【第一部】~吉良吉影は静かに生き延びたい~/【第二部】~Saint Babel Run~   作:どくたあちょこら~た

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第十六話です。『起承転結』でいうところの『結』はまだまだ続きます


第十六話 デッドマンズ・ラプソディ 中編

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「――――――――――あ…………」

空中に撒き散らされるフィルムの中身。

それが満月の光に焼き潰され、灰になっていく。

「…………あ………ああっ……!」

輝之輔の目が、信じられないといったように見開かれる。

月明かりの下、射命丸が団扇を構え、冷然と言い放つ。

「Dust to dust……塵に過ぎないお前は………」

射命丸の団扇の一閃、

大気が歪み、風の奔流がフィルムの燃え滓を吹き飛ばす。

「……塵に還れ」

射命丸の瞳が、冷酷に輝いた。

 

―――――――バサッ………

 

空中に、何の前触れも無く写真が現れる。

一つ、二つ……春に開く花のように、次々と写真が開き、亜空間から排出されていく。

「………………

なるほど……『写真空間』に写真を巻き込んで、存在自体を消していたのね…

風の流れを読んでも、全く分からなかったわ……このまま戦っていれば、ちょっと危なかったかもね。」

地面に降り積もった無数の写真を一瞥し、射命丸は「まあ、今となってはどうでも良いけど」と呟く。

「仕掛けておいた写真が……!」

輝之輔は愕然とする。

「(吉良の親父さんがまだこの世にいるのなら、こんな事はしない……)」

震える手で、懐から写真を取り出す。

おそるおそる写真の中に指を突っ込もうとするが、ただ表面のつるつるした感触があるだけ。

何の変哲もない、ただの写真であった。

「(……やはり……この世から完全に……消滅したか…っ!)」

死んでもこの世にいる幽霊が、今一瞬で消滅したなど、にわかには信じられなかった。

だがこれはもはや疑いようの無い事実。

吉良吉廣は射命丸の写真に封印され、フィルムごと『消滅』したのだ。

「……………さあ、私の用は済んだけど……『条件』は守らないとね。」

射命丸は興味なさそうにそう言うと、輝之輔の方に向き直る。

団扇を彼に向け、一切の関心も無い目で彼を見下ろす。

「……貴方みたいな下端のカスに、ネタになるような事は全然期待してないけど……貴方をここで叩いておくことは、結構私にとっても重要な事なのよ。

貴方が紅魔館に与えた損害は、全部川尻がやった事にしておいたから、その件が敵対記者に漏れる前に、『処理』しておく必要があるの。」

射命丸の気配が、冷たい雰囲気を帯びる。

「…………『生かしたままなら手段は問わない』……そう言われたわ。だから……」

射命丸が輝之輔を見る瞳は、人間が虫ケラを見る際のそれと何ら変わらなかった。

何の関心も無く、興味も湧かない。

踏み潰そうが地べたを這いつくばろうが、知った事じゃない。

そんな最底辺の屑を流し見る目付きであった。

「『適当』に、『一瞬』で、『片付ける』わ。」

ゾッとするほど無表情な声。

混じりけの無い『冷徹さ』にあてられ、輝之輔の心臓が縮み上がる。

「あ…………あああ………ッ!!」

絶対の上位存在の威圧に、輝之輔は思わず後ずさる。

膝がガクガクと震え、声は喉がつっかえ言葉にならない悲鳴となる。

「が………!あああああ…………!」

輝之輔の両目は見開かれ、瞳が震える。

口が、絶叫するように開かれる。

彼の口から、恐怖の叫びが溢れようとした。

 

 

―――――ガギィッ!!

 

「―――――怯むと……思ったかァッ!!」

口を閉じ、歯を食い縛り、悪鬼の形相で射命丸を睨み付けた。

「あの『魔女』の名前を出せばッ!僕が怯えると思ったかッ!!

