【第一部】~吉良吉影は静かに生き延びたい~/【第二部】~Saint Babel Run~ 作:どくたあちょこら~た
~吉良吉影は静かに生き延びたい~
第三話 復讐と露見 前編
「やあ、あんたが件の外来人か。」
「そうだ。私は川尻浩作。君が案内してくれるのか?よろしく頼む。」
「いいっていいってそんな硬くならなくて。私は藤原妹紅。健康自慢の焼き鳥屋だ。こちらこそよろしく頼む。」
「すまないな。私のために危険な目に遭うかもしれないというのに。」
「大丈夫さ。私は殺しても死なないって有名なんだ。
それにな、私も暇してんだ。ちょうどいい暇潰しになって、むしろこっちが………」
「も~こ~う~?」
「ははは、冗談冗談。」
睨む慧音に、妹紅が少々慌てて弁解する。
吉影が慧音の家で目覚めてから、彼は【外の世界】に帰るまでの間、慧音の家に居候させてもらうことになった。
“【幻想郷】を覆う結界を管理する博麗霊夢という巫女に、とりあえずいつでも【外の世界】に帰れるように手筈を整えるよう頼み、それから暫くは【幻想郷】で暮らしてみたい”
という、吉影の我が儘を慧音は快く受け入れた。
が、診察所の判断で3日間養生することに決まり、その間【幻想郷】について慧音から詳しい話を聞いたり、人里を観光したりして過ごした。
吉影の噂は随分広まっていたらしく、外出時には目立たないよう和服を着ていたが、それでも彼は人々の、異質な存在を見る時の、好奇、そして時には敵意の視線に晒された。
実際には好奇心と好意を持って話しかけてきた人々が多数だったが、『植物のように穏やかな心』で暮らしたい彼にとってそれらは全て心の平穏を乱す攻撃に他ならなかった。
それでも彼は慧音の『手』を手に入れるまでの異世界ライフを平和に楽しむため、愛想よく振る舞っていた。内心早くもうんざりしていたのだが。
そして3日間は大した問題も起きず、予定の日、博麗神社へと向かう朝を迎えた。朝食を済ませ、案内兼護衛の妹紅という少女と挨拶を交わし、二人は博麗神社へと出発した。
水田の広がる、人里の門から少し離れた場所。
腰をひねったり、屈伸したりしている妹紅の後ろで、吉影は訝しげにその様子を見ていた。
「さあ、博麗神社までひとっ飛びと行くか!」
妹紅が準備体操を終え、吉影の方を振り向いた。
「ひとっ飛び?・・・私は飛べないが…」
「分かってるって。だからさ…」
妹紅が吉影に背を向け、中腰になる。
「さあ、乗ってくれ。」
「…え?」
「いや、だからさ、乗ってくれって言ったんだよ。」
「…大丈夫なのか?」
「心配ご無用。早くしてくれ、あまり遅くなると帰りの途中で日が暮れてしまうぞ。」
「…分かった、じゃ、じゃあ、よろしく頼む。」
吉影が恐る恐る妹紅の背におぶさる。30代の男が、(少なくとも外見は)10代の少女におぶさるという、かなり滑稽な絵が出来上がった。
「(こ、これは恥ずかしい…
人里の人間の誰かに見られていなければいいが…)」
「さあ行くよ!歯を食い縛りな!!」
「~!!?」
一気に地から離れ、森の上空へと弾かれるように飛び出した。眼下を森の木々が流れていく、というか流れ去っていく。烏の横を嵐の如く過ぎ去り、空の交通安全を乱しながら飛行する。
「どうだい、川尻?これ程高い場所にいるのは初めてか?」
風に白い髪をなびかせて、妹紅は振り返り得意げに笑う。
「…初めての感覚だ…生身でこれ程高く速く飛んだことはなかったな…」
妹紅は、かなりの安全運転で飛行していた。それでもバイクで高速道路を爆走するくらいの風圧はある。
「『生身』?生身じゃなけりゃ、こんなふうに飛んだことはあるのかい?」
「ああ、飛行機といってね、上空何里もの高さを、ものすごい速さで飛ぶ乗り物があるんだ。種類によっては音の三倍の速さで飛行するものもある。」
「【音の速さ】…!?そ、それは凄い……想像できないな………
やっぱり魔法は科学には敵わないのかもしれないね………」
「いやいや、外の科学ではこんなふうに、何も道具を使わずに飛ぶなんてまだ実現できてはいない。コストも乗り物を造る年月もバカにならないものだ。」
「成る程、どちらもそれぞれ長所短所があるってことね。」
そんな会話をしながら、二人は博麗神社へと順調に近づいていた。
「・・・?
