夢見屋の追憶稼業   作:クロサナ

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夢現

           

 

つんつんとおでこを温かい切先がつついてきた。

 

目を開けると、透き通る紫色の瞳がこちらを見つめていた。

 

鮮やかで優しい黄色の顔。

 

「しぇあ」

 

寝転んだまま見つめていると、またおでこを鼻先でつつかれた。

 

つぶらな紫の瞳がじっと俺を見つめていたと思えば、俺の上に回り込んできた。

 

夜明けの空のようなパステルブルーの体。

 

月明かりのような薄い黄色のラインが体の中央に通っている。

 

背中から手にかけて、薄ピンクのベールを纏っていた。

 

花の色のような落ち着いた紫色の手が俺に差し出される。

 

俺はその手を取って、立ち上がった。

 

柔らかく吹く風が、あたりに生い茂る背の短い草を水面のように揺らす。

 

空は白、ピンク、紫が曖昧に混じり合って焼けていた。

 

夕焼けか朝焼けかはわからないけど、綺麗だ。

 

そんな中、起こしてくれたポケモンはスーパームーンの日の満月のような存在感で俺の前に佇んでいた。

 

ふわりふわりと浮いて、自分の手をなでたりしながら、こちらを見ている。

 

浮いているのを抜きにしても、俺より少し大きいかもしれない。

 

「……きみは?」

 

そのポケモンは両手と背中のピンクのベールをひらひらとはためかせてみせた。

 

「れぃりあ」

 

ポケモンの言葉じゃよくわからない。

 

「…………」

 

「くぁりあ?」

 

「クレ、セリア」

 

口を突いて出た言葉。

 

クレセリア。

 

そんな名前な気がしてきた。

 

「せれ!」

 

クレセリアは嬉しそうに俺の周りをくるくると浮遊した。

 

ねんりきで袖口を引っ張られる。

 

「遊びたいのか?」

 

「しぇーり」

 

クレセリアは目の前に来て俺を覗き込んだ。

 

頭を撫でてほしいのかと思って、桃色の部分を軽く撫でた。

 

「れぃあ!」

 

クレセリアは頭をぐりぐりと左肩に押し当てて、それから一目散に逃げていく。

 

「あっ、まてクレセリア!」

 

とんだイタズラ好きみたいだ。

 

俺は草を踏みしめて、飛んで行くクレセリアを追いかけた。

 

階段をかけ降りると、クレセリアが左に曲がっていくのが見えた。

 

クレセリアの動きはそう早くない。

 

左に曲がって、右に曲がって、ベーカリーオルノの香ばしいパンの匂いが漂ってきた。

 

もう一度左に曲がると、丸い花壇が見えてきた。

 

黄色と赤の花がモンスターボールの形に植えられている、テーブルシティの役場が管理する大きな花壇。

 

黄色の花畑の上でクレセリアはくるんと宙返り。

 

クレセリアの体は月明かりに照らされて幻想的な輝きを放っていた。

 

目が奪われる、という表現がそのまま似合っていた。

 

走っていた足を動かすのを忘れ、俺はゆっくりと減速して花壇の前で止まった。

 

クレセリアは俺の顔の高さくらいに浮いて佇んでいる。

 

月明かりの逆光で見えづらいが、クレセリアはじっとこちらを見つめている。

 

どうしたんだろう。

 

一歩クレセリアに近づく。

 

クレセリアがそっと手を差し出して俺の頭を撫でてきた。

 

温かい。

 

ゆっくりと撫でられると、力が抜けるような安堵を覚えた。

 

クレセリアはくすくすと笑う。

 

クレセリアはボールを手に持って俺に見せてきた。

 

これは……ヒューマンボール?