その『目』で僕を見ればッ!僕がへつらうと思ったのかッ!!」

憤怒の形相で彼は声を荒げる。

「その『目』だッ!その『目』が気に入らないんだッ!

あの『魔女』と同じ目付き!!

僕を見下し、僕を否定する態度!

養豚所の豚を眺めるような視線がッ!!」

輝之輔の背中から、黒い感情が噴出する。

怒声の一言一言に、途方もない憎悪を含ませて彼は怒鳴り続ける。

「僕のような人間を馬鹿にしやがってッ!!お高くとまってんじゃないぞォォォッ!!」

叫びながら、輝之輔は懐から紙を取り出した。

紙を開くと、彼の手の中にサブマシンガンが現れる。

「今紅魔館の連中は殆ど出払ってるんだろ……?

連行されるまでもなくこっちから向かってやるッ!

貴様を『始末』した後でなァ――ッ!!」

 

ジャキィィ―ン!

 

銃口を射命丸に向け、引き金に指を掛ける!

「うあああああああああああああああァァァァァァァ―――――ッ!!!」

引き金を引いた。

引き続けた。

フルオートで乱射し、やたらめったら撃ちまくった。

銃声と雄叫びが夜の森に轟き、発射炎が連続撮影のフラッシュのように木々の枝葉を照し、影を作る。

「―――――剃(ソル)」

射命丸の姿が、消え失せた。

次の瞬間、

 

ドガアァッ!!

 

「―――ッ!!?」

射命丸の下駄の歯が、輝之輔の腹にめり込んでいた。

「――がッ……は………ッ?」

 

ガボッ――

 

輝之輔の口から、血の塊が吐き出される。

肋骨がメキメキとへし折れ、内臓が身体の中で弾ける。

 

ドオオオオォォォォ!!

 

一瞬遅れて襲って来た風圧に、彼の身体は紙のように吹き飛ばされ、木に叩きつけられた。

「ギッ!!!?」

輝之輔の身体は、木の幹を背にズルズルと崩れ堕ちた。

「―――――ウ………ッ

……オエェェ……ッ!?」

突然吐き気が込み上げ、口に戻ってきた物を吐き出す。

 

ビタビタァ……

 

肉質的な音をたて、それらは地面に落ちた。

「(―――――何だァ……この変な物…?

僕はこんなグロテスクでおぞましく不味い物…………食べた覚えない……ぞ……―――――)」

薄れゆく意識の中、輝之輔はそんな事を考える。

赤黒く苦いそれらが、ボドボドと口から溢れ出てくる。

「(―――――ええと、最後に食べたのは……なんだっけ………か…………な……?―――――)」

 

ガクリ、と輝之輔の頭が垂れた。

「ああっと、浮かれ過ぎて殺してしまったかしら?」

射命丸は木の枝の上に座り、何の感慨もないといった風な口調でそう言った。

「まあ、一応死体だけでも持って帰るとしようかな…彼女も魔女だから、死体を儀式の道具として凌辱したりして鬱憤を晴らすのに使うかもしれないし……」

動かなくなった輝之輔を見下ろし、射命丸は枝から飛び降りた。

翼をはためかせ宙に浮き、輝之輔の所まで、『行こうとした』。

 

ゾクッ―――――

 

「―――――っ……!?」

突然、彼女の全身を寒気が襲った。

「(な……何………?この寒気……………!?)」

空中でとどまり、ブルッと身体を震わせる。

両腕で自分を抱くようにして、彼女は凍えている。

「(おかしい……弱い人間じゃあるまいし、冬でも寒さなんて感じないのに………っ)」

体温が、どんどん下がっていく。

歯をカチカチと鳴らして、射命丸は寒さに堪えている。

と、その時だった。

「―――――人が『倒れる』のは…防御のためだ……」

「――――ッ!?」

声にハッとし、目を向ける。

輝之輔が目を開き、彼女を睨んでいた。

「……とてつもない苦痛と衝撃から生存するために、本能的に肉体と心を切り離し気絶し、身を守るのだ。

そしてもう遅いぞ…僕は自分の身体をすでに『エニグマ』で『紙』にした……頭と肉体の神経を『紙』にして遮断したのだ…僕はもう苦痛も衝撃も感じていない…死ぬまで倒れない!」

