ぽかぽかと暖かい木漏れ日を浴びて、ぐいっと伸びをする。
頭上を見上げると、木々の葉が揺れて空をきらきら輝かせていた。
ひんやりした空気が鼻先を撫でても、日差しの熱には敵わない。
モモンのみとオボンのみでお腹も満たされて、いい朝だ。
あとは川の向こうへ行く準備。
といっても持っていくのは、ビアーの枝で編んだきのみカゴくらい。
さぁさっさと行こう、というところで後ろから低い声。
「どこか行くのか?」
急に話しかけるお父さんの声は一瞬心臓が跳ねてしまう怖さがある。
「うん。友達ときのみ取りにいく」
「そうか。多くなってたら夕食分でも取ってきてくれ」
本当は全然怖いわけじゃなくて、子供想いのお父さんなんだけど。
優しいことはわかっていても、ドスの聞いたこの声はやっぱり怖い。
今は隠し事があるせいかもしれない。
「どこのきのみなの?」
続けてお母さんも話しかけてきた。
またビクリと心臓が跳ねる。
今度は声が怖いわけではなくて、話題があまり思わしくない。
行く場所はできれば言いたくない。
川がニンゲンの棲家に近いのは誰でも知っている。
言えば小言が飛んでくるのは分かりきっていた。
でも、嘘を言ってもバレた時が面倒だった。
ここで嘘をついたことがバレれば、またニンゲンの手がかりを探しに行っていることは確実に分かってしまう。
ここは素直に言うしかないかな。
「……向こうの川の方。カシブが生ってるんだって」
「向こうの川?」
お母さんの声が大きくなる。
「あんたまたニンゲンのこと探してるんじゃないでしょうね?」
「違う!」
ほらやっぱり。
もう聞き飽きた話だったせいで、反射的にわたしも叫んでしまった。
お母さんは訝しむ目でわたしを見る。
「向こうの川なんてもうニンゲンの住処がすぐそこじゃない。本当に違うの?」
「違うよ、うるさいなぁ。きのみ取りに行くだけ」
「前もあっちの方からニンゲンのモノ持ってきてたから言ってるの!」
「…………」
「ニンゲンじゃなくても、ニンゲンに使われてたポケモンには近づいちゃダメだからね? 昔事件に巻き込まれたんだから……」
「…………」
あれは事件なんかじゃない。
わたしは楽しくニンゲンの話を聞いていただけなのに。
「聞いてるの? もう、やっぱりあの時誑かされたんじゃないの?」
ぼそっと呟いたお母さんの言葉はしっかりわたしの耳に入った。
「誑かされてなんかされてない! とにかくもう違うの!」
違う。わたしがおかしいんじゃない。
みんなの方がおかしいのに。
「そんなムキになって、やっぱり隠れてニンゲン探してるんでしょう!」
「ニンゲンなんか探してない!」
「ニンゲンが好きなポケモンも危ないんだからね!」
「何回も言わないで!」
「……待て」
わたしとお母さんの怒鳴り合いを一喝する低い声。
それまで黙っていたお父さんがわたしを見ていた。
「お前が心配なんだ。俺も、マフォも」
「……うん」
こうして怒られるのが心配してもらえているからなのは、頭ではわかってる。
でも……。
「俺たちが勝手に心配しているだけかもしれない。でも心配なモンは心配だ」
「…………」
口を開くことはできなかった。
眼光が怖いからというよりは、正しいことを言っているから。
わたしだって、お父さんやお母さんが嫌いだから迷惑をかけたいってわけじゃない。
お父さんがお母さんに向き直る。
「マフォも、心配なのはわかる。でもあの言い方じゃ伝わらないんじゃないか」
「……そう、ね」
「俺も同じ気持ちではある。でも、コイツは俺たちのモノじゃない」
「…………」
お母さんも言い返しはしなかった。
お父さんは再びわたしを見据える。
睨まれるような目力に、少しすくみそうになった。
「俺はお前じゃない。だからお前の気持ちは完全にはわからない。代わりに、お前がやりたいことを止めることはできない」
「…………」