おい、なんだあれは?」
「ん?どうした?」
妹紅は前を向き、吉影の指差す方角を見る。
そこには、鳥の群れらしきものがいた。それだけなら大したことないが、問題はその大きさである。普通の鷲だの鷹だの鳶だのの、5倍以上の巨躯。かなり離れた距離にいるにも関わらず、はっきりとその姿形が判別できる。
「おおっと、おいでなすったな。」
不敵に笑う妹紅。
「なんだあいつらは?まさか妖怪か?」
「その通り!久しく輝夜と殺し合いしてなかったんだ、血がたぎってきたよ…」
群れはもう目前まで迫って来ていた。群れは列を組むわけでもなく、てんでバラバラにこちらに突っ込んで来る。
凶悪な嘴を打ち鳴らし、ゾッとするような甲高い咆哮を上げて襲いかかって来た。
「しっかり掴まってろよ!!」
「!!?」
ギュンと加速し、妖怪共の群れの中へ突入する。吉影を一気にGが襲った。耐え難い力に頭を大きく後ろに反らし、必死に妹紅の肩にすがる。
先頭の一頭が嘴を開き、妹紅を八つ裂きにせんと、襲い来る。
「キシェェェェェェ!!」
最小限の動きで嘴を避ける。その後ろの二頭の翼をくぐり、次の一頭の爪を左に避け、三頭の脇をすり抜ける。妹紅は妖怪共の間を縫うように、瞬く間に群れを突破した。
「チッ、このままじゃ分が悪い…」
後ろを確認した妹紅が呟く。妖怪達は既に急旋回し、追跡して来ていた。
「しょうがない、一旦地上に降りてあんたを下ろす!」
「なんだと!?ちょ、ちょっと待て―――――――――うおおおおお!!?」
頭から地面に向かって、一気にまっ逆さまに急降下する。さすがにこの衝撃には耐えられず、【キラークイーン】の腕を使わざるを得なかったが、幸い妹紅は気付く様子は無い。
真下の森の木々の葉をぶちまけ、枝をへし折って突入する。地面が見えた瞬間、ギュイン!と身体を回転させて見事に着地した。
「さあ、これから殺し合いするから、悪いけど自分の足で立ってもらうよ。」
「・・・ま、待てッ・・・!!ちょっと・・・待て・・・ッ!め、眩暈が…………!」
妹紅に下ろされた吉影は地面にへたれこみ、飛行初体験の自分をおかまいなしに飛ばしまくる妹紅への苛立ちからか、少し『素』の出た口調で妹紅を呼び止める。
「おいおい、大丈夫かい?そんなんじゃ本当に死…………、っ!?
………死んじまうな・・・」
軽い雰囲気だった妹紅の口調が、突如真剣になった。吉影は訝しげに、立ち尽くす妹紅の背から目をはなし、周囲を見回した。そして、絶句した。
樹木の蔭に蠢く、無数の眼。
ギラギラと紅く輝く、渇望に満ちた双眸。
二人を囲み、涎を溢れさせながら油断なく隙を伺う、野獣の眼光。
「か、囲まれている…だと・・・?」
「そういうことだ。私でもこの数相手に『護りながら』戦うのは厳しい。死にたくないなら早く立ち上がって…」
「御心配感謝する。だがその必要は無いな。」
妹紅が振り向くと、吉影は既に立ち上がっていた。
震え1つ起こさずに、背筋を伸ばして。
その瞳に、恐れや不安は感じられなかった。
「ほう、やるねあんた。もし私があんたみたいに力もなく、見たこともない化け物の群れに囲まれたら、とてもそんな風には振る舞えないね。」
「何を言っている?私には君という慧音が紹介してくれた『信頼できる護衛』がいる。
なにより、私は戦わない。ただ護ってもらうだけだ。何を足掻こうが無力なのなら、せめて何もしないのが最大のサポートというものじゃあないか。そうだろう?」
妹紅は、知らない。彼の圧倒的自信の理由も、彼の信頼の言葉が只のリップサービスだという事も。
「・・・ははっ、確かに!戦うのは私だったな!」
空気が緩み、いつもの【幻想郷】に戻る。命をかけたりしない、『遊び感覚の決闘』の雰囲気に。
妹紅は気を引き締め、構える。
「私の背中に近寄れ。できるだけな。」
吉影は素直に従う。
森の暗さに慣れてきて、妖怪共の姿が徐々にはっきりと見えてきた。狼やヒヒ、熊を普通の5倍ほどに巨大化させたような、人との共通点など欠片もない獣ばかりだった。
「ふん、知性のあるヤツは居ないみたいだな。これなら遠慮なくぶっ殺すことができる。」
妹紅の放つ気配が豹変する。
近くにいると焼けてしまいそうなほど、強烈な殺気。
何度も殺し、殺されかけた者の持つ覇気。
妖怪共はあまりの迫力に、ジリジリと後退りし、萎縮する。
「(・・・!
