魔王が勇者に倒されたくないのは間違っているだろうか   作:黄巻紙

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第7話・女神邂逅<後章>

赤と白、二人の忍びを連れて夜の闇を駆ける。

 

 シークが部屋を訪れた後、マロンとパインの救出とイーガ団の長・コーガ様の説得のためイーガ団アジトへと向かっていた。

 

 アジトの近くまでは馬に乗り、途中からは目立たない様に馬から降りて進む事で警備の目を逃れてアジトへ侵入する手筈だ。

 

 

 

「うっぷ…ガノン君、もう少し優しく運んでよ…」

 

「我慢しろ。着いてきたいと行ったのはエポナだろう」

 

 

 

 …最も、馬の女神は着いて来ているが。アジト侵入の段取りを決めている時にエポナが目覚め、「潜入依頼…それもまた旅だね!」と宣って着いていきたいと駄々を捏ねたため連れてきた。

 

 一応、相手が『恩恵(ファルナ)』を持っている可能性があったためシークが保険として連れていった方が良いと進言したためだ。

 

 

 

 イーガ団のアジトは切り立った崖の入り組んだ地形に隠れるように存在していた。

 

 入り口も崖の岩肌を回転扉に改造しており、そこにあると言われなければ発見することは難しいだろう。

 

 

 

 アジトに侵入した俺たちは巡回警備の目を掻い潜りながらアジトの奥へ進んで行く。見つからないように進む仕掛けは『ゼル伝』でもよくある事だ。妙に手慣れている俺を見てイーガ団の男が「何でその顔で俺より潜入上手いんだよ」とボヤいていた。

 

 アジトの中には見張りのための櫓や、統一された規格の武器が並ぶ小部屋などがあり、組織としての地力の高さが垣間見える。

 

 

 

 俺の所に来た団員がポンコツだっただけで、組織としてはかなりの技術力を持つのではないか?アジトを進むに連れて俺たちの緊迫感が強まっていくのを感じる。

 

 これだけの施設や組織力を持ち、団員に慕われるカリスマ性があり神にすら目を付けられるイーガ団の長・コーガ…『シーカー族』に似た紋章を団の紋章としている当たり、只者ではない筈だ。

 

 

 

 それほどの人物が何故女を攫うような真似をするのか…

 

 俺の疑問についてエポナはこう言っていた。

 

「地上では神の力は封じられる。でも、抜け道が無いわけでは無いよ」

 

「神の持つ性質や技術は下界でも失われない。神の権能を使わなくても、地上の人間にとっては神業に等しいからね」

 

「テウタテスは戦争や民族を司る神だ。人間の気持ちを奮い立たせ、戦いに駆り立てる術はいくらでも持ってるだろうね」

 

 

 

 「全く、あの戦争(サバゲー)マニアめ…!」と憤慨するエポナ。どうやら知っている神らしい。

 

 エポナを連れてきたのは神の手口に詳しいだろうという可能性の面もある。不確定要素ほど怖い物は無いからな…マロンが巻き込まれている以上は万全を期して行きたかった。

 

 

 

 警備が厳重な部屋を見つける。そこは巡回ではなく時間による交代制のためか警備が動くことが無い。

 

「ガノンさん!俺、巡回担当だった時に攫われた女をこっそり見にいったんスけど、あの部屋に連れ込まれるのを見ましたよ。中までは見れなかったけど…」

 

「何やってるんだお前…いや助かるが」

 

 

 

 持ち場を離れてまで女を見に行った団員に呆れた目を向けつつ、巡回する団員が十分離れたのを確認した後に部屋の前に立つ二人の門番へと駆け出す。

 

 

 

「貴様、イーガ団では無いな!曲も、おぐっ」

 

「なっ一撃で仕留めただと!?応援を呼ばなければ──」

 

「それは困るな」

 

「──!いつの間に背後へ!?いやその装束、まさか『シーカー』…うっ」

 

 

 

 俺が片方の門番を騒ぐ前に拳で沈め、それと同様にシークがもう片方の門番の背後へ周り首を締めて意識を落とす。

 

