ふわり、ふわり、と歩を進める度に全身を包むベールが揺れるのを感じる。
クレセリアをイメージした服なんて、今の俺には似合ったもんじゃない。
くるぶしまで隠すほど胴の長い、夜明けの空のようなパステルブルーの神父衣装。
月明かりのような薄い黄色のウィザードハット。
肩から下を包む薄ピンクのベール。
おおよそ成人男性が着て街を歩くような格好ではない。
俺が幼い女の子だったとしても周囲から視線を集めることは間違いない。
この服自体は好きではある。
夢見屋の人気が出てきてから、自分で注文した服だから。
メディア受けもいいし。
クレセリアになったようで、この格好で歩くのは少し楽しいし。
でも、このファンシーな格好が昔と比べて擦れてしまった自分の心に反していて、何度着ても落ち着かない。
この格好をして歩けば歩くほど、クレセリアとは違う自分の中身を強く意識してしまう。
「……り?」
「あぁ、すまん。大丈夫」
歩きながらベールの位置をいじっていたら、少し前を歩くスリーパーが振り向いてきた。
そんなしょうもないこと別に気づかなくていいのに、聡いやつ。
「……っと。ここか」
「すり」
目深に被っていたウィザードハットを上に押しやる。
真っ赤な夕焼けの中に、真っ白で四角い建物があった。
屋根もなく、壁に何かがあるでもなく、不気味なまでに真っ白の壁と窓だけがついた直方体。
何度来ても異様なオーラを纏っていて、うすら怖い。
拘置所はどこもこんな建物で困る。
とはいえ何回も来ると慣れてしまって、最初は怯え気味だったスリーパーも建物を一瞥しただけでスタスタと先に行ってしまう。
正門両脇にいる屈強そうな警官の4つの視線を感じながら、門のレールを踏んだ。
もはや拘置所に顔パスで入れるようになってしまった。
顔というよりは服装パスだけれど。
入り口を開けると、飾り気のない無機質な受付が見えた。
スリーパーより少し前に出て、受付へと足を運ぶ。
「すみません、夢見屋の者です」
「はい、お話は伺っています。少々お待ちください」
受付のお兄さんはこちらを一瞥すると、目の前にある名札を1つ取った。
「こちらをお掛けください。スリーパーにはこちらを」
「ありがとうございます」
名札を受け取って、首にかける。
一緒にもらったリストバンドをスリーパーの振り子を持っていない手につけた。
「担当の者はあちらに進んで階段を上がっていただいて、すぐ右手の職員部屋にいるかと思います」
「分かりました、どうも」
軽く頭を下げて、言われた通り目の前の階段を上がった。
かつ、かつ、かつ、自分の足音だけが反響して聞こえてくる。
夕方なのもあって、人の気配が全くない。
階段を上がるのが若干苦手なスリーパーに合わせて、ゆっくりと階段を踏み締める。
踊り場を曲がると、ぴろんぴろんぴろんじゃーん、と謎の効果音が聞こえてきた。
職員がニュース番組でも見ているらしい。
「続いてのニュースです。一昨日夜に確保された殺人ゴーゴートについて、少なくとも10人以上の事件がこのゴーゴートによるものであると警察が発表しました」
スリーパーのために階段を見ていた視線が跳ね上がる。
——そんなに殺しているのか。これから会うゴーゴートは。
「ゴーゴートは街の公園に住み着いており、モンスターボールで仮捕獲されたことからトレーナーの手持ちポケモンではないことがこれまで明らかになっています」
おそらく厳重な檻の中に入っているだろうし、どうせすぐに眠らせてしまうから、直接危険ではないだろうが。
今晩の夢は覚悟を決めなければいけないかもしれない。
スリーパーと階段を上り切る。
「警察は今後、街の監視カメラや夢見分析などからゴーゴートの行動を調べる方針を明らかにしています」
すぐ右側の扉が開いた部屋から、そのニュースは聞こえてきていた。
「すみません、夢見屋の者です」
「この事件について、ポケモン行動心理学の権威であ
「あっ、はいー! 入っちゃって大丈夫ですー!」
中で1人座っていた警官がこちらに手を振っていた。
