真朱の灯火   作:クロサナ

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火先

「おきて! おなかへった!」

 

体が揺らされるのを感じて、目が開いた。

 

ぼんやりとした意識が、眠りから覚めたという自分の状況に気づくのに数秒。

 

「ん……なに……?」

 

ぼーっとわたしの体を揺らす妹を見る。

 

「もうお母さんがきのみ焼いてるよ。食べる前におねえちゃん起こしてきてって」

 

ぺし、とわたしの手を踏んづけ、妹はお母さんの方にかけていった。

 

まだ進化してもいないのにわたしを真似して小枝を差した尻尾見送って、改めて真上を見て寝転がる。

 

シャンデラ。不思議なポケモンだった。

 

目を瞑ると、色鮮やかなオレンジの炎がすぐに思い出せた。

 

ニンゲンのことに詳しそうだし。

 

なんでニンゲンのこと詳しいんだろう。

 

…………。

 

もう一回眠っちゃう前に起きなきゃ。

 

むくりと起き上がる。

 

うう、寒い。

 

夜は夢中で走っていたから気づかなかったけれど、まだ朝晩は冷え込む。

 

体の芯がまだ眠っているみたいに気だるい。

 

昨日はいつもより寝るのが遅かった。

 

夜に抜け出しているせいで寝る時間はいつもあまり多くないけど、今回は話していたから余計に遅い。

 

「眠れなかったか?」

 

眠い目を擦っていると、お父さんがチラッとこちらを見た。

 

ニドキングなだけあって、座り方や眼光にすごく威厳がある。

 

夜に抜け出しているのを隠しているからか、見透かされそうなその目が少し怖く感じた。

 

「うん……寝付けなくて」

 

「そうか。何か悩んでるなら言えよ」

 

お父さんはまた焼きナナシのみをかじり始めた。

 

……言えないよ。ニンゲンに興味があるなんて。

 

言ったらまた怒られてしまう。

 

『ニンゲンは野蛮で残忍で危ないから』って。

 

頭上の木から漏れ出てくる日の光で暖まりたくて、妹の隣に座った。

 

「ほら、これ食べなさい」

 

お母さんがサイコキネシスでわたしの前にマゴのみを置いた。

 

少し焦げ目がついたマゴのみを両手で受け取る。

 

温かい。寒い朝には余計に温かい。

 

焼かれて柔らかくなった果実を一口齧ると、温かさと強すぎない優しい甘さが口に広がる。

 

いつもより少し甘さが物足りない気もするけれど、おいしい。

 

もぐもぐと咀嚼しながら、手持ち無沙汰で横を見る。

 

横にあった大きな草には朝露がついていて、木漏れ日を浴びて輝いていた。

 

雨でも降ったのかな。でもわたしたち全く濡れてないし。

 

わたしたちの住処は木の根元の草むらを少し囲うように残し、あとを燃やして草を敷いただけのもの。

 

雨が降っても木が雨を防いでくれるから寝ていてもあまり気にはならないけど、体が何も濡れてないなんてことはない。

 

寝る時に被る大きな葉っぱくらいはあるけれど、ヒトカゲさんちみたいに雨を完全に防ぐ必要はないから、これで十分。

 

雨じゃないなら、やっぱりニンゲンなら理由がわかるのかな。

 

なんでもニンゲンは、カガクという力を使ってこの世界の現象がなぜ起こるのかが分かると聞いたことがある。

 

この朝露の理由もわかるのかもしれない。

 

綺麗だな、とぼんやり露を眺める。

 

木漏れ日を浴びて光る水滴を見ていると、また昨晩のことを思い出した。

 

シャンデラはこの朝露の話も知ってるのかな。

 

流石にニンゲンじゃないからわからないかな。

 

もっとニンゲンのことを知りたいと思って、少しずつ探してどれくらいか。

 

一晩でいきなりニンゲンの住処を見つけて、しかもニンゲンのことを知ってるポケモンに会えて。

 

何度思い返しても、なんだかまだ現実じゃないみたいに感じてしまう。

 

何を聞こうかな。

 

すぐには思いつかなかった。

 

いざ聞けるとなるとニンゲンについて何を知りたかったのかあやふやだった。

 

