【第一部】~吉良吉影は静かに生き延びたい~/【第二部】~Saint Babel Run~ 作:どくたあちょこら~た
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「こいつがもう少し潤っていたなら……『わたし達』の運命も少しは変わっていただろうに………
なあ?妹紅………?君もそう思わないか?」
吉影が振り返る。
その視線の先、鳥居の下。
藤原妹紅は立っていた。
左手から鮮血を滴らせながら――――――
ザッ―――
妹紅が足を踏み出し、吉影に向かっていく。
ザッ――ザッ――
幾星霜の時を永らえたとは想像だに出来ないほど若く美しい左手があるはずの手首には、脈動に合わせて血を噴き出す断面が顔を覗かせていた。
境内に大量の血痕を残しながら、妹紅は吉影に迫って行く。
――ザッ
妹紅が、足を止めた。
「 ――――――――――川尻―――」
妹紅が顔を上げ、キッと吉影を見上げる。
「なぜ―――なぜ私を殺したッ!?」
怒り、哀しみ、失望、困惑 ――――――――――そして、得体の知れないモノへの恐怖 ――――――――――
様々な感情が彼女の表情と声の中で複雑に渦巻いていた。
吉良吉影が、口を開く。
「『一体何故?』
満月の魔力に冒され、
理性を奪われ、
狂気の檻に囚われて、
哀れにも『大切な友人』と無理矢理に闘わせられているのだよ。
―――――――とでもわたしが答えれば……満足かね妹紅」
「ッ………!?」
妹紅が愕然と目を見開く。
「わたしは何者にも影響されずにここに立っている。
わたしはわたしとして立っている。
『川尻浩作』ではなく、『吉良吉影』としてここに立っている。
わたしはわたしの殺意を以て ――――――この十五夜の下、お前を始末しようと思う。」
ギラリ、吉影の瞳が殺気に輝く。
ゴクッ―――――
妹紅の喉が鳴る音が聞こえるほどの、耳が痛くなるほどの静けさ。
「 ――――――――――フフ」
かと思うと、吉影は突然忍び笑いをする。
「……………なんだ………ッ!?何がおかしい……!?」
妹紅が不気味さに気圧されながらも、吉影に問い掛ける。
「フフフ……
わたしは…子供のころ…『ミロのビーナス』といって、とてもとても美しい彫像があるんだ……その像…画集で見た時だがね、あの『ミロのビーナス』の『手』の無い両腕…あれ…初めて見た時……そのさきにあった『手』はどれほど美しかったのだろうか……なんて、想像していたら………なんていうか…その…下品なのだが…フフ…欲情……しちゃってね………」
吉影の顔に浮かぶ、恍惚の表情。
ゾクッ ――――――
妹紅の背筋を、悪寒が走り抜ける。
「『見ている』だけでは我慢出来ずに………想像の中で『手』のとこだけ切り抜いてみたんだ…そうしたら……
これ以上無いほどの『幸福感』が……わたしを満たした………
君のは…現実に切り抜いたがね…」
吉影が感動と悦楽に身を震わせる。
「 ―――――――――― ―――――――く―――」
数秒間の沈黙のあと、妹紅が絞り出すような声で言う。
「……く………、
…狂ってる…………」
ようやく押し出した言葉を、しかし、吉影は鼻であしらう。
「『狂っている』?フン、ようやく絞り出した言葉がそれか?」
冷徹すぎる台詞に、妹紅の心はさらに締め付けられる。
「 ――――――フフフフ…その様子を見ると、本当に君は信用していたんだな、このわたしを。」
口角を上げ、吉影は笑う。
「どうやらわたしの演技力も捨てた物ではなかったようだな。
わたしの即興の『物語』の感想、今聴かせてくれないだろうか?」
「…もの……が…た……り…?」
意味が分からず、妹紅が呟く。
「覚えているだろう?わたしが君に話して聴かせた、『わたしの過去』。あれはな妹紅、『嘘』だったんだよ。」
「―――ッ!!」
妹紅の表情に滲んでいく、裏切られた喪失感と失望感。
「どうだった?ン?聴かせておくれよ、あの時思った事を、正直に。
な、わたしの即興の『出鱈目』を、わたしの『演技』を見た感想をだよ、お人好しの妹紅。
どう思った?感動したか?貰い泣きしそうだったかね?
―――――――それとも…………」
整った顔を下劣に歪め、吉影は嘲笑を浮かべる。
「『同類』………だと…、思ったのかね………?」
「ッ!!!?」
残酷な、あまりにも残酷な、吉影の言葉。千年もの時を行き永らえてきた妹紅の不屈の精神力も、軋み、音をたてて揺らいでいく。
「 ――――――お前はッ!!」
妹紅の双眸が、怒りに紅く染まる。
「お前はッ!!いったい何なんだッ!!」
静けさが支配する神社の境内に、憤怒の声が響き渡る。
「言わなかったかね?わたしはただ『趣味』に対して前向きでいるだけなんだよ。
そしてその『趣味』――『性(さが)』が………
……端的に言えば…『人殺し』、というだけさ………」
「………ッ!!」
妹紅が、絶句する。
「『狂っている』?何を今更!!一月程言うのが遅いぞ!!
一体君はわたしをどんな人間だと思っていたのかね?私が黒衣のマントに大鎌を携えていれば良かったかな?
私は連続殺人鬼(シリアルキラー)だぞ?一体何人殺してきたと思っているのかね?殺戮と略奪を呼吸するかの様に行うドクロの男にかね?」
吉良吉影は、隠さない。
彼は『本性』を隠さない。
もはや隠す必要は無いし、無意味だからだ。
―――――――そして何より ――――
彼自身、ずっと望んでいたからだ、己の殺意を『打ち明ける』事を。
「 ――――――――――わかった―――」
妹紅の服が、バチバチと火花を散らす。
「お前が『そういう』男だったなら ――――――――――」
妹紅の立つ石畳が、赤く熱を発する。
「私がお前を、ここで止めてみせる!」
妹紅の瞳に、『漆黒の炎』が映り込む。何者をも凌駕する、暗い輪廻から解き放たれた人間にしか持つ事の赦されない、超越者の放つ輝きだった。
その圧倒的な力量差を目前にしても、吉影はその只中で不敵に笑う。
「よろしい!!結構だ!!ならば私を止めてみろ自称健常者!!
しかし残念ながら私の敵は君などではないね。少し黙っていてくれよ『土に還る事さえできない燃え粕』。私の敵は幻想郷!!『非常識の世界』!!
いや!!ここで何時も茶を飲んでいる小娘だッ!!!」
吉影も不敵に笑い、臨戦態勢に入る。
「――――――――――私は、人として生きる上で最も大切な事は『信頼』であり、最も忌むべき事は『侮辱』であると思っている。不死となった今でこそ、本当の生きる上で『価値ある事』はそれだと考えている。
だが………吉良吉影、お前は私の【信頼】を【侮辱】した。私自身にとって、最も許せない事をしたんだ。」
妹紅の髪が、燃え上がる。
「覚悟しろ……!怪我では済まさないッ!!」
妹紅の背中に、一対の翼が現れる。紅蓮の火焔が形成するそれは、まさしく鳳凰の翼、そしてそれを纏う妹紅の姿は、まさに不死鳥であった。
「…………ところで……」
吉影が懐に手を入れ、
「君から奪った『左手』だが……」
妹紅の左手を取り出し、持ち主に向けて示す。
「―――人間の魂ってのは……生きていても死んでいても、常に一つ……
たとえ、肉体を切り離されようともな……
だから、残しておいたんだ………お前の居場所を探知できるように……その代わりに、ここに来るまで何十回も出血死したがな……」
妹紅が鋭く吉影を睨む。対して吉影は妹紅に目をやることさえせず、手元の手首に目を落とす。
「素晴らしい……とてもなめらかな関節をしている……白くってカワイイ指だ……
それに、かなり時間が経っているのに、まだ温かい……この様子だと『匂う』こともないんじゃないかな?だとすれば、本当に素晴らしいよ、『君』は…………」
感心するように溜め息を吐くと、吉影は妹紅に目を向けて――
――――――スル……
腕に仔猫を抱くように、その頭を撫でるように、なめらかな手の甲に指を沿わせた。
「っ?」
妹紅が見ている前で、吉影は手首を愛しそうに撫で回す。
「ウィンウィンウィンウィンウィンウィンウィンウィンウィンウィンウィンウィン ―――――――」
スルスルと、吉影の手が妹紅の手首を弄ぶ。
指と指を絡ませ、しっとりと白い肌を、貪るように愛撫する。
「っ――!?」
妹紅の顔が赤くなる。
「ウィンウィンウィンウィンウィンウィンウィンウィンウィン ――――――――――」
手首を丹念に撫で回すと、吉影は腕に抱くそれを唇に近付け ――――――――――
ペロ ――――――
「なぁっ ――――――――――!?」
舐めた。妹紅に挑発的な視線を送りながら。
「ッ……お…お前………ッ!」
怒りと嫌悪感を滲ませ、妹紅は怒鳴る。
「このネクロフィリア(屍姦症)ッ!!」
妹紅は宙に飛び上がり、吉影に向かって飛翔する。
「この藤原妹紅、容赦せん!!」
妹紅が振り下ろした掌と共に、火炎の弾幕が放たれる。
「フンっ……来たか……」
吉影はニヤリと笑い、あれほど大事に抱いていた妹紅の手首を無造作に放る。
「シアーハートアタック!獲物だッ!」
吉影の声と同時に、
ドグオオオォォォォォォ!!
