【第一部】~吉良吉影は静かに生き延びたい~/【第二部】~Saint Babel Run~ 作:どくたあちょこら~た
今回、かなり残酷な描写がございます。ご注意下さい。
バヂバヂィッ!
【キラークイーン】の指が咲夜に触れようとする寸前、突如吉影を閃光が包み、電撃に撃たれたような衝撃が全身を駆け巡った。
「な………あッ…ッ!?」
身体を仰け反らせ、吉影は硬直する。
【キラークイーン】もその空間に縫い付けられたかのように、微動だにできない。
「くっ………
こ…っ、これ……ッ…は………ッ!!」
鉄の棺の中に閉じ込められたように、強烈な重圧に縛られ身動きできない吉影は、辛うじて瞳だけ動かし、【それ】をみた。
「まあ、酷いこと。
天人の地震騒ぎの時の比じゃないわね。
地盤や植林から修理していかないと。
いっそ、里の傍にでも移転したらどうかしら?
参拝者も増えるわよ。」
日傘を差し、金髪を夜風に靡かせて、優雅に佇む妙齢の美女。
彼女の後ろには黄金色の九本の尾を持つ女が、咲夜と【ストレイ・キャット】を抱え控えている。
「う………
うう…………う…
吉影………吉影ェェ…………」
その女性の後ろには、全身バラバラにされ、輪切りのハムのように成り果てた吉良吉廣が、半透明で妖しく紫に光る結界の中に無造作に放り込まれていた。
「(親父……ッ!!)」
ギリッと歯を軋ませ、凶悪に表情を歪める。
スッ―――――――
金髪の美女が指で空中を撫でると、空間が割け、中から【シアーハートアタック】が飛び出した。
「コッチヲミロォ~!」
美女に向かって突進しようとするが、空間の裂け目が【シアーハートアタック】を挟み、動きを封じる。
美女は人差し指と中指を立て、【シアーハートアタック】を斬るような仕草をした。
シッパアァァァ―――――――ン
空条承太郎の【スタープラチナ】の、『オラオラのラッシュ』でも砕けなかった【シアーハートアタック】が、バラバラに切り裂かれた。
ブシャァッ――
【シアーハートアタック】のダメージがフィードバックし、左手甲がサイコロステーキのように切り刻まれ、抉れ飛んだ。
「ぐううゥ……ッ!?」
ぽっかりと穴があいた左手甲は、十字架に釘で打ち付けられた【遺体】のそれとぴったり重なっていた。
まるで、【あの御方】の救済劇をなぞるように、これから吉影にも降り掛かる【受難】を予言しているかのようだ。
紅い華の如く弾けた血飛沫が指先まで飛散し、滴となって手首に伝う。
【シアーハートアタック】の体内から【咲夜の懐中時計】が落ち、開いた空間にキャッチされた。
空間は咲夜の上に繋がり、【懐中時計】は彼女の胸の上に落ちた。
「バカ言わないでよ。
ここから神社を移動なんてできないことくらい、貴女が一番分かってるでしょ?」
美女の前に歩み出た少女を視認して、吉影は愕然と表情を強張らせる。
―――――――紅いリボン、
紅白を基調とした衣装、
どうやってくっついているのか不明な袖、
右手に握った祈祷棒、
神技『八方鬼縛陣』で吉影を拘束し、養豚場の豚を流し見るような目で、博麗霊夢が彼を睨んだ。
―――――――――――――――――――――
――――――――――――――
~吉良吉影は静かに生き延びたい~
第二十六話 メシアの影―C.h.a.o.s.m.y.t.h.―
OP♪ Epica 『sancta terra』
―――――――――――――――――――――
――――――――――――――
――――――――それはただ
こう言われるものだった
――――――――【絶望】と――――――――
無惨に倒れ伏すレミリア達も
ガヤガヤと口々に騒ぎ立てる魔理沙や命蓮寺の連中も
彼の最終の目的であったはずの博麗霊夢でさえも
何一つ目に入らない
神技『八方鬼縛陣』に雁字絡めに拘束され、微動だにできない吉影の視線の先
恐怖に揺らぐその瞳は、吸い込まれるように、ただひとつの存在を映していた
日傘をさし、優雅に微笑を湛え、彼を見据える、妙齢の美女―――――――【八雲 紫】
彼女の気配を間近で受け、吉影は、即座に理解した。
「(―――――――ああ
駄目だ
殺される―――――――)」
全身を氷柱で貫かれたような
身体中を針金で縫い付けられたかのような
背骨に鉄芯を通されたかのような
震えさえ起こらない、圧倒的な重圧
彼の宇宙の一切合切が、その絶対応報に頭をあげたかのようだった
自身の未来を知った吉影の風貌は、一瞬にして百余年が過ぎたかのごとく変わり果てた。
「(――――――――なんだ…………
【あれ】は………
なぜ……このわたしが………
『植物のような平穏な人生』を望む…このわたしが………
【こんなもの】と相対しているんだ………)」
【これほどの脅威】が、この世に存在する事を知ったなら
その時点で【平穏な人生】など望むべくもないことを確信する
そんな絶対の【恐怖】
偉大な科学者パスカルの言った有名な言葉に、以下のようなものがある。
『人間はひとくきの葦にすぎない。
自然の中で最も弱いものである。
だが、それは考える葦である。
……蒸気や一滴の水でも彼を殺すのに十分である。
だが、たとい宇宙が彼をおしつぶしても、人間は彼を殺すものよりも尊いだろう。
なぜなら、彼は自分が死ぬことと、宇宙の自分に対する優勢とを知っているからである。
宇宙は何も知らない。』
とんでもない稚拙な屁理屈だ。
彼が【この存在】を目の当たりにしたなら、あまりに浅い見識を交えた冒涜とも言える世迷い言への償いとして、或いはその場で首を括った事だろう。
【それ】は、『考える宇宙』――――――――
人智など【それ】の前では歩き回りのたうつ陽炎にすぎない。
『悪の救世主』、
『恐怖の大王』、
『這い寄る混沌』、
『メシアの影』、
果ての無い【深淵】が、吉影を覗き込んでいた。
涙、汗、涎、鼻水、顔から出るものを全て流し、死人のように光の無い瞳を剥いてうちひしがれる吉影の姿は、幾星霜の時を経たかのように、一瞬で干からびた。
一切の水分が抜け落ちたかのように、げっそりと痩け落ち、膝をつく。
【キラークイーン】の右手に握られていた【12.7mmM2重機関銃】が、ガシャンと音をたて地面に落ちた。
「……宝具『陰陽鬼神玉』」
吉影の異常な衰弱ぶりなど気にも留めず、博麗霊夢はスペル宣言し、詠唱を始める。
彼女が掲げた両手の上で、巨大な陰陽玉が形成されていく。
掠めただけでも肉が溶け、骨が灰と化す、本気の殺傷弾。
しかし吉影は、平生の彼のように迫る危機に対策を講じようとはしない。
身動きできないからではない。
そもそも、目に入っていなかった。
大妖怪、八雲紫の覇気を目の当たりにし、戦意を完全に消失していた。
勝てる筈がない。
逃げられる筈がない。
一抹の希望さえ見出だせない絶望の暗闇の中、突如彼に手を差し伸べたのは――――――
『………聴くのだ……
吉良吉影……』
「(――――――っ………!?)」
二度彼を救った、【あの御方】の言葉だった。
指先ひとつ動かせない吉影の背後、光り輝くような神々しい気配が佇み、言葉を授ける。
『…吉良吉影………
心するのだ……
「【全て】を敢えて差し出した者が、最後には真の【全て】を得る
ましてや、【自分の最も大切な者】を捧げたなら……」――――――
覚えておきなさい』
男の声でそれだけを告げると、気配は雲散霧消した。
ただのそれだけだ。
何もしない。
ただ、『預言』するのみだ。
状況は何も変わっていない。
…………………だが…………
ガギィッ!
たったそれだけで、十分だった。
「(――――――ッ…!
馬鹿か…ッ!わたしは……ッ!?)」
ギリギリと歯を食い縛り、吉影は霊夢を睨んだ。
生気の失せていたその双眸には光が宿り、凶悪な視線を紅白の少女にぶつける。
「(心などッ…!
何度も折られて来ただろうが…ッ!
その度にわたしは…!
繋ぎ合わせて、修繕して…ッ!
そうやって、ここまで来たのだろうッ…!?
来てしまったのだろうッ!!)」
生への執着と、不可避の死との境界で、かつてなく目まぐるしく働く吉影の脳細胞。
「(諦めるな…!
諦めが人を殺す!
【運命】はッ!
【あの御方】はッ!!
