真朱の灯火   作:クロサナ

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送火

  ꚸ  ꚸ  ꚸ  

 

この炎を見てください。

 

シャンデラ一族は本来炎は青いはずなんです。

 

ボクは体が弱くて、炎の勢いが弱いから、こんな色をしています。

 

一度消しますね。

 

先程からずっと、あなた方の生命エネルギーを頂戴していました。すみません。

 

代わりに誰か火をつけていただけると——ありがとうございます。

 

……ご存知の通り、ボクは元々ニンゲンと暮らしていました。

 

でも、ニンゲンの元を離れなければいけなかったんです。

 

体が弱くて、一緒に暮らしていたニンゲンから生命エネルギーを多く吸わないとボクは生きられなくて。

 

ニンゲンを殺してしまわないように、ボクはニンゲンの元を離れてここに来ました。

 

そうして、あのニンゲンが作った住処で暮らしていたんです。

 

ある時いきなりやってきたのがテールナーでした。

 

テールナーはニンゲンのことを嫌っていなくて。

 

知っての通りここのポケモンたちはほとんどニンゲンが嫌いですよね。

 

ここに来たばかりの頃のボクはほとんどニンゲンのことしか知りませんでした。

 

色んなポケモンにニンゲンの話をしてしまって、嫌われてしまっていて。

 

ここでもボクは孤独でした。

 

それなのに、テールナーはニンゲンの話を聞いてくれます。

 

それが嬉しくて。

 

それで、夜にテールナーがここに来て、ボクがニンゲンの話をするようになったんです。

 

  ꚸ  ꚸ  ꚸ  

 

シャンデラが話し終えたと言うようにお父さんとお母さんをそれぞれ見た。

 

途中何度もお母さんが怒りに叫んでいたが、その度にお父さんは宥めていた。

 

ほとんどわたしは知っている内容だったけど、改めて他のポケモンの口から聞くのはなんだか新鮮だった。

 

シャンデラがわたしに何を思っていたのかを聞くのも、初めて。

 

「お前の話は分かった」

 

お父さんがこちらに向いた。

 

「テールナー」

 

「……え、何?」

 

「お前が夜に抜け出しているのは、俺は気づいていたんだ」

 

「「えっ?」」

 

お母さんとわたしの声が重なった。

 

気づかれていないと思っていたけれど、お母さんには気づかれていなかったらしかった。

 

「ちょっと、なんで言ってくれなかったの⁉︎」

 

「……わざわざ眠る時間を削ってまで抜け出してるんだ。何も考えていない行動じゃない」

 

「でも……」

 

「お前は、何をしたいんだ?」

 

「……わたしは」

 

言っていいのだろうか。

 

お父さんの鋭い視線はわたしを丸ごと貫いている。

 

隠そうとして隠し通せる気もしなかった。

 

それに、ここまでバレてもう今更。

 

背中にジリジリと焼けるような感覚を覚えながら、精一杯口を開いた。

 

「わたしは、ニンゲンの暮らす場所に行きたい」

 

「何をしに」

 

被せるようにお父さんが再び聞いてきた。

 

その答えは、ちゃんとある。

 

「ニンゲンは悪いやつばっかじゃないって思うから、それを確かめる。カガクの力も見てみたい。それに……」

 

チラリとシャンデラを見た。

 

シャンデラは不思議そうに腕を揺らした。

 

「シャンデラがもっと生きられる方法もニンゲンなら知ってるかもしれないから」

 

口を突いて出た言葉。

 

言ってみて、内心自分でびっくりした。

 

確かにニンゲンのところに行けば治るかもとシャンデラには言ったけど。

 

でも、不思議とその目的に違和感はなかった。

 

シャンデラにはまだ生きていてほしいと思う。

 

「ダメよ!」

 

お母さんが怒号というよりは悲鳴に近い声を出す。

 

「危ないところに行って、テールナーが不幸な目に遭って、いいわけないじゃない!」

 

キッとシャンデラを睨みつけて、それからお母さんはお父さんの肩を掴んだ。

 

