真朱の灯火   作:クロサナ

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急火

えっ。

 

思わず漏れた声は、ぷれはぶの中で嫌にこだました。

 

ぷれはぶの扉を押して、入ったその中には、シャンデラが倒れていた。

 

あれから、渋々引っ越しを手伝って、疲れて夜はすぐに寝てしまった。

 

そうして起きた後、詰め込むように朝食を食べて、ここに向かってきた。

 

お父さんとお母さんに顔を合わせづらくて、急いでここに来てみれば、シャンデラは倒れ伏していた。

 

何かがあったとしたら、この一日半の間。

 

改めて、シャンデラの様子を観察する。

 

顔から突っ伏す様子は、とてもただ寝ているようには見えない。

 

「シャンデラ? 大丈夫?」

 

声をかける。

 

起き上がってくれればよかったのに、ぴくりとも動かない。

 

周りには、緑、青、赤、色とりどりの葉っぱやツタが散らばっている。

 

いくらかは焼けこげていて、シャンデラがこれを燃やしたであろうことだけはわかった。

 

「シャンデラ? ねぇ!」

 

駆け寄って膝をつき、シャンデラの腕や胴を揺する。

 

目一杯揺すっても、起きる気配はなかった。

 

「え、ぇ……」

 

どうしよう。

 

どうすればいいんだろう。

 

——わたしだけじゃダメだ。

 

誰か、助けを呼ぼう。

 

誰を?

 

シャンデラは周りのポケモンにあまり好かれていない。

 

助けを頼んだところで、助けてはくれないだろう。

 

ポケモンはダメ。

 

じゃあ……ニンゲン?

 

シャンデラをそっと寝かせて、ぷれはぶを飛び出す。

 

思い立った瞬間には、もう体が動いていた。

 

ニンゲンを探そう。

 

ぷれはぶを出たら、すぐに横に曲がって、地面を思いっきり蹴る。

 

木の枝をぶんと下に振って、跨った瞬間に炎をめいっぱい発射。

 

決して幅の狭くない川を、ジャンプからニトロチャージで一気に飛び越えた。

 

上空まで飛び上がって、落ちる勢いはサイケこうせんを下に発射して相殺する。

 

ゆっくりと対岸に着地して、また走り出した。

 

そもそもニンゲンがシャンデラを助けてくれるんだろうか。

 

——カガクだ。

 

カガクは、ポケモンを治すこともできたはず。

 

ニンゲンを探すとして、どこにいけばいいんだろう。

 

ニンゲンがいる場所なんて知らない。

 

声を出す?

 

いや、森の中で大声でニンゲンを探すなんて、どんなポケモンに取り押さえられるか分からない。

 

この目でニンゲンを見つけなくては。

 

あのときニンゲンを見たところにいけば、木を切っていたあのニンゲンには会えるかもしれない。

 

持っていたキカイは怖かったけど、話せばわかってくれるかも。

 

全速力で、木が切られていた地点へと駆ける。

 

細い道を、ひたすらに駆け抜ける。

 

ふと目の脇に、木陰で暗い森の中には不自然な白い影が一瞬映った。

 

足を止めて振り向く。

 

背丈はわたしよりもかなり高い。

 

上から下まで、全身真っ白。ところどころに金色の飾りがぴかぴか光っていた。

 

ニンゲンだ。

 

ちりりん、と涼やかな音色が聞こえてきた。

 

ニンゲンらしき影の横には、大きな黄色い体。

 

こっちははっきりとわかる、カイリューだ。

 

白いニンゲンに、カイリュー。

 

あの時ミノマダムから聞いた、あのニンゲンだ。

 

ポケモンを誘拐するとか聞いたけど、今はもうなりふり構っていられない。

 

白いニンゲンの元へと駆け寄った。

 

「ねぇ!」

 

叫びながら近づくと、ニンゲンもわたしに気づいた。

 

何か訳のわからない言葉を喋っている。

 

ニンゲンはいきなりわたしに手を伸ばして——

 

「な、なに?」

 

頭を優しく撫でられた。

 

「ちょっと、そんなことしてる場合じゃ……!」

 