ニュースを見ていたスマホでも止めたんだろう、アナウンサーの声がぷつりと止まった。
部屋に入ると、ずらっと机が並んだ列が3本。
どの机も電子機器や資料らしき紙で埋め尽くされていた。
人は真ん中の列、入り口に近いところに1人だけ。
茶色というよりはオレンジ色の、まとまりあるパーマの髪型。
服こそ警官のものでも、あまり警官にいそうな真面目な見た目には見えなかった。
「ども、お疲れさまっす」
さっきの呼び方といい、見た目といい、よくいえば親しみやすい人だった。
「1人なんですね」
「こんな夕方っすからね。警察ってあんま時間外手当もないんですよ?」
「申し訳ないです」
「あーいえいえ、気にしないでください! 待ってる間働いてたわけでもないんで!」
右手をブンブンと振って大声で笑うその警官は、やっぱり警官にはあまり見えない。
「ならよかったです」
「とりあえず、さっさと済ませちゃいましょうか」
警官は懐から鍵を一つ取り出して、クルクルと回してみせた。
「はい、お願いします」
スリーパーに行くぞと合図をして、警官と一緒に部屋から出る。
先導してもらおうと思っていたら、警官がぐるんとこちらを振り返った
「あっそういえば全然名乗ってないっすね! すみません!」
「いえいえ」
「改めまして、テオルザと申します。まぁ適当に呼んでください」
言いながら、テオルザは警官服の内側から名刺を取って差し出してきた。
「ありがとうございます。夢見屋のレムノです」
「レムノさん! おっけーです、行きましょう!」
なんで名乗っただけでそんなに楽しそうなんだろう。
別に楽しそうなのはいいことだけども。
いつもの警官よりも話しやすいし。
「それで、今回はゴーゴートの件ですよね」
クリアファイルを一つ脇に持って、テオルザが歩き出す。
横に並ぶと、テオルザはくいっと下から窺うように顔をこちらに向けてきた。
「えぇそうです、ちょうどニュース見てませんでしたか?」
「あ、聞いてました? そうですそうです」
「普通のニュースなら聞き流してましたけど、あまりにもタイムリーで」
「まぁここ数日話題ですからねー。十数人も殺したポケモンなんてそりゃ大ニュースっすよ」
「先に情報なんか聞いても?」
「お、はい。分かりました。えーっと……」
テオルザは歩きながら持っていたクリアファイルに挟まる紙をペラペラとめくる。
ꚸ ꚸ ꚸ
そうっすねー、事件は起こったのがここ3ヶ月くらいの話です。
この辺の公園で殺害事件が相次いでたんですよね。
公園にごろっと人の死体と首が落ちてて、周りに血がびしゃーみたいな。
そんなんがポツポツと連続発生してて。
一応画像もありますけど……見ないっすよね?
で、これがまた不自然で。
争った形跡もなければ周囲に指紋とか凶器もないし。
付近で叫び声とかを聞いたって話も一切ないし。
ホームレスにサラリーマンに、対象もバラバラだし。
財布とかも金目っぽい物も全部残ってるし。
あと、死んだ人みんな安らかな顔してるって話もありましたかね。
首は全部骨までスパーって切れてて、ポケモンを使った犯行なことくらいしか情報がない事件がいくつもあったんですよ。
現場に情報は全然ないし、その上死んだ人がなんかみんな身寄りがない人で、家族とかから情報聞くことも全部できなくて。
解決しようにもとにかくよく分からなかったんですよ。
そんなところに一昨日ですかね。
深夜に夜の公園で血まみれのゴーゴートがいたって通報があって。
夜番の当直全員出動でなんとか捕まえたってのがここまでの話です。
ポケモンがこんな長期間にわたって殺すことなんかないし、長期間にしては殺す人数も少ないですし、なんも分かってない状況ですね。
切れる技がリーフブレードくらいなんで多分リーフブレードしてたのかな? くらいしか事件に関しては今のところ分かってません。
あとは……ゴーゴートは特に外傷や病気もなく健康体ですね。
誰かトレーナーのポケモンでもなくて。
びっくりだったのが、ゴーゴート自体は目撃情報が結構あったんですよ。
街で聞いたらちょっと前にうちの子が公園でゴーゴートと遊んでたわ! みたいな家族とかも出てきて。
