双頭のスプーン   作:クロサナ

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更待月

ぱちりと目が開いた。

 

薄暗闇の中で一瞬状況が理解できなかった。

 

起きたのか。

 

……夢だったんだな。

 

焦る気持ちがまだ胸に残って、心臓を強く殴りつけていた。

 

少し、少しだけ、楽しい気持ちがあったはずなのに。

 

どうして楽しかったのか、忘れてしまった。

 

私はどんな夢を見たのだろう。

 

もやもやとした気持ちを抱えながら、起き上がる。

 

起き上がってから、いつも寝ている岩の台の上ではないことに気づく。

 

そうだ、昨日は子供たちを帰してからその場で寝てしまったのだった。

 

もっとも、ニンゲン界のようにベッドがあるわけでもない。どこで寝ても変わらないのだが。

 

サイコパワーで体を上下に引っ張って、強く伸びをする。

 

外を見ると、空の藍色が薄れ始めていた。

 

まだ夜明けすら遠い。

 

あの子供たちには暇な時に来なさいと言ってあるが、多分今日も昼下がりに来るのだろう。

 

昼までなんて、気が遠くなりそうなほど長い。

 

……明るくなるまで瞑想をして、それからきのみを取りに行こうか。

 

それでいい。ボーッとしていよう。

 

 

 

 

 

 

遠くでかすかにガヤガヤと声が聞こえた。

 

子供たちが来たようだ。

 

洞窟の入り口へ出迎えると、4匹はすぐさま駆け寄ってきた。

 

私の前に並んで、らんらんと輝く瞳を私に向ける。

 

「今日はなんの話をするんですか?」

 

「今日は『本』の話をしてあげよう」

 

洞窟の中に入りながら、用意しておいた話題を口にする。

 

「ホン?」

 

「前に、『ニンゲンの世界ではこの世にいる全てのポケモンの情報を集めたモノがある』と私が言ったのを覚えているかい?」

 

「はい! ニンゲンはすごいなって思いました!」

 

「その集めたモノは、『図鑑』って呼ぶんだ。最初の『図鑑』は『本』だったんだよ」

 

「ズカン……」

 

「へぇ〜……」

 

「結局本ってなんなんだ?」

 

「図鑑みたいに色々なことを教えてくれるモノさ。色々……例えば、ポケモンと仲良くなるにはニンゲンはどうしたらいいんだろう、とかね」

 

「んん〜……あんまり面白くなさそう」

 

「そんなことないさ。ところで、君たちはミュウのお話を聞いたことがあるかな?」

 

「わたし知ってる! この世界のどこかに穴があって、ニンゲンがいない世界に繋がってるんだよね! それで、えっと、ピカチュウと、チコリータと、ポッチャマと、ヒトカゲが穴に落ちちゃって、その世界でいろんなポケモンと戦って、」

 

「最後にミュウとバトルして仲良くなるんだよな!」

 

「あー! 私が言いたかったのにー!」

 

「なんだよ、別にいいじゃんか!」

 

「よくない!」

 

「まぁまぁ。とにかく、そう、その話さ。よくお父さんやお母さんが話してくれたろう?」

 

「おかあ、さん」

 

「ニンフィアさんが教えてくれたぜ!」

 

……あぁ、そうだった。

 

この世界にはニンゲンが自分勝手にも逃した結果、頼る場所もなく彷徨っているポケモンが多くいる。

 

ニンフィアは確か、そんなポケモン達を集めてこの森で暮らしているのだったか。ニンゲン世界で言うなら、孤児院だ。

 

なんにせよ子供にとって親がいないと言うのは多かれ少なかれ辛いものだ。親についての話は控えた方がいいな。

 

「ニンゲンたちの間にも同じようにいろいろなお話があるんだ。本にはそのお話が書いてあることもあるのさ」

 

「それなら楽しそうだね!」

 

「どんな本があるんですか?」

 

「じゃあ、私が最初に読んだ本の話を教えてあげよう」

 

 

 

 

 

 

——あそべるえほん「しまめぐりにいきたい3びき」

 

『島巡りってなんですか?』

 

『島巡りは、ここからもここのニンゲンたちの街からも遠く離れた場所で行われる儀式さ。……そう、ちょうどロコンが進化をするために石を探すようなものだね』

 

——ピカチュウとナマコブシとヤドンの3びきはしまめぐりのためあれこれじゅんびをはじめました。

 

——「ねえねえ! なにがあればいいかな?」

 

——「おべんとうだよ!」

 

——ピカチュウはいちにちかけてみんなのおべんとうをつくりました。

 

——サンドイッチにクッキーそれにきのみもたくさん! あとはバスケットにつめるだけ!