ニンゲンの手にしがみつき、ニンゲンを引っ張る。

 

「どうしたの?」

 

横から声をかけられた。

 

カイリューは優しげな目をしていた。

 

「えと、シャンデラが倒れてて! 助けたくて……!」

 

咄嗟のことで、うまく説明がいかない。

 

「倒れてる? 分かった」

 

でも、カイリューは少し聞いただけですぐにわたしと一緒にニンゲンを引っ張ってくれた。

 

ニンゲンはなんだか戸惑った様子だったが、カイリューと頷き合ってこちらを見た。

 

「案内して!」

 

「う、うん!」

 

カイリューに言われ、わたしは元来た道へと駆け出した。

 

           

 

ニンゲンと一緒にカイリューに乗って川を渡り、わたしは戻ってきた。

 

シャンデラは来た時と腕一つ動いていない。

 

ニンゲンはシャンデラを見るや否や駆け寄った。

 

持っていた硬そうな蓋付きのカゴから、様々な道具を取り出しては、シャンデラに当てがったりしている。

 

わたしとカイリューは、じっとニンゲンの背中を見つめていた。

 

「…………」

 

「どうして僕たちを呼んだの?」

 

急に横から話しかけられた。

 

びくりと体が跳ねたが、見上げたカイリューの瞳は優しげに揺れていた。

 

「……えと、周りに住んでるポケモンじゃダメだったの」

 

「そうなの?」

 

「シャンデラはニンゲンが好きだから、周りのポケモンには嫌われてて」

 

「あぁ、やっぱりそうなんだ」

 

「やっぱり?」

 

「いや、この森のポケモンたちはニンゲンのことが嫌いだよねって思って」

 

「うん、みんなニンゲンは危ないと思ってる。住処を壊したりするから」

 

「まぁ、全部のニンゲンがあいつみたいに良いやつではないよね」

 

「うん……わたしは、良いニンゲンもいると思う」

 

「あいつはその良いニンゲンかもね。色んなところを巡って、傷ついたポケモンを助けてるんだ」

 

「ポケモンを助ける……?」

 

「うん。ニンゲンが嫌いなポケモンしかいないところに来たのは初めてだったから、びっくりしたけどね。でも、嫌われてるからって助けない理由はないって、あいつなら言うよ」

 

カイリューが目線をニンゲンの方にやった。

 

よくわからないが、あのニンゲンは味方だと思っていいのかもしれない。

 

ニンゲンは、シャンデラの周りに落ちている色とりどりの葉っぱやツタを摘んで、何かを言っている。

 

すると、カイリューもそちらに近づいていって、ツタを一本摘み上げた。

 

「あー、こりゃまずいね」

 

「…………?」

 

「ほら見て。この色、確かにロズレイドのツタだ」

 

「ロズレイドの……!?」

 

ロズレイドのツタには、猛毒が含まれている。

 

シャンデラが倒れていた原因は、このせいなのかな。

 

「うん、燃やした形跡もあるから、ロズレイドのツタを燃やしちゃって、毒の煙が出たのかな」

 

「だ、大丈夫なの?」

 

「そのままほっといたらまずかったかもしれないね。でも、僕たちなら助けられるよ」

 

その言葉を理解すると同時に、わたしは大きく息を吐いた。

 

気づかないうちに息が詰まっていたようだった。

 

ニンゲンがこちらを向いて、カイリューに何かを言った。

 

カイリューは一つ鳴いて、両手を合わせる。

 

ちりりん、と涼やかな音色があたりに響いた。

 

二回、三回。なんだか安らぐ音色だった。

 

「これで毒は治るかな。あとはあいつに任せて」

 

カイリューがまたわたしを見た。

 

「う、うん」

 

ニンゲンはまたわたしたちに背中を向けて、シャンデラに何かをしている。

 

何もしていないのも所在なくて、カイリューに話しかけた。

 

「……ねぇ」

 

「ん?」

 

「その、これはカガクで治してるの?」

 

カイリューは目を丸くして、驚いた様子だった。

 

「へー、野生なのに詳しいんだ」

 

「うん、ちょっとだけ」

 