 その際に門番がシークの装束の袖を見て『シーカー』と呼んでいたのが聞こえる。やはり、この世界にも『シーカー族』が存在しているらしい。

 

 

 

「鍵を見つけた。中の子達を解放しよう」

 

「すまない、シーク。では、扉を開けるぞ」

 

 

 

 扉を開けた先には鉄格子で区切られた牢屋があり、その中に複数の女性達が座り込んでいる。

 

 牢屋を見渡すと、その中に見知った栗色の髪を見つける。

 

 

 

「マロン、無事か」

 

「!あなた、ガノン!?どうやってここに?」

 

「イーガ団の団員に場所を吐かせた。シークもいるぞ」

 

「シーク様もいるの!まるで白馬の王子様…ってそれどころじゃ無いの!」

 

 

 

 シークがいると知り頬を赤らめるマロンだが、すぐに気を取り直して焦った様子で格子を掴み声を荒げる。

 

 

 

「パインがコーガ?とかいう男に連れてかれたの!最初は他の人を励ましたりしてたんだけど、コーガが来てすぐに連れてかれちゃって…」

 

「コーガは何か言っていたか?」

 

「よく分からない事を捲し立てて余り聞き取れなかったけど、『この子を俺様の妃としてコーガ王国を作る!』とか言ってた」

 

「コーガ…王国…?」

 

 

 

 急に飛び出して来たギャグみたいなパワーワードに面を食らう。もしかしてあの団員が特別アレなのではなく、組織全体がこういうノリなのか…?分からん…

 

 

 

 組織の規模や脅威とのギャップを感じていると、俺に着いてきたイーガ団員がアジトの見取り図を持ってくる。

 

 

 

「シーク、女性達を外まで連れて行けるか?パインは心配だろうが、イーガ団やエポナが先導するよりはマロンと顔見知りのお前がいる方が安心するだろう」

 

「いや、短い時間だが君の実力は信頼に値する。彼女達を送った後は直ぐに向かうと約束しよう」

 

「ああ、頼む…まあ、戻る頃には解決してるかもしれんが」

 

「それならその方がいいさ」

 

 

 

 パインと関係が深いであろうシークに女性達の先導の方を任せるのは気が引けるが、シークは二つ返事で了承する。

 

 なんかやけに信頼されている様な気もするが…

 

 緊張をほぐす為に軽口を言うと、シークも薄く笑みを浮かべながら返してくる。

 

 これには俺を見て怯えていた女性達もうっとりと見惚れている。…別に気にして無いけどね?だからイーガ団の男よ、「俺はガノンさんの方が男らしくてカッコいいと思いますぜ!」とか励ますんじゃない。気にしてないからな!!

 

 

 

 シーク達と別れ一人で先に進み、『コーガ様の部屋』と書かれた部屋に辿り着き潜入する。

 

 部屋の中心には、鎖に繋がれた座敷牢が鎮座しておりその中に銀髪の狐人、パインが囚われていた。

 

 

 

「無事か、パイン─」

 

「ガノン様!?駄目です、来てはなりません!」

 

 

 

 近づく俺を見たパインが警告するが既に遅く、牢に繋がれた鎖がジャラジャラと音を立てて巻き上げられていき上階へと座敷牢が運ばれていく。

 

 部屋の天井から伸びるラッパのような見た目の管から尊大な態度の男の声が聞こえてくる。

 

 

 

「ふっふっふ、よく来たな賊め…俺様の部下をやり過ごしてきた事、褒めて遣わす」

 

「直接姿を現さないとはな…度量が知れるぞ」

 

「ふん、賊の前にのこのこ現れる長などいるものか。挑発しても無駄だぞ!さあ、部屋の奥に向かうがいい!」

 

 

 

 その言葉と共に部屋の奥の壁が回転して外への道が開く。相手のボスに気付かれた事に冷や汗を流しつつ、毅然とした態度を崩す事なく外に出る。

 

 気圧されるなどあってはならない。リンクならこの程度切り抜けられる、ならば俺が出来ない事は無い!

