双頭のスプーン   作:クロサナ

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臥待月

ハッと急に目が覚める。

 

洞穴のデコボコした天井が見えて、自分が夢を見ていたのだということに数秒遅れて気づく。

 

——いつもこうだ。

 

と、夢から覚めるたびに思う。

 

毎日毎日夢を見るのに、毎日毎日起きるまで夢だと気付かない。

 

それがもどかしくもあり、逆に1日の中で一番生き生きとした時間にも感じる。

 

右の肉塊から伝わる痛みの残滓が今日の夢の内容を伝えていた。

 

ああやってアビスは私のことでも自分のことのように泣いてくれる。

 

思い出して、心臓が少し温かく火照った。

 

それにしても、意識を手放してしまいそうなら自分が意識を手放しそうだなんて思うことは不可能だ。

 

謎の冷静さの時点で夢と気づいてもいいのに。

 

夢だと気付いてしまえば。

 

気づいて夢が明晰夢となれば、明晰夢の中ではどんな過去でも作り変えられるのに。

 

気付きそうで気付かないのがやはりもどかしい。

 

東の空は焦げて赤く染まっていた。

 

朝焼けだ。

 

朝焼けの後は雨が降る、なんて言うが実際のところは確かそんなに当てはまらないんじゃなかったか。……まぁなんでもいい。

 

朝食を採ってこよう。

 

テレキネシスで浮かび上がって、まだ寝ているように重い体が覚醒するのを待つ。

 

今度はサイコキネシスで前へ進んで、私は洞穴を出た。

 

今日1日分のきのみを取りに行くのだ。

 

採ってくる量は少ないから、木を探すのに時間がかかっても子供たちがくる頃には戻って来られるだろう。

 

私は森へと繰り出した。

 

 

 

 

 

 

がやがやと楽しそうな声が聞こえ始めた。

 

太陽がてっぺんに近づく頃。

 

私は瞑想を一時中断した。

 

瞑想と言ってもそんな高尚なものじゃない。思いつくままに思索にふけったり、何も考えずにいたり、とにかくじっとしていることを勝手に瞑想と呼んでいるだけ。

 

そして、今日からは一日中瞑想だけの日々ではなくなるのだった。

 

ニンゲンのことを知ってもらうためだ。なんだって構わない。

 

私は洞穴の外へ出た。

 

私が出てきたことに気がつくと4匹は走り始めた。

 

「フーディンさーん!」

 

リオルが手を振った。

 

「今日も来たぜ!」

 

一番乗りしたモノズがぴったり私の目の前で止まる。

 

テレポートの準備はしておいたが杞憂だったみたいだ。

 

「おぉ、よく来たよく来た」

 

左手をモノズの頭にぽんと乗せる。

 

視界のないモノズは何かに触れていると安心するのだ。

 

もちろんこれは私の居場所を知らせて、右手にぶつかられないための自衛手段でもある。

 

「今日もお願いします!」

 

オタチが元気そうな笑顔を見せた。

 

「もちろん。さぁ、中へ来なさい」

 

子供たちを先導して、洞窟の中へと入った。

 

昨日と同じ定位置に着く。

 

「……なんの話をしようかな」

 

4匹の子供は今か今かと私の話を待っている。

 

子供か。

 

私がケーシィだった頃は、楽しかった。

 

この時の思い出なら話せるだろう。

 

「私がまだ進化する前、ケーシィだった頃の話をしようか」

 

「お願いしまーす!」

 

「アビスも私も、家——ニンゲンの世界での住処だね、その家の中にいることが多かったんだ。ニンゲンは家の中でも休まずにいろんなことをするんだ」

 

「ヘ〜、何するんだろ」

 

「私たちは帰ったらご飯食べて寝るだけだもんね」

 

「いろんなことをするから、太陽が登ってきてもあんまり家から出ることがないんだよ」

 

「外で遊ばないなんてつまんねーの」

 

「じゃあどうしたら住処から出るんですか?」

 

「アビスと私は、夕暮れや夜によく散歩をしたな」

 

「夜にですか?」

 

「オレらだったら夜に外なんか出ちゃいけないのに。いいなぁ」

 

「あぁ。何をするでもなくフラフラと歩くのは楽しかった」

 

「どこを散歩するの?」

 

「それはニンゲンの世界の中だよ。ニンゲンの世界はすごく広い。ニンゲンたちは街って呼んでいるんだ」

 

「まち?」

 

「そうさ。街にはニンゲンが住むところ以外にも色んな場所があってね。例えば、工場っていうのがある」

 

「コージョー?」

 

