ゆめかなえし ヤバチャ   作:クロサナ

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あのころ頑張った ヤバチャ

ふわりと音もなく、しかし風を切り割くような速さで、前へ前へと進んでいく。

 

あたりは何一つ目に映らない真っ暗闇だった。

 

この先であのコに会えるのかな。

 

期待と不安がないまぜになって早まった鼓動を押さえるみたいに、ギャロップの首筋に体を押し付ける。

 

その時目の前に一筋の光芒が走った。

 

もうすぐ森の外に出られる。

 

まだあのコに会えるわけでもないのに、少し胸が高鳴った。

 

目の前の光がどんどん広がって——

 

世界の明るさに目が慣れると、そこに木はもうなかった。

 

すぐ先に赤茶色の高い高い岩壁が待ち構えている。

 

「ど、どうするの?」

 

ギャロップに聞くと、心配するなとばかりに小さく頷いた。

 

ギャロップの蹄がひときわ強い光を放ち始める。

 

ふわり、と重力を感じなくなって、体が浮き上がった。

 

ギャロップは宙をしっかり踏みしめて、森に比べて乾いた空気の中を駆け抜ける。

 

岩壁のてっぺんが少しずつ近づいてくる。

 

ギャロップは岩の角を蹴りあげて岩壁の上に立った。

 

岩壁の向こうには、たまに森に来るヒトから聞くような、だだっ広い砂漠がずっと向こうまで続いていた。

 

少し遠くの地面に、いびつで大きな円が波打ったように刻まれているのが見える。

 

この高さから見るとさざなみにしか見えないけれど、実際はちょっとした壁くらいの高さはありそうだ。

 

そんないくつもの波に囲まれた内側には丸い大きなものが連なっていて、その周りでわしゃわしゃと粒が動いていた。

 

あれは……人の住処?

 

ヤバチャはもともと人が住みつくところで生まれる。ならもしかしたら、あそこにもヤバチャがいるかもしれない。

 

ギャロップの喉元をさすって聞いてみる。

 

「ねぇギャロップ、あそこまで、いける?」

 

「ろろっぷ!」

 

ギャロップは両前足を上げて、勢い良くまた宙を駆け出す。

 

あんなに遠くに見えた人間の住処もギャロップの速さを持ってすればすぐだった。

 

しゅたっ、と小気味いい音を立てて着地する。

 

するとすぐ近くにいたおばさんが目を丸くしてこちらを見た。

 

「あら、どうしたの!?」

 

「え、えっと、ヤバチャを探したいんです」

 

「ヤバチャを? もしかしてそのギャロップに乗って遠くから?」

 

「あっちのほうの森から来ました」

 

「森! それは大変だったでしょう」

 

「いえ、このギャロップが連れてきてくれましたから」

 

「あらそうなの。まあとにかく、ここに来たのならまず鉄神様にお祈りしてきなさいな」

 

「テツガミサマ……オイノリ?」

 

「そうだよ、鉄神様は鉄を私たちに分けてくれるのさ。ちょうどここをまっすぐ進むと鉄神様の祭壇の広場があるはずだよ」

 

「テツ……と、とにかく行ってみますね。ありがとうございます」

 

「ヤバチャのことはよくわからないけど、頑張ってね」

 

「はい! ギャロップ、あっちのほうにお願い」

 

ギャロップはゆっくりと砂の地を歩き始めた。

 

周りには人の住処に見えるものがたくさん並んでいた。

 

草で作られたてっぺんの尖った形の住処や、四角い紙をたくさん積み上げているものもあった。

 

人もたくさんいていろいろなことをしていた。

 

てくてくと歩いている人、長くて鋭い何かを持っている人、こちらを好奇の目で見る人、何かを敷いた地面に食べ物なんかを並べている人。

 

そんな様子を横目に眺めながら進んでいると、少し開けた場所に出た。

 

円形の広場の中心に、大きなポケモンが鎮座している。

 

太陽光を強く反射して、てらてらと光るボディはなぜか水のようにふよふよと揺れる。

 

金に輝く頭と首はゴツゴツした六角形で、頭の中央にある目がコロコロと動く。

 

手と肩にも頭と同じような形のものが付いていて、固そうな光を鈍く放っていた。

 

ギャロップから降りて、そのポケモンの正面に立つ。

 

「あなたが、テツガミサマ?」

 

話しかけると言うよりはつぶやいただけだったけれど、六角形の中央の目が確かにこちらを向いた。

 

テツガミサマは不思議な声で鳴いた。肯定なのか否定なのかはわからない。

 

テツガミサマの目の前にはたくさんの木の実やよくわからない硬そうなものがたくさん積まれている。

 

その横には平たい木の破片に絵が書かれていた。

 

さっき歩いていた人が持っていた鋭くて長いものとテツガミサマが描かれていて、その2つの間には2本の矢が丸く描かれていた。

 

絵の意味も、目の周りに描かれていた記号もよくわからなかったけれど、とりあえず目の前の山の端っこに持っていたオレンのみを1つ置いた。

 

オイノリってこれでいいのかな。

 

テツガミサマに微笑みかけて、またギャロップに乗ろうとすると前方から声をかけられた。

 

「おーい、そこのギャロップの人!」

 

「は、はい」

 

「あんたが最初に会ったあのおばさんから聞いたんだ。ヤバチャを探してるんだって?」

 

「そうです!」

 

「知り合いにティーカップを作っている人がいるんだ。ついてきなよ」

 