ヤバいですよね。子供が殺人ポケモンと遊んでたとか考えたくもないっす。
まぁそんな感じで、気性的にも人を殺す感じじゃなかったっぽいです。
ꚸ ꚸ ꚸ
受付のあった建物を出て、職員証やらパスワードやらを使って守られている建物を歩きながら、そんな話を聞いた。
不思議な話だ。
不思議に思っている人から聞いたから不思議に聞こえるだけで、実際は何が原因があるのだとは思うが。
「ふむ……子供は殺していなくて、大人は殺していたってことですか」
「そうですね。ただ、子供の周りには親もいたと思うんで、子供と大人で分けてるわけでもなさそうです」
「少なくとも何かしらを選んで殺していたってことですか。……よく分かりませんね」
「ですよねー。街のカメラとかも調べが進んでて、たまに映ってるんですけど、至って普通に公道歩いてましたね」
「普通にっていうと、昼間とかですか」
「そうっす、昼間に街中を。僕が見たカメラだと、おっちゃんにりんごもらってましたからね」
「普通に大人とも関わってたんですね……」
「もう訳わからないです。なんでまぁ、夢見屋さんの出番になったわけですね」
「それはどうも」
事件は残念だし不可解だが、こっちとしては非常にありがたい。
ポケモンの事件を調べる警察の依頼は、安定した収入源。
まさに「毎度あり」と言うべき状況だった。
「ところで気になってたんですけど、夢見屋って正式な職業なんですか?」
テオルザはくいっと首をこちらに向けて、横目で俺をちらりと見た。
「正式な……というと?」
「あー、あれです、役所とかに職業書くじゃないですか。ああいうところに夢見屋って書くんですか?」
「よく聞かれる話ですね」
「そりゃそうですよ、夢見屋なんてレムノさんしかいないじゃないですか。職業で書けるのかなって思ってました」
「役所とかで聞かれた時には夢見屋って普通に言っちゃってます」
「へー! それで通じるんですか!」
「おかげさまで一般的な知名度はそれなりになりました」
「自分だけの職業ってことですよね、かっこいいなぁ」
「一応住民票には探偵業とは書いてますけどね」
「探偵業の分類なんですね、それはそれで面白い。……っと」
仙人が髭をなぞるような仕草で顎を撫でていたテオルザが、ふと立ち止まった。
「ここですね」
テオルザの声はいくらか反響して消えていった。
独房。
中には金庫が一つ、奥に置かれているだけ。
誰もいない独房は、ひたすらに静まり返っていた。
なんとか合金の柵が、冷たい光を放っていた。
テオルザは無言で独房鍵を開けて、ガチャガチャと金庫のレバーを回す。
中から一つのモンスターボールを取り出した。
再び独房の鍵を閉めて、それから独房の中にモンスターボールを持った手を入れた。
カチリ。
ぱぁん。
青い光が独房に溢れて、独房の中央にポケモンが現れた。
キリリとした鋭い眼差しに、悪魔のようなうねった2本のツノ。
がっしりとした太い脚を少し上げて前に出すと、蹄が床に当たってカツカツと音が鳴る。
首から背中にかけて生える草は、瑞々しさのあまりない黄色がかった緑だった。
なるほど、人を殺しそうな怖い見た目ではないが、殺そうと思えば殺せてしまいそうな力はありそうだ。
「じゃあ、お願いしますね」
テオルザが俺とスリーパーをそれぞれ見た。
「はい。スリーパー、今日も頼んだよ」
「りぱ。りーぱ」
スリーパーがゴーゴートの前に立つ。
ゴーゴートは怪訝そうにスリーパーを見返した。
スリーパーは右腕を掲げてふりこを揺らし始めた。
超音波のような高い音が、鉄に囲まれた建物の中で響く。
ふりこをじっと凝視したゴーゴートは、そのうちに膝をついて横たわってしまった。
すぐにかかってくれてよかった。
ここで寝てくれないと、運動して疲れさせたりと手を尽くさなければいけなくなる。
ひとまず安心だ。
「牢を開けてもらえますか」
「分かりました」
テオルザがガチャリと鍵を差し込むと、再び独房の扉が開いた。
スリーパーは中に入って行って、ゴーゴートの頭の横に座り込んだ。