「工場っていうのは、ニンゲンが暮らしていくのに役立つ色んなものを作るところなんだ。この、私が着ている白衣も工場で作られたものさ」

 

「そんなところがあるんだ!」

 

「そのハクイ、オレも欲しい!」

 

「それは、ニンゲンの世界に行かないと無理だな。この白衣は実はニンゲンでもポケモンでもないものが作っているんだ」

 

「ニンゲンでもポケモンでもないの?」

 

「機械って言ってね。ニンゲンでもポケモンでもないのに、ニンゲンやポケモンがずっと動かしていなくても勝手に動いて作ってくれるんだ」

 

「「「「えぇー⁉︎」」」」

 

洞窟内に4匹の驚く声が響いた。

 

「なんだそれ‼︎」

 

「勝手になんてできるの⁉︎」

 

「機械もニンゲンが作ったモノだよ。ニンゲンの世界には、ここにはないようなニンゲンが作ったすごいものがたくさんあるんだ」

 

「じゃあ、きのみを自分で集めなくても代わりに集めてくれるキカイとかないかな?」

 

「あったらいいなぁ」

 

「私は知らないが、ニンゲンならば作ってしまうだろうな。ニンゲンは『科学』っていう不思議な力を操れるんだ。それを使ってどんなことだってやってみせるんだよ」

 

「カガク?」

 

「なんか、かっこいい!」

 

「名前もカッコいいけど、それだけじゃない。科学っていうのは、実はこのポケモンの世界の中にもあるものをもとにしているんだ」

 

「えぇ〜〜⁉︎」

 

「ここにもあるの⁉︎」

 

「あぁ。あるさ。フォッコ、尻尾に刺さっている木の枝を少し貸してくれるかい?」

 

こくりとフォッコが頷く。

 

サイコキネシスでフォッコの尻尾から木の枝を抜き取る。

 

「ほら、今木の枝はサイコキネシスのおかげで宙にあるだろう? もしサイコキネシスをやめたらどうなる?」

 

「そりゃ、落ちるだろ」

 

モノズが答えてくれたので、サイコキネシスを解除する。

 

木の枝は地面に落下して、からんからんと音を立てた。

 

「そうだね。こうやって落ちるんだ」

 

「そんなの知ってるぞ!」

 

「これがカガクなんですか?」

 

木の枝を再びサイコキネシスで持ち上げ、回転で砂を落としてからフォッコの尻尾に差し直す。

 

「いいや。ニンゲンはこうしてモノが落ちる力だけでも色々な使い方をするんだ。そうだな、例えばニンゲンはポケモンみたいに自分で電気を作ることができない。でも、この落ちる力を使って電気を作ってしまうんだ」

 

「電気が作れるの⁉︎」

 

「私も10まんボルトしたい!」

 

「他にも、ニンゲンは自分では炎を作れないけど、火炎放射をする機械も作ることができる」

 

「電気も炎も作れるの‼︎」

 

「かっこいい〜〜!」

 

「ところでみんな。ニンゲンはこうやって色々なすごいことができるけど、やっぱりニンゲンにはできなくて、ポケモンだけができることもたくさんあるんだ。例えばニンゲンだけの科学では私のようにサイコキネシスやテレポートはできないんだよ」

 

「なーんだ」

 

「なんでもできるわけじゃないんだね」

 

「そうさ。ニンゲンにだってできないことはある。でも、ポケモンならそれができる。……じゃあ、ニンゲンとポケモンが合わさったら、なんでもできるじゃないか」

 

「なんでも……」

 

「ポケモンとニンゲンが協力しあえばなんでもできる。ニンゲンたちはそう信じて、ポケモンたちと仲良く暮らしているんだ」

 

「ニンゲンの世界ではニンゲンとポケモンは仲がいいんですね」

 

「あぁ。ニンゲンの世界ではポケモンもまた、ニンゲンと一緒ならなんでもできるって信じているんだ」

 

「こことは違うんだね」

 

「そうだね。ここの森のポケモンたちはあんまりニンゲンのことが好きじゃない。でも、ニンゲンはポケモンと協力しようとしてるんだってことを君たちは覚えていておくれ」

 

「「「「はーい!」」」」

 

「よし、いい返事だね。じゃあそしたら私がやっていたことを紹介してあげよう」

 

「フーディンさんがやってたこと?」

 

「私とアビスも、ポケモンとニンゲンの力を合わせてなんでもできるようにしようと頑張っていたんだ。ところでみんな、テレポートはできるかい?」

 

「ううんー」

 

「できないです」

 

「うん、リオルもフォッコもモノズもオタチも、テレポートはできないね。でもできるようになりたいと思わないかい?」

 