 

「しぇーあ。くあ。くーりあ。せれ?」

 

クレセリアは俺を真剣な眼差しで見つめながら何かを訴える。

 

何を言っているのかはわからないが、多分入れということなんだろう。

 

俺はぎゅっとクレセリアの手の上を転がるヒューマンボールを握りしめた。

 

しゅぴん。軽快な電子音。

 

人肌のような優しい温かさが俺を包んだ。

 

膝を抱えて丸くなり、じっと目を瞑る。

 

暗い。

 

でも、温度のおかげか、安心できる暗闇だった。

 

うとうととまどろむ。

 

寝ていたような寝ていないような、分からない。

 

不意に声がした。

 

「せーくあ!」

 

クレセリアに呼ばれて、俺はボールから出た。

 

「せあ! くぅりあ!」

 

「はは、よしよし」

 

クレセリアがまた顔をぐりぐりと押し付けてくる。

 

俺はそっとクレセリアを撫でた。

 

「しぇん」

 

クレセリアはふわりと俺から顔を離して、背中側に回った。

 

振り向くよりも先に、背中にぽふっと確かな重み。

 

「おんぶか? いいよ」

 

「れぃりあ」

 

上機嫌に鼻歌を歌うクレセリアをおぶって、俺はさっき走った道を帰った。

 

アカデミーの部屋まで戻ると、クレセリアは俺の背中から離れて目の前にきた。

 

「れぃあ」

 

ふわりと花笑みをこぼし、俺に手をのばす。

 

クレセリアはゆっくりと、俺の頭をなでた。

 

俺の存在を確かめるように何度も。

 

撫でられていると、無性に嬉しい気持ちになった。

 

口角が上がるのを感じる。

 

クレセリアはしばらく俺を撫でて、気が済んだのかベッドに飛び込んだ。

 

すぐにすぅすぅとささやかな息遣いが聞こえてくる。

 

窓から差す月光でクレセリアのベールはキラキラと輝いていた。

 

はっと自分がクレセリアに目を奪われていたことに気づく。

 

……俺も寝ようか。

 

机に置かれてボールを触ると、しゅぴんと軽快な電子音。

 

俺はボールに吸い込まれた。

 

温かな暗闇の中で、足を曲げて丸くなる。

 

ゆらゆらと体が揺れている感覚が心地いい。

 

すぐにまぶたが降りてきた。

 

……………………。

 

……………………。

 

「ッ……ウゥッ……」

 

どれくらい寝たのかも分からない。

 

不意に声が聞こえてきて、俺は目が覚めた。

 

くぐもった苦悶の声。

 

どうしたんだろう。

 

俺は体を思いっきり伸ばした。

 

ボールの外に出て、目を開ける。

 

月明かりの全くない暗い部屋。

 

クレセリアがベッドでうずくまっていた。

 

寝ているのとは明らかに違う。

 

顔をベッドに押し付けて、両手で枕をギュッと握っている。

 

「ァア……ッゥア……」

 

どこか痛むのか? 病気か? それとも誰かに? まさか死には……?

 

色んな不安が洪水のように押し寄せてくる。

 

俺はクレセリアの枕元に駆け寄った。

 

顔色を見ようと、俺も枕に顔を寄せた。

 

クレセリアの冷え切った手が伸びてきて、俺の頭を撫でた。

 

イヤダイヤダイヤダシゴトシゴトオコラレルオコラレルオコラレルオコラレルオコラレルシゴトシゴトシゴトイヤダイヤダイヤダナンデナンデナンデナンデオコラレタクナイオコラレタクナイモウイヤダモウイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ

 

咄嗟に枕から顔を離してのけぞった。

 

息が詰まる。

 

今のは?

 

クレセリアは頭を抱えて突っ伏し。小さく震えていた。

 

もう一度顔を近づける。

 

クレセリアの手に顔が当たる。

 

モウイヤダモウイヤダモウイヤダイキタクナイナンデワタシガナンデナンデナンデオカシイオカシイオカシイシゴトシゴトシゴトシゴトシゴトイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダキライキラキライイヤダオコラレルオコラレルイカナイトイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ

 

瘴気に押されるようにまたのけぞってしまう。

 

しかし、クレセリアが心配だった。

 

どうしたらいいのかも分からなくて、弱々しく震えるクレセリアをゆっくり撫でた。

 

頭を何回も撫でて、それから何度も背中をさすった。

 

ふっとクレセリアの頭が上がる。

 

目が合った。

 

透き通るような瞳は濡れていて、吸い込まれそうだった。

 

クレセリアが俺に顔を押し当ててくる。

 

クレセリアの首に優しく手を回して、また背中をさすった。

 

クレセリアは、きゅるる、と一声だけ弱々しく鳴いた。

 