「あとはゴーゴートが夢を見て、スリーパーが食べるのを待つだけです」
「おおー……結構時間かかるんですね?」
「まぁ1時間くらいですかね」
「1時間かー、仕方ないっすね」
テオルザは眉をひそめて悲しそうな顔でこちらを見る。
「この時間ってどこかで時間潰すんですか?」
「テオルザさんは戻っていただいて大丈夫ですよ」
「え、レムノさんはどうするんです?」
「私はこのままここにいます。万一起きた時にボールで回収できないとまずいです。
「あー……そうなんですね」
「戻るならゴーゴートのボールを頂きたいです。万一の時に回収したいのはそちらなので」
「いえ、レムノさんだけここに立たせてるのも申し訳ないんで。俺もいますよ」
「いえいえ、お気遣いなく。こんな夕方に来てしまっていますから」
「うーん……ちなみに、ここでお話しても大丈夫ですか?」
テオルザがゴーゴートの方を見る。
話していてゆめくいの邪魔にならないか、という話だろうか。
メディアにも出て多少は名が売れたせいで、俺と話したがる依頼者は多い。
いつもは別に人と話したくもないから、スリーパーに集中させてあげたいので、とか言うところだ。
「大丈夫ですよ。大きな声出さなければ起きないくらいには寝てるはずなので」
気分で答えてしまった。
テオルザの話しやすさのせいで俺も少し心を開いているらしい。
歩きながら話している時にも少し崩して喋っていたし。
「じゃあお話しませんか。せっかくですし」
「構いませんよ」
とりあえず持ってきたバッグからチャック付きの小袋を取り出した。
デフォルメされたエルフーンが目を見開いた、目に明るい炎のパッケージ。
チャックを開けて、まん丸の黒いタネを一粒取り出した。
「えっ……」
テオルザが喉を詰まらせたような声を出した。
「え、どうしました?」
「いや、それあれですよね、眠れなくなるやつ」
「えぇ。エルフーン印のなやみのタネ」
「そのまま食べてる人初めて見ましたよ……」
「そんなすごいものじゃないですよ、コンビニにも売ってます」
「いやありますけど。カフェインタブレットでさえ危ないとか言われてるじゃないですか。怖くないですか?」
「体には良くないだろうなと思ってるんですけどね。やめられなくなっちゃいまして」
思わず苦笑いしてしまった。
いいものだとは思っていないが、食べていないとどうも刺激が足りない。
「やっぱりやめられなくなるんですね、それ」
「そうですねー。仕事が溜まってると一日18時間とか寝る時もありまして。そんな生活してると寝過ぎで眠くなるんですよ」
「あー、仕事ですか。大変ですね……」
「仕事ですから」
ははは、と適当な作り笑い。
正直なところ、食べ過ぎて味もちょっと気に入ってきてしまった。
最初の方は苦いと思っていたのに、今では自制と言いつつも気分転換のおやつのように食べている。
もちろん言ったことは嘘ではないが、嫌々食べているわけでもない。
ただここは本当のことを言わずに建前として大変ということにしておくと決めていた。
こうしておくとなやみのタネが仕事用の道具だと認識してもらえるらしく、たまに差し入れでもらえるようになるから都合がいい。
「それだけ大変なのに続けてるのは、何かあるんですか?」
「そうですねー……」
右手の人差し指を顎に当てながら、この先しゃべることを考えた。
実際のところ、簡単に一言で言えるような単純な話の流れではない。
テオルザはぼーっとゴーゴートを見ながら、壁に背を預けた。
「——クレセリアーって、知ってます?」
「クレセリアって、あの三日月の神様ですか? ゲームとかによく出てくる」
「はい、そのクレセリアです。私の衣装見てもらえればわかるかもしれないんですが、クレセリアに寄せてるんです」
「そうですよね! 綺麗だなって思ってました」
「クレセリアにはちょっとした恩があるんですよ」
テオルザは不思議そうな顔で私を見て、話を促してくる。
「子供の頃、私寝付きが悪かったんですよ。あんまりにも寝られないんで、両親と一緒にまんげつじまの神社に参拝に行ったんです」