空中で手首が爆発し、塵と化した。
「ぐぅッ!?」
突然妹紅が苦痛の声を上げ、ガクリと地に落ちる。
吉影は爆風を利用して賽銭箱を飛び越え、背面跳びのように拝殿へ飛び込む。
「親父ッ今だ!!」
「任せろ吉影!」
拝殿に潜んでいた吉廣が写真から顔を出し、宙を飛ぶ息子にカメラを向け、シャッターを切った。
パシャッ!
ストロボの眩い光と、機械的な作動音、それに続くように排出される一枚の写真。
吉影は空中で身を翻し、畳に着地すると、眼前に迫り来る火炎の大玉を不敵に眺める。スタンドを使用できないにも関わらず、自分には決して当たる事はないと確信しているかのように。
弾幕が拝殿に突っ込み、炸裂した。
ドオオオォォォォォォン!!
妹紅の憤怒を具現化させたような灼熱の火の球は、博麗神社の内部をお構い無しに爆砕した。火柱が瓦葺きの屋根を突き破って満月の空を紅く照らす。だが――――――――――
「ぐっ…………う……!?」
膝を折り、血の滴る左手首を押さえ神社を見上げる妹紅の両の目が、驚愕に見開かれた。
「おいおい………あんな出鱈目な威力の弾幕を撃つなんて、どういうつもりだね?当たったら確実に死んでいたところだぞ。」
吉影は炎上する神社の中、悠然と立ち、余裕綽々と妹紅を見下ろしていた。
「『キング・クリムゾン』―――――――君の攻撃はわたしに届く事はない。」
よく見ると、火は吉影のいる拝殿には一切放たれておらず、燃えているのは拝殿の外のスペースだった。
「(親父、よくやってくれた。引き続き人里で『人質』を集めてくれ。)」
「(了解じゃ。)」
吉廣に向かって呟き、吉廣は写真の中に姿を消した。
「ぐっ……!?ぐあぁぁぁぁぁぁ……ッ!!」
左手首を押さえ、蹲り苦悶の声を上げる妹紅に、吉影は嘲るように言い放つ。
「水面にいくら石を投げ込んだとて……影をいくら踏みつけたとて……水面は消えず影は消えず……そういうものなのだそれは
それは生も死も全てがペテンだ
何とも不死身で無敵で不敗で最強で馬鹿馬鹿しい―――――
―――――と、そう思っていたよ………わたしも、君もな。」
吉影の瞳は神社を焼く業火を映し紅く輝く。
「だが………この世に永久機関など無いように、君の不死身もやはり『糧』を必要とする……
それは永久不変かつ無尽蔵、そして命ある者全てが持つエネルギー、『霊魂』――――――――
川を消したいなら、上流で【水源】をせき止めてしまえばいい。
影を消したいなら!【明かり】を消してしまえばいい。
―――――――では、その魂を根本から消し去れば――――――――――」
妹紅が呻き、歯を食い縛り立ち上がる。想像を絶する痛みに、脳が麻痺しかかっていた。
「君の不死身の肉体も、雲散霧消する筈だ…………」
「コッチヲミロオ~」
吉影と『シアーハートアタック』の視線の先、妹紅の左手首からは、醜く焼け爛れた左手が顔を覗かせていた。
「うーん……まだ完全に『シアーハートアタック』で魂を消し飛ばす事は出来ない…か。なんとも醜くなってしまったな。せめて『彼女』とは綺麗なまま別れたかったのだがね……」
頭を掻き、吉影は残念そうに、そして吐き捨てるように呟く。
「まあいい……醜い『彼女』の姿をこれ以上見なくて済むよう……跡形も無くまるごと始末しろッ!シアーハートアタック!!」
ウィーン!
『シアーハートアタック』の落ち窪んだ双眸が妹紅の姿を捉え、
「コッチヲミロオォォォ~!」
キュラキュラとキャタピラを鳴らし、突撃していった。
「さあッ!!死に損なえッ!!」
BGM 天野月子『銀猫』
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――十数分後、人里
「くっ……
(変身した上、オリジナルを操る能力……なんて厄介な能力だ……!)」
慧音はギリッと歯を食い縛り、抗おうとするも、肉体の支配権はすでに『サーフィス』に奪われており、全く力が入らない。
「(コイツは完璧なコピー…顔、骨格、体格、声、指紋、匂いまで吉影と瓜二つだった……私の力でも見抜けないわけだ…!)」
「やれッサーフィス!その女の喉笛をかっ切るんじゃァ!!」
『サーフィス』が腕を動かし、喉元に何かをあてがうような動作をした。
同時に、剣を握る慧音の手が抵抗無く彼女の喉笛に刃を近付ける。
「ぐっ…!?
(マ、マズイ!)
うわああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
慧音は咄嗟に弾幕を放った。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドド
「っ!!」
『サーフィス』は驚いたものの、素早い身のこなしで全弾防ぎきる。だが、その防御の動きのために慧音へトドメを刺す動きが一瞬遅れた。
「えぇぇぇぇぇいっ!」
慧音は死に物狂いで弾幕を乱射する。
「ぐぅっ!?」
『クレイジー・ダイヤモンド』の投げたシャーペンを易々とキャッチできる『サーフィス』でも、至近距離で雨のような弾幕を浴びせられては受けきれない。胸ポケットの『写真』にダメージがあれば主人が死ぬ可能性もあるため、胸ポケットを庇い弾幕を浴びる。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!
「あぐぁっ!」
『サーフィス』の眉間に弾幕が命中し、大きく後ろに仰け反った。それと同時に、慧音の肉体は呪縛から解放される。
「(!
やった、動く!)」
慧音は空中で身を捻り、吉廣の放った『ビーチ・ボーイ』を避けると、落とした蓑をひっ掴み被り、姿を消した。
「くそったれがァ!」
吉廣が『ビーチ・ボーイ』を滅茶苦茶に振り回し慧音を探すが、既に逃げられていた。
「おい間田ァ!なぜ操った慧音を逃しやがった!」
『サーフィス』の胸ポケットの『写真の小窓』の向こうにいる間田敏和に、吉廣は怒りの矛先を向ける。
「い、いや、ワザとじゃない!俺はちゃんと言われた通りに殺ろうと――――――――――!」
おろおろと弁解する間田を、吉廣は怒鳴り付ける。
「ふざけるなッ!お前の『サーフィス』は痛みを感じないんじゃろう!?いくらこの木偶(デク)が傷付いても、構わず奴を始末できた筈じゃ!!」
怒り狂う吉廣に、自分の『魂』を人質に取られている間田は切羽詰まって堰をきったように言葉を吐き出す。
「ほ、本当だ!俺の『サーフィス』は操る分には良いが、逆に『相手に動かされる』と『能力』が一瞬解除されてしまう!本当なんだ、信じて――――――――――」
「なんじゃとォ!?なぜそれを言う馬鹿野郎!!」
吉廣の表情が鬼のような形相になるのを見て、間田は身を縮ませる。
「こっちの会話は奴に筒抜けじゃぞ!弱点が判れば、奴は真っ先にそこを狙って来る!なんでそんな事も分からんのじゃ!!」
がなりたてると、
「いいか!余計な事は喋るなよ!?黙って奴を見張って見つけ次第殺せ!二度目は無いぞ、いいなッ!?」
そう吐き捨て、輝之輔と共に辺りを見回す。
「いいか輝之輔…慧音は絶対に倒さねばならん……奴を逃せば『人質』をゲットする事は絶望的になる……」
ギリリと吉廣が歯軋りする。
「でも、『サーフィス』が奴に触れられて形勢は有利になったんじゃないですか?『サーフィス』はオリジナルの肉体を完璧にコピーする『スタンド』、しかも自身の破損お構い無しにパワーが振るえ、スピードも東方仗助の『クレイジー・ダイヤモンド』の攻撃を見切るほど、そして『オリジナルを操る能力』―――ガラス越しでも通用するんですから奴が蓑を羽織っていようが効果はあるはず。これで奴は不用意に近づけない――――――――――」
辺りを見回しながら頭から被った蓑を払い落とす動作を繰り返す『サーフィス』を横目で見やり、輝之輔は応える。
「―――――――――確かにそれは言える。じゃが、奴がさっきまでわしらと闘っていたのは、『吉影との決着』のためじゃ。それが無くなった今、奴がこの場での戦闘を放棄して援軍を呼びに行く可能性も捨てきれん………」
緊迫した表情で、吉廣は言う。
「――――――――とにかく奴を探すんじゃ。今できる事はそれしか無い………」
吉廣が『ビーチ・ボーイ』を振り上げ、投擲しようとした時だった。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!
