【第一部】~吉良吉影は静かに生き延びたい~/【第二部】~Saint Babel Run~   作:どくたあちょこら~た

25 / 40
第二十ニ話です。『起承転結』でいうところの『結』はまだまだ続きます。


第二十二話 バイツァ・ダスト スカーレット・デビル ⑤―Dear My sis...―

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――

 

――――――――『奥の手』を使わなければ、と懐に手を入れる。

「フランッ!こいつの『目』を奪え――――――――」

妹紅を撃破せんと懐から写真を抜き吉影がフランに命令した、その瞬間!

 

バサバサバサバサ――――――――

 

フランの部屋と繋がっている写真から、大量の本が飛び出した。

「なッ――――――――!?」

本は吉影を取り囲み、独りでにページは捲られる。

「ッ!?」

一瞬にして、吉影の身体は意に反しその場に縫い付けられていた。

全身の筋肉と神経が麻痺し、微動だにできない。

それは、美鈴の一撃を受けた時の感覚と酷似していた。

「ギャアァァァァァス!?」

「コッチヲミロォ~!」

【ストレイ・キャット】と【シアーハートアタック】も、突如襲った感覚に喚く。

「ケホっ…ケホっ……『対スタンド使い拘束術式』………効果覿面ね。」

写真から聞こえてきた、少女の声。立ち込める煙に苦しそうに咳をするその声は、フランのものではなかった。

「(こ………これは……まさか………ッ!?)」

 

ザッ――――――――

 

背後に誰かが着地する音。吉影が目を向け、妹紅が振り返る。

「ぐ………………うっ……………ッ!?」

吉影の両目が見開かれ、表情が強張る。

「――――――――――――――――――――――――

――――――――二度目の今晩はね……………『川尻浩作』――――――――?」

炎で紅く染まった境内。

紅魔館の主、レミリア・スカーレットが、二人の従者を従え、吉影を睨んでいた――――――――――――――――

 

 

 

~吉良吉影は静かに生き延びたい~

第二十二話 バイツァ・ダスト スカーレット・デビル ⑤ ―Dear My sis...―

 

「(――――――――もし………あの時…………………)」

恐るべき殺意を自分に向け、地に降り立つ紅い悪魔を眺める吉良吉影の瞳。

過去にもあったこれと酷似した事態を、吉良吉影はフッと回想する。

「(早人に名乗って、東方仗助にわたしの言葉を聞かれた時……咄嗟に機転を利かせて、早人を殴り付け【バイツァ・ダスト】を発動させていたなら……今頃わたしは杜王町で【平穏】に暮らしているのだろうか………?

……いや…【次の朝】に【ストレイ・キャット】の【空気弾】で受けたダメージが再発現し、そこを早人に攻撃され、やられていただろう。

………救急車に轢かれて死ぬ直前、看護婦を媒介に発動させようとした時、あの時に成功していたとしたら……

……いや、それだと親父をわたしが【殺す】事になっていた。

しかもわたし自身も瀕死の状態まで【運命】に追い詰められていただろう。

どうしようとわたしはあの時あの場所で倒される【運命】だったのだ………)」

【キラークイーン】使用不能、【シアーハートアタック】と【ストレイ・キャット】も行動不可能、自分自身も微動だに出来ず【紙】や【写真】に手を伸ばす事も叶わない。

最後の切り札フランドールも恐らく囚われの身となっている。

【無敵の絶頂】から叩き落とされ、足掻きようもない絶望的な状況に陥っていた。

「(………こいつらは、早人とは違う。

初めから絶対的な戦闘能力を持ち、【納得】を必要とせず忠実に命令を実行する従者を従えている……

少しずつ、少しずつ…………

『宿命』がわたしを気づかないうちに取り囲んで…

ぐるぐると縛ってすぐに逃げられないように……

今は『あの時』と同じ感覚だ……見えない『何か』が静かにわたしを取り囲んで追いついて来ている……

こいつには【わたし】なんかじゃあ勝てない……

今のわたしのスタンド能力などではこいつには手も足も出ない……!)」

麻痺し引き吊る顔を憤怒と屈辱に歪め、吉影はレミリア達を睨み付ける。

「(………【あの時】と今の状況……果たしてどちらが絶望的だろうか?

…………いいや……考えるまでもない、決まっている…………)」

【絶頂】からの転落、圧倒的な絶体絶命の危機。

あまりのショックに、彼の頭脳は凍てつくように冷静に、そして思考回路は極めて正確に高速回転を始めていた。

「(今のこの状況の方が……………

断然【希望】のある状況だッ!!)」

吉良吉影の瞳の奥で、【漆黒の焔】が静かに揺らめいていた。

 

 

 

ザッ―――――――

 

レミリアは地に足を下ろし、吉影を睨み付ける。

「フランは………拘束したわ……………」

油断ない目付きでレミリアは身構え、隙を見せない動作でゆっくりとにじり寄る。

その様子は傲岸不遜な彼女の普段の姿からは想像できないほど、慎重過ぎるものだった。

しかもその相手が、今や蚊一匹潰せない一人の人間なのだから、寧ろ臆病とも言える代物であった。

だが、それは当然と言えば当然の事である。

彼女はつい一時間前、四肢をもがれ芋虫の如く地に転がる瀕死の彼に、部下二人を瞬殺され、自身の【能力】を利用されて、『時間が巻き戻る』という未知の攻撃を体験し、『二人が爆死する』という【運命】が刻一刻と迫っているのだ。

しかもその【能力】の発動条件も完全には把握できておらず、解除する手段に至っては全くと言っていいほど不明なのだ。

地雷原を爆薬満載して歩くくらい、慎重に成らざるを得ないのである。

 

ザッ

ザッ

 

咲夜、美鈴がレミリアに続き降り立ち身構える。

「――――――――二人とも、油断しないで。

手負いの獣を相手にしていると思いなさい。」

慎重に言葉を選び、レミリアは二人に言う。

「おい、紅魔館の悪魔!なんでお前達がここに――――――――

ッ!?」

声を荒げ問い詰めようとした妹紅の背後に一瞬で美鈴が移動し、彼女を羽交い締めにした。

普段なら百戦錬磨の彼女にこのような不覚はあり得ない。

だが、今の妹紅は【シアーハートアタック】の攻撃によりこの千年、輝夜との決闘後でさえなかったほど衰弱しきっていた。

「なっ!?こ、このっ――――――――

ぐッ!!」

膨大な【気】が全身を駆け巡り、妹紅は吉影と同じく動けなくされた。

「――――――――よくやったわ、美鈴。

そのままそいつの口を閉じておきなさい。」

「………………………」

美鈴は返事も会釈すらもせず、レミリアに背を向け、言われるまま妹紅を拘束している。

「…………………」

咲夜は無言でレミリアより一歩前へ進み出て、振り返らず指示を待つ。

「――――――――いいわ咲夜、ここから先は私がする。

貴女は奴を見張っていてちょうだい。」

彼女らのやり取りを見て、【バイツァ・ダスト】の【発動条件】の殆どを既に把握されているのだと吉影は理解した。

「(レミリア・スカーレット………只のクソガキ程度の知能かと思ったが、思いの外鋭いところがあったな………)」

胸の内で毒づき、咲夜の手に目をやる。

彼女の手に握られていたのは、一枚の紙。

鴉の羽が貼られている。

「(なるほどな………そういうことか………

わたしの居場所を伝える射命丸の伝書をレミリア自身は目に入れずに、咲夜に案内させたというわけか。

つまり、ヤツは【バイツァ・ダスト】の【発動条件】が【質問】か【情報】である事に気付いている……【キラークイーン】がとり憑いた自分自身が【能力】発動の要(かなめ)である事も、【キラークイーン】の【像】を見た者が爆死する事も………)」

吉影の放つ気配が静かに、だが張り詰めた緊迫感を持って揺らぐ。

レミリアは緊張した面持ちで、吉影を睨み付ける。

彼女は【前の一時間】で思い知らされた。

この目前の【人間】が、牙も折れ爪も割れ、四肢ももがれて無様に転がっていた、たった一人の【外来人】が、何が切っ掛けで息を吹き返し彼女らの心臓を喰い破るか分からないと言うことを。

「(奴を無力化する事には成功した……

でも……)」

彼女の額から冷や汗が流れ落ちる。

「(……これから………どうすれば良いと言うの………?