黙々とマゴのみを食べすすめながら、聞きたいと思っていたことを思い出そうと記憶の海をかき分ける。

 

「ねぇ、もう一個いるの?」

 

お母さんの声が突然聞こえて、我に返った。

 

「え、お母さん何?」

 

「なんかゆっくり食べてるけど、一個でお腹いっぱいなの?」

 

「ううん、あるならもう一個食べたい!」

 

「そう、じゃあ私のと一緒に焼くね」

 

「うん!」

 

お母さんが焼くマゴのみは美味しい。

 

そのままだと皮が少し硬いのが、ちょうどよく柔らかくなる。

 

わたしだとどうしても焦がしちゃうから、もっと練習しないと。

 

こっそりニンゲンのことを考えながら、わたしは焼いてもらった二つ目のマゴのみもぺろりと平らげた。

 

「よし、食ったら今日は保存する食いモン探しに行くぞ」

 

「そうそう、向こうの池のところ、ブリーのみが食べ頃って聞いたわよ」

 

「ブリーのみー! やったー!」

 

妹とお父さんに続いてわたしも立ち上がった。

 

温かいきのみを食べて体も十分温かい。寒いと動きたくないけど、これなら動ける。

 

わたしたちはきのみ探しに住処をでた。

 

           

 

ピリピリと冷気が鼻を刺激する、黒い空気の中を夢中で駆けた。

 

急ぎたい。少しでも多くシャンデラからニンゲンの話を聞きたい。

 

家族が寝静まってからゆっくりと抜け出してきて、もうしばらくが経つ。

 

そろそろ着くはず。

 

目の前に大きな倒木が暗く横たわっていた。

 

いつもならゆっくりジャンプするところだけど……っ!

 

わたしは尻尾に差した枝を引き抜いて、思いっきり跳んだ。

 

空中で枝にまたがって、ジャンプの頂点で、炎を発射!

 

わたしの体は炎の勢いに乗せられて前に急加速する。

 

倒木を飛び越えて着地した。

 

体に集まった炎の力で、わたしは今までよりも速く地面を蹴る。

 

ニトロチャージで早くなった足では、目的地はすぐだった。

 

河原のころころした石を、今度は一歩ずつ踏み締める。

 

もう知っている場所だから慎重にする必要はないけれど、なんとなくそろりそろりと警戒歩き。

 

バリケードらしい黄色の槍を跨いで、一直線に入り口へ。

 

……と思ったけれど、前に入った入り口はなにかで閉じてしまっていた。

 

入り口を塞ぐ板を押してみる。びくともしない。

 

板には丸くて手に持てるくらいの突起がついていた。

 

引っ張ればいいのかな。

 

何度か引っ張ってみても、ガタガタと板は揺れるだけ。

 

どうすればいいんだろう。他に入り口があるのかな。

 

突起から手を離し、どうしたものかと考えていると。

 

板がガチャリと音を立てて、奥側へ開いていった。

 

見えた住処の内部でボウッと明るい色の炎が燃え上がる。

 

「来てくれたんだね、ありがとう」

 

シャンデラはニコリとこちらに微笑みかけてきた。

 

「昨日、また来るって言ったから」

 

「うん、嬉しいよ」

 

なんでこんなにも嬉しそうなんだろう。話を聞きに来ているのはわたしの方なのに。

 

「灯り、お願いしてもいいかな」

 

「うん、大丈夫」

 

住処……ぷれはぶの中に入って、枝に火を灯す。

 

代わるようにシャンデラの橙色の炎が暗闇に溶けていった。

 

「ごめんね、今日は扉を閉じてて」

 

「とびら……あの板のこと?」

 

さっき入り口を塞いでいた板に、火のついた枝を向けてみる。

 

「そうそう。住処にポケモンが入ってきたりしないようにつけられてるんだよね」

 

「開かなかったのはどうして?」

 

「そういう風にニンゲンが作ってるんだよ。こっちに来てみて」

 

とびらに近づくシャンデラについていく。

 

「板の横に出っ張りがついてるでしょ? これが、こいつを、ドアノブを回すと引っ込むんだ」

 

「わぁ……!」

 

「仕組みはこれだけ。簡単だよ」

 

