【第一部】~吉良吉影は静かに生き延びたい~/【第二部】~Saint Babel Run~   作:どくたあちょこら~た

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第十話です。今後の戦闘はジョジョ東方互いに能力をフル活用するこの作品内でも屈指の見せ場となっております。お楽しみください。
大幅な書き直しを行っていないので、未熟な文章になっております。ご了承ください。
【ジョジョの奇妙な東方Project@Wiki http://www28.atwiki.jp/shinatuki/pages/1.html】より転載。


第十話 紅魔館地下決戦 前編―殺鬼VS狂鬼―

 

 

 

「…よし、ひとまず潜入成功…と…」

吉良吉廣は写真の中から顔を出し、辺りを見回した。

「正門には門番が居たが、こうやって塀を越えて入れば、チョロいもんじゃわい。」

そう言いつつ、彼は紅魔館敷地内上空から侵入口を探す。

「ウ~ム、こういうのは裏口とかから侵入するのがセオリーじゃろうが…そうすると大会会場を探すのに苦労しそうじゃし…警備の厳重さを調べるためにも、正面玄関から堂々と潜入するべきかの…?」

あれこれと考えながら、とりあえず裏口らしき物を探して屋敷の周りを回っていた時だった。

「ん…?」

はたと吉廣は足(?)を止めた。

彼の視線の先にあるのは、ゴミ焼却炉。高い煙突からは、吐き出された煙が風向きに逆らい屋敷から離れた森の方へと飛んで行く。魔法か何かの仕掛けだろう。

そして、今その焼却炉の扉が閉まり、誰かが屋敷の方へと歩いて行った。その人物は屋敷の壁に備え付けられた、周りの壁の鮮やかな赤とは不釣り合いにみすぼらしい木製のドアを開け、中へと姿を消した。ドアがパタンと閉じる。

吉廣は怪訝な表情を浮かべ、呟いた。

「…あの後ろ姿…どこかで…」

 

 

 

「―――――ゲホッ――ゲホッ…ゲホッ…」

薄暗い空間に、苦しげな咳が木霊する。

ここは紅魔館地下、大図書館。埃っぽくカビ臭い空間はその暗さで遠くは見えず、果てが無いかのような錯覚を人に与える。実際、どう考えても紅魔館の敷地より広いのだが。そんな陰気かつ殺風景な世界には、これまた重苦しい感じの本棚が本を満載し仏頂面で並んでいる。

「…ゲホッ…ゲホッゲホッ!……」

顔を埃まみれのボロきれで覆った少年は、また苦しそうに咳をする。目には咳と埃のせいで涙を浮かべる。

「ゲホッ!ゲホッ…くそ…っ…」

銀髪に褐色の肌の少年は悪態をつき涙を指で拭い、目の前に佇む本棚をキッと見上げる。

「『エニグマ』!」

彼がイラついた声で呼ぶと、少年の身体から黒い人型のビジョンが飛び出した。土偶か埴輪のような模様を体表に刻んだそれは、体を透過させて本棚の中へ入り、数秒後紙の束を手に戻って来た。少年が布袋の口を開くと、それは紙を折り畳み袋の中に突っ込む。

「ゲホッ…!くそっ…!」

像は少年の中に戻り、少年は紙の詰まった袋を抱えようとする。だが、かなりの重さで弱った少年の力では持ち上がらない。挙げ句、手がすっぽ抜け、しりもちをついて、そのまま力無く倒れ込んでしまった。

「…………僕は…何故…こんなことに…………」

暗く陰った天井を見上げ、少年はうわごとのように呟いた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

―――――少年、宮本輝之輔の人生が一変したのは、普通の穏やかな日だった。一人の老人幽霊に『矢』で貫かれ、スタンド使いになったのだ。その事実を、彼は極めて前向きに受け止めた。凡人とは違う高さから、人の恐怖する姿を眺めることができる。その希望に彼の胸は踊った。だから、彼がその幽霊の申し出を快諾したのも当然だった。

最初のうちは非常にうまくことが運んだ。標的の友人と母親を捕らえ、カードを揃えた。標的の一人は自ら進んで彼の術中に陥り、もう一人の標的を捕らえれば任務は達成。成功は目前だった。だが、予想外の敵に追跡され、そいつの捨て身の覚悟によって標的は救出されてしまった。彼の計画は脆く崩壊し、彼は本と同化され市立図書館に贈られた。声を発することも出来ず、何も見えず聞こえず、誰も手に取らないので―――――彼は考えることを止めた。

宮本輝之輔が思考を再開したのは、今から一週間ほど前のことだった。

彼は突然、意識が覚醒するのを感じた。誰かが静かな調子で話しているのを聞いた。話し声は二人―――――――――二人共澄んだ少女のような声色だった。

「……………………………………………………………」

輝之輔は無意識に目蓋を開けた。薄暗いが、自分は床かテーブルかに横たわって天井を見上げているのだと分かった。見える。感じる。それが彼にとってどれほど嬉しかったことだろう。光も音も無く、手足も関節も無い生活は、彼には何十年にも感じられた。夢でもいい、彼は暫く横たわったまま、この幸福を噛み締めていた。

だが、すぐに彼は叩き起こされることになる。彼の『能力』に目をつけ、復活させた『魔女』に、この大図書館の清掃を命令されたのだ。

 

 

 

それからというもの、彼の生活は地獄のようだった。昼も夜も分からない地下で、延々と本棚の掃除をさせられている。時計も見てないため正確な時間は分からなかったが、間違いなく毎日18時間は働き続けている。四時間の睡眠と二回のパンと水の食事以外、常に働いているからだ。そして、そんな劣悪な生活環境に彼がダウンしていると、すぐさま『魔女』の怒号が飛び、彼女の使いの小悪魔が折檻を加えにやって来るのだ。

「…………僕は……いったい……どうなるんだ………」

仰向けに倒れ、うちひしがれた声で輝之輔は呟く。目尻に浮かぶ涙は、埃のせいだけではないだろう。

と、その時だった。

「……………輝之輔………」

自分を呼ぶ声に、ビクッと身体を震わす。

「も、申し訳ありません…すぐに仕事を再開します……」

輝之輔は慌てて起き上がろうとする。だが、パンとビタミン剤と水だけで過ごしてきた身体では力が出ず、ガクリと肘が折れ倒れてしまう。

「安心しろ輝之輔、わしじゃ。」

声があの『魔女』のものではないと分かり、輝之輔は振り向く。そこには………

彼をスタンド使いにした老人幽霊、吉良吉廣が、写真から顔を出して浮かんでいた。

「吉良の…親父さん…?」

 

 

 

 

 

「…よし、かなり近付いたな…」

吉影はふぅ~、と息をつく。彼の前方に見えるのは、湖の畔に佇む巨大な洋館。全体が刺々しい紅一色で構成されており、周囲ののどかな風景からは完全に浮き、存在を主張している。