「貴方だって! なんで止めないの⁉︎」

 

「……俺も本当は止めたい。でも」

 

「でもじゃないわよ! 貴方だって心配してるじゃない!」

 

「俺は。親の言い分を切って捨てたから今ここにいる」

 

「私たちのこととニンゲンのところに行くのは全然状況が違うじゃない!」

 

「親が縛っているのは同じだ」

 

「いいえ。貴方の親は族のために言ってて、私たちはテールナーのためなのよ?」

 

「確かにそこは違うが……」

 

お父さんが言い淀んでいる姿は久しぶりに見た。

 

それほどにお母さんは怒っているし、わたしを心配してくれていた。

 

「あの」

 

夫婦の言い合いに、横槍が入った。

 

「一緒に行こうっていうボクの立場で言うのは違うかもしれませんが、一つだけ言わせてもらえませんか」

 

「あなたが? ……なによ」

 

「ボクは体が弱いせいで色んなことを諦めてきました。ニンゲンといる時も、ニンゲンと離れたことも、ここに来てからでも、やりたいことができたことがほとんどないんです」

 

「……それで?」

 

「やりたいことが不幸になる可能性があるから避ける、というのはもちろんわかります。でも」

 

だから、と置いて、シャンデラは丸い目でお母さんを見つめる。

 

「やりたいことが、やりたいのにできない方が、不幸だと思うんです」

 

怪訝な目でシャンデラを見ていたお母さんの目が、丸く見開かれた。

 

なぜかお父さんも、驚いたように目が吊り上がっていた。

 

「テールナーには、やりたいことを諦めて欲しくないんです」

 

「…………」

 

「もしかしたら、ボクにはなかった自由を代わりにやってもらおうとしているだけかもしれません。でも、そのために応援したくて」

 

そこまでシャンデラがしゃべると、お母さんが大きく息を吸って、ふーっと長く息を吐いた。

 

「なんで知ってるのよ……」

 

「……はい?」

 

「確かに……そうね」

 

どうしていきなり納得したんだろう。

 

思わず首を傾げながらお母さんを見ると、目が合った。

 

「……お父さんに全く同じことを言ったの。私。それで駆け落ちしたのよ」

 

「あぁ」

 

お母さんはどこか諦めたような目をしていた。

 

お父さんが頷く。

 

「族に縛られてやりたいことができない方が不幸だ! って。全く同じでしょ」

 

「……うん」

 

「何か、そういう超能力なの?」

 

シャンデラを見やるお母さんの目は、さっきまでと違って穏やかだった。

 

「え、いえ! たまたまです」

 

「そう……そうなのね」

 

お母さんは遠くの空を見上げた。

 

「……俺は、お前を止めに来たんじゃないんだ」

 

「……えっ?」

 

「っと、あっちに置いてあったか」

 

お父さんは足音を響かせて、河原の入り口の方へと歩いて行った。

 

戻ってくるお父さんの手には、葉っぱのカゴがひとつ。

 

「それ……!」

 

わたしが今日準備をして置いてきてしまった、きのみカゴだった。

 

「言い争ってる間に気づいたんだ。寝る場所にこんな準備をするのは、何かあるだろうと思って届けに来た」

 

よく見たら、一つだけきのみが増えていた。

 

カシブのみを干した、お守り。

 

お父さんは全部気づいていて、それでも見守っていてくれたんだ。

 

心配もかけていたはずなのに。

 

嬉しさ、申し訳なさ、温かさ、色んな気持ちがごちゃ混ぜになる。

 

「一匹で行くんだと思っていたから心配だったが、そいつがいるなら少しは安心できる」

 

シャンデラを一瞥して、お父さんはわたしにカゴを差し出した。

 

「テールナー。お前が思う正しいことをしろ」

 

ずっと不安だった。

 

わたしの考えていることが正しいのか。

 

それを、こう言われて。

 

視界がぼやける。

 

焼けるように目が熱い。

 

水滴がいくつも流れて止まらない。

 

勝手に嗚咽が漏れる。

 