「この回すやつは、金属だよね」

 

「ん、そうだよ」

 

「ニンゲンもこんなに綺麗に金属を加工できるんだ」

 

「全てのニンゲンができるわけじゃないけどね」

 

「ポケモンもそうだもんね」

 

どあのぶをツンツンとひとしきりつついて、ぷれはぶの中央に戻った。

 

「座りなよ。これあげる」

 

シャンデラはサイコキネシスで後ろから大きなものを取り出す。

 

金属の筒でできた四本の脚を持つそれがわたしの後ろに回り込む。

 

青い革でできた頭は薄く平べったくて、金属の筒の脚はリククラゲのような、これは一体なんだろう。

 

「ニンゲンが作った椅子だよ。座った方が楽じゃない?」

 

「これが椅子……?」

 

わたしたちも住処に丸太を持ってきて椅子にしたりしているけれど、これはそんなものじゃない。

 

少しザラザラした青い革は押してみると柔らかいものが少し詰まっているし。

 

丸太と違ってグラグラ揺れないし。

 

まるで座るためにできたものみたい。

 

「切り株とかよりは座り心地もいいんじゃないかな」

 

試しに座ってみる。

 

丸太のようにゴツゴツした感触は全然なかった。

 

確かに丸太に座る時とはだいぶ違った。

 

わたしが座る分の大きさしかないから、横に手を突けないのは少し気になるけれど……。

 

改めて前を見る。

 

立っている時より少し高いくらいの目線。

 

なんだか落ち着かない。

 

「どう?」

 

「座ってるのに目線が高くて、変な感じ」

 

「そっか。ボクは座るってことがないからその感想は面白いかも」

 

シャンデラは楽しそうに体を揺らした。

 

「それで、今日は何を話そうか」

 

「聞きたいこと、考えてきたよ」

 

「ん、じゃあ教えて?」

 

結局いざ聞けるとなると、ニンゲン何を知りたかったんだか全然整理がつかなかった。

 

だから最初に聞くことは今朝のこと。

 

「今朝、住処の草に朝露がついてたの。でも今日もそうだけど、雨が降ってないのに朝露がつくのが不思議で。シャンデラは知ってる?」

 

「朝露かぁ。うーん……ボクは知らないなぁ」

 

「そっか」

 

「どうしてボクに聞いたの?」

 

「ニンゲンはこういう不思議なことがどうして起きるのかを知ってるって聞いたことがあるから」

 

「確かに、ボクは全然知らないけどニンゲンなら知ってるかもしれないね。朝露は寒いとできるから、寒さから何が起こるのか、ニンゲンならわかるのかも」

 

「やっぱりニンゲンなら分かるんだ」

 

「うん、ニンゲンは科学っていうのを使って不思議なことをするんだよね」

 

「カガク!」

 

聞いたことのある言葉が出てきて、つい声が大きくなった。

 

洞窟みたいに、声がぷれはぶの中に反響する。

 

はずかしい。

 

「知ってるの?」

 

「う、うん。わたしが小さい頃、ニンゲンのことを知ってるポケモンがいたの。そのポケモンにニンゲンの話をよく聞いてたから」

 

「他にもボクみたいなポケモンがいたんだ。やっぱりニンゲンといえば科学だよね」

 

「やっぱりそうなの?」

 

「うん。ボクもよく知らないけど、ニンゲンは色んなものを科学で作るんだってテレビで言ってた」

 

「て……び?」

 

「えっと、テレビはボクもよく知らないんだけど、小さい箱の中でニンゲンやポケモンが動いてて、色んなことを教えてくれるんだ」

 

小さい箱の中でニンゲンやポケモンが動く?

