【第一部】~吉良吉影は静かに生き延びたい~/【第二部】~Saint Babel Run~   作:どくたあちょこら~た

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第二話です。説明回なのでまだあまり盛り上がっていませんが、次話あたりから面白くなるかと思われます。 では、御覧ください。


第二話 漂着

「――――――――むっ…………?」

「わは~」

爆煙が晴れ、吉影が目を開けると、少女が宙を飛び逃げていくのが見えた。

「直前に服ごと破り捨てて逃げたか………」

吉影は追いかけるのを諦め、【キラークイーン】の腹部の空間から出ると、足の様子を確認する。

「……不味いな、立っているのがやっとだ…

かといって、ここにいてもさっきの奴みたいなのが襲ってくるかもしれない………」

顔をしかめ、辺りを見渡す。

吉影が倒れていた広場からかなり吹き飛ばされ、彼は赤い彼岸花の咲き誇る道に立っていた。

葉が無く、先端に大きな赤い華をつけた花が、地面から何本も真っ直ぐに生えている。

 

――――――――この場所の名は【再思の道】。

彼岸花の毒に冒され、不快感とともに生きる気力が湧いてくる不思議な場所である。

そして、外の世界から迷い込んだ自殺志願者たちはここで生きる活力を与えられ引き返していくのだが、再び生き直そうと決意した矢先、彼らを待ち受けているのは大抵が不遇な死なのだ。

そんな呪われた場所に立っていることを、その時の彼は知るよしもなかった。

 

「……………凄い数の彼岸花だ………

おかしい…彼岸花の季節は秋……今は夏の筈だが………」

言いかけて、ブルッと身体を震わせる。

「……今まで気付かなかったが………幾分か肌寒いな。

【小道】のパワーに引きずられてここに出るまでに、季節が変わったのだろうか……」

しかし、そう言いながら吉影は少し違和感を覚えていた。なんと言おうか、肌寒さの中に命の芽吹きのような活気を感じたのだ。

ふと、背後に気配を感じ、彼は振り返った。

「――――――――!」

目に入った光景に、目を見開く。

広場の中、寂しげに立ち尽くす数本の桜。さっきまでは葉が全て落ち、冬の生命力が枯渇した様相を示していた、

筈だったが、

「な……………………」

――――――――信じがたい事だが、蕾がひとつまたひとつと枝先に現れていく。

瞬く間に蕾が目に見える様子で一斉に開花していき、忽ち満開となった。

絢爛たる紫色の桜花がはっと息を呑むほど美しく、咲き誇る。

かと思うと、その刹那桜花は風に吹き千切られるようにはらはらと散っていった。

その情景はこの場所全体が、結界の狭間の犠牲者たちを弔う追悼の涙を流しているようで、見る者に儚くもの悲しい印象を与える。

花びらは地面に落ちると、粉雪が溶けるように朽ち堕ち、消えていった。

「――――――――

――――………………」

放心したように、瞬きひとつせず一連の現象に魅入っていた吉影は、我に返り、ふと自分が涙を流していたことに気づいた。

「(なんだ………?何故わたしは……)」

この場所――――無縁塚が哭いているような錯覚、水を打ったような静寂と、舞い散る桜花の美しさと哀しさに、知らず知らずのうちに感涙したというのだろうか。

訝しがりつつも、吉影は涙を拭い呟く。

「――――――――理解できないが………恐らく、今は春だ。彼岸花が咲いてはいるが、とにかく春だ。なぜかそういう【確信】がある……」

問題は、この見知らぬ場所が明らかに異様な土地だということである。

寂れ荒れ果てた墓地、春だというのにこの場所を守るように入り口に咲く彼岸花の群れ。なんらかの【小道】との関係を示唆しているように思えてならない。

「………ここにこれ以上いるのはマズイ………一刻も早くこの場から離れたいが…………」

【キラークイーン】に支えてもらい、彼岸花の道の向こうを一瞥した。墨を流したような闇が広がっている。

「…この彼岸花の道を通って森に入って行こうというのは、気乗りしないな……またさっきのクソガキのような【得体の知れないヤツ】と出くわすかもしれない。」

彼は上を見上げた。森の木々にぽっかりとあいた穴から、暗い夜空が顔を覗かせている。

「【キラークイーン】、私を木の上まで運べ。」

彼のスタンドは命令に忠実に命令に従う。

【キラークイーン】は吉影を抱えると、木のてっぺんまで一気に飛び上がった。こういう時、スタンドは便利だ。四肢の不足分を補ってくれる。ただ単に怪力だったり【能力】を持っているだけでは、こうはいかないだろう。