輝之輔は口から血のりと臓物を滴らせ、立ち上がる。

風が吹きコートがはだけ、薄っぺらい彼の腹が服の上から確認できた。

「………なんとか心臓と肺は無事だったか………しかし、ハラワタが身体の中でシェイクされたぞ……肋骨も折れてしまってる……

まあ、痛みもないし『ファイル』したから出血も無いんだがな。」

輝之輔は顔を上げ、射命丸を見据える。

彼に睨まれた瞬間、さらに強烈な悪寒が彼女の身体を駆け巡った。

「(こ……これは………!?まさか、私が……『威圧』されてるというの……っ?)」

身体を蝕んでいく謎の寒気に、射命丸は戦慄する。

「………『紙に変える程度の能力』、さっきの若僧と一緒でチンケな能力ね。

言っておくけど、全身紙に変えて逃げようなんて無駄よ。

風に漂う紙きれくらい容易く掴み獲れるし、風の動きで位置も手に取るように分かる。

……それに、ここであのまま死んでいた方が幸福だったでしょうね。

身体に苦痛は感じなくとも、魔女は精神攻撃のプロ。

死ぬまで倒れないと貴方は言ったけど、あと数分後紅魔館に引き渡された頃には『殺してくれ』と泣き叫んでるわ。」

射命丸は団扇を構え、輝之輔目掛けて振り下ろそうとした。

その時だった。

 

グシャァ――

 

「―――――ッ?」

何の予兆もなく、団扇を握る右手の人指し指がねじ曲がった。

射命丸が驚き指に目を落とすと、その指には異様に血管が浮き出ていた。

「一本!」

輝之輔がピン!と人指し指を立てた。

すると、同じように射命丸の右手も独りでに一本指を立てる。

「あ…ゼロ本。」

輝之輔が今度は右手を握る。

同時に、勝手に彼女の右手も握る。

「あ…5本。」

輝之輔が手を開くと、射命丸の右手も開き、団扇を取り落とした。

「……???」

射命丸は自分の右手に起こった一連の現象に困惑し、おそるおそる触れてみた。

「……………こ……!」

射命丸が愕然と目を見開く。

「これは!腐ってる……!!」

彼女の指は死人のように灰色に変色し、ポキリと折れてしまった。

射命丸が顔色を変えるのを見て、輝之輔はニヤリと笑う。

「僕が外の世界にいて、学生だった頃……学校の図書室の本棚、右から二列目にある本に書かれていた。

人間の臓器を見た時……もしそこが病気なら、他の健康な部分より体温が低くなっている事が温度感知器(サーモグラフィ)で分かる!

良い血液が流れていないからか…悪い血がたまっているからか、『体温の低い場所』が病気になる場所なんだッ!

もし指の細胞の体温を集中的に奪えば関節は曲がり……自分の意志では動かせなくなり……そのうち腐り始める!

その時まで自覚症状はない!

もし瞼の体温を奪えば目は閉じるし、腎臓の体温を奪えば腎機能へのダメージとなるッ!」

輝之輔の言葉を聞き、射命丸は理解した。

恐らく輝之輔を蹴りつけた瞬間だろう、彼女の『体温』をどうにかして輝之輔が『奪った』のだ。

と、射命丸は突然大きく咳き込み始めた。

「ゲホッ……ゲホッ……!ケホッ…」

射命丸の口から、血が噴き出した。

同時に、何かモクモクと白い物が彼女の口から吐き出される。

「肺にダメージを与え肺組織が中で剥げ落ちると、綿のようなカスになって吐き出される事がある!