「…おっ、あれは…門番か?」

吉影が正門に目を向けると、門の傍の壁にもたれている人影が見えた。

さらに近寄ってみると、その門番らしき人物の様子がはっきりと分かるようになった。チャイナ服に身を包み、人民帽をかぶった赤髪の女性だ。

「…………………?……」

だが、彼はよりはっきり彼女の様子が分かる距離まで来ると、はたと足を止めた。首を傾げつつ目でよく観察し、耳をすませる。

「………Zzzz……」

両目を閉じている門番の静かな寝息を聞き、

「……やはり、まさかと思ったが……」

吉影の顔に呆れの表情が浮かぶ。

「…カンペキに、寝ている…」

隙だらけの門番を眺めながら、彼は思案を始める。

(う~む、どうしたものか…計画では親父の報告を待って、どんな競技か、イカサマは可能かをあらかじめ知って、その上で大会に挑むつもりだったが……)

彼はブンブンと頭を振り、『彼女』から目を逸らす。

(……あまり眺めていると『手を切り』たくなってしまうな…どうせ写真から連絡できるのだから、親父の報告を待たずに入っても問題ないだろう。)

そう判断すると、吉影は門番に声をかける。

「あの……」

「Zzzz…」

「ここで開催される遊技大会に参加したいのですが…」

「…Zzzzzzz…」

「…受付はこちらでしょうか?」

「…Zzzzzzzzzz……」

「…起きていただけませんか?」

「…Zzzzzzzzzzzzz……」

(……全く起きる様子が無い…)

至急起きてもらわないとまた『衝動』が鎌首をもたげてくる。彼は少し迷った後、決心した。寝ている門番に歩み寄る。

「…あの……」

吉影は門番の肩に触れようとした。その瞬間だった。

「パウッ!!」

ドムッ!!

「ッ!!?ッ」

門番の掌底突きが吉影の鳩尾にめり込んでいた。

「なッ!!!?」

吉影の身体は宙に浮き、数メートルぶっ飛ばされる。受け身も取れず、地面に倒れ込んだ。

(なッなんだっ!?いきなり…!!)

倒れたまま門番を見上げると、先程まで穏やかな寝息をたて無防備に眠りこけていたとは思えないような膨大な覇気を全身にみなぎらせ、身構えていた。その目は寝起きのそれではなく、強い信念の光を宿していた。

(くそっ!コイツ…寝ている『フリ』をしていたかッ…?なんとか負傷を避けつつ、誤解を解かなければ…)

幸い、派手に吹き飛ばされたわりに、痛みはほとんど無い。吉影は急ぎ身体を起こそうとした。だが…

(…ッ!?!?)

吉影は驚愕した。

(かっ、身体が…!!)

彼の身体は電流に撃たれたように痺れ、指先さえ動かせない。口を開こうとしても、言うことを聞かない。さらに、

(…グッ!!い、息がぁ…!?)

呼吸すら出来ないことに気付き、彼は自分が抜き差しならない状況に陥っていることに気付く。

(ぐっ!【キラークイーン】!!)

やむを得ず、吉影はスタンドで身を護ることを決意する。

 

 

彼自身の精神の片割れの名を呼ぶ。しかしッ!!

(なんだとぉぉぉぉ……ッ!!)

彼の身体から飛び出した【キラークイーン】も本体と同じく微動だに出来ない。

(まさかスタンドまでこれ程強力に縛るとは…ッ!…この女の能力かっ…?)

「ウガァァァーッ…!」

【キラークイーン】は全身が麻痺し、呻くことしか出来ない。

(ぐっ…まッマズイ…!!い、息が…ッ!!)

吉影は懐の『写真』から親父を呼ぼうとする。だが、指一本動かせず、声も出ないのでは、助けを呼べるはずがない。酸欠で頭が朦朧とし始める。

(こっ…こんな馬鹿な…!!死…ぬ…!本…当に…死んでしまうッ…!!まさか…こんなところで…ッ!!)

意識が混濁してくる。視界がグニャグニャと歪む。固まったまま彼が気を失う寸前、

「パウッ!!」

ドンッ!!

「ぐはっ…!!」

門番の第二撃を食らい、吉影は息を大きく吸い込み、ゲホゲホとむせかえる。

「ぐっ…ガハッ…!!(なん…だ?二発目を受けた途端呼吸が楽になった…?)」

吉影はよろめきながらも立ち上がる。門番の顔を見上げると、何故か彼女の表情には敵意を感じられない。吉影は疑問を浮かべつつも、身構える。

「「………………………………………………」」

二人の間に、静寂が漂う。緊張が空気を伝い、草花を震わす。互いに相手の隙を伺い、まさに激突し合うと思われた時だった。

 

「…申し訳ありませんでしたっ!」

――門番の女性がペコリと頭を下げた。

「…えっ…?」

予想外の展開に、吉影は狼狽する。そんな彼を他所に、門番は申し訳なさそうな声で続ける。

「寝込みを襲撃されたと思い、反射的に攻撃してしまいました。申し訳ありません。」

その様子から、敵意といったものは微塵も感じられない。

「……………………」

吉影はかなり狼狽えていたが、とにかく冷静に思案する。

(この門番、本当に寝ていたのか…?それは良いとして、まずは今ここでどう返答するか…コイツを信用するかが先だ。)

彼は一応【キラークイーン】を構えさせ、自分は警戒心を与えない態度をとる。

(まず、忘れてはいけないのは……、わたしは絶対にこの洋館で『争い』を起こしてはならない、ということだ。わたしは何としてもここで行われる『遊技大会』に出場し、勝ち残らなければならない。

なら、わたしはこの門番を信用せざるを得ない…なに、誓約書にサインさえすれば『安全』は保障される…悪魔は契約を破れない…)

吉影は不信感や疑問を頭の隅に追いやり、頭を下げている門番に声を掛ける。

「いや、わたしも軽率でした。不審者を撃退するのが役目の門番に不用意に接近してしまいました。非礼を詫びます。」

吉影も落ち着いた声で頭を下げる。

それを聞き、門番は頭を上げる。同時に吉影も頭を上げる。

「…ところで、今日こちら―紅魔館で、遊技大会があると聞いたので参加したいと参ったのですが、受付はどちらでしょうか?」

吉影から話を切り出す。

「ああ、参加者ですか。受付は玄関ホールにあります。ではどうぞ中へ。」

門番に招かれ、門を通る。門番の女性は敷地に入らず、門の外、吉影の後ろで立ち止まる。

「では、手続きや詳しいことは『案内係』にお訊ねください。」

「案内係…?」

吉影は門番の方を振り返り、怪訝な表情をする。ここにいるのは吉影と門番だけだ。

「私のことです。」

背後から聞こえた声に、彼は振り返る。そこには、美しい銀色の髪を持ち青いメイド服に身を包んだ女性が、さっきからそこにいたかのように静かに佇んでいた。

 