奴を殺せば【運命】が解除されるなら、話は簡単………でも、もし奴の【意思】で解除しなければならないなら………!)」

震える足をギュッと握り、彼女は思考を続ける。

「(しかも、何が切っ掛けでまた『時間が吹き飛ぶ』か分からない……交渉しようにも、うっかり【発動条件】を満たしてしまったら……!

いっそ、何も話さず直ちに殺す?

いいえ、失敗したら取り返しがつかないわ。

それに、【前の一時間】で二人は私に憑依した【スタンド】を攻撃して死んだ……もしかすると、奴への攻撃が発動の【サイン】だと言う事も…………)」

頭の中で幾つもの可能性が入り雑じり、考えが纏まらない。

迫り来る終焉のカウントダウンがさらに彼女の脳内をぐしゃぐしゃに掻き乱す。

咲夜や誰かに助けて貰えたら、どんなに心強かっただろうか。

だが、それも出来ない。

鋭敏な咲夜や、聡明なパチュリーなら、サラリと最善の答えを教えてくれるであろうに。

レミリアは今にも泣き出しそうだった。

「(だ……っ、ダメよダメよダメよ!取り乱したりするのは…!

今私がしっかりしていないと、この娘達は…!)」

汗をスカーフで拭い、自分を落ち着かせる。

「(落ち着くのよ、レミリア・スカーレット……今のこの状況、恐らく私達の方が有利……そして【タイムリミット】はあと15分……慌てる事はないわ…冷静に、けど万全をもって対処するのよ……!)」

レミリアの真紅の瞳が、吉影をキッと睨む。

500年間、今まで彼女が見せた事のないほど【覚悟】を決めた目。

もはや我が儘放題の【お嬢様】ではない、臣下の命をその身に背負う【女王】の風格だった。

「(――――――――ここから先は、【一手】の戦い……)」

 

バチバチィ――――――――

 

爆ぜるような音とともに、彼女の左手に紅い魔力が集束する。魔力は鋭利な形状に変化し、一撃必殺の槍へと変貌を遂げる。

「(ヤツの耳を掠めるように、全力の一撃を叩き込む!

絶対に『わざと外そうとしている』と覚られないよう、微塵も殺気を引っ込めずに…………

そして、【一言】、ヤツの反応を、表情の変化を、一挙手一投足をッ!顔に掛かる陰影すら見逃さず、奴の無意識からの【反射】を読み取るッ!)」

【グングニル】の切っ先を、吉影の頭部へ向け、構える。

殺気を滲ませ、左腕の筋肉がビキビキと膨張し、狙いを定めた。

「(見極めるッ!貴様の心の内をッ!!)」

身体を弓なりに仰け反らせ、【必殺の虚仮嚇し】を放とうとした。

 

「――――――――やめろ」

「っ!!!?」

吉良吉影の吐いた一言。

聴こえた瞬間、投擲モーションを終えようとしていたレミリアは、予想外の結果に反射的に【グングニル】を引っ込めた。

慌てて全身にブレーキを掛け、過剰な力を加えた彼女の左腕に彼女自身の身体が引っ張られ、倒れ込もうとするのをギリギリ踏み留まった。

危険な【賭け】をした緊張で額に汗を浮かべ荒く呼吸をしているレミリアを、吉影は真っ直ぐに見据え口を開く。

「……………もういい…………

…その【槍】………防ぐ手段は………わたしには……無い…………」

麻痺した口をゆっくりと動かし、吉影はレミリアに向けてそう言った。

「……………………わたしの【敗北】だ…………

…【完全敗北】!……

…………もはや勝てない……

………【勝者】は…おまえだ………」

地面に這いつくばり、吉影は彼女の目を見返す。

 

―――――――ゾク――ッ―――――――――――

 

彼の瞳を見た瞬間、レミリアの背筋に筆舌に尽くしがたい悪寒が走った。

彼の言葉には、【敗北】の色など欠片も滲んでいなかった。

白々しい、なんてものじゃない。

誇張し虚勢を張る事も必要としないほど、溢れんばかりに増長した邪悪な殺意を、隠す意思など微塵も持たず、彼女に向けていた。

「(嘘だ………

こいつは【大嘘憑き】っ!!)」

レミリアは一度覆い尽くされそうになった恐怖を心の中から追いやり、再度【グングニル】を構えようとした。

「……信じられない………か。

だが、これは事実だ。右を見てみろ。」

レミリアは右肩に目をやり、

「ッ!!」

驚愕した。

ミニチュアサイズの【キラークイーン】が、彼女の肩に腰掛けていた。

【グングニル】を握り、【キラークイーン】を貫こうとする。

「待て!」

吉影が叫ぶ。

「―――――――最早【キラークイーン】は無力だ……『キラークイーン第3の能力』、それはレミリア、お前に仕掛けた『爆弾』……

その様子だともう知っているだろうが、【バイツァ・ダスト】の【発動条件】は【質問】と【情報】……わたしを追って来る者全てを消し飛ばすために作動する。

わたしの正体を探ろうとお前に近づく者には全て作動し、一時間後にそいつを【爆破】する【運命】を作り上げる。

お前がわたしの正体を言葉でしゃべっても『作動』するし、わたしの事を文章で書いてもその場で『作動』する!」

咲夜、美鈴、二人が息を呑む。

己の主の奇行と有無を言わさない命令、それらの理由が発覚したのだ。

フランドールの拘束をパチュリー・ノーレッジに命じたときの尋常でない様子、『一切の会話、アイコンタクトを禁じる』という奇怪な命令、それらに少なからず反感を覚えていた二人は、その陰にあったレミリアの苦悩を察することが出来なかったことに激しい自責の念を抱く。

「だが………実は、其れ以外にも発動の切っ掛けはある……お前が傷付けられそうになった時、【キラークイーン バイツァ・ダスト】は姿を現し、お前を自動的に保護する。

その際、【キラークイーン】の姿を目撃した者がいた場合も『作動』し【目撃者】を爆破する。

…………そして―――君からは見えないだろうが――――

君の門番は既に【キラークイーン】を知覚している。」

レミリアは美鈴に目をやる。

美鈴がピクリと反応するのが見えた。

「そして【バイツァ・ダスト】の存在が知覚されているにも関わらず、【第三の爆弾】は『作動』しない………つまりこの【拘束術】、【バイツァ・ダスト】をも封じれるという事だ。」

淡々と、吉影は打ち明けていく。

今現在自分がどれほど非力であり、恐れるに足らない存在かを。

檻に囚われ、鎖に繋がれ、牙を抜かれ、爪をもがれ、腱を切られ、なすすべなく倒れ伏す自分を見せつけるその様子は、今まで何度も彼女は目にしてきた。

人間、妖怪、下々の神霊、彼女が征服してきたとるに足らない者共は、最後には決まってこうやって醜い姿を晒し、彼女の目を汚し怒りを買うか、彼女の嗜虐心を満たすかしたのち、殺戮された。

これがそんな便所の鼠の糞共のものであったなら、命乞いとして映るだろう。

だが、彼女は寧ろ威圧されていた。

黒い石のように鋭い光を放つ吉良吉影の瞳の奥に、底知れぬ何かが隠れていると確信していた。

 

―――――――――はたして、吉良吉影―――【悪魔】は、口を開いた。

「………だが………

……『フランドール』……………彼女はどうする………………?」

レミリアの表情が、硬直した。

彼女に背を向けている咲夜、美鈴が、ピクリと顔を上げる。

 

―――――――ギリ……ッ…

 

「ッ………!