頭上から襲い掛かって来た膨大な数の弾幕に、三人は驚愕と共に空を見上げた。
「ッ!!!?」
「なッ!?」
「ぐぅっ!!」
輝之輔は『エニグマ』で自分と吉廣を庇い、『サーフィス』は懐から紙を抜き『ファイルした爆発』で弾幕を打ち消す。
「サーフィス!何をやってる!?早く奴を操れ!」
「今やっている!」
『サーフィス』が上空を見上げ自分の首を締めたり蓑をひっぺがす動作をするが、何も起こらない。
「どうした!やったのか!?」
「いや、手応えが無い……おそらく逃げられた。」
『サーフィス』が顔を下ろし、吉廣にそう告げた時、
「後ろじゃサーフィス!!」
飛ばした『ビーチ・ボーイ』の糸を伝う音の振動を感知し、吉廣が叫ぶ。
「はッ!?」
『サーフィス』は咄嗟に振り向き、紙からマンホールの蓋を抜いて防御する。
ドガアァァァ!!
「ぐあっ!」
マンホールの蓋に強烈な衝撃が走り、『サーフィス』が大きく後ろに吹き飛ばされる。
ザザァーッ
着地し衝撃を殺すと、『サーフィス』は慧音を操ろうとする。
「駄目じゃ、逃げられた!」
吉廣が『ビーチ・ボーイ』に耳をあて、気配が消えた事を告げる。
「―――ッ!?」
『サーフィス』の握るマンホールの蓋を見て、輝之輔は戦慄する。
「――――――――――よ……吉廣さん…さっきあんた、奴に闘う気が無いかもと言っていましたよね………」
ブルブルと指を振るわせ、マンホールの蓋を示す。
「全然殺る気ですよ……あいつ……」
マンホールの蓋はとてつもなく強大な力で―――――それこそ化け物のような―――――殴られたように、グシャグシャにへしゃげていた。
「あいつ…本気だ……吉影の姿の時、顔面を殴られた時のパワーとはとても比較に成らない………
―――だが」
『サーフィス』が両手で握るマンホールの蓋が、グニャリとバターのように歪み、
「それは『私』も同じだがな………」
クシャクシャと紙屑のごとく丸められ、鉄屑と化した。
それをゴミ箱に放るように軽く投げると、みるみる高く飛んでいき、
ドグシャァッ!
落下し民家の瓦屋根を突き破った。
「確かに、パワーとスピードでは互角以上……じゃが、お前も分かっておるじゃろう、奴の能力は侮れん。」
吉廣は『ビーチ・ボーイ』を振り上げ、二人に顔を向ける。
「幸い、奴の気配は『ビーチ・ボーイ』で探知できる。コイツの糸を張り巡らして、徹底的に探してやる。
二人とも、できるだけわしの近くに寄れ。バラバラの時にいきなり襲われたら、一人づつ順番に倒されとしま―――――――――」
吉廣が言葉を言い終わる直前、
「「ッ!?!?」」
吉廣、輝之輔と『サーフィス』の間に、突如壁が出現した。
「えっ!?」
「なぁッ!?」
ハッと気付いた時、吉廣と輝之輔は既にどこかの部屋の中にいた。
「こ、ここは…民家の中!?また奴の『能力』か!?
マズイ、『サーフィス』と分断されたッ!」
吉廣と輝之輔は自分達のいる部屋を見回す。
「エニグマッ!」
『サーフィス』のいた方向の壁を紙に変え、バリバリと破り取り、穴を穿とうとする。だが――――――――――
「――――――ッ!?」
確かに引きちぎり、人一人楽々通り抜けられる穴を開けた筈の壁は、何事も無かったかのようにまっ平らな表面を涼しげに向けていた。
「お、親父さん…………」
輝之輔が身体を振るわせ、吉廣を見る。
「こ、これって………
かな~りピンチなんじゃ………」
輝之輔の目に、怯えの色が広がる。
二人は冷や汗を吹き出させながら、部屋の中をキョロキョロと見渡す。
見えざる敵は何時どこから襲って来るだろうか、
彼女はここにあるどんな物も透過し、必殺の拳を叩き込むことができる、
背後の壁、頭上の天井、足下の床、全てに敵が潜んでいる気がし、ますます彼らの恐怖心を掻き立てる。
二人は今、『狩る側』から『狩られる側』に立たされた自分達の状況を、底知れぬ恐怖と共に痛感していた。
「――――――――――『この世をば 我がよとぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば』――――――――――
君の一族のある男が詠った歌だ………」
吉良吉影は、灼熱の業火が染める拝殿の只中、そこが夕日の照らすのどかな丘だとでも言うように、いたって気楽な調子で話し掛ける。
「馬鹿な男だ……完全な不死を手に入れた君にすら、永遠の栄光など掴めなかったというのに………
――――――ところで――――」
吉影は拝殿の外を見やり、のんびりとした口調で言葉を投げ掛ける。
「君は月齢に例えると今どのくらいだね……?
既望(きぼう)?立待月(たちまちづき)?居待月(いまちづき)辺りかな……?」
ドサッ
息を荒げ、妹紅が片膝を着く。
「ハァ――――――ハァ―――ハァ―………
………ぐッ……!
(な……なぜだ………!?ヤツのいる部屋だけ、いくら攻撃しても燃え移らない……!煙にまかれてもいない…まるであそこだけ空間を飛び越えているかのように……!!)」
吉影を怒りに染まった目で睨み付ける妹紅の左手、右足首は、完全に消失していた。焼け爛れた肉と骨が覗く断面からは、脈動と共に鮮血が迸る。
「――――――――――が………は………!?」
血を失い、妹紅の身体は力無く地面に倒れ伏す。
「チャンスだ!やれッシアーハートアタック!!」
吉影の命令と同時に、『シアーハートアタック』が妹紅に向かって突っ込んでいく。
「コッチヲミロォ~」
動けない妹紅の頭を吹き飛ばそうと、髑髏の爆弾戦車が迫る。
「――――――――――ぐぅっ……!」
妹紅は闇に堕ちようとする意識をギリギリ繋ぎ止め、最期の力を振り絞る。
「うおおおおおおおぉぉぉぉ――――――――――!!」
ドグオオオオオオオオォォォォ!!
妹紅の身体が爆裂し、塵と化した。『シアーハートアタック』に爆炎が直撃し、爆発するが、一切ダメージも無く元気一杯に駆け回る。
シュウウウウウゥゥゥゥ――――――――――
「――――――――――『リザレクション』…」
燃え盛る爆炎の中から、妹紅が蘇生した。だが――――――――――
「ぐっ………う……!?
(くそっ…………やはり………!)」
吹き飛んだ彼女の左手、右足首は、失われたまま修復されることはなかった。
「フフフ………だいぶコツを掴んできたようだ。魂を残さず爆破するコツを。」
吉影が邪悪な笑みを浮かべ、妹紅を見下ろす。
「さあ『シアーハートアタック』!そいつを爆殺しろ!!」
ウィ~~ン
「コッチヲミロォ~!」
『シアーハートアタック』がギャルギャルとキャタピラを回転させ、妹紅に襲い掛かる。
妹紅は残った左足で跳躍し、炎の翼で空を叩き後退すると、
「せえぇぇぇぇい!」
火炎の弾幕を扇状に乱れ撃ちした。
ドグオオオオオオオオォォォォ!!
弾幕に突っ込み、『シアーハートアタック』が爆発する。
バシィッ!
「あぐっ!?」
爆炎が妹紅の肩を掠め、衝撃で大きく体勢を崩す。
「(かすっただけでこの威力……!畜生、なんだこの『見えない爆弾』は…ッ!)」
爆発の起こった場所を睨み、妹紅は思考を巡らせる。
「(だが……この『スタンド爆弾』、いくつか見抜く『パターン』がある……)」
妹紅は気を集中させ、全身から熱を放出した。周囲の温度が急激に上昇する。
ドグオオオオオオオオォォォォ!!
先刻爆発が起きた地点ゆり手前で、再び爆発が起こった。
「(一つ、この『空飛ぶ爆弾』は『熱』に反応して爆発する。)」
妹紅は爆発の起こった場所からさらに距離をとり、今度は両腕を広げ温度の異なる炎弾を放った。
ドグオオオオオオオオォォォォ!!