こんなに泣くの、いつ以来かな。

 

泣きながら、そんなことを考えていた。

 

           

 

泣き止んでから、お父さんとお母さんとまた少し話した。

 

ここで夜を明かそうとしていたのも、お父さんにはバレていた。

 

『ニンゲンたちの住処へはここの方が近いから、ここで寝なさい。朝になったらフォッコも連れてまた見送りに来る』

 

それだけお父さんが言って、二匹は帰っていった。

 

二匹が森の向こうの暗闇に消えると、シャンデラの体がふらりとぐらついた。

 

後ろから地面に吸い寄せられるシャンデラをとっさに受け止めた。

 

「だ、だいじょうぶ⁉」

 

「気が緩んじゃって……ありがとう」

 

受け止め続ける体力はなくて、ゆっくりと河原に寝かす。

 

「炎をくれない? ちょっとエネルギー使いすぎたみたい」

 

「えっと、そのまま当てればいいの?」

 

「うん、それで大丈夫」

 

シャンデラから少し離れて、枝を取り出してシャンデラに向けた。

 

枝の先から炎が噴き出て、シャンデラを包み込む。

 

シャンデラの体がほのかに光って、炎は全て飲み込まれてしまった。

 

「これでいい?」

 

「ありがとう。あと、申し訳ないんだけど……少し生命エネルギーももらってもいいかな」

 

「うん、もちろん」

 

どうせシャンデラが助けてくれなかったら、わたしはどうなっていたかわからない。

 

シャンデラの腕に、小さな炎が宿る。

 

ゆっくりとシャンデラが体を起こすと、シャンデラの頭から炎が立ち昇った。

 

体がふわふわとした心地よい気だるさに包まれる。

 

揺れるシャンデラの頭の炎に視線が吸い込まれる。

 

パチパチと何かが焼ける音だけが河原に響いた。

 

ややあって、パッと炎が消えた。

 

辺りが暗闇に包まれる。

 

はっと我に返って、わたしはまた枝に炎を灯した。

 

「ありがとう。もう動けそう」

 

「よかった」

 

なんとなくシャンデラを見つめていたら、シャンデラも何も言わずにわたしに視線を向けてきた。

 

「……シャンデラ、強いんだね」

 

「うん。ボクのトレーナーは戦うポケモンを育ててたんだ」

 

「戦うポケモン?」

 

「うん。ポケモン同士が戦うのがニンゲンに人気なんだ」

 

「シャンデラも?」

 

「ボクも戦う訓練をしてたよ。体が弱いのが分かってからはあまりやらなくなっちゃったけどね。弟が強かったんだ。今も色んなポケモンと戦ってるのかなぁ」

 

「一緒に練習してたんだ」

 

「うん。無駄だったと思ってたけど、役に立って良かった」

 

「その、ありがと。助けてくれて。言いそびれちゃってた」

 

そういえば言っていなかったと思い出して、改めて今伝えた。

 

気にしないで、とシャンデラは体を揺らして笑う。

 

もう一つ、思い出した。

 

『ボクじゃ……だめかな』

 

番の話。

 

いきなり飛び出してきちゃったのに、シャンデラは助けに来てくれた。

 

シャンデラがいなかったら、多分このまま帰っていたと思う。

 

ずっとモヤモヤしたまま生きていた気がする。

 

あの時は驚いて警戒してしまった。

 

もう警戒する理由がないことは分かっている。

 

「どうしたの?」

 

黙りこくってしまったわたしを、シャンデラが覗き込む。

 

「えっと、その」

 

いざ言い出そうとすると、言葉がつかえた。

 

言いたい言葉はもう出来上がっているのに、喉の奥でぐるぐると回り続けて出てこない。

 

「…………?」

 

「あっと……」

 

「…………」

 

「………いいよ」

 

「その……なにが?」

 

「……つ、番」

 

シャンデラの頭から火柱が立った。

 

シャンデラのまん丸の目は、最初に会った時のように大きく開かれていた。

 

「……いいの?」

 

「うん……いきなり飛び出しちゃってごめん」

 