このわたしに味方してくれている!
まだだッ!
まだ【敗北】してなどいないッ!)」
盲人の目に突然光が宿ったように、吉影の思考は冴え渡る。
「(【八雲紫】……!
ヤツが出てきた時点で、【計画】は失敗……そのつもりだった…
だが…!ヤツの気配には【敵意】こそあれ、【戦意】【殺意】は無いッ!
ヤツが前面に出てわたしを葬ろうとしないなら……ッ!
【可能性】は…あるッ!!)」
にわかに射した光芒を見据え、吉影の心に【闘志】と【覚悟】の炎が揺らめく。
「(このためだ…!
このためだけに!わたしは何もかもひっくり返してかき集めて来たのだッ!
【奴ら】を打ち倒す勝率を限界まで引き上げるために!
【運】以外の全ての要素を塗り潰せるように!
【外】も【幻想郷】も引っ掻き回して、『勝てる手段』を引き摺り出して来たのだ!
今この時のためにッ!わたしは『あの時』咄嗟に残した!!
再び状況を回天させるための、『起死回生の仕掛け』を!)」
詠唱が終盤を迎え、霊夢が宝具『陰陽鬼神玉』を掲げる。
彼女の霊力を凝集した必殺の一撃が、吉良吉影に向けて撃ち出されようとしていた。
「(早く……!早くだ…ッ!
【あれ】が作動すれば、戦局は一気に逆転する!
あの瞬間、その可能性に賭けたのだ!)」
霊夢が詠唱を終え、宝具『陰陽鬼神玉』を力一杯投擲した。
『陰陽鬼神玉』は陽炎を靡かせながら弧を描き、吉影の脳天に迫る。
襲い来る退魔の鉄槌を、拘束された吉影は祈る思いで凝視する。
「(『間に合え』――――――ッッ!!)」
ポンッ―――
宝具『陰陽鬼神玉』が吉影の頭を砕く寸前、張り詰めた空気を通って軽い破裂音が響いた。
咲夜に触れようと振り上げていた吉影の左手の甲、【シアーハートアタック】が切り刻まれたことによりポッカリ口をあけた穴。
そこから流れ出し伝い落ちた血が、固まっている。
そして、その先端は【腕時計】の竜頭に伸び――――――
【第一の爆弾】に変えられていた【血】が固体化したことによって、爆発し竜頭を回す。
吉影の仕掛けた血の『時限爆弾』によって【マンダム】が発動し、時間が『六秒』巻き戻された。
ドオォォォォ―――――z――ンンン……
BGM♪ K2 SOUND 『Playback more』
「――――――え……っ?」
霊夢の口から、思わず疑問符が溢れた。
跡形も無く消滅させる筈だった吉影は相変わらず憎悪の視線を向けて来ており、逆に『陰陽鬼神玉』が一瞬の内に雲散霧消してしまったからだ。
「…え?
ええっ?」
霊夢は慌てて頭上を仰ぎ見た。
彼女の掲げる両手の上、形成段階の『陰陽鬼神玉』がそこにあった。
「なんだ!?
【陰陽玉】が霊夢のとこに戻ってるぜ!」
「しかも、小さくなってるような……!」
「時間が戻されたんです!
それがヤツの能力!
【肩】に羽織っているマントのような【スタンド】を破壊しないと、何度でも復活されます!」
魔理沙、村紗、美鈴が口々に声を上げる。
『陰陽鬼神玉』が小さい理由、それは『六秒前』であるために、詠唱が完了していなかったのだ。
宝具『陰陽鬼神玉』はまだ『未完成』の詠唱途中であるが、彼女はすでに詠唱を『終了』してしまっている。
ピキィッ―――
霊力供給が途絶えたため『陰陽鬼神玉』にヒビが走り、バラバラと崩れて消滅した。
さらに大規模な術を不自然に中断したために霊夢自身の霊力バランスにも綻びが生じ、神技『八方鬼縛陣』が崩壊を始める。
バヂバヂィッ
吉影を捕らえていた光の柱に、稲光のようにヒビが走った。
「(動けるッ!
今だッ!!)
うおおおおオオオオオオォォォ――――――ッ!!」
全身全霊を籠めて【キラークイーン】を駆動させ、『八方鬼縛陣』のヒビを抉じ開ける。
満身の力で地面を蹴り、一瞬の隙を突いて『八方鬼縛陣』の範囲から飛び出すと、空中で身体を捻り着地する。
刹那、両の眼で霊夢を睨み、懐から一丁の大型拳銃を抜いた。
――――――【ワルサー・カンプピストル】、全長245mm、重量 1.45kg、口径 26.6mm、装弾数1発。
拳銃型の【グレネードランチャー】。
銃口側から差し込む大口径で威力の高い榴弾が使用可能で、成形炸薬弾タイプも存在し、軽装甲を打ち抜くほどの威力を持つ。小型の対装甲車両兵器として使われた武器である。
銃などという外の兵器に関する知識は持ち得ない霊夢だが、持ち前の勘で『ヤバい』と直感した。
「夢符『二重結界』!」
咄嗟に【結界】を張り、迎撃態勢をとる。
「死ねッ!!」
西部劇の早撃ちのように瞬時に【カンプピストル】の照準を霊夢に定め、引き金を引いた。
ドンッ!
野太い銃声と共に、一発の【成形炸薬弾】が射出された。
【成形炸薬弾】は高速で飛翔し、『二重結界』に着弾する。
弾内の炸薬が爆発し、金属内の音速を超える速さの爆発が発生、スリバチ状の薄い金属の内張りの凹型の中央部に爆発エネルギーが集中する。
爆轟が進行して金属の内張りに達し、爆轟波により内張りは動的超高圧に晒されユゴニオ弾性限界を超える圧力に達した。
固体の内張りの金属が可塑流動性を持ち、液体に近似した挙動を示す融着体と呼ばれる金属塊に変化し、
スリバチの上方――――――前方に向かって、金属噴流が超音速で飛び出した。
パキィンッ
超高速の金属噴流は、『二重結界』を紙のごとく容易く貫通した。
さらに極悪の槍はその勢いを弱めることなく結界内部に突入、霊夢の胸を貫いた。
それら一連の現象は、所詮生身の人間である霊夢には到底感知できない一瞬の内に終了していた。
吸血鬼、鴉天狗、不死者、超人、人外の者共が集結したこの場で、誰一人認識できなかった刹那を、
弾丸を見切る【キラークイーン】を持つ、吉影ただ一人だけが、一部始終を目撃していた。
「【キラークイーン】ッ!!」
【結界】内に融着体が侵入し、霊夢の肉体を貫徹した瞬間、【キラークイーン】は右手のスイッチで『起爆』した。
ドグオオォォォォォォ――――――ッ!!
融着体が爆裂し、【結界】内の空間は爆炎に満たされた。
爆破エネルギーは狭い【結界】の中で反射し、内部を徹底的に破壊し尽くす。
ボォォンッ――――!
内部からの圧力に耐えきれず、霊夢御自慢の『二重結界』は粉微塵に弾け飛んだ。
「………えっ…?」
魔理沙、命蓮寺一同が認識できたのは、【カンプピストル】の銃声と発射炎、そしてそれらと同時に霊夢を呑み込んだ爆発だけだった。
「…………え……?
れ……、霊…夢…………?」
魔理沙は茫然と、崩落していく『二重結界』の破片と、立ち上る爆煙を見る。
「…嘘……だろう……?
あの……博麗の巫女が……」
ナズーリンが双眸を見開き、愕然と呟く。
満身創痍で倒れ伏すレミリア達も、ただただ言葉を失っていた。
吉影は【カンプピストル】を投げ捨て、即座に次の行動へ移る。
「(隙が生じたッ!
今が【チャンス】だッ!
誰でもいい!
【キラークイーン】を憑依させ、【バイツァ・ダスト】を発動させるッ!)」
立ち上がり、思考が中断している妖怪達の所へ駆け出そうとした、その時だった。
「ッ――――――!?
なにィ…ッ!?!?」
爆煙を引き裂き飛来した『陰陽玉』を、吉影は身を翻し咄嗟に避けた。
「(馬鹿な……!
確かに見たッ!
【メタルジェット】は奴の身体を貫通していた!
例え一瞬で【結界】を再発動したとしても、すでに体内に侵入した物体の爆発は防ぎようもない…ッ!
一体…何をした……ッ!?)」
吉影は【12.7mmM2重機関銃】を拾い上げ、立ち込める煙を睨み付ける。
「こ…これは……!?