 

 扉を出たその先には、円柱型に切り抜かれた巨大な広場が広がっていた。

 

 天井は無く崖の上まで開けており、まるで大穴のようだ。切り立った壁の上部にはテラスや観客席の様な物まで作られている。

 

 これはまるで──

 

 

 

「ようこそ、俺の闘技場へ」

 

 

 

 声がする方を見ると、テラスの一つからこちらを見下ろす二人の男がいる。

 

 片方は緑の民族衣装に身を包んだ金髪の男で、眉の凛々しいその男は非常に整った容姿をしている。おそらく、コイツがコーガに取り入ったというテウタテス神だろう。

 

 そしてもう片方の男は、隣の眉目秀麗な神より背が低く腹が出ている中年男性のような体型をしている。その格好はイーガ団の物と同じく紋章の入った仮面に赤い装束だが、丁髷が長く立派であったり、仮面に三対の角を生やしていたり、極め付けにこれまた立派な襟巻きをつけており派手な印象を与えてくる。

 

 

 

 イーガ団のボスと思わしき派手な男は鎖に繋がれたパインを侍らせ、テラスの縁に立ってふんぞり帰っている。

 

 

 

「お前に俺様のイカした名を教えてやろう」

 

 

 

「イーガ団の…総長…」「強く!たくましい男!」

 

 

 

「そして『神の恩恵(ファルナ)』と美しき乙女をも手に入れた…それがこの俺っ!」

 

 

 

「コーガ様だ!覚悟しな!!」

 

 

 

 喋る度に一々ポーズを決めながら喋るコーガという男がテラスから飛び降りる。何十M(メドル)はあろうかという距離に一切の恐怖を抱く事なく落下していくコーガに、俺は二振りの曲刀を抜き放ち構える。

 

 

 

「あれ、思ったよりも長──ふい゛っぢ!!」

 

 

 

 そして地面に着地した痛みで叫ぶコーガ。一瞬、場の空気が白ける。まさかこの男、テラスの高さを考慮せず飛び降りたのか…?

 

 

 

「うおお…これは、骨が…折、れ、て、いない!!流石は『神の恩恵(ファルナ)』!俺様の想定通りだ!」

 

 

 

 本当か…?調子のいい事を喋るコーガに疑念を抱く。もしや担ぎ上げられたタイプでそんなに強くないんじゃ…

 

 俺の思考が横に逸れ──コーガが急接近した事に遅れて気付く。

 

「隙ありィ!」「ぐうっ!」

 

 

 

 凄まじい勢いで振るわれるコーガの拳を曲刀で受け流し、返す刀で切り付ける。コーガはその体型に見合わぬ機敏な動きでクルクルと回転し斬撃を回避して背後を取る。

 

 

 

「背後がガラ空きだぜ!」「くっ!」

 

 

 

 再度振るわれる拳を最小限の動きで躱し曲刀で切り付けるが、赤い装束を切るだけに留まりコーガにはダメージを与えられない。『恩恵』を持つ人間はこんなにも硬いのか!?

 

 

 

「「うおおおおおぉぉぉ!!」」

 

 

 

 コーガから振るわれる拳の乱打。まるで嵐のようなそれは拳を打つ度に風を巻き起こし土埃を上げる。

 

 俺は拳嵐を見切るのが精一杯になり、拳を受け流すばかりで攻勢に出られない。

 

 

 

「はーっ、はーっ…」「はぁ、はぁ…」

 

 

 

 お互いに荒い息を吐く。これが、『恩恵』を授かった人間の強さ…!成り立てであればまだ対抗出来ると高を括っていたが、楽観視に過ぎなかったか…!

 

 

 

(コイツ…強い!)

 

 

 

「…ほいっとな!」「跳んだ!?」

 

 

 

 コーガは空中に浮かび、腕をうねうねと動かすと壁に空いた窓から鉄球を引き寄せて宙に浮かべる。

 

 

 

「中々やるな…いやホント強…ゲフンゲフン!お前はこの俺様の忍術で華麗に倒してやろう!」

 

 

 

 そう宣言するコーガが腕を振るうと、宙に浮いた鉄球がこちらへ飛んでくるが…

 

 

 

「遅い!」「何い〜っ!避けただと!」

 

 

 

 その速度は先のコーガと比べれば雲泥の差に等しく、意図も容易く回避する。何で態々距離を取ってこんな技を使った…?