「いいよ、気にしなくて。ボクもいきなり言っちゃってごめんね」

 

「ううん、その、最初はシャンデラのこと疑ってたの」

 

「疑う?」

 

「何かはわからないけど、もしかしたら何かに利用されるかもしれないって。あんまりポケモンのこと信用しないようにしてたから、つい」

 

「そっか、しょうがないよ」

 

「でもシャンデラは、色んなこと教えてくれたし、助けてくれたから。疑う理由なんかない」

 

シャンデラは気恥ずかしそうに体を揺らしていた。

 

「番って言うとやっぱりちょっと違う気もするけど。でも、また今日みたいに護ってほしい」

 

シャンデラと一瞬目が合った。

 

すぐにお互い目線を逸らす。

 

「うん。体が保つかわからないけど、任せて」

 

シャンデラが腕を差し出してきた。

 

くるりと巻かれた部分を両手できゅっと掴む。

 

シャンデラの腕はぽかぽかと温かかった。

 

「プレハブ入ろっか」

 

「うん」

 

腕を掴んだまま、わたしたちはぷれはぶに戻った。

 

           

 

ひんやりとした気持ちいい風が一陣吹き抜ける。

 

朝日が頭上の葉を煌めかせている。

 

わたしたちは昨日戦った場所でお父さんたちを待っていた。

 

河原から森へと続く道をじっと見つめていると、ポケモンの影が3つ。

 

大きな影と、中くらいの影と、小さな影。

 

「ボク、川の前で待ってるから。ゆっくり話してね」

 

シャンデラはわたしの横から離れて、後ろの方に行ってしまった。

 

しれっとカゴをわたしの手から取って、持っていってくれた。

 

影がどんどん近づいてくる。

 

わたしも3匹に駆け寄った。

 

一番に声を出したのは、フォッコだった。

 

「お姉ちゃん、どこいくの?」

 

純真な疑問だった。

 

「あーえっと」

 

わたしは認めてもらったけど、フォッコに言っていいものか。

 

悩んでお母さんを見た。

 

「お姉ちゃんは冒険に行くのよ」

 

お母さんは杖をそっと自分の口に当てた。

 

「えーすごい! がんばって!」

 

一応隠しているみたいだ。

 

「うん、頑張るね」

 

膝を折ってフォッコと目線を合わせる。

 

フォッコのキラキラした目に、思わず微笑んだ。

 

フォッコの頭を撫でて、立ち上がる。

 

お母さんは昨日と同じ、心配そうな表情だった。

 

「……本当に行くのね」

 

「うん……ごめんなさい」

 

「私の方こそ。今まで怒鳴ったりしてて、ごめんね」

 

「ううん。わたしも心配してくれてたのは分かってたのに」

 

「謝らないで。本当のこと言うなら、心配だけど……ね?」

 

「あぁ。まだ行ってほしいとは思っちゃいない」

 

お母さんがお父さんと視線を交わす。

 

あの後も二ひきで色々喋ったのかもしれない。

 

「言った通りだ。お前が思う正しいことをしろ。気が済まなきゃ戻ってこなくていい」

 

相変わらず強い眼光だった。

 

でも、瞳の奥に優しさがあるのはよく知っている。

 

「もう! よく言うわ」

 

「……なんだ」

 

「寝る前。もう一回会えるか一番気にしてたのは私より貴方じゃない」

 

「……言うな」

 

お父さんは右手で自分のツノを触った。

 

手で隠れて表情が見えない。

 

「待たせてるんだろう。早くしないと、夜にならないうちに森を抜けられん」

 

「……うん。じゃあ、行くね」

 

一歩、二歩、後ろに足を進めた。

 

「がんばって!」

 

「気が向いたら、戻ってきてね」

 

「元気でな」

 

「……うん!」

 

少し声が震えた。

 

くるりと川の方を向いて、シャンデラの方に走った。

 

シャンデラのすぐ向こうで、川の水面が陽の光を跳ね返してキラキラと輝いていた。

 

 

 

fin.

 

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