真朱の灯火   作:クロサナ

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熾火

ふわり、と体が浮き上がるような感覚がした。

 

目が半ば勝手に開く。

 

木々が風に揺れて、浅い角度の木漏れ日がキラキラと輝いていた。

 

「……んぅー!」

 

大きく伸びをして、上半身を起こす。

 

なんだか今日はスッキリした気分で起きられた。

 

なんとなく気分も明るい気がする。

 

ここ数日は夜に活動していないからかもしれない。

 

ちゃんと寝るのは大事なんだなぁ。

 

程なくしてお母さんもお父さんも目を覚ました。

 

お母さんの焼いたマゴのみにホズのみをぺろりと平らげる。

 

今日もきのみ取り。

 

最近はだんだん寒さも和らいで、春になってきた。

 

春は、冬を過ごした木々がきのみをたくさん付ける時期。

 

熟れ頃を考えると春にしか食べられないきのみもあるから、少し遠くまで行って採りに行く予定を立てていた。

 

行きには空っぽだったはずのきのみカゴも、帰りにはいっぱい。

 

隣を歩くお父さんの腕には、大きなカイスのみまで。

 

途中で別行動をしていたお母さんと妹も、多分たくさん採っているだろう。

 

上機嫌で少し早めに帰路に着いた、昼下がり。

 

ガヤガヤと、なにやら左の方から騒がしい声が聞こえた。

 

特に子供たちがキャーキャーと騒ぐ声が強い。

 

歩きながら、何があるかをじっと見てみた。

 

遠くの少し開けた場所でなにやらポケモンたちが集まっている。

 

何かやってるんだろうか。

 

「ちょっと見てくるね」

 

帰る方向から折れて、前方に伸びる小道に入った。

 

あまり時間をかけるつもりもないから、小走りで。

 

「あっちょっと待て!」

 

お父さんが声を上げる。

 

ちょっと見るだけだし、大丈夫。

 

走っていくと、子供たちが何やら喜んでいるのが見えた。

 

子供たちが見つめる先には、数匹のユキカブリ。

 

なるほど、ユキカブリが山から降りてきたんだ。

 

ユキカブリは冬の時期だけ森で暮らして、この時期になると冷たい場所を求めて山に登る。

 

山に登っていく前に、関わったポケモンたちへ体に実るきのみを振る舞ってくれる。

 

ユキカブリのきのみは、春に食べるには少し冷たいけど、さっぱりした甘さでとても美味しい。

 

あまり食べたことはないけど、わたしも好きだった。

 

「おい」

 

背後から、地面を揺らすような低い声。

 

「ユキカブリがいるよお父さん」

 

言いながら振り返ると、そこにはいつになく厳しい顔が待っていた。

 

嬉しかった気持ちが一瞬で吹き飛んだ。

 

「だめだ。見てみろ」

 

そうお父さんが指差した先には、大きく傷がつけられた木。

 

ニド族の縄張りだった。

 

「もう入っちまってる。ここだってもうあんまりいたくない。帰るぞ」

 

「…………」

 

冷たく、重い声。

 

お父さんはいつもそう。

 

縄張りを避けてばっかり。

 

……ちょっとくらいならバレないんじゃないかな。

 

縄張りだって広いんだし、ニド族もそう数がいるわけではない。

 

お父さんが後ろを振り向いた瞬間に、わたしは駆け出した。

 

一歩、二歩、素早く足を動かそうとした瞬間。

 

ドスン!と後ろから鈍く強い音がした。

 

直後、轟音を立ててわたしの目の前に岩の壁が勢いよく迫り上がった。

 

「行くな」

 

思わず後ろにのけぞって、倒れそうになるのをなんとかこらえる。

 

振り向くと、お父さんがこちらを睨んでいた。

 

目の前に突き出たストーンエッジの障壁に、あんな突き刺す視線まで受けて、まだ反抗できるほどわたしの肝は据わっていなかった。

 

俯いて、渋々お父さんの元に戻る。

 

足を早めるお父さんの横に小走りで並んだ。

 

「……ごめんな」

 

ポツリと低い声。

 

「…………」

 

本当はわたしが悪いのに、何も言えなかった。

 

「フォッコにはユキカブリのことは黙っといてくれ。食べたいって騒ぎそうだから」

 

「……うん」

 

「あと、俺が見てなきゃ良いわけじゃねえ。コソコソすんなよ」

 

ぎくりと一瞬身構えてしまった。

 