きゃあっ!?」
レミリア、美鈴、妹紅、射命丸の真下の地面が裂け、【紫の空間】が口を開いた。
四人はその中に落下し、
「あぐゥっ!?」
「痛っ!?」
「ひゃうっ!?」
「むぎゅっ!?」
紫の背後に開いた【スキマ】から、妹紅、射命丸、美鈴、レミリアと吐き出され、折り重なるように地面に落ちた。
「い、痛たたたた……」
「ぐえぇっ!
お、重い……!ど、どいて…っ!」
無造作に放り出した四人を一瞥すると、八雲紫は吉影と爆煙に目をやり、
ビッ――――――
人指し指で空を切った。
次の瞬間、
「うおっ!?」
吉影と爆煙を閉じ込めるように、半径30メートルほどの【結界】が現れた。
【結界】は半透明の紫色で、ドーム状に吉影を囲い、他の一同から隔離している。
「おい紫、なんでヤツから私達を遠ざけるんだ?
全員で立ち向かえば、簡単に叩き潰せるだろうに……」
「ええ。
確かに、今の彼は弱っているわ。
これだけの手勢がいれば、瞬きする間に塵に変えることができるでしょう。
でも、万が一ということもあるの。
こちらの一人でも彼に捕まれば、彼は状況を指先ひとつで逆転できる。
そういう【能力】なのよ。
……それに、この【結界】にはもうひとつ意味があるわ。
『本気のあの娘』の巻き添えを被らないためよ。」
「なるほど……そりゃあ是非とも『必要』だな。
で、私らは何すりゃ良いんだ?
『ああっ!
あれは博麗霊夢の真骨頂その①、【無関心平等主義】!!』
とか言って、解説役に徹すればいいのか?」
霊夢の無事を確認し、安心と照れ隠しで、魔理沙は茶化しを入れて紫と会話する。
「自由にしてもらって構わないわ。
――――――ほら、早速出番のようね。」
魔理沙から目を離し、紫は【結界】内の煙に目を向ける。
魔理沙、命蓮寺、レミリア達一同も、視線を集中させる。
BGM♪ Linkin Park 『Breaking The Habit
「――――――ッ…!!」
爆煙が晴れ、視界が開けた時、その姿を目の当たりにして、吉影は戦慄した。
風も無いのにフワフワと紅いリボンと黒髪を靡かせ、宙に佇む霊夢。
その身体は、服は、埃ひとつ付いておらず、半透明に透けていた。
「おおっ!
ついに出たかっ!!
博麗神社一子相伝の秘技、奥義中の奥義、『夢想天生』!!
ちなみに、【ゴッドファーザー(名付け親)】は私だぜ!」
【結界】の外、魔理沙がノリノリで茶化す。
「(これが……!
博麗霊夢の【奥義】、『夢想天生』……!!)」
ギリッと歯軋りし、吉影は【12.7mmM2重機関銃】を構える。
現世の理から『浮く』ことで、他の一切を無視しすり抜ける、【無敵】の術。
レミリアの【霧化】した肉体を吹き千切り、妹紅の魂に触れられる【キラークイーン】でも、最早届かない高み。
前方には決して敵わない相手、四方は【結界】。
もはや万策尽きた。
逃れる術は皆無。
籠の中で火にくべられる鼠のように、逃れられない死を直視するしかない。
――――――だが、一度折れ補強された吉影の心は、再び折れることはなかった。
「(【無敵】だと……?
違う…【あの御方】がわたしに授けた【能力】でさえ、【無敵】ではなかったのだ……
こんな辺境の、一介の巫女ごときに、【あの御方】を超える力など持ち得るはずがない…!)」
吉影の目がキッと細められ、無重力に佇む霊夢を睨む。
霊夢の両目は閉じられ、口は静かに何かを詠唱しているようだった。
「(何かあるはずだ…!
『誰も気付かなかった【弱点】』が!
考えうる【可能性】は!
隅から隅まで徹底的に残らず洗い出し試みる!
この吉良吉影いつだってそうして来たのだ……
これまで乗り越えられなかった物事(トラブル)など……!!)」
【12.7mmM2重機関銃】を霊夢に向け、引き金に指を掛ける。
「一度たりともッ!
ありはしないのだッ!!」
猛然と地面を蹴り、駆け出した。
霊夢は両目を閉じたまま、無数の大玉陰陽弾を発射する。
「うおオオオォォォォォォ――――――ッ!!」
襲い来る弾幕の嵐を、【M2重機関銃】で迎撃する。
【キラークイーン】右手で【M2重機関銃】を構え、左手は銃口に添えて次々と銃弾を【爆弾化】していく。
【M2重機関銃】は発射速度485-635発/分、銃口初速887.1m/s、発射された弾が次の発射までに進む距離は単純計算でおよそ80メートル。
【第一の爆弾】が陰陽弾に命中するまでには十分な距離だ。
ドグオォォォォォォッ!
超音速の弾丸が着弾する度、吉影の背丈ほどもある巨大陰陽玉が爆破されていく。
「おおオォォォォォォあああアアァァァァァ――――――ッッ!!」
矢鱈めったら撃ちまくり、吉影はひたすら前進する。
正面から向かって来る陰陽弾のみを撃墜し、左右や上方から襲い来るものは巧みな足さばきで回避していく。
「ぐッ……!?」
だが、霊夢の放つ陰陽弾の膨大な数たるや、尋常ではなかった。
「(正面からの物のみ選んで落としているというのに…!
駄目だ……!一秒十発程度では全く追い付かん…ッ!)」
ビッ――――――
吉影が頭を下げた直後、巨大陰陽弾が彼の背中を僅かに掠めた。
「ぐうッ―――!?」
瞬間、彼の背中に鋭い熱さが走る。
「(掠っただけでこの痛み…!
しかも…クソッ!
全弾わたしを狙って軌道を曲げてくる…!!
目を閉じているのに、なんという正確さだ…!
いや……だからこそ、ああやって相手も見ずに悠長に構えていられるのか……?)」
ギリギリの攻防戦を繰り広げ、なおも前進を続ける吉影。
その脚が止まったのは、鳴り響いていた轟音が止んだのと同時だった。
「なッ――――ッ!?」
【12.7mmM2重機関銃】が、弾切れを起こしていた。
何度か死ぬ度に【BITE THE DUST -Channel to 0- 】で『六秒分』撃った弾丸を回収してはいたが、全てを回収してきたわけではない。
フルオートで撃ちまくってきたのだから、弾が尽きるのも無理はなかった。
一瞬歩みを止めた吉影に、左側面から陰陽弾が襲って来た。
「くそッ――――――」
【キラークイーン】の左手で弾こうとした、が、
グシャァッ!
『陰陽弾』に触れた瞬間、【キラークイーン】の左手はゼリーをスプーンで掬うかのように容易く抉られた。
「なにィッ!?」
愕然と叫ぶ吉影に、勢いを落とさず陰陽弾が迫る。
「【マンダム】ッ!時を戻せ――――ッ!!」
【重機関銃】を投げ捨て、【キラークイーン】が左手首の【腕時計】に手を伸ばす。
ドオォォォォ―――――z――ンンン……
「むっ……?」
魔理沙が目を細め、口を開く。
「今あの男、瞬間移動したぜ。
さては、また『時間を戻した』な?」
「そのようね……
でも、それって将棋で言うところの『千日手』じゃないの?
そんな悪足掻きしたところで、霊夢がミスするわけないし。」
「いいえ、そうでもないわよ。」
一輪が疑問を口にし、紫がそれに答える。
「御覧なさい、彼の動きと、霊夢の弾幕の様子を。」
吉影は再び力強く地面を蹴り、霊夢に向かって猛進する。
だが、その手に持つ【12.7mmM2重機関銃】の銃口は下に下げてあり、指も引き金に当てていない。
と、吉影の前方で、陰陽弾がひとりでに爆発した。
「なんだ!?