…あの娘の名を……!口にするな……ッ!」

歯をギリリと軋ませ、怒りを籠めた目でキッと吉影を睨む。

吉影は一切臆する事なく、彼女の紅い瞳を睨み付けた。

「――――――――――――――――――

………彼女と………【契約】を交わした…………

……『わたしが死んだ時………彼女も命を絶つ』……と!」

勝利を確信した声で、吉影はそう言い放った。

彼の口から吐き出された衝撃的な言葉に、三人は戦慄し愕然と目を見開く。

「―――――――…嘘………

嘘よっ!あの娘は【契約】なんてできない―――」

「【以前】はな…………だが、【今は】できる。わたしの【教育】の成果によってな………」

レミリアの発言を遮り、吉影は言葉を続ける。

「………彼女には……【悪魔の性(さが)】が欠如していた………

最初、彼女と地下で闘った時……彼女はわたしと交わした【約束】を、平然と破った………本来の悪魔なら、絶対にあり得ない事だ……

だが……あの闘いから毎晩…わたしの血を摂取し続けた事で、彼女の中で【悪魔の性(さが)】が芽生え始めた…………

今や彼女は【狂気の未熟者】ではない………【契約】を遵守できる、一人前の【悪魔】だ……」

穏やかな口調でそう話し、吉影は一時言葉を切る。

レミリア達の緊張した面持ちを眺め、彼は言葉を繋いだ。

「……ここからは【取り引き】だが…………わたしならこの【契約】を解約する事ができる。

可能なのは【わたしだけ】だ。もし、わたしがこのまま『死ぬ事』になるなら……

それは、もう永久に失われる事になる。

フランドールは自分の【目】を握り潰すだろう……

………どうする…………?」

レミリアを睨む、吉影の目。

目を合わせていると吸い込まれそうで、彼女の心臓を萎縮させる。

彼女の焦燥を察知し、吉影は先手を打った。

「落ち着くんだ…………レミリア・スカーレット。撃つなよ……

まずはわたしの話を聞くんだ。もはやお前が、わたしを殺す事など簡単だ…………取り乱して撃つんじゃあない………………」

落ち着いた、だが油断の欠片も無い声で、吉影はレミリアに語りかける。

「わたしはすでに敗北している。これは【取り引き】なのだ……物事の………片方の面だけを見るのはやめろ。お前の従者二人と妹、三人を無事に解放できるのは………このわたしだけだ。」

「う……うるさい…………今さら何を!!しゃべるなッ!私に話し掛けるのは止めなさいッ!!ここで全てを終わらせるッ!」

激昂し、レミリアは怒鳴る。だが身体が震え、声は喉が詰まり掠れていた。

彼女の薄っぺらな虚勢を看破した吉影は、さらに畳み掛ける。

「………わたしの目的は【外の世界】に五体満足で帰る事…ただのそれだけだ。

安全に帰る事の結果としてそうなったが、君たちの命を奪う事が目的ではない。

わたしがこの世界から脱出できたなら、君達との因縁も消滅するからだ………

今、わたしの仲間が人里を襲撃している……我々が安全かつ確実に【外の世界】に帰れるよう…………博麗の巫女を脅迫するための【人質】を狩るためにな……………

―――――――――さあ、【取り引き】だ………【取り引き】が成立したなら、わたしはもう君達と敵対しない………お互い只の第三者として、今後一切干渉しない。

君の従者二人の【運命】は解除するし、君の妹との【契約】も破棄する………その代わり、すぐにわたしを解放し、わたしに危害を加えたり……わたしの【敵】に味方したり………そういった事をしないで戴きたい。

どうだ………?悪い【取り引き】ではない筈だ……もうすでに君達はわたしに【勝利】している………どうかそれで溜飲を下げ、我々の【因縁】の決着としてくれないだろうか…………………?」

レミリアと吉影、二人の悪魔の視線が交差する。

一方は力無く平伏し、身動き出来ず鳴き声一つ上げられぬ奇怪な植物を傍らに、瞳だけを邪悪な光を宿しギラギラと輝かせている。

もう一方は圧倒的な力を纏い、忠実な従者と親友を従え、しかしその双眸は混乱と焦燥に震えている。

暫し、無言の威圧が周囲の空間を支配する。

「……………ッ…!!」

 

ギリッ―――――

 

レミリアの真紅の瞳が、怒りに染まる。

「…ッ誰がっ!誰がお前なんかと取り引きするかッ!!わたしの妹をあんな目に遭わせた、お前なんかとッ!!」

幼い顔を憤怒に歪ませ、レミリアは叫ぶ。

「パチェ!聞こえるでしょ!?今すぐそいつを拷問にかけなさい!!

精神がボロボロになるほど痛め付けて、『死なせてくれ』と懇願するまでいたぶってやって―――――――――」

「―――――――――残念だがレミリア……恐らく君の親友は君の言葉、聞こえてないぞ。君が命じたんだろう、『一切の会話を禁止する』と。

……………そして……わたしを拷問したとして、果たして間に合うのだろうか?あと15分もすれば、君の従者二人が【爆死】する【運命】が出来上がっている……わたしは絶対に自分の【能力】を解除するつもりはない……『死ぬまで』な………

………そして、わたしが『命を落とした』瞬間から、君の妹は【悪魔の血】に縛られ、自分を殺すことしか考えられなくなるだろう………つまるところ、君に選択の余地は無いんだよ…………

―――――――――それと…………」

怒りに震えるレミリアの、鮮血のように紅い瞳を、彼は覗き込むようにして言った。

「ずっと気になっていたんだが……君はわたしが『自分の妹を傷付けた』と繰り返しわたしを憎悪しているが、わたしは彼女を酷い目に遭わせたという認識は無い。」

「ッ!?

なッ何を―――――――――」

レミリアの怒りの声を遮り、吉影は続ける。

「なぜならわたしは、『お前が仕組んだ【正当な果たし合い】』によって彼女と闘ったからだ。

それによって彼女が傷付いた事は、結果論に過ぎない……そして、【闘い】の後すぐわたしは彼女に血を投与し、彼女の負傷は完全に治癒した。

あの娘もわたしを許してくれた……これ以上に何が必要だと言うんだ?

わたしたちには最初から、闘う理由なんてない筈なのだ………………」

「っ…!」

ギリッ、金属的な音がレミリアの口元からこぼれる。

「黙れっ!!あの娘がおかしくなったのはお前のせいだっ!お前がフランをたぶらかしたのよっ!私の大切な妹を!!