まさか、数日前まで夜に抜け出していたこともバレているんだろうか。

 

いや、あればみんなが寝たのを確認しているし……。

 

今回のことについてだと思う、多分。

 

チラリとお父さんの様子を伺う。

 

お父さんはそれ以上何も言わずに、どこか遠くを見ていた。

 

しばらく沈黙が横たわった。

 

お父さんは今何を考えているんだろう。

 

やっぱり、昔のことかな。

 

前に一度だけ教えてもらった、お父さんとお母さんの過去の話を思い出す。

 

お父さんは元々ニド族を治めるトップニドキングの跡取りだった。

 

本当だったらあの縄張り全部がお父さんの縄張りだったかもしれない。

 

トップニドキングは代々ニドクインをつがいに迎えて、たくさんの子供からまた跡取りを決めるんだそうだ。

 

でもお父さんは、お母さん、マフォクシーに恋をしてしまった。

 

お母さんも、お父さんのことが好きになって。

 

周りのニド族には必死に隠していたけれど、ある時バレてしまった。

 

お母さんが危険に晒されそうになって、お父さんはニド族の群れを出て行かざるを得なかった。

 

族を捨てて、駆け落ちしたんだと言っていた。

 

今のお父さんとお母さんも、愛しあっているような雰囲気こそ見たことないけど、喧嘩しているところも見たことがない。

 

昔にそんな情熱的なことがあったなんてあまり信じられないけれど、そう言われても不思議ではなかった。

 

追い出された群れからは、探したり干渉したりはもうしないが、顔は見せるなと言われているらしい。

 

だからお父さんは今日のようにニド族の縄張りを避けている。

 

形としてお父さんが出ていくことになったけど、群れが悪いわけでもお父さんが悪いわけでもない、とお父さんは言っていた。

 

仕方がない気もするけれど、納得がいかなかった。

 

つがいくらい自由にすればいいのに。

 

ここのポケモンたちは、ニンゲンと暮らすポケモンを囚われているとよく言うけれど、ポケモン同士のしがらみに囚われているのだって同じくらい自由じゃない。

 

わたしは悪くない。お父さんも悪くない。悪いのは、そんなことで自由を奪うニド族の風習だと思う。

 

だからわたしはニド族が嫌いだった。

 

「あら、おかえり」

 

俯きながらお父さんの横を歩いていたら、声がかけられた。

 

お母さんが小さく手を振っている。

 

枝をもてあそびながら、ミノマダムさんと話していたようだった。

 

「テールナーちゃん、お久しぶり」

 

「あ、お久しぶりです」

 

ミノマダムさんは前にわたしたちの棲家の近くに住んでいたポケモン。

 

お世話になった、というほどでもないけれど、顔見知りだ。

 

「大きくなったわね〜」

 

「んー、そうかもです」

 

「ちょっと前までフォッコだったのにね〜」

 

「進化したのもだいぶ前ですけどね」

 

「あらそう? 若いわね〜」

 

なんでみんな遠い昔のことをちょっと前って言うんだろう。

 

最終進化まで来ると時間が経つのが早いってお母さんもよく言ってるけど、それなのかな。

 

横ではお父さんとお母さんが目を合わせた。

 

「おかえりお父さん」

 

「おう」

 

「帰ります?」

 

「他に何もなければな」

 

「じゃあフォッコ呼んできてもらってもいい? 向こうで遊んでて」

 

「あぁ、わかった」

 

お父さんが来た道から先の方へと歩いて行った。

 

ミノマダムさんがまたお母さんに声をかける。

 

「いや本当に、真ん中の子も大きくなったね〜」

 

「そうね〜。気づいたらね」

 

「一番上の子は元気?」

 

「多分元気にやってるわよ」

 

「多分?」

 

「ちょっと前につがい作って、離れちゃったから」

 

「えー! そうだったの! お相手は?」

 

「オオタチさんとこの、真ん中の子よ。あの子ならいい子だし、任せられるわ」

 

わたしの友達のオオタチも、オオタチさんちの一番下。

 

小さい頃からよくみんなで遊んでいたから、それでどんどん仲良くなったと聞いた。

 

「そうだったの! 確かにいい子よね〜」

 

「うちの真ん中にはそんな話もないけどね〜」

 

お母さんが憐れみの目でわたしを見てくる。

 

「うるさいなぁ」

 

「テールナーちゃんも、いいポケモン探しなね」

 