一際高い樹の枝に登り、足を下ろすと、鬱蒼と生い茂る枝葉の上から周囲を一望することができた。

「おお………」

目を見張る光景に思わず絶句する。新月の夜空に、杜王町のそれとは比較にならない程の星が煌めいていた。

「おお…なんと綺麗だ………杜王町も星が多く見えたが、ここに比べれば…」

今にも落ちて来そうな空の下で、彼は圧倒されていた。

しばらくは新月の星空を眺めていたが、

「――――――――ぐぅッ……!?」

左脇腹に走った痛みに、顔を歪める。

「……ううっ…!?」

目を下ろすと、光弾を受けた部分が大きく抉れていた。

「…暗すぎてさっきまで気付かなかったが…かなり酷い……

幸い、内臓は傷んでないようだが、出血がマズい……早く何処かで手当てしなくては………

『どうやって人のいる所へ行くか』だが……」

吉影はしばらく思案を巡らせ、ある案を思い付いた。

「うまくいくか分からないうえ、失敗したらさっきの奴みたいなのに見つかるかもしれないが………やるしかないな。」

右腕で吉影を支えながら、【キラークイーン】が左拳を空に掲げる。

「『キラークイーン第二の爆弾』、【シアーハートアタック】!」

【キラークイーン】の左手の甲から、一発の小型爆弾戦車が放たれた。吉影が【シアーハートアタック】に命じる。

「【標的】は熱源の密集している場所だ。探せ!!」

戦車は吉影の頭上遥か高くまで上昇し、ぐるぐると旋回し始めた。

しばらくそうやって熱源を探していたが、

「コッチヲミロォ~」

「むっ、見つけたか?」

【シアーハートアタック】の向いている方向を見ると、盆地になっている場所が見えた。かなり広い。

「でかしたぞ【シアーハートアタック】!もう戻っていい。」

ほっといたらそこら中の熱源に特攻しかけないので、すぐに【シアーハートアタック】を【キラークイーン】左手の甲に格納した。

「さあ、【キラークイーン】、私をあそこまで連れていってくれ。」

【キラークイーン】が彼を担ぎ上げ、木の上を軽快に跳び跳ねていく。

酔うかと思ったが、意外と乗り心地は良い。

盆地がぐんぐん近付いてくる。

それにつれて、盆地から漏れてくる光や賑やかな音、人の気配が感じられるようになった。

「よし、当たりだ!間違いなく人が住んでいる!」

しかし、ここでさっきの少女が頭をよぎった。

「待て……もしここにいるやつらがさっきのクソガキみたいなのばかりだったらどうする?」

一度【キラークイーン】に足を止めさせると、しばらく思案に耽った。

「それに、あのクソガキは欧米人の風貌をしていた。

日本語を話していたが、ここが日本だとは限らない。

何の調査もせず近付くのは【慎重さ】に欠けた行いだ……

とりあえず出来るだけ近寄り、【シアーハートアタック】を発射してスタンド使いがいないかだけでも探ってみるとしよう………」

【キラークイーン】に命じ、さらに近付く。やがて樹木限界線に到達し、盆地の様子が分かるようになった。

「なんだ、ここは…」

盆地の中には、塀に囲まれた村があった。

「どういうことだ?この塀、この家、まるで時代劇じゃないか……!?」

テーマパークかと思ったが、石垣の様子などが作り物ではない本物であるという事実を物語っている。

「一体どうなっているんだ…?

私はどこにいるんだ?さっきのガキは何者なんだ?