お前が館を後にした夜から、あの娘は、あの娘は…っ……!!」

レミリアは激情に任せ、怒鳴り続ける。

だが、彼女が感情を露にするほど、その陰にある【恐れ】は幽かに、だが確実にその色を濃くしていく。

朧気ながら気づいていた重大な事実を認めたくないと、胸の内の疑惑を否定しようと必死に喚いているように見えた。

「―――――――――君には………………………」

吉影が口を開く。

「本当は………分かっている筈だ………………

お前は『わたしに妹を取られた』事に怒っていると………、そう言っているが、それは只の【エゴ】に過ぎないし、それすらも自身を誤魔化し正当化するための口実に過ぎない。

本当のところ………君は、わたしに【責任転嫁】したいだけなんだ。

わたしが彼女と敵対せざるを得なかったのは君のせいだし、権威の失墜も言われるがまま射命丸に協力した君の責任だ。

それらの【事実】と妹に対する【罪悪感】に堪えられず、楽になりたい君はわたしに全ての原因を擦り付けた。それが【真実】である筈だ。」

「………っ……!」

カッとなりレミリアは口を開くが、出すべき言葉が見つからない。喉がつかえ、反論が出てこない。

―――いや―――――――――彼女は分かっていた。彼の言い分は正しい、と。

フランを傷付けたのは、私だ。私は実の妹を、自分の【娯楽】の【賭け金】にした。そして今、私のせいで大切な従者二人が危機に瀕し、愛する妹を拘禁している。私には一分一厘の【理】も無い。

レミリアの放っていた気配が、萎縮する。負けを認めていたはずの相手に、敗北を宣言していた。

「――――――――――――――――――」

 

心の折れたレミリアは穴だらけというよりむしろ明け放しと評するのが適当なくらいに無用心だった。

吉影は彼女の手から、彼女の保管している要塞の地図を受け取って、彼女の目の前でゆっくりとそれを眺めることができたも同じだった。

吉影の双眸が、妖しく光る。

「―――――――――ここから話す事はとても重要な事だ……それだけを話す。」

 

BGM ふぉれすとぴれお『Demon Strundum』

 

「今からわたしの話す事は……【事実】に基づいたわたしの【推論】だ。嘘偽りは決してしないと誓おう………

 

………わたしは、君と君の妹との間の確執を知っている。フランドール、彼女から聞いた……君も知っているだろう、最初わたしが彼女と会った時、彼女は突然わたしに君への不満をわたしにぶつけてきた。そしてその翌日――――君は知らないだろうが―――、彼女は自分の姉に対して抱いている【恐怖】を、わたしに吐露した。」

淡々と、吉影は話し続ける。

「―――――――――後日、わたしは彼女に質問してみた。『具体的に姉の何が不満なのか?』と。すると、こんな答えが返ってきた。」

レミリア達の緊張した面持ちをチラリと見回し、吉影は言葉を紡ぐ。

「『私の前でだけ格好つけて、私と正面から向き合おうとしない』………

聞いた時、わたしは拍子抜けしたよ……500年も自分を地下に幽閉し、顔を合わせることもほとんどなく、自分だけは従者や親友に囲まれ、幸福に暮らしている………そんな姉に対して、その程度の反感しか持たないのか?肩透かしを食らったわたしは、もう少し深く訊いてみることにした…………実の妹の監禁、最近になるまでなんの手立ても講じられず、ただただ閉じ込められていた理由……レミリア、お前の性格を差し引いても、もし本当に建前どおりならそれは不自然………

外に出したくない理由、それは当然館の主たるレミリア・スカーレットが握っている筈だ…………

 

………そして、いくつかの質疑応答ののち、わたしは理解した。君たちの歪みに歪んだ姉妹関係の、【真相】ともいうべき事柄を。」

ゴクリ、緊迫した沈黙の中、誰かの喉が鳴る。

「『自分の前でだけ普段の姿を見せない』………それがフランドール、彼女の不満…………

だが………実際は、【そうしたい】から彼女を幽閉したのではないか?貴様の【優越感】を満たすための、【鏡】にするために……………」

「な………っ、なんですって………!」

レミリアは小さな身体を小刻みに震わせ、怒りを露にする。

だが、【交渉】において剥き出しの感情ほど相手に見せてはならないものはない。

生身の身体の如く、それは隙だらけなのだから。

「……違う、と言いたそうな表情だな………

では、説明できるのか?『どうして500年もの間、館の内部すら歩き回らせなかったのか』」

激しい怒りの形相が一転、レミリアは口ごもる。

「そ………それはっ…………」

言いかけて、彼女の口は止まった。

自分のしてきたことは、本当に『フランの危険性』『フランの保護』、それだけだったのか…………彼女の心がグラリと傾き始めた。

レミリアの双眸が愕然と見開かれるのを確認し、吉影はさらに続ける。

「根拠はある……地下での決戦でわたしを追い詰めた彼女は、こう口走った。

『…最後に血を吸ってあげるわ…首筋に歯を突き立ててね。私も初めてだけど、そろそろ『大人の階段』を上ってみるのも良いかなって。そうすれば……』

その発言の直後、彼女は壁に監視カメラが無いかを確認し慌てて言い直した。

『姉に引き渡す』と。

その不自然な行動が、彼女が抱く姉に対する【恐怖】を知る手掛かりとなった。

後日、彼女に質問した。

『【そうすれば……】の後、なんと言おうとしたのか』と。

暫く黙り込み、彼女はぽつりぽつりと話し始めた………」

「………『お姉様より大人になれる』……そう言おうとしていたと、彼女は答えた。続けて訊ねた、『なぜそれを言いよどんだのか?』と。」

言葉を切り、吉影はレミリアを睨んだ。

「………レミリア、お前がまだ人間を【眷族】にしたことがないから……だから彼女はわたしの血を吸わなかったのだ。

彼女はお前より【上に立つ】ことを恐れていたんだ。君に【妬まれる】ことを。」

レミリアの表情から刻一刻と怒りが消え、それと反比例して絶望が広がっていくのを、吉影は視認した。

「もうひとつある。

レミリア、お前の『【運命】を操る程度の能力』………それ自体は無きに等しい力……言ってしまえば、不要物だ。

しかし、自分には持って生まれた吸血鬼としての力がある…………それだけで、お前の【自尊心】は保たれた。

 

だが……彼女が傍にいた。

フランドールは君と同じ吸血鬼の力を持っていた。

それだけならこれほどまで拗れた関係にはなっていなかったかもしれない。

だが、彼女はそれともうひとつ、目を見張る【魅力】を備えていた…………

そう、『【破壊の目】の能力』だ。

彼女の【魅力】を目の当たりにし、お前の心は静かに煮立っていた………

『なぜ自分には無いものを、妹が持っているのか』

……自分以上の存在が傍にいることが、それがよりによって年下の妹であることが、我慢ならなかった。

陰で不満を募らせたお前は、彼女を次第に疎ましく思うようになり、そしてある時閃いた。

『そうだ、妹の【長所】を、【欠点】に変えてやればいい………』

そうしてお前は、彼女を幽閉した。

『貴方の【力】は危険だ、その【力】を自分で抑えられるようになった時、出してあげる』………そんなもっともらしい理由をつけて。」

「―――――――――最初は只の幼稚な嫉妬からだっただろう。

しかし、人間妖怪問わず『自分より優れた奴はいない』と考えているお前は、当然同じ吸血鬼の中でも飛び抜けていなければならなかった。

そして、その比較対象として、彼女は踏み台にされた。

 