なんで弾幕が勝手に……?」
驚く魔理沙に、紫はあの不吉な微笑を崩さず説明した。
「凄いわね。
彼、『記憶の層』に干渉できるようよ。
『戻した時間』の中で起こった出来事を、『二度目』に投影して【運命】を固定しているわ。
それで弾幕は自動的に再び爆破され、弾も温存、同じ軌跡を辿れば絶対安全に霊夢に近付ける、というわけ。」
紫の言葉を聴き、ピクンと白蓮が反応する。
「フフ、流石大魔法使いさま、気付いたようね。」
笑みを溢し、白蓮を流し見る。
白蓮はゴクンと唾を飲むと、緊張した面持ちで口を開いた。
「――――――【運】を操るなんて……
そんなことが可能だとしたら、あの人間は……どんな魔法使いをも超越した、最強の魔法使いになれるのでは……?」
そう、そのとおり。
魔法の実行は六つの要素から成り立っている。
術者の【技量】、魂の性質である【気質】、道具や材料といった【物質】、行う場所である【空間】、実行した時の【時間】、そして最後に【運】である。
このうち、最後の運が占めるウエイトは最も重く、運さえあれば他の要素はある程度カバーできるし、逆にこれが無ければどんな簡単な魔法でも失敗する。
すなわち、【運】を味方につければ大抵の魔法は使え、さらに相手の魔法を封じるという鬼のような術が可能になるのだ。
「御名答。
さっきも言ったとおり、彼は弱っているけれど、決して侮れる相手ではないの。」
「マジか……
そう言えばかなり前、霊夢が似たような話してたぜ。
『この世の物質、心理はすべて確率で出来ていて、それを決定するのが記憶が持つ運』
みたいな事言ってたな。」
そう言うと、魔理沙は慧音の【巻物】に目を落とし、【結界】の中の吉影と見比べている。
おおかた、その『運を操る【スタンド】』を探して、あわよくばぶん獲ってしまう魂胆なのだろう。
もっとも、魔理沙では【スタンド】に触れられないうえ、『【運命】を固定する【スタンド】』は吉影固有のものなので、もし触れられるとしても『借りる』のは不可能であるのだが。
と、紫の頭に嫌な予感がよぎった。
もし慧音の【巻物】に、あの忌々しい【左腕】の記述が載っていたとしたら。
『運を操る力』の出所を吉影の観察から調べている魔理沙が、偶然【それ】に関する知識を、吉影以上に『深い段階』まで身に付けてしまうかもしれない。
それだけは、あってはならなかった。
ヒョイ
「あっ?」
【スキマ】から伸びた手が慧音の【巻物】をひったくり、魔理沙は紫を振り返る。
「【出し物】の佳境くらい、静かに観なさい。
……そう言えば、あなたあの外来人を叩きのめすって散々息巻いていたじゃない。
いいのかしら、このまま霊夢に任せきりで。」
魔理沙の注意を逸らすために、紫は別の話題を振る。
「お前が手を出すなっていったんだろ。
あと、私はなにも別に自分の憂さ晴らしのためにヤツをぶっ飛ばそうと思ったわけじゃないぜ。
ただ、【悪いヤツ】がのさばっているのをとっちめる人間がいないと、悪が蔓延ってしまうからだ。
それに、あいつに任せておいた方がもっとヒドイ目に遭わせられるだろうし。
私は情が深いからなぁ、相手がどんな【ゲス野郎】でも手加減してしまうだろうけど、あいつは容赦無いもんな。」
【出し物】という言葉が引っ掛かったが、魔理沙は大真面目な素振りで返事をする。
「あれだけ盗みをやってる人間が、どの口でそんなことをほざいているんだい?」
ナズーリンが突っ込みをいれ、
『だから借りてるだけだぜ!』
と、いつもの弁解をした。
「ほらアンタたち、中見て中!」
村紗が慌てたようすで、【結界】の中を指差す。
「ん?」
一同の眼が【結界】内部へと向く。
吉影は、霊夢の目前に迫っていた。
「うおおおおおオオォォォッ!!」
『六秒』経過し、【運命】による自動爆破が止まったため、吉影は【12.7mmM2重機関銃】の引き金に指を掛けた。
霊夢に銃の先を向け、再び鼓膜を叩く銃声が【結界】内に満ちる。
「(さあ、【振り出し】に戻った!
弾は一発も使ってない……まだまだやれるッ!)」
先程までと同じようにひたすら直進し、正面からの弾幕だけを撃ち落とす。
左右から飛んで来る陰陽弾が掠めるたび、熱が皮膚を焼くが、意に介さず吉影は前進を続ける。
「(今だッ!)」
『六秒』たった瞬間、弾切れした【M2重機関銃】を力の限り投げ、【キラークイーン】の脚で足下の『それ』を蹴り上げた。
【キラークイーン】は『それ』――――――
【エニグマ】が解除された時地面に撒き散らされた大量の銃器の内の一つ、【バレットM82A1】、【M2重機関銃】と同じく【12.7×99mmNATO弾】を使用する【対物ライフル】――――――
を掴むと、スイッチを押した。
ドグオオォォォォォォォォォ――――ッッ!!
前方に投擲した【M2重機関銃】が爆発し、強力な爆風が陰陽弾を吹き飛ばす。
「【キラークイーン】ッ!!」
吉影の叫びと同時に、【キラークイーン】は【対物ライフル】を両手に構える。
「(どれほど【ダメージ】を受けなかろうと、奴も【感覚】はある筈……!
そうでなければ、わたしの動きを正確に探知できるはずがない。
今、奴は目を閉じているが、耳は塞いでいない!
耳元に【爆音】を叩き込み、昏倒させるッ!!)」
最初に交戦した時、霊夢に対して有効であると判明した【音攻撃】。
経験と実績を頼りに、その一点のみに賭け、吉影は反撃の瞬間を待ち受ける。
爆炎が消え、霊夢の姿があらわになった。
陰陽弾は爆圧に消し飛ばされ、二人を遮るものは無い。
吉影の読みどおり、耳は塞いでおらず、相変わらず目だけを閉じて何事か詠唱していた。
「(やれるッ!!)」
【キラークイーン】が【対物ライフル】の引き金を引いた。
野太い銃声を後ろに、【爆弾】に変えられた【12.7×99mmNATO弾】が霊夢の眉間に向かって飛翔する。
――――――ガッ!!
「――――――
………え……?」
吉影の口から、思わず溢れた疑問符。
何が起こったのか、理解できないでいた。
爆音も爆炎も起こらなかった。
霊夢は昏倒などしていない。
さっきと何も変わらず、目を閉じて、――――――握った右手を額の前にかざしていた。
その拳の中から、シュウゥゥ―――という音をたて、少量の煙が立ち上っている。
「………え…?」
吉影と【キラークイーン】、一人と一体の四つの目は、確かに見た。
彼女の小さな拳からはみ出すほどの、巨大な弾丸が、その手に握られているのを。
「なんだとォッ!?」
吉影は愕然と叫んだ。
【キラークイーン】ですら見切れない、超音速の弾丸を、このチート巫女は片手で、事も無げに『受け止めた』のだ。
ヒュンッ――――――
霊夢は軽々と『キャッチ』した【12.7×99mmNATO弾】を握り直すと、吉影に投げ返した。
「ッ!?
解除しろッ【キラークイーン】ッ!!」
【爆弾】を解除し、弾丸を弾いた。
「(何…ッ!?
『なんだ』!?
『何を』したッ!?
滅茶苦茶過ぎる……!
【超音速弾】を、【素手】で、【片腕】で、【砕かず】に、受け止めただとッ!?
あり得ない……!!)」
戦慄し、背筋を震わせ、吉影は思わず後ずさる。
だが、
「(――――――『違うッ』!!
そうじゃないッ!!
そうじゃあないだろう!?
退いている場合ではない……ッ!!
ここまで接近できたのだ…!
【悪い方向】ばかり考えるな……
『奴に銃は通用しない』、そう理解したのは紛れもなく【プラス】だ。
【絶望】に呑まれるな……!)」
片足を引き、身構える。
「(『接近』するんだ……!
さらに『肉薄』すれば、【あれ】が使える…!
奴の『夢想天生』の【正体】にも、朧気だが『近付いて』来た……
『やれる』はずだ……!)」
両目の先、霊夢だけを視界の中心に見据え、吉影はグッと脚に力を籠める。
「(暴いてやるぞ…!!
貴様の【弱点】をッ!!)」
ザンッ!!
【キラークイーン】の脚で跳躍し、吉影は霊夢に肉薄していった。
あの外来人が、近付いて来る。
すぐ目の前にいて、土を蹴りあげて走って来ている。
目を閉じているが、手に取るように分かる。
神通力とも呼べる彼女の【勘】の前では、強い殺気はさながら暗闇の灯火のように目立つ【目印】のようなものだ。
敵にとって不利なもの以外の何物でもない。
そんな事にも気付かず、殺意を撒き散らして突撃して来る男に引導を渡そうと、霊夢は最大出力の弾幕を叩き込もうとした。
「――――――霊夢」
霊夢の耳元に、突如魔の気配が現れた。
声で判断するまでもない。
八雲紫だ。
「(………なによ紫。
今【仕事】を終わらせようって時に……)」
目を閉じたまま、霊夢は不機嫌そうな声で呟いた。
「まあまあお待ちなさいな。
この外来人、まだまだ闘志盛んよ。
貴女の役割は、この外来人に『完勝』すること。
心を完全に折って、初めて【仕事】が成就するの。
見たところ、この殿方は貴女と肉弾戦をご希望のようよ。
そう素っ気なくあしらわずに、お相手してあげなさい。」
小さく開いた【スキマ】から、艶っぽい声色で紫が耳打ちした。
「(――――――分かったわよ)」
紫の気配が消え、霊夢は眼前の敵に集中する。
【スペルカード】を懐にしまうと、霊夢は一直線に吉影に向かって行った。
「(――――――ッ!?)」
霊夢が肉迫して来たのを見て、吉影は息を呑んだ。
「(わざわざ接近して来ただと!?