「へー。まんげつじまーってどこにあるんです?」
「シンオウの、かなり外れの方ですね。ミオシティから船に乗って」
「遠っ! すごいですね」
「そのまんげつじまの神社っていうのが、クレセリアが祀られてる神社でして。クレセリアって三日月の化身として伝えられることが多いんですけど、安眠の神様でもあるんです」
「へー! まぁ、ダークライの悪夢から守るって設定多いですもんね」
「で、その神社に安眠のお守りが売ってたんです。クレセリアの羽をイメージした弓形のお守りで」
「みかづきのはねってやつですか」
「はい、シンオウ童話だとクレセリアが飛び去った後に落ちていた三日月の形の羽を子供の枕元に置くと、子供が悪夢から覚めるっていう話がありまして。それを模したものです」
「レムノさん童話も詳しいんですね」
「クレセリアのことだけは結構調べましたから。それでですね、そのお守りを枕元に置いて寝るようになったんですけど、そうしたら本当にすぐ眠れるようになったんです」
「え、お守りってマジで効果あるんですか!?」
テオルザが目を丸くして、背を壁から離す。
「まぁ種明かしをしてしまうと、ポケモンのさいみんじゅつを応用した電波装置が中に入っていただけなんですけどね」
「なんだ、夢がないっすね」
テオルザはつまらなそうな顔をしてまた壁にもたれかかった。
「でも当時は本気でクレセリアの存在を信じてましたよ。子供の頃の私はいつかもう一回まんげつじまに行って、クレセリアを探すんだって言ってたみたいです」
「あーありましたよ俺も。俺はアルセウス様でしたけど」
「アルセウス様とはまた大きな話ですね。今はどうなんですか?」
「どうって、流石に本当にいるとは思っちゃいないですよ?」
「まぁそうですよね。私も今もクレセリアがいるとは思ってませんけど、でも、なんとなく今でもクレセリアのことは好きなんです」
「それでこの服と」
「まぁそんなところです。この衣装は、私が夢見屋としてテレビに出るようになった頃に作ったものでして。最初はテレビのイメージを崩さないようにってことで、仕事で出向く時に着るようにしたんです」
「えー、じゃあほんとは別に今日着てる理由はないんですか」
「言ってしまえばそうですね。キャラ付けなので。ただずっと着てると、段々この服がお守りのように思えてきました」
「お守り?」
「なんというか、クレセリアの代わりに夢で人を助けていたら、そのうちクレセリアが救ってくれるんじゃないかな、みたいな」
はー……、とテオルザは感心するような、驚いたような声を出して手を口元にやった。
壁に寄りかかるテオルザは妙に様になっていた。
「そう考えるようになってから、ちゃんと夢見屋をやろうって思ったんです。お金のことだけ考えるなら、タレントでも全然よかったんですけど」
「はー、なんか、いいっすね……こう、語彙がないですけど」
「なので、夢見屋を続けてる理由はクレセリアのためですね」
「やーいいですねぇ」
「まぁ実のところ、タレントなんて向いてないんですよ。人と喋るのは苦手で」
「え、今普通に喋れてるじゃないですか」
「それはテオルザさんが話しやすいだけですよ」
「そっすか? どうもどうも」
「なのでタレントって方向は元からなかったですね。ポケモンと関わってる方が楽です」
はーん……と息を吐いて、顎を触りながら、テオルザは何かを考えていた。
「どうしました?」
「やっぱりポケモンがすごく好きなんですか?」
「えぇまぁ。ニンゲンとポケモンのどちらかを助けてもう一方は殺してやる、って言われたらポケモンを助けてもらいますかね」
「また物騒な例えっすね。というかそれじゃレムノさんも死んでますよ」
「そうです。まぁそれはそれでいいかなと」
「トレーナーズスクールとかでポケモンのこと勉強したりしてたんです?」
「してましたね。私の場合はパルデアにあるアカデミーでした」
「じゃあポケモンのことは詳しいんですか」
「人並みよりは詳しいかもしれません。いきなりどうしたんです?」