なんという殺気だ……此処の娘共は皆こうなのか?)」
吉影は内心焦っていた。【幻想郷】の住民が皆恐ろしく強かったなら、彼の安心は確立されず、なにより『彼女』を連れ帰るのに支障をきたす。
「―――――――――戦う前に一応言っておくが……、私がもし、万が一死んだら、すぐに死体から離れてくれ。猛ダッシュで逃げるんだ。
すぐに妖怪達は纏めて吹っ飛ばされる。その間に、一心不乱に逃げるんだ。」
「?
……、了解だ、妹紅。」
会話が終わると、妹紅は妖怪共の方に向き直った。
「なんだ、かかって来ないのか?食事をしに来たんじゃないのか?腹でも下したか?」
妹紅が一歩前に出る。正面の妖怪がたじろぐ。
「そっちが来ないってんなら…こっちから行かせてもらう!!」
妹紅が懐からスペルカードを取り出し、高らかに挙げ、宣言する。
「時効『月のいはかさの呪い』!」
妹紅を中心に、無数の光弾が放射状に放たれた!
光弾は妖怪共の肉を容赦なく抉り、骨を砕き、脳髄を撒き散らした。
「グオオオォォォォ!!」
妖怪共が恐怖を怒りでもみ潰して襲いかかって来る。
「フン、他愛もないね。」
妹紅は次のスペルカードを手に取り、宣言する。
「蓬莱『凱風快晴―フジヤマヴォルケイノ―』」
大量の火球がばらまかれ、さらに炎の光線が放たれる。
妖怪共は避けながら迫って来たが、そこに追い討ちとばかりに巨大火球が放たれた。
向かって来た妖怪共は火球と光線に囲まれてやっと罠だったと気付いたようだが、もう遅い。身動きが取れず団子状態の妖怪に、巨大火球が突っ込む。
火球は着弾すると爆裂し、爆発に巻き込まれた何十頭もの妖怪は派手に内臓をぶちまけて吹き飛んだ。血飛沫が樹木の根や土をどぎつい色に染める。
「(す、凄い……!なんという闘いだ…
これだけの数の妖怪を、たった一人で圧倒している。爆発の威力はほぼ私と互角だが、攻撃範囲、手数が桁違いだ。真正面から戦えば、確実に負ける・・・
こんなやつらがごろごろ居るのか?この【幻想郷】には………)」
吉影の顔に影がさした。ハッと上を見上げる。
「妹紅!上だ!!」
さっき振り切ったと思っていた鳥の妖怪達が嘴を打ち鳴らし、急降下して来ていた。
「不死『火の鳥―鳳翼天翔』!!」
妹紅がスペルカードを抜き、宣言。
不死鳥をかたどった三つの爆炎が迎撃する。爆炎は妖怪二、三頭を一瞬で消し炭にし、さらに後から突っ込んで来た四、五頭を骨に変える。そのまま落ちて来た骨を、蹴り一発でぶち壊した。
「(しかも肉弾戦までこなすだとォ…ッ!?まさか妹紅、こいつも・・・!『人間』ではないのか!?)」
吉影の思考は、その対象の叫びによって中断された。
「危ないっ!!」
「ぐあっ!?」
妹紅に襟首を掴まれ、強引に空中へと引き摺られるようにして飛んだ。一瞬前まで立っていた場所に、巨大な岩が落ちてくる。
「畜生、あいつだ!!」
妹紅の視線の先、やや離れた場所にヒヒの妖怪がいた。どうやらこいつがこの岩を投げて寄越したようだ。
「ッ!
また上だ!!」
「はっ!?」
まだ残っていた鳥妖怪が、目前まで迫っていた。
「まずい!!」
妹紅は急旋回し凶悪な嘴を避けた。だが………
「うおッ!!」
「し、しまった!!」
吉影の襟首から手が放れてしまった。
吉影は地面に激突する直前に【キラークイーン】を出現させ、その腕でバレないように受け身をとる。
即座に立ち上がり、妹紅の様子を確認したが、怪しまれている様子は無い。
「川尻!危ない!!」
妹紅が必死の形相で吉影の方に、もの凄い速さで向かって来た。
「ハッ!!」
振り返ると、巨大岩が自分目掛け一直線に飛んできている。
「(まずいッ!!)」
【キラークイーン】を出現させ、自分は瞬時にその場に伏せる。【キラークイーン】は巨大岩を吉影に当たらないように、そして不自然に見えないように、絶妙に軌道修正して受け流した。
「(くそッ!一人でいるより何倍もやりにくい・・・ッ!妹紅に気を配る必要さえ無ければ、こんなケダモノ風情・・・!!