「止めはしないが、心配までは俺たちにもさせてくれ」
「……うん」
「母さんも言い過ぎたし、まぁ川付近までならまだ大丈夫な範囲だろう。母さんも、いいよな?」
「……ちゃんと周りを警戒してね?」
「……うん」
「少しでも危なそうだったら、ちゃんと友達と逃げてね?」
「……うん」
「行ってこい」
「……ありがとう」
お父さんとお母さんの言葉に、絞り出すように返事をする。
走るのも逃げているように思われそうで、ゆっくり歩いて棲家を後にした。
もやもやと黒い霧が頭の中に立ち込めていた。
ぷれはぶへと走る足も鈍ってしまう。
考えていたのは、ニンゲンのこと。
お母さんが心配している理由は、わかっていないわけではない。
わたしは昔、ニンゲン関連で事件に巻き込まれたことがあるから。
……あれは事件なんかじゃないんだけど。
でも、一度あったのだから神経質になるのはもちろんわかる。
わたしが嫌いなわけでもない。
それに、お父さんが言っていることはすごく正しかった。
わたしが決めることではあるけど、心配はさせてほしいという言葉。
子供の心配なんてしている場合じゃないポケモンもいる中でわたしが幸せなのはわかる。
心配をかけるようなことをするのは正しいことではないと思う。
思う、けど。
でもわたしは、ニンゲンだからと全部嫌うのは正しくないと思う。
それが本当に正しくないのかをきちんと調べることは正しいと思う。
ニンゲンを調べると、心配をかける。
正しいことをすると、正しくなくなる。
わたしは、どうすればいいんだろう。
ニンゲンのこと、調べない方がいいのかな。
「……あ」
そんなことを考えていると、視界が開けて河原に出た。
どうしよう。
一瞬迷ったけど、ここまで来ておいて帰るのもよくわからない。
約束もしているし。
逡巡の末、一歩踏み出して河原の石を踏み締めた。
木陰から出て、太陽が照りつけてくる。
から、ころ、からん。
踏みしめると河原の石が転がって音を立てる。
足が何か軽くて大きいものに当たって、がたんと音を立てた。
円錐型のバリケードだった。
黄色いシュバルゴの槍のようなそれも、ニンゲンのもの。
……やっぱりもっとニンゲンのこと知りたい。
河原の石をゆっくり踏み締めて、ぷれはぶに近づく。
入り口のあの板は——とびらはどうやって開けるんだっけ。
歩きながらそう考えていると、とびらがひとりでに開いた。
とびらの後ろから、シャンデラの細い腕が見える。
一瞬わたしの考えていることをとびらが読み取って開いたのかと思ったけど、そんなことはなかったらしい。
「おはよう」
「あ、おはよう」
シャンデラは上機嫌に微笑む。
その丸い瞳には、やっぱり邪気は感じない。
『ニンゲンが好きなポケモンも危ないんだからね!』
お母さんの言葉が聞こえた気がした。
シャンデラは危ないのかな。
でも、わたしに危害を加えるつもりなら、最初の日にカシブのみを食べた時点で十分に色々できたと思う。
危なくない、と、思うけど。
「大丈夫?」
声でハッと我に返った。
いつの間にか少し俯いていたわたしを覗き込むまん丸の瞳。
「えと、うん……」
「何かあったの?」
「あー、ちょっとだけ」
「そっか。ボクに話して楽になるなら聞くよ」
シャンデラは視線を川の方に向けて、言いたくないなら全然言わなくてもいいけど、と付け加えた。
「……お母さんと、ちょっと喧嘩して」
「お母さんと?」
「うん、川の方に行くって言ったら、またニンゲンのこと探してるじゃないかって言われて」
「ニンゲンのこと嫌いなんだっけ?」
「そう。いつも言われるから、ついつい違うよって怒っちゃって」
「うーん、口うるさく言われると嫌なことはあるよね」
「うん……お母さんもわたしのこと疑ってると思う」
「まぁでも、お母さんも心配なんだと思う。いいお母さんだね」
『心配までは俺たちにもさせてくれ』
