魔王が勇者に倒されたくないのは間違っているだろうか 作:黄巻紙
『ギ、ギギギィッ!!』
俺は眼前に迫る爪を、ナボールを後方に突き飛ばしながら身を投げ出して横転し回避する。
すれ違いざまにに腰に携えた曲刀を抜刀、巨大虫の前足を切りつける事で注意を惹く。
狙い通りに
このまま走り続ければナボールとの距離を離しつつ仕切り直しが出来るはず…
瞬間、強烈な寒気と全身の肌が総毛立つ感覚を覚え思考する間もなく頭から飛び込むように前転する。
直後に俺のいた場所の地面を虫の爪が抉り取る様子を垣間見る。おかしい、なぜ追いつかれている?相手が巨大であるとしても、
そこまで思考し、ようやく肉体が発していた違和感を頭で理解する。俺の体を流れる
脳裏に浮かぶ
(あれは威嚇などではなかった)
聞いた
『ギギギィ!!』
「ぐ、う…うおおおおおお!!」
振るわれる凶爪を曲刀で逸らすも、俺の腕に浅い裂傷を残しつつ曲刀はクィンギブドの背後へと弾き飛ばされる。
絶体絶命。状況をそう認識する俺をまるで甚振るように両足の爪を振るう怪虫は、かすり傷を作りながらも懸命に転がり避ける俺を見て。
──
奇声を重ね掛けし、念入りに魔力の使用を封じられる。爪が腕の肉を抉る。爪が足の皮膚を裂く。執念深く、それでいて悪辣に。俺の心に灯る反骨心をぽっきりと折ってしまわぬように。まるで子供の棒倒し砂遊びのようにじわじわと俺を追い詰めていく。
(だが、これでナボールは逃げられる…ざまあみろ虫野郎)
死神が鎌首をもたげる状況にも笑みを絶やさない俺に怪虫は不満げな
『ギギギッ…ギギャァァァァ!!!』
「どうだぁ!このクソ虫!アタイのバクダンを食らいなァ!」
体の震えを、褐色の上からも分かる程の血の気の引いた表情を悟られぬように。誇り高き女王の娘は、まるで俺を庇うように不敵に笑っている。
「どうした、怖いのか?さっきまでオマエを見て震えあがってたアタイなんかにビビってるのか!何ならもう一度バクダン矢をお見舞いしてやろうかい!?」
待て、お前はさっきまで虫が怖いとか言って縮こまっていたじゃないか。なんで、そんな…そんな目で俺を見る…まるで…己の死を受け入れるような、安らかな目で…!
(やめろ…やめてくれ…)
地に這いつくばる息も絶え絶えな俺を横目に、玩具を見つけたかのように。
醜悪。劣悪。露悪。俗悪。害悪。──邪悪。
(何なんだ…コイツは…!)
通常の生物では考えつかないほどの悪意。いや、砂漠に棲まう魔物ですらここまでの悪意は宿さない。これではまるで…‘‘
『ギギギギッ』
その背に俺は──
『ギャアァァァァ!!!』
──白く染まった背の甲殻に深々と矢が刺さり悲鳴を上げる。
確かに背部に弱点である
「虫如きが。
俺の持つ弓は大きさこそ子供(それでも
『ギッ!ギギャッ!ギギャアッ!!』
一射。また一射と強射の一撃が放たれ、その背に突き刺さる。
「弱点の攻撃を受けると白くなる、のではない。その白く脆い姿こそが
日の光から逃げ隠れ生きることで光への耐性を失った生白い姿。何故か今は
『ぎぎぎぎぎぎぎ!!』
あれはまずい。本能で
『ぎ?』
だがそこには惰弱など存在せず。‘‘
「本当は、
ナボールは独白する。己に言い聞かせるように、あるいは何かに宣誓するように。
「お母さまが聞かせてくれたよ。ギブドはかつての仲間が襲ってくるんじゃない、地上で迷う魂を閉じ込めてるだけだって…だからアタイ達がギブドをやっつけて解放してやるんだって」
弓を引き絞るナボールの眼にもはや怯えはない。ただ、眼前の
『ぎぃっ・・・ぎいいいいいい!!』
虫はとうとう怯えを隠すことなく全力で羽を羽ばたかせる。あの
「これじゃ、狙いが定まらない…!」
その時、ナボールは己の
ナボールの頭に過去の記憶がよみがえる。
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『わぁ…これすごいよ!動かしてもおんなじ方を向いてるよ!』
『それはね、オババ様の作った‘‘魔法のコンパス‘‘だよ。これがあれば砂嵐の中でも迷わないんだって』
『それってすごい!?』
『すごいわよ?これはね、方角だけじゃなくて持ち主が行きたい場所もさしてくれるのよ?』
『じゃあアタイとおかあさまが持ってればずっと一緒だね!』
『アハハ、そうならいいんだけどね…コンパス同士を近づけると
ちゃうのよ』
『ええー!じゃあ役に立たないじゃないか!』
『だからアタシが持っておくのよ。アンタがどこにいても探し出せるようにね?』
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「なんだ…そこにいたんだね、お母さま…」
ナボールの眼には砂塵の中を飛ぶ巨大虫、その胸から漏れるひび割れのような光が見えている。その先にある”魔法のコンパス”が括り付けられたゲルドの槍さえも…!