 

 

「では、詳しいお話しと手続きは中で。」

軽くお辞儀してそれだけ言うと、メイドはクルリと踵を返し、歩き始める。吉影は慌てて後を追う。

(咎め立てを受けなかったことは良かったが…何処か引っ掛かるな…)

草花や石像、果ては噴水などと贅を尽くしたガーデニングがなされている道を歩きながら、吉影は疑問を浮かべる。

(さっきの門番…台詞が妙にぎこちなかった。謝罪も普通ならもう少し取り乱すだろうに、不自然に落ち着いた様子だった。それに、彼女はわたしが何も話していないのに勘違いに気付き、拘束を解除した。まるでわたしが不審者ではないと知った上で、あえて攻撃を加えたかのように…。…それに…)

吉影は前を歩くメイドの背中に目を向ける。

(…あの門番…このメイドにさっきの出来事を報告しなかった…普通なら不祥事としてその場で伝えるだろうに。もしかすると、この館の主と、わたしが人間であることが原因か?)

吸血鬼は総じて自尊心が強く、特に紅魔館の主は『自分より優れた者は人妖含め誰もいない』という考えを持っている。だから館の住民の自分への態度も冷たいものになるのだろう。そう自分の中で決着をつけ、吉影は彼女の後に付いていった。

 

 

 

「――う~ん、ちょっと怪しまれちゃいましたかね。」

門番―美鈴は洋館へと向かって行く二人を眺め、頭を掻きながら呟く。

「まあ、咲夜さんがいるなら大丈夫ですよね。感付かれても抵抗される間も与えずに連れて行けますから。」

視線を落とし、彼女は何か奇妙な物体を取り出す。それは人の頭ほどの球体に、三日月の飾りの付いた帽子を被せた物だった。

美鈴はその球をなにやら操作し、調整が済んだところで話し掛ける。

「もしもし、パチュリー様、もうご存知でしょうが、件の外来人が来ましたよ。

…はい、おっしゃっていた通りでした。彼の背後にも『スタンド』が…ええ、輝之輔の物と同じです。

…えっ、それは可哀想ですよ、ちゃんと名前で…

…はあ、まあそうですよね。分かりました、もう口を挟んだりしません…

…はい…

…はい、やはり効果はあったようです。第二撃を『スタンド』に撃ち込んでみたら、ちゃんと効き目がありました。

…はい、了解です。では、そちらはお願いしますよ。」

ガチャリと受話器を置くような音と同時に、会話は終わった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「――――咲夜から知らせがあったわ。来たようよ、あの外来人。」

「ふふふ、引っ掛かりましたか。所詮は人間、他愛もないものです。」

「…ちょっと、怖いわよ今の貴女の顔。」

「フフフフフッ、復讐は蜜より甘いのです。」

「…まあ、良いわ。それにしても、良くあのはたてが協力したわね。私と貴女の付き合いを知っているでしょうに。」

「恐らく、貴女に取り入ってコネを作りたかったのでしょう。残念ながら、この『遊技大会』は私の独占取材と成ってしまいましたが。」

「別に取材を許可したつもりはないんだけどね。

…ところで、本当なんでしょうね、貴女の話。」

「ええ、それは勿論。私を誰とお思いで?清く正しい…」

「もう良いわよ、聞き飽きたわその台詞。いいからもう一度確認するわよ。本当にあの外来人は、『咲夜にも出来ない』時間操作が出来るの?」

「…ええ、私の弾幕をかわした時、奴は確かにそう言っていました。『時間を爆破した』と。」

「ふ~ん、相手自身の言葉だけだと、信頼に欠けるわね。でも…」

玉座のような椅子に腰掛けながら、壁を覆い尽くすほどの大量のモニターに映し出される映像を眺めて、彼女は幼い容姿に似合わない優雅かつ妖艶な笑みを浮かべる。

「是非とも見てみたいものだわ…うちのメイドにも出来ない時空間系能力、『キング・クリムゾン』…」

彼女の目には、玄関の扉の前に立つ吉影の姿が映っていた。

 

 

 

「…では、お入り下さい。」

歩き始めてからずっと無言だったメイドが、玄関の扉を開け、吉影に言う。だが、吉影はすぐには入ろうとしない。

「…出場手続きは、そこの受付で済ませば良いでしょうか?」

吉影は扉の前で立ち止まり、玄関ホールを眺める。外から見た印象よりさらに広く、内装も豪華で華々しい。正面には二階と階下へと続く大きな吹き抜けの階段がある。

「はい、そこで誓約書にサインをしていただき、その後二階客室にて待機していただきます。時間になれば一階大広間までメイド妖精がお連れ致します。」

メイドは淀み無くそう答える。

「…そうですか、分かりました。」

彼はメイドから目を離し、足を進める。

(いくつか不可解な点があるが、今は細かい疑問に構っている場合ではない。誓約書さえ気をつければ、『安全』は保障される…だが、もしかすると何か細工をしているかもしれない。念には念を入れ、絶対に騙されないよう読解しよう。もし不都合な点があったなら、残念ながら諦めるしかない…)

そう考え、彼は館の中へ足を踏み出した。だが、後から思うと彼の考えはあまりにも甘過ぎた。『悪魔は契約を破れない』―この言葉を信用し過ぎたのが彼の最大の過ちであった。

――十六夜咲夜の双眸が、冷たく光った。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

……タンッ……………

玄関の石造りの床を踏むはずだった吉影の足が、煉瓦敷きの床に当たる音が、薄暗い空間に木霊した。

「…?!?!?!」

吉影はハッと息を呑み、辺りを見回す。

彼が立っているのは、絢爛たる紅魔館の玄関ホールではなく、壁の蝋燭の僅かな灯りに映し出された煉瓦の通路だった。

「…なん……だと………」

どんよりと漂う湿気と不気味さの中、吉影はポツリと呟く。

「これは…ここは…?わたしは、何を……何を…されたのだ…?」

それはまったく理解を越えていたのだが、ありのまま今起こった事を説明すると――

『吉影はメイドの前で玄関に足を踏み出したと思ったらいつの間にか階段を降りていた』。

何を言っているのか分からないだろうが、彼自身にもさっぱり分からない。頭がどうにかなりそうだった。

常に冷静沈着に構え、決して思考を止めることはない吉影であるが、この状況ばかりは彼も大いに混乱した。だが、吉影の中の冷静な部分は彼にこうとだけ告げていた―『自分は攻撃された』のだと。