お父さんの言葉。
「でも、わたしも間違ったことはしてないと思うんだけどな……」
走っている間に溜まった疲れがのしかかってきて、少し疲れた気がした。
くわ、とあくびを噛み殺す。
「眠い?」
シャンデラがあくびを見逃さずに聞いてきた。
「少し……最近あまり寝てなかったし」
「きのみは昼寝してからでもいいよ?」
「んー……」
正直なところは、少し眠りたい気分だった。
でも、お母さんの言葉が気にかかる。
従うのは釈然としないけど、確かに危険は森よりも大きい場所ではある。
それに、シャンデラだって寝るほどに安心していいかはまだわからない。
「ううん、大丈夫」
「そっか」
「うん……今日帰ったら、しばらくこの辺に来るのはやめておこうかな」
それはここに来る間にも考えていたことだった。
あんなにムキになったら、多分ニンゲンを探しているだろうというのは検討がついてしまう。
このまま続けていればそのうち見つかってしまうかもしれない。
一旦誤魔化すためにもしばらくは素振りを見せない方がいい。
それに、機転が効かずに怒鳴ってしまったのは寝不足も少し原因な気がする。
元を辿れば寝不足なのは夜にこのあたりをうろついているからで。
しばらくは普通に過ごした方がいいのかもしれないと思っていた。
「そっか、ここに来てて寝不足になってたならごめんね」
「別にシャンデラのために来てるわけじゃないし……大丈夫」
シャンデラは口では謝りつつも、残念な気持ちがすごく顔に出ていた。
理由はわからないけど、シャンデラもわたしと話したがっていた。
だから残念に思っているのは、不思議だけどおかしくはない。
「とりあえず今日は大丈夫。きのみ取りにいきましょ」
当初の話で、話を逸らした。
きのみカゴをシャンデラに見せつける。
「そうだね……わ、それは?」
「これ? きのみのカゴ」
「すごいね、どうやって作ってるの?」
「ビアーの枝を編んでるの。ビアーの枝はツタみたいに柔らかいから、色々作ってて」
「ビアーから作れるんだ。初めて知ったな」
「ニンゲンたちはこういうの作らないの?」
「カゴはニンゲンの世界ではよく見るよ。でも枝を編んで作ったものは、ボクは見たことないかな」
「じゃあニンゲンのカゴは何でできてるの?」
「うーん、よくわからないんだよね。名前はプラスチックって言うんだけど」
「ぷらすちっく」
「うん、硬いのに軽くて、いろんな色もあって。森の中には全くないから」
「ニンゲンのところに行かないと見られないの?」
「そうだね。あー、あれはプラスチックだよ」
そう言ってシャンデラが腕を伸ばした先には、黄色のバリケードが見えた。
「あれがぷらすちっくなんだ! 確かに軽かったかも。さっきつまずいちゃって」
「実はその音で気づいて出てきたんだ。大丈夫だった?」
「うん、怪我はしてない」
「よかった。今度片付けておこうかな」
「ううん、別にいいよ。ニンゲンのものがあった方が、ニンゲンが嫌いなポケモンも寄り付かないし」
「うーん、確かにそうかもしれない。あんまりニンゲンが嫌われてることを利用するのは好きではないけれど」
ニンゲンが嫌いなのはおかしいと思っていいながら、それを利用するのは矛盾しているのかも。
そう言われるとそんな気もしてきたけど。
でも寄って欲しくないポケモンを避けられるならわたしとしては助かるから仕方がない。
「まぁいいや、行こうか。案内するよ」
「うん、お願い」
「怖かったら言ってね」
「え……?」
謎の言葉の意味を考えるよりも先に、わたしの体が突如浮き上がった。
地面からほんのちょっとだけど、わたしの体は宙に浮いていた。
「え、え!?」
びっくりして声は出ても言葉にならない。
シャンデラを見ると、わたしと同じく宙に浮いていた。
シャンデラの目は妖しくモモン色に光っている。
「あ、ごめんね。言えばよかった」
な、なにを?