 

 

 

「おーいコーガ!もしかしてビビってるぅ〜?相手は『恩恵』もないんだぜ!そんな曲芸じゃなくてさ、殴っちまえば勝てるって!」

 

「うるさい!それと俺様の事はコーガ様と呼べと言っ─『恩恵』無しだと?」

 

 

 

 敵の前で言い争いをするコーガとその主神のテウタテス。取り入ったという割には仲は良くないのか?

 

 

 

 戦闘の空気から少し逸れた事を感じ取り、コーガに問いかける。

 

 

 

「コーガ、お前は何故女を攫うような事をした?以前のお前は食い出に困った農民に手を差し伸べるなどをしていたと聞く」

 

「王家に見捨てられた者の楽園を築くのでは無かったのか?」

 

 

 

「楽園…だと?ふん、笑わせる!」

 

 

 

 俺の言葉を聞いたコーガは両手を左右に上げて鼻を鳴らす。

 

 

 

「俺様の目的は最初から王家に対する復讐だ…楽園なぞ、この俺様の頭脳を認めず追放した王家を潰すための勢力を作るための誘い文句でしかないわ!」

 

「アイツらは俺様の頭脳を活かす為の人員!手駒!」

 

「俺様が自家栽培に成功したバナナをちょっと分けてやっただけで着いてきただけの奴らよ!」

 

 

 

 コーガは空中で器用に踊りながら尊大に語る。イーガ団の技術力の高さはこの男から齎された物のようだ。イーガ団の連中は、その頭脳と功績に集まってきたのか。

 

 

 

「だが、俺様が王家に復讐を遂げる前に王家は滅ぼされた…それ以来俺様は目的を失い、畑を耕し果樹園を管理するつまらん日々を送っていた」

 

「だが、俺様はテウタテスの言葉で気付いたのだ!王家が無くなったのなら、俺様が王になればいいと!」

 

「そう、コーガ様王国の創立!そして俺様がハイラルを支配するのだ!」

 

 

 

 成程。王家への復讐を行う前に王家が滅んだ事で燃え尽き症候群に陥ったコーガに、テウタテスが国の乗っ取りを吹き込んで野心が再燃したという事か。だが─

 

 

 

「それでなぜ女を攫う事になる?」

 

 この男のナルシスト具合は痛いほどに伝わってくる。王国を作るとしても嫁を欲する性格とは思えないが…

 

 

 

「そもそも俺様はそんな事頼んでも無いわ!俺様がコーガ様王国を作ると言ったら団員の奴らが王妃役を立候補してきて面倒だったから『ハイラル一の美女でもなきゃ認めん!』と追い返したら攫ってきただけだ!」

 

 

 

「は?」

 

 

 

 意外な真実に驚きを隠せない。ボスが命じたのではなく一部の団員が暴走した末の暴挙らしい。盗みもやっている事から元からクリーンな組織では無さそうだが…そして何より──

 

(モテるのか、このなりで)

 

 

 

 少なくない敗北感を感じる。モテたいとは思わないが、最近怖がられてばかりなので精神的ダメージが大きい。

 

 だが得たのはダメージだけではない。会話で時間を稼いだ事で空中浮遊のカラクリは見破った。

 

 目に見えにくい細さの鋼線。コーガはそれを操り空中に浮遊し鉄球を操っている!