どれくらいそうしていたか。

 

満月なのか、強い月明かりが差し込んでいた。

 

クレセリアが顔を離して、すっと浮き上がる。

 

「しぇる。りあーれ」

 

クレセリアが差し出したのは、真っ白な色のディスクだった。

 

これはなんだろう、とクレセリアを見つめ返す。

 

「しぇあ……」

 

何かをお願いするような、消え入る声。

 

ずいっと俺にディスクを差し出してくる。

 

どうしよう。

 

そう考えながら、気づけば俺はディスクを受け取っていた。

 

ぶわっ。

 

だだっ広い原っぱを思い起こすような、暖かい風が一瞬吹いた。

 

床が緑のエネルギーで溢れかえる。

 

驚いて辺りを見回していると、クレセリアはこてんとまた顔を俺に押し付けてきた。

 

優しく背中をさする。

 

床に散らばった青々としたエネルギーのうねりを見ながら、何度も、何度も。

 

ぐわんと黄緑のエネルギーが大きくうねった。

 

それは一本のツタのように形を纏って立ち上がる。

 

ツタがしなったと思えば、意思があるようにこちらに伸びてきた。

 

ツタはゆっくりと伸びて、俺の腕にいるクレセリアを包み込む。

 

俺はツタの上からもずっとクレセリアを撫でていた。

 

ツタはクレセリアを完全に包み込むと、弾けた。

 

一瞬だけあたりに緑のエネルギーがキラキラと散らばって、何もなかったみたいに消え去ってしまう。

 

ツタから解放されたクレセリアは、だらりと俺に体重を預ける。

 

すー、すー。

 

優しい吐息が聞こえてきた。

 

よかった。クレセリアが寝られた。

 

心の底から、安堵した。

 

安堵したし、嬉しかった。

 

クレセリアをベッドに横たわらせて、布団をかける。

 

力が抜けて、俺はベッド脇に座り込んだ。

 

両肘をベッドについて上半身をベッドの端に預ける。

 

自分の体重がずんっとのしかかってくる。

 

自然とまぶたが落ちていった。

 

ピンポーン。ピンポーン。

 

インターホンが鳴る。

 

深々と体を沈めていたベッドの中で、飛び起きた。

 

誰だよ……。

 

頭をかきながらインターホンまで歩いて、画面を覗き込んだ。

 

制服の女の子。

 

どきっと俺の心臓は跳ね上がった。

 

全身の細胞が一気に目覚める。

 

早く出なきゃ。早く出たい。

 

そわそわする気持ちを押さえて、洗面台に駆け込んだ。

 

水で急いで寝癖を治す。

 

いきなりどうしてガラサが来たんだろう。

 

考えようとしても、急いで手を動かしながらでは考えがまとまらない。

 

ささっと鏡を見ながら髪型だけ整えて、何食わぬ顔で扉を開けた。

 

「おはよう。どうしたの?」

 

「おはよ。レムノくんに相談したいことがあって」

 

「いいよ。教えて」

 

「見てほしいから、わたしの部屋に来てくれない?」

 

「うん、わかった」

 

はやる鼓動を感じながら、ガラサの隣に並んだ。

 

アカデミーの廊下を階段の方向へ歩く。

 

ガラサが言うには、ここのところサニーゴがうなされているらしかった。

 

「レムノくんならなんとかできるかも」なんて言われて。どうにかしないわけにはいかない。

 

ガラサの部屋は階段を一階上がって、ちょうど俺の部屋の真上。

 

本当は異性の部屋に入るのは禁止されているが、非常事態だ。仕方がない。

 

がちゃり。

 

ガラサが扉を開ける。

 

ベッドの上にはクレセリアがうずくまっていた。

 

心配な気持ちが一瞬にして溢れ出て、俺はベッドに駆け寄った。

 

そっと頭を撫でると、クレセリアも俺の頭に触れてきた。

 

死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたいシニタイ死にたいシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイしにたいしニたいシニタイシニタいシニタイシニタイ

 

必死に撫でた。

 

頭を、背中を、何度も撫でた。

 

俺にできることはそれしかなかった。

 

苦しくてたまらなかった。

 

きゅーっと心臓が締め付けられて、息が詰まった。

 