ちなみに……甲状腺という首の下にある健康維持調節機能にダメージがあると、ノドがフグのように腫れ目が大きく飛び出すが、さあて……女として致命的なまでに醜い顔面に変形させてやる事も出来るということだ……

やってやろうか?」

輝之輔の瞳が加虐心に爛々と輝く。

「ぐっ……………!

(恐らく……私の『体温』を奪ったのは、奴の【スタンド】……一瞬だが触れた時、体温を『ファイル』したんでしょうね……

ならば………)」

射命丸は口から手を離し、輝之輔をキッと睨み付ける。

「これしきの事で、妖怪がまいると思ってるのかッ!」

翼で宙を叩き、輝之輔に向かって行こうとした。

だが―――――

「………………っ!?」

グラリ、彼女の身体は傾き、糸の切れた操り人形のように落下を始めた。

「うそっ…!?い、一体………?」

必死に羽ばたこうとするが、その意に反して翼は全く動かない。

浮力を失った彼女は頭から地面に叩きつけられ、一度弾みドシャリと投げ出される。

「か……身体が……っ!?!?」

身体を懸命に動かそうとするも、金縛りにあったように言う事を聞かない。

指先さえ微動だに出来ない。

「神経細胞を伝わる電圧はほんの僅かで百分の七V。

ただそれだけのエネルギーを『ファイル』した……もはや指一本動かせず、声さえ出せまい。」

 

ザッ―ザッ――

 

輝之輔は一歩一歩、地面に這いつくばる射命丸に近寄る。

「……お前の『力』……確かに圧倒的だったよ。

サブマシンガンも引き金を引く前から避けられていたようだし、動きも全く見えなかった……

…だが……!!確かに、僕の『スタンド』はチンケだからね…人を、まして天狗を殺せるようなパワーやスピードは持ち合わせていない……

…しかし…お前の方から『接近』して、僕に蹴りをくれた時……お前の身体にピッタリ僕の『エニグマ』をひっつかせてやればッ!!

スピードもパワーも関係なくお前に『とり憑いて』やることは出来るッ!!」

輝之輔が勝ち誇って言った。

射命丸の四肢には、彼の『スタンド』――『エニグマ』が、ビッタリとへばりついていた。

「さあ、お前はもう網カゴに入れられたまま火にくべられるネズミと同じだ…

風を起こそうが皮膚の表面ですかさず『ファイル』出来る。

全ての退路は もはやない。

やれる事もなにもない。

呼吸さえ出来ない。

お前を待つのは確実な死だけだ…」

輝之輔はしゃがみ、サブマシンガンを拾って弾倉を装填する。

「だが……っ!その前に、『痛み』だけはたっぷり味わってもらうがな…!」

 

ジャキン!

 

銃口を射命丸に向け、引き金を引く。

 

パパパン!

 

三、四発の弾丸が射命丸の頬を掠め、飛び去った。

「外したんじゃない…外れたんだ。

次はお前の手足をぶち抜く。」

ゾッとするような冷徹な声でそう言うと、今度は目の高さで照準を定め、引き金を引いた。

 

ダダダダダダダダダダッ!

連射された弾丸は、予告通り彼女の手足を貫通し風穴をあけた。

腕や脚の穴から血が流れ出る。

 

カチッ、カチッ

 

「チッ、弾切れか……」

舌打ちし、輝之輔はサブマシンガンを投げ捨て射命丸へと歩み寄る。

「悲鳴や苦痛の表情がみれないのは残念だが、……まあ、動けないのに一方的に攻撃される気分を想像してそれで我慢するか。」

彼の瞳が、ギラギラと輝く。

何も出来ず地べたに倒れ伏す射命丸を見下ろし、口角を吊り上げ不気味に笑う。

「年上だから敬意を表して手足をもぎってからにしてやるッ!