 

 

 

 奴の主神が曲芸と言うのも頷ける器用さだが、タネが分かれば恐ろしくはない。

 

 

 

「ふんっお前の魂胆は読めているぞ。時間稼ぎをしようったってそうはいかねえ!この超巨大鉄球を喰らえ!」

 

 

 

「時間稼ぎはもう済んだ…これで終わりだ」

 

 

 

「強がるなよ、そんなチンケな弓でこの特製超巨大鉄球は止められな─のわぁ!?鋼線が衝撃で揺れっ…ちょっ、にょっ、のわっ─」

 

 

 

 コーガの頭上に巨大鉄球が浮いた所で鉄球に矢を撃ち込むと、矢の着弾した衝撃が鋼線に伝わりコーガの足元が揺れる。そのまま矢を撃ち込み続けると、揺れに耐えきれなくなったコーガが地面に墜落する。

 

 

 

「くっそー!鉄球の術を破った程度で調子に乗るなよー!まだ俺様には隠された忍法が─」

 

 

 

「忍法は結構だが…頭上注意だ」

 

 

 

「ん?頭の上…どわーっ!?鉄球が落ちてくるー!」

 

 

 

 ズシンと音を立てて自分で呼び出した巨大鉄球に押しつぶされるコーガ。頭だけが鉄球からはみ出るコーガの元に向かい、その首に刃を突きつける。

 

 

 

「お、お前!俺様が動けないのをいい事に…卑怯だぞ!」

 

 

 

「作戦勝ちと言って欲しいがな…選べ。このまま首を落とされるか、心を入れ替えて罪を償うか…慈悲を与えているのはお前の部下の嘆願だ。感謝するといい」

 

 

 

「な、何…?アイツら、俺の事を…ぐ、ぐぬぬ…分かった!お前が俺様に勝利したのは事実!イーガ団を一旦引き上げさせ──」

 

 

 

「おいおい、つまらない選択をするなよ?コーガ…それは無しだろ

 

 

 

「──ひいっ」

 

 

 

 テラスにいるテウタテス神から落とされた言葉が、その場にいる全ての存在を圧倒する。先程までの観客じみた野次を飛ばしていた姿からは想像出来ない程の、戦争を司る神としての一面。

 

 下界の人間ならば頭を垂れざるを得ない、超越存在(デウスデア)の威圧。否、威圧ですらなく…ただ"つまらない"と感情を吐露しただけで、人間の側が畏れを抱き震えているのだ。

 

 

 

「これでも君には期待してるんだぜ?いい感じに戦争が起こりそうな国だと思って来たのに、こんなつまらない()()()()()を見せられた矢先に見つけた、新興勢力の長!」

 

 

 

 テウタテスはつまらなさそうに王家が滅んだ戦争を「ごっこ」と扱き下ろした後、興奮したように両手を広げる。

 

 

 

「このつまらなくなったハイラルで最も勢いとカリスマと野心に満ちた人間!君なら心踊る戦争をハイラルに齎せる!君の、君だけの王国だって作れるだろう!」

 

「だから、君には退場して貰おうか──やれ、スッパ」

 

 

 

御意(ぎょい)

 

 

 

 神の主命が下される。

 

 その瞬間、凄まじい悪寒が俺を襲う。瞬時に曲刀で防御の構えを取る。甲高い金属音が鳴り、猛獣に突進されたかのような衝撃が両腕と全身を襲い掛かり5Mは吹き飛ばされ地面に転がる。

 

 吹っ飛んだ勢いで地面にに擦りつけられながらも受け身を取り起き上がるが、赤い装束に2本角の仮面をつけた大男が俺の目の前で二刀の刀を振り被る。

 

 

 

「ぉおおおお!!」

 

 

 

 振るわれる刀に合わせようと曲刀を振るう。受け流せる太刀筋であったにも関わらず、圧倒的な速度差によって俺の腕ごと曲刀を弾かれる。

 

 スッパと呼ばれた大男はもう一振りの刀を振ることなく鞘に収め、その筋骨隆々の肉体から放たれる蹴りによって俺は再度吹き飛ばされ無様に転がる。

 

 

 

「がっ、あああ!!」

 

 

 

 胴体に入った蹴りによって肺の空気が全て押し出される。地面を転がる痛みと自分の骨が軋む音を感じながら、相手との隔絶した身体能力の差を理解させられる。

 

 相手が殺す気であれば、今殺されていた…!