それともやはり既に死んでいて、ここは時代も地域も一つに重なった全人類共通のあの世だというのか…………?」

てっきり西洋まで飛ばされたと思ったら、今度は時代劇である。

どこか拍子抜けし、このカオスな現象に頭を抱える。

頭を抱え、考えをまとめようとした時、脇腹に痛みが走り思考を中断する。

「ぐっ…………だが、今はそうは言っていられない……寒気が酷くなってきた……頭痛もする………

……とにかく、近くに行って様子をみるしかないか……」

樹上から飛び降り、明かりと喧騒に向かって数歩歩き出したそのとき――――――――

「なっ――――――――!?」

ガクン

彼の身体は一瞬、宙に浮いたかのような感覚を伴ったあと、一気に沈んだ。

里の明かりにばかり注意を払っていたため、足下の水田に気付かなかった吉影は見事に足をとられた。

落下の拍子に頭を強く打ち付け、意識が薄れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――彼は、目を覚ました。

 

 

「(――――――――ここは…………?)」

 

 

彼は体を起こし、辺りを見回す。

そこは、彼の住んでいた家のような、畳敷きの部屋だった。

彼は畳に敷かれた布団に寝かされていた。

「(……ウーム、どうやら私はあの後気絶していたらしい。

そしてここはおそらく、あの塀に囲まれた里の民家……)」

障子から分かる外の様子だと、夜らしかった。

あれから何日経ったのかは分からないが。

彼はふと自分の体に目を落とし、驚愕した。

「(傷が完治している……!?腹に大穴があいていたというのに?)」

事実、和服に着替えさせられた彼の体に刻まれていたはずの、光弾を受けた際の生々しい傷は跡形も無かった。

足も確認するが、骨もちゃんと治っていた。

状況的にこの家の持ち主が治療を受けさせてくれたのだろうが、彼は警戒を緩めない。

「(――――――――ここの連中はあのクソガキのようなやつらなのだろうか?とりあえずこの家の住民だけでも信用できるか確認しなければな……傷の手当てだけでは完全には信用できない……)」

吉影は立ち上がらずに、スタンドを出現させ、襖を通過させようとして、

「ああ、もう目覚めていたのか。1日中目覚めないから心配していたんだぞ。」

「!!?」

襖が開き、住人らしき人物が入って来たので、慌てて【キラークイーン】を引っ込めた。

「やあ、初めましてだな。私は上白沢慧音。この人里で寺子屋の教師をしている者だ。」

彼女の自己紹介は吉影の耳には入っていなかった。彼の脳内には目まぐるしく様々な考えが入り乱れていた。

「(――――――――青みがかった白髪、蒼い目、そして奇抜過ぎる…帽子?なんだこいつは…!?日本人なのか?そしてここは……いったい何処なんだ……!?)」

「あの……かなり混乱するのも分かるが、とりあえず一旦落ち着いて話そうか。」

ハッと我に帰る吉影。脳内に吹き荒れる憶測をまるごと頭の隅にうっちゃる。

「そ、そうだな、すまなかった……」

「ゴホン、…では改めて。私は上白沢慧音。この人里で寺子屋の教師をしている者だ。」

「そうか。私の名は…川尻浩作。しがないサラリーマンだ。よろしく。

(寺子屋…?時代劇のような言い回しだな。)

君が治療を受けさせてくれたのか?」

「川尻か。こちらこそよろしく。

(【さらりーまん】?どういった職業なんだ?)

君を治療したのは診療所の医者、私は里の外の水田に血塗れで落ちていた君を発見して、運んで行ったんだ。」

「そうか……、ありがとう。君はわたしの【命の恩人】というわけだな。

治療してくれた医者にも、後でお礼を言わないといけないな。」

吉影はそこで一瞬迷った後、思い切って目の前の女性――――慧音に尋ねた。

「ここはいったい何処なんだ?

君も日本語を流暢に話すが、まさか日本人なのか?