全身がチクチクと痛んだ。

 

少しでも楽にならないかと、抱きしめて撫で続けた。

 

死にたい死にたいシニタイ死にたいシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイ死ニタイシニタイシニタイシニタイシニタイしにたい死にたい死にたい死にたいシニタイ

 

…………。

 

床に緑色のエネルギーが広がった。

 

うねるエネルギーは、また一本のツタのを形作ってクレセリアを包んだ。

 

シニタイシニタイ死に、た……い……

 

クレセリアの声が頭に響かなくなった。

 

ベッドに横たわらせる。

 

…………。

 

布団をかける手が動かない。

 

…………。

 

眠っているうちなら、楽、だろうか。

 

…………。

 

……………………。

 

右手に持っていた包丁を、振りかぶった。

 

息を吸って。

 

勢いよく振り下ろす。

 

首の深くまで差し込むと、手にべっとりと血がついた。

 

抜く。

 

振り上げる。

 

振り下ろす。

 

抜く。

 

振り上げる。

 

振り下ろす。

 

抜く。

 

振り上げる。

 

振り下ろす。

 

広がった傷口から、どくりと血が流れ出た。

 

           

 

はっと飛び起きる。

 

手を何度も拭った。

 

俺の右手は真っ赤に染まってはいなかった。

 

……夢か。そりゃそうだ。

 

ベッド脇を見ると、スリーパーが心配そうな目で俺を見ていた。

 

「大丈夫。ありがとな」

 

「りぱぱ」

 

「スリーパーもごめんな、あんな夢食べさせて」

 

「すりー……」

 

スリーパーもしょぼんと肩を落としていた。

 

あんな夢を思い出してはテンションが上がるわけもない。

 

にしても、ショッキングだった。

 

クレセリアを刺すなんて。

 

夢のクレセリアは、子供の頃神様図鑑で見たあの姿だった。

 

肉を切り裂く感触が、まだ少しだけ手に残っている気がする。

 

細い首だった。

 

忘れよう。

 

俺は枕元のメモ帳を手に取った。

 

思い出せる限り夢の内容をメモしていく。

 

今回の夢は鮮明だった。

 

最後の顛末まで書いて、メモを枕元に放り投げる。

 

スリーパーの頭をぽんぽんとなでた。

 

スリーパーは嬉しそうに耳を垂れる。

 

なんだかんだかわいいやつだ。

 

「まだ途中だよな?」

 

「ぱぱっぱ」

 

スリーパーは一つ頷いて振り子を見せつけた。

 

「よし。じゃあもう一回頼む」

 

「り〜ぱ」

 

ベッドに倒れ込んで、布団を持ち上げる。

 

かちゃりと一回スリーパーの振り子の音が聞こえた。

 

すぐにまぶたが落ちて、俺はベッドの中に沈んでいった。

 

           

 

当てもなく前に進み続ける。

 

上には真上に近いほど見上げてやっとてっぺんが見えるビル。

 

目の前も横も後ろも、ニンゲンの脚が大量に動いていた。

 

ぶつからないように、蹴られないように、気をつけながら歩くだけで精一杯。

 

ニンゲンの流れに身を任せてひたすらに歩を進めた。

 

不意に前が開ける。

 

丁字路になって、ニンゲンたちは横に逸れていったようだった。

 

目の前には大きな公園。

 

真夜中だから、子供は1人もいない。

 

歩き続けた足を休めたくて、公園に入った。

 

公園内の曲がりくねった道を少し歩くと、ベンチが見えた。

 

少し高いベンチによじ登って座る。

 

全身の力を抜いて、ベンチに寝そべった。

 

つかれた。

 

目の焦点をどこにも合わせずに、だらりと重力に身を任せる。

 

キィ、キィ。

 

金属が軋む音がした。

 

向こうにある真っ赤なブランコが揺れている。

 

乗っているのは子供ではなかった。

 

ベンチを降りて近づいてみた。

 

上下とも闇夜に溶け込むような真っ黒なスーツ。

 

歩いている時にもたくさん見かけたサラリーマンだった。

 

しかし、このサラリーマンは様子が少し違った。

 

力なくうなだれて、ブランコのなすがままに揺れている。

 