接近戦にも自信はあるということか……?)」
吉影は怯まず、さらに強く地面を蹴った。
高く跳躍し、一瞬で間合いが2メートルまで詰まる。
「【キラークイーン】ッ!!」
【キラークイーン】の右拳が、霊夢の顔面を砕こうと繰り出された。
スッ――――――
鉄をも砕く必殺の一撃は、半透明の霊夢を実体の無い虚像のごとくすり抜けただけだった。
「くッ、やはり――――――ッ!」
吉影は表情を歪め霊夢の蹴りをかわすと、腕を引き距離を離す。
だが霊夢は音もなく彼を追い、右の拳で殴りかかった。
「(速――――ッ!?)」
咄嗟に【キラークイーン】の腕を交差させ、防御しようとした。
ガアァンッ!
霊夢の一撃は容易くガードを弾き、吉影の身体を吹き飛ばした。
「なにィッ!?」
受け身をとって素早く起き上がり、吉影は迎撃体勢をとる。
「(なんだ……ッ!?
確かに博麗霊夢の力は常人の比じゃないとは言え、我が【キラークイーン】以上のパワーなど……!!)」
吉影の表情に、焦燥の色が濃くなる。
『【パワー】だけなら勝てる』、その自信がいとも簡単に崩れ去ったのだ。
最早霊夢に対して、何一つ有利な点は無い。
そう宣告されたも同然だった。
「(だが……ッ!
まだ【手段】はある!!
今の攻撃で分かった!
ヤツの【無敵さ】が崩れる【瞬間】が!)」
フッ――――――
霊夢は【慣性】を無視したような急加速で吉影の目前に迫り、右拳をグッと後ろに引く。
「(攻撃の瞬間には【実体化】するはず!!
その瞬間が貴様の最期だッ!!)」
引き絞った矢のように、霊夢の右拳が繰り出される。
「(もらった!)」
【キラークイーン】の左手の突きが、霊夢の小さな右手と激突した!
バギイィッ!
骨が砕ける不快な音色が、【結界】内の空間に響き渡った。
「ウガアァァァァ―――ッ!!」
同時に反響する、【キラークイーン】の絶叫。
【キラークイーン】の左手の指は、バキバキに破砕されそれぞれバラバラの方向を向いていた。
「ぐおおォォォッ!?」
吉影の左手にダメージがフィードバックし、苦悶の声を漏らす。
「(『夢想天生』――――――!!
『すり抜ける』だけじゃない…!
『触れた』のに【爆弾】にできなかった!!
そのうえ、真正面からの突きのパワー比べで【キラークイーン】の方が手がへし折れ、ヤツの手は無傷など――――――!!)」
ガヅン、という重い衝撃が、吉影の脳天を突き抜けた。
霊夢の踵が【キラークイーン】の頭頂部に叩き込まれたのだ。
「ガブッ―――ッ!?」
衝撃で頭を叩き下ろされ、【キラークイーン】の動きが止まる。
ドズッ!!
「ああっ!?」
【結界】の外、妖怪一同が息を呑む。
霊夢の腕が【キラークイーン】の腹を、肘まで貫いていた。
「なんだ!?
何が起こった!?」
【スタンド】が見えない魔理沙、妹紅は、周りの妖怪たちに問う。
「『勝負あり』よ。
霊夢がヤツのお腹を突き破ったわ。」
一輪がそう答えた時、他の妖怪たちがどよめいた。
「ええっ!?」
「なんで!?
あの【背後霊】が傷つくと、本体も傷つくんでしょ!?」
彼女らの驚愕の視線の先、顔をあげ吉影は霊夢を睨む。
「(危なかった……
だが、狙われたのが【腹部】だったことが幸いだったな……)」
吉影の腹部からは、一滴の血も流れ出てはいなかった。
霊夢の腕は【キラークイーン】腹部の空間に入り込んだだけだった。
ジャカッ―――!
懐から拳銃を抜き顔を上げた瞬間、霊夢にその銃口を向け、引き金を引いた。
【キラークイーン】の巨体を透過し、弾丸は一瞬で霊夢の頭部に到達し、
ドグオオォォォッ!!
【Grip & Break down !!】の能力で、小爆発を起こした。
「レイムっ!?」
魔理沙たちは思わず声をあげ、固唾を飲んで見守る。
霊夢の頭は爆炎に呑み込まれ、彼女の表情は見えない。
「(効いたか…ッ!?
もう一発撃ち込むッ!!)」
吉影が二発目を発射しようとした時、
グンッ!
突如、霊夢の身体が高速で駆動し、宙で身を翻した。
「な――――ッ!?」
バギィッ!
霊夢が鋭い回し蹴りを、【キラークイーン】の側頭部に叩き込んだ!
「ぐぶあァッ!?」
強烈な威力で蹴り抜かれ、吉影の意識が軽く飛ぶ。
「(な……なんだ…!?
なぜ耳元に【爆音】を喰らって平気でいられるッ……!?)」
体勢を崩した【キラークイーン】に、霊夢は容赦なく連続攻撃を加える。
「ぐばァッ!?
ぐゥッ!
あぐあァ!?」
胸、肩、頬、次々と霊夢の拳が突き刺さり、骨が悲鳴をあげる。
「くッ――――――!!」
吉影本体はギリギリ体勢を立て直し、咄嗟に引き金を引いた。
亜音速の弾丸は【キラークイーン】の身体を透過し、その指先と交差した。
バチィッ!
その瞬間、【第一の爆弾】を発動させ、弾丸の【目】が右手人差し指のスイッチに移動する。
【接触弾】となった弾丸は到底見切れない高速で霊夢に迫り、
ドグオオォォォッ!!
霊夢の握り拳の中で爆発し、塵となった。
「なにッ…!?」
吉影が驚愕に目を見開いた瞬間、
ドバギャッ!
【キラークイーン】の額に、飛び膝蹴りが突っ込んだ。
「ぐおォォォッ!?」
衝撃で仰け反り、脳が揺らされる。
「(まただ……!!
また…弾丸を『受け止めた』!!)
【キラァァァクイィィィィン】ッ!!」
薄れかけた意識を繋ぎ止め、吉影は【キラークイーン】に戦線死守を言い渡す。
「ウガアァァ――――――ッ!!」
主の命を受け、【キラークイーン】は霊夢の前に立ちはだかる。
傷付いた身体を死に物狂いで使役しラッシュを繰り出すが、全て空しく空を切るのみだった。
霊夢は相も変わらず目を閉じ、打撃の嵐をさも涼風であるかのごとく受け流し、
バシッ!
【キラークイーン】の右拳を『受け止めた』。
ギシッ……!ミシッ………!!
手を引き抜こうとするが、ビクともしない。
鉄の型の中にでも詰め込まれているかのようだ。
指で触れている筈なのに、手のひらで触れられている筈なのに、【爆弾】にもできなかった。
ヒュッ――――――
と、霊夢が右足を後ろに引いた。
蹴りの襲来を察知し、【キラークイーン】は左腕を掲げ防御しようとする。
だが、
ガアァンッ!
霊夢の右脚は左腕を素通りし、【キラークイーン】の顔面を正確に蹴り抜いた。
「ぶげあァァァァァッ!?!?」
【キラークイーン】の巨躯が蹴鞠のごとく吹き飛ばされる。
「(そしてこの【攻撃力】………!!
おかしい…博麗霊夢は規格外とはいえ生身の人間、それが【クレイジー・ダイヤモンド】と互角に渡り合える我が【キラークイーン】を、赤子のように軽くあしらうなど……!!)」
後方にぶっ飛ばされ、空を仰いだ。
目に入ったのは、【結界】を通して紫に輝く満月。
狂気と魔力を振り撒いて、夜空に浮き彼を見下ろしている。
「(『すり抜ける』だとか………
『自分にダメージが無いから限界のパワーで殴れる』だとか……!!
そんなんじゃあない………!!
とにかく【無敵】だ…!
そして『強い』……!
銃弾を素手で止め、【キラークイーン】の腕を押さえ付ける……
まるで『外部からの力』を一切ゼロにしてしまうように……!!)」
受け身をとり、背中から地面に落ちた。
「(コイツまさか……!