それから、この付近で、不審な少女が――――――――」

「まあ、待ちなさい。とりあえず順を追って説明していきたい――――――――が、何から話せばいいやら………

君の質問に対する答えは………」

吉影の顔が強張る。

慧音は一呼吸置くと、静かに話の続きをした。

「ここは………君たちのいう日本に存在する【幻想郷】という別世界。

結界によって切り取られた、人と妖怪、神々や魔法使いが暮らす、忘れられた者たちの楽園だ。」

「――――――――――――――――

……………………」

彼は理解した。彼女が何故日本語を流暢に話しながらも蒼い目や青みがかった白髪をしているのかを。

何故やたらと長く漢字変換もしずらい珍妙な名前を名乗ったのかを。

つまり、彼は目の前の女性を、『仮想世界と現実の区別がつかなくなってしまった、痛い子』なのだと認識したのだ。

「あ、あの………、何か反応してくれないか?」

慧音が少し焦りながら話し掛けた。

「(マズイ、これは疑われてるな……何とかして信用してもらわないと………)」

そう考えていた時、

突然、吉影がガバッと起き上がり、部屋の隅に畳まれていた自分の服をひっつかむと、

「助かったよありがとうこれ以上君に迷惑をかけるわけにはいかないから私はそろそろ失礼するとしようそれじゃあ――――――――」

クルリと彼女に背を向け、吉影はこの場から去って行こうとする。

「えっ―――――――」

一瞬呆気にとられた慧音だったが、慌てて立ち上がり呼び止める。

「ま、待ってくれ話を聞いてくれ!!」

吉影は慧音が入ってきた方とは逆の方向の障子を開け縁側を歩いて足早に玄関と思われる方に向かう。

「いやもうホント感謝してるから私はこれまでもこれからも地に足をつけて真面目に生きていくからもう私に構わないでくれ」

「いやいや待て待てどう考えても感謝している態度じゃないだろうそれは!!?

止めてくれ目を背けないでくれそんな養豚所の豚を扱うような冷たい態度しないでくれ!!」

「いい加減手を離せ近所の住民に注目されるなんてまっぴらだ………

―――――――ッ!!?」

すがり付く慧音の手を払い除けようとした瞬間――――――――彼は目を見開いた。

時間が止まったかのように、空気すらも停止し、音がこの世から消え去ったように思えた。

彼の目は、自分の手を掴む慧音の手に釘付けになっていた。

「(この手触り……!この質感!!この滑らかな肌!!!

指の長さ、細さ、爪の大きさ、形、手首の流れるような曲線に気品漂う骨格、小指の第二関節…!!

素晴らしい……完璧だ!!今までに48人の手の綺麗な女を殺してきたが、この手首はまさに神の賜物!!

ああ…なんと美しい…!手首の造形美に肌のしっとり部分が重なり合う美しさだ!!

『ハーモニー』とでも言うべきか?『美の調和』と言うべきだろうか!?)」

吉影の爪がメリメリと音を立て、目にめる早さで伸びる。

「(『彼女』をここに残して去るのは、人生の敗北!私の心に後悔を残したまま生涯を終えることになる!!)」

【キラークイーン】を出現させ、腕を振り上げる。はやる気持ちを抑え、ゆっくりと慧音の白魚のような手首に狙いを定め………

「(さあ、来たまえ…!!私の下に!!!!)」

【キラークイーン】の手刀が振り下ろされた!

「―――――――ッ!?」

突然グイッと強引に引き寄せられ、慌てて【キラークイーン】を止める。

ビタァッ

手刀は、吉影の腕の薄皮一枚を切って止まった。

「頼む、どうか………これから私がすることを、良く見てほしい。」

慧音の真剣な目付きに、吉影はかろうじて正気を取り戻し、なんとか衝動を抑える。

慧音は庭の木を指差し、吉影に言った。

「君はこれから起こることを、見たことがあるはずだ。君は目を疑うだろうが、信じてほしい、これは手品でも幻覚でもない!紛れもない現実なんだ!!」

そう言うと、彼女は手を木に向け………

「ハァッ!!」

手から光弾を発射した!