 

小さいのに、ニンゲンは入れるのかな。

 

ポケモンは小さくなれるけれど。

 

「不思議。それもカガクで作るの?」

 

「多分そう。椅子もテレビも科学の力で作ってると思う」

 

「炎を出したりできるし、モノも作れるんだ……。カガクって変なの」

 

「そうかも。でも便利だよ」

 

「ふーん……」

 

カガクのことは知りたいと思ってたけど、余計に訳がわからなくなった。

 

なんでもできる不思議な力としか思えない。

 

ニンゲンはすごいなぁ。

 

それから、カガクで作れるものの話をいくつか聞いた。

 

特別詳しいわけではないとシャンデラは言うけど、ニンゲンと一緒にいると勝手にわかるものなのかな。

 

話しながらそう思索を巡らせていたとき。

 

ぐぅ。

 

……さっきからお腹が減ったなぁとは思ってたけど、やっぱり鳴った。

 

「きのみ食べる?」

 

「…………たべる」

 

「ボクが焼いてもいい?」

 

目を逸らしながらシャンデラの問いに頷く。

 

シャンデラの頭からぼふっと明るい火が昇った。

 

ブンブンと頭を振ってから、わたしから目線を逸らすシャンデラ。

 

恥ずかしそう……?

 

昨日もそうだし、びっくりした時には炎が出るんだろうか。

 

びっくりすることもなかったと思うけど。

 

「そ、そうだ。キミはいつもなにを食べるの?」

 

「え? きのみとか、あとは小枝と葉っぱ」

 

シャンデラはカシブのみを焼きながら、

 

「小枝を食べるの?」

 

「フォッコ時代からずっと小枝をおやつにしてるの。多分フォッコはみんなそうだと思う」

 

「そうなんだ。食べてみようかな」

 

「わたしたち以外で美味しいって言ってるポケモンは見たことないけど」

 

「やってみないと……わからないよ!」

 

急に元気に宣言してきた。

 

「うーん……じゃあ、マゴの木の枝は少し甘くて好き」

 

「マゴの木だね、今度試してみようかな」

 

確かに、案外ほのおタイプならみんな美味しく食べるのかもしれない。

 

わたしも美味しいと思ってるし。

 

「シャンデラはなにを食べていたの?」

 

「きのみだよ。シャンデラは生命力をエネルギーにしたりもするんだけど、ボクはあんまり好きじゃないから」

 

「あ、えっと、ニンゲンの世界の話を聞きたかったの」

 

「そっちか! えっとね……」

 

シャンデラが喋り始めてから、ふとさっきの発言が引っかかった。

 

ゴーストタイプは他のポケモンを生命力にしていることは多い。

 

シャンデラというポケモンが生命力をエネルギーにしていることは全然不思議ではない。

 

じゃあなんでこのシャンデラは生命エネルギーを取らないと言ったのかが気になる。

 

単に味なんかが嫌いなのか、それとも何か理由があるのか。

 

そう言ってわたしを騙しておいて、実は生命エネルギーを吸っています、とか?

 

あり得るけど……そんなことはしない気がする。根拠はないけど、なんとなく。

 

「そう、ニンゲンは色んなものを料理して食べるんだけど、ポケモンもニンゲンの作った食べ物を食べるんだ」

 

「ニンゲンがポケモンの食べ物を作るの?」

 

「うん。ニンゲンの世界にはポケモンフーズっていうのがあって。きのみも他のポケモンは食べたりしてたけど、ボクは大体ポケモンフーズだったな」

 

「どんなものなの?」

 

「うーん、ちょうどいいものはあるかな……」

 

シャンデラは少し困った顔で、カシブのみを焼きながらも、ぷれはぶの奥に行ってしまった。

 

「…………?」

 

「うーん、まぁこのくらいかな」

 

シャンデラの元からなにがか飛んできた。

 

手を構えて受け止めようとすると手前で止まる。

 

これは……何かの茎?

 

三股に分かれた細い茎は、サイコキネシスで器用にキュッと結ばれて、緩やかな結び目を作った。

 

両の手のひらを差し出すと、結び目がちょこんと乗った。

 

片手にも十数個乗りそうな、そのくらいの大きさ。

 

「これは……?」

 

「クラボのみの茎だよ。ポケモンフーズはそのくらいの大きさだったと思う」

 

クラボのみ。

 

だから茎が分かれてたんだ。

 

「結構ちっちゃいんだ」

 

「うん、大きさはそのくらいで、筒の形をしてた」

 

「こんなので足りるの?」

 

「小さい分というか、たくさんあったんだ。ブリーのみは房にたくさんきのみがついてるでしょ? あんな感じ」

 