覚悟しろ……貴様だけにはこの世の地獄の……もっともうすら寒いその底の底をなめさせてからゆっくりと殺してやるからなぁ~~~~『先輩ちゃん』よォ~~~~……」

懐から紙の束を取り出し、その中から一枚抜き取って広げる。

彼の手に、釘抜きつきハンマーが現れた。

「ふんッ!」

満身の力をこめ、射命丸の頭に振り下ろした。

 

グシャァ!

 

釘抜きが頭蓋骨を突き破り、血がドクドクと流れ出る。

「これは……僕がいた『理不尽な世界』の悲惨の『点』だ……」

血の滴るハンマーを放り、出刃包丁を手に握る。

「ウオラァッ!」

肩を突き刺し、背中を鯵の開きのように縦にかっ捌く。

「そしてこれがッ!それを超える『線』!!

僕が掴む『幸福』への『線』だッ!」

 

剃刀が足を抉る。

ミンチマシーンが指を砕く。

ナイフがアキレス腱を切り裂く。

釘打ち機が釘を脇腹に突き立てる。

除草バーナーが肌を焼く。

シャベルが後頭部をへしゃげさせる。

アイスピックが鼓膜を破る。

硫酸が皮膚を溶かす。

「―――――はあ………、はあ………、

……ヘへっ…ちょっとはこたえたか……?

でも、僕がお前に蹴られた傷はこんなものじゃない……捕まってあの『魔女』に受けるはずだった拷問に比べてもな……」

目を背けるほどの残虐な攻撃を加えながら、輝之輔は口角を吊り上げ薄ら笑いを浮かべる。

その姿はまさに悪魔だった。

「さあて、お次は……」

紙をひろげ、チェーンソーを握る。

「その汚ならしい烏の羽をもぎ取ってやる。」

 

ブウゥゥゥゥン!!

 

チェーンソーのエンジンが唸り、刃が高速回転する。

「うおおおおおおおおおお!!」

振りかぶり、渾身の力をこめて横薙ぎに斬りつけた。

 

ズバシャアァァァ―――――!!

 

肉が裂け、骨が砕ける音が森の中に響く。

鮮血が撒き散らされ、土に染み渡っていった。

 

 

 

「―――――が…………は………」

輝之輔が、口を開いた。

 

ゴブッ―――

 

口から大量の血を吐き出し、輝之輔は目を見開いた。

「―――――な……なん……?」

自分の胸元に視線を落とし、絶句する。

「―――――――え?」

彼の胸には、巨大な穴がポッカリと口を開いていた。

『―――――フフ、驚いたかしら?』

耳元で、射命丸の声が響く。

輝之輔は息を呑み、足下の射命丸を凝視する。

『違うわ、まだ私は瞬き一つ出来ない。

今貴方が聴いているのは、私の【風の能力】で起こした音よ。』

「か…………ぜ…………?」

ショックに、輝之輔は茫然と呟く。

『貴方の能力……確かに甘くみていたわ。

恐ろしい能力ね……体温がどんどん奪われ、呼吸さえ出来ず、風も起こせない………

だけど、【一つだけ】貴方の【スタンド】ではカバー出来ない場所があった………

それは私の【翼】。

人型の像では覆えない場所よ。

……でも、だからといって【電気信号】が遮断されては【翼】も動かせない…

だから待っていたのよ………

貴方が近寄ってきて、私の【翼】を攻撃する、この時を。

【痛み】があれば、【脊髄反射】で【脳からの指令】を経ずに反応できる!

そして僅かでも動けたなら、【風を操る能力】で鎌鼬を起こすのも雑作はないっ!』

輝之輔は、自分の耳元に響く射命丸の声が、勝利の悦びに満ちているのを感じた。

 

 

 

【エニグマ】に取り憑かれ、呼吸さえできず倒れ伏す射命丸は、しかし、内心では余裕綽々だった。

そもそも高位妖怪である彼女にとって、呼吸など数日間しなくとも活動可能であり、そのような『物理的な』手段で殺されたとしても肉体を失い幽霊になるだけだ。

恐れるに足りない。

そしてその余裕から、射命丸は輝之輔の必死の攻撃の最中にも、冷静な視線で以て彼という人間を『評価』していたのだ。

「(気に入ったわ……この少年……)」

自分のダメージなどどこ吹く風といったように、彼女は胸の内で口角を吊り上げる。

「(コンプレックスまみれのどうしようもない小物のクズだけど……『やればできる子』じゃない……!

