ちゃっちゃと後ろから足音が近づいていた。
気づいてはいたけれど、ヤバチャに危害を加えるわけでもなかったので放っておいていた。
「えっ、まだいたんだ!!」
「……んー?」
雪を踏む音が格段に速くなったのを感じて、遊んでいた2匹のヤバチャを背中に隠しながら振り向く。
同じくらいの背丈の……人?
黒を基調に黄色の顔のようにも見える模様の服を全身に身にまとっていた。
頭のてっぺんから足先まですっぽりと覆うその服のせいで相手がどんな人なのか全くわからない。
「あの!!」
「はい」
「どっ、どなたでしょうか?」
「はい、……?」
そう聞きたいのはこっちだ。
声からして少年なのかもしれないけれど、こんな黒と黄色の服で全身を覆われた人が何者なのかもわからない。
……それに。
自分は、誰なんだろう。
…………。
わからない。
「……ここで、何をしていたんですか?」
少年のその質問にはっと目が覚める。
その質問になら、答えられる。
「あのコを……特別なヤバチャを探していたんです」
「特別な、ヤバチャ?」
「ここにいるヤバチャたちとは違うピンクのティーカップで、高台の裏に奇妙なマークが付いていて、それから光を浴びると星型に光る子で。あと……ちょうどこのコに雰囲気が似ているかもしれません」
背中の左側にいる八幡のティーカップの脇を指でちょいちょいとくすぐると、ヤバチャは背中の後ろからおずおずと出てきた。
そう、このコの雰囲気はあのコにとてもそっくりだった。
好奇心にキラキラと輝いていて、でも邪気を感じない純粋な透き通った瞳。
まるであのコにあったみたいで、少し話し込んでいた。
「じゃあ、研究者ではないんですね」
「……?」
ケンキューシャとは何なんだろう。
それに、素性不明のこの人がポケモンたちに危害を加えないとも限らない。
早めに聞いておかなくちゃ。
「あなたこそ、こんな場所でどうしたんですか?」
「僕、僕は……」
顔が見えなくても何かを迷っているのは感じてとれた。
「……僕は、古代の王様を探しているんです」
「古代の王様?」
「はい。少し話は長くなりますが、聞いていただけますか?」
「えぇ」
えーと、どこから話そうか……そうですね。まずは今から千と数百年ほど前の話です。
ユウリとホップ、と言う伝説の勇者がいました。
……その昔、ブラックナイトという事件が起こったのです。ムゲンダイナという眠りについていた伝説のポケモンが目を覚まし、ガラル全土を脅威に晒しました。それに立ち向かったのは伝説の勇者ユウリとホップなんです。
「勇者ホップは剣を手に、剣のポケモンとともにムゲンダイナと戦いました。勇者ユウリは盾を手に、盾のポケモンとともにガラルをムゲンダイナの攻撃から守りました。」と言うのは、ガラルで知らない者はいない有名な伝承の1部です。
それで、ここからは数百年前の話になります。
伝承ではモンスターボールの中に封印されたはずのムゲンダイナが復活したのです。
誰かが封印を解いたのか、ムゲンダイナが自ら封印を脱出したのか、文献には残っていないので全く分かりませんが。
とにかく、ムゲンダイナがまた復活して、ブラックナイトが訪れたのです。
しかし、伝承の時とは状況が違いました。
文献によれば、ホップとともに戦ったザシアンはその場に駆けつけたものの、勇者ユウリが率いていたはずのザマゼンタは現れなかったそうです。
ザシアンの剣だけではガラルの大地は守りきれませんでした。
ムゲンダイナはガラルの大地を荒らし、汚染し、破壊の限りを尽くしました。
ムゲンダイナの汚染がひどく、またムゲンダイナから続く攻撃を避けるために、人々は地下深くに生活の拠点を移しました。
しかし、そこは、太陽の届かぬ場所。ムゲンダイナの汚染もあって、土地も痩せ、当時育てていたと言う作物を育てることができなくなりました。
……もちろんこれらも文献にあることでしかなくて、実際に起こったのかは調べることはできませんが、おそらく起こったでしょう。現に空にはムゲンダイナが巣食っている暗黒の渦がありますし、地上の木々は既に枯れ果ててしまっています。