 

『さんどいっち?』

 

『サンドイッチもクッキーも、ニンゲンが作った食べ物だ』

 

『ニンゲンはきのみとかを作るの⁉︎』

 

『いや、違う。きのみなんかを材料に、もっと食べやすく、もっと美味しく食べられるように作り変えるんだ』

 

『ふーん……?』

 

『例えばナナシのみは硬いからあまり食べるポケモンはいないだろう? そのナナシのみをニンゲンは温めたりして食べやすくして食べるんだ』

 

『わたし、ナナシのみ苦手』

 

『フォッコはあれ食べるの?』

 

『焼くと美味しいんだって。パパが好きなんだ』

 

『ヘ〜』

 

『じゃあ、もう一度話そうか』

 

——ピカチュウはいちにちかけてみんなのおべんとうをつくりました。

 

——サンドイッチにクッキーそれにきのみもたくさん! あとはバスケットにつめるだけ!

 

——バスケットをみつけたピカチュウがおべんとうをつめようとおもってキッチンにもどると……

 

——あれっ!? おべんとうがない!

 

『えぇ〜⁉︎』

 

『どうしたの⁉︎』

 

『こういうときは他のポケモンに聞いてみるのがいいんじゃないかい?』

 

『そうだな!』

 

『でも誰に聞くの?』

 

『ピカチュウちゃんの周りにはナマコブシちゃんとヤドンくんがいるみたいだよ。みんなどうする?』

 

『ナマコブシちゃんは知らなそうじゃない?』

 

『ヤドンくんの方が知らなそうだよ』

 

『ナマコブシちゃんは食べなさそうだろ』

 

『じゃあヤドンくんかな?』

 

『ヤドンくんに聞くかい?』

 

『いいよ!』

 

『じゃあ、続きだ』

 

——「ねえヤドンはごちそうがどこへいったのかしらない?」

 

——「しってる! すっごくおいしかったよ! オイラのシッポくらいうまかった!」

 

——「ほめてくれてうれしいよ! でもしまめぐりのおべんとうまたはじめからつくらなきゃ」

 

——ピカチュウはやれやれとちいさなためいきをつきました。

 

——あーあ……3ひきはきょうはしまめぐりにしゅっぱつできませんでした

 

——またべつのひにでなおそう! おしまい☆

 

 

 

 

 

 

子供たちは終始目をキラキラと輝かせながら話を聞いていた。

 

覚えようとして覚えたわけじゃないが、覚えていた甲斐があったものだ。

 

「面白かったね!」

 

「あぁ。ニンゲンの作る本はどれも面白い」

 

「わたし、本を見てみたい!」

 

「ニンゲンのもとにいれば見る機会もあるだろう」

 

もっとも、この子たちが文字を読めるようになるかはわからんが。

 

私とて今またニンゲンの文章を読めるかと言われたらわからない。

 

「ニンゲンかぁ〜」

 

リオルが感心するような声を漏らした。

 

興味を引けたような、いい手応えだ。

 

「じゃあ、もう一つ話してあげようか。聞くかい?」

 

「聞きたい!」

 

「聞きたいです!」

 

「じゃあ、次は「デネとデン」っていう本にしようか。それじゃあ……」

 

 

 

 

 

 

頭に入っているいくつかの本を読み上げているうちに、青空が茜色に浸食され始めた。

 

「また、いっしょにあそぼうねー! ……おしまい」

 

「面白かった!」

 

「カチャのみのお話なんて初めて!」

 

「ニンゲンはポケモンには思いつかないことも色々考えたりするんだ」

 

「ニンゲンってすごいね!」

 

絵本の話は一つ一つが4匹にとてもウケた。さすがは児童絵本だ。

 

「……さて。そろそろ帰らなきゃいけないんじゃかい?」

 

「……あ」

 

「むー、早いなぁ」

 

「またおいで。待ってるよ」

 

「はーい」

 

楽しかったね、と笑いながら、4匹はぞろぞろと洞窟を出ていった。

 

 

 

 

 

 

4匹を見送ってから、私は最初に4匹に読み聞かせたあの絵本のことを思い出していた。

 

——「しまめぐりに いきたい3ひき」

 

——ピカチュウとナマコブシとヤドンの3びきはしまめぐりのためあれこれじゅんびをはじめました。

 

——「ねえねえ! なにがあればいいかな?」

 

——「おべんとうだよ!」

 

いや。この絵本の物語の最初の選択肢はここだ。子供たちには見せなかった、別の選択肢が存在する。

 

——なにをよういしようかな?