なんとなく気になって、そばに立ってみた。

 

じーっと見ていると、サラリーマンもちらりとこちらを見た。

 

ブランコの揺れが止まる。

 

「……どうしたの?」

 

サラリーマンの手がこちらに伸びる。

 

ぽんと手が頭に置かれた。

 

シゴトイヤダイヤダイヤダシゴトモウダメヤメタイイヤダイヤダシゴトナクナレナクナレナクナレドウシヨウモウイヤダムイテナイイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダヤメタイヤメタイヤメタイ

 

びくりと背筋が伸びた。

 

全力で走ってサラリーマンから距離を取る。

 

支えをなくしたサラリーマンの手がしばらく宙に浮いて、ゆっくり落ちてまたブランコを握った。

 

またブランコが揺れ始める。

 

きこ、きこ、きこ。

 

サラリーマンの体は人形みたいに力なくブランコに揺られていた。

 

この人、困ってるんだ。

 

助けられないかな。

 

じっとサラリーマンを見つめる。

 

ふわっと柔らかな陽光の匂いがした。

 

緑色のエネルギーがあたり一体を取り巻く。

 

あの時と一緒だ。

 

緑色のエネルギーは海のようにしばらく波立って、それから大きな一本のツタを作った。

 

ツタはサラリーマンをゆっくりと取り囲む。

 

「うわっ……! な、なん……」

 

サラリーマンは仰け反ってツタを押し除けようとしていた。

 

しかしツタはゆっくりと腕に巻きついて伸び、サラリーマンを優しく包み込んだ。

 

サラリーマンもすぐに抵抗しなくなっていった。

 

サラリーマンがブランコから滑り落ちる。

 

ツタはサラリーマンを受け止めると、また最初からなかったみたいに消えていった。

 

恐る恐る地面に倒れるサラリーマンに近づく。

 

サラリーマンはうつ伏せで寝てしまっていた。

 

助けなきゃ。

 

右手に持っていた包丁を振り上げる。

 

振り下ろす。

 

温かい液体が手にべとりと付いた。

 

振り下ろす。

 

振り下ろす。

 

振り下ろす。

 

もうサラリーマンは動かなかった。

 

……これで、よかったのかな。

 

血だまりをちらりと見て、その場を離れた。

 

なんとなく公園から離れたくて、公園を出て道路を歩いた。

 

街には人も車もいなかった。

 

手の滑りが取れなくて気持ち悪い。

 

「ああああああああっ!!!」

 

後ろから耳をつんざく大きな叫び声。

 

思わず声の方向を振り向く。

 

「いたぞ!」

 

眩しい。

 

真っ白なライトが何本もこちらに向けられていた。

 

暴力的な赤い光を撒き散らすパトカー。

 

何人もニンゲンが並んで立っている。

 

ニンゲンたちを守るように前にいるのは、レアコイル、ウインディ、ライボルト。

 

警察がよく手持ちにしているポケモンたちだ。

 

「捕まえるぞ!」

 

一瞬にしてニンゲンに周りを取り囲まれた。

 

ニンゲンもポケモンも、ずっと背が高かった。

 

全方向から見下ろすような視線が突き刺さる。

 

怖い。

 

「レアコイル! 捕まえてくれ!」

 

「びびびびびび」

 

レアコイルがぐるぐると空中で回転して、電気の網を放った。

 

避けることもできずに網に捕まる。

 

網が地面に張り付いて、一緒に地面に這いつくばる。

 

びりっと全身に電流が走る。

 

網のまとう電撃が痛い。

 

なんでいきなり。

 

痛い……。

 

           

 

はっと目が開く。

 

なんで攻撃を……?

 

体の痺れがないことに気づく。

 

夢か。

 

当たり前だ。俺は夢見屋なんだから。

 

今のはあの夢の続きなはず。

 

「スリーパー」

 

「りぱ?」

 

スリーパーを呼ぶと、横から返事が来た。

 

「あの夢はあれで終わりか?」

 

「ぱーぱ」

 

スリーパーは浅く何度も頷いた。

 

……そうか。あれで終わりか。

 

ともかく記憶があるうちに書き留めないと。

 

俺はベッド脇のメモ帳に手を伸ばした。

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