 

 

 

「【ステイタス】を持たぬ身でありながらレベル1のコーガ様に武術で勝利し、レベル2である某の攻撃を防ぐとは」

 

「敵ながら天晴れでござる」

 

 

 

「ごほっ…よく言う、お前が殺す気なら殺せたろうに」

 

 

 

 格上でありながら油断なく構えるスッパに悪態を吐く。クィンギブド以来の強敵。いや、あの時よりも成長した身体でも太刀打ち出来ないこの男はそれ以上の強さに感じる。

 

 攻撃も防御も回避も通じない、武人としての脅威に純然たる身体能力の差が加わるとこうも恐ろしいものなのか。

 

 

 

「あまり卑下なさるな。先の攻防、速さで追いつけぬと判断した瞬間に魔力を練っていたでござろう。それ故蹴り飛ばしたでござる。魔法が使えるのであればレベル差を覆される可能性があるでござるからな」

 

 

 

「レベル2が…”恩恵なし”にいう台詞じゃあ、無いな…」

 

 

 

「武人としてお主の武には魅せられる物があったという事でござる」

 

「故に──」

 

 

 

 スッパが言葉を切り、居合の構えをとる。

 

 

 

「──加減なく。ここから仕留めさせて頂く」

 

 

 

 まさか、イーガ団の言っていた「飛ぶ斬撃」か?あの速度で放たれれば回避は不能。ならば…

 

 地面に着いた手から魔力を爆発させて土煙を起こす。

 

 

 

「むっ…目眩しでござるか。それで逃げようとも流れることは出来ないでござる──」

 

 

 

「誰が逃げると?」

 

 

 

「──っ魔力が、高まって…まさか、自爆のつもりでござるか!」

 

 

 

 少しでも時間を稼ぐ。まだ、こちらに逆転の目は残されている。俺はまだ死んでいない、ならば戦える!

 

 

 

「悪足掻きを…その程度で勝利をくれてやる程、甘くは無いでござる!」

 

 

 

「なら、ボクの相手もして貰おう」

 

 

 

「──ぬっ!新手、いや、炎だと!?」

 

 

 

 可能な限りの魔力をスッパに向けて放出し、魔力の爆発を起こそうとする。スッパは爆発の予兆を感じ取り、距離を取ろうとするが─空中に躍り出るように飛び込んできた白の忍び装束のハーフエルフ、シークが現れる。

 

 新手の登場にスッパは白の忍に目を向け、彼の構える弓に宿る炎の魔力に驚愕を露わにする。

 

 スッパの驚愕を意に返す事なくシークは詠唱を完成させる。

 

 

 

「【炎の矢】!」

 

 

 

「ぐっ…何のこれしき!」

 

 

 

「気をつけるといい。その炎は延焼する」

 

 

 

「何を──ぐおおお!?」

 

 

 

 スッパが炎の魔力の宿る矢を切り捨てるが、解放された魔力によって引き起こされた炎はスッパを呑み込み、俺の放った魔力にも燃え移り激しく燃焼する。

 

 レベル2故か炎そのものには焼かれども対抗出来ているが、その周りの空気を焼かれては呼吸が出来なくなる。スッパはその危機を感じ、焦りを見せている。

 

 

 

「ガノン君!遅くなってごめんね!」

 

 

 

「エポナか!済まない、頼みがある!」

 

 

 

「水臭いな、言わずとも分かるさ──旅P(ポイント)を使う時が来たようだね!」

 

 

 

 旅人の女神は後ろに纏めた茶髪を尾の様に揺らしながら、俺の元に駆けつける。

 

 俺は、この期に及んで選り好みをしていた自分を恥じる。クィンギブドとの戦いで、守るべき人を失いかけたというのに…自分の意地で『神の恩恵(ファルナ)』を授かる事なく【ファミリア】へと戦いを挑み、そしてまた助けられている。

 

 

 

「今からガノン君に『恩恵(ファルナ)』を刻む!シーク君、時間を稼いでくれ!」

 

 

 

「分かった。だが長くは持たない、手短に頼む」

 

 

 