危なかった………だがこれでひとまず危機は回避でき……、…ッ!?)」
妹紅は、空中で静止していた。吉影に驚愕の表情を向けながら。
「(何ィ!?まさかバレたのか?そんな馬鹿な・・・!軌道修正は完璧だったはずだ!!なぜ…いったい何故ッ!?)」
妹紅は呆然とした表情のまま、吉影の背後を指差す。
「・・・『それ』…なんだ?」
吉影は振り返り、愕然とした。
吉影を狙ってきた岩は、彼に命中しなかったことによって、彼の背後へと迫っていた狼型の妖怪を押し潰していた。普通なら奇跡に喜ぶところなのだろうが、この場合は不幸の他の何物でもなかった。
【キラークイーン】は、ソイツの血飛沫を浴びていた。『スタンド使い』でなくても、吉影を護る巨漢の人型の存在を認識できるほど、ベッタリと。
「 (な・・・ッ!なんだとォッ~!?)」
妹紅を見る。彼女は知ってしまった。彼女に知られてしまった。自分が『能力』を持っていると。自分は嘘をついていたと。
「(どうする?どうすればいい?
【始末】するか?いや、容易く骨にされるだけだろうし、今は周りの妖怪の始末が最優先・・・!
話し合い?そんな状況ではない。
無視して妖怪と戦う?そんなことをしても、彼女は納得しないだろう。
いったいどうするべきか…………)」
彼の中で、藤原妹紅は完ペキに『タクシー』から『ジャマ者』へとクラスチェンジした。
“どうやって始末するか”、今自分が守っていた男が向けている眼差しが、自分のことをそんな視点でのみ品定めしていることに、妹紅が気付く術は無い。
「っ!?」
ふっと、吉影は彼女の背後に目を移した。目を見開く。
「ハッ!?」
妹紅がふりかえったが、遅かった。
突然発生したどす黒い霧が、妹紅の全身を呑み込んだ。
「何ィ!?」
【キラークイーン】の脚でバックジャンプし、霧から逃れる。霧の中から、肉が引き裂かれ、液体の迸る音が聞こえた。
「この霧―――――――――冗談だろう…?クソッタレが・・・ッ!」
霧が晴れるとそこには、喉を喰い千切られ、動かない妹紅の身体が横たわっていた。
「そうだよ~。お久しぶりだね~♪」
森の暗がりの中、どこからともなく、あどけない少女の声が響く。
「やはりお前か……
こいつらはお前の『子分』か?」
「ううん、違うよ~
ただ“外来人がこの辺にいたよ。”って言ったら勝手に言うこと聞くようになっただけだよ?」
「成る程、私を消耗させてから襲うつもりか。とりあえず、まずは顔を見せてもらいたいんだが…?」
「や~だよ~♪あなたの『念力』の射程とか『能力』を観察するんだから。」
「ほう、完全に捨て駒扱いか。」
「そういうこと~♪じゃあ、せいぜい頑張ってね~♪」
ルーミアとの会話が終わると同時に、樹の上で待ち構えていた妖怪数十頭が、一斉に襲い掛かってきた。
「ギャアアアアアアア!!」
「グオオオオオオオオオ!!」
「ギシェエエエエエエエエエエエエ!!」
咆哮し、牙をむき出しにし、涎を撒き散らしながら、一人の人間に襲い掛かる。
「【キラークイーン】」
吉影は極めて冷静に、スタンドを出現させる。妹紅が死んだ今、彼の唯一の味方である、彼自身の精神の片割れを。
「しばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば!!!!!」
妖怪が吉影に飛び付き、牙を剥いたまま、硬直した。【キラークイーン】の腕が、拳が、残像すら残さないほどの速さで繰り出される。
「しばっ!!!!!!」
【キラークイーン】はギュイン!!と回転し、ビタッと停止して華麗にフィニッシュを決めた。その瞬間
ドドドドドドドドォォォォォォォォォォォォォォォォ!!
「「「ギャヒャバアァァァァァァァ!?」」」
砕け散り、へし折られ、へしゃげ、ねじ切られ、肉塊と成り果てた妖怪共は樹木の幹や苔に覆われた地面にぶち込まれ、埋没した。
「(おお、素晴らしい…!この世界に迷い込んでから力がみなぎっている気がしていたが、まさかこれほどとは……!