かく言う僕も地上に出てから初めて太陽というものが実在することを知りましたし、農耕して得られるものなどほとんど知りません。
枯れて荒れ果てた地上に赴くには今僕が着ているような、異世界から伝来した防護服に身を包むしかなくなりました。
もっとも、ムゲンダイナの攻撃を受ける可能性を冒しても地上に出るような人は僕ら研究者くらいしかいませんし、そもそもこの辺はなぜかムゲンダイナの影響があまり及んでいないようですが。
……実は僕、その伝承に出てきた勇者ユウリの子孫と言われる家系なんです。自分のずっと昔のご先祖様がどんなことをしたのか、最初は興味本意で調べただけでした。地下での生活が地下で生まれた幼い僕らにとっては普通でしたから、昔何かが起こったかなんて知るはずもありません。しかし僕はここまで喋ったようなことを早くに知ってしまいました。それからの研究と家系のおかげもあって、こうして研究者をしています。
そして、ガラルにはかつて王様がいたことを研究の最中に知ったんです。
文献によれば、その王様はかつての生き物を厄災から守り、さらにの土地を豊かにしたとの事でした。
このガラルの王様が活躍したのは約2万年前ほどの文献に書かれていたという情報しか今まではありませんでした。
ですが、僕のご先祖、勇者ユウリが白馬に乗ったガラルの王様と出会ったと言う文献を発見したんです。
その文献が確かならば、ガラルの王様はこのカンムリ雪原のどこかにいるとの事でした。
この王様の力があれば、あの上空に巣食うムゲンダイナを鎮める、あるいはそうでなくとも人間が暮らす地下深くの土地を豊かにすることくらいはできるかもしれません。
そして私はガラルの王様を探しに、ここまできたんです。
「話せる事はこのくらいです。わかっていただけたでしょうか」
なんとなく見覚えや聞き覚えがあるものもいくつかあった。
「……ユウリ」
その名前には、ずいぶんと聞き覚えがある気がした。
「……チャンピオン。…………あと、ポットデスを持ってた……?」
「えっと、チャンピオンというのはその昔行われていた、勇者ユウリが勝利を収めたという、バトル祭のことでしょうか? それに、勇者がポットデスを持っていたなんて書いてある文献はそう多くは……」
「……?」
「改めて、お聞きします。古代の王様について何かご存知ではありませんか?」
古代の王様……。
思い出そうと少しがんばってみたけれど、やっぱり何も浮かんでこなかった。
「いえ、本当に何も知らなくて……」
「……そう、ですか」
「ねぇ、ヤバチャたちは何か知ってる?」
「ちゃちゃ?」
「ばちゃーちゃ」
「ヤバチャたちも知らないみたいです」
「ヤバチャとしゃべることができるんですか!?」
「え? はい、なんとなく言ってることがわかるんです」
「…………」
少年はしばらくじっと動かなかった。
頭の目のあたりに付いている黒い板の内側からじっとこちらを見つめているように感じた。
「……あの!」
「は、はい」
「一緒に古代の王様を探してもらえませんか!? ポケモンと喋ることができるあなたがいれば、きっと見つかる気がするんです。お願いします……!」
少年の声は必死で、悲痛だった。
古代の王様。全く知らないけれど、少年の言う通りできる事はあるのかもしれない。
……でも。
「ごめんなさい。あのコを探さなければいけないから……」
「そこをなんとか……!」
「……いいえ、違う。古代の王様は探せない。ヤバチャを、あのコを探さなきゃいけないし、あのコを探すことしか知らないから。だから、お手伝いは、できません」
「…………」
少年はまた少し黙っていた。
「……無理を言ってしまってすみません。探している子が見つかるといいですね。お互いがんばりましょう」
少年はまたざっくりざっくりと雪を踏みしめて、吹きはじめた吹雪の中に消えていった。
「…………」
「やちゃば?」
「ねぇヤバチャ」
「ちゃば?」
「あなたと違ってピンク色のティーカップに入ったヤバチャ、知らない?」
ひとをしらない ヤバチャ