「いやー、なんで夢見屋なんて思いついたのかなって」
考え込んだかと思えば質問攻めにしてきて、何か考えているのかと思っていたが、やはりそうだったらしい。
「あー、そうですね……」
この話は長くなる。
チラリとスリーパーの様子を見てみた。
スリーパーはじーっとゴーゴートを見て、鼻先ひとつ動かない。
こちらの視線に気づくと、ゆっくり首を横に振った。
どうやらあっちもまだ夢を見るまで時間がかかるらしい。
「昔の話、聞きますか? ちょっと長くなりますが」
「お、是非是非。それが聞きたかったので」
「じゃあオフレコでお願いしますね。別に秘密ではないんですが、あんまり誰かに言うことはないもので」
「了解しました」
テオルザはここぞとばかりに警察っぽく、敬礼をして見せる。
ꚸ ꚸ ꚸ
さっきも言った通り、私はアカデミーに通ってたんです。
なんで通ってたかっていうのが、スリープと一緒にいたかったからなんです。
まぁポケモンが好きっていうのもあったんですけど。
スリープとは、5歳かそのくらいの時に初めて会ったんです。
今では家での遊びもたくさんありますけど、昔はそんな遊びは少ないし、高くて。
うちは裕福じゃなかったので、子供の頃の私は夜になるまでずっと外にいたんです。
小高い丘のある公園が近くにありまして、そこでよく野生のポケモンたちと遊んでいました。
昼間っから、お昼ご飯を食べてすぐ外に飛び出たら、ポカポカ陽気の原っぱが待ってるわけで。
ある時丘で昼寝をしたんです。
起きたら目の前にスリープの顔があって、それが出会いでした。
さっきも話しましたけど、私は昔不眠症気味だったんです。
なのでちょっと寝たくらいじゃ子供の体には全然寝足りなくて。
まだ寝たいなって思いながら、結局寝られなくて起きるっていうのをよく繰り返していたんですけど、その時は寝られたんですよ。
お腹をすかしたスリープが私にさいみんじゅつをかけたみたいで。
起きたらもう夕方で、スリープだけが枕元に座っていて。
お前が寝かせてくれたのかって聞いたら、満足そうに笑っていました。
それからは、小さい頃はよくスリープのところに昼寝をしに行くようになりました。
まぁそんなこんなで私も10歳になりまして。
アカデミーの勧誘がうちにも届いたんです。
裕福じゃないもので、親もだいぶ悩んでました。
学費もそうですけど、アカデミーは実家からじゃ通えなかったのもあって、かなりキツかったみたいで。
私は仲良くなったスリープともっと一緒にいたくて、親に頼み込んだんです。
生活費は自分で頑張ってみる、とまで言って。
親にはそこまで言うならって生活費も含めて出してやるって言われたんですけど、申し訳なさもあったので生活費は自分で賄うことにして、それでアカデミーに行きました。
まぁなので、バイト三昧の苦学生だったんです。
アカデミーの勉強は、まぁ楽しかったですね。
ポケモンも好きだし。
バトル試験だけは苦手でしたけど。
友達もあの時はそれなりにはいて、結構充実してました。
で、ここで夢見屋のきっかけって話になります。
同じクラスで、仲の良かった女の子がいたんです。
ガラル地方の、いいとこのご令嬢だった子でした。
ポケモンもガラルのすがたのサニーゴを連れてまして、スリープと仲良くなったのがきっかけでそのことは仲良くなりました。
あちらがどうだったかは今も分からないんですが、私はその子が好きでした。
ある時その子に相談されたんです。
朝起きると、最近サニーゴがうなされてるんだと。
スリープの力でなんとかできないかって言われまして。
当時はそれはもう喜びました。
スリープの能力について色々調べました。
どんな夢を見ているかわかること、食べた夢を覚えていること、そして仲のいいトレーナーに昔食べた夢を見せた例があること。
それで、スリープがポケモンの夢を食べて、似たような夢を私に見せれば私から夢の内容を伝えられると思ったんです。
これが今の夢見屋を始めるきっかけでした。
今やっている夢見屋も大体同じ流れですね。
……その女の子ですか?