「いっぱい食べるんだ。美味しいの?」

 

「うーん、美味しい時と美味しくない時があるんだよね」

 

「味が変わるの?」

 

「うん、見た目は大体同じなんだけど、すごく苦い時とか、甘い時とかがあった」

 

「……不思議」

 

「体調が悪い時は大体苦かったから、多分ニンゲンが何かを混ぜて作っていたんだと思う。体にいいものとかね」

 

「体調も治せるんだ……ニンゲンってすごいんだね」

 

「うん……すごいんだけど、あんまり苦いのばっか食べさせないでほしかったなぁ」

 

味を思い出したように。シャンデラは苦笑いする。

 

「もしかして、何か病気なの?」

 

苦いのばっか、なんていうから少し気になってしまった。

 

シャンデラの苦笑いが少し苦さ多めになる。

 

「あはは……昔はね。今は元気だよ」

 

「ふーん、そっか。それもニンゲンが治したの?」

 

「んー、うん、そうだよ」

 

「わたしも会いたいな」

 

クラボの茎を、つまんでくるくるともてあそぶ。

 

「……そろそろかな」

 

シャンデラの赤い炎が消えて、光がわたしの枝先の炎だけになる。

 

こんがりと焼き目がついたカシブのみが、ニンゲンの椅子に座ったわたしの目の前に飛んでくる。

 

クラボの茎を枝に差して、手を出してカシブを受け取った。

 

昨日と同じ温かさ。

 

チラリとシャンデラを見る。

 

「食べないの?」

 

「ううん、もらうね」

 

カシブの端を、ひとかじり。

 

歯を立てると果肉が柔らかく潰れて、濃厚な甘さが溢れてくる。

 

かじった断面から上がる湯気が、爽やかに香った。

 

「どう?」

 

「……うん、おいしい」

 

シャンデラからの問いかけに、飲み込んでから答える。

 

「そんなに美味しそうに食べられると、嬉しいな……」

 

シャンデラが相好を崩した。

 

そういえば、このきのみはどこで採ったんだろう。

 

カシブのみはものすごく珍しいきのみってわけではないけど、わらわらと生えているようなきのみでもない。

 

不思議な力を持つとも言われていて、お守りにしたりもする。

 

お守りはともかく、味が好きだからたくさん食べられたら結構嬉しいかも。

 

「ね、シャンデラ。きのみはいつもどこで採ってるの?」

 

「うーんと、そこに流れてる川を渡って、少し行ったところ」

 

「川を渡ってさらに行くの?」

 

今いるこのぷれはぶでも、森の中心部と比べるとニンゲンの生息地に近い。

 

ここからさらに川の向こうまで行ったら、もう大分ニンゲンに近い場所だ。

 

「うん、ポケモンがあんまりいないから」

 

ポケモンがあまりいないのも、同じ理由。

 

ニンゲンのことを嫌うポケモンは、ニンゲンが来る可能性が高いところには住まないから。

 

今の所ニンゲンに会ったことはないけど、わたしも何度も川の向こうへ行っている。

 

「どうして? そんなに気に入ってくれた?」

 

シャンデラがわたしの目を覗き込むように見つめてくる。

 

正直かなり気に入ってる。

 

でも、そう直接聞かれるとなぜか少し気恥ずかしかった。

 

「う、うん。結構好きな味」

 

シャンデラから目を逸らして、なんとなくとびらを見る。

 

「じゃあ……明日一緒に行ってみない?」

 

思いもよらない提案だった。

 

なにを考えているのだろうとシャンデラを見たが、ほのかに笑っているだけでよく分からない。

 

「明日って、お昼?」

 

「うん。いや、ただの思いつき。急だから全然断ってもらって大丈夫」

 

フフフ、と笑うシャンデラは、妖しげな雰囲気の中にどこか無邪気さがあった。

 

「んー、じゃあ」「あ、でも」

 

行こうかな、と言おうとしたら、シャンデラの声にかき消されてしまった。

 

「えと、ごめんね」

 

「ううん、なに?」

 

「いや、ボクがニンゲンのことをよく思っているのは周りも知ってるから。あまりボクと一緒にはいない方がいいかもって思って」

 

確かに、それは少し気になる。

 

