魔王が勇者に倒されたくないのは間違っているだろうか   作:黄巻紙

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第17話・ファーストライン

 【エポナ・ファミリア】団長、ガノンの朝は早い。

 ガノンの朝は、日が登る前にオラリオの市街をランニングする所から始まる。

 

 一軒家(ホーム)の庭が狭すぎて日課の鍛錬が出来ないために手頃な空き地を探す事から始まった習慣ではあるが、前世では見た覚えのないオラリオの風景はガノンにとって新鮮な体験だ。

 鬱屈とした雰囲気を隠そうともしない住民がいない時間だから、と言う事もあるが。

 

 倒壊して未だ修繕されていない家屋を横目に流しつつ、ガノンは人気の少ない街角にある広い空き地へと到着する。

 ここであれば鍛錬を行っても迷惑を掛ける住民は居らず、柄の悪い冒険者に絡まれても体術及び捕縛術の鍛錬にもなる一石二鳥の場所だ。

 

 新しく購入した長剣(ロングソード)二振り──銘をアイアンソードという──を鞘から抜き放ち、前日にギルドで調べた中層の怪物(モンスター)の情報を基に仮想敵を構築し仮想鍛錬(イメージトレーニング)を行う。

 故郷ゲルドでの鍛錬により培った剣術を、迷宮侵攻(ダンジョンアタック)の経験を反芻し対怪物(モンスター)の剣へと昇華していく。

 足を止める事なく、その体格に似合わぬ軽やかな剣舞を繰り出していく。

 かと思えば周囲の家壁が揺れる程の力強い踏み込みによる豪剣を振るう。

 ガノンが剣を振るう毎に剣斬は加速していき、宙を舞う木の葉のみならず地に転がる家壁の破片をも巻き上げ、剣圧に斬り砕かれていく。

 

 市壁から日が街を覗き、オラリオの中央に座す白亜の巨塔が白く照らされる頃。

 朝餉の時間が近づくのを感じ、ガノンは剣を鞘に収める──その瞬間、背後から空を切り迫る()()を察知し抜剣。

 背後から飛んで来た()()は空中で真っ二つに切り裂かれ、滑らかな断面を晒しながら地面に落ちて砕ける。

 

 

「「「おおー!!」」」

 

 子供の歓声が空き地に響く。

 剣を振り抜いたガノンの目先には、数人の子供達が拍手と歓声を上げていた。

 

 ガノンはため息を吐き、今度こそ剣を鞘に収める。

 

「お前たち、冒険者に石を投げるな。俺でなければ殺されるぞ」

 

「ガノンのオッサン以外には投げないって!これはな、オッサンがじっせん?でも戦えるかどうかを確かめてやったんだよ!」

 

「お前の出した冒険者依頼(クエスト)を誰が受けたと思ってるんだ?当然、戦えるに決まってるだろう」

 

「でもオッサン薬買ってきただけじゃん」

 

「その薬を買うための金を『迷宮(ダンジョン)』で稼いでるんだと言っている。あとオッサン言うな」

 

「どこからどう見てもオッサンだろ」

 

ぶちのめすぞ貴様ら

 

 『恩恵』を持つ冒険者相手とは思えない舐め腐った言葉の数々に対し、ドスの効いた声で凄むが子供たちは恐れる様子はなく『きゃーきゃー』と怖がった振りをして走り回る。

 【エポナ・ファミリア】、というかガノンはその奇行の数々により冒険者(どうぎょうしゃ)からは引かれたり距離を置かれたり挙句の果てには嫌われたりとその話題性に反して散々な評価であるが、意外にも冒険者以外の民衆からの評判は良い。

 

 

 ガノンは暇さえあれば鍛錬か迷宮に潜るかの日々を過ごしており、その過程で上層にて受けられる冒険者依頼(クエスト)を報酬の多寡に関係なく受けまくっていた。

 最近は『闇派閥』による冒険者襲撃が多発しており冒険者産業が滞り、塩漬けになる依頼も増えている所をハゲタカの様に掻っ攫うガノンは同等級(ランク)帯の冒険者からは疎まれていたが、『迷宮(ダンジョン)』での奇行を知らない街の民衆の目には『やる気に満ち溢れた頼れる冒険者』として映っていた。