言葉が出ないまま、身構える。
「流石に川に入ると冷えちゃってまずいから、いっつもサイコキネシスで渡ってるんだ」
なんだ、渡るためだった。
いきなり攻撃をされるかと思ってしまったけど、そうではないらしい。
そうじゃ……ないよね?
体が勝手に宙を移動していく。
全身が綿に包まれたような不思議な感覚。
サイコキネシスってこんな感じなんだ。
川幅が広いわけでもないので、そんなことを考えているうちに対岸に足がついた。
「到着。いきなりごめんね」
「ううん、びっくりしただけだから」
本当のところを言うと、少し楽しかった。
少しだけね。
「よかった。じゃあ案内するね」
「うん、おねがい」
シャンデラは木々の間の踏み固められた道に入っていった。
シャンデラの後を追いかける。
シャンデラの歩みはそう早くなかった。
むしろわたしみたいに脚があるわけじゃないのに、なんであんなに動けるんだろう。
道中はぺラップが木に止まって一匹で歌っていたり、木々の間にウソッキーが直立不動でいたり、なんだか静か。
森の中央は色んなポケモンの声で騒がしいから、それと比べると少し不気味な雰囲気だった。
怖いわけじゃないけどなんとなく不安で、シャンデラの腕の一本を掴む。
シャンデラがびくんと硬直した。
「ど、どうしたの?」
「あ、えと……」
そこまで驚かれると思っていなくて、咄嗟に言葉が出てこない。
でも不安って言うのも気恥ずかしい。
「……別に何も、なんとなく。はぐれちゃうかなって」
「そっか、全然いいよ」
シャンデラはわたしの心を見透かしているんだかいないんだか、よくわからない返事。
そう言われると今度は離すのも変な感じになっちゃう。
ちょこんと右腕の火が出る腕に触れながら、シャンデラの後ろを歩いた。
ギュイイイイイン!
急に甲高い騒音が前から聞こえた。
何かを削っているような、バリバリバリという音も一緒に聞こえる。
シャンデラと目が合う。
シャンデラも困っているようだった。
「な、なんだろう」
「わからないけど……様子だけ見に行かない?」
「わかった。ボクが先に行くね」
頷くと、シャンデラは今まで進んでいた道から折れてくさむらの中に進んで行った。
シャンデラの誘導のままにわたしもくさむらに入る。
誰かポケモンが倒れていたりしたら、助けてあげないと。
向かっていた道を外れて、もっと南。
南。ニンゲンたちの棲家の方向。
もしかしてニンゲンなんだろうか。
そう思うとワクワクもするけど、この不安を煽る騒音からは嫌な予感しかしなかった。
不快感のある騒音はどんどん大きくなっていって、もう近くに聞こえる。
「あっ!」
全身をくすんだゴクリンのような緑色のもので覆った生き物が立っていた。
わたしよりもかなり大きい。
間違いなくポケモンではない。
——ニンゲン。
何やら大きい、ブロロンに似た形のものを持っている。
大きな体は山火事の火のような、鮮やかなオレンジ色。
体から飛び出たギザギザした刃が、不快な高音を立てて高速回転していた。
ニンゲンが刃を木に押し当てる。
バリバリバリバリと大きな音を立てて、木の根元が削れていく。
バタバタとマメパトたちが大慌てで逃げていく。
——ドスン。
遂には木は倒れてしまった。
はっと我に返る。
驚きに取り憑かれて見入ってしまったが、今まで生きてきた中で一番危険な状況にあることはすぐにわかる。
木の影に隠れていたからまだ見つかってはいないだろうけれど。
シャンデラの方を見る。
シャンデラもわたしに気づいて、こちらを見た。
「戻ろう」
うん。
声が出ない。
シャンデラの小声に必死に頷いた。
来た道を足早に戻る。
音を立てないように、でも速く、足を動かすので頭はいっぱいだった。
やっと元の道に戻ってきて、二匹で息をつく。
「……何をしてたんだろう」