「そう、ニンゲンの科学技術のおかげ」

 

「やっぱりニンゲンはカガクでなんでもできるんだ」

 

「別になんでもではないけどね。ポケモンにはできないこともいくつかできるかもね」

 

「ふーん……?」

 

「ポケモンたちだけでは救えないポケモンを助けるために、僕たちは旅してるんだ」

 

「カイリューはすごいんだね」

 

「僕も昔助けられたからね。恩返しだよ」

 

「恩返し……」

 

「うん。今回は、昨日伐採があったらしいから、怪我したポケモンがいるかもなって思ってここに来たんだ。伐採ではなかったけど、来て正解だったね」

 

バッサイ。シャンデラからも聞いた気がする。

 

多分木を切ることをそう言うのかな。

 

そんなことを考えていると、急にニンゲンが立ち上がった。

 

カイリューに何か話しかけている。

 

「お、もう大丈夫だってさ」

 

カイリューはわたしに微笑みかけた。

 

「ほんと? よかった……」

 

ニンゲンは持っていた荷物をささっとまとめて、わたしの方に歩いてきた。

 

身構えて近づくのを待つと、ニンゲンは何かを言いながらわたしの頭を撫でた。

 

撫でられながら見上げたニンゲンの顔は、嬉しそうに笑っていた。

 

少し照れくさかった。

 

ぱっと手を離すと、ニンゲンはぷれはぶの入り口に歩いて行く。

 

「じゃあね、僕たちはもう行くよ」

 

「あ、その、ありがとう……!」

 

「うん。もうじき起きると思うから、様子見てあげてね」

 

わたしが頷くのを見ると、ニンゲンとカイリューは一度手を振って去っていった。

 

もう背中しか見えなかったけれど、あのニンゲンの笑顔は脳裏に焼き付いていた。

 

           

 

目を離すのも心配で、結局何をするでもなくぷれはぶにずっといた、

 

もうじき起きるとカイリューは言っていたけど、シャンデラが起きた時には太陽はだいぶ傾いていた。

 

そろそろ帰り時を考えようと思っていたところに、やっとシャンデラは起きた。

 

起きたシャンデラは記憶があまりないようで不思議そうな顔をしていた。

 

わたしが起こったこと説明すると、みるみる怯えた顔になって、何度も謝られた。

 

それから、最後に一度だけ、ありがとうと言われた。

 

夕暮れ時が近づいていて一旦は帰ったものの、日が沈んでも寝付けなかった。

 

見送る時のシャンデラのふらつきを見てしまうと、どうにも心配になる。

 

結局新しい住処をこっそり抜け出してきてしまった。

 

前の住処よりも川から遠かったから、道のりが遠い。

 

今日は新月の日だから、空は夜通し暗いまま。

 

闇の中を無心で走って、ぷれはぶに辿り着く。

 

シャンデラは大丈夫だろうか。

 

丸い石ころを蹴飛ばして進むと、ぷれはぶのとびらが勝手に開いた。

 

「…………」

 

シャンデラがしずしずと外に出てきた。

 

「あ、気づいてたんだ」

 

「うん。夜にここまで来るのはキミくらいだから」

 

「そっか。中入ってもいい?」

 

「うん、大丈夫」

 

ぷれはぶに入ると、目の前には既にニンゲンの作った椅子が置かれていた。

 

昼に来た時は何もなかったと思うけど。

 

わたしが来るのをわかっていたんだろうか。

 

ともあれ椅子に腰掛ける。

 

シャンデラもわたしの目の前で天井にぶら下がった。

 

「ずっと思ってたんだけど」

 

「ん、どうしたの?」

 

「どうやってぶら下がってるの?」

 

「これ? うーん、難しいな」

 

「…………?」

 

「シャドーボールみたいな感じなんだよね。念を集めて塊にするんだよ。それを、球じゃなくてヒモにしてる感じ」

 

「ふーん……?」

 

別にシャドーボールも使えるわけじゃないから、よくわからなかった。

 

サイケこうせんの感覚なら分かるけど、ああいう感じなんだろうか。

 

「それより」

 

