双頭のスプーン   作:クロサナ

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上弦の月

私が最初に実験に関わったのは、テレポートが使えるようになって1年ちょっと経ってからだった。

 

技マシンでサイコショックを覚えさせられて、特訓をしていたんだ。

 

残暑の頃にはサイコパワーがある程度操れるようになっていた。

 

「いくよ、サイコショック!!」

 

アビスが棒付きの真っ赤な飴を身代わり人形に振りかざしながら掛け声を発する。

 

それに合わせて、身代わり人形に無数の桃色の破片が突き刺さった。

 

身代わり人形の右腕から綿が飛び出す。

 

「ケーシィすごい! 完璧だよ!!」

 

アビスは飴を持っていない左手で横からゆっくり2、3度私の頭を撫で、それから私の正面に向き直った。

 

この頃にはアビスはいかりのこなの研究をあらかた終えていたから、もうあの飴を舐めていた。

 

右手の飴を口の中に戻して、アビスは口籠った。

 

何かを躊躇しているようにしばらく目が下を泳いでいた。

 

アビスの目が私の目を一直線に射抜く。

 

「……ねぇ、ケーシィ。科学は好き?」

 

「けーし」

 

私はゆっくり頷いた。

 

私が4匹の子供たちに見せたようなあの科学実験を見せてもらったのはこの少し前の時だ。

 

当然私もその科学とやらに魅入られていた。

 

「じゃあ、科学のために私に協力してくれる?」

 

私は勢い良く頷いた。

 

アビスはすぐさま出かける準備をして、私の手を引いて家を出た。

 

雨が降っている中アビスに連れられるままに辿り着いたのは、知らない場所だった。

 

窓もほとんどなくのっぺりとした壁に包まれた、箱のような建物の外見は確かにいつもの研究所に似ている。しかし確実に違う場所だと当時の私もわかっていた。

 

建物の中は自然光が一切入ってこない、人工灯だけの薄暗い空間。

 

ずっと同じ通路が続いていそうな長い廊下をアビスはずんずん進んでいく。

 

気味の悪い場所だったが、アビスと繋いだ手を離して立ちすくむわけにもいかず、私も進んだ。

 

アビスが立ち止った場所には大きな扉があった。

 

サイコパワーの計測を行うための部屋に連れて行かれたんだ。

 

開くと、扉は当時の私の拳ほどに厚い。

 

そう、ちょうどレントゲン室のような、密閉された部屋だ。

 

内部には薄緑色の大きなテーブルが一つだけ用意されていた。

 

「よいしょ!」

 

アビスは屈んで私を抱き上げて、そのテーブルの中央に私を座らせた。

 

「しぃ?」

 

「ケーシィ、今からケーシィのかっこいい技を見せてほしいの。できる?」

 

「しぃ!」

 

「よし! じゃあお願いね」

 

アビスは私の目の前に立って、机に座る私を見下ろした。

 

同時に左手の腕時計を右手で操作する。

 

「ケーシィ、サイコショック!」

 

アビスの命令とともに、私はそれまで練習してきたように技を発動した。

 

私とアビスの間に無数の小さな桃色の粒子が出現する。

 

「真ん中に集めて!!」

 

この指示はそれまで聞いたことがなかった。

 

しかし言われたようにしてみようと、私は粒をかき集めるイメージを頭に作った。

 

真ん中に集まった粒子は少しずつ融合して、欠片を形成する。

 

「もっと集めて!!」

 

欠片をさらに動かそうとイメージしたが、粒子よりも大きくなったサイコパワーの塊はそれだけ動かすのが難しくなっていた。

 

イメージの通りに動かない。そのことに焦って混乱した私はサイコショックの発動を止めてしまった。

 

空間に浮かんでいた粒子や欠片が幻覚だったように霧散する。

 

最初の実験は失敗だった。

 

私は俯いたあと、ハッと気付いて恐る恐るアビスの顔色を窺った。

 

アビスは微笑んでいた。

 

「頑張ったね! すごかったよ」

 

正面にきたアビスと目線が合った。

 

アビスは私の頭に手を伸ばした。

 

「手伝ってくれてありがと。私もまだできるかもわかってないことだけど、一緒にできるように頑張ってくれたら嬉しいな」

 

「……しぃ!」

 

私も頼られるのが嬉しい時期だったから、そう言われれば俄然やる気が出た。

 

「お、やる気だね。じゃあもう一回やってみよ!」

 

「けー!」

 

 

最初の実験の日は一回も成功することなく終わった。

 

少なくともアビスの拳くらいの大きさの塊ができないことには、結晶化させることもできない。まだ実験は進展しそうになかった。

 

それでも私は嬉しかった。

 

アビスに貢献できたことも、アビスに褒められたことも。

 

それから毎日私は塊を作る練習をした。

 

やる気があったのもあって、1ヶ月も練習すると拳大の塊を作れるようになった。

 