お前はフランドールの成長を止めさせた。

会話もろくにせず、孤独な地下牢で彼女の精神が痩せ細り、壊れていくのを待った。

自分の価値は妹とのシーソーゲーム、天秤の分銅が重くなるほど、それに比例して自分の【格】は上がる……………

そうやって、君は溺れていった…【優越】の悦楽の海に。

その陰で実の妹が、孤独と自己嫌悪に苛まれ、取り返しのつかないほど鬱屈し歪んでいくのを知りながら…………」

「…………くっ…………………う………………」

吉影の推論を、レミリアは否定する言葉が出なかった。

自分ひとりでは何も出来ない、ただ感情の赴くままに行動する幼すぎる妹。

そんな彼女に頼られ、すがられ、少し良い目を見せれば喜びに尻尾を振る…………自分に似通っていながら自分より劣る、【劣化品】。

これほど彼女の【自尊心】を奮わせる存在など、存在するだろうか。

そんな想像を巡らせたレミリアは、成長を止めさせ、その倒錯的な満足感に浸っていたのではあるまいか。

紅霧異変の後、館の内部を開放したことから、それは無自覚だったのかもしれない。

だがそうした思惑が無ければ、何世紀にも渡って地下牢に閉じ込めていた事の説明がつかない。

心当たりはある。だが、言えるわけがない。

無意識のうちに妹を見下し、自分を引き立てる【装飾品】のような感覚で接していたなどと、言えるわけがないのだ。

「……………う………………

……ううっ…………くっ……………」

レミリアの目に、涙が滲む。涙が頬を伝い、地面に落ちる。

「う………っ……ぐすっ……

…うえっ…………ああああ…………………

ああああああああああああああああああああああああああああああああ……………………」

細かな硝子の破片のように、五世紀もの間知らず知らずのうちに彼女の胸に刺さってきた【罪の意識】、その傷口が一斉に生傷となって顕れ、彼女の胸を引き裂いた。

レミリアは膝を折り、身体を折り畳むようにして倒れ込むと、大声をあげ泣き出した。慟哭し、嗚咽し、顔を両手に埋め、泣き叫んだ。

 

「…………血とは魂の通貨、命の貨幣、意志の銀板…………彼女と血をやり取りするうちに、魂を共有し過ぎてしまった…………わたしにも、彼女に対する情というものが出来てしまっている。

お願いだ【レミリア・スカーレット】、早まるな。

【フランドール】と君……両方の立場を客観的に正しく理解しているのはこのわたしだけだ………その【禍根】を残したまま、彼女を【不幸】にしてはならない……わたしは君たちと戦いたくない……………わたしのこの体の中の【束縛】を解いてくれ…」

レミリアが少し落ち着いたタイミングで、彼は彼女に語りかける。

「――――――――――――――――――

―――――――――う―っ―――

――ぐすっ ―――――――

――んっ………くっ…………

… ハァッ………

――――――――――――――――――

―――――――――フランとの【契約】と……、咲夜と美鈴の【運命】を………解除してくれると言うの………?」

涙に濡れた顔を上げ、すがるように掠れた声で問う彼女を見て、吉影は厳かに宣言した。

「約束する。」

「無事で無傷のまま三人を…………!!」

「約束する。」

「そしてそのままわたしたちを……帰してくれるというの?」

「約束する。誰にも報復はしない…………全てを無かった事にすると誓う。今後君らに決して手は出さないし、行きたい所へ行けばいい。フランと話しをしたければするといい。わたしが間にたって、彼女をなだめよう。

わたしは【五体満足】で【後悔無く】この世界を去りたいだけ………ただのそれだけだ………」

吉影の言葉に、レミリアは啜り泣きながら追求をする。

「―――――――――貴方は【正しい人】なの…………?………信じたい…もしかして【いい人】なのかも?と…信じたい。私の行動の方が【悪】なのかもしれないと……

…でも【保障】がない……貴方は外来人、その【拘束】を解いて【自由】になった途端、【騙し討ち】をしてくるかもしれない。【契約】を破棄する前に……今度は別の【契約】や【命令】をフランに吹き込むかもしれない。私達の………【安全の保障】なんて………どこにもないっ…………!」

「…………わたしは【誓う】と言った。『嘘偽りをしない』と【誓約】した。わたしが口にして誓った事が破られる時、君の【悪魔の血】はそれを察知する…………【報復】は決してしない。」

吉影の返答に、しかしレミリアは首を振る。

「ダメ………駄目よ…………それだけじゃ駄目なの………

吸血鬼が姿を消した理由………それは【外の世界】での科学の台頭………

…でも、それだけじゃない………ヴァンパイアハンターが優れた【詐欺師】だったからよ…………悪魔にとって【契約】は絶対、でも人間は一方的にそれを破れる。

【担保】を【魂】にしたり【大切な者の命】にしたりしても、ハンターはその【制約の隙間】を潜り、次々と吸血鬼を狩っていった………

…どんな【契約】にも、必ず【隙間】がある………『嘘を吐かない』というだけでは、信用する事ができないの……………

貴方が絶対に私達を傷付けないというのなら、それを私に『信じさせて』よ………っ!!貴方が【いい人】だという事を……力と才能のある【うそつき】じゃなく…………【正しい道】を行く人間であるという事を………今!ここで私を説得してみせてよ……ッ!!【誓い】を守る正しい人間である事を私に説得できたら、喜んで【拘束】は解いてやるッ!!」

込み上げる感情を、抑えることができなかった。大粒の涙を流し、レミリアは吉影に向けてそう叫んだ。

「―――――――――フランに……………償いたい…

貴方が【いい人】だという事を信じられたらどんなに素晴らしいかしら……………

【あの娘】ともう一度、お話したい………みんなを無事に帰したい……………

……私に貴方を信じさせて……………………」

顔をくしゃくしゃにして、レミリアが絞り出すように言った。それは彼女の心からの【懇願】であった。

吉影は暫し沈黙し、ゆっくりとその口を開いた。

「……………………わたしは君たちを始末しようと思えば、いつでも殺す事はできた………【親父の写真】で【爆弾】を送り込んだり、館の中を【洪水】で溢れさせたり………さらに言えば、フランに『わたしへの【絶対忠誠】』を誓わせ、【バイツァ・ダスト】を仕掛ければ、君たちを全く無抵抗のまま爆死させることだって可能だった。

やらなかったのは………単に私が【闘い】の嫌いな性格だったのもあるが…………

…フランドール……彼女の事を考えてだった。

 

………ある日、【幻想郷】から出る手段を考えていた頃、ふとわたしは彼女に訊ねた。

『もしわたしが居なくなったら、君はどうするか』、と。

彼女は無邪気に微笑んで、こう答えたよ………

『貴方が居なくなったら、わたしも一緒に居なくなってあげる』……

……と………

 

……彼女は………本当に自分では何もできないんだ………

【契約】がどれほど重いものなのかも、いくら教えようとしても理解していないようだった………

わたしがいなければ、生きようという考えも失ってしまう…………

わたしが【外の世界】に帰ってしまえば…………おそらくフランは日の光の中に身を投げて死ぬ。

だがレミリア、君が彼女の支えになってくれるなら、彼女はきっとわたしが居なくなっても生きていけるだろう。

わたしはこの世界の【フランドール】を幸運の女神と感じている。

大切に思っている。

【バイツァ・ダスト】が決定した君の従者二人の【運命】も…まだ続いている彼女の【契約】も、わたしが【解除】できる。

幸運の女神に誓ったのだ………【フランドールの幸福】は決して壊しはしないと…………!!