怖かったこと以外何も分からなくて、呟いた。
「あれは……木を切ってたんだろうね」
「あのオレンジ色のは?」
「ボクも見たのは初めてだけど、たぶん伐採機だと思う」
「……キカイ、だよね」
「機械のこと知ってるんだ」
「うん、昔聞いたことがあって」
「そっか。ニンゲンの機械は、危ないのもあるんだよ」
「……それで、ポケモンを攻撃するの?」
「いや、そんなニンゲンはいないと思う。……いないわけではないけど、多くはないよ」
「…………」
「……とりあえず、きのみ取りに行こう」
「……うん」
先行するシャンデラを追いかける足は重かった。
ショックだった。
初めて、ニンゲンに会った。
でもそのニンゲンは、何やら怖いキカイを持っていて。
マメパトたちが住んでいる木を切り倒していて。
全部、お母さんから聞いた通りだった。
シャンデラは時々ちらりとわたしを見ながら、ゆっくりと移動する。
「……ねぇシャンデラ」
地面の草を蹴りながら、声をかけた。
「んー、どうしたの?」
「ニンゲンは、やっぱり悪いやつなのかな」
シャンデラが移動を止めた。
視線を上げると、ちょうど振り向いたシャンデラと目が合った。
どう言えばいいかわからない、困惑した目だった。
「うーん……」
視線を泳がせて、シャンデラは考えていた。
じっとシャンデラを見つめて返答を待つ。
「ボクは、悪いやつじゃないと思う」
「どうして?」
「というか、ニンゲンだから悪い、じゃないと思うんだ」
それは、もしかしたらわたしが欲しかった答えそのものだったかもしれない。
わたしが考えていた、考えたいことと、全く同じ。
「でも、あのニンゲンは……」
「木を切ってたね。マメパトの棲家がなくなった、のかな」
「……うん」
「でもポケモンだって、縄張りを争って棲家を取り合う。ポケモン同士だって、悪いポケモンといいポケモンがいるから。ニンゲンだって、ポケモンにとって悪いニンゲンもいれば、いいニンゲンもいると思う」
「……うん。わたしも」
嬉しかった。
わたしが知りたかったニンゲンは、全部があんなのじゃない。
でも見てしまった以上自分で言い聞かせるのは難しくて、だから。
「まぁこれは、ボクが一緒に暮らしていたニンゲンがたまたま優しかったからそう思うだけかもしれない」
「そう、なの?」
「うん。実はあんまりたくさんのニンゲンと会ったことはなくて」
「そっか……」
でも、優しいニンゲンもやっぱりいるんだ。
わたしが昔聞いた、楽しそうなニンゲンとの生活も。
「うん。そうだよ、木を切るって話なら、ストライクだって切ってるからね」
「そう、だよね」
「ストライクは自分の縄張りを示すために木を切る。でもニンゲンは木を利用して色々なものを作るんだ」
「どっちも、必要だから」
「うん。だからボクはニンゲンが悪いわけじゃないと思う。悪いニンゲンもいないわけではないと思うけど」
やっぱりニンゲンとポケモンはそう変わらないのかもしれない。
すこし心がスッキリした。
「……ありがとう」
「うん! じゃあ、気を取り直して」
シャンデラがくるんとわたしに背を向ける。
先を行くシャンデラの移動は、さっきよりも早い。
気を遣ってくれていたのかな。
少なくとも、ニンゲンが好きなポケモンは悪いポケモンばかりではなさそうだ。
もちろん悪いポケモンだっているのかもしれないけれど。
ポケモン同士だって縄張りを争ったりして敵対しているんだから、それと同じ。
ニンゲンだから悪い、ではない。
「ここだよ」
シャンデラの背中だけを追いかけながら考え事をしていたら、急にシャンデラが止まった。
ニンゲン目撃した時点で、既に近くまで来ていたみたいだ。
ぼーっと遠くを眺めていた視線をシャンデラに映す。
シャンデラがわたしを振り返った。