シャンデラが正面に居直った。

 

「その、昼はごめんね」

 

「別にもういいよ、気にしてない」

 

「うん……」

 

またシャンデラは黙りこくってしまう。

 

視線は泳いでいて、何か言いたげだった。

 

「どうしたの?」

 

促すと、シャンデラはチラリとこちらを見た。

 

外が見える壁に近づいて、月明かりのない空を見上げている。

 

 

「その、ボクは多分もう長くないんだ」

 

 

「長く、ない? ……なにが?」

 

「命が」

 

「命……」

 

信じられなくて思わず聞き返してしまったけれど、シャンデラはあっさりと言い放つ。

 

どう反応すればいいかわからなかった。

 

「い、いきなりごめん。でも、助けてもらったし、事情は言っておかなくちゃって思って」

 

「…………」

 

「……いや、ボクが誰かに言いたいだけかもしれない。聞いてくれる?」

 

そういきなり問われて、すぐには言葉は出なかった。

 

ややあって、わたしは頷いた。

 

「うん、聞く」

 

「ありがとう」

 

シャンデラは遠くの真っ暗な空を見つめながら、ポツポツと話し始めた。

 

  ꚸ  ꚸ  ꚸ  

 

元々ボクは病弱な体質なんだ

 

ボクの炎、橙色でしょ?

 

『うん、綺麗だよね』

 

綺麗……嬉しいけど、普通のシャンデラは青い色なんだ。

 

ニンゲンたちの中には、ポケモンの体に詳しいニンゲンがいてね。

 

ボクを捕まえていたトレーナーが、そのニンゲンにボクを見せたんだ。

 

そしたら、赤い炎はきちんと燃やせていない証拠なんだって、言ってた。

 

普通のシャンデラよりも体が弱くて、エネルギーが少ないから、きちんと燃やせていないんだって。

 

だからボクは体調を崩しやすいんだ。

 

それに、それだけじゃなくて。

 

自分で持ってるエネルギーが少ないから、周りからたくさんエネルギーを吸なわきゃいけなかった。

 

ボクの周りにいたポケモンやニンゲンが、ボクにエネルギーを吸われて体調を崩したんだ。

 

普通のシャンデラならそうたくさん吸わなくてもちゃんと頭を燃やせるんだけど、ボクはそうはいかなかった。

 

ボクが体調崩すだけだったらまだしも、ボクのトレーナーまで危険になるのは嫌で、家を出たんだ。

 

トレーナーの元を離れて、それでここに来た。

 

こっちではなるべく他のポケモンの生命エネルギーを吸わないようにしようと思って。

 

それで落ち葉を集めて頭を燃やしたり、きのみを食べたりしてた。

 

でもやっぱりボクはシャンデラだから、生命エネルギーを吸わないと栄養が足りないんだ。

 

前に今は元気だって言ったと思うんだけど、あれは嘘。

 

ごめんね、あんまり知り合ったばかりのポケモンに心配されるのも嫌で。

 

『うん……でも、その、長くないっていうのは?』

 

それは今日思ったこと。

 

今日はキミが来るのをわかってたから、少し華やかにしてみようかなって思ってハーブを燃やそうと思ってたんだ。

 

いい香りがするから、好きで。

 

ハーブは近所のロズレイドさんも好きだから、毒のツタが残ってたりすることは知ってたんだけど。

 

ゴーストタイプだから、今までは少しの毒くらいなら平気で。

 

今回もそう思ってやってみたら、倒れちゃった。

 

それでもう体も限界なのかもしれないって思って。

 

そんな顔しないで、最後に楽しかったからいいんだ。

 

……不思議そうな顔してるね。

 

キミのことだよ。

 

『え、わたし?』

 

うん。

 

ボクはニンゲンのことが好きなのに、ここのポケモンたちはみんなニンゲンが嫌いで少し嫌だったんだ。

 

このプレハブに住んでからだいぶ経って、もう流石に諦めてた。

 

このまま一匹で、このプレハブで朽ちるのもいいかなって、思ってた。

 

ちょうどあの日もそんなこと考えてたんだ。

 