「オッケー!」

 

 

 

「そうはさせないでござる」

 

 

 

 炎を切り払い、二刀を構える赤衣の大男が此方へと歩む。その姿に火傷は無く、戦意を漲らせている。

 

 

 

「舐められた物でござるな…魔法が使えた事も驚きでござるが、受けた感覚で分かる。…恩恵を刻んでいないとはな」

 

 

 

「時間がなかった。ボクでは不足か?」

 

 

 

「ガノン殿が時間を稼いだのは恩恵持ちを増やすためと思っていたでござるが…目の前で刻む事を許すとでも?」

 

 

 

「確かにボク一人では君を足止めする事は難しいだろうね」

 

 

 

「ならばその首、ここで落とすといい─」

 

 

 

 仲間の献身で作り出した隙を不意にした事への怒りか、または恩恵を持たずとも足止めを出来ると侮られた事への怒りか。スッパの言葉の端々から抑揚が失われていく。

 

 スッパから放たれる剣閃がシークの首を落とす、そう思われたその瞬間─

 

 

 

「一人だけならな」

 

 

 

「─ぬうっ!?」

 

 

 

 ──スッパの頭上から銀色に煌めく大刀の剣戟が襲いかかる。新たなる闖入者はその着物に着いた砂を払いながら、身の丈程の刃渡りを持つ片刃の大刀を肩に担ぎスッパを睨む。

 

 

 

「まさか、伏兵は既に潜んでいたとは──同じくでござったか、パイン殿」

 

 

 

「その名で呼ぶな。それはかつて王に付けられた幼名に過ぎん…我が真名はインパ。ハイラル王家に仕える『忍び潜む者(シーカー)』にして、ハイラル王ダフネス様の遺志を継ぐ者だ」

 

 

 

「インパ…たしか『シーカー』の長となる者が継ぐ名であると、コーガ様から聞いた事がある。お主が今代の『インパ』という事でござるか」

 

 

 

「その通り…だっ!」

 

 

 

 銀髪の狐人(ルナール)─インパは着物を脱ぎ捨て、スッパに向けて投げつける。その一瞬でシークの物と似た白の忍び装束に早着替えし、大刀をごう、と音を立てて振るう。

 

 スッパは刀で大刀を防ぐ。レベル差故に押される事は無いが、その勢いの強さに息を巻く。

 

 

 

魔法種族(マジックユーザー)の狐人でありながら見事な太刀筋でござる。あるいは、その身体能力が妖術の賜物でござるか?」

 

 

 

「さあ、どっちだろうな?…シーク!」

 

 

 

「【炎の矢】!」

 

 

 

「っいつの間に詠唱を…むうっ!」

 

 

 

 再び炎に巻かれるスッパ。二人の息のあった連携で翻弄するが傷を与えるには至らない。

 

 上級冒険者(レベル2)に立ち向かえるのはやはり、恩恵を宿した者のみ。

 

 二人は赤髪の優しき心を隠し持つ戦士を待つ。ハイラル王家の姫が見た最後の『予知夢』、それに現れたハイラルを救う者。

 

 『砂漠から来た黒衣の男』こそが、彼なのだと信じていた。

 

 

G

 

 

 

「よし、ガノン君。今から恩恵を刻むから、服を脱いで背中を出してくれ」

 

 

 

「服を脱がなきゃならないのか?いや、疑問に思っている場合ではないか」

 

 

 

 男神が女性に刻む場合はどうするんだろうと一瞬過ったが、直ぐに気を取り直して上の服の留め具を外して背中を露出する。

 

 若くも170C台に乗った身長の大きな男の背中にエポナがやや興奮仕掛けるが、奮戦する二人の忍びを見て恩恵を刻む作業に戻る。

 

 

 

 エポナが己の指をナイフで切り、指先に『神血(イコル)』が溜まる。その瞬間にガノンの纏う雰囲気がざわりと変質するのをエポナは感じ取る。

 

 

 

(いや、違う。…ガノン君の中に『何か』が居るんだ)

 

 

 