「ほら、上を見て」
「おぉー……!」
すぐ頭上では木々の緑色に混じって、妖しげな紫が自分の存在を誇っていた。
いつもあまり食べられないカシブが、こんなにたくさん。
下ばかり見ていたから、歩いている時には全然気が付かなかった。
自然と口角が上がってしまう。
改めて視線を下ろすと、またシャンデラと目が合った。
シャンデラがまた優しく微笑む。
「よかった」
「……? なにが?」
「ううん、早く取ろう」
「うん!」
早速わたしは木に登った。
一つの木から採りすぎないように、いくつも木を登っては熟れているカシブのみを探す。
カゴもそんなに大きいわけじゃないから、十個も採れない。
食べ頃のカシブのみをじっくりと選んだ。
ふと思い出して、シャンデラの姿を探してみる。
少し奥に歩いた先で、細い葉っぱで編んだカゴを持つシャンデラが見えた。
サイコキネシスで、何やら落ち葉を集めては腕に下げたカゴに次々と入れていく。
「ねぇシャンデラ」
「……ん?」
「何してるの?」
「えっと、落ち葉集め?」
「それくらいわかるよ。なんで集めてるのかなって」
「あーそっか。これは頭の炎を燃やす燃料に使うんだよ」
「頭の炎? 落ち葉がなくても出せるじゃない」
きのみを焼くときの、鮮やかなオレンジ色が脳裏に焼き付いている。
わたしと初めて会った時にも、シャンデラは頭から炎を出していた。
「その、頭の炎はポケモンの生命力を吸って燃やしてるのは知ってるよね?」
「うん、きのみ焼いてもらってるし」
「落ち葉は生命力の代わりなんだよ。ポケモンの生命力を取らなくても燃やせるように」
落ち葉で炎をつけられるってことはもちろんわかる。
でもなんだか納得がいかない。
そもそも炎を出す理由が分からないから。
「炎を出さなきゃいけないの? いつもわたしと会う時は消してない?」
「う、うん。出さなきゃいけないというか、ずっと消してると体調が悪くなるから」
「へ、そうなんだ」
「ニンゲンが『シャンデラは頭の炎を燃やすことで、体の中の要らないものを出しているんです』って言ってた」
「ふーん……?」
イマイチよく分からなかったが、とにかく燃やさないと体調が悪くなるらしい。
「というか、ニンゲンはそんなことも知ってるんだ」
なんでニンゲンは「要らないものを出してる」なんて知ってるんだろう。
シャンデラの体の構造なんて、シャンデラ自身も知らないのに。
「すごいよね。ボクも分からないのに」
同じこと考えてた。
「それも科学なの?」
「うん、多分そうだと思う。ボクも詳しいわけじゃないけどね」
やっぱりニンゲンはすごいんだなぁ。
「話戻るけど……シャンデラはみんなそうやって落ち葉を集めるんだ」
それは知らなかった。
他にシャンデラの知り合いがいるわけでもないから知りようはないけど。
落ち葉を集めないと体調が悪くなるなんて、なんだか大変そうだ。
燃えればなんでもいいのかな。
「えと、いや……みんながやってるわけじゃないよ。これはボクだけ」
「え、そうなんだ。どうして?」
「なんというか、勝手にポケモンから生命力を取るのって嫌じゃない?」
「わたしは勝手に取られたことはないから分からないけど……そうかも?」
「生命力を取られたら、そのいきものは弱っちゃう。ポケモンも、ニンゲンも」
「わたしは?」
きのみを焼く時にわたしの生命力を取ったのは大丈夫なんだろうか。
「あ、きのみは大丈夫。ずっと燃やすわけじゃなければ、もらう生命力は少ないから」
わからないけど、実際に体調は崩していないし、そんなものかもしれない。
「そっか、よかった」
「うん……それに、生命力を取ってもいいよって言ってるポケモンならともかく、知らないポケモンから勝手に取りたくないなって」
確かに言われてみれば、泥棒みたいなものなのかも?