キミが来た日。

 

入ってくるポケモンがいたことにもうびっくりしてたけど、ニンゲンのこと聞かれて本当にびっくりしちゃった。

 

今でもあの時の驚きは覚えてるよ。

 

でも、ニンゲンの話を聞いてくれたことも、話せたのも嬉しかったし。

 

……まぁあと、ボクの焼いたきのみを美味しいって言ってくれたことも。

 

キミと話すのはすごく楽しかった。

 

だから、最後にいい思い出だったなぁって。

 

  ꚸ  ꚸ  ꚸ  

 

「ねえちょっと!」

 

自分でもびっくりするくらいの声が出た。

 

シャンデラがびくりと震えて、こちらを見る。

 

「な、なに……?」

 

シャンデラは怯えたような目でわたしを見る。

 

思っていたより声を張ってしまったせいで、少し気まずい。

 

「その、なんで今から死んじゃうみたいな言い方してるの?」

 

「だって、もう長くないから……」

 

「まだ全然生きてるじゃん! わたしと喋れてるんだから」

 

わたしはまた叫んだ。

 

シャンデラの勝手に諦めてしまっている態度がもどかしい。

 

「……良くなったけど、今も少し苦しいんだ。体が重くて」

 

そう言われてしまうと、怒鳴るのもなんだか申し訳ない。

 

「じゃあ、わたしからエネルギー吸ってもいいよ。倒れないくらいなら」

 

「いや、それは……」

 

「シャンデラにはたくさん話を聞かせてもらったし」

 

「…………でも」

 

「わたしの生命エネルギー? でシャンデラが良くなるなら」

 

「いや、ダメなんだ」

 

わたしの言葉は遮られた。

 

「なんでよ」

 

「また、ボクのトレーナーみたいに倒れさせちゃうのが怖いから」

 

「…………」

 

「気づかないうちに取りすぎちゃうんだ。あの時はなんとか大丈夫だったけど、またそうならない保証はないし」

 

「じゃあ……」

 

なんとかして、シャンデラの諦めを否定したかった。

 

とは言っても、そうすぐには思いつかない。

 

「じゃあ、ニンゲンのところに行こうよ!」

 

考えるよりも先に、口が動いた。

 

そうだ、ニンゲンならなんとかしてくれるかもしれない。

 

「ニンゲンでもダメだったから、ボクは今ここにいるんだよ……」

 

「でも今日のニンゲンはシャンデラを助けてくれたじゃない」

 

「今日のは毒だったけど、体は生まれつきだから……」

 

そう言われてしまうと、具体的に何か反論はできなかった。

 

「…………」

 

「もう、仕方がないんだ」

 

もう完全に諦めてしまったようだった。

 

どうにか勇気づける言葉を探しても、もう何も見つからない。

 

重苦しい沈黙が横たわる。

 

わたしの枝先に灯る火だけがパチパチと弾けていた。

 

しばらくして、シャンデラはわたしの火から目を背けた。

 

壁に埋まっている透明な板越しに、空を眺める。

 

「外、暗いね」

 

「……新月だから」

 

「死んだ世界は、こんな感じなのかな」

 

どんどん進んではいけない方向に話が進んでいる。

 

暗い空を見ていると、わたしも気が滅入ってきそうだった。

 

元気付ける言葉……。

 

暗い空……。

 

「ねぇ、シャンデラ」

 

「……? なーに?」

 

「ついてきて」

 

「え、どうしたの?」

 

「いいから」

 

シャンデラの腕を引っ張って、半ば強引にぷれはぶの外に連れ出した。

 

「なにか、するの?」

 

わたしを見るシャンデラは、変わらず意気消沈した表情。

 

「ちょっと、見てて」

 

空を見上げる。

 

周りには木々もなくて、ただ真っ暗な空が広がっていた。

 

燃え移りもしない、大丈夫。

 

シャンデラの横に立った。

 

枝を持って、目を閉じて、少し精神統一。

 

最近はあんまりやってなかったけど、まだできるはず。

 

両手で枝を回しながら、踊るように足を一歩踏み出す。

 