「ようこそ外来人、私の館へ。」

吉影がハッと声のした背後を振り向くと、そこには十才にも満たない――間違いなくみかけの十倍以上の年齢だろうが――少女が、メイドと共に階段の上に立っていた。

「色々と必死に考えているでしょうけど、生憎私には貴方みたいな外来人と話すことなんて無いの。分かったら足下の紙を拾いなさい。」

吉影が足下に目を落とすと、そこには一枚の紙が落ちていた。大きさは新聞紙ほど、種類は恐らく羊皮紙で、碁盤の目のような縦横の線の中に正方形や円、そして黒い矢印が書き込まれており、左上のスペースにはインクで書かれているのに秒針が時を刻む時計。アナログとデジタルの2つが描かれている。

「それはこの地下の地図よ。貴方にしてもらう競技は『サバイバル』―三日間この地下で生き延びれば、貴方の勝ちよ。勿論賞金もあげるわ。敗北条件は――そうね、貴方が動けなくなった、と私が判断する事よ。棄権は一切の例外無く認めないわ。『賭け』が終わってから人里に戻るまでの安全は保障してあげるし、怪我の応急措置もしてあげる。…千切れた手足は戻ってこないけどね。」

開かれた重い鉄扉の前で、少女は黒い微笑を浮かべる。僅かに見える鋭い牙がキラリと光る。

「説明は以上よ。強かに足掻きなさい。」

蝙蝠のような翼を翻し、少女とメイドは立ち去ろうとする。

「まっ、待てッ!!」

慌てて吉影が止める。

少女は足を止め、吉影を一瞥する。

「…いきなり…何だ?わたしを突然…こんな場所に連れて来て…三日間…何と言った?」

事情が飲み込めず狼狽える吉影を、少女は冷酷な目で見下ろす。

「言ったでしょう?三日間『生き延びられるか』賭けをするの。参加者は貴方一人。同じ事を二度言わなければならないって事は、ソイツが馬鹿って事よ。」

少女の言葉に、漸く吉影の思考が追い付いた。その時、吉影に電流走る。

「なん…だと…?わたし一人ッ…!?まさかあの広告は…ッ!?」

彼の顔から血の気が失せる。 絶望に歪む吉影の表情を、彼女はまさしく悪魔のような笑みを浮かべ眺める。

「おや、やっと気付いたようだな。そうよ、あの広告の載った新聞は、貴方しか読んでないわ。貴方のためにたった一部だけ印刷したのを売り込むよう天狗に指示しておいたのだもの。」

「やはりそうか…!では、『安全の保障』も…ッ!!」

「あら、それは天狗は関係無いわ。貴方に誓約書にサインしてもらった覚えなんて無いわよ?」

嘲笑うように言い放つ少女。

「あ、でもさっき言った事は『契約』よ。破るような事はできないし、するつもりも無いわ。」

吉影はギリッと歯を噛み締める。

(何という事だ…迂闊だった…!あの文屋ばかりを警戒して、商売敵を疑う事を忘れていた…わたしとした事が…ッ!!)

「…目的は何だッ?何がしたいッ!?『生き延びる』とはどういう――」

「黙れ」

「ッ!?…………………………………」

膨大かつ鋭利、凶暴かつ高貴。夜の王の殺気を向けられ、吉影は怯む。

「言ったでしょう?私に貴様と交わす言葉は無い。詳しい事は『あの娘』に訊くなりしなさい。

…でも、最後に一言だけ言ってあげるわ…。」

バサッと翼を翻し、少女の姿が陰る。巨大なシルエットが吉影に覆い被さり、その中で二つの瞳が紅く輝く。

「フハハハ、精々頑張るんだな!」

鉄扉が軋み、重い音と共に閉じた。

 

 

「ぐッ!!」

吉影の顔が凶暴に歪む。

「クソガキがぁぁァァッ!!」

ライフル弾を爆弾に変え、発射する。だが、弾丸は鉄扉に接触するより手前で見えない壁に激突して跳ね返り、階段に着弾して爆発した。階段がガラガラと音を立てて崩れる。

「クソッ!」

怒りに任せ、壁に拳を叩きつける。【キラークイーン】の裏拳が壁を破壊する。

「くそっ!くそッ!!クソォォッ!!」

吉影は右手の爪を噛み締め、怒りに震える。失望感や騙された事より、『容易く騙されてしまった自分自身に』怒っていた。

だが、吉良吉影はうろたえない。すぐに冷静さを取り戻し、今すべき事の思考を始める。

(…あのクソガキは『賞金はある』と言った。そして『これは【契約】だ』とも…つまり、この『賭け』に勝てば、金は手に入るという事だ。それならば、この三日間…何としても生き延びてみせるぞッ…!!)

物事の悪い面だけ見る事は身を滅ぼす事に繋がる。吉影は前向きに考え、さらに思考を続ける。

「まず問題なのは、何から『生き延びる』のかという事だが…」

足下の地図を拾い上げ、広げて眺める。少女の発言によるとここは紅魔館の地下らしい。地図をザッと眺めたところ、この空間は碁盤の目のように張り巡らされた通路の間に無数の正方形の部屋がある、という構造だと分かった。

(この印は…食糧庫か?これは…便所だな。では、この矢印は…?)

地図上の矢印を指差して吉影は首を傾げる。上の階への階段の手前にある。吉影が振り向いてみると、矢印はクルリと回転した。

「なるほど、わたしの現在位置と進行方向というわけが…」

地図から目を離し、吉影は思案する。

「食糧があるという事は、餓死の心配は無いわけだ(三日程度で死ぬわけないがな)。となると…」

少女の言葉を思い返す。

「『【あの娘】に訊くなりしなさい』…『あの娘』にあたる奴から生き延びろ…という事か?」

そこまで考えた時だった。

…ズッ…ズズ…ズズ…

「ッ!?」

何かを引き摺るような音。背後に気配を感じ、吉影は振り向き、身構える。

そこにいたのは、さっきの少女と同じくらいの背丈の一人の少女だった。髪は薄い黄色、右手には歪な杖を持ち、左手には破れて綿がはみ出したぬいぐるみ、翼は七色の宝石のような形状。

「「………………………………………」」

吉影が油断無く観察する中、少女は立ち止まり、吉影を見つめた。カビ臭い地下空間を沈黙が満たす。

先に口を開いたのは、少女の方だった。

「…貴方ね?あいつが連れて来るって言ってた人間は。」

「…?あいつ…?蝙蝠の翼を生やしたお前と同じくらいのガキか?」

吉影はゆっくりと答える。すると…

「そうよあいつよ!!私の姉よ!!」

突然少女は物凄い剣幕で叫んだ。いきなりの事で、吉影は思わず驚く。

「なによあいつ!!ちょっと私が外に出てみたいって言っただけでがなり散らして!!

それで頭に来て無理矢理出ようとしたらまた地下に押し込んでッ!!

『館の中を歩けるようになったからって調子に乗るな』ですって!?

私に『お姉さま』って呼ばれてイイ気になってたのは何処のどなたかしら!?