スピードはクソッタレ仗助の【クレイジー・ダイヤモンド】と互角、パワーはそれ以上かもしれないッ!!)」
【キラークイーン】の脚を後ろに蹴り上げる。背後から飛び掛かってきた狼三頭が臓物をぶちまけて吹き飛び、樹木の幹に叩きつけられ、動かなくなった。
「(しかも【気配】にも敏感になっている。堪も冴えてきた……そういえば妹紅が言っていたな・・・昨日通過した森の茸の胞子は、『魔法使い』の力を高めるとか。これもその作用か?)」
【キラークイーン】の性能の向上を実感し、吉影はルーミアの居場所を探るべく辺りを見回す。
「うわぁ、すご~い♪でも残念、捨て駒はまだまだたくさんいるよ~」
「いい加減出て来たらどうだ?今ならまだ3分間痛め付けるだけで赦してやるが…」
「ま~だだよ~♪
かくれんぼはちゃんと自分で探さなくちゃ。」
「…分かった。探して見つけ出して気が済むまで嬲り殺してやる。」
自分に接近していた妖怪を片手間に殴り飛ばし、
「お前、【スペルカードルール】で戦うつもりはあるか?」
「何言ってるの?『外来人』のくせに。【スペルカードルール】はあくまで【幻想郷】の住民のための制度。あなたには適用されることはないよ。」
「つまり、これは【ルール】に則った決闘ではないということだな。よかった、私が断然有利というわけだ。」
「………本当に何言ってるの?【スペルカードルール】なしに人間が妖怪に敵うはずが………」
「『【殺し】なら得意分野だ』、と言っているんだよ。」
吉影の瞳が、殺人鬼のそれに変わった。
「フフッ、面白い冗談だね。」
ルーミアとの対話が終わり、声のした方向からおおよその位置を探り出した吉影は、さらに彼女の居場所を絞り込む策を実行する。
「さて、コイツも強化されているか実験してみるか。」
【キラークイーン】が左拳を突きだす。
「『【キラークイーン】第二の爆弾』、【シアーハートアタック】!!」
手の甲からドクロを模した一台の小型戦車が発射された。
「目標はクソケダモノ共より離れた場所にいる人型の熱源だ。途中の敵は爆破しろ。さあ、捜せ!!」
【シアーハートアタック】が頭上を旋回しルーミアを探している間、近寄る妖怪の頭を潰して【爆弾】に変えて投げつけ、牽制する。
すぐに見付けたらしく、地面に降り、キャタピラでパワフルに土を掴み走り出した。
「コッチヲミロォ~」
【シアーハートアタック】は地面の凹凸を利用して元気よく、体温高めの妖怪の腹を突き破り、口に飛び込み、内側から爆殺していく。妖怪は何が起こったかも分からず、大混乱に陥っていった。
【シアーハートアタック】は『標的』の探知は常時行えるが、追撃は他の熱源がある限り、一直線とはいかない。そこで『本体』、吉良吉影の観察眼の出番である。
「成る程、そこか・・・」
暫く【シアーハートアタック】の動きを観察し、そのパターンからある程度の指向性を見抜くと、その方向に目を向ける。その先には特別巨大な樹木があった。
「【シアーハートアタック】、もういい。そいつを監視しながらコイツらを片付けてくれ。」
再び飛び掛かってきた妖怪をぶちのめしながら、命令を与える。
【シアーハートアタック】はそれに従い、吉影を囲む妖怪の群れに突っ込んで行った。たちまちの内に妖怪共は激減したが、恐慌に慣れたのか妖怪はかなり近くまで迫って来るようになった。
「まずいな…、下手に放っておくと爆発に巻き込まれる危険がある・・・
仕方ない・・・」
【シアーハートアタック】を左手に戻し、両手でラッシュを叩き込む。
「しばばばばばばばばばばばばッ!!」
妖怪共を叩き、潰し、蹴り、ぶっ飛ばす。【キラークイーン】は全身に血を浴び、もはや元のショッキングピンクの肌は見えない。
「むっ?」
またしても飛んできた巨大岩を、片手で粉砕した。破片が妖怪共の肉を穿ち、痛みに吠える。
「さて、そろそろいいか。」
吉影は先ほど【シアーハートアタック】が示した方向に向き直る。妖怪は遠巻きに吉影を眺めるだけで、ただ震えている。
「そこにいるんだろう?出てこい。」
樹木の陰に呼び掛ける。
「うふふ、せ~かい♪」
ルーミアが陰から姿を現す。輝く金髪、紅い瞳、忘れもしない、その姿。
「あなた、本当に凄いんだね。これだけの数の妖怪を、弾幕も撃てないのに、たった一人で倒しちゃうなんて。」
ルーミアが可愛らしく、妖しく、不気味に笑う。
「でも、あなたも相当消耗しているはずよ。その状態で私と、残りの妖怪に勝てるかな~?♪」
吉影はただ彼女を睨み付けている。
「それに、あなたの『念力』の射程距離も形も分かったよ~
形は人型、射程はだいたい2、3メートルってところでしょ?爆発は私の位置が分かっていたのにできなかったんだから、半径15メートルくらい―――――――――」
「―――――――――だな。」
「え?なになに?何て言ったの?」
「【かくれんぼ】はお終いだな、と言ったんだ。私の『勝ち』でな。」
「…まあ、そうだけど、でも―――――――――」
「じゃあ、罰ゲームだ。君はもうお終いだが、その前に『おいた』のことは謝ってもらわないと。
とりあえずそこに、ひざまづいてもらおうかな・・・」
静かな、しかし冷たい声色で吉影は語りかける。
“本気の自分が人間ごときに負けるわけがない。”
そう考えていたルーミアには、彼の言葉は思い上がりも甚だしい只の世迷い言か新手のジョークに聞こえたのだろう。
「フフッ、そんなこと言って…――――――――」
クスクスと笑い、彼女が口を開いた時、
「ひざまづけッ!!」
ドグォォォォォォォォ!!