右手から放った炎弾の近くで、爆発が起こる。
「(二つ、『爆弾』は『温度の高い物』を優先して追撃する。)」
妹紅は炎の翼を消すと、再度熱を放出し、周囲の気温を加熱させる。
ドドドドドドドドドドドドドオオオオオオオオォォォォ!!
『見えない爆弾』が連続爆発しながら、妹紅に接近して来る。
「(そして―――――――三つ、この『爆弾』は何度でも爆発する………どれだけ焼かれようが、『標的』を完全に殺害するまで…………
だが、熱と焔の妖術は私の十八番………パターンが分かれば、避ける事は容易い!)」
「でえぇい!」
妹紅は特大の火炎球を作ると、
「コレでも食ってなッ!!」
鉛直上方に撃ち上げた。
「コッチヲミロォ~」
当然、『シアーハートアタック』は炎球を追って空へと昇り、炎に突っ込み爆発する。
「(よし、予想通り……!)」
『シアーハートアタック』の爆炎を確認すると、妹紅は上空に無数の火の玉を放った。火の玉はバラバラに飛び交い、ピタッと止まって鬼火のように宙を漂う。
「これで『空飛ぶ爆弾』は無力化した……
そしてお前の『スタンド』はッ!お前を倒せば撃破できるッ!」
妹紅は宙を蹴り、果敢に吉影に向かっていく。
「うおおおおおおおおおお――――――――ッ!!」
空中で身を翻し、吉影の顔面にドロップキックを叩き込もうと肉薄する!
ドガアアァァァ!
「なッ――――――――!?」
流星のように放たれた妹紅の蹴りは、吉影に届かず、拝殿に入る寸前で見えない壁に阻まれた。
ニヤリ、妹紅の僅か半歩先で、吉影が不敵な笑みを浮かべる。
「せぇいッ!!」
一瞬怯んだが、すぐさまビリビリと痛む左足を蹴り上げ、回転力を利用して身を捻り、満身の力を籠め右拳を繰り出す。
ドガァッ!
今度は手応えがあった。見えない壁を突き破り、吉影のいる拝殿に侵入できたかと思われた。だが――――――――
「っ!?」
妹紅の右腕は、亜空間に呑まれたかのように、拝殿との境界を境にスッパリと切断されていた。だが、痛みは全く無い。慌てて腕を引くと、右手は元通りくっついている。動かしてみるが、全く支障は無い。
「……………………」
目と鼻の先、余裕綽々て嘲笑い見下ろす吉影の瞳を睨み返し、右手に火の玉を握る。
「ふんっ!」
先程殴り付けた場所に向けて、火の玉を投げつける。火の玉は拝殿に入ると、やはり消えた。
ドオォォン――――
近くで聞こえた爆発音に、妹紅はハッと吉影の背後を見やる。
ガラララ――――――――
向かい側の壁が、炎を上げてガラガラと崩れ落ちていた。
「くっ……………!?」
妹紅は拝殿の中へと手を伸ばした。先刻と同じく、手首が消える。
「っ………………」
案の定、右手は向かいの壁の穴から出ていた。指を曲げようと思うと、離れた手の指が曲がった。
「(やはり…………ッ空間を飛び越えて…………!)」
ギリリ……妹紅が歯軋りする前で、吉影は口角を吊り上げて笑う。
「無駄だよ妹紅………君がいくら私を殴り付けようと、いくら高温で焼き付くそうと…………全て私のいるこの部屋を飛び越え、私には届かない………」
自分を凶悪な目付きで見上げる妹紅を、彼は嘲笑う。
「そして―――――――そろそろ『時間』じゃないかな?君は………」
「――――――――うッ………!?」
悪寒に襲われ、妹紅の身体がグラリと揺れる。
「ぐ………う……っ……?(うっ……き、気分が………)」
「フハハハ――――――――長年味わった事がなかったから、忘れたか?君は動脈をやられているんだ、一、二分もすれば動けなくなるのは当たり前だろう…………」
霞む頭を支え、妹紅はフラフラとしながらも立ち続ける。
吉影は感心したように口笛を吹く。
「それほどの出血で、あれだけ暴れたというのに………
やはり君の生命力には目を見張るものがある……
――――――――だが……………
忘れたかね?わたしの『シアーハートアタック』はまだ君を標的にしている事をッ!!」
「はっ!?」
妹紅は咄嗟に振り返り、高く跳躍すると、熱のバリアを展開する。
ドグオオオオォォォォォォォ!!
一瞬前まで妹紅が立っていた場所で、大爆発が巻き起こった。賽銭箱が砕け散り、木片が四散する。
「(な、なぜ私を?まだ囮の火の玉は空中に残っている!)」
妹紅は『シアーハートアタック』が今向かって来ているであろう場所を睨み、また巨大な炎弾を作りあげる。
「でえぇぇいっ!」
炎弾を上空に打ち上げ、『シアーハートアタック』を引き離そうとした。だが――――――――
ドグオオオオォォォォォォォ!!
「えっ――――――――」
妹紅の3メートル手前で、『シアーハートアタック』が爆発した。
バシン!
「ぐああぁぁぁぁ――――――――!」
爆炎から身を守ろうと交差された妹紅の左腕が、肘まで抉り取られる。
さらに爆風が襲い掛かり、彼女の身体を吹き飛ばした。
「(な………なぜ……?ヤツは温度の高い物を追っていく筈…………なのに………)」
風に舞う木の葉のように吹き飛ばされながら、薄れゆく意識の中妹紅は考えていた。
上空から聞こえる『シアーハートアタック』の爆発音を聞き、吉影はニヤリとほくそ笑む。
「妹紅………君の観察眼、恐れ入ったよ……『スタンド』も見えないのに『シアーハートアタック』の『弱点』に気付いたのだからな………」
「だが――――――――確かに、『シアーハートアタック』の知能は低い………標的が誰だろうと関係なく、ひたすら温度の高い物に突っ込んでいくだけの、怪力馬鹿だ。
しかし!『シアーハートアタック』の成長性はAクラス!加えてこの『満月』、わたしの『スタンド』に力を与えてくれている……」 「『シアーハートアタック』は………『学習』したのだ。『獲物』以外に無闇に突進しても、『無駄』だという事をな………」
ウィン!
キュラキュラとキャタピラで空を掴み、『シアーハートアタック』が地面に倒れ伏す妹紅に狙いを定めた。
「今ノ爆発ハ人間ジャネエ~!!」
ギュゥゥ――ン!
ギャルギャルとキャタピラを軋ませて、『シアーハートアタック』は妹紅に向かって行った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――ッ!!」
吉廣が『ビーチ・ボーイ』を滅茶苦茶に振り回し、部屋中に糸を撒き散らす。だが、既に遅かった。
「ッ!!」
糸の振動を感じ取り、吉廣は自分達が既に慧音の射程に入っている事を悟った。
「輝之輔ェェ――――!!真正面じゃァッ!」
姿を消した慧音は『ビーチ・ボーイ』の糸を潜り抜け、二人に迫る。
「うああああぁぁぁぁぁ――――――――ッ!!」
輝之輔は咄嗟に胸ポケットから紙を抜き広げる。
「イエローキャブだァァァァァァ――――ッ!!」
吉廣の写真をひっ掴み、紙から出てきたタクシーに飛び込むと、輝之輔はアクセルを踏み込んだ。
エンジンがけたたましく唸りを上げ、猛スピードで走り出す。
ドガアッ!
【見えない何か】にぶつかり、強烈な衝撃と共にボンネットがへこみ、後輪が一瞬浮き上がったが、構わずアクセル全開で家の中を滅茶苦茶に走り抜ける。
「うおおおおおおおああああぁぁぁぁぁ――――――――ッ!!」
壁に激突し大穴をぶち開け、タクシーは部屋を出ると、そのまま脇目も振らず直進し続ける。
幾つもの壁をぶち破り、家具を轢き倒し、瓦礫を踏み越え、輝之輔は追跡して来る慧音から離れようとする。
フロントガラスは跡形も無く砕け散り、ボンネットは無惨に捲れ上がっているが、降り注ぐ瓦礫の雨を『エニグマ』で防御する。
「て、輝之輔!こっちは駄目じゃ!『サーフィス』から離れて行っておる!!」
「しょうがないじゃないですかそんな事考える時間なんて無かったんですからッ!」
『ビーチ・ボーイ』を後方に伸ばし慧音を探す吉廣に怒鳴り、輝之輔はアクセルを踏み込んだ。
ドガアァァァンン!!
最後の壁を破り、車体が半分ほど外に出た。
「外だ!早く逃げるぞッ!」
「駄目です!瓦礫に乗り上げたかなんかで、後輪が空回りしてます!!」
輝之輔が叫ぶ。
ピクン―――――――
『ビーチ・ボーイ』の糸が揺れ、吉廣は怒鳴った。
「まずい!奴が来たぞ!タクシーのすぐ後ろじゃ!」
ガシャアァン!