『フランが教養を身に付けた時に出してあげる』ッ!?

じゃあ『お姉さま』には『教養』とやらがあるというの?

私の前ではカリスマ気取ってるけどあいつがお外で何て言われてるか私は全部知ってるわよ!

だいたい、私が『教養』の無い子になったのは誰のせい!?

自分と鼠と蝙蝠とお人形以外誰も居ない地下で何が学べるというのよ!?」

凄まじい負のオーラをだだ漏れにしながら一人で怒り狂う少女に、吉影はどうして良いか分からずただただ眺めるばかりだ。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

「あれまあ、実の姉に向かって随分な物言いですね。反抗期の妹さんに、姉としてガツンと何か言ってやったりは?」

河童製監視カメラから送られて来る映像を映すモニターを眺めながら、射命丸文は隣のレミリアに問う。

「あら、私は別に腹を立てたりはしないわ。私に逆らうようになったという事は、フランに自立心が芽生え始めたという事よ。もう彼女は子供じゃないわ、私に判断を委ねるばかりでなく、彼女が自分自身で進む道を決める必要があるの。妹の成長を離れた所から静かに見守る、それが姉である私に出来る唯一の事よ。」

レミリアは足を組んで玉座に座り、優雅に微笑んで紅茶を飲む。寛容な態度が彼女のカリスマ度を大幅に引き上げている。若干涙声でカップを持つ手が震え、瞳が潤んでいるのが玉に瑕であったが。

 

 

 

――――――――――――――――――

「もし、もしよ!!あいつが私で私があいつだったら、私はあいつなんかよりズ~ッと良い『お姉さま』になってるわ!そしてあいつはきっと最初の百年くらいで頭がおかしくなって死んでるわよ!『気が触れている』!?私だからこの程度で済んでるのよ!あいつみたいな軟弱なお嬢様に、この独りぼっちの495年が耐えられたというの?だから!私は本当はあいつなんかよりず~っと『お姉さま』なのよッ!!」

かなり興奮しているのか、やや支離滅裂になりながら少女はまだまくし立てていた。と、突然ピタッと話しを止め、無邪気な笑顔を吉影に向ける。

「でも、そんな生活ももう終わるの!貴方のお陰でね!」

ようやく会話が始まり、吉影は一層注意深く身構える。

「わたしの…お陰だと?」

吉影の言葉に、少女は嬉しそうに笑う。

「お姉さまと約束したのよ。『外来人を連れて来るから、三日以内に生かしたまま仕留めなさい。成功したら咲夜を付けて外出を許可するわ』ってね!」

キャハハハッと可愛らしく笑う少女。

「だから、貴方、簡単に壊れたりしないでね?私も手加減してあげるわ。『お客さま』もこのお遊戯が長引いてほしいって思ってるみたいだし。」

少女の言葉に、吉影が反応する。

「なに?『お客さま』だと?」

少女はう~んと少し考えた後、

「あんまり言ってほしくないでしょうけど、言っちゃダメって言われてないから、別に良いわ、教えてあげる。射命丸文っていう鴉天狗よ。」

「ッ!!」

(なにィ!?あのアバズレカラスだと?はたてかと思っていたが…奴め、家も印刷機も焼き払ってやったというのに、まだ懲りていなかったのか…ッ!!)

吉影の中でまた怒りが焔を上げる。

(だが…兎に角話は分かった。よーするに…)

吉影はギロリと少女を睨む。

(この餓鬼から三日間逃げ延びれば…わたしの勝ち、…という事だな…!!)

と、少女は吉影に向かって頭を下げた。

「私の名前はフランドール・スカーレット。普段はフランって呼ばれているわ。よろしくお願いしま~す。」

ペコリ、とお辞儀をし、顔を上げ、にぱ~、と柔らかく笑う。

「…………………………………」

意外な行動に、吉影はややうろたえる。少しして、ゴホン、と気まずそうに咳払いし、

「川尻浩作だ。よろしく頼む。」

軽く会釈する。それを見て、フランはまた無邪気に笑う。

「さあ、早く遊びたいけど、その前に言わなくちゃいけない事があるの。」

フランは引き摺っていたぬいぐるみを、吉影に向かって放った。ぬいぐるみは吉影の手前に落ちる。

「…?」

怪訝な顔をする吉影。彼の前で、フランは右手をぬいぐるみに向け、

「きゅっとして…」

彼女の右手に、力が籠る。

「ドカーン。」

フランが、右手を握った。ただ、それだけの動作だった。

ドグオォォォ!!

「ッ!?!?」

ぬいぐるみが、破裂した。吉影の顔面に綿をぶちまけて。

(なん…だとォ…ッ!?まさか…この餓鬼…!!『同じタイプ』の能力かッ!?)

フランは俯き、ボソボソと呟く。

「私がきゅっと一捻りするだけで…みんな壊れちゃうの…」

フランは少し悲しそうにそう呟くと、顔を上げ、吉影を見つめる。

「だから、コレは貴方には使わないわ。ちゃんとスペルカードルールで遊んであげる。」

言い終えると、フランはスペルカードを取り出す。話はこれで終わり、いよいよ『賭け』の始まりのようだ。吉影も【キラークイーン】に身構えさせる。

フランがスペルカードを掲げ、宣言した。

 

 

「禁忌『レーヴァテイン』」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

「なッッッ!?」

右手に握った杖が、紅い光を放つ。光はやがて収束し、杖が光を纏う。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

「なんだとォォォーッ!!!!」

杖は紅蓮の光を帯び、巨大な剣へと変貌を遂げた。

いや、それは剣と言うにはあまりにも大きすぎた。

大きく分厚く重く、そして大雑把すぎた。

それは正に鉄塊だった。

グオオオオオオオォォォ!!

紅蓮の魔剣が唸りをあげて襲い掛かる!!

「うおあああぁぁぁぁぁッ!!」

【キラークイーン】の脚で跳躍し、丸太のような刃を避ける。レーヴァテインは壁を木っ端微塵に粉砕し、ズズン、と重い音をあげて止まる。

だが、吉影には息をつく間も無かった。刀身の軌道上に、無数の火弾が出現したからだ。

「ウガアァァァーッ!!」

【キラークイーン】の拳で火弾を防ぎ、一目散に逃げる。何発か被弾し、熱と衝撃が身体を襲うが、わきめもふらず走る。

グオオオォォォ!!

第二撃が横薙ぎに吉影を襲う。間一髪のところで角へ飛び込み、回避する。

ドグシャァァァ!!