「うーん……気が向いたら探します」

 

つがいなんて言われても、いまいちよく分からない。

 

わたしは別に、相手なんていなくても今に満足しているし。

 

なんでみんな、そんなにつがいを作りたがるんだろう。

 

そりゃ子供がいないと族が続いていかないかもしれないけどさ。

 

「それより、聞いた? 最近ニンゲンがうろついてる話」

 

わたしの体どころか、空間自体がどくりと振動した気がした。

 

ニンゲン。

 

わたしは、川の向こうでニンゲンを見た。

 

「え、そうなの? まだ知らないわ」

 

「なんでも、上から下まで真っ白のニンゲンがポケモンを誘拐するって噂よ」

 

白い?

 

わたしが見たのは、全身緑色だった。

 

「真っ白? ヤルキモノと見間違えたんじゃないの?」

 

「まさか。私が見たわけじゃないけど、カイリューを引き連れてるらしくて」

 

「カイリューですって⁉︎」

 

「ええ、カイリューに指示を出して、ポケモンをさらっているって聞いたわ」

 

わたしが見たニンゲンは、大きなオレンジ色のもので木を切っていたけれど。

 

カイリューは連れていなかった気がする。

 

「あんな怖いポケモンには近づけないわよね……」

 

「ポケモンがカイリューを連れているわけないから、ニンゲンだろうって言われてるのよ」

 

「怖いわね……出たのはどの辺の話なの?」

 

「森の中央って話もあるけれど、あっちの川の辺りで見たってポケモンは多いわね」

 

「川の向こう!」

 

背筋に嫌な予感が走る。

 

「ちょっとテールナー聞いた?」

 

やっぱり。

 

「川の向こうは危ないのよ。もう行っちゃダメだからね!!」

 

「…………」

 

「聞いてるの?」

 

「……はーい」

 

「もう……」

 

「テールナーちゃん、川の方で遊んでいるの?」

 

「そうなのよ。きのみが取れるとか言って。お父さんも行かせちゃうし……」

 

「まぁ! 川の方はニンゲンじゃなくても、ニンゲンが好きなシャンデラが住んでるらしいし」

 

手慰みにいじっていた小枝を思わず落としそうになる。

 

さっきから、思い当たることが多くて具合が悪くなりそうだった。

 

「もう……ニンゲンも、ニンゲンのポケモンもいるのね」

 

「怖いわよね〜」

 

「そうよ。ニンゲンなんて、野蛮で残忍で、危ないんだから」

 

そんなことない……。

 

そう思いたかったけれど、そうも言い切れなかった。

 

轟音を立てる刃で木を切り裂く様子が嫌でも思い浮かぶ。

 

……でも。

 

いいニンゲンだっているはず。

 

昔聞いた話のニンゲンは、ずっと優しそうだった。

 

このミノマダムさんだって、ニンゲンのことは見たことないはずなのに。

 

ニンゲンが全部悪いなんて分からないのに。

 

でも、わたしが見た唯一のニンゲンは、マメパトの住処を……。

 

でも…………。

 

「おう、来たぞ」

 

向こうから、地を揺らす低い声。

 

考えているうちに、いつの間にかお父さんが来ていた。

 

「あら、じゃあそろそろ帰りましょうか」

 

お母さんが帰り道の方を見る。

 

「また話しましょ。それじゃね」

 

ミノマダムさんはピヨヨンと跳ねて、木の中に戻って行った。

 

お父さんとお母さんが、並んで前を歩き始める。

 

フォッコがそれに続いて、お父さんとお母さんの間に顔を出した。

 

立ち止まって考え込んでいても帰れないから、仕方なくわたしも足を出す。

 

行きと同じ道のはずなのに、帰り道はひどく長かった。

 

           

 

あれから二、三日が経った。

 

相変わらずシャンデラの元へは行っていない。

 

本当は、ミノマダムさんに聞いた話も含めて、ニンゲンの話をもっと聞きたいけれど。

 

身の回りでは話に上がったニンゲンを見ることもなかった。

 

そして、今。 

 

昼の食卓はなんだか神妙な雰囲気だった。

 

お父さんもお母さんも何やら難しい顔をしていて。

 

フォッコもそれを感じてか、顔色を窺うような仕草をする。

 

一体なんなんだろう。

 

何が起こっているのかわからないので、わたしも渡されたカシブのみをかじる。

 

……お母さんのも美味しいけど、シャンデラが焼いてくれた方が美味しいな。

 