言い終わる直前、後部のフロントガラスが砕けた。
「吉廣さん!タンクをッ!」
輝之輔の叫び声を聞き、吉廣は『ビーチ・ボーイ』の針をガソリンタンクに引っ掻け、引き裂いた。
ドグオオオオォォォォォォ!!
ガソリンに引火、爆発が起こり、タクシー内部は爆炎に包まれる。
「うおおおおおおおおおおおおお――――――――!!」
輝之輔は吉廣の写真を掴み、タクシーから吹き飛ばされた。『エニグマ』で爆炎を紙に変えて身を守る。
地面が迫ってきて、激突する瞬間、
ボスッ
紙に変え持っていたエアバックをクッションに衝撃を殺し、ゴロゴロ転がった後飛び起きる。
「――――――――今さらじゃが………お前の『スタンド』、便利過ぎる能力じゃな………」
「ヘへ……今ごろ気付いたんですか…?」
吉廣は『ビーチ・ボーイ』を、輝之輔はサブマシンガンを構え辺りを警戒する。
「あいつ、まだ無事ですね………殺ったなら『能力』は解除されているはずだ………
けど、咄嗟でしたから逃げることだけ考えていましたが、『サーフィス』から離れたのはマズかった。もしかして奴は先に『サーフィス』を殺るつもりじゃ………」
「…いや、それは恐らくない。『サーフィス』はあくまでアフターケア、『計画』の要はわしとお前じゃ。どちらかが倒されれば『人質』は解放されてしまう……奴もそれを分かっておるはずじゃ。」
吉廣が『ビーチ・ボーイ』の糸を伸ばし、探知網を広げていた時だった。
「ッ!!」
『ビーチ・ボーイ』が慧音の気配を探知した。
「こっちじゃ!来るぞッ!」
輝之輔は慧音のいる方向を向き、サブマシンガンの引き金に指をかける。
「うおおおおおおおォォォォォォ――――――――ッ!!」
引き金を引き、撃ちまくった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ドサッ
息も絶え絶えに、妹紅はくずおれ膝を着く。
「ハァ――――――ハァ―――ハァ―………
………ぐッ……!」
彼女の左腕は肩まで千切れ飛び、グシャグシャに崩れていた。脇腹には向こう側の景色が見えるほど大きな穴があき、クズグズと焼け爛れた臓物が顔を覗かせている。
「ぐっ………………
うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
朦朧とする意識を覚醒させ、自ら全身を焼き尽くす。爆炎が吹き上がり、火焔が凝集し、妹紅は灰の中から甦る。
「っ―――――くそっ―――!」
剥き出しになり血を噴き出す肩の傷口を押さえ、妹紅は歯軋りする。
「(傷が多すぎる……出血が酷い………!生きていられる時間も短くなってきた………このままでは不利になる一方だ………)」
右掌から炎を放ち、大きな傷口を焼き閉じる。
「――――――――――――――――」
妹紅の睨む先、吉良吉影がこちらを悠然と眺める。観覧席から見下ろすように。高みの見物だと言うように。
「うおおおおぉぉぉッ!」
残る左足で跳躍し、妹紅は吉影に向かって突撃する。
「うああああァァァァァァ!!」
巨大な炎の弾幕を乱れ撃ちする。弾幕は拝殿内へ入ると爆裂し、吉影の姿は爆炎に包まれた。
ゴオオオォォォォォォォォォ――――――――
爆炎が治まり、拝殿内が見えるようになった。
やはり、吉影は平然と立っていた。
「うらああああァァァ!」
妹紅は一対の鳳凰の翼を纏い、拝殿内に突進する。
ドガラアァァァァ!
空間を飛び越え、向かいの壁をぶち破っただけだった。
「無駄無駄ァ………君がどんな攻撃をしようと、わたしを脅かすなんて事は出来ないんだよ………」
振り返ると、吉影が彼女を嘲笑うように眺めていた。
「――――――――――――――――――――――――」
無言で、妹紅は床に炎を放つ。だが、炎は拝殿内に入ると途切れ、向かいの床に燃え移った。
「だから言っているだろう……?無駄だとね。床も含めわたしのいる部屋は異空間に隔離されているんだ、わたしのところには届かない――――――――」
ドガアァッ!
妹紅の拳が炎上する床を叩き壊し、妹紅は床下に消えた。
「ッ――――――――?」
妹紅を探し吉影は辺りを見渡す。と、その時、
ドガアアァァァッ!
吉影の足下の床が砕け、妹紅の深紅の双眸が吉影を見上げた。
「なっ――――――――」
妹紅が焔の翼を広げ、飛翔した。
ドオオオオォォォォォォ!!
「――――――――――――――――
――――――――ッ!?」
妹紅の上半身は天井を突き破り、屋根裏に出ただけだった。
「だめだめだめだめだめだめだめ!全然駄目だ妹紅………」
吉影が妹紅の顔を見上げ、嘲笑する。
「言ったろう?床も異空間の中にあると………」
吉影の足下には、床に開いた穴があった。しかし彼は当然のように『穴の上』を歩いている。
「床が抜ければわたしは落ちて来る………そう考えていたんだろうが、それはハズレだ。
わたしはこの拝殿の中にいるんじゃない、切り取られた空間内にいるんだよ。そしてこの空間からは、わたし自身出る事は出来ない。『能力』を解除しない限りね――――――――」
ドグオオオオォォォォォォ!!
天井が爆発し、空間を飛び越えた衝撃が床を崩落させる。
妹紅が下半身を屋根裏に引き上げ、全身から火焔を噴出させる。迸る業火が拝殿を包み、壁が、床が、天井が崩壊した。
ザッ―――
妹紅は屋根から飛び降りると、拝殿を振り返る。
「――――――――っ………!」
揺らめく炎の中、完全に灰と化した拝殿跡で、吉影は空に立ち冷酷な視線を妹紅に向けていた。
「無駄だと言っているのが分からないかね?わたしのいるこの場所には、『害悪』は入ってこれない。互いに姿が見え会話もしているが、熱線や毒音波は全て遮断される。煙にまかれたり、一酸化炭素中毒にもなりはしない。わたしは誰にも倒せない。」
吉影の瞳がギラリと輝く。
「………何故無駄な攻撃を繰り返す?
君の『信頼』を裏切った私が憎いか?それとも、わたしのやろうとしている事が何なのか分かったからか?」
血が足りず、妹紅は右膝を折る。だが、その両目は濁る事なく吉影を映していた。
「さあね……お前のやろうとしている事は詳しく分からないが、良くない事だって事だけは分かるな……
――――――――だが……私がここにいる理由はその事じゃない………私がお前を止めようとする訳は――――――――」
妹紅は一度大きく呼吸し、吉影を見詰めた。
「――――――――『思い出』……のためさ……」
妹紅の言葉を聞き、吉影は怪訝な表情を浮かべる。
「長い時間永らえると………『思い出』がかけがえのない物になるんだ………そいつは物や記録じゃなく、永遠を生きる私と共に寄り添っていてくれる………
『過去の栄光』とか悪い言われ方をするけれど、過去になった時間は、感情は、栄光は、もはや誰にも奪えない永遠に救い出される…」
「確かに、お前のように豹変しちまったヤツは何度も見たよ………折角助けてあげたのに、私の身体を気味悪がって、追い立てられた事も何度もあった……その度に、私は誰よりも孤独なんだと思い込んだもんだよ……
でも、今は違う。私には『親友』ができて、仲間ができた。人を護る『仕事』と、仕事をする『喜び』を知った。生きている事は素晴らしい事なんだと、やっと前向きに歩き出す事が出来たんだ。
これから何があっても――――――――素晴らしい『思い出』だけは色褪せずに、私と一緒に息づいていてくれる。」
ガッ
妹紅は満身の力を籠め、立ち上がった。吉影は驚き、息を呑む。
「私は、お前との『思い出』を嘘にしたくない。幻想郷は私が動かなくても大丈夫だ。だが!今私とお前の『思い出』を護れるのは、私しかいない!」
妹紅の両目には、力強い光が灯っていた。
妹紅の背に、不死鳥の翼が顕れた。炎の翼で力強く空を叩き、飛び上がる。
「私とお前の『思い出』は!私が決着をつけるッ!!」
吉影を見据え、妹紅が叫ぶ。
「――――――――フン、くだらない………」
鼻を鳴らし、吉影は妹紅を睨み付ける。
「頭か心臓だ……今度はそこを確実にぶっ飛ばす!甦生した端から勝手に死に続けるようにな!!」
ギャルギャルギャルギャル――――――――
『シアーハートアタック』が吉影の足下から現れ、妹紅に狙いを定める。
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――!!」
「やれッ!!『シアーハートアタック』ッ!!」
妹紅が飛翔し、『シアーハートアタック』が迎え撃った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うおおおおおォォォォォォォォ――――――――!!」
『ビーチ・ボーイ』の糸が乱れ舞い、銃弾が鉛の嵐のように吹き荒ぶ。
「輝之輔ッそっちに行ったぞッ!!」
吉廣が輝之輔に向かって叫ぶ。
「『エニグマ』!」
弾倉が空になったサブマシンガンを『エニグマ』に放り、もう一丁のサブマシンガンを構え、やたらめったら撃つ。
「うおおおおお当たれ畜生ォォォォ!!」
後退しながら撃ち続けるが、突然背中を何かに押し返された。
「なッ!?」
後ろを振り向くが、何も無かった。だが、肘を突いてみると確かに何かがあった。
「(これはっ…見えない壁!?し、しまった―――!)」
慧音は確実に目前まで迫って来ていた。退路は無い。
「うわああああぁぁぁぁ!!」
輝之輔は紙を抜くと、前方に向かって広げる。
ゴオオオオオオオオオオンン――――――――
「(――――っ!?)」
輝之輔に迫り、彼の顎にぶちこむべく拳をぐっと引き絞っていた慧音は、紙から飛び出してきた巨大な物体にぶつかった。
「(な…なんだこれは?外の世界の機械か――――
――――ッ!!)」
気付いた時には、既に遅かった。暴食のマシンの口に飛び込んだ慧音に、極悪のギロチン刃が振り下ろされた。
グショォアァァ!!