わたしは一度口にして誓った事は必ず実行する。

君たちに『報復しない』と誓ったなら、『決してしない』」

もう一度、彼は厳かに宣言した。

「………わたしも彼女と同じように………肉親に【監禁】されていた時があった……老いた自分にできた一人息子を【独占したい】と思ってしたことだったそうだが、母はわたしを愛してくれていた。死んでからますますそう思うようになったよ………………

彼女からわたしは【母の愛】と【平穏を享受する心】を学んだんだ。わたしの原点だよ………親父は幽霊としてこの世にいるが、すでに母は【他界】していなくなってしまった。どこかにいるのではないかと、何度も探したがね…………会えるものならわたしももう一度、母に会いたい…………」

悲しげに、吉影は目を伏せる。

目の端で満月の光の中、キラリと光ったものがあった。

吉影は麻痺した左腕に目を落とし、その手首に着けたもう時を刻まない、ひび割れた【腕時計】を、レミリアに示した。

「これは……わたしの母の【かたみ】だ。わたしの入社祝いにと、買ってくれた…………今はもう壊れてしまっているが、わたしの心のささえだ……いつも持ち歩いている……

このかけがえのない大切さは、誰にも理解できないものかもしれないが、この亡き母の【腕時計】にかけて誓う。

レミリア、『決して報復はしない』。全てを終わりにすると誓おう。

500年の孤独から、あの娘を救ってやろう。

500年の過ちを、償う機会を君に与えよう。

君と君の妹との間にできた500年の亀裂を、わたしが埋めてあげよう。誤解もすれ違いも、わだかまりも、軋轢も、全て取り払えるようわたしが協力しよう。

ただ、その代わりに………………わたしがこの世界を去る、最後の時に―――――――――彼女に『さようなら』を言うことを許して欲しい。わたしが彼女の傍にいられたのは、ほんの数日間だったが………その【絆】は彼女にとっても、わたしにとっても、かけがえのないものだった………彼女と寄り添って生きていくことができないことを……………わたしの口から……謝りたいんだ…………………」

レミリアの泣き腫らした紅い瞳を、吉影は真っ直ぐに見つめる。

「―――――――――ハァ―――――――――――――ひく――

――― ハァ ―――えっ――――――ハァ……………………」

涙を流ししゃくりあげながら、レミリアは彼の目を覗き込んだ。ダイヤモンドのように【堅い決意】の宿った目だった。

「…………

どうする?レミリア…………【取引】の決定権は…あくまでも君にある。

だが正しい決断をお願いする!この【拘束】を止めるのだ…わたしの身体を、魂を、【自由】にしてくれ。」

「――――――――――――――――――……………………………」

ガクリ、とレミリアが項垂れた。もはや夜の女王としての心は崩落していた。そこに在るのは、自責の重圧に押し潰され、己の無力さに打ちひしがれる、ただのいたいけな少女の姿だった。

「…………………

………………私は一度だって…………自分の妹の事を貴方のように【幸せ】にしてあげようと努力した経験なんてない…

だだの一瞬も……

たとえこのままだと永遠に彼女は【不幸】なままって分かっていても…私はあの娘を【自由】になんて決してしたりしないでしょう………貴方の方が…【正しい道】なのかもしれない…………少なくともここにいる私よりは……人として【正しい道】を歩いているわ………………」

顔をあげ、涙を拭うと、レミリアは吉影と目を合わせる。

「……………………………………レミリア………………」

吉影の表情が、穏やかに和らいだ。

「……………お…………………お嬢様……………………?」

気絶した妹紅を抱え黙って【取引】を見守っていた美鈴が、不安そうな声で遠慮がちに呼び掛けた。

「……………貴方を…………信じるわ…………吉良吉影…………

…私は…貴方の【誓い】を今…………100%信じるわ……………」

掠れ、涙混じりの声色で、レミリアは彼に向かいそう言った。

「―――――――――お嬢様」

今まで沈黙を守り二人の【取引】を注視していた咲夜が、突然沈黙を破った。

「……止めないで…っ………咲夜………私にはっ…こうするしか……………」

嗚咽し、レミリアは彼女を制止する。もはや闘う意思など、ひとかけらも残っていない。五百年の咎が心を折り、誰が見ても再起不能の状態だった。

「―――――――――」

十六夜咲夜は、地面に突っ伏し泣きじゃくる主の姿を、暫し見つめていた。

と、彼女は足を進めた。主に向かって、ゆっくりと歩み寄る。やがて、レミリアの傍らに立つと、足を止め、彼女を見下ろした。

「……………………咲夜ぁ……美鈴……………ごめんなさい………こんな…情けないことを晒してしまって…………

…みっともないでしょう………失望したでしょ……………?

でも………これが…本当の私なの…………私は……最低ね………何の罪も無い実の妹を、自分の都合で閉じ込めて………罪を重ねさせ、あの娘を狂人に仕立て上げて…………500年も、その事に自分で気付かなかった…………これが最善の方法だと、あの娘を守るためだと、自分すら誤魔化して………

…………今だってそう………また理由をつけてフランを押さえつけて、強引に私の下に置いておこうとしたわ……こんな姉のところなんて、離れたいと思うのが当然でしょうに…………私は、本当に……最悪の姉よ……………」

あとからあとから、後悔の言葉が口をついて出てくる。泣き崩れ、慟哭する主人を、咲夜はじっと黙って見つめていた。

 

 

 

BGM 天野月子『蝶』

 

 

 

と、

 

「――――――――――――――――――

―――――――――っ………………?」

不意に涙に濡れたレミリアの顔の横に、暖かなものを感じた。

十六夜咲夜の横顔が、そこにあった。

牙の折れた夜の女王を、敬愛する少女を、彼女は優しく抱き締めていた。

「…………………お嬢様、貴女はいつも、妹様の事を気に掛けてなさいました。」

慈愛に満ちた声で囁き、震えるレミリアの背中を撫でる。

「お食事の時も、おやすみの時も………お嬢様はフラン様の事を心配していらっしゃいました。残さず食べたか、お元気そうだったか、きちんと眠られたか、うなされていないか………

私がお嬢様にお仕えした時から、貴女はいつもフランお嬢様の事を気遣っていらっしゃいました。

あの毎日のお言葉を、お嬢様は偽善から出た嘘だと仰るのですか?私はそうは思いません。お嬢様が否定なさっても、私はよく理解しております………貴女は確かに、貴女の妹を愛していらっしゃいました。

でも…………、お嬢様、人の愛情というものは、言葉で伝えなければ分からないものなのです。我儘で、高飛車で、子供っぽくて………そんなお嬢様のお側にいられるのは、パチュリー様や私、美鈴のような、貴女を理解出来る者だけでした………幸か不幸か、そのためにお嬢様は気持ちの伝え方が分からなかった…………ことの始まりは、只それだけなのです。」

泣きじゃくる我が子を抱く母のように、咲夜はレミリアの髪を撫でる。

「………で………でも…………っ…

…いったい何を伝えればいいというの…………?館を出る時も、私はあの娘に酷い仕打ちをしてしまった…………私にはもう、あの娘に合わせる顔がないの…………」

咲夜の腕の中で、レミリアは呟く。

「本当の事を、伝えるのです。貴女の心を、嫉妬を、苦悩を、後悔を、謝罪を、願いを、想いを…………貴女の全てを、包み隠さずお伝えするのです。」

咲夜はレミリアから身体を離し、正面から彼女と目を合わせる。非難がましさの無い、澄んだ瞳。

「………無理よ……………あの娘は私を恨んでいるわ…………赦されるわけないもの…………」

弱々しく首を振り、レミリアは涙の溜まった瞳で咲夜の目を見つめる。

「………お嬢様、フラン様は貴女の、たった一人の妹でしょう…………?フランお嬢様を孤独から救ってあげられるのは、あの男ではありません、お嬢様だけなのです。

………ですから、フラン様に今までの所業を償いたいというなら、貴女が自分の口で言うのです。このように、目と目を合わせて、抱き締めて……フラン様の500年の孤独を、忘れられるほどに、彼女のために尽くす事を誓うのです。そうすれば、きっと心が通じる筈です。理解してもらえる筈です。」