 そう、ガノンの奇行はあくまで新しい必殺技を模索し続ける趣味人(オタク)さの発露であり、オラリオで日常を過ごす分には驚くほど大人しい。

 ゲルドで身に付けた王としての作法や前世で学んだ礼儀が染み付いているガノンは、冒険者の街(オラリオ)の民衆からは紳士として評価されつつあったのだ。

 

 『原作』での『魔王(ガノンドロフ)』を知る転生者(ガノン)にとっては噴飯モノの評価だが、『まあ、いつも登場時は演技してたし…』と納得し気を取り直した。

 

 

 ガノンの鍛錬を覗きに来た子供達はオラリオの孤児院に住む孤児達だ。

 彼らの内の一人が風邪で倒れてしまい、薬を持ってきて欲しいという依頼を受けたガノンが容態を診察し薬を与えた事で助かった事から、何故か気安く接せられる様になってしまった。

 おそらく気を許されたのだろうが、"オッサン"呼ばわりはやっぱりやめて欲しい。

 前世と今世を合わせれば33歳だが、気持ち的にはまだまだ若いのだ。

 

「俺はもう戻るぞ。お前達もしっかり働けよ」

 

「えー、もっと見たーい」

 

「これから迷宮(ダンジョン)に行くんだ。ほら、散れ散れ」

 

「ちぇっ、わーったよ…おいルフェ、行っちまうぞ

う、うん…あ!…あの、おじさん…これ!」

 

「だからおじさんはやめ…うん?」

 

 子供達の中から、一番背の低い男の子が俺に()()を渡そうとしている。

 確か、彼が風邪を引いていた子だった気がする…名前は『ルフェ』だったか。

 差し出された小さな手から()()を受け取ると、それは馬の木彫り像だった。

 ルフェに目を遣ると、彼は恥ずかしさと照れ臭さを混ぜた様子でそわそわとしていたが、少しすると口を開いた。

 

「それ、ボクが作ったお守り…力仕事が出来ないからこういうのを作って売ってるんだけど、ガノンさんにお礼がしたくて…」

 

 手の中の木彫りを見る。

 力強さは無いながらも細部まで拘った意匠(デザイン)に滑らかな手触りで、馬そのものの木彫りでは無く馬を主題(モチーフ)にした工芸品(アクセサリー)として作られた様に見える。

 贔屓目に見てしまうが、普通に店で売っていてもおかしくはない程の出来だと感心してしまう。

 

「ありがとうな、ルフェ。馬の女神(エポナ)の【ファミリア】だから馬か?よく出来てるよ、将来は店でも開けるんじゃないかってくらいだ」

 

「そう?…えへへ…」

 

 褒めながら頭を撫でてやると、ルフェは頬を赤らめてはにかむが、嬉しさを隠せない様子で口角が上がっている。

 馬の木彫り像を紐に通して首に掛ける。木彫り自体はよく出来てるが、(ガノン)が付けてると部族の長みたいだな…。

 

「よし、このまま走ってくるとするか」

 

「ええっ?ちょ、ちょっと…いやすごく恥ずかしいんだけど…」

 

「安心しろ、ルフェが作った事はちゃんと宣伝してくるからな」

 

それが恥ずかしいんだけど!?

 

 囃し立てる他の子供とルフェの叫びを背に俺はオラリオに吹き荒ぶ風になる。

 街中に自慢してきてやるぜ!

 

 

 

 

で?朝食の時間に遅れた事への弁解はあるか?

 

「すいませんでした…」

 

 本拠地(ホーム)に戻った俺を待っていたのは温かい食事ではなく仁王立ちで怒りの炎を背負うインパの姿だった…。

 

 いや本来なら朝食までに間に合う筈だったんスよ。

 だが、オラリオで知り合いに木彫りを自慢して回っていたら()が現れてしまった…。

 俺と同じく駆け出しの、赤毛のちんちくりんに自分もお礼を貰ったことがあると自慢返しをされて自慢合戦になってしまったのだ。

 

 奴め…俺より先にデビューしてて【エポナ・ファミリア】より団員が倍以上いるくらいで先輩面しやがって…!

 やらかしで言えば奴も割とやらかしているのに何故か向こうは人気ばかりが上がっていくのだ。

 やはり顔か?やはり顔なのか…?

 くっ…見ていろよ、こちらも『神会(デナトゥス)』で二つ名を貰えば奴の名声など抜かしてやるわ!