「ゴミ収集車だァァァァァァァァ――――――――ッ!!」
圧縮板式ゴミ収集車の前方に立つ輝之輔が、会心の叫びをあげる。
「真っ二つに挽き潰されてしまえぇぇぇぇぇぇッ!!」
ゴオオオオオオオオオンン――――――――
だが、肉が潰れ骨が砕ける音が聞こえる事は、なかった。
ドゴオオオオォォォォォォン!!
轟音と共に、車体が大きく揺れた。続いて、圧縮板を駆動させる機械が悲鳴をあげる。
「なぁ―――――――ッ!?ま、まさか………!」
ドオオオオォォォォォォン!!
箱形容器前部と運転席後部の壁をぶち破り、ステルス状態の慧音が飛び出る。
「し、しまっ――――――――」
ガシャアァン!
フロントガラスが叩き割られ、見えない手が輝之輔に伸びる。
「輝之輔ぇぇぇ――――――――ッ!」
「(はっ!)」
吉廣の声に慧音が上を見上げると、『ビーチ・ボーイ』の糸が迫って来ていた。
「(くっ!)」
バックジャンプで糸を避けると、糸は輝之輔の襟を引っ掛け、彼を吉廣のいる屋根の上へ引き揚げた。
「(糸の先に針の代わりに写真が付いている……何を仕掛けた…?)」
慧音は糸の先が何処にあるのか調べようと、巻物に目を落とした。
その瞬間、吉廣が老獪な笑みを浮かべる。
「(今、奴の姿はわしには見えん……じゃが、奴がいくら『過去』を知る事が出来ても、読心術や未来予知はできまい!)」
――バサ――バサ――バサ――
「っ!」
物音に反応し慧音が顔をあげると、彼女を取り囲むように大量の写真が空中から現れた。
「(『歴史を創る程度の能力』………確かに恐ろしい能力じゃ。しかし、その力にも弱点はある。それは、お前自身も巻物を読まない限り『歴史』を知る事はできないという事じゃ。つまり、『巻物を読む機会』を奪ってしまえば、奴に行動を読まれる事は無い!)」
吉廣は狡猾に笑う。
「(輝之輔がゴミ収集車で視界を遮っている間、写真を設置し写真空間内に巻き込んで隠しておいた……爆弾紙を数珠繋ぎにした『ビーチ・ボーイ』を通しておいてな!!)」
吉廣は包丁を握り、『ビーチ・ボーイ』の糸に振り下ろした。
切断エネルギーが糸を伝わり、写真空間内の爆弾紙が引き裂かれる。
ドグオオオオオオオオォォォォォォォォォォ!!
写真から爆炎が吹き出し、慧音に襲い掛かる。
「くっ……!」
咄嗟の判断で、慧音は屈みボムを放つ。
ボムは爆炎を消滅させ、彼女を防御した。
しかし、吉廣の顔から笑みが消える事は無かった。
「(やはり『見えておらん』………な!爆弾仕掛けの写真はただの陽動にすぎん、わしの仕掛けた『本命』は――――――――!)」
ドグオオオオォォォォォォ!!
「ッ―――!?」
慧音の足下、半径5、6メートルの地面が、一瞬にして爆炎と共に吹き飛んだ。
「ケェェェェケケケケケ!かかりおったわい馬鹿め!!」
地面に裏向きに落ちている写真を見下ろし、吉廣は会心の笑い声をあげる。
「お前の足下には、最後に糸を通した写真から出した『ビーチ・ボーイ』の針と糸がビッシリ張り巡らしてあるんじゃよぉぉ!さっきの爆発のエネルギーも、全部お前の立っている地面に返ってくる!そしてッ!」
ヒュンヒュンヒュンヒュン!
土煙の中、地中から『ビーチ・ボーイ』の糸が飛び出し、滅茶苦茶に暴れ回る。
「一網打尽の一本釣りじゃァァァァ――――――――ッ!!」
もうもうと立ち込める土埃の中、『ビーチ・ボーイ』の糸の飛び交う音が聞こえる。
ズバシャァ!
「むッ!」
手応えを感じ、吉廣はリールを巻き上げる。
「や、やりましたか!?」
輝之輔が期待を籠めた声で問うが、吉廣は舌打ちし首を振る。
「いいや、コレだけじゃ。」
引き上げた『ビーチ・ボーイ』の針には、蓑が引っ掛かっていただけだった。
「奴め、わしが爆破して開けた穴から地下水路を通って逃げたらしい………『ビーチ・ボーイ』でも探せない水路でな………」
「…………で、でも、蓑が無くなったって事は、奴はもう姿は消せないんでしょう?それだけでも大成果と言って良いんじゃ…」
「どうかな……?奴は身体を覆える物さえあれば姿を隠せる……カーテンでもテーブルクロスでもな………」
吉廣は苦虫を噛み潰したような表情で、『ビーチ・ボーイ』の糸を周囲に広げる。
「わしとお前を囲うように、『ビーチ・ボーイ』の糸を広げておく……これで奴も気安く接近出来まい………
―――それと―――――」
ドゴオォォン!
二人がタクシーに乗って飛び出して来た家の屋根瓦が砕け散り、『サーフィス』が飛び出てきた。
「ふんっ!!」
『サーフィス』はひとっ跳びで通りを越え、二人のいる屋根に着地した。
「お前もじゃ『サーフィス』、『探知網』の中に入って、辺りを見張っておれ。」
『サーフィス』を加えた三人は、背を合わせて辺りの通りを見下ろし、慧音の姿を探す。
「ッ!
そこだ!いたぞッ!」
「「ッ!!」」
声に二人が振り向くと、『サーフィス』の示す方向、狭い路地から顔を出し慧音が此方を睨んでいた。
「ええいっ!」
『サーフィス』が慧音の行動を縛り、慧音は路地から引き摺り出される。
「うおおおおおおおおォォォォォォォォ――――――――ッ!!」
ジャキン!
サブマシンガンの照準を慧音に定め、輝之輔が引き金を引いた!
ズダダダン!
銃口から吐き出された銃弾は、身動きできない慧音の喉笛、左胸骨を貫通した。
「やったッ!!奴を殺った――――――――」
輝之輔の歓喜の声は、直後響いた破壊音により、ぬか喜びに萎びていった。
慧音の身体が、パリィィ――ンという甲高い音と共に砕け散った。
「――――――――え?えっ!?」
輝之輔が呆けた声をあげ、吉廣は地面に散らばる反射物の破片を見て舌打ちする。
「鏡じゃ………奴の『歴史を創る程度の能力』で、鏡面に自分の像を投影し、ダミーとしていたんじゃ!」
三人は再び背を寄せ、強張った顔で周囲を見回す。
「………………陽動に気をとられている隙をついて襲撃…………とかじゃないみたいですね……」
輝之輔が安堵の溜め息を吐く。だが、吉廣の表情はより険しいものになっていた。
「おかしい………奴なら今の隙をついて、わしらを叩きのめす事は容易かったはずじゃ……それを奴はしなかった。」
吉廣はぶつぶつと疑惑を口にしていく。
「………………ッ!