光弾は木の枝をへし折り、枝は焼け焦げながら地面に落ちた。

「!!」

吉影は驚愕した。この女性は【キラークイーン】が見えていなかったのだから、スタンド使いでないことは確かだ。

だが、彼女は現に光弾を撃ち出した。やはり、スタンドとは別種の能力が存在していたのだ。

「君の腹部の傷は、この弾幕を受けた傷だろう?君は既に、ここが君の居た世界とは異なる世界なんだと気付いているはずだ!」

「………………」

「君の気持ちは、よく分かる。いきなり自分にとって非常識な現象を見せつけられ、しかもそれに傷つけられたんだからな。だが、何度も言うがこれは現実だ。いくら疑っても、否定しても、何も良いことはない。私も、君を助けたいんだ。頼む、信じてくれ。」

「……………………」

吉影は、暫く黙って考え込んでいた。が、やがてゆっくりと口を開いた。

「…………私は…森で少女に襲われた時、自分の目を疑った…もしかして、頭か精神がいかれてしまったのかと、怖かった……」

迷いを断った目で慧音の瞳を見据えると、

「分かった。君を信用しよう。どのみち今人里を出て行けばあのクソガ…少女に、今度こそ喰われるだろうしな。」

「ほ、本当か?本当に信じてくれるのか?」

「ああ、勿論だ。

これからこの世界…幻想郷だったか?について、詳しく話を聞かせてくれるかね?」

「構わないが、客人に何も出さないわけにはいかない。お茶を淹れてくるから、さっきの部屋で待ってもらえるか?」

「ありがたい。実は喉が渇いていてね。」

柔らかな物腰で話をつけ、吉影は自分が寝ていた部屋へと戻って行った。

 

 

 

「さあて…どうしたものか。」

慧音の足音が遠のいてから、吉影は呟いた。

「あのように言っておいたから、まさか私が【能力】を持っているなんて、露ほども思っていないだろう。」

彼は策士である。さっきの言葉は、全て自分の【能力】を勘づかれないようにするための演技なのだ。

「その点については、問題はない。だが………」

次々と現れ増殖する疑問に、自然とため息が出る。

「別世界だと?妖怪だと?まあ私自身も【スタンド】を持っているし、親父は【写真の世界】を支配する能力を持っていたが………

そういえば、親父…どうなったんだろうな………」

吉影は、自分の父親のことを案じていた。彼は直接見たわけではなかったが、あのクソッタレ仗助の台詞によると、父親は爆死したらしい―――――――――彼の放った爆弾によって。

「――――――――幽霊が、もう一度死ぬと、どうなるんだろうな……あの小道へ行くのだろうか。あるいは魂が破壊されて…………」

吉影は、嫌な想像を振り払い、

「ひとまず私が知るべきことは、この世界に【平穏】と【安心】があるかということだ。そして、元の世界に戻る方法を探しだし、いつでも帰れる手筈を整え、確実な安心を得る。

もしこの世界に、私の望む平穏があるのなら……ここでなんとかして暮らすのも、悪くないかもしれない。杜王町に居られないことは残念だが、ここにはクソッタレ仗助は居ないうえ、私の【正体】を知る者も居ない。

――――――――それに……」

吉影の瞳の奥で、影が蠢く。

「(生きている【彼女】にも会える……

【彼女】のしなやかな指の、妖艶な動きを見ていられる。

【彼女】の、柔らかな肌を、ずっと眺めていられる……

頬擦りしたり、舐めたりできないのは残念だが…それでも『彼女』が居れば、私の心の平穏は保たれる。ここでの生活が、私の安らぎとなり得る………」

吉影の表情は、はたから見ると、【恋人との幸せな時間】を思い浮かべているような甘い表情だった。

もしそのドス黒い欲望の渦巻く心を地下のマインドスキャン妖怪が覗き込んだならば、反吐を吐くこと請け合いだが。

 

 

「ふう…」

台所でお茶を淹れながら、慧音はため息をついた。それは、安心と悩み、双方からくるため息だった。

「とりあえず信じてはくれたが…、これで良かったのだろうか…?」

2つの湯飲みにお茶をいれながら、慧音が呟く。

「……いや…言えるはずがない………」

お盆に湯飲みを載せ、河尻の待つ部屋へと向かう。

 

 

「彼が既に、『死んでいる』なんて………」

 

 

 

 

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