『ニンゲンは野蛮で残忍で危ないから』

 

お母さんの声を思い出す。

 

森にいる全ポケモンが親ニンゲン派のポケモンを避けたりとか、そういう話では流石にないのだけど。

 

それでも親ニンゲン派のポケモンを疎んだり、嫌がらせを行うポケモンもいる。

 

シャンデラはたぶんそれを気にしているんだと思う。

 

「うーん、確かに他のポケモンに見つかるのはちょっと嫌なんだけど……」

 

「や、やっぱり嫌だよね……ごめん」

 

シャンデラがしょんぼりと目を細める。

 

そこまでしょげられるとわたしとしてもちょっと罪悪感がある。

 

念のためというだけで、実際はこの辺りに知り合いなんていないだろうし。

 

それにカシブのみも、川の向こうも、気になってはいる。

 

「でもお願いしようかな。明日のお昼。ここに来ればいいの?」

 

ぶわっとまた橙の炎が一瞬燃え上がる。

 

見開かれたシャンデラの目が、炎の色にキラキラ光る。

 

「うん、ここでいいよ!」

 

な、なんだか分かりやすいポケモンだなぁ。

 

「でも大丈夫なの? 思いつきだから全然ボクに気は使わなくていいんだけど」

 

「お母さんがニンゲンのこと嫌いなの。ニンゲンのこと探してるとすぐ怒るから」

 

「そうなんだ……」

 

「でもこんなところまで来ないし、多分大丈夫だと思う」

 

「なら、よかった」

 

「うん。……なんでみんなニンゲンのこと嫌いなんだろ」

 

ぽつりと呟いた言葉は、ぷれはぶの中で嫌に響いた。

 

「仕方ないよ。ニンゲンに傷つけられたポケモンだっているんだし」

 

シャンデラも呟いた。

 

それは、わかってはいる。

 

ニンゲンは資源を取るために棲家の木を切り倒す。

 

ニンゲンは従えたポケモンで森のポケモンたちを攻撃する。

 

ニンゲンは、面倒を見ていたポケモンを自分勝手に野山に捨てる。

 

それだけ聞くと、やっぱりニンゲンは悪いやつに思える。

 

ニンゲンから身を守るためにも、ニンゲンを嫌うのは正しいのかもしれない。

 

でもわたしはそれをしているニンゲンを見たことはない。

 

昔ニンゲンと暮らしていたポケモンから聞いた話の中のニンゲンは、優しくて楽しそうだった。

 

悪いニンゲンがいたとしても、いいニンゲンもいるんだと思う。

 

「ポケモンにいいポケモンと悪いポケモンがいるのと、同じなだけだと思うんだけどな」

 

「うん、ボクもそう思う。ニンゲンが嫌いなポケモンも間違ってるわけじゃないと思うけどね」

 

「…………」

 

「キミはなんでニンゲンのことが気になるの?」

 

「それはみんながニンゲンのことってなると口を揃えて悪くいうのがなんか嫌で」

 

それもあるけど、本当は子供の頃に聞いたニンゲンの話が楽しそうだったから。

 

シャンデラにはなぜかもうかなり心を許してしまっているところがあるけど、この話だけはまだ秘密。

 

「ふーん、そっか。でも、ニンゲンとポケモンが同じなんて話したの初めてだ」

 

あまり前向きな話はしていないのに、シャンデラは楽しそうだった。

 

「……そうかも」

 

なんかおかしくて、わたしも少し笑えてきた。

 

「じゃあ、明日の昼だよね」

 

「うん、来る」

 

「待ってるよ」

 

ふいと向こうの壁を見やる。

 

何でできているのか、透明で外の様子が見られる板がはめ込まれている。

 

月の光があまり差さなくなっていて、夜も更けてくることを教えてくれた。

 

「そろそろ帰ろうかな。話もちょうどいいし」

 

「うん、また明日」

 

シャンデラにひとつ頷いて、わたしはぷれはぶを出た。

 

河原のころころした石を踏んで歩く。

 

ニンゲンについて思うことなんて、話したのは初めてかもしれない。

 

少し、楽しかった。

 

なんとなく上機嫌に、わたしは森の中を駆け抜けた。

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