ステイタス】に慣らしていった方がいいよ』

 

 魔力は先の光弾で威力上昇が見れた。次は敏捷を見る。

 『迷宮(ダンジョン)』の床を強く踏み込む。

 俺の足がめり込んだ床は爆発したかの様に捲れ上がり、周りの景色が線状になって後ろに流れていく。

 気付けば俺はモンスターとの距離、7M(メドル)を瞬時に詰めていた。

 

(今まで『魔力爆発』を起こして身体を加速していたが、ただの踏み込みでこれ程の加速を!)

 

 俺が目の前に現れた事にも気付けていないコボルトとゴブリンの頭部を掴み持ち上げる。

 ここでようやく自分が敵に掴まれている事に気づいた怪物(モンスター)達が暴れようとするが──

 

「ふんっ」

 

『グギ…!』『ミギィ…!』

 

 ──その爪が俺の身体に触れる前に頭部を握り潰し、モンスター2体の肉体が灰となって崩れ落ち、その場に灰と小さな魔石だけが残される。

 

『ゴ、ゴブゥゥゥ!』『グギャギャギャ!』

 

 残されたゴブリンとコボルトが実力差を悟ったのか、その場から逃げ出すが、腰に下げた弓を手に取り2本の矢を番えて放つ。

 2本の矢は寸分違わず2体のモンスターの心臓を射抜き絶命させる。

 

 ゴブリンとコボルトが灰となって崩れていく様を見て、戦闘が終了したことを確認し息を吐いた俺はゼルダ達の方を向く。

 

「俺は暫く控えてた方がいいか?」

 

「「賛成」」「さんせー」

 

 そういう事になった。

*1
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