もう一度、レミリアを抱きすくめる。その純粋な暖かさに触れ、罪の重圧に鉛のように冷たくなったレミリアの心を氷解させた。

「……………………う………

……………うう………っ………」

涙が頬を濡らし、咲夜の胸に落ちる。

「うう………………うえ……っ………うええぇ……………あああ………………

ああああ……………………………………ああああああ…………………」

レミリアは、決壊した。

それは、彼女が500年間堪え続けてきた涙だった。

 

 

レミリアの嗚咽を胸元に聞き、咲夜は優しくレミリアの背中を擦る。我が子を慰めるように。

―――――――――やがてレミリアが落ち着くと、咲夜は言葉を紡いだ。

「―――――――――お嬢様、ヤツの思惑を打ち破る方法が、一つだけあります。

奴の生き血を、フラン様に飲ませるのです。奴が妹様の【眷族】となれば、【契約】は無効………私たち三人の、誰一人欠けることなく、事態を収束できます。

ただし、フラン様にこの事を伝えるのは…お嬢様、貴女です。貴女の口から、伝えるのです。できますか……………?」

咲夜はレミリアに問いかける。だがその目は、答えを確信していた。

「―――――――――――――――――――――――――――

………………ええ」

レミリアが立ち上がった。涙を拭い、かしずく咲夜を見下ろす。

「勿論よ…………もう、目を背けたりしない。帰ったら、あの娘に伝えるわ。今までの事も……………」

吉影に目を向ける。その瞳に既に迷いは無かった。もう暴君でも弱々しい少女のものでもない、【覚悟】を決めた、聡明な名君の目だった。

「【交渉決裂】よ……貴方に屈したりはしない。今直ちにその首、斬り落とす。」

バヂバヂィ――ッ―――――――

レミリアの左手に、深紅の魔力が収束する。渦を巻き形を成し、【スピア・ザ・グングニル】へと変貌する。

「お前に感謝はしない…………お前がやった事は、ただ血であの娘の気を引いただけ………『嘘偽りはしない』『フランの幸せを願っている』と言ったけど………きっと『魂を共有した』ために、自分でもそう『思い込む』事が出来るようになっているのよ。どこかにほんの少しでもその気持ちがあれば、他にどんな邪な考えがあっても【契約違反】にはならない。貴様は結局、何もかも自分の【平穏】とやらのために他の全てを利用し顧みない【ゲス野郎】…………

でも、貴方のお蔭で私自身の過ちを知ることができた………その点を考慮して、少しだけ尊重してあげる…………痛覚が追いつく前に速やかに、息の根を止めてあげるわ。」

躊躇の無い動きで、【グングニル】を掲げた。

 

「―――――――――レミリア…………人間というのは、能力に限界があるものだ。」

死を目前にし、突然、吉影は独白を始めた。

「…………時間稼ぎのつもりね。でも、【運命の時刻】まで、まだ5分以上もある………どちらにせよ、お前はすぐに殺す。私の【尊重】を損なう前に、悪足掻きはやめなさい。」

レミリアは【グングニル】を構えようとする。だが、吉影は淡々とした口調で独白を続ける。

「わたしが短い人生で学んだことは…………人間は策を弄すれば弄するほど予期せぬ事態で策が崩れ去るということだ!……………

…………だが……わたしは人間を止めるつもりはない。人にすがらねば存在すら出来ず、こんな箱庭に閉じ籠り未開人共をビビらせ威張り散らして悦に入るような………そこら辺のナンパ道路(ストリート)や仲良しクラブで『ブッ殺す』『ブッ殺す』と大口叩いて仲間と心を慰めあっている負け犬どもみたく【か弱い】存在になど、絶対に成りたくないね………

人間を超える存在を【味方】にしなければな……」

吉影はここで一旦言葉を切り、何呼吸かおいて、言葉を繋いだ。

「ところで…………

……【あれ】は確か3596秒前……いや、3598秒前だったか………

……まあ、君たちにとっては…………」

吉影の口角が、つり上がる。

「二秒後の話だ。」

 

ボンッ

 

「――――――――――――――――――

………え……………?」

咲夜のスカートの裾が爆発し、彼女の足を抉った。腰に繋いだ【懐中時計】の鎖が切れ、吹き飛ばされる。

咲夜が膝を折り、地面に倒れ込む。

「さっ、咲夜ァァァ!?」

突然の事に、レミリア、美鈴が叫ぶ。

「二人が『【爆死】する【運命】』にばかり気をとられ…………より深く【運命】を覗き込む事はしなかったようだな…………え?レミリア・スカーレット……………」

口元を歪め、吉影はほくそ笑む。

「まあ、気付かなかったのも無理はない………咲夜のスカートの裾にナイフの刃が刺さり爆破した時、咲夜は時を止め裾を切り落とし脱出していた………認識できず、実害も無かった攻撃………注意を払う方がおかしい。」

「さっ、咲夜さんっ!?大丈夫ですか!?」

妹紅を放り出し、美鈴が駆け寄ろうとするが、

「美鈴っ離れなさい!」

咲夜の叫びを聞き、反射的に後ろに飛び退く。その瞬間、

ドスドスドスッ

咲夜の全身の服から、無数のナイフが飛び出した。

「あああああああァァァァァァ!」

全身にナイフが突き刺さり、咲夜は絶叫する。

「お嬢様っ!」

【グングニル】を構えていたため反応が遅れたレミリアに襲い掛かるナイフを、美鈴は全て叩き落とす。

と、吉影の側に浮いていた【写真】から、本棚が中身をぶちまけて一斉に倒れ、揉みくちゃにぶつかり合う轟音が聞こえた。

「十六夜咲夜…………承太郎の【スタープラチナ】ですら数秒が限界の【時間停止】をほぼ無制限に使え、常時紅魔館内部の空間を拡張できるほどのパワー…………やはり【秘密】があったようだな………その【懐中時計】………」

【懐中時計】から離れた事により、空間を拡張して仕込んでいたナイフが弾け飛び針鼠のように無惨に突っ伏す咲夜を尻目に、吉影はヒョイと腕を動かす。

「地下図書館の空間拡張も途絶え、パチュリー・ノーレッジが本棚の洪水に押し潰された。もうわたしを縛り付ける者はいない。

そして…………このあと十数秒もすれば咲夜は【酸素中毒】で再起不能となる、が…………」

吉影が声を張り上げ、【相棒】の名前を呼ぶ!

「戻れ!【キラークイーン】ッ!!」

ズギュウゥゥンッ!

レミリアの身体から【キラークイーン】が飛び出し、宙を舞う【懐中時計】をひっ掴むと、吉影の下へ飛び去る。同時に、吉影は懐から別の【写真】を取り出し、中に手を突っ込んだ。中から抜き取ったのは、【ミイラ化した左腕】と、丸い頭と何十本の管を持つ蛸のような【マント】。

 

BGM 平沢進 『Forces (God Hand Mix)』

 

ズズズズ―――――――――

【ミイラの腕】は彼の左腕に入り込み、すっぽりとおさまった。【マントのスタンド】も彼の肩にぴったりとへばりつき、彼の全身に管を突き立てる。

ドオオオォ――――――z―――ン

【キラークイーン】が彼の背後に戻り、【懐中時計】を放り投げる。

「【シアーハートアタック】!」

吉影の呼び声に応じ、【シアーハートアタック】が空へと駆け上がる!