何が違うんだろう。火の温度とかなのかな。

 

「住処を、移そうと思う」

 

「え……?」

 

わたしのどうでもいい思考は、重苦しい声に吹き飛ばされてしまった。

 

「なんでー?」

 

フォッコが聞いてくれた。

 

「最近ニド一族が縄張りを広げているみたいでな」

 

「…………!」

 

またその話。

 

これまでも何回か、二度一族から逃げるように住処を変えたことがあった。

 

「お前は見たよな。ニドの縄張りが前よりこっちに来ていること」

 

お父さんがわたしをじっと見た。

 

殴りつけるような眼光に怯みかけた。

 

「……見たけど。でも、まだここからは遠かったよ」

 

「あぁ。遠いうちに、まだ何もないうちに手を打っておくんだ」

 

それは、わかるけど。

 

でも理由が気に入らない。

 

「まだこっちに来るって決まったわけじゃないよ」

 

「いや、来る可能性があるからな」

 

どうにかして止めたい。

 

お父さんが納得するような理由なんてわたしは持ち合わせていない。

 

次の言葉を探していると、お母さんが口を開いた。

 

「ニド族の話だけじゃないの。最近ニンゲンがうろついてるみたいだし……」

 

「なんで」

 

思わず言葉が漏れてしまった。

 

「なんで逃げなくちゃいけないの?」

 

言ってしまった。

 

お母さんが呆れたようにわたしの方を見る。

 

お父さんの目つきも鋭くなった気がする。

 

「あんたねぇ。ニンゲンは危ないって……」

 

「危ないかなんて分からないじゃん」

 

いつもの口ぶりに、なんだかいつもよりカチンと来て。

 

わたしは言い返す。

 

「危ないわよ。ポケモンの住処を奪って、服従させたポケモンで攻撃だってするのよ?」

 

「そんなことするニンゲンばっかりじゃない!」

 

「あんたニンゲン見たことなんかないでしょう。ニンゲンは危ないの」

 

「危なくない!」

 

不機嫌な目でわたしを見るお母さんに、必死に反駁する。

 

お父さんが左腕を伸ばして、わたしたちを止めた。

 

「……ニンゲンがどうかは置いておくとしても、住処は変えにゃならん」

 

「お父さんだって! なんでそんなに避けなきゃいけないの?」

 

「……話しただろう。昔にあったことを」

 

「だって、お父さんは悪くないじゃん!」

 

「あぁ。でも、ニド族も悪いわけじゃねえ」

 

「悪いよ! つがいなんて自由にすればいいのに!」

 

「アレだって別に理由がないわけじゃねえんだ。方向性が違うだけ」

 

「でもお父さんがずっと逃げなきゃいけないなんておかしいよ!」

 

「……まぁ出て行ったのは俺だからな。とにかく、移動するのは決まりだ」

 

有無を言わさない視線に貫かれる。

 

「…………」

 

本当は何か言い返したかった。

 

この場を飛び出してもよかったかもしれない。

 

でもその勇気はなかった。

 

「行ってくる」

 

どしん、と地面に足を突いて、お父さんが立ち上がる。

 

「私も行くわ」

 

お父さんとお母さんは連れ立ってどこかに行ってしまった。

 

多分次の住処を探すのだろう。

 

フォッコも誰かと遊ぶ約束でもしていたのか、いつの間にかいなくなっていた。

 

先程まで騒々しかった辺りは、一気に静まり返っていた。

 

ぶわっと風が一陣吹いて、わたしの耳を弄ぶ。

 

沈黙も風も、まるでわたしを責めているみたいだった。

 

お父さんの言っていることもお母さんの言っていることも、間違ってはいなかった。

 

危ないものから逃げるのは当然だし、ニド族から逃げるのはお父さんだって納得している。

 

合っているのに、でもわたしの考えも間違っている気がしない。

 

悪くないのに逃げなきゃいけないなんて、おかしいのに。

 

ニンゲンだって危ないニンゲンばっかりじゃないかもしれないのに。

 

…………。

 

カッとなっちゃったのは良くなかったな。

 

びゅおおとまた風が吹いて、わたしの顔の熱を取っていった。

 

空も分厚い雲に覆われて、体が冷える一方だった。

 

           

 

どんよりと辺り一体は暗闇に包まれている。

 

火を灯した枝を前に突き出しながら、木々の間を駆け抜ける。

 