そうしてサイコパワーを計測する研究所にまた訪れることになる。

 

例の研究所はやはりちゃんと電灯がついてるのに薄暗かった。

 

その頃は夏になり始めていたから太陽もさんさんと輝いていたが、自然光の入らない研究所には関係なかった。

 

だが、当時の私はもう怖いとは思っていなかった。

 

薄暗さにも慣れたし、何よりここでは私が活躍できる。

 

いつもの研究所ではアビスが何やらしているのをカゴの中から眺めることしかできないが、ここでは私が主役になれるから。

 

この前来たときにそれを知っていたから場の恐怖も消えてご機嫌だった。

 

分厚い扉をアビスが開くと、中にはまた薄緑のテーブルだけが置かれていた。

 

アビスは前のように私をテーブルの上に座らせた。

 

もうすぐ実験が始まる。そう意気込んでいると、アビスは「ちょっと1人で待っててね」とだけ言って部屋を去ってしまった。

 

しばらくして、アビスは大きな機械を手と顎で押さえて持って帰ってきた。

 

「ケーシィどいててね! ……よいしょ!」

 

どすん、と重い音がしてテーブルが少し揺れた。

 

「おっとと」

 

アビスが手に持っていた棒付きの真っ赤な飴を落としかける。

 

喋れないと困るからと、荷物を持っている時は手に持っていたんだろう。

 

目の前に来たその機械は真四角で、上にはエレキッドの頭のような二本の金属がついていた。

 

機械は私よりも背丈が高くて、私を見下ろしているようだった。

 

「はい、ケーシィもこの上にきて」

 

アビスは小さな台を机に置いた。

 

私は機械とほぼ同じ背丈になった。

 

「さぁ。私が合図したら、この針の間にサイコパワーの塊を作ってね」

 

「しー……しぃ!」

 

「よし。じゃあ、いくよ?」

 

アビスが左手の時計に手をかざす。

 

「ケーシィ、サイコショック!」

 

合図とともに私はサイコショックを発動した。

 

空間が歪んで、無数の光点が出現する。

 

サイコパワーの粒たちは2本の針の間に吸い込まれるように集まった。

 

透明度の高い薄桃色のサイコパワー塊がタイムラプス映像のように非現実的な滑らかさで大きく育っていく。

 

「……そろそろかな」

 

アビスが機械のつまみの一つを少し回した。

 

ぱちん、目の前で空気が弾けた。

 

小さな閃光が一瞬目を焼く。

 

同時に、サイコ粒子が言うことをきかなくなった。

 

まるで点いていたテレビが突然消えてしまうように前触れもなく制御ができなくなる。

 

御する力を無くしたサイコパワーの塊は霧になって空間に溶けていってしまう。

 

私は自分のものが取り上げられてしまったような淡い恐怖感を抱いた。

 

「ダメかぁ。ケーシィ、びっくりさせてごめんね」

 

よしよし、とアビスは私の頭を数回撫でる。

 

恐怖感が少し和らいだ。

 

「よし、ケーシィはちょっと休んでてね」

 

アビスは私から離れ、椅子を引き出して机に向かった。

 

ノートパソコンを広げて、なにやら打ち込み始める。

 

「電気的ショックに耐えられるだけのサイコパワー維持能力が足りてない……不足している……と。これは……」

 

打鍵音とアビスの小さな呟きが部屋を満たす。

 

私もしばらくは特になにもしていなかったが、そのうち暇になってアビスの頭に抱きついた。

 

「ちょっと待っててね〜」

 

アビスは私には目もくれずに文章を打っていた。

 

「しぃー」

 

「なぁに〜」

 

「しぃー」

 

「よしよし〜」

 

「…………」

 

「…………」

 

「けしぃ〜〜」

 

「んーーーあーーー……わかったわかった!」

 

アビスは手を後頭部に回して私を捕まえると、私がアビスの方へ向くように向きを変えて、私を膝の上に乗せた。

 

「よしよし、がんばったね。ちょっと休憩しててね」

 

アビスは私を体側に寄せて、白衣で私を包み込んだ。

 

心地いい温かさに包まれると、私はすぐに寝入ってしまった。

 

ふーっとアビスが息を吐いた。

 

「……よし」

 

アビスはまたパソコンに向かって実験結果を考察する作業に戻った。

 

 

その日の実験はまだ終わらない。

 

私が起きたのは昼下がり。

 

ピカチュウ柄の黒いブランケットにくるまって、机の上に横たわっていた。

 

起き上がると、前方に手にポケモンフーズの皿を持ったアビスがいた。

 

「あ、ちょうど起きたか」

 

アビスは皿を持ったままこちらに近づいてきて、皿を置こうとして少し止まった。

 

アビスの目が泳ぐ。

 

その違和感に当時の私が気づいて首をかしげるよりも先にアビスは私の前にポケモンフーズの皿を置いた。

 