ガシィ!

【懐中時計】をくわえると、ゴクンと呑み込み、博麗神社上空へと飛び上がっていった。

「くっ………!」

レミリアは振り向きざまに満身の力を込め【グングニル】を放った。

亜音速まで加速された真紅の神槍は瞬きする間もなく吉影に迫り―――――――――

ズバシャッ

―――――――――彼の右肩を掠め、飛び去っていった。

「(ッ!?は、外した……?)」

 

19:32:50―――――――――

 

「―――――――――っ!?)」

気が付くとレミリアは、【グングニル】を構え硬直していた。

「えっ…?えっ!?」

吉影の右肩を抉った傷も、完全に消えていた。

「(な、なに今の…………!?奴に命中させる【確信】がないっ…!)」

レミリアが戦慄を覚えていた時、美鈴の叫び声を聞いた。

「お嬢様!お気をつけ下さいっ!奴の【左腕】に…【何か】が入っていきました!!此の目で見たんで………………す―――――――――」

美鈴の声が、尻すぼみに小さくなり、消え失せた。

「―――――――――『わたしは…………ヘルメスの鳥………………』」

立ち上がり、吉影は低く戦慄く声で、唄うようにそう言った。

 

―――――――――ゾォッ――――――――――――――――――

 

 

レミリアが、美鈴が、硬直する。心臓を冷たい手で撫でられるような、筆舌に尽くしがたい【恐怖】が、彼の【左腕】から発せられていた。

「…………『わたしは自らの 羽を喰らい』―――――――――」

彼が声を張り上げた時、

「うああああああああああああァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

考えるより先に、身体が動いていた。

美鈴が全身の【気】を集中させ、最大威力の弾幕を放った。

弾幕が着弾し、吉影の心肺が停止する。

「ここにいる全てが感じたのよ!!

『恐ろしい事になる』とッ!!

この化け物を倒してしまわないと!

恐ろしい事になると!!」

超高速で飛翔し、レミリアは吉影の止まった心臓に【グングニル】を叩き込んだ。

ドッドオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォ―――――――――!!

レミリアに引きずられるようにして、吉影の身体は宙に浮く。

「ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!!」

吉影の胸を貫通した【グングニル】を、力の限り投げ飛ばした。

超至近距離から放たれた【グングニル】は人智を超えたパワーで吉影の身体を通り抜け、彼の全身を粉々に爆砕した。

 

ドグチャッ――――――――――――――――

 

バラバラになった吉影の四肢は、かつて彼の胴体であった肉片と血溜まりの中に、肉質的な音をたてて落ちた。

 

「―――――――――

――――――ハァ―――ハァ―――――ハァ――――」

荒い息を吐き、レミリアは地面に降りる。

「ハァ――――――ハァ―――………

な……なんだったの……?あいつのあの【気配】………あれじゃ…あれじゃまるで…………」

頭を振り、レミリアは無理に思考を切り替える。

「―――――――――やめるわ…もう終わった話…………奴は何かしようとしていたけど、そのまえに殺すことができた……それで十分よ………

……それより………奴が死んだ事によって、フランの【契約の履行】が始まっているはず……パチェが倒された今、すぐに彼女を説得しないと、取り返しのつかない事になるわ。早く奴の血を――――――――」

吉影の血を集めようと、足下に目を落とした時だった。

「……………っ?」

ふと、レミリアは地面に転がる吉影の【左腕】に目を落とした。肩の辺りから千切れ飛んだそれは、グシャグシャの傷口から血を溢れさせていた。

その血の跡が、奇妙な形をなしている。何か文字のような―――――――――

 

―――――――――『かいならされる』―――――――――

そう読むことができた。

 

―――――――――キュラキュラキュラ・・・・・・・・・・

――――――【カチリ】

博麗神社上空、【シアーハートアタック】の体内で、作動音が鳴った。

 

19:32:56―――――――――

 

 

次の瞬間、

「っ!?!?」

彼女の足下にひろがっていた筈の、血と肉の海原は、忽然と姿を消した。何が起こったか把握する間もなく、

ドグシャァァァ

 

「―――――――――え?」

レミリアが目を落とすと、ショッキングピンクに輝く筋骨隆々の腕が自分の胸を貫いていた。

「お、お嬢様!?」

背後から聞こえる、美鈴の悲鳴。だがそれよりも近くにいる【恐ろしい存在】を、薄れゆく意識の中レミリアは感じ取っていた。

「……………【Bites The Dust -Channel to 0- (地獄へ道連れ 世は神次第)】」

レミリアの背後、【キラークイーン】の右腕を血の噴き出す彼女の胸の穴に突っ込み、吉影は呟いた。

「もはや【キラークイーン(緋色の女王)】でもなければ【スカーレットデビル(紅い悪魔)】でもない・・・・

完成した能力は手に入った」

【キラークイーン】の右手の指先で、レミリアの身体に触れた。

 

ドグオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ―――――――――!!

「お嬢様ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ―――――――――!!

―――――――――――――――――――――――――――」

 

レミリアの身体が爆ぜる轟音、美鈴の悲痛な絶叫が、博麗神社の敷地に木霊した―――――――――

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

キリストは勝ち

 

キリストは支配し

 

キリストは

 

キリストは君臨する

 

ヨハネ・パウロ二世

 

最もいと高き司教たる天下世界の教皇に

 

無限の平和と

 

生命と救いあれ

 

および彼に委ねられた

 

全ての聖職者に

 

無限の平和と

 

生命と救いとあれ

 

 

 

 

ED ~SOUND HOLIC~ 『the way we lost』

 

 




●次回予告


絶対に生き延びる―――――
吉良吉影の執念に『遺体左腕部』が呼応した。
『遺体』の力と『マンダム』、『咲夜の懐中時計』が彼を新たな段階へと引き上げ、物語は最終局面へと向かう。
『運命』が笑うのは、吉影(外の世界の殺人鬼)か、レミリア(幻想郷の吸血鬼)か

次回、~吉良吉影は静かに生き延びたい~第二十二話『吉良の世界―Last One Channel to 0―』



後書き
吉良吉影の新たな能力【Bites The Dust -Channel to 0- (地獄へ道連れ 世は神次第)】。
名前の由来は【the way we lost】の歌い出し『巡る時間(とき) Channel to 0 to the... 全てが壊れるその前に』、和名(?)の由来は【Another One Bites The Dust】の邦題『地獄へ道連れ』、他は『旅は道連れ世は情け』『地獄の沙汰も金次第』『地獄に仏』…などのことわざ。
【Damned DoomsDay Clock(くそ忌々しい終末時計)】、略して【D4C】――とかも考えましたが、さすがに【厨二臭】が過ぎるので断念しました。

次回、【Bites The Dust -Channel to 0-】が猛威を奮い、レミリア達四人と死闘を繰り広げます。
今回の第十五話の「咲夜のスカートの裾爆破」の伏線回収のように、いくつもばら撒いておいた伏線を一気に畳もうと画策しています。
極めてややこしい構成となることが予想されますが、吉影の一騎当千の戦いぶり、レミリア達の結束と覚悟、是非ともご期待ください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。