まさか奴は、妖怪退治屋や命蓮寺の連中に増援を求めにいったのか?さっきのダミーは『サーフィス』をここに縛り付け、撹乱作戦を封じ、さらにわしらの注意を逸らすため………?」
吉廣の表情が、鬼気迫るものへと変貌していく。
「あ…あの……?親父…さん……?」
見かねた輝之輔がおどおどと顔を覗き込む。
「それはたぶん無いと思いますよ…?奴は僕たち二人を倒せばいい、でも増援を呼んでいる間に僕たちに逃げられたら、形勢はこちらに――――――――」
ギロォ
吉廣の眼(まなこ)に睨まれ、ビグッと輝之輔は萎縮する。
「『逃げられたら』じゃとォォッ!?奴はわしらが何処に逃げても、その足跡を辿れるんじゃぞ!わしの写真間ジャンプが使えるならまだしも、それを封じられ、『人質』も自由にできん!追い詰められているのはわしらの方じゃッ!!」
物凄い剣幕で怒鳴り散らし、吉廣は『ビーチ・ボーイ』の竿を握る。
「息子の邪魔は………絶対にさせんぞ………ッ!」
吉廣は『ビーチ・ボーイ』を振り上げ、
「どこじゃあああああああああァァァァァァァァァァァァ――――――――ッッ!!!!」
糸を滅茶苦茶に広げ、周囲を探り倒し始めた。
「ッ!?親父さん!?なにやってるんですかッ!?『探知網』が無くなったら――――――――!!」
輝之輔が『ビーチ・ボーイ』に手を伸ばし、吉廣を止めようとした、瞬間だった。
グオン!
三人の乗っていた『実在しない家の屋根』を透過し、慧音が彼らのど真ん中に現れた。
ドガアァァッ!!
反応する隙も無く『サーフィス』を粉砕し、輝之輔に足払いをかけ踏みつける。
「うあっ!?」
「あぐぁッ!!」
一瞬のうちに二人を無力化し、慧音は息つく間もなく吉廣に剣を突き出した!
「ッ!?――――――――」
吉廣の両目が見開かれ、剣の切っ先が眉間に迫る!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――剣の切っ先は、吉廣の額一センチ手前で止まっていた。
「――――――――ケケケケ…………!さすがじゃな、気付きおったか……!」
吉廣は勝利が確定したように、愉悦の笑いを浮かべ慧音を見下ろす。慧音は剣を突きつけたまま、ギリギリと歯を食い縛り彼を憎悪を込めた瞳で睨む。
「そうじゃ………お前の仕掛けたダミーの目的は、確かに陽動……じゃが、隙を作り奇襲するためでも、援軍を呼ぶためでもない事は分かっておった………!
………その本当の目的は………わしらの注意を、『あるモノ』から逸らすためじゃった………」
『ビーチ・ボーイ』で鏡のあった場所を示し、吉廣はニタニタと笑う。
「あちらに注意を引き付けたいという事は……その反対側から目を離させたいという事………
そして鏡の反対、こちらの方向にあるのは……ッ!!」
ビシィ!
吉廣が『ビーチ・ボーイ』を振り上げ、鏡の反対側、大きな屋敷を差す。
「御阿礼の子の屋敷じゃァァァァ――――――――ケケケケケケェェェェ――――――――ッ!」
吉廣は腹の底から沸き上がる愉悦を笑いに変え吐き出す。
「フフフ…………フフフハハハ…………!フハハハハハハハハハハハハ…………―――――ッ!!」
慧音の足の下から這い出し、輝之輔が哄笑する。
「さすが名家は格が違う……屋敷の位置は過去から現在までちっとも変わっちゃいない!
あんたと交戦する前、僕と親父さんは御阿礼の子をさらおうと、屋敷内に『釣糸』を垂らした………でも捕まるのは女中ばかりで、肝心の稗田阿求はかからなかった。いち早く襲撃に気付き、隠し部屋か何処かに逃げ込んだんだろう……その時は他にも『人質』にする価値のある人間はいくらでもいたから引き揚げたが、それが今ここで役にたつとはなぁぁぁ………!」
腹が捩れるほど輝之輔は笑い、立ち上がる。
「親父さんの考えをすぐに察した僕は、親父さんの茶番に付き合った……焦って逆上したふりをして稗田阿求を探していた吉廣さんの『ビーチ・ボーイ』に、『エニグマ』で触れて『紙化エネルギー』を伝えて、阿求の屋敷を端から端まで紙に変えてやった!そうすれば………」
ニィッと口角を歪め、輝之輔はこの上なく愉快な気分で笑う。
「彼女も心底驚くだろうな………驚いて、怯えてくれるだろうな……!?そして、あんたが『歴史』を『上書き』するまでの一瞬のその心拍数の増加を、『ビーチ・ボーイ』で逃さず探知し、針を引っ掛ける………!」
「そうやってわしらは起死回生の逆転の切り札を手に入れた!さあッ!こいつを見ろッ!」
グンッ!
吉廣が『ビーチ・ボーイ』を振った!
「きゃあああああああぁぁぁぁぁっ!?」
バリバリと紙の裂ける音のあと、一人の少女が『ビーチ・ボーイ』の針に釣られ、引きずり出される。
「稗田の御子!」
慧音が彼女を見て叫ぶ。
阿求は恐怖に駆られた目で彼女を見上げる。
「け……慧音……先生……っ」
先代たちの記憶を継承し転生しているとはいえ、記憶は幻想郷縁起に関する一部しか受け継がれていない、年相応の少女。阿求の声は恐れに震えていた。が、聡明な彼女はすぐになんのために自分が引きずり出されたのか理解し、怯えを押し殺し彼女に言う。
「慧音、私なら…大丈夫です。私は死んでも転生できます。だから、そいつらが何をしようとしても耳を貸してはいけません!貴女は里の人間を――――――――」
ブゥン!
「ひぃっ!?」
『ビーチ・ボーイ』の竿が唸り、阿求の身体が宙に釣り上げられる。
「嘘を吐くな小娘…!キサマの転生には数年にわたる準備が必要だという事はすでに知っとるわい!!」
吉廣は輝之輔をちらりと見やった。輝之輔はニヤリと笑い、『エニグマ』の親指を立てる。阿求の【恐怖のサイン】を発見したという合図だ。
「良いか半獣………その得物を捨てて、『糸』に腕を掛けろ。少しでも妙な動きしてみやがれ………コイツの臓物引きずり出して順番に並べてやる。」
吉廣が『ビーチ・ボーイ』をしならせ、脅す。
「っ――――――」
慧音は吉廣から剣の切っ先を遠ざけると、剣から手を離した。
「『エニグマ』」
すかさず『エニグマ』が剣を紙に変え、輝之輔が懐に仕舞い込む。
「うらァ!!」
ドムッ!
輝之輔の拳が慧音の腹にめり込み、鈍い音が響いた。
「――――――ッッ!?
かはっ………!!」
打撃の瞬間、内臓を直に殴られたような衝撃が彼女の腹部を駆け抜けた。
胃を鐘突で圧迫されたかのように、吐き気が込み上げる。
「うっ……!?
うげ…ぁ…ッ!えぇぇぇぇ……!!」
ビタビタ………
ビチャチャァ……
口を開き、胃から押し戻され喉に上って来たモノが溢れ出す。
彼女の夕食の残骸が滴り、粘っこい液体が地面に叩きつけられる不快な音が鳴った。
飛沫が輝之輔の靴に掛かったが、触れる寸前に【エニグマ】が【ファイル】して主人を汚れから保護する。
「ううっ……!
うえぇ……!!ゲホッ…ゲホッ…!
かはっ――――――」
苦悶に喘ぎ、慧音は激しく咳き込む。
反吐のエグい臭いが鼻を突く。
殴られた腹はまだジンジンと疼き、衝撃が浸透して内臓を締め上げていた。
「(なっ…なんだ……!?この少年……!【満月の夜】の私を、【半獣状態】の私を……!【素手】で……!)」
目の前の痩せっぽっちな少年の、華奢な腕からは想像も出来ないような威力だった。
目尻に涙を滲ませ、苦しげな表情で、しかし【敵意】は微塵も曲げていない目付きで輝之輔を睨む。
「……【皮膚】が刺激を受けた時……【筋肉】は本能的にその力から身を守ろうと反応してくる………
だが!【皮膚】までだ………『【皮膚】まで』なら!【皮膚】を支配できたなら【筋肉】は異常事態が起こっていると気づかない………我が【エニグマ】は【刺激】を【筋肉】に悟らせない、だから痩せっぽっちの僕の腕力でも、半妖のお前に通用するんだ……」
【腹筋への電気信号】を封じた【紙】が、パラリと地面に落ちた。
「…クククク……ッ、良ィ~い眼で睨んでくれるじゃないか……背筋がゾクゾク震えてくるぞ……!
ロリ妖怪共の哭き声にも丁度飽きてきた頃だ、そろそろ趣向を変えてグラマラスな女も【コレクション】に加えてやるとするかなァ~………」
ニタニタと下卑た笑みを浮かべ、輝之輔は舌なめずりをする。
「おい輝之輔、あまり痛め付けるんじゃないぞ!そいつも立派な【人質】じゃ、活きの良いに越したことはない。」
ニヤニヤと口角を吊り上げて、吉廣は輝之輔を諭す。
「ヤダなぁ~分かってますよ親父さん、ちょっとからかってやっただけですって~」
二人してゲラゲラと高笑いする。
「――――――――――――――――――――――――」
慧音が『ビーチ・ボーイ』の糸に触れようとするのを見て、阿求は叫ぶ。
「慧音!どうして………っ!?