「シャンデラってそういうポケモンだから、しょうがないんじゃないの?」
「うーん……ボクは、ボクのせいで体調を崩したりしてほしくないから」
シャンデラの目は、どこか遠いところを見ていて。
なんだかこれ以上聞いてはいけなさそうな雰囲気だった。
「……別の話してもいい?」
「ん? いいよ」
「そのカゴはどうやって作ったの?」
シャンデラの腕にさがっている、落ち葉が入った緑色のカゴ。
何か葉っぱを編んでいるみたいで、わたしが持つビアーの枝を使ったものとはまた違った。
「これはシーヤの葉っぱ。ほら、細長いでしょ?」
「シーヤなんだ! 編み方綺麗だね」
「うん、落ち葉集める時は毎回作ってて。最後にカゴごと燃やすから」
「燃やしちゃうんだ。なんかもったいない」
「何回でも作れるからね」
話しながらもシャンデラは落ち葉をカゴに入れていって、半分くらいに溜まった。
「こんなもんかな。きのみも集めなきゃ」
「こっちの方は熟れてるの大体採っちゃった」
「まだ奥の方にもあるよ」
シャンデラと一緒に、来た方からさらに奥に向かった。
奥にはもっと木が茂っている。
きのみもそれだけ生っていて、わたしは夢中で採るきのみを見繕った。
程なくしてカゴはいっぱいになった。
「本当にいっぱい取れたね」
んーっと腕を上に伸ばして、大きく背伸びする。
太陽も真上からはかなり傾いて、住処までの遠さを考えればもう帰り時だ。
「満足そうだね、よかった」
「うん。本当はもっとほしいけどね、美味しいし」
つい思っていたことをそのまま漏らしてしまった。
シャンデラは、ふふと控えめに笑う。
「またいつでも取りに来ればいいよ」
「その時はまたお願いするかも」
「待ってるよ」
シャンデラはふわりとした綿のような微笑みを浮かべる。
「帰りましょ」
「そうだね」
先を移動し始めたシャンデラの背中について行った。
たわいもない話をしながらだったからか、シャンデラの移動は行きよりもゆっくりだった。
急いでいるわけじゃないから、全然いいんだけど。
ぷれはぶに着く頃には、冷たそうな青空は端からだんだん燃え上がり始めていた。
川を渡るサイコキネシスは、少し楽しかった。
「ありがとう」
「うん、川は冷えるから」
「じゃあ、帰るね。来た時も言ったけど、しばらくは来ないと思う」
「ざんねん。また話に来てね」
「うん、来ると思う」
「ニンゲンのこと、思い出しておくね」
「楽しみにしてる」
くるりと踵を返して、シャンデラに背を向ける。
「……あ、まって」
走り出そうとしたところで、シャンデラに引き止められた。
「え、なに?」
「えっと……夜食じゃないけど、最後にカシブのみ食べてく?」
なんだ、思い出したように言うから何か大事な用かと思った。
どうしようか。
一瞬迷ったところで、はじめにもらったカシブのみの味が口の中に思い出された。
美味しかったな。
「……じゃあ、食べてく」
「わかった、ちょっと待っててね」
シャンデラが下げたカゴからカシブを一つ取り出した。
自分の頭上にカシブを持っていくと、シャンデラの頭から夕焼け色の炎が立ち上がった。
ふわりと宙に浮いたように錯覚する、生命力を吸われる感覚。
思考が止まって、この包まれるような感覚に身を委ねてしまいたくなる。
ぼーっとシャンデラの炎を眺める。
「はい、できた」
「……あ、ありがと」
両手を差し出すと、カシブのみが目の前に飛んできて、手の器に収まった。
ひとかじり。
じゅわりと甘い果汁が溢れた。
「……おいしい」
やっぱり、焼き加減が絶妙だった。
とはいえ、そうゆっくりしてもいられない。
「ありがと。それじゃ、帰るね」
「うん、またね」
シャンデラがわたしに腕を振った。
わたしも軽く手を振って返す。
シャンデラに背を向けて、走り出した。
少し離れたところでちらりとぷれはぶを見てみる。
木に隠れた太陽の逆光で、ぷれはぶはシャンデラの色に燃え上がっていた。