「「したい!」」

 

「それをできるようにするのがアビスの夢だったんだ。ポケモンもニンゲンも、誰でもサイコパワーを操れるようにできないかなとがんばってたんだ」

 

「今ぼくにでもできるんですか!?」

 

「え……あぁ。できなくもない」

 

「ほんとですか! やりたいです!」

 

「……分かった。少し離れていなさい」

 

リオルの剣幕に、つい何も考えずに了承してしまった。

 

これまで礼儀正しくしていたリオルがいきなり食いついた理由はなんだろうか。

 

ルカリオに憧れて、波導のような特別な力を求めている……のかもしれない。

 

アビスと私の研究成果なら、リオルに一時的にサイコパワーを使わせることができる。

 

サイコパワーを他のニンゲンやポケモンに使えるようにするには、サイコパワーを相手に渡せるようにしなければならない。

 

サイコパワーを空間の一点に集めてから、それをでんじはを使って固めることで、サイコパワーの結晶を渡すことができるようになるのだ。

 

サイコパワーを一点に集めようとするのに力を込めなければいけないし、これを今やるにはその力を込めた状態ででんじはを打ち出さなければいけない。

 

これを全てやるには、今のこの体では体力的に厳しいものがある。

 

作り方は体が覚えているしできないわけではないだろうが、小さい結晶で何か簡単なサイコパワーを使わせるに留めた方がいいかもしれない。

 

……いや。これまでの話のおかげで科学に対する興味をかなり引くことができている。

 

ここは科学があれば実際にサイコパワーを使えるということを印象付けるべきだろう。頑張りどころだ。

 

何か、印象的なサイコパワーは……。

 

そうだ、じゃあテレポートで帰らせようか。

 

そうすれば私もすぐに休むことができる。

 

テレポートか、かなり大きな結晶が必要になるな。

 

少しの無理くらいしよう。

 

「よし。じゃあ、見ていてごらん」

 

左腕を前に突き出して、子供たちが囲む場所の中央に意識を集中させる。

 

少しずつサイコパワーが周囲に漂い始めた。

 

薄桃色にきらめく粒子が少しずつかざした左手の先に集まってくる。

 

もっと、力を込めて。

 

サイコパワーの塊が大きく成長していく。

 

「わぁ……」

 

フォッコが感嘆の声を漏らした。

 

もっと、圧縮。

 

サイコパワーの塊の色が徐々に濃くなっていく。

 

くすんだスプーンが目を刺すほどに濃い桃色の光線を跳ね返していた。

 

『いい調子。もう少しだけ、頑張れる?』

 

あぁ、いけるさ。

 

サイコパワーの流れに動かされてはたはたと白衣の裾が翻る。

 

鮮やかな桃色の塊の大きさはリオルの頭と同等の大きさに成長していた。

 

今だ。

 

かざした左手からでんじはを放出する。

 

微弱電流を浴びた桃色の塊は、ぴきん、と音を立てて固まった。

 

空中に浮かぶそれを、サイコキネシスでゆっくりと4匹の目の前に移動させる。

 

「リオル、持ってごらん」

 

リオルがサイコパワーの結晶をしっかり持ったのを確認して、私は力を抜いた。

 

荒い息を深呼吸で整える。

 

「どうだい。綺麗だろう?」

 

「……うん!」

 

「宝石みたい!」

 

「なんか硬いな! すげえ!」

 

結晶のきらめきを映す子供たちの目はいつも以上に輝いていた。

 

結晶は見えていないはずのモノズでさえ、わからないなりにパワーを感じ取ってか鼻先で結晶をつついている。

 

体力を消耗した甲斐はありそうだ。

 

「これを使えば、君たちが帰る場所までテレポートができるよ」

 

「えぇ〜!?」

 

「やったぁ!」

 

「すごいすごい‼︎」

 

子供たちは跳んではしゃいで、喜びを表現する。

 

そこまで喜んでもらえるなら、やった甲斐もあるものだ。

 

「これがアビスから教えてもらった、ポケモンだけでもニンゲンだけでも手に入れられない力だよ。今はニンゲンがここにいないから、一個作るだけでも疲れてしまうけど、ニンゲンがいたら君たちを毎回テレポートでここまで呼んでお話しすることもできたかもしれないね」

 

「いいなぁ!」

 

「ニンゲンさん来てくれないかなー」

 

「ここはニンゲンが来るには少し距離がありすぎるかもしれない。でも、君たちがニンゲンの住むところに行くことはできないわけじゃないよ」

 

「そうなの?」

 

「君たちが大きくなったときに、頑張って歩けばだよ」

 