駄目です、貴女は私一人なんかより、里の人々を助けなくては――――――――!」
「――――――――――――――――阿求、君が転生の準備を終えていつでも旅立てるのだとしても、私はこうしているだろう………」
拳を震わせ、慧音は吉廣を睨んだまま言う。
「――――――――私は、妹紅が死んでショックを受けなかった事なんて一度もない。一回の死を語らずに、永遠の生を語る事なんてできないからだ。
一を軽んじる者に、全を重んずる事はできない。一人の命を見捨てる者に、百人を護る資格はないんだ。」
スッ――――――――
慧音の右手のひらに、『糸』が掛かった。
「輝之輔ッやれ!!」
「合点承知ィッ!」
輝之輔は飛び上がると、懐から抜いた紙を広げた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――――――
紙はパタパタと大きく広がり、中から巨大な鉄骨が姿を現した。
「『スーパーフライ』だぁぁぁァァァァッ!!」
全高約38メートルの送電鉄塔が、慧音を閉じ込めるように出現した。
「――――――――――――――――
…………………ん…?ここは………?」
鉄塔の中にいた男、鋼田一豊大は、キョロキョロと辺りを見回す。
「――――――――ヒィッ!?」
輝之輔を見た瞬間、彼の表情はマスク越しでも分かるほど恐怖に歪む。
「『エニグマ』!」
『エニグマ』で彼を紙に変え、輝之輔は懐に突っ込んだ。
「その鉄塔から出ようとしない方が良いぞ、出た部位は全て金属に変化する。」
吉廣がドスの効いた声で言う。
「お前を引きずり出して金属に変えてから『エニグマ』で紙にしちまう前に……
『能力』を解除して貰おうか……?」
輝之輔の言葉に、慧音は殺気を剥き出しにしながらも『能力』を解除した。
里の様子は、一瞬で変化した。吉廣達が乗っていた家は消え失せ、稗田の屋敷はペシャンコの紙になった。
「やった、これで『計画』が実行できますね!」
「ああ、とっとと二人とも紙にして、吉影のところに向かうぞ。」
と、輝之輔は慧音を眺めて、あることに気付いた。
「ん………?」
慧音の手には、巻物は握られていなかった。
「おいお前ッ!巻物は何処に――――――――」
吉廣は息子の様子を見ようと、自分の入っている写真を覗いた。そして――――――――
「なッ――――――――」
吉廣の表情が、一変した。
「なんじゃとおおおおオオオォォォォォォォォォ――――――――ッッ!?!?!?」
吉廣の絶叫が、人里に響き渡った。
――――――――博麗神社拝殿内で、吉影の姿を写した写真。その中に、撮影した時にはいなかった人影が写っていた。
派手な紫の洋服、なびく金髪、掲げた日傘。写真に写り込んだ人影は、写真空間内を歩き、吉影の像に歩み寄る。
「こ、この女、まさか白玉楼にいた………」
金髪の少女の後ろ姿に、吉廣は見覚えがあった。
少女は吉影の像の傍らに立つと、人差し指と中指をたて、像に向かって何かを切り裂く素振りをした。
シッパアアァァァ――――――――ン
吉影の像が、バラバラに切り刻まれた。
「吉影ェェェェェェェェェェェェ――――――――ッ!!」
絶叫し、『アトム・ハート・ファーザー』を解除した。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「――――――――――――――――
――――――――はッ………!?」
妹紅と『シアーハートアタック』が激突するのを隔離空間から眺めていた吉影は、一瞬身体が宙に浮く感覚を覚えた。
「なッ――――――――!?!?」
突然足下が消え去り、彼は落下してうつ伏せに地面に叩きつけられた。
ドグオオォォォォォォォォォ!!
流れ弾が吉影の頭上、寸前まで彼がいた場所を掠めていく。
「ぐあッ……あああ…ッ!?
(あ、熱いッ…!)」
一瞬掠めただけで、火傷を負うほどの高温。『写真の空間』にいた時、微塵も感じなかった威力だ。
「(な……何故…!?なぜ『アトム・ハート・ファーザー』が解除された!?)」
だが、考えている時間は無かった。
「はッ!」
弾幕を乱射し『シアーハートアタック』を押し切ろうとしていた妹紅が、吉影の異常に気付いた。
「(地面に倒れている……!まさか、『結界』が解除された?)」
ドグオオォォォォォォォォォ!!
目前で起こった大爆発から『シアーハートアタック』の位置を把握し、妹紅は吉影に向かって急降下する。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――ッ!!」
彼の脳天を狙い、矢のように蹴りを放った。
「はッ!?」
頭上から迫る、妹紅の蹴り。吉影は咄嗟に手元の紙を開く。
ドガアアァァッ!
大鎚のごとき妹紅の踵が、吉影の脳天に叩き込まれた!
「……………………………っ!?」
妹紅の踵は、吉影の頭の手前で止まっていた。
「ギャアァァァァァス!!」
吉影の手の上で『ストレイ・キャット』が咆哮する。
「ストレイ・キャットォッ!」
ガシィ!
妹紅の蹴りを受け止めた『空気弾』を足枷に変形させ、彼女の足を空中に固定する。
「(私の蹴りを受け止めた?なんだ…?)
ふんっ!」
足から焔が吹き出し、『空気弾』が燃え上がる。
「ぐうッ!?」
吉影は飛び起きると、妹紅から距離をとり『空気弾』を撃たせる。
「(あの妙な植物、何かを撃った!火の光を反射して、うっすらと輪郭が分かる……!)」
妹紅は焔の弾幕を撃ち、『空気弾』を焼き払う。
「『ストレイ・キャット』!!」
襲い来る炎を、『真空の壁』で防ぐ。
「くっ……………!」
炎自体は防げても、熱は彼の身体を焼く。
『奥の手』を使わなければ、と懐に手を入れる。
「フランッ!こいつの『目』を奪え――――――――」
懐から写真を抜き吉影がフランに命令した、その瞬間!
バサバサバサバサ――――――――
フランの部屋と繋がっている写真から、大量の本が飛び出した。
「なッ――――――――!?」
本は吉影を取り囲み、独りでにページは捲られる。
「ッ!?」
一瞬にして、吉影は身動きが取れなくなった。全身の筋肉と神経が麻痺し、微動だにできない。それは、美鈴の一撃を受けた時の感覚と酷似していた。
「ギャアァァァァァス!?」
「コッチヲミロォー!」
『ストレイ・キャット』と『シアーハートアタック』も、突如襲った感覚に喚く。
「ケホっ…ケホっ……『対スタンド使い拘束術式』………効果覿面ね。」
写真から聞こえてきた、少女の声。立ち込める煙に苦しそうに咳をするその声は、フランのものではなかった。
「(こ………これは……まさか………ッ!?)」
ザッ――――――――
背後に誰かが着地する音。吉影が目を向け、妹紅が振り返る。
「ぐ………………うっ……………ッ!?」
吉影の両目が見開かれ、表情が強張る。
「――――――――――――――――――――――――
――――――――二度目の今晩はね……………『川尻浩作』――――――――?」
炎で紅く染まった境内。
紅魔館の主、レミリア・スカーレットが、二人の従者を従え、吉影を睨んでいた。
ED SYNC ART'S 『銀のめぐり』
―――――――――――――――――――――――――――――
「うおおおおォォォォォォォォォォォォ――――――――!!」
阿求にかけた『ビーチ・ボーイ』の針を外し、吉廣は『ビーチ・ボーイ』を輝之輔に投げ渡す。
「お、親父さん!?な、何が――――――――!?」
慌てて『ビーチ・ボーイ』をキャッチし、輝之輔は吉廣に問う。
「説明する時間が無い!いいか、わしはこれから写真の中で『侵入者』と闘う!お前はどうにかして半獣を始末しろッ!!」
切羽詰まった様子でそう怒鳴ると、吉廣は写真の中へ姿を消した。
「えッ!?ちょ、ちょっと親父さん!?」
写真に入ろうとするが、吉廣がブロックしているため入れない。
グンッ!
「うおあぁッ!?」
『ビーチ・ボーイ』を引っ張られ、輝之輔は慌てて踏み止まる。
「じょ、冗談じゃないぞ…………………!!」
慧音が『ビーチ・ボーイ』の糸を掴み、手繰り寄せる。
「うおおおおああああァァァァァァァァ――――――――――――――――」
半獣の腕力で引っ張られ、輝之輔は地面に靴で溝を刻みながら引き摺られていった。