 

「……おこづかい」

 

ポケモン界にはない、お金という概念だ。

 

——3ひきはちょきんばこをもちよってたびのおこづかいをよういしました。

 

——「トントン」

 

——「あっおきゃくさんだよ!」

 

——だれがげんかんにいく?

 

「……ピカチュウ」

 

——ピカチュウがげんかんからもどってきました。

 

——ヤドンがたずねました。

 

——「おきゃくさんはだれだったの?」

 

——もじもじしながらピカチュウはこたえました。

 

——「セールスマンだったんだけど、ご、ごめん、ボク……おこづかいをつかっちゃった!」

 

——「これがさいごのピカチュウZですっていわれて……ボクいっつもデンキZだからどうしてもほしかったの」

 

——「ぜいたくなやつだなあ」

 

——おこづかいがなくなってしまった3ひきはしかたがないのでしまめぐりよりさきにアルバイトをいくそうだんをするはめになってしまいました。

 

——あーあ……3びきはきょうもしまめぐりにしゅっぱつできませんでした。

 

——またべつのひにでなおそう!  おしまい☆

 

この選択肢が。ニンゲンがそそのかしたこの展開が、あの物語の中で1番悪い選択だった。

 

こんな話をするわけにはいかなかったから、1個目の選択肢は「おべんとう」で押し通したのだ。

 

悪いニンゲンは確かにいる。でもニンゲンの文化はそれで否定されるべきものではない。

 

……選択肢を少し戻す。

 

——だれがげんかんにいく?

 

「……ナマコブシ」

 

——ナマコブシはドアをあけました。

 

——「はあいどなた?」

 

——「キミたちがしまめぐりにいくときいてアドバイスしにきたぜ!」

 

——そこにいたのはデリバードでした。

 

——ナマコブシはよろこびました。

 

——「デリバードせんぱいぜひアドバイスおねがいします!」

 

——「オーケー! アドバイスりょうはたったの200えんだぜ!」

 

——デリバードせんぱいに200えんはらう?

 

「……はらう」

 

——ナマコブシは200えんはらいました。

 

——「ではアドバイスだ! 200えんあればキズぐすりがかえるぞ! たくさんかっておけよ。たびにはきけんがつきものだ」

 

——デリバードはナマコブシになんとキズぐすりを3こもくれました。

 

——「アドバイスをきいてくれたからせんべつのプレゼントだぜ!」

 

——ナマコブシはとってもよろこびました。

 

——どうぐをたくさんもって3ひきはじゅんびばんたん。いよいよしまめぐりにしゅっぱつします。

 

——たびのよういはだいせいこう!

 

——キミがしまめぐりをしてるとき、もしかしたらこんなゆかいな3びきにであうことがあるかもね!  おしまい☆

 

 

 

 

 

 

こうして、唯一準備に成功できる選択肢も、おこづかいの選択肢のうちに入っている。

 

ポケモンしか登場しないこの絵本の世界にも、ニンゲンの文化が混ざってはじめてうまくいく……のではないか。

 

この絵本はもしかするとそんなことを言いたかったのだろうか。

 

……だが、結局ニンゲンではなくポケモンが助けているのは違いない。

 

ニンゲンが悪いようにも見えてしまう。

 

…………。

 

思考を一旦止めて、私は岩の台まで移動した。

 

台の上に体を寝かせ、サイコキネシスから解放する。

 

疲れた体を横たえると、疲労が地面に溶け出していくような気がする。あの頃からそう思っていた。

 

疲労ともにあの思考が溶け出していくのを止めずに、私は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「しぃ! しぃ〜〜!」

 

研究室の中に泣き声が響いた。

 

複数の視線が研究室入り口に置かれたケージを捉える。

 

研究所では安全性の観点から、不用意にポケモンを持ち込めないようにモンスターボールの携帯が許されていない。

 

だからこんな風にポケモンはケージなどに入れられている。

 

「あっ……!」

 

ケーシィの泣く声をきいて、部屋の左端にいた女が弾かれたように振り向いた。

 

漆黒の長髪が跳ねるのも気にせずに、すぐに自分の手元に目線を移す。

 

「ちょっとこれ混ぜといて!」

 