未だにちょっとショックなので、あまり思い出したくはないんですが。
あぁいえ、お気になさらず。たまの話す機会ですから。
その……その子は、サニーゴに虐待していたんです。
夢で私はその子に何度も蹴られて踏まれました。
あんたのせいで負けたとか、お父さんに怒られるとか、ご飯あげないとか、言葉も酷いものでした。
起きてからスリープに本当に同じ夢を見せたのか聞いても、スリープが突然イタズラをしたわけでもなさそうで。
とにかくサニーゴを助けるのが先決だと思って、私はあの子には野生に返すように勧めました。
まぁそんなところです。ニンゲンがたくさんいるアカデミーの環境で悪感情を吸いすぎたと、このままだと爆発して祟られるかも、みたいなことを言った気がします。
それ以来その子とは疎遠になりました。
疎遠になったというよりは、怖くて私の方から避けていたんですけどね。
それはそれとして、ここで私はスリープの才能に気づきました。
悪夢はスリープにとって酸っぱいらしいんですが、この子はそんなに不味そうに食べなくて。
酸っぱい味も嫌いじゃないみたいで、悪夢でも全然食べてくれるんです。
スリープも無理じゃないなら、あの子にやったことは他の人にでもできそうだと思いまして。
私よくポケモンの情報雑誌をよく読んでいたんですが、そこのちょっとした読者コンテストに応募してみたんです。
まぁ苦学生だったので、賞金目当てでしたね。
そしたらすごくウケが良くて、金賞をもらいました。
雑誌にも載せるってことでインタビューしてもらって。
その時に記者さんと話していて、これはもっとサービスを広められるんじゃないかってなったんです。
インタビュー中に記者さんに教えてもらいながらSNSのアカウントをいくつか作ってましたね。今考えるとすごく変な話ですけど。
SNS上で依頼を受けているうちに話題になって、それで今に至ります。
ꚸ ꚸ ꚸ
一通り思いつくことを俺が話し終えると、テオルザは満足げに息を吐いた。
「はー、面白かったです」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
「SNS何もやってなかったんです?」
学生は大体複数のSNSを使って色んな人と話すものらしい。
テオルザもそういう意図できいているんだろう。
「えぇまぁ。あんまり性に合わなくて。今も依頼をもらうためだと思ってやってます」
「多分インタビュアーさんも困ったんでしょうね、連絡先がないの」
思わず苦笑が漏れた。
ないんですか! 教えますよ! と当時インタビュアーの雰囲気に押されて作ったのを思い出す。
確かに、雑誌に載せるのに適当なSNSがないのに困っていたのかもしれない。
「そうかもしれないです。ちょっと強引でした」
「そうそう、そういえば」
「りーぱ」
テオルザが何かを言おうとしたところで、スリーパーが俺の服をちょいと引っ張った。
夢を食べ終わったらしい。
「お疲れさま、今日もありがとう」
「あれ、早いっすね。夢ってもっとかかるもんだと思ってました」
目を丸くするテオルザに、スリーパーの頭を撫でながら返答する。
「脳ってすごくて、夢はすごく時間が加速されてることもあるみたいなんです」
「加速ですか?」
「はい、夢の体感時間で何時間もあっても、実際は数分だった、みたいなことはかなりあって。今回もそうなんだと思います」
「へー、夢って面白いっすね!」
「そうですね、予想外のことが多くて楽しいかもしれません。……ひとまず、ゴーゴートをボールに戻してもらっていいですか?」
「あ、了解です」
テオルザは壁から勢いをつけて背中を離し、ゴーゴートをボールに戻した。
牢に入っていくテオルザの背中に声をかける。
「ところで、さっき何か言いかけてませんでした?」
「あー、えっと、夢って全く同じものを見られるのか気になって」
「あぁいや、全然違いますよ」
「え、そうなんですか? あの子に蹴られたって言ってたんで、てっきり全く同じ夢なのかと」
「夢を再現するって言っても、夢は個人の記憶や知識から作られるものなので、完全な再現はできないんですよ。登場人物が見る人によって変わるんです」
「そうなんすねー」
「似たような電気信号を元に夢を再構成する、みたいな研究結果もあって。サニーゴの夢の場合は、サニーゴも僕もあの子を大事な人として意識していたから同じだったんです」
「えーっと……例えば俺が俺の両親の夢を見たら、レムノさんが見る夢にはレムノさんの両親が出るってことですか?」
「そうですそうです。行動や夢のストーリーなんかは大体同じなんですが、出てくる人は全然違います」
「そうなんですか。となると夢の分析って思ったより大変だったりします?」
「まぁそうですね。夢だけで知りたいことが全部わかるわけではないですよ」
そんなことを話しながら、テオルザはゴーゴートのモンスターボールを金庫にしまった。