 

 俺は心の中で、事あるごとに先輩面をしてくる赤毛の冒険者へのライバル心を燃やしていた。

 ──朝食に遅れた罰として、食器洗いとホーム全体の掃除をしながら。

 

 

 

G

 

 

 

 硬い岩盤を靴で踏み締める音が洞窟の中に響く。

 壁、天井、床、通路を形成する全てが岩で出来ている、まさしく洞窟らしい洞窟。

 『迷宮(ダンジョン)』12階層の高原地帯を抜けた俺達を待ち受けていたのは、まるで山か崖の横穴に入り込んだ様な環境だった。

 …火を吹く怪物(モンスター)がいる事もあり、この洞窟らしい湿っぽい空気さえなければ『ドドンゴの洞窟』を思い出す。

 バクダン花とか生えてないかなあ、と考えながらパーティメンバーの装備を確認する。

 

 ゼルダはエルフらしく服タイプの戦闘衣(バトル・クロス)で、白を基調としたズボンタイプの衣に桃色のエプロンを着ている。

 ズボン以外は活動的になったゼルダっぽい服だが、右腕に腕甲(ガントレット)、右肩に肩当て、左腰に脇差、後ろ腰に弓と弓兵チックになっている。

 現在はマントタイプの『サラマンダー・ウール』を着ているため尚更だ。

 

 インパの戦闘衣(バトル・クロス)は『ゼルダ無双』の和風っぽい、忍者服に鎧の一部をつけた様な物だ。

 大刀を使う所も含めて『無双』のインパらしい……狐の耳と尾を生やした、豊満な銀髪狐人(ルナール)でなければだが。

 狐耳が上に長い関係で彼女の『サラマンダー・ウール』はちょっとお高いフード付きだ。

 インパの耳の索敵には割と助けられているので別段特別扱いではない。*1

 

 コリンはいつも通り、スタルキッドのボロ服*2にキータンのお面を付けて顔を隠している。

 ボロ服を小人族(パルゥム)に着せてると思われると風聞が悪すぎるのでハイリアのフードを改造して作った青いケープを上から着せているのだが、この世界のスタルキッドは火属性に弱いらしく普段使いできる様に『サラマンダー・ウール』はケープの裏地に縫い付けたリバーシブル仕様だ。

 背が低く子供体格のため、ケープというよりはローブ感のあるサイズだが。

 

 (ガノン)は相変わらず『時のオカリナ』のガノンドロフの物と似た戦闘着(バトル・スーツ)を着ている。

 さすがに装甲は新調したし身長に合わせて作り直しているが。

 『サラマンダー・ウール』のマントを着た事で既視感のある魔王感が出てしまい、『迷宮(ダンジョン)』ですれ違う冒険者から二度見されまくったが。

 武器は【ゴブニュ・ファミリア】新人の『ゴロン』作のロングソード二本。

 通常より重くヒューマン向けのサイズなのにヒューマンが使いにくいという問題作だが、俺の身長と力であれば双剣として使える。

 重いという事は威力があり、頑丈なため長く使えるので中々気に入っている。

 

 

 意識を戻し、歩きながら長い通路の前方を警戒する。

 13階層は『ルーム』を繋ぐ通路が長い事も特徴らしく、火炎を吐く犬型怪物(モンスター)の『ヘルハウンド』と合わせて何とも嫌らしい造りになっている。

 最初の死線(ファーストライン)と呼ばれる『中層』は初侵攻(アタック)の今、決して油断出来ない難所となるだろう。

 …ゲームならこの通路で戦うのが一番楽なんだろうが、アドバイザーのルピーからは『それは止めてください』と言われてしまった。

 通路で固まっている所を『ヘルハウンド』に焼かれるのが一番死亡率が高いのだとか。

 幻想(ゲーム)現実(リアル)は違う、という事なのだろう。

 

 

「それにしても暗いな、まるで先が見えん」

 

 通路を照らす『迷宮(ダンジョン)』の燐光も、上層の物と比べ暗く先が見通せない程だった。

 この暗さでは視覚よりも聴覚の方が役に立つだろう。結果論だが、インパの護布にフードを付けて良かった。

 

「光源を持つかどうかはパーティ次第との事だが、相手も遠距離攻撃をするとなると一長一短だな」

 

「何も見えないならともかく、このくらいならまだ大丈夫だろう」

 