枝に炎を灯し、枝を右手だけに持ち替えて、炎を真上に打ち上げる。

 

パチパチと音を立てるはじけるほのおは、上空に勢いよく登っていった。

 

空に登る炎に枝を向けて、狙いを定める。

 

ひゅんひゅんと連続で、火花に向けてサイケこうせんを打ち出した。

 

目に眩しい色とりどりの光線が真っ暗な夜空を切り裂いて——

 

ぱーーん。

 

はじけるほのおにサイケこうせんが当たって、小気味良い音を立てて爆発する。

 

赤、橙、緑、さまざまに色づいた炎が真っ黒な空を彩った。

 

今度は連続ではじけるほのおを打ち出す。

 

二個、三個、四個、打ち上げる。

 

火花は音も立てずに上空に放られた。

 

狙いすまして、サイケこうせんをいくつも放つ。

 

ぱーん、ぱーん、と火花がまた爆発する。

 

最初の火が消えて暗くなった夜空を、また炎が鮮やかに彩った。

 

「ほら」

 

声をかけると、シャンデラがこちらを見たのが横目にわかった。

 

火花と光線を空に送りながら、わたしは続ける。

 

「空。これで暗くないよ」

 

元々は、暗い日にお母さんが「花火」と言ってやってくれたもの。

 

綺麗で、カッコよくて、テールナーに進化した時にはずっと練習していた。

 

周りに住むポケモンたちにも披露したりして、ちょっとした得意技だった。

 

「……うん」

 

シャンデラは、気の抜けた返事。

 

チラリとシャンデラを横目に見る。

 

シャンデラはわたしをボーッと見ていた。

 

魂を抜かれてしまったような表情が面白くて、口角が上がった。

 

「綺麗でしょ。昔練習してたんだ」

 

「そうだね、すごく綺麗……」

 

「ね、シャンデラ」

 

最後の光線を放ってから、シャンデラに向き直る。

 

「ん、なに?」

 

「一緒にニンゲンのところに行きましょ」

 

ぱーん、と花火が鳴って、夜空がまた彩られる。

 

シャンデラの透き通る体に、花火が映った。

 

「……え」

 

「そしたら、シャンデラの体も治るかも」

 

手を止める前最後に上げた花火が散って、また辺りは暗闇に包まれる。

 

しばらくして、消え入るような細い声が聞こえた。

 

「一緒に?」

 

「わたしも行きたいから」

 

「……じゃあ、一緒に行こう」

 

「うん。すぐにでも」

 

「…………ありがとう」

 

シャンデラもそんなに長くないと言っていたし、あまり時間に猶予はなさそう。

 

もう明日には出るくらいの気持ちでいなきゃ。

 

シャンデラの話を聞いてから、シャンデラにはまだ生きていて欲しいと思った。

 

自分で言っておきながら、急すぎる展開だけど……。

 

でもいい機会だったかもしれない。

 

ずっとこのニンゲンがいないところでニンゲンを探していても仕方がないから。

 

「……あと」

 

シャンデラがもう一度空を見上げた。

 

「すごく楽しかった」

 

「ほんと? よかった。前はよく練習してたんだ」

 

「ニンゲンの世界でもね、「花火」って言って、同じようなことをするんだ」

 

「え、そうなの? わたしのお母さんも花火って言ってたよ」

 

「それはすごい偶然だね」

 

ニンゲンと同じことをやっていたというのは、なんだか嬉しかった。

 

シャンデラはまだ空を見つめたまま。

 

「ボクは、花火のことは知ってたけど、直接花火を見たことがなくて。……ずっと見たいって思ってた」

 

「そう、なんだ」

 

だからあんなに見惚れていたんだ。

 

「キミはすごいね」

 

「ありがと。花火はちょっと自信あるんだ」

 

「うん、綺麗だった」

 

そう次から次へ褒められると、嬉しいような、気恥ずかしいような。

 

「……今日はそろそろ帰るね。ニンゲンのところに行く準備も、すぐしとく」

 

「ありがとう……。またね」

 

「うん、また。明日に」

 

決して照れ隠しってわけじゃないけど、わたしは足早に河原を去った。

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