正真正銘のへたれだけれど、一度忠節を尽くすか――――敵対することを決めたなら、内臓丸ごと失っても、策を練り立ち向かう強さを『芯』に持っている。

危なっかしいともとれるけど、上手く手を加えていけば――――――――)」

射命丸の人間を超越した頭脳が、目先の感情ではなく自分の未来における莫大な利益への演算を開始した。

「(『使える』っ!

この少年は典型的な『依存型人間』、自分より強い者の庇護下に入り、かつ下賎な自己を必要とされることを望む……それが彼の性質(さが)。

そして、彼の精神性の発露と言える【スタンド】……私の記事を業界最大手へと押し上げる重要なファクターと成り得る!

それなら……)」

微動だにしない表情の下、彼女は『取引』の戦略を練り終え、書き上げたその図面を翼から『出力』した。

 

『さあ、どうする?

【スタンド】を呼び戻して傷を塞ぎますか?

それともその傷で私と我慢比べをしますか?

言っておきますけど、私はこの金縛りが解けたなら、瞬間で貴方をバラすくらいの体力はありますよ。

どちらを選んでも貴方の自由ですが……』

ここで、【声】の調子がガラリと変わった。

『"第三の選択"を貴方に提案しましょう……

私、貴方のことが気に入りましてね。

高位妖怪であるこの私に立ち向かおうとする【覚悟】、自分の利点を最大限活かそうとする【発想力】、内臓が弾けても冷静に対処する【対応力】…、どれをとっても並外れています。

なかなかいませんよ、貴方のような人間は……

そこで【提案】なのですが……いかがです、私の【部下】として働いてはみませんか?

貴方の【能力】、是非ともこの私の新聞に欲しい。

【弾幕】、【映像】、【匂い】、あらゆるものを貴方の【能力】で【紙】に変え、私の記事に載せれば、この世で誰も見たことの無い"最高の臨場感を届けられるメディア"が誕生します!

勿論、貴方の安全と快適な生活は保障致します。

パチュリー・ノーレッジの目から匿って差し上げますし、衣食住その他ありとあらゆる貴方が望む物事を、私の叶えられる範囲でなら惜しまず提供しますよ。

悪い条件ではないはずです。』

先程とはうって変わって、丁寧な声音で射命丸は輝之輔に『交渉』を持ち掛けた。

死の恐怖が迫る中、目の前に差し出された甘言。

それはまさしく血の池に垂れる蜘蛛の糸のごとく、輝之輔を誘惑する。

『貴方の才能を信頼しているからこそ、私はこうして貴方に【取引】を持ち掛けているのです。

どうかこの私に、力を貸して戴きたい!

私の夢に、貴方の力添えをっ!』

最後の一押し。

胸の大穴の激痛と出血で霞みがかかった輝之輔の意識、そこに垂らされた一雫の希望。

「……ぼ…僕が【協力】すれば…

僕が貴女の部下になれば…

ほ……ほんとに…僕の【命】…は…助けてくれるの……ですか………?」

掠れた声を絞り出し、不安と期待がない交ぜになった様子で、輝之輔は彼女に問うた。

射命丸の読み通りの反応、もう堕ちたも同然だ。

内心でニンマリとほくそ笑み、射命丸は返答する。

『ええ、約束しますとも………

貴方の【力】と引き換えの【ギブ・アンド・テイク】です。

さあ…早く了解を―――――』

「だが断る」

直後輝之輔の放った一言、それと同時に射命丸の声が裏返り途絶えた。

「―――――フフフ……僕を……『殺した』な……?」

輝之輔は音の途絶えた射命丸に向け、そう呟いた。

「この僕が、本当に何も考えずにノコノコ近付いて馬鹿みたいに凶器振り回してチンピラ気取りをしてた………そう思っていたのか?」

血の溢れる口を歪め、輝之輔は笑う。

「―――――僕は『覚悟』してたんだよ……君に『殺されるために』近付いて、君をなぶっていたんだよ………

これって、『自殺行為』っていうよな…?」

 