ギラギラと光を跳ね返して頑丈さをアピールする牢獄を施錠して、テオルザはこちらを見た。
「さて、これで終わりですか?」
「はい。遅くまですみませんでした」
「いえいえ! お話できて良かったです。残業代には十分でしたよ」
「それは良かったです。あまり話すこともないので、私も新鮮でした」
「それで、この後はどうするんですか?」
「私は帰って夢を見ます。夢について調べたり、それを元にもう一度夢を見ることもあるので、最短だと明日、他の依頼と重なって遅くても1週間後にはまたご連絡します」
「分かりました。渡してある電話番号、勤務用のものなので勤務時間内じゃないと通じない点だけお願いします」
「テオルザさんはこの後どうするんですか?」
「俺はこの後施設の施錠があるので、レムノさんは先に帰ってください。受付の人に名札とリストバンドだけ返してくださいね」
「はい。では、お疲れ様でした」
「お疲れさまでした!」
テオルザに背を向けて、俺とスリーパーは来た道を戻った。
きゅ、と手探りで見つけたハンドルをひねる。
勢いよく出た水に手をかざして、泡を取ってからシャワーを手に取る。
——久しぶりに思い出したな。
思い出したくはなかったが、仕方がない。
仕方がないとはいえ、思い出してから1人になると憂鬱だ。
上げていた首を垂れて、シャワーヘッドの向きを変える。
水を表面からかけても、なかなか髪の中の泡が取れなかった。
——ガラサ。
名前は忘れられていない。
もう夢で見た罵倒の声しか思い出せないが。
俺が好きだったのは、あんな声じゃなかった。
俺はピュアなのかもしれない。
好きだった姿と夢の姿の落差にショックを受けたくらいで、ニンゲンのことを信じられなくなった。
タレント業に片足を突っ込んでしまったせいで悪意ない悪意に触れすぎてしまったこともあるかもしれない。
誰と関わっても、裏では何をしているか分からないという不安を払拭できない。
もういいか。
シャワーのハンドルを逆に捻って髪についた余計な水分を払う。
かけておいたバスタオルで髪の水分を絞って、体を拭った。
風呂の扉を開けて、床に置いていた、ニャオハが戯れる絵のついた花柄の部屋着を手に取る。
何度見ても女性用の柄。
着ているのを人には見せられないと思いながら、今日みたいなすぐ寝る日には一枚着て終わりなのが便利で使ってしまう。
ドライヤーで髪を乾かしていると、電子レンジがぴーっと鳴る。
マラサダが3つまとめて温め終わった。
風呂に入るくらいの時間を使って低ワットでじっくりと温めるのが一番美味しい。
電子レンジに入れていた皿を持ってダイニングに入ると、寝床で寝転んでいたスリーパーがのそのそとこちらに来た。
「今日も頑張ったな。ちゃんと2つあるぞ」
「ぱーりぱ」
スリーパーはうんうんと頷いて、テーブルに置いた皿からスッパサダを手に取る。
俺も棚からZヌードルのカップ麺を一つ取り出して座った。
店主らしき男が手を差し出して「サーヴィスでございやすッ!」と言っている暑苦しいフタを取って、ポットのお湯を入れる。
ちょっと冷めてるか。まぁぬるいくらいでもいいか。
置いた皿から、アマサダを手に取る。
一口食べると、表面についた砂糖がざりっと音を立てた。
表面だけで既に甘いのに、中のカスタードクリームはさらに甘い。
気が遠くなるほど甘い。
これがいい。
半分ほど食べ進めて、Zヌードルをフォークでつつく。
ちょっと早いがいいだろう。
さっぱりとしたスープを口に含むと、さっきまでの甘さが流されていった。
不健康な食生活だと思いながら、もうマラサダZヌードルの生活も長くなってしまった。
食べるもの以前に、本当は寝る前の食事も良くない。
胃が活動していては睡眠の質を下げてしまう。
まぁ眠りが浅い方が夢は見やすいし、いいだろう。
塩気を払うようにマラサダを食べて、また麺を啜って。
俺が食べ終わる頃にはスリーパーも2つめのマラサダを食べ終わっていた。
「……寝るか」
「りーすり」
皿を流しに放り出す。
簡素な部屋には不釣り合いの大きく柔らかいベッドに向かう。
大事な仕事道具への投資を惜しまなかった結果、豪邸のようなベッドになってしまった。
16時間も1日に寝ると、普通の寝具では腰が痛くなってしまうから仕方がない。
ベッドの横でたった一枚の部屋着を脱ぎ去った。
どうせ起きたら着るし、適当に置いておけばいい。
ベッドに膝を乗せると、膝がぐっとベッドに沈んでいった。
アロマポットの電気をつけると、しっとりと控えめな香りがあたりに広がった。
キュワワーの花のアロマはもう何年も使い続けている。
枕元のリモコンで電気を完全に消して、俺はベッドに身を任せた。
「スリーパー、今日もよろしくな」
「ぱぱーり」
かちゃりと一回スリーパーの振り子の音が聞こえた。
すぐにまぶたが落ちて、俺はベッドの中に沈んでいった。