【反作用】が無いのか……!?
それなら全て納得いく…
【反作用】を受けないなら、どんな重さの物体でも支えられるし、どんな速度の弾丸でも受け止められる……
どんな力で手を振りほどこうとしても、ビクともしない。
銃弾や【キラークイーン】のラッシュを『受け止めた』のは、破壊エネルギーを受けないからだ……
そしてしかも、なんということだ……!
どれだけ重量のある物体であっても、たとえ1ミリでも動かせるなら、減速されることなく【最高速度】で吹き飛ばせる……!
この人間離れしたパワーの正体はそれだ……)」
咄嗟に飛び起き、よろめきつつも身体を支え、なんとか立ち上がる。
だが、霊夢が彼に立ち直る隙など与えてくれるはずもなく、
「ぐぶアァッ!!」
起き上がりざまに顔面を横殴りされ、グラリと身体が傾く。
口から血が吐き出された。
「GYAAAAAAAA――――――ッ!!」
【キラークイーン】が咆哮し、霊夢に掴み掛かろうとするが、立て続けに全身を殴打され、数メートルも後方に飛ばされた。
「(今のこいつには物理攻撃、魔法攻撃、特殊攻撃、精神攻撃……何もかも通用しない……!
彼女がいる場所は私の『上』だ…何者にも影響されず漂って、ただ『浮いている』。
彼女はただの【無敵】じゃない……【最強】だ……ッ!!)」
身体中を苛む鈍痛に顔を歪ませ、吉影は拳銃を構える。
だが、
ドバキィッ!
霊夢に【キラークイーン】の右腕を強かに殴られ、ダメージがフィードバックし拳銃を離してしまった。
「ぐグッ……!?」
吉影が呻き動きを止めたその時、
ガシャン!
【キラークイーン】腹部のシャッターを掴んで強引に閉じ、
霊夢のラッシュが無慈悲に【キラークイーン】を打ちすえた。
「がはッ―――――!?」
腹に強烈な一撃を叩き込まれ、吉影の口から血混じりの胃液が滴る。
「(たとえ【BITE THE DUST -Channel to 0- 】を使えたとしても、こいつには手も脚も出ない……
勝てる気がしない…!!
【無敵】は【最強】には敵わない…
【不敗】では【常勝】を撃ち破ることはできない!)」
フッ――――――
霊夢が足を後方に振り上げ、
ドムンッ!
内臓まで響く蹴りを、土手っ腹に見舞った。
「がッ――――は――――――ッ!?」
両の目を見開き、胃液を吐き散らして、吉影の身体は激しく吹き飛ばされた。
「入った!」
「勝負ありか!?」
「――――――いえ……違うわ…
なんか…おかしくない?
『飛びすぎ』って言うか……」
【結界】の外で口々に口走り、一同は吉影に視線を集中させる。
吉影は十数メートルも後方に飛んだが、未だ地に足を着けていなかった。
まるで『浮いている』かのように、【減速】はしているが【落下】はしない。
「――――――?」
目を閉じている霊夢も、【勘】で異常を察知した。
何かがおかしい。
蹴りをぶちこんだ瞬間、ほとんど【手応え】を感じなかった。
まるで【重み】が無いかのような――――――
ギリッ……
空中で吉影が歯軋りし、眼光鋭く霊夢を睨む。
彼の動きは完全に止まっていた。
にもかかわらず、吉影の足は地面を離れ、虚空を踏み締めている。
いや、それはあたかも水中に身を沈め、全身を水に『支えられている』かのようだった。
「……ゲホッ…ゲホッ――――――
かはっ………ハァ…、
……どうだ……?
『博麗の巫女』……?
いつもと比べて、気分はどうかね……?
『本物の【無重力】の世界』は……?」
口角をつり上げ、吉影はニヤリと笑う。
未だ苦しげにひきつってはいるが、それを引っくり返すように笑いが顔に広がっていく。
「――――――……?」
霊夢の閉じられた両目の上、眉がピクリ、と僅かに動いた。
「ああっ――――っ!?」
霊夢を見つめる白蓮の瞳が見開かれる。
「霊夢の………身体の……色が……!」
『夢想天生』により半透明となっていた霊夢の身体が、みるみるその色を濃くしていく。
「こ……これは……まさか……っ!?」
魔理沙が愕然と息を呑む。
「『夢想天生』が…!
解けかかっているっ!?」
霊夢の身体の色が、完全に元に戻った。
フワフワと浮かぶのみだった黒髪とリボンは、風を受けてたなびいている。
『夢想天生』が解除された、いや、解除『させられた』のだ。
「――――――これは………
浮き上がっているんじゃあないッ!!
漂っているんだ霊夢はッ!」
霊夢自身の『空を飛ぶ程度の能力』ではない、別の【力】によって、霊夢の四肢は中空に放逐されていた。
吉影は口についた胃液を拭い、煌々と黒く輝く瞳で霊夢を眺める。
「【浮力】………という力は…【質量の差】だ……
空気より重いゆえ人は空を飛べず……水より軽いため、身体は浮き上がる。
だが……!!
【無重力空間】では【浮力】は働かない!
【空気の泡】は水中に留まり!
蝋燭の火は楕円にならず球状をなすッ!」
吉影の額から覗く、円盤上の物体。
【ジャンピン・ジャック・フラッシュ】の『DISC』、重力というエネルギーを無効にし、大気さえも退け、地上に【宇宙空間】を造り出す能力。
先程吉影が吐き散らした血ヘドが、霊夢の周囲一体を【無重力ゾーン】に変貌させたのだ。
「博麗霊夢、貴様は他のいかなるものよりも【上】に『浮いていた』からこそ【無敵】でいられた……
ならば、お前をわたしと同じ位置まで引き摺り下ろすか、お前と同じ高みまで昇ればよい話……!!
【普遍性】という前提無くして【特殊性】は存在し得ない……
【無重力】が普遍の物となった今、お前はもう【特別】ではない!
お前は最早【浮く】事は出来ないッ!
貴様は【吉良(きちりょう)の巫女】ではなく只の小娘に成り下がったのだッ!!」
【スタンド】とは『魂のエネルギー』、通常の物理現象とはわけが違う。
霊夢の周囲の空間ごと『浮かし』、【能力】にまで影響を及ぼすことも当然可能なのである。
そして、『空を飛ぶ程度の能力』という天性の力を否定された今、飛行することすらままならなかった。
自由に身動きがとれない霊夢をじろりと睨み回し、吉影は愉悦の笑いを溢す。
「――――――崖に激突して死ぬツバメがいるそうだ……
そのツバメは得てして他のツバメよりもとても上手にエサを捕獲したりするのだが……
宙返りの角度の危険の限界を親ツバメから教わっていないため、つい無謀な角度で飛行してしまう。
だが、その親は教えないのではなくそのまた親から教わっていないので教えられないのだ。
彼ら一族は短命な者が多く、なぜ事故に遭いやすいのか気付いてさえもいない。
博麗霊夢、お前は短命だったな…!!」
動けない霊夢に右腕の【発射器】を向け、回転させる。
「【極楽蝶】は地に堕ちた!
ここはすでに【緋色猫】の射程内ッ!!
逃しはしないッ!!」
ギャルギャルギャル――――――
【発射器】が唸りを上げて回転し、内部の弾丸に力を与え続ける。
【遠心力】は仮想の力、【反作用】は存在しない。
物理学的には全く支離滅裂だが、名と言葉が力を持つ【幻想郷】でなら、霊夢の『高み』に近付ける要素となりうるだろう。
「死ねッ!!
【ジャンピン・ジャック・フラッシュ】ッ!!」
【キラークイーン】に爆弾化された弾丸が、遠心力によって発射された!
【接触弾】が、『夢想天生』を解除され、無防備な霊夢の眉間を狙い飛翔する。
【無重力エリア】に突入した弾丸は、霊夢と同じ【高み】まで『浮き』、
ガゴンッ!!
――――――吉影の脳天に、霊夢の踵がめり込んでいた。
ガギッ、という嫌な音がして、吉影の歯が砕ける。
「え………?」
「は…?」
呆気にとられた表情で、【結界】の外の者たちは間抜けな声をあげた。
一同の目が吉影と霊夢の間を行き来する。
「――――――何だ………!?