ズバシャァァッ!!

 

射命丸の胸を、プロペラが切り裂き突き破って飛び出してきた。

「『ハイウェイ・トゥ・ヘル』……僕が狙った相手を、同様の手段で死に引き摺り込む『スタンド』……

このために、僕は『あえて』殺されにきたんだ…」

輝之輔の額から、円盤のような『DISC』が覗く。

プロペラは射命丸の胸から出てくると、彼女の心臓からポンプのように血を吸い出してぶち撒ける。

「お前を金縛りにしたのはそのまま死なせるためではない。

…いくらグシャグシャにしても妖怪がどのくらいで死ぬのか分からないからな……ただ動きを封じるために金縛りをかけさせてもらったのだ……!」

輝之輔が、最期の力を魂から絞り出し叫ぶ。

「『一点』を正確に狙うためだッ!

狙いにくい位置だが人間はただの一点の体温を奪えばそれで死に至る!!

全ての生命を司っている位置、心臓の動きもそこから司令が行っている……『脳幹』の体温だ!

そしてッ!『ハイウェイ・トゥ・ヘル』の力が僕の死に相手を巻き込む能力なら!

すなわちお前と僕の『命』が同じになるということだ!

生命力、免疫力、再生力、耐久力……全て『瀕死の僕』が『上限値』になるのだッ!!」

輝之輔が、最期の攻撃に出る。

「『体温』は首の後ろ第一頸椎骨より奪う。

人間が死ぬダメージとは、すなわち貴様の死ぬダメージだ!」

『脳幹』から、『エニグマ』が体温を根こそぎ奪い取った。

「………………………」

『金縛り』を解除し、射命丸の様子を窺う。

「…………………死んだ……か………」

射命丸文は、死んでいた。

脈がないとかではない。

『サイン』を見付けていないのに『ファイル』できる。

それはつまり、『死体』であるという絶対の証明だった。

「……………………勝……っ…た……ぞ………」

輝之輔の頬を、涙が伝い落ちた。

「―――――ここで…………終わ…り……か…………」

意識が途切れる寸前、彼は自分を『ファイル』した。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

――――――――――彼はきっと、幻想郷にさえ忘れられ、永遠に其処にいるだろう

 

光を留め、音も発さず、匂いもなく風に漂いもせず、黒い人の型に守られてそこにいるだろう

 

誰も彼を知らず、誰も彼を救えない

 

彼が自身の呪縛を解いた瞬間、彼は死ぬのだから

 

―――――そして、いつしか彼も―――――

 

 

 

――――――――――考える事を、止めるのだろう――――――――――

 

 

 

ED曲 石鹸屋 『フィルム・エンド』

 

 




第十五話、いかがだったでしょうか。楽しんでいただけたなら幸いです。
今回、かなり過激な言動、暴力表現が含まれておりました。
不快に思われた方、申し訳ありません。
『エニグマ』がチートと化してしまっておりますが、まあ可能といえば可能なことしかやっていないので、『応用』として多目に見て下さい。
最初は【運動エネルギー】を【ファイル】するという案もありましたが、あまりに【無敵】過ぎて時空間系・概念系の能力でしか倒せなくなるのでやめました。
本当に止めといて良かったです。

もう終わってしまいそうな雰囲気ですが、長い『結』はまだまだ続きます。お楽しみに。
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