吉影の怒号が響いた瞬間、二人を囲んでいた妖怪が爆炎と共に吹き飛んだ。それと同時に、
「――――――――えっ………………っ?」
ルーミアがくずおれる。立ち上がろうと足に力を入れようとするが、意に反して全く動かない。恐る恐る自分の足を見た。
「きゃあああああああああああ!!」
彼女の両足はズタズタに崩れていた。
「――――――――先ほど飛んできた岩は、【キラークイーン】が【爆弾】に変えてから打ち砕いた。
小娘、貴様の隠れている樹のそばにばらまいておいた破片が、爆発したんだよ・・・」
両足を破壊され悲鳴を上げるルーミアに、吉影はゆっくりとした、だが確固たる足取りで歩み寄って行く。
「あっ、ああっ!足が!私の足が…」
「……この世界に流れ着く前、私が住んでいた町では、年に一回救急講習が開かれていたんだが……」
「いっ、痛い!痛い!!痛い!!!ああっ、足、足が…」
「君と戦った後、真剣に受けておくんだったと後悔したよ……技術を身につけなくっちゃあな………
でも、ああいうのに通っている連中ってのはどーなんだろうな?一週間も歯磨きしてないヤツが、人形相手に人口呼吸練習したり、それを使い回したりしてるのかな…?」
「ああっ、立てない!立ち上がれない―――――――――」
「【キラークイーン】に抱えられて樹の上を移動していた時が一番応急処置の必要性を実感したよ………抉れた傷口が開いてね……立ち止まったらまた君みたいなのに襲われるかも知れなかったのだし………」
ルーミアは歩み寄る吉影から離れようと体を引き摺る。
「イヤ…、来ないで…来ないで!!」
「どうした、足が二本使い物にならなくなっただけじゃないか…かかって来い………」
「ひぃっ!?」
「関節をはめ直せ!傷口に唾をつけろ!足を再構築して立ち上がれ!さあ、お楽しみはまだまだこれからだ!
ハリー!ハリー!ハリー!ハリー!ハリー!ハリィィィ!!」
「ぐっ…」
ルーミアが唇をきつく噛みしめた。血がサァッと流れる。
「(何を怯えているの、私・・・!?
あなたは宵闇の妖怪、人里の人間がその名を聞けば震え上がる、妖怪ルーミアよ!!
いくら騙し討ちされたとはいえ、相手は人間じゃない!それにこの『外来人』の言うように、まだ足を二本やられただけ・・・!恐れる必要なんてないわ・・・
さあ、この生意気な人間を食べるのよ、ルーミアっ!!)」
恐怖を押し殺し、両足に力を込め、上半身を起こす。
「妖怪をなめるなッ!!人間ッッ!!」
宙に飛び上がり、吉影を睨み返す。
「足なんてなくても、飛ぶことはできる!!」
ルーミアは一気に吉影との距離を開き、
「ブラックアウトッ!!」
闇で森を覆い尽くした。
「ぬっ!?」
闇に包まれる瞬間、【キラークイーン】の拳で背後を殴り付けた。妖怪二、三頭が頭を吹き飛ばされてくたばる。
「・・・あのクソガキ、私が接近している間に妖怪の包囲を縮めていたのか……まずいな、十分に近づいてから【シアーハートアタック】を叩き込むつもりだったが、これほど至近距離に妖怪がいると自分も巻き込まれてしまう…」
気配と音だけで襲い掛かって来る妖怪を見切り、ラッシュを叩き込む。
「しかもコイツら、やたらと感覚が鋭い。若干私の方が不利か…」
その時だった。
ドドドドドドドドドド!!