いったい……こりゃあ……?」
魔理沙は目を白黒させ、霊夢の姿を見つめた。
彼女の身体は、再び半透明に戻っていた。
『夢想天生』が発動している。
「(――――――『零時間移動(ワープ)』…………!?)」
金属バットでぶん殴られたような衝撃を脳に受け、吉影の意識は一瞬飛んだ。
死に物狂いで【キラークイーン】を維持させ、身を護ろうとする、が、
スッ
『夢想天生』を再発動させた霊夢は【キラークイーン】をスルリと透過し、
ズッ――――――
札をたんまり握った右手を、昏倒寸前の吉影の腹に突っ込んだ。
カッ―――!!
瞬間、吉影の身体が透けるほどの劇烈な閃光が迸り、
【霊撃】が彼の腹腔を爆心に炸裂した。
衝撃波は内臓を内から破裂させ、骨、肉、と同心円状に彼の体内を駆け抜けると、
ドウゥゥゥッ――――――ッ!!
皮膚を突き抜けて体外に放出され、地面、空気を吹き飛ばした。
「うおわあぁぁ~っ!?」
【結界】に阻まれてもなお衰えず、爆風と地響きが外の魔理沙たちを襲う。
その威力を見れば、霊夢の放った【霊撃】が如何に強力であったか一目瞭然だろう。
ドオオォォォォォォ――――――
――――――ドシャッ
爆風が収まると、クレーターの中心で、吉影は声も無く膝を折り、崩れるように倒れ落ちた。
「――――――『博麗の巫女』は………世襲制じゃないわ……」
霊夢の目は、開かれていた。
『本気』だ。
半透明の黒い瞳で、冷然と吉影を見下ろす。
BGM♪ 天野月子『花冠』
「――――――
ぐ……ッ
が……アァァァ…ッ!?」
倒れ込み放心していた吉影が、突如苦痛に呻きをあげ始めた。
熱い。
内臓が焼けるほどに熱い。
熱い熱い熱い焼ける熱い焦げる熱い熱い熱い熔ける熱い熱い燃える熱い融ける熱い熱い熱い爛れる熱い熱い熱い熱い崩れる熱い熱い熱い
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い
「うがああアァァァァァァァァァァ―――ッッ!!」
灼熱に融解し煮えたぎる鉄を流し込まれたように、生涯感じたことも無いような熱さが、内側から彼を焼き焦がした。
「あぐオァァァ……ッ!
ひギィィィッ…!!
うぐおオあぁァァあァ………――――――ッ!!」
蹲り、
のたうち、
転げ回り、
身を捩り、
海老反りに悶え、
手足をバタつかせ、
掻きむしり、
腹を抱えるように背を丸め、
気が狂いそうな苦悶の荒波の只中、
「ギャアぁぁァ…ッ!?
うげおォォォがぁぁ……!!」
ゴロンと横転し、うつ伏せた。
彼の口が裂けんばかりに開かれ、カッと両目を剥き、喉に込み上げて来たものが、嗚咽と共に流れ出た。
「うげええェェぇェ!!
ゲボぁァァァぉぉォォォォ……!!」
口から出産しようかというほど、顎を外れんばかりに開き、大量の汚物を吐き出した。
「うえぇッ!
おげえええええええええっ!!」
ビシャビシャと音を立て、反吐が地面に落ちる。
「がばァッ!?
ゲボォォ……!!
おぐガあァァぁァ…!!」
蛇口を全開にしたように、おびただしい量の生暖かい物体が彼の口から溢れ、土の上に滴り落ちる。
「げぁッ……!!
ゴホッ…
ゲボ………
――――――ハア……ッ……ハァ………ッ!」
一頻り捻り出すと、吉影はバタリと地に倒れた。
彼の目の前には、吉影が吐いた『もの』が溜まりを作っている。
「ゲホッ……!
ううっ……
うううあぁ………
――――――……!?」
彼の眼前に広がる吐瀉物は、赤黒くぶよぶよとした、大量の気味の悪い破片だった。
シューシューと音をたて、焼け爛れ落ちるように崩れて、白く半透明なドロドロに変わり果て、それらの物体は気化していく。
それらが何であるか気付く前に、
「――――――ッッ!?
ぐおおオオォォォォォォああアァァァァぁぁぁぁぁぁ――――z――ッ!!!!」
鼓膜が破れそうなほどの絶叫をあげ、さらに激しくのたうち回って苦しむ。
ショック死しない方が不思議だと思えるくらい、あり得ない超激痛が、彼の腹部を貫いた。
「ふぐあアアアァァ…………ッ!!
ぎギぎぎィィぃィ……!!
ウギゃああぁぁ……………!!」
吉影の両目は裏返り、白目を剥いてもがき苦しむ。
仰向けに倒れ、痙攣する手を空に伸ばす。
その双眸は、地の底から届くことのない天を見上げ、自身を焦がす怨嗟の炎に照らされた咎人の目。
その腕は、救済を誰よりも切実に願いながらも、道連れを欲し、生者にすがる亡者の腕。
悲壮極まりない断末魔の姿も、穢れを知らない少女らの目には、ただ醜く穢れきった悪鬼のそれとしか映らない。
【結界】の外、安全圏から投げ掛けられるのは、憐れみと侮蔑の入り雑じった、汚物を見る視線。
狂い悶え、ガクビクと震えうつ伏せる吉影が、焦点の定まっていない瞳で霊夢を睨む。
「ゲあぁ………っ!?
…ハッ…………よ……よく…も……ッ!
ハァ………よくもォ……ォォォ…ォッ……!!」
恨み骨髄とばかりにまなじりをつり上げ、回転する左手の【発射器】を彼女に向ける。
ドバキャッ!!
瞬間、吉影の左手甲に、鉄槌のごとき踵が振り下ろされた。
「うぐゥ…ッ!?」
骨が砕け、衝撃で【遺体左腕部】が弾き出された。
服の袖を引き千切り、露になった吉影の肩。
そこにはなんと、彼を殺した憎き敵の紋、【星形のアザ】が浮き上がっていたのだった。
「はッ――――――!?」
地面に落ちた【遺体左腕部】に、吉影の目は釘付けになる。
慌て手を伸ばし拾い上げようとするが、
ガオンッ!
突如【遺体】の下から現れた【手】が、【左腕部】を掴んだ。
バギィッ!
「へぶアァァッ!?」
【キラークイーン】右肩に重い蹴りがめり込み、吉影は地に叩きつけられる。
【遺体左腕部】は吉影の身体と地面とに『挟まれ』、消えた。
「ハァ…ッ!?
なッ……なんだとォ……ッ!?」
芯から焼けつく熱さが嘘のように消え失せ、骨まで凍てつくようなゾッとする冷たさが彼の腹に広がる。
焦燥に駆られ、千切と乱れて、必死に土を堀り【遺体】を探す。
「ハァ――――ッ――、ハァ――――ッ……!!
ハッ………ハア……ッ!
ゲホッ!…
馬鹿な………!
こんな…事が…ッ!?」
暗黒の洞穴の中で、松明が谷に落ちて行った。
そんなとてつもない絶望感が、彼の胸を締め上げる。
「ハァ……、ッ!?
ゲボぉォ…ッ!」
既に半分以上無くなってしまった胃が捻り上がり、中に残っていた破片を押し出した。
ビタッ……、ビタビチャッ……
ペースト状の赤黒くヌラヌラと光る物体が、ぬめりを帯びて彼の口から滴り落ちた。
「ゲホッゲホッ……!
かはっ…
――――――クソッ…!!
よくも……貴様らァァァ………ッ!!」
右手を【腕時計】に伸ばし、【マンダム】を発動させようとするが、
ブヂィッ!!
霊夢の手が【マンダム】を引き千切るようにして奪い取り、
グシャァッ!!
両手で上下に『挟み』、握り潰した。
ガオンッ!
霊夢の手の中から、【マンダム】は霞のように消え失せた。
「グゥゥッ……!?」
残った右手の【発射器】を突きつけ、最後の抵抗をしようとするが、
バギャァッ!!
フルスイングの右足が、顎を強かに蹴りあげた。
「ぎゃギッ……ッ!!」
仰け反り、吉影の身体が宙に浮く。
衝撃で額から『DISC』が弾け飛び、放物線を描いて地面に落ちた。
「……吐くか喋るか叫ぶか戦うか、どれか一つにしなさいよ。」
霊夢は俊敏に飛翔すると、蹴り飛ばした吉影の襟首を掴み、
「でなけりゃ、口を閉じてなさい。」
全身の捻りを利用して、力一杯吉影を頭から地面に叩きつけた。
『DISC』が吉影と地面とに『挟まれ』、影も形も無く消えた。
「がっ――――――」
ガグッ、車に轢き潰された蛙のように、力無く吉影は倒れ込み、動かなくなった。
「――――――す………
…すごい……………」
【結界】の外で、一同は絶句し、力尽きた吉影と余裕綽々の霊夢に驚愕の目を向ける。
高位悪魔、時を超えるメイド、中華妖怪、蓬莱人、鴉天狗。
幻想郷屈指の強者たちが束になっても敵わなかった男を、人間の、年端もいかぬ少女が圧倒している。
壮烈な光景、圧巻の一言だった。
「――――――勝負あり、ね。」
特別な感情もなく、紫はそう呟くと、【スキマ】を開き霊夢に声をかける。
「ご苦労様。
もう大丈夫よ、あとは私が処理する。
『夢想天生』はそのままにしておきなさい、万一のこともあるわ。」
「………対して苦労してないんだけどね。
『お疲れさま』は貴女の方じゃないの?