レーヴァテインが激突し壁がガラガラと崩壊する。砂ぼこりがもうもうと舞い上がる。

「くそォッ!!」

吉影は空中で身体をひねり、【キラークイーン】の脚で着地して走り出す。

「なにが『殺さない』だッ!殺る気に満ち満ちているじゃないかッ!!」

だが、言葉とは裏腹に逃げる吉影の表情からは勝算があるように窺われた。

「だが…あの出鱈目剣も、この狭い空間では振り回せない。自由に飛び回る事も出来ず、機動力に劣るわたしにとってかなり有利だ。そして…」

【キラークイーン】の指が床に触れ、煉瓦を爆弾に変えた。

「市街戦は我が【キラークイーン】の独壇場ッ!!奴の遠隔爆破能力は極めて恐ろしいが、姿を見せず地雷で削っていけば、勝算は十二分にあるッ!!」

次の角で曲がり、壁に背を当て、待ち構える。

「爆弾に変えた床の上を奴が通った瞬間、爆破してやる!!」

【キラークイーン】に覗かせ、フランが姿を現すのを待つ。

……コツ……コツ…

足音と共に、フランが曲がり角から姿を現した。

 

 

「ん~、逃げられちゃった…」

レーヴァテインを解除し、元の大きさに戻った杖を持ってフランはトコトコと歩いて来る。

(よし、歩いているな…好都合だ。至近距離からの爆発で塵芥にしてやる…!)

フランはキョロキョロと辺りを見回し、何かを探している様子だった。

(何をしている…?わたしが何処かに隠れていると気付いたのか?まあ、どうせスタンドは見えないし、爆弾も見分けられないだろうがな…)

思考しながら、【キラークイーン】の目で凝視していた時だった。

スッ……

(?)

フランが左手を前に突き出した。そして、

「きゅっとしてドカーン」

ドグオオオォォォ!!

吉影が爆弾に変えた煉瓦が、周りの床ごと吹き飛んだ。

(なにィィィーッ!!!?)

爆弾煉瓦は宙を飛び、床に落ちて爆発する。

(あ…あのクソガキ…我が【キラークイーン】の爆弾を…看破しただと…!?)

吉影は壁の向こうで戦慄する。

(一体どうやって見破ったのか…皆目見当もつかないが…ならば、これならどうだッ!)

【キラークイーン】の左手の甲から、【シアーハートアタック】が発射された。

(目標はこの先にいる少女だ!始末しろッ!!)

【シアーハートアタック】はギャルギャルとキャタピラで空を掴み、曲がり角から飛び出してパワフルにフランに向かって突っ込んで行く。

「コッチヲミロォ~」

【シアーハートアタック】の呼び声も、非スタンド使いであるフランには聞こえない。爆弾戦車の落ち窪んだドクロの瞳が自分を狙っているとも知らずに、フランはのんびりと歩いて来る。

(よし、やれ!【シアーハートアタック】!!)

ギャルギャルと音をあげて【シアーハートアタック】が迫り、吉影の勝利は間近かと思われたその時だった。

「ドカ~ン!!」

フランが悪戯っぽく笑い、きゅっと左手を握り締めた。

ドグオオオォォォ!!

【シアーハートアタック】が爆発した。そして…

「ぐあああぁぁぁぁ!?」

吉影の左手をバットでぶん殴られたような強烈な衝撃が襲う。

(なんだとォ~ッ!?爆弾だけで無く、【シアーハートアタック】まで…!!ぐっ…ぐああぁ…!)

悲鳴をあげる左手を右手で押さえ、必死に耐える。

(くそォッ!!あの餓鬼ィ…!いったい…?さっきからどうなって……、ッ!?)

また【シアーハートアタック】が爆発し、吉影の左手がミシミシと軋む。

「あぐああぁぁぁぁ…!!」

フランは心底楽しそうに笑い声をあげる。

「キャハハッ、すっご~い!こんなにきゅっと捻ってるのに、全然壊れないよ!」

夢中になって左手を握ると、【シアーハートアタック】が何度も爆発し続ける。暫く無心に【シアーハートアタック】を爆破していたが、

「…飽きた」

左手を握り締めるのを止め、弾幕を放った。【シアーハートアタック】は弾幕にぶち当たり、吹き飛ばされた。同時に、吉影も痛みから開放される。

「ぐっ…戻れッ!【シアーハートアタック】!!」

【キラークイーン】の左手の甲に【シアーハートアタック】を戻し、吉影は全力で逃げる。

「あっ、そこに隠れてたの~?」

フランも翼をはためかせ、吉影を追い掛ける。

(クソッ!何だ?いったい何なんだッ!?被弾したというのに【シアーハートアタック】が爆発しなかった!いったいヤツは何をしているんだッ!!)

ガダン!!とドアを開け、部屋に入り、急いで扉を閉める。

「ハァー…、ハァー…」

吉影は肩で息をし、壁にもたれ掛かる。

「マズイ…マズ過ぎるぞ…!なんというハードな状況だ…!!」

息を整える間もなく、吉川は身体を起こし、【キラークイーン】にドアに触れさせる。

「扉をまるごと爆弾に変えた…これで奴がドアノブに手を掛けた瞬間―――」

ドドドドドドドドド!!

弾幕に扉が粉砕され、破片が吉影を襲った。

「なぁッ…!?」

ドグオオオォォォ!

扉の破片が爆発し、爆炎が吉影の身体を焼く。

「がッ…!?ぐぁッ!!」

弾幕と爆風にぶっ飛ばされ、吉影は壁に叩きつけられる。

 

 

「がはッ……!!」

そのまま吉影はズルズルと倒れ込む。痛みに顔を歪め、ドアが吹き飛んでしまった部屋の入口の方を見る。

もうもうと砂ぼこりが立ち込める中から、悪魔は姿を現した。

「オープンセサミィィィ♪」

ギィンッ!!と紅く輝く双眸が、吉影を捉えた。何処までも無邪気で、限り無く黒い笑みを浮かべながら、悪魔がゆらりゆらりと吉影へと歩み寄る。

「う…ッ!あぐああぁぁぁ!!」

ドグオオオォォォ!!

背後の壁を爆砕し、吉影は部屋から飛び出した。ゴロゴロと転がり、慌てて起き上がって死に物狂いで逃げる。

「無理だ…勝てないッ…!敵う訳が無いッ!!」

足を引き摺り、吉影はフランから逃げる。

「出鱈目だ…無茶苦茶だッ!!何もかも先読みされ、問答無用で破壊される…!化け物だッ!!正真正銘の化け物だッ!!」

プライドをかなぐり捨て、吉影は一心不乱に逃げ続ける。闘争心は、既に消え失せていた。

フランが部屋から飛び出し、逃げる吉影の背中を見つける。

「キャハハハハハハ!!逃げられると…思っているのっ!」

左手の平を吉影に向ける。

「きゅっとしてドカ―ン!」

ボグオォォ!!