 これが分水嶺だと、旅人の神としての直感が訴えかける。今ならば目の前の少年は神時代の歴史に名を残す事なく、時代に埋もれて消えていくだろう。

 

 だが、恩恵を刻んだ少年はおそらく下界の『未知』を開花させて瞬く間に階位を駆け上がり歴史に名を残すだろう。

 

 世界を救った英雄か、あるいは──世界を滅ぼす魔王か。

 

 

 

(そんなの、決まっている)

 

 

 

 女神は、躊躇う事なくガノンの背中に手を這わせる。

 

 神血が背に触れた瞬間、エポナが刻むよりも早くガノンの肌が神血(イコル)を吸い取り恩恵をその背に発現していく。

 

 

 

「くっ…血が、持ってかれるなんて!」

 

 

 

 ガノンは己の意識の中に埋没していた。己の内から、恐ろしい声が響く。

 

 

 

『力が、欲しいか?』

 

 頭の中から、雷の様な声が轟く。

 

 

 

『◼️◼️ガ、◼️シイ!』

 

 地の底から、大地を揺るがす様な声が響く。

 

 

 

『力が、欲しい!』

 

 腹の底から、俺の声が激情と共に噴き上がる。

 

 

 

 俺は今まで何をしていた?魔王の姿と名を持つ身体に転生し、王として教育される。末路への恐れはあれど、それに充実を覚えない訳では無かった。このまま育ち、ゲルドの王となるのだと疑いもしなかった。

 

 だけど、俺の知らない内に国を襲う災害があった。俺が王となるべく邁進する傍で、泣いている女の子がいた。

 

 俺は王に相応しくあろうとしていた。していたつもりでしか無かった。俺は何処まで行っても箱入りで、何も知らぬように、傷付かぬように、大事に育てられていた。

 

 

 屈辱だった。そしてなんという傲慢だろうか!

 

 けして折れない様に育てられていた事に気付けなかった事への屈辱、その事に気付けなかった癖に王を気取っていた自分の傲慢さへの怒り。

 

 

 

 だから冒険に出た。ゲルドを飛び出して、災害の原因を取り除いて見せると息巻いて。そして俺は──守ろうとした女の子に、守られた。

 

 

 

 屈辱を感じた。己の力で覆せない重い現実に対する屈辱。

 

 怒りが煮え滾る。力が及ばない己の不足に対する怒り。

 

 力が、全てを覆す力が、己を天上へと押し上げる力が欲しい!

 己の中に渦巻く渇望が一つに重なる。

 

『寄越せ、神の恩恵(ちから)を!』

 

『◾️シイ、◾️◾️ガ◾️シイ!』

 

『欲しい!全てが、俺の可能性のある限りを!超える力を寄越せ!!』

 

 

 

 神血(イコル)が流れ、刻印が刻まれていく。エポナの中から血が流れ落ちていく。意識が持つか分からない。それどころかとんでもない化け物が殻を破り産まれようとしているのかも。

 

(それは止める理由足りえない。ここで背を押さずして、何が旅人の神か!)

 

 

「ガノン君!君は、おそらく私が見てきた中でとびきりの未知だ!これから先どうなるかも分からない!でもそれでいい!何故なら今日この日こそが君の、真の旅立ちの日だからだ!」

 

「大人ぶって窮屈な殻に閉じこもるなんて君らしくない!君の可能性はもっと高く、もっと遠くへ駆け抜けられる筈さ、馬と旅人を司る女神である私が保証する!」

 

 女神は眠れる獣の背を押す。その旅路に向けて在らん限りの祈りを込めながら、血を分けた眷族(かぞく)の誕生を祝福する。

 

「さあ、旅立ちの時が来た。存分に暴れて来るといい、君はまだ眷族(こども)なんだから」

 

「ああ、行ってくる」

 

 獣のごとく猛々しき赤髪の男が立ち上がる。その背の刻印を輝かせながら、格上の武人へと挑む為に。

 

 未だ器は成らず。力を欲する男は冒険に挑む。




オラリオまでが長い…4話で辿り着かないかもしれません。
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