【結界】解いてちょっとは休みなさいよ。」
「お気遣いどうも。」
【結界】が解除され、満月の光が降り注いだ。
シュウシュウと泡立ち気化する臓物を、風が吹き払っていった。
「な………なあ……?
死んだ……のか?あれ………?」
おそるおそる吉影を指差し、魔理沙が問う。
端から見た限り、内臓破裂しピクリとも動かない彼は、生きている方が不思議といった有り様だった。
「――――――!
……いえ………
まだ…生きてます…!
辛うじて、ですが……」
美鈴の言葉を聞き、一同は気を張りつめる。
――――――ピク……
吉影の右手が、僅かに震えた。
手は徐々に力が蘇り、土を引っ掻いて指痕を刻む。
「――――――――――――………あ………
……あ……う……………うぅ………
ハァ…………」
ヒュー、ヒュー、とか細く呼吸し、吉影は意識を取り戻した。
「(――――――ば……馬鹿……な…
……【あの御方】は……この吉良吉影……に…
み……味方してくださった………はずなのに……
『チャンス』は私に……訪れた……はず…なのに…………ッ!)」
暗闇の絶望の中、握り締めていた、ただ一つの光明。
それが彼の手を離れ、一人彼だけが残された。
闇を照らす光は、絶望を打ち払う松明は、無い。
「(――――――くそ…ッ!!
このわたしに対して……ッ!!
この手の中にッ!
あの【御遺体】がこの手の中にないッ!
よくも……ッ!
こんなッ………!)」
「(ゆ…『夢』だ……
これは…『悪い夢』だ………
こんなことで………この吉良吉影が敗北するわけがない……!
『あの時』と同じだ…【幻覚】に決まってる…ッ!!
このわたしが追い詰められてしまうなんて…………きっと…これは『夢』なんだ…)」
歯を喰い縛り、苦痛に顔を歪め、身体をブルブルと震わせて頭をあげる。
霊夢、そして彼を遠巻きに見ている連中を睨み回した。
「――――――貴様らは……ッ…!【糞】だッ……!!」
ギリギリと喰い縛った歯の隙間から、ドアが軋むような声を絞り出し、積もりに積もった怨嗟をぶちまけた。
「貴様らはッ…!
人間が垂れた糞だッ!
幾度も踏まれ風雨に曝されて、風化し土に埋もれかけた糞を、八雲紫が必死こいてひっかき集め積み上げた糞の山だ!
科学のふるいを持たない未開人どもが、少ない脳ミソで捻り出した愚論で自然現象を無理矢理曲解した、妄想の産物だッ!
貴様らなどッ!あの野蛮人共が未消化のままひり出した下痢糞がなければ、存在すらできない、負け犬の蛆虫共だッ!!
【幻想郷】…?
フンッ……笑わせるな…
小綺麗な呼称で飾るんじゃあない……!
ここは……【糞溜め】だ…!!
腐臭を撒き散らす汚物共が蠢く、【日陰者共の魔境】だッ!!」
ドス黒い殺意をみなぎらせ、湧くように喉に込み上げて来る罵倒を、絶叫にも似た荒い声で捲し立てた。
ひとしきり吼えると、今度は激しく咳き込み、赤黒い肉片をボドボドと吐き散らす。
その様相はこの上なく惨めで、痛ましかった。
「――――――――――――
――――――…………わたし…は…ッ多くを望んだわけじゃないッ……
【金】も【物】もいらない……【女の命】も奪わない…
【尊厳】も【風評】もどうでもいい…!
後から好きなように罵倒して書き立てて構わない……ッ!
ただ……ッ!
わたしはッ!
…【この世界】から……この糞溜めからッ……!出て行ってやる…と!それだけを言っているんだ……
…なのに……ッ!
何故だ…!何故わたしから…ッ【何もかも】を奪おうとする…ッ!
【金】も【命】も【尊厳】も…!
当たり前の【望み】ひとつまでも…ッ!」
胸の内に逆巻く激情を、呪詛のように吐き出していく。
「――――――わたしは……『生き延びたい』……!
ただ【静かに】……ッ…『生き延びたい』……ッ
ただのそれだけだと言うのに…ッ!」
嗚咽混じりに紡がれる、吉影の憎悪の怒声。
たった一人の糾弾の声は、虚しく空へと消えていく。
魔性の満月が見下ろすのは、罪を重ね過ぎた極悪非道の亡者と、穢れを知らない純粋無垢の紅白少女。
祝福されるべきはどちらかは、歴然だった。
「――――――理由があれば………
【納得】して、おとなしく消えてくれるというの?」
ポツリと、感情の籠らない声で、吉影以外の耳には届かないように、霊夢は呟いた。
「『それ』じゃダメなのよ。
あなたの最期は、『こう』でなければならないの。
皆のために。
私達のために。
幻想郷のために。」
無味乾燥、無色透明。
ただ、与えられた【使命】を全うする。
それ以外の感傷の一切を持ち出さない。
持ち出してはならない。
博麗霊夢は、『博麗の巫女』は、祈祷棒を抜き、掲げた。
魔理沙、白蓮、星、ナズーリン、村紗、一輪、雲山、レミリア、美鈴、妹紅、射命丸、そして吉良吉廣、
その場にある全てが、朽ち果てゆく亡者に固唾を飲んで視線を注いでいた。
理不尽と絶望にギリギリと顔を歪め、射抜くように霊夢を睨む吉影。
その視線を平然と受け止め、冷徹に見下ろす霊夢。
両者の間に立ち込める覇気は周囲の空気を極限まで緊張させ、震わせる。
片や煮えたぎる溶岩、片や吹き抜ける涼風。
相反する気質の衝突が、審判の鉄槌によって幕を閉じようとした、
その寸前であった。
「待てッ!!」
響き渡る轟声。
その場にいる全員が、反射的に声の方向に目を向けた。
碧の彗星のように、高速で魔理沙達の上を飛び越えた影。
紫、藍、魔理沙、命蓮寺組、紅魔館組、射命丸、妹紅、吉廣、
翠の人影は彼女達の前に降り立つと、蹲り息絶えようとしている敗者のみを、その双眸に映した。
闇に輝く紅い瞳、
月に煌めく薄緑の髪、
そして、頭に備えた双つの角。
上白沢慧音は満月の下、吉影を見据え佇んでいた。
ED♪ 天野月子『混沌-Chaos』
――――――――――――――――――
―――――――――――――
――――――『…吉良吉影………
心するのだ……
「【全て】を敢えて差し出した者が、最後には真の【全て】を得る
ましてや、【自分の最も大切な者】を捧げたなら……」――――――
覚えておきなさい』――――――
第二十六話、投下終了です。
一応保身のために明記しておきますが、吉影の
「貴様らは糞だッ!!」
のくだりは私の本意ではございません。
「人間も腹かっ捌けば糞の詰まった肉袋」
という名言がありますしね。
このような言い回しをさせたのは、単純に私がこういう憎しみに満ちた台詞が好きだからです。
「このクソカスどもがァ―――ッ!!」
「呪われろォ――ッ!!」
「地獄に堕ちろゲス野郎ォォ――――――ッ!!」
「覚えちゃいまい!!貴様らが遊び半分で喰い散らした人間のことなど、何一つ覚えちゃいまい!!」
剥き出しの感情が一点に集束した台詞には、理由なく感銘にも似た感情が沸き上がってくるのです。
霊夢の『夢想天生』を【ジャンピン・ジャック・フラッシュ】で撃ち破る、というのは、元ネタである『北斗の拳』の劇中、ケンシロウの『夢想転生』をカイオウが【無重力(?)】によって無効化した場面のオマージュとなっております。
『反作用~』云々は一応物理の教師に質問して出た結論です。
「『反作用』を受けない物体が存在したら、空間が崩れる」
なんて、恐ろしいことをのたまっていましたが気にしない気にしない。
さて、次回で最終回です。
投稿まではどうか心の隅にでも、この物語での吉影の最期を思い描いていて下さい。