向かう先はシャンデラのいるぷれはぶ。

 

今日はモヤモヤした気持ちがずっと晴れなかった。

 

日が沈んでみんなが寝た後も、わたしだけ寝付けなくて。

 

誰かに話を聞いてほしかった。

 

こんな話を聞いてくれるポケモンなんて、一匹しか思いつかなかった。

 

視界が開けて、川のせせらぎが聞こえてきた。

 

相変わらず空は雲に覆われているようで、月どころか星の一つも見えない。

 

火で足元を照らして、暗い道を慎重に進む。

 

ころころと丸い石を一つ蹴った。

 

石がぷれはぶに当たって、こつんと小さな音を立てる。

 

音の方向に向かって、扉の前。

 

シャンデラは前のように出ては来ない。

 

どあのぶを触る。

 

夜風に冷やされて、すごく冷たかった。

 

確か回すと扉が開いたはず。

 

金属をしっかり持って、手をひねる。

 

ひねったまま奥に押すと、ぎぃと軋む音を立てて扉は開いた。

 

「あ……来たんだ」

 

ぷれはぶの奥から、聞き慣れた声。

 

火を奥にかざすと、シャンデラが見えた。。

 

ぷれはぶの奥で、壁に寄りかかっていたようだった。

 

まるで生きていないみたいに、地面に置かれていた。

 

ふらりとシャンデラの体が持ち上がる。

 

「どうしたの?」

 

「あー、少しだけ体調が悪くて」

 

あはは、とシャンデラはかすれた声で笑う。

 

なんだか深刻そうな気がした。

 

「大丈夫? 来たらまずかった?」

 

「ううん、来てくれて嬉しいよ」

 

ゆるりとシャンデラは体を揺する。

 

「そう……?」

 

「うん、一匹だと気が滅入るから。それより、キミは来て大丈夫なの?」

 

「う、うん。その……話を聞いて欲しくて」

 

「聞くの? ボクが話すんじゃなくて?」

 

「うん……ちょっと喧嘩しちゃって」

 

「喧嘩……ニンゲンのこと?」

 

「えっと、色々」

 

「いいよ、聞かせて」

 

シャンデラは優しくわたしに微笑みかけた。

 

何から話せばいいか分からなかったけれど、シャンデラはわたしが言葉を見つけるまで待ってくれた。

 

あるいは、シャンデラが代わりに言葉にしてくれることもあった。

 

ここまで自分の事情を誰かに話すのは初めてだったけれど、話しやすかった。

 

なんとか昨日のことと、ユキカブリが来ていた時のことを話し切った。

 

流石にシャンデラが警戒されている話はできなかったけれど。

 

「……こんな感じ」

 

「そっか……むずかしいね」

 

シャンデラは困ったように目を細めていた。

 

間に沈黙が横たわる。

 

でも居心地は悪くなかった。

 

聞いてもらえて、少しスッキリしたのかもしれない。

 

「一個だけ聞いてもいい?」

 

シャンデラがわたしを正面から見つめる。

 

「うん」

 

頷くと、言いたくなかったら言わなくていいからね、とシャンデラは付け足した。

 

「お母さんは、どうしてそんなにニンゲンのことが嫌いなの? 話を聞く感じ、何かトラウマでもありそうなくらいだよね」

 

「あーえっと」

 

一瞬言おうか迷った。

 

あれ以来、周りのポケモンたちはそのことをなかったかのように振る舞っている。

 

わたしもそれを察して、なるべくその話をしないように気を付けていた。

 

「嫌なら大丈夫だよ!」

 

「ううん、いいや。今更だし」

 

テールナーに進化するよりもずっと遠い昔の、朧げな記憶を手繰り寄せる。

 

わたしがまだフォッコの時にね、フーディンさんってポケモンがいたの。

 

『フーディン? あの、スプーンを持ってる、エスパータイプの?』

 

スプーン……? は、持ってたか分からないけど。でもサイコキネシスは使ってたよ。

 

体は黄色いんだけど、でも真っ白なものを身に纏っていたの。ハクイって言ってた。

 

フーディンさんはこの森のずっと北の方に住んでたの。ニンゲンの元から来たんだって噂されててね。

 

その時は好奇心旺盛だったから、他に仲が良かった子三匹と一緒に、フーディンさんのところに話を聞きに行って。

 

そしたら、フーディンさんはいろんなことを話してくれた。

 

ニンゲンの世界では、キカイっていうのがあって、いろんなものを作ってくれるとか。

 