「オレ、頑張って歩くぞ!」

 

「僕も!」

 

「あぁ。頑張ってくれ。……さぁ、テレポートを使ってごらん。みんなでこの結晶に触りながら、帰る場所を強く思い浮かべるんだ」

 

はーい! はーい はーい……。

 

4匹分の返事が洞窟の中を跳ね返り回った。

 

4匹がそれぞれ結晶に手を触れ、目を瞑る。

 

瞬きをする間に4匹はテレポートして、しゅぴんとわずかな音が鳴った。

 

 

 

 

 

 

「……帰ったか」

 

寝る際の定位置に移動もせず、その場に体を横たえる。

 

あんな量のサイコパワーを使うのは久々だった。全身が気怠くなるのも無理はない。

 

それにしても、久々にしてはよくあの大きさまで結晶を育てられたものだ。

 

それに、塊を維持しながらでんじはを放てたことも。

 

子供たちも驚いていたが、私自身が1番驚いている。

 

体が結晶の作り方を覚えていたというのは、素直に嬉しかった。

 

まだアビスとの思い出は消えていないのだから。

 

それに何より、あの時一瞬だけアビスの声が聞こえた気がした。

 

意識が作り出した幻聴でしかないのはもちろんわかっている。それでも、一瞬だけでも、あの頃に戻ったような気持ちになれた。

 

それだけで満足だった。

 

さぁ、明日はなにを話そうか。子供たちが喜びそうなことは————

 

————

 

 

 

 

 

 

「んんーーー……あ〜〜」

 

アビスが大きく伸びをした。

 

「っとと……よし、保存した。終わり」

 

先ほどまでカタカタと叩いていたキーボードを押し除けて、アビスはぐるりと椅子を回してこちらを見た。

 

「ケーシィ、おいで」

 

こちらに腕を開くアビスの元にふらふらとおぼつかない動きで向かう。

 

アビスの膝に私が乗ると、アビスはゆっくり腕を閉じて私を抱きしめた。

 

背中に触れる手先は少し冷たくて、でも全身が温かさに包まれた。

 

私を抱きしめたままアビスは立ち上がって、窓際に歩いて行った。

 

「あーもうこんな暗くなっちゃったか」

 

空はもう鮮やかなまでに濃い藍色で染まってしまっていたし、向かいの家もこうこうと電灯の光を放っていた。

 

「んー、まあいっか。ケーシィもつまんなかったもんね。一緒に散歩いこ!」

 

散歩。

 

散歩はとても楽しい。家の外にはいろいろなものがあるのだ。それにアビスは散歩をしながらいろんなことを話してくれる。

 

私はアビスの腕から抜け出して、アビスの膝の辺りの高さに並んで浮いた。

 

アビスが左手を伸ばして、私はその手に重ねるように右手を差し出した。

 

散歩をする時の定位置だ。

 

きゅっと手が掴まれて、私たちは歩き出した。

 

ゆっくりと住宅街の景色が後ろに流れていく。

 

「ん〜、夜になるとさすがに涼しいなぁ」

 

深く深呼吸するアビスの右を大きなトラックが横切って行った。

 

車道側に立つアビスに当たってしまわないか心配になった。

 

「んー? どしたの。お空見る?」

 

私が空を見ていたと勘違いしたアビスは、少しかがんで私を抱き上げた。

 

「たかいたかーい」

 

天まで一気に抱え上げられる。

 

人工の光に照らされる黒い空が目の前に広がった。

 

「一番星は……って明かりで見えないか」

 

突如、目の前で何かが空を切った。

 

思わず顔の前で腕をバタつかせる。

 

ぶーん、と音を立てるそいつは私より上のライトへと向かって行った。

 

「びっくりした! アブリーかぁ」

 

今度はゆっくりと、私を下ろした。

 

「びっくりしたね。よしよし」

 

3回頭を優しくなでて、また右手をとって、歩き始めた。

 

「虫タイプは光に集まるポケモンもいるんだよ。お月様と勘違いしちゃうんだ」

 

確か、走光性と言ったはずだ。

 

「こんなに明るいと星は見えないけど、月はそれでもよく見えるね」

 

見上げた空には、端っこにいくつもの人工の月が連なっていた。

 

月の列から外れて空の真ん中に、一際大きな丸が浮かんでいる。

 

「満月だもんね。……人工灯より月の方が、ずっと明るい」

 

呟くアビスの表情は、下からでは見えなかった。

 

もう一度空を見上げる。

 

何もない。

 

塗り潰したような真っ黒。漆黒。

 

……アビスは。

 

アビスは?

 

アビスが。

 

アビスを。

 

アビスは————

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