キノコから手を離して、慎重に一歩踏み出す。
キノコの灯りだけを頼りに鬱蒼とした森を前へ前へ進んでいく。
今、どこにいるんだろう。
立ち止まってあたりを見回しても、あるのは木々の暗がりだけだった。
とりあえず進まなくちゃ森は出られない。
またいっぽ踏み出す。
不意に目の前に明かりが灯った。
キノコの真っ赤な光に照らされて目の前に現れたのは、赤い光の中でもわかるくらいに鮮やかなピンク色のティーカップ。
「ちゃば」
周りの光を反射して星型の模様がキラリと光った。
目の前に現れたのがヤバチャというポケモンなのはわかっている。でも何かが決定的に他のヤバチャとは違った。
まるで見たことのないものを初めて見た時のような、キョトンとした不思議そうな表情をしていた。
ヤバチャはふよふよとこちらに近づいてくる。
気づけば取り憑かれたように自然と手を前に伸ばしていた。
歩きまわって火照っている右手が冷たいティーカップの胴部分に触れる。
続いて左手はハンドル部分に指を通した。
「ちゃばちゃちゃばちゃ!」
何が嬉しかったのか、ヤバチャは笑顔になって体を大きく揺すった。
チラリと見えた高台の内側には2つの丸と2つの三角が合体した奇妙なマークがついていた。
ヤバチャはティーカップの中身を見せてくる。
赤みがかった紫の液体の中に純白のミルクが渦巻いている。
ヤバチャが唇に自らの口縁を押し当ててきた。
されるがままに中の液体をひと口含む。
冷え切ったその紅茶はあまりおいしいわけではなかったが、歩きまわって喉が乾いていたこともあって、ゴクリと一飲みした。
ドクン。
鼓動が突き上げてきて全身を駆け巡った。
カップから口を離して水面を見つめ——
渦巻に、囚われた。
きらめくおもいでの ヤバチャ
がさっと音がして何者かに引き止められた。
身を包んでいたものが丈の低い木立に引っかかったようだった。
これはヤバチャを探すのに邪魔。
そう思って身に纏わり付いている物を全て取り去った。
少し肌寒くなったけれど、ヤバチャを探すのに差し支えない。
「……あ」
前を向いたときに不意に目があったそのコの体の色は、あのコと同じ。
「ちゃちゃ」
今まで何千匹と見てきた他のヤバチャとは違う、愛らしい薄ピンク。
あのコとは少し雰囲気が違うような気もするけれど……。
ヤバチャの瞳を覗くと、ヤバチャもじっと見つめ返してきた。
まるで恋人同士のように見つめあったまま、両手で優しくヤバチャを引き寄せた。
膝を軽く曲げて高台の裏を覗き込む。
あのコの特徴的なマークは付いていなかった。
「あなたは違う……」
空へ返すようにしてヤバチャを離してあげると、ヤバチャは周囲を2,3度くるくると回った。
それからヤバチャはまたじっと見つめてくる。
「ちゃばっちゃ!」
ヤバチャはハンドルになっていた手で道の先を指差した。
「……?」
「ちゃばっちゃ!」
「ついていくの?」
「ちゃっちゃ!」
ヤバチャが何を考えてるのか分からなかったが、とにかくヤバチャについていく。
少し歩くと道が開けた。
池? 湖? 泉? わからないけれど、澄んだ水辺に出た。
カラフルなキノコとネマシュの光に照らされる水面はキラキラと七変化を見せる。
そのほとりにポケモンが1匹座り込んでたたずんでいた。
「ヤレユータン?」
白頭を見下ろすと、見上げたヤレユータンと目があった。
「ゆーたた」
ヤレユータンは全てを見透かしているような遠い目で私を一瞥した。
「ばちゃ、ばちゃちゃばちゃ、やばやちゃばば」
ヤバチャがヤレユータンに何かを訴えかけた。
「ゆた、ゆーた?」
「ちゃばちゃ。ばーや」
「ゆた。やーれれ」
ヤレユータンは何かにうなずいて森の中に消えていった。
「どうしたの?」
聞いてみてもヤバチャは得意げな顔をするだけだった。
しばらくしてヤレユータンはポケモンを2匹引きつれて戻ってきた。
一方はひょろっと背の高いオーロット、もう一方はその足元をペタペタ歩いてきたペロッパフ。
「やちゃば!」
ヤバチャはにっこりと微笑みかける。
「ゆた。ゆーたたん」
ヤレユータンが手に持った葉っぱの軍配をこちらめがけて振る。
「ぱっふー!」
ペロッパフが足元まで歩いてくると、オーロットの目が真っ赤に光った。
「ろーとろ……!」
森全体がが不自然にどよめき始めた。
周囲をすべての方向から視線を感じる。
「な、なに……?」
そうつぶやいた途端、木々のツタが意思を持ったように一斉に飛びかかってきた。
なすすべもなくツタに全身を包み込まれる。
ツタはぐねぐねとしばらく体の上を動き回ってから、しゅるしゅると引き上げていった。
「ちゃば!」
すぐ正面にいたヤバチャの花笑みが目に飛び込んできた。
それから、自分がツタと綿を身にまとっていることに気づく。
綿に包まれた体はさっきよりもずっと温かくて、でもツタのおかげで動きやすさは遜色なかった。
水辺まで走っていって、水面を覗き込んで体を確認する。
一緒に覗き込んだヤバチャは朗らかに体を揺らしていた。
揺れる水面に映っているヤバチャに微笑みかける。
「ありがと」
「ちゃっちゃ!」
顔を上げてヤレユータンたちの方を見る。
「みんなも、ありがと」
ヤレユータンがうなずくと、2匹は森の奥に帰っていった。
「やちゃば〜」
ヤバチャもハンドルの手を振って、向こう岸に飛んでいった。
……またあのコを探さなくちゃ。
あのひしゃきっとした ヤバチャ