(お母さまはあの日、コイツに会って戦ったんだ…後に続く戦士のために、逆転の一手を残していたんだ!)
「お母さまの魂…返してもらうよ!!!」
ナボールは亡き母と同じようにコンパスを矢に括り、放つ。引き合うコンパスは追尾弾となり矢の重さをものともせず標的の
そして──
『ギッ…ギャアアアアアアアアア!!!!』
叫ぶ。裂ける。避けられぬ矢は体の内からその邪悪を焼き払い、浅ましき
「やったな」
「ああ…アタイ、やったよ…お母さまの仇を討ったよ…ガノン…」
崩れ落ちるようにして倒れる
‘‘あまりいいところなかったな…‘‘と思いつつも腕の中の少女の勇気を称えるように抱えなおす。
「アンタも、なかなかイイ戦いっぷりだったじゃないか。…ま、アタイには劣るけどねっ」
「ああ、そうだな……っ!」
おどけるように健闘を称えるナボールに笑みを浮かべるも、
クィンギブドの死骸がまるで糸に吊り下げられたように宙へ浮き…真の邪悪が覚醒する。
『gigigigigigggggggggggggggggg!!!!!!』
身体を振るって擦り鳴らし、もはや虫の鳴き声ですらない怪音を奏でる。直後、足をだらりと垂らし滑るようにこちらへ急接近し俺の腕からナボールを連れ去る。
「ナボール!」
「ガノン!」
引き離され、お互いの名を叫ぶ。ナボールを抱える
(魔石!?ダンジョンの無い
ツインローバから教えられた知識の中から最も近い存在を引き出すが、むしろ理解が追い付かなくなる。
俺の疑問に答える者も無く、
「させるか!」
即座に矢を番えて放とうとする。
『gigigg…キイィヤァァアァァアァァアァァ!!!!』
死骸を生体の如く操り、
(今更魔力を封じたところで…!?)
硬直。俺の体はまるで
(何故だ!?今まであの奇声にそんな効果はなかったはず!)
その瞬間に俺は初めに奇声を聞いた時の記憶がフラッシュバックする。
‘‘
(こいつはおそらく、死んでいる。死んでいて、外から与えられていた
加工の痕跡の見て取れる
「──!」
否。そんな事は断じて認めない。たとえ与えられた
「──っ!」
力を全身に込める。弓を握る腕の皮が裂け、矢を番える指から血潮が流れ落ち、矢羽根を掴む指の骨が砕け、それでも力を籠め続ける。
俺は力を求める──。総てを
「──ぉおおおおおおおおおおッ!!」
奇声に縛られる全身と全霊が引き千切れるほどに力を振り絞り、弓矢を引く。
『ggggggggggg!!』
そんな俺をあざ笑うかのように
(その程度で、あきらめると思ったか!)
俺は更に身を捩ろうとする。狙いを外すためではなく、矢を
(動けええええええええッ!)
指が──離れる。
(あ…)
矢を曲げるに至る速度と構えに至る前に、体が限界を迎える。
意思はまだ折れてはいないのに──
──世界の動きが極限までに緩慢になる。魔力を使わねば至れぬはずの極限の世界。既にナボールの命を取りこぼした瞬間に極めるなど…
すべてがスローに見える視界で──不意に、俺の頬を冷気が撫でる。それは、まるで俺の体と魂を慰撫するように吹き抜ける。俺の体から
全てが緩慢な世界でそれはオアシスに吹くさわやかな風のように、するりと、なんてことの無いように俺の魔力を操り今まさに放たれようとしている矢先へと収束し渦を巻く。
俺の魔力を操った
「『【
世界の速度が引き戻される。氷の魔力を纏った矢は既に放たれており、盾として翳された
『gigi!?…ggggg、GIッ!?』
魔力を纏う矢を見て一瞬の動揺を見せた
『──』
もはや羽どころか爪の一本すら動かせないほどに全身が凍てついた
──霜すらも降りていない様子の少女を助け出す