吉影の足下の床が砕けた。

「ッ!?」

足をとられ、吉影が前のめりに倒れる。

「【キラークイーン】!」

【キラークイーン】の腕で受け身をとり、起き上がろうとするが、

「食らいなさい!」

吉影の眼前の床が炸裂する。

「ぐあッ!」

破片が顔に突き刺さり、吉影が一瞬怯んだ。

「アハハハハハッ!楽しいわ!スゴく!とても!こんなに能力使い放題なんて!!」

フランが更に左手を握ると、吉影の頭上で天井が崩落する。

「なぁッ…!!」

吉影は顔の血を拭い、降り注ぐ瓦礫を見上げ、

「しばばばばばばばばばばばばばばばばッ!!」

【キラークイーン】のラッシュが瓦礫を弾き飛ばす。更に、

「爆破しろッ!【キラークイーン】ッ!!」

ドグオオオォォォ!!

「!!」

瓦礫の一つが強烈な閃光を放ち、フランの目を眩ます。視力が戻り辺りを見回すと、吉影の姿は無かった。

「あ~あ、また逃げられちゃった…」

フランは残念そうに溜め息をつき、

「でも…楽しいわ…!もっと…もっと楽しませてよ…」

翼を翻し、床の血痕を追った。

 

 

 

 

「がはッ…!ハァー…ハァー…」

ドシャッと壁に倒れ掛かる。

「クソッ…クソがァ…!」

ウッと唸り、肩を押さえる。そこからは血が流れ出ていた。

「無理だ…このままでは…ヤツには勝てない…」

荒い息を整え、吉影は壁に背を当てる。

「強過ぎる…!どんな物も遠隔爆破し、【キラークイーン】の爆弾も、【シアーハートアタック】も見破る…反則過ぎだ…ッ!」

青ざめ、爪を噛み締める。

「明らかに上位互換だ…!わたしの【キラークイーン】では、ヤツの能力には勝てないッ!『同じタイプ』の―――」

ハッと目を見開く。

「待てよ…?『同じタイプの能力』…?」

何かに気付き、吉影は繰り返す。

「ヤツは『何かを握り潰して』物を破壊していた…そして、【キラークイーン】も右手人差し指の『スイッチ』を押して起爆する…」

さっきのフランの言動を思い返す。

「ヤツには【シアーハートアタック】が見えていた…【シアーハートアタック】を爆破し、その上(意図的では無いだろうが)弾幕を浴びても起爆出来なくしていた…

そして、爆弾化した扉をぶち破った時、ヤツはわざわざ弾幕で破壊した…!あれだけところ構わず破壊したというのに…ッ!」

何かを閃き、吉影が呟く。

「ヤツは…『何を』握って起爆している…?どうやって爆弾やスタンドを見破っている…?ヤツは『何を』見ている?」

【キラークイーン】の右手に目を落とす。

「【キラークイーン】は、『何』を見ている?『何を』押して起爆させている?」 吉影の中で、一つの仮説が組み立てられる。

「そうか…!ヤツが握る『何か』と、【キラークイーン】が押す『何か』は、同一のモノっ!それなら、全ての辻褄が合うッ!!【シアーハートアタック】が起爆しなかったのは、ヤツに『何か』を奪われたからだ!ヤツが扉を弾幕で吹き飛ばしたのは、破壊『しなかった』のではない…『出来なかった』のだッ!!【キラークイーン】がドアの『何か』を奪っていたから…ッ!!」

吉影は身体を跳ね起こし、顔をあげる。

「『何か』とは何だ…?わたしが無意識に【キラークイーン】にさせている事は、本当は何なんだ…!?」

【キラークイーン】の手のひらをかざし、見つめる。意識を集中させ、【キラークイーン】の視界を共有する。

『それ』は、あった。手のひらに無数に分布した、極度に緊張した部分。焦点を合わせると、さらに『それ』は細かくなり、細胞一つ一つにまで分解する。

「これが…正体か…我が【キラークイーン】の爆弾、そして…ヤツの遠隔爆破能力の…!!」

手のひらから目を離し、壁に目を移す。煉瓦の一つ一つに『それ』があった。焦点を合わせると、煉瓦を構成する土の一粒ずつに『それ』が見えた。

「ヤツは…これを見て物を破壊していたのか…!?」

煉瓦の一つに触れる。『それ』は【キラークイーン】の右手人差し指側面『スイッチ』に移動する。親指で押すと、『それ』が刺激され、煉瓦は爆発した。

「なるほど…理解したぞッ…!この『何か』がヤツの能力の鍵だッ!」

吉影の瞳に光が戻る。【キラークイーン】の目で曲がり角の向こうを覗くと、フランの姿が見えた。こちらに向かって歩いて来る。

「それに、待てよ…よく観察すると…こいつ 『弱点』があるぞッ… 気がつかなかった『弱点』が!!」

 フランを睨む【キラークイーン】の目が鋭くなる。

「それにムカついて来たッ!何故くそったれの『吸血鬼』のおかげでわたしがおびえたり後悔しなければならないんだ!!?」

ギリッと歯を噛み締める。

「ますます『ムカッ腹』が立って来たぞ… なぜ吸血鬼のためにわたしがビクビク後悔して『お願い神様助けて』といった感じに逃げ回らなくっちゃあならないんだ?

『逆』じゃあないか?どうして ここから無事で帰れるのなら『下痢腹かかえて公衆トイレ探しているほうがズッと幸せ』と願わなければならないんだ…?

ちがうんじゃあないか?」

ギィンッ!!吉影の瞳が殺気を帯びる。

「おびえて逃げ回るのは『吸血鬼』ッ!きさまの方だァァーッ!!」

 

 

 

 

……タッ…タッ…

「ん~?」

足音が聞こえ、フランは顔をあげる。

「あっ…!」

曲がり角から、吉影が姿を現した。

「見ぃつけた~♪」

嬉しそうに言うフラン。吉影は何も話さない。フランは首を傾げる。

「…逃げないの?遊んでくれる?私は追いかけっこもかくれんぼも好きだけど…」

「…………………………………」

吉影はただ静かに佇み、フランを睨み付けている。

フランは不思議そうにう~ん、と考え、吉影の左手の『目』が無くなっている事に気付いてパッと閃き、嬉しそうに声をあげる。

「分かった!さっきの『おもちゃ』でしょ?後ろから攻めれば気付かないと思って……あれ?」

後ろを振り向いたが、そこに【シアーハートアタック】は無い。

「えっ?えっ!?」

キョロキョロと見回し探すが、【シアーハートアタック】の『目』は見つからない。フランが混乱している時だった。

「やれッ!【キラークイーン】!!」

【キラークイーン】が右手のスイッチを押した。

ドグオォォォォ!