聞き覚えのある地鳴りのような轟音が響いてきた。
「!!
まさか!?」
弾幕が襲い掛かってきた!!
「うおおおおおおおお!!」
【キラークイーン】で妖怪一頭を掴み、ぶん回した。
盾にされた妖怪は他の妖怪や弾幕にぶつけられ、ボロ雑巾のような醜い姿に成り果てる。
どうやらルーミアは無差別に弾幕を張っているらしく、弾幕に巻き込まれた妖怪の肉片が吉影の顔にへばりつく。
「クソッ、大切な一張羅を!!」
弾幕が止んだことを確認し、原型が分からなくなるほど崩れて憐れな肉塊と化した(実際には見えてないが)妖怪を投げ棄て、人の頭ほどの大きさの石を拾い上げる。
「光が消滅か吸収かされるというのなら………コイツでどうだッ!ン!?」
【キラークイーン】の指先が石に触れる。
「『だいたい』で良いんだよ……この大きさなら、かなりの威力を発揮できるからな………」
弾幕が向かって来た方向に向き直り、【キラークイーン】に投擲姿勢をとらせる。
「やれっ!【キラークイーン】!!」
【キラークイーン】が石を大砲のごときパワーで投げ飛ばした。
ドグオオォォォォォォォォォォ!!
最大威力の【第一の爆弾】が爆発し、耳をつんざくような爆発音が轟いた!
「きゃあああああああああああ!!」
「「「グオオオオオオオオ!!」」」
金切り声と共に闇が晴れていく。
やがて完全に闇は消え失せ、気絶した妖怪と、宙に浮きながら目を回し、耳を押さえて呻いているルーミアの姿が見えた。
「――――――――爆風を受けた時、最も傷付きやすいのは眼球と鼓膜だそうだ。初めてこのような使い方をしたが………上手くいったようだな………」
耳を塞いでいた手を下ろし、【キラークイーン】の脚で跳躍する。
「ううっ、耳が…頭が…ジンジンするぅ…」
昏倒寸前の彼女の前に、突然吉影が現れる。
「あっ―――――――――」
ドグシュ!!
【キラークイーン】の拳が、ルーミアを貫いた。
「がはっ…!?」
ぶっ飛ばされ、樹の幹に背中を打ち付ける。骨がへし折れる音が聞こえた。
「ぐあっ…!!」
地面に倒れ込み、そのまま顔を伏せる。
腹から流れ出した大量の血液が、巨木が根を張る土に染み渡り、紅葉の落ち葉のように地面を赤黒く染め上げる。
ルーミアは苦しげに呻き、力を振り絞ってどうにか顔を上げた。
吉影の姿は無かった。ルーミアが何故彼はすぐに追い討ちを仕掛けないのか訝しく思った時、
「え…?」
突然、彼女の周りが陰った。上を見上げる。
妖怪の死体がグングンと迫って来た。
「えっ…!?」
ドグシャアァァァァ――――――――
ルーミアの体が死体の下敷きになった。
吉影はさらに5体10体20体と、死体を投げ飛ばす。瞬く間に死体の山が築かれ、破れた腹から飛び出した内蔵やら頭部から転げ落ちた脳髄やら眼球が、周囲に土手を築き上げる。
「――――――――さて、これだけやればペシャンコのグジュグジュになっているだろう。」
手をパンパンとはたきながら、自らが築いた死体の山を眺めて呟く。
「だが、まだしぶとく生きているかもしれない。確実なる安心のため死体を確認して髪の毛一本残さず爆破するとしよう。」
吉影は油断なく死体の山に歩み寄って行った。
吉影から見て死体の山の反対側に当たる場所。狼の妖怪の死体が、二度と光を見ることのない目を見開いていた。何も動くものはない。
狼の頭が、ピクリと動いた。
ゆっくりと顎を開いていく。
やがて顎がはずれるほど大きく開き、中から血と臓物にまみれた物体が顔を覗かせた。
それは周囲をキョロキョロと確認し、吉影の姿がないことを確かめると、おそるおそる死体から這い出てきた。
うっ、と呻いて傷を押さえる。腹にぽっかりと開いた穴が痛む。
「――――――――これだけやったんだから、私が生きているなんて夢にも思っていないだろうなあ……
そのままいなくなってくれれば、助かるんだけど………」
ルーミアは願いながら、這いずってこの場から離れようとした。しかしそのとき、最悪の知らせが敵によってもたらされた。
「さて、これだけやればペシャンコのグジュグジュになっているだろう。
だが、まだしぶとく生きているかもしれない。確実なる安心のため死体を確認して髪の毛一本残さず爆破するとしよう。」
――――ゾォッ――――――――――――