 13階層の分析をしながら会話をしていると、インパの頭頂部から伸びる狐耳がぴくりと反応する。

 

「気を付けろ、()()()()だ」

 

 インパの言葉にそれぞれが己の武器を構える。

 通路の先から足音と共に現れたのは、黒い体皮を持つ四足の獣。

 三体の『ヘルハウンド』がこちらを睨み、獰猛な唸り声を上げている。

 

「作戦は?」

 

「インパは注意を引きつけろ。ゼルダは矢で頭を狙え。俺とコリンは()()()()ぞ」

 

「了解!」「りょーかいっ」

 

『ウォォォオン!』

 

 インパは武器を構える事で、ゼルダとコリンは声を張り上げて返事をする。

 その声に反応したのか、『ヘルハウンド』達が弾かれた様にこちら目掛けて駆け出す。

 

 インパは大刀を担いで走り、ゼルダは弓に矢を番えて狙いを定め、コリンは風を纏った飛去来器(ブーメラン)を投げる。

 そして俺は──

 

「フンフンフンフンフン」

 

『ゥゥヴッ!?』『ヴォッ!?』

 

 ──通路の壁を四足で()()()走っていた。

 俺は今まで、何の考えも無く壁を這うという奇行を行っていた訳ではない。

 デカい図体の俺と大刀使いのインパが狭い通路で十全に戦うならばどちらかが下がらなければならない。

 そこで俺はこう考えた。

 ──壁を走ればいいじゃん、と。

 

 しゃかしゃかと高速で手足を動かして壁を()()走る俺に『ヘルハウンド』達はぎょっとした目でこちらを見る。

 

()っ!!」

 

『ギャンッ!!』

 

 その隙を縫うように、インパの大刀が風を切り『ヘルハウンド』の一体を斬りつける。

 先頭のその『ヘルハウンド』は、Lv.1ながらも遠心力を利用した大刀の重い斬撃を頭部に喰らい、堪らず悲鳴を上げながら絶命する。

 後続の二体の『ヘルハウンド』はそれを見てインパを最優先目標に定め、攻撃直後のインパを狙い飛び掛かる。だが──。

 

「後ろが──」「──がら空きダ!」

 

 『ヘルハウンド』の背後へ回り込んだ飛去来器(ブーメラン)が突如、疾風と共にコリンの姿と変わる。

 

 【フロルの風】による付与(エンチャント)された風との位置交換(テレポート)

 完全に不意を突いたコリンの蹴撃が『ヘルハウンド』の一体の頭を潰し、壁から回り込んだ俺の剣閃が最後の『ヘルハウンド』の胴体を両断する。

 

 全ての怪物(モンスター)が灰と魔石に還り、静けさを取り戻す『迷宮(ダンジョン)』の湿った一本道に勝利の勝鬨が響く。

 

「作戦の勝利だな」「ダな!」

 

「あれを作戦とは呼びたくはないが」

 

「私の出番がなくなってしまいました…」

 

 勝利宣言をする俺とコリンに、渋い顔をするインパ。

 その後ろではしょんぼり顔のゼルダが矢を筒に戻しながら歩いてくる。

 

「まあ流石に二人で回り込むのは今回だけだ。後衛(ゼルダ)の守りもあるからな」

 

「ヒヒッ!じゃあ、今回はオイラが大活躍ダ!」

 

「ああ、頼りにしてるぞ。火を吹く魔物(モンスター)の弱点は背後と口内だからな」

 

それはどの生物にも当てはまるのでは?

 

 前世でのお約束を語る俺に、インパが『何を当たり前の事を』という顔で(ジト)目を向けてくる。

 

 『ゼルダの伝説』の魔物(モンスター)である『ドドンゴ』には最初かなり苦戦した覚えがある故に『ヘルハウンド』には警戒を強めていたが、流石に防御面では苦戦しなかったな。

 

 とはいえ、今以上の群れで火炎を放ってくる事例(ケース)も聞いているので油断は出来ない。

 俺達は警戒を続けながら、まだ先の見通せない長い通路を進んでいった。

 

 

 背後から迫る、オラリオの空を覆う悪意に気付く事なく。

 

*1
店主には揶揄われたが

*2
本人がデザインに拘りがある為で、服自体は新調している。所謂ダメージジーンズもどきだ。

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