フランの眼前で、大爆発が起こった。

「えっ…」

爆炎がフランに襲い掛かる。

「ギャアァァァァァ!!」

爆風に吹き飛ばされ、壁に打ち付けられる。爆炎で皮膚が焼けただれている。

「あ…あァァ……!!」

フランはガクガクと痙攣し、起き上がる。

「なに…?なにが起こったの…!?」

爆発の原因を探し、辺りを見回す。だが、何処にも見当たらない。

「フフフ…やはり見えていない…か…!」

吉影が不敵な笑みを浮かべ、負傷したフランを眺める。

「見え…て…な…い?」

呟き、もう一度吉影の『目』を探る。そして、気付いた。彼の右手人差し指に、別の『目』が存在する事を。

「『目』が…2つ…?」

「『目』…?そうか、『目』と言うのか…、この極度に緊張した『点』は。」

吉影はニヤリと笑い、【キラークイーン】の右手に目を落とす。

「そして…、やはり、見えていないようだなッ!もう一度爆破しろッ!【キラークイーン】!!」

カチリッ

【キラークイーン】がスイッチを押すと、また原因不明の大爆発が起こる。

ドグオォォォ!!

「アギャアアァァァァァ!!」

至近距離からの爆発に、フランの小さな身体は吹き飛ばされる。壁をぶち破り、部屋の中にぶち込まれた。

「うっ…ううっ…うあぁ…!!」

うずくまり、爆発から身を守ろうとする。だが…

ドグオォォォ!!

「ギャアアァァァァー!!」

頭上の爆発に、フランはまた台風の中宙を舞うトタン板のように弄ばれた。

「があ…!!うぐッ…」

ゴロゴロ転がって壁に激突し、ぼろ雑巾のようにズタズタになって倒れ伏すフラン。

ギャルギャルギャル…

「コッチヲミロォ~」

フランには見えないドクロの顔が、彼女を狙っている。吉影の瞳がギラリと輝く。

「【シアーハートアタック】を…爆弾に変えたッ!貴様…『目』…という物で爆弾を見破っていたんだろう…?『目』の無い物は…『爆弾』に変えられたとッ!そして、【シアーハートアタック】は…スタンドのヴィジョンではなく、『目』を見ていたなッ?ならばっ!」

吉影の瞳が勝利を確信する。

「見えないスタンドを『爆弾』にすればッ!『目』を抜き取ってしまえば!!肉眼でも『目』を見ようとしても何も見えない『ステルス爆弾』となるッ!!さらに【シアーハートアタック】の欠点である『起爆』も、わたしの意志で行える!そして、自動追尾、頑丈さは『無敵の無限移動爆弾』となるッ!!素晴らしいぞッ!素晴らしいヒントを与えてくれたものだッ!!」

【キラークイーン】のスイッチを押す。押し続ける。部屋の中で【シアーハートアタック】が爆発し、天井が崩落する。

 

 

「やったか…?」

スイッチから指を離し、部屋の様子を窺う。フランの悲鳴や呻きは聞こえて来ない。

耳を澄まし、物音を聞き取ろうとした時だった。

「ッ!!!?」

吉影の身体がビクンッと震える。

「なっ!なぁッ…!?」

吉影が驚愕する。

「『目』が…!わたしの『目』が…!!引っ張られるッ!!」

ドオォォォン!!

壁が突き破られ、フランが姿を現した。

「キャハハハハハッ!!面白いわッ!貴方!サイコーに!!」

紅い瞳が狂気に滲み、その表情も狂気に溶け始めていた。

「だから…コワシテアゲルッ!!!!」

フランの左手が吉影に向けられる。吉影の『目』を引き寄せる。

「ぐああぁぁぁぁぁ!?」

(まっマズイッ!『目』が…抜き取られるッ!!)

「うおあぁぁぁぁぁッ!!【キラークイーン】!!」

【シアーハートアタック】を戻し、【キラークイーン】の指が、吉影に触れる。間一髪のところで、『目』が【キラークイーン】の人差し指に移動する。

だが、それでも『目』への引力は緩まない。さらに強い力で、指から引き剥がそうとしてくる。

(クソッ!遂に発狂したかッ!恐れていた事が起きてしまった…!!)

最初の会話でフランが『気が違っている』と評価されている事を知った吉影は、フランが『姉との約束を忘れて、自分を本気で殺しに掛かって来る』事を危惧していた。

「キャハハハハハハハーッ!!ブチコワレロォ~ッ!!」

フランは完全に自我を失い、暴走していた。さらに力を込め、『目』を引き寄せる。

(ぐっ…!折角追い詰めたというのに…!!こんなところで…ッ!!)

吉影の瞳が、狂気の悪魔を睨む。膨大な殺気がその背中から立ち上る。

「このクソカスがぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

殺人鬼の殺気が、殺意という指向性を与えられ、フランを射抜く。48人の業を背負った『化け物』のそれは、罪を知らない幼子の精神を握り潰す。

「――――――――――――ッ?!?!?!」

フランの身体がビクンと痙攣する。彼女の顔から、影が退いていく。ふっと力が抜け、膝を着いた。

「ハァー…ハァー…」

『目』への引力が消え、吉影は自身の爆弾を解除する。膝に手をつき、荒い呼吸を抑える。

「あ…危なかった…」

安堵のため息をつく吉影。だが…

「……うっ…」

「ッ!!」

フランが立ち上がり、吉影を見つめた。

(マズイっ…早く闘わなければ…)

だが、体力も精神力も限界を越えている吉影には、【キラークイーン】を維持する事で精一杯だった。

「…………………………………」

フランはしばらく黙って疲労困憊している吉影を眺めていたが、やがて口を開く。

「…川尻…だったっけ…?」

吉影は力を振り絞り、彼女を睨む。

「…ああ、そうだが……?」

ゴクリ、フランが唾を飲む。

「貴方…スゴいわ…あの状態になった私を…止めるなんて…!!」

さっきの殺気がよほど強力だったか、フランは何処か茫然としたような表情で吉影に話し掛ける。

「お姉さまや咲夜でもら止められないのに…パチュリーや美鈴だって力ずくでやっとなのに…!!」

フランは感心を通り越し、畏怖の念の籠った目で吉影を見つめる。

「……貴方と一緒なら…私がおかしくなっちゃっても、安心していられそうね…」

ウフフッと可笑しそうに笑い、彼女はクルリと背を向けた。

「ふぁ~あ…、ちょっと早起きしたから眠くなっちゃった…おやすみなさい…」

可愛らしく欠伸をし、フランは自分の部屋へと帰っていった。

「…………………………………」

【キラークイーン】の手が、銃弾を摘む。遠ざかっていく幼い少女の小さな背中に照準を定め―――――

「……………フンッ…」

吉影は面白くないといった風に鼻を鳴らし、手を下ろす。踵を返し、フランに背を向け、歩き出す。疲れた身体をよこたえる場所を探しに、薄暗い通路の奥へと消えていった。

 

 

 




第十話、お楽しみいただけたでしょうか?面白いと思っていただけたなら幸いです。
紅魔館地下決戦編はあと中編後編と二話続きます。ご期待下さい。
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