「本当ですか! ありがとうございます!」

 

改めてギャロップに乗って、話しかけてくれた青年についていくようにギャロップにお願いする。

 

道すがら青年はそのティーカップについて色々と教えてくれた。

 

紹介してくれるのは代々ティーカップを作り続ける腕利きの職人だと言うこと。

 

その職人が作るティーカップは冷却効果のある木の実であるチーゴのみを使って色がつけられていて、見た目も涼やかな水色のカップであること。

 

そんなティーカップは村のほぼ全ての人が使うだけでなく、行商人も大量に買っていて各地で売られていること。

 

ヤバチャについてはその青年もあまり知らないけれど、何回かその職人の家でヤバチャを見たことがあること。

 

そんなことを聞くうちに職人の家に着いた。

 

「おーい、クラックいるかー?」

 

職人の住処に入ると青年は誰かを呼んだ。

 

「いらっしゃいませー……なんだお前か。どうした?」

 

住処の奥からまた青年が姿を現した。

 

案内してくれた青年と知り合いらしい。

 

「いやさ、ヤバチャを探してるって言う旅人がいたから連れてきたんだよ。知ってることあったら教えてやりなよ」

 

「お、おう、わかった」

 

「じゃ、俺は帰るわ。詳しくないし」

 

青年はくるっと踵を返した。

 

「ありがとうございました!」

 

青年は手を振ってその場を去って行った。

 

「急に押し付けてってあいつは……それで、あなたが旅人さん? ヤバチャくらいならうちの周りにいくらでもいますよ。むしろ捕まえてってください」

 

「あ、違うんです。探しているのは普通のヤバチャじゃなくて……」

 

「普通のじゃない? そんなヤバチャがいるんですか?」

 

「はい。ピンクのティーカップのコなんです。高台の裏にこう、丸と三角の変なマークがついてて。星形の光のコなんです」

 

「ピンクのティーカップ? ってーと祭事用のやつか……?」

 

「し、知ってるんですか⁉︎」

 

「あー、少々お待ちくださいね」

 

職人さんはまた奥に行ってしまった。

 

少しして職人さんは青とピンクのティーカップを両手に持って戻ってくる。

 

「あ……そうです! この……このカップです!!」

 

「やっぱりですか。このカップは鉄神様に感謝を捧げる祭りに使うもので。こっちの青いのと違って、カシブのみで色をつけてます。カシブのみはお守りにもなってるような魔除け効果があって、そんな木の実を使って色をつけた特別なカップなんです。だから、そんなに数は作っていないはずです」

 

「そう、なんですね」

 

あの綺麗な体の色はカシブのみの色だったんだ……。

 

「あの、カップの裏を見せてもらってもいいですか?」

 

「ん? いや、何もないですよ」

 

職人さんが手に持っているカップを裏返した。

 

高台の裏をくまなく探したけど、どっちのカップにも模様が付いていなかった。

 

「あの、こういう形のマークがついたカップってありませんか?」

 

脳裏に焼きついているあの形は空に描く。

 

「形は知らないですけど、チップじい……うちの工房を作ったひいじいさんは高台にマークをつけてましたね」

 

「今はつけてないんですか?」

 

「あの模様はひいばあさんが作った模様の型を使ってつけてたらしいんですが、その型はひいじいさんの葬式の時に焼いてしまったらしくて。別に模様なんて欲しいもんでもないし、と今ではつけてないです」

 

「じゃぁあのコはその人が作ったカップに入ってるんだ……」

 

「正直そんな昔のカップの事は知らないので教えられるのはこのくらいですけど、ここからずっと東のほうに行くと森があります。ヤバチャは普段そこに住んでいると聞いたことがあります。遠くてとてもいけたもんじゃありませんが」

 

職人さんが指をさした方向は元きた方向とは反対だった。

 

「そっちにも森があるんですね」

 

「そっちにも、って言うとこの周りで他に何があるんですか?」

 

「はい、あっちの高い岩の向こうの森から来ました」

 

「え、あの崖の向こうにも森があるんですか」

 

「はい、ギャロップに乗せてきてもらったんです」

 

「ギャロップに……なら向こうの森もいけるかもしれませんね」

 

「はい、行ってみます。ありがとうございました」

 

「いえいえ、探している子見つかるといいですね」

 

1つおじぎして、職人さんの住処を出る。

 

それから入り口に立っていたギャロップがサイコキネシスで背中に乗せてくれた。

 

「ギャロップ、向こうに森があるんだって。そこまでお願いしてもいい?」

 

ギャロップは足を振り上げながら鳴いて、軽やかに走り始めた。

 

すぐに街を抜けて、人がいなくなると、ギャロップの足にサイコパワーが宿った。

 

さっきまでとは比べ物にならない速さで荒地を駆けていく。

 

赤茶けた砂ばかりだった辺りに少しずつ緑が見え始める。

 

ギャロップの足を持ってすれば、職人さんが遠いと言っていた森はすぐだった。

 

木々が競い立つ森の入り口まで来て、ギャロップから飛び降る。

 

「ここまで連れてきてくれてありがと。もう大丈夫、1人で頑張るね」

 

ギャロップの頬を撫でて、ギャロップから一歩引く。

 

「元気でね」

 

手を振るとギャロップは軽く頷いてから元きた方向へかけていった。

 

……さぁ、早くあのコを見つけよう。

 

手前の木に手を伸ばして森へと足を踏み入れた。

 

あのころ頑張った ヤバチャ

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