隣の男に乳鉢を無理やり渡し、手についた深紅の粉を洗い落として、女はケージに駆け寄った。

 

女は慌てた手つきでガチャガチャと鍵を開ける。

 

「どうしたの〜ケーシィ? よしよし〜」

 

ケージの中からケーシィを取り出して抱きかかえるも、ケーシィが泣きやむ様子はなかった。

 

「よしよし、お腹減ったのかな?」

 

ケージの横に置かれたベージュの鞄からモモンのみを取り出し、ケーシィの口元に近づける。

 

しかし、ケーシィはふいとそっぽを向いてまた泣き出すだけだった。

 

「……めんどくさいなぁ」

 

ポツリと言葉が漏れて、女の顔が少し歪む。

 

ケーシィの目の前で置き去りにされたモモンのみを鞄に戻し、今度はポケモン用の哺乳瓶を取り出した。

 

「おみず! 喉渇いたでしょ?」

 

ケーシィの口元に哺乳口を近づける。

 

泣き声が止んだ。

 

ケーシィはスンスンと匂いを嗅いだあと、哺乳瓶に手を伸ばして哺乳口を咥えた。

 

「よしよし〜」

 

女はゆらゆらと体を揺らしてケーシィのご機嫌を取った。

 

しばらく水を飲んだあと、ケーシィは哺乳口から口を離してまた眠り始めた。

 

哺乳瓶を鞄に、ケーシィをカゴに戻して、手荒にケーシィのカゴに鍵をかける。

 

「もう、実験のためとはいえ……」

 

女はやれやれとばかり首を振る。

 

白衣の胸ポケットからタバコを一本出して、研究室の外へ出ていった。

 

白く無機質な廊下にかつかつと靴の音が響く。

 

右手を白衣のポケットに突っ込んで、左手は巻かれ方が少し荒い、手巻きタバコを握りしめ、足早に廊下を駆け抜ける。

 

ちらりと女の目線が捉えたのは、喫煙所の文字。

 

再び視線を前に戻して、女は喫煙所の横を足早に通り過ぎた。

 

研究所の狭い裏口を出て、建物の裏側を訪れる。

 

きょろきょろと2度3度、ひと気がないのを確認して、女は建物の壁に背中を預けた。

 

左手に持っていたタバコを咥え、白衣のポケットからライターを取り出す。

 

かちりとライターが鳴ると炎が灯って、女の左手が赤く照らされた。

 

橙の光がタバコの先にも灯った。

 

チリチリと粉が燃える音がして、タバコの先から真っ赤な煙が立ち上った。

 

左手で咥えたタバコを押さえたまま深く深く息を吸う。

 

人差し指と中指で挟んで、真紅の煙を吐き続けるタバコから口を離す。

 

続いて、かえんほうしゃのように凶暴にきらめく赤い息を吐き出した。

 

何度も何度も、かえんほうしゃを放ち続ける。

 

しばらくして、白衣からポケット灰皿を取り出した。

 

タバコの先を押し付けると火種は消え、真っ赤な煙も立ち昇らなくなる。

 

タバコを灰皿の中にしまって、辺りに立ち込める赤い煙を白衣でなぎ払ってから、女はその場を立ち去った。

 

先ほどにも増して速い、競歩のようなスピードで廊下を歩いていく。

 

あっという間に研究室まで戻ってきて、ドアノブに手をかける。

 

「にしてもアイツなんであんなんなんだろうな……」

 

「冷てーしな」

 

「俺らより上だからって見下してるよな」

 

「顔はいいのにな」

 

「自分のことしか考えてなさそう」

 

「ほんとな。あのケーシィもどうなっちゃうんだか」

 

チッ。

 

舌打ちが一つ廊下に響いた。

 

女は白衣を翻して廊下をまた戻った。

 

(……お前らが言えたことじゃないだろ)

 

どこからか声が聞こえてくる。

 

女の右手は固く固く結ばれていた。 

 

女はもう一度外に出て、胸ポケットからまた一本タバコを取り出した。

 

火をつけると、タバコはまた女の怒りを表したような赤い煙を吐き出し始める。

 

煙が辺り一帯を赤く乱暴にきらめかせた。




※あそべるえほん「しまめぐりにいきたい3びき」
「ポケットモンスター ウルトラサン・ウルトラムーン」にて、作中の「1番道路 トレーナーズスクール」建物3階の休憩室で読める絵本をそのまま引用させていただきました。
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