カガクっていう力で、炎や電気を作れることとか。

 

……フーディンさんと一緒にいたニンゲンが、わたしのお母さんと同じくらい優しかったこととか。

 

たくさん話してくれたの。

 

それでわたしはニンゲンって悪いやつじゃないんだって思った。

 

そこまでは良かったんだけど、子供だったから、お母さんに話をしちゃったの。

 

ニンゲンの街に行ってみたいって。

 

でも、親たちはニンゲンのことを危ないと思ってるから。

 

次の日に、周りに住んでる色んな家族の親が一斉にフーディンさんのとこに詰め寄せて。

 

フーディンさんは、ニンゲンもポケモンも同じなんだ、って言ってどこかに消えたの。

 

それが悲しくて、フーディンさんがどこかに行っちゃってから、わたしはずっと泣いてた。

 

わたしがニンゲンの街に行きたいなんて言っちゃったから、ってすごく後悔してて。

 

でもそれがお母さんは嫌だったみたいで、フーディンさんに洗脳されたんじゃないか、って未だに言うの。

 

わたしが事件に巻き込まれたと思ってるから、警戒してるんだと思う。

 

わたしはわたしで、フーディンさんが出て行かなきゃいけないなんておかしいって思って。

 

わたしたちがいくら違うって言っても、親はフーディンさんが悪いことを吹き込んだんだって言って聞かないし。

 

フーディンさんに聞いたニンゲンの話は楽しそうで、ポケモンたちの方が間違ってるんじゃないかって思うようになって。

 

だからニンゲンのことを探すようになったの。

 

誰かに知られると、またフーディンさんみたいになっちゃいけないから、こっそり。

 

「そっか。だからボクに話を聞こうとしたんだ」

 

シャンデラは遠い目で虚空を見つめていたのを、わたしに視線を戻した。

 

「そうね、フーディンさんみたいに、また話が聞きたかったのかもしれない」

 

「そのニンゲンの話が好きで、今もニンゲンのことを調べているの?」

 

「うーん、少し違うかも」

 

「違うんだ」

 

「うん。一緒に木を切ってるニンゲンを見たでしょ」

 

「あー、そうだね」

 

シャンデラはなんだか申し訳なさげだった。

 

別にそれを見たのはシャンデラのせいじゃないのに。

 

「あれは確かに怖くて、ニンゲンはやっぱり悪いのかなってちょっと思った。でも、あの時聞いたみたいに、ニンゲンもポケモンも同じなんだって思い出だして、やっぱりまだ分からないなって思って」

 

「ニンゲンもポケモンも同じ……」

 

「わたしだってポケモンのこと信用してるわけじゃないし。だから、ニンゲンのことも、信用はしないけど、疑ったりはしないようにしたいって思う」

 

「……いい考え方だね。誰が悪いって決めつけるわけじゃなくて、ボクは好きだな」

 

「ありがとう。まぁ、ポケモンがニンゲンの悪口とか、ニンゲンが好きなポケモンを遠ざけるのとかが気に食わないっていうのもあるんだけどね」

 

「あはは……それはボクにも心当たりがあるな」

 

ニンゲンの話をすると怒る、とは聞いていたけれど、やっぱり疎まれていることは知っているんだろうか。

 

ミノマダムが言っていたことは、シャンデラに言う気にはなれなかった。

 

ふいと外を見ても、月明かりはない。

 

もうこの頃だと、月が出るのは太陽が登り始める直前になる。

 

今日は星明かりもなく、夜がどのくらい更けたのか分からない。

 

結構長く喋った気がするし、今日は帰った方がいいかな。

 

「そろそろ帰るね」

 

「うん。来ても大丈夫そうだったら、また来て」

 

「うん」

 

次はいつ来ようか。

 

お父さんとお母さんはもう住処を見つけちゃったから、明日は引っ越しをしなければいけない。

 

「……そうだ。明後日の昼、来ちゃおうかな」

 

「明後日?」

 

「うん。明日はもう引っ越ししなきゃいけないから、無理なんだけど。でも今はお父さんとお母さんの近くは居心地が悪いし」

 

「そっか。いいよ、またl明後日の昼」

 

シャンデラはまた嬉しそうに腕を揺らした。

 

「うん、じゃあね」

 

小枝を持った手を振って、わたしはぷれはぶを出た。

 

小枝から出た火が川を照らして、水面がキラキラと光っていた。

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