ルーミアは死体の山の陰で戦慄した。
あの『外来人』の発する気配が、
其処らの妖怪なんかより遥かに冷たく、自分の造りだす闇よりどす黒い殺気が、彼女を襲った。
「(なに…なんなの…この人間?霊夢や魔理沙とは比べ物にならない…!二人より遥かに弱いはずなのに!!)」
彼女は彼に見つからないように身を縮め、必死に震えを抑えつけて、這いずって逃げようとした。しかし……
「何処に行こうというのかね?」
「ひぃっ!?」
背後から掛けられた声に縮みあがる。駄目だと分かっているのに、逆らえず振り返ってしまった。
そこには吉良吉影――――――――殺人鬼が、全身血みどろの【キラークイーン】と共に、彼女を見下ろしている姿があった。
「あ…ああ…、
あああっ!!」
ルーミアが声にならない悲鳴を上げる。目が涙で滲む。震えが止まらない。身体がいうことを聞かない。
「こ、来ないで!!お願い!た、助け―――――――――」
涙声で赦しを請おうとした時、吉影は世間話でもするように彼女に語りかけた。
「『消毒液』…持ってるかね?『傷薬』でもいいが?」
「…え………?」
「ン?持っているかと聞いているんだよ。『傷薬』か『消毒液』持ってるかね?」
唐突すぎる質問に戸惑いながらも答える。
「う、ううん、持ってない……なんのこ…と?」
「持ってない…か……
じゃあ私のを使いたまえ。」
吉影が、慧音に渡された小物入れの中から傷薬の瓶を取り出し、ルーミアに差し出す。訝しげにそれを見るルーミア。
彼女が瓶を凝視している前で、吉影は瓶の蓋を開け、指先で中の塗り薬を掬い――――――――
ビッ
ルーミアの両目目掛けて、塗り薬を飛ばした。
「きゃあああああああああああ!?」
激痛のあまり泣き声を上げ、うずくまるルーミア。
「強盗とかの人質は目隠しをされると、とてつもない恐怖感に襲われ、パニックに陥るそうだ…宵闇の妖怪には効かないかとも思ったが、効果テキメンじゃあないか。」
「ううっ、目が、目がぁ…、痛い…見えない…!」
激しく目を擦るが、逆に目を傷つけるだけだ。
「私は君に近づかない。もう前のように油断してノコノコ近づいて足を潰されるのはゴメンだ……
だから…」
小石を拾い上げ、【キラークイーン】にいつでもルーミアを狙撃できるように構えさせる。
「君から少し離れた位置から、狙撃することにする。だが…いくらか精密動作性が上がったとはいえ、この距離でこんな不細工な小石を命中させる自信はないな……
もう少し近寄ってから、じっくりと狙い撃ちするとしよう…」
苦しげにうずくまるルーミアに、少しずつ歩み寄る吉影。
ルーミアは這いずって逃げようともせず、ただ泣いていた。
吉影は隙を見せずに、慎重に足を進める。
一歩…二歩…、小石を確実にぶち込める射程距離まであと一歩まで迫った時…
「――――――――
…………フフッ…」
吉影がハッと足を止める。【キラークイーン】の目でルーミアを凝視し、観察。
いつでも小石を撃ち出せるよう、【キラークイーン】に照準を定めさせる。
「…?」
「フフッ、アハハ…クスクス………」
ルーミアが上半身をゆっくりと起こす。吉影の方に向き直り、見えない目を強引にこじ開ける。涙が頬を伝う。
「ハハッ、プフッ、アハハハハハハハハハッ!!」
「……………………」
吉影の身体に緊張が走る。拳を震わせ、目の前で可愛らしい声で不気味に笑う宵闇の妖怪を睨み付けた。
「キャハハッハハハアハハアハハハハハハハハハ…!!」
西部劇の早撃ちのように瞬時に狙いをルーミアの眉間に定め、発射しようとした瞬間!!
「ブラックアウトォォォッッ!!」
ガバッと飛び起き、渾身の声で叫んだ!
闇が爆風のように拡散し、吉影を呑み込もうと迫る!!
「遅いッ!!」
【キラークイーン】の親指が小石を弾き出す、その瞬間、
ビュオォォォォンッ!
「なにィッ!?」
背後から襲い掛かってきた鳥妖怪を、左拳で殴り飛ばした。
「クソッ!まだ残っていたのかッ!?」
その一瞬の動作のために、【キラークイーン】の手元が、僅かにずれる。
「ッ、しまった!!」
もう遅い。すでに放たれた小石は、闇に呑まれてしまった。一瞬後、吉影も闇に呑み込まれる。
―――――――――小石がルーミアを貫く音が聴こえてくることは、なかった。