中に入っているポケモンフーズはいつもよりも少し赤みがかっていて、部屋の光を反射してキラキラ光っていた。

 

アビスの作った薬が混ぜられているポケモンフーズだった。

 

「お腹減ったでしょ。お昼ご飯食べよっか」

 

「しぃ!」

 

アビスは椅子を私の近くまで持ってきて座った。

 

私が寝ている間に買ってきていたコンビニのおにぎりを取り出して、するするとラッピングを解いて食べ始める。

 

つられて私もポケモンフーズを手に持った。

 

その時の私はアビスの作った薬が混ぜられていることなど気づくわけもない。

 

「どう? おいしい?」

 

「けっしぃ!」

 

元気よくむしゃむしゃと食べ進めてすぐに食べ終わってしまった。

 

「あ、もう食べちゃったの? ちょっと待っててね」

 

アビスが食べ終わるのを待つ間に、私は体に変化を感じていた。

 

昼寝から起きたばかりなのにぱっちり目が冴えている。

 

体の内側から力が湧いてきて、芯で渦巻いている気がした。

 

何かを求めて体がうずうずしていた。

 

「ごちそうさまでした……よしケーシィ、実験しよっか」

 

「しぃっ!」

 

私は台の上に座って、目の前の機械をにらみつけた。

 

「じゃあまた合図するからさっきみたいにお願いね」

 

「しぃ!」

 

「よし……ケーシィ、サイコショック!」

 

合図に合わせて私は空間に思念を送った。

 

空間が歪んで、無数の光点が出現する。

 

サイコパワーの粒が機械の下に動き始める。

 

桃色の光点が1つに融合して周囲に存在する数が減っていく。

 

「ケーシィ、もっと増やせる?」

 

私はさらに周囲にサイコパワーの粒を発生させた。

 

「おぉ、すごいよケーシィ!」

 

今までの私はサイコパワーの塊を追加発生させるようなことはできなかった。

 

紛れもなくアビスが私に食べさせた薬の効果が出ていた。

 

中央のサイコパワー塊は前回よりも速いスピードで成長していく。

 

大きくなるにつれてその色の濃さも緩やかに増していった。

 

「よし、そのままがんばって〜……。ケーシィ、びっくりしないでね」

 

アビスがまた機器のつまみを回した。

 

ぱちっとまた電気が跳ねる。

 

綿菓子のようにふわふわと動いていたサイコパワーの塊が、動きを止めた。

 

すぐに桃色の塊はほろほろと空気中に溶けていってしまう。

 

しかし一瞬、本当に瞬きをする少しの間だけ、サイコパワー塊が宝石のような光の反射を見せたのをアビスは見逃していなかった。

 

「で、できたっ! 出来てる!」

 

アビスの目がらんらんと光り出す。

 

「映像! 映像見なきゃ‼︎」

 

機器の横に設置されていたカメラに瞬時に手を伸ばす。

 

画面の中ではサイコパワー塊がゆらりゆらりと成長している。

 

スローモーション技術によって時間が遅々と流れる世界をアビスはそわそわしながら眺めていた。

 

……その奥で私がぐったりと倒れているのも気づかずに。

 

画面の中のサイコパワー塊にゆっくりと電流が走る。

 

一定の形を取らずにふわふわと浮いていたサイコパワー塊が、一瞬だけ凍ってしまったみたいに動きを止めたのを、カメラはしっかりと捉えていたようだった。

 

「やっぱりできてる、できてるよ! ケー……シィ?」

 

やっとアビスは私の状態に気づいた。

 

しかし、サイコパワー塊の映像に向けていた鋭い視線は鳴りを潜めなかった。

 

アビスの瞳がサイコパワー塊を観察するのと同じ冷たさでケーシィを捉える。

 

「疲れ……。確実に副作用だ。興奮作用が切れた後の……」

 

アビスはブツブツと考え事を呟きながら、ぐったりしたままの私にヘルメットのような装置を被せた。

 

「脳波は若干の乱れ……心拍数がかなり高いかな」

 

「け……しぃ……」

 

しばらくして弱々しく私が鳴いた。

 

はっとアビスの瞳に光が戻る。

 

「ご、ごめんねケーシィ‼︎ 疲れたよね、ごめんね」

 

慌てて頭に被せていた計測器を外し、私を抱き上げる。

 

「ごめんね……これからは無理させないようにするからね……」

 

何度も何度もアビスに頭を撫でられているうちに、疲れもあってか私は眠ってしまった。

 

アビスは私をブランケットに包んで、機器を片付け始めた。

 

片付け終わって施設を出ても、苦虫を噛み潰した表情は和らがなかった。

 

――ポケモンを道具のように使い潰すような真似だけはしたくない。

 

ものを理解したあとの私にアビスはよく言っていたから、ずっと罪悪感に苛まれていたのだろう。

 

研究者ではあるものの、アビスは優しかった。

 

……話はこれだけでは済まないのだがな。

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