【第一部】~吉良吉影は静かに生き延びたい~/【第二部】~Saint Babel Run~ 作:どくたあちょこら~た
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―――――――『樫の木坂児童殺人事件 今夜0時時効成立』、『バービー40歳』………
そんな見出しが踊る、隣座席の学生の読んでるスポーツ新聞を盗み見ながら、
駅を5つほど乗り過ごし、虹ヶ丘駅に着くと、
わたしはまず、駅前の花屋で3分ばかり花の香りをかいだ。
そして駐輪してある自転車群の隙間を、他人にぶつかる事のないように注意しながら商店街に向かい、本屋に入った。
別に売れてそうもない……『鼻をなくしたゾウさん』というタイトルの本を見て、
「いったい、なんでまた鼻なんかなくしちまったんだ?」
………と、物凄く中の話に好奇心を持ったが、その気持ちをグッと抑えて、適当な雑誌を探した。
帽子をかぶった男の写真が載っていればいい…被写体の顔はどうでもいい……すぐに見つけた。
「ん……
これでいいかな……
画面から足が切れているが、全然問題はないだろう………」
ビリビリと人目も憚らず、彼は雑誌を破り始めた。
店員は気付くようすがない。
当たり前だ。
監視カメラのレンズが向いているが、何も問題はない。
破り取った写真を折り畳み、懐に仕舞うと、彼は悠々と店員の前を通り過ぎ、店を出た。
店員は見向きもしなかった。
当然のことだ。
次は【電話】だ。
本屋を出て数百メートル歩き、わたしは【電話】を借りるため住宅地に行くとマンションを探した。
一戸建てよりマンションがいい。
それと、もうひとつ…………
重要なことなんだが、ついでに【くだものナイフ】も手に入れたい。
電話を借りるのは、わたしは携帯電話(最近じゃあスマートフォンだのアンドロイドだのいうのが人気らしいが)も現金も今、持っていないからだ。
本当に持っていない―――――――所持金ゼロ。
一円玉一個だって持っていない。
まっ……『もっと便利な物』は持っているがな……
と、その時。
【着信】が入った。
「…噂をすれば………」
彼は懐に手を突っ込み、中を探り始めた。
目的の物を見つけ出し、彼は手を引き抜く。
彼の手に握られているのは、一枚の【写真】。
白髪の老人が写った、ただの写真だった。
一つ、奇妙な点を挙げるとすれば………
【写真】に写った老人が、動いているということだ。
「親父、どうだったか?」
男は【写真】に向かって話し掛ける。
親父と呼ばれた老人は【写真】から顔を出し、男を見て答えた。
「ああ、バッチリじゃ。
ヤツの居場所を見付けたぞ、吉影。」
吉影と呼ばれた男は、緑がかった青の生地にオレンジの模様が入ったスーツに身を包み、同じ色合いで模様の違う山高帽のような帽子を被り、ネクタイを着けていた。
「そうか!
よくやってくれた、さっき読んだ新聞の記事をみて、間に合わないかと思っていたが………」
「なあに、わしにかかれば楽勝じゃわい。
今夜が勝負じゃ。
いつも通り【仕事】してやってくれ。」
明るい表情を浮かべる吉影に、吉廣は得意気に笑い言った。
「………そう言えば……今夜は満月だったな。」
呟いた吉影は、左手の【腕時計】に目を落とした。
「ん?どうかしたのか吉影?」
「いや、なんでもない。
で、そいつの居場所は………?」
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あるマンションの一室。
その中で、男は寝ていた。
だが、その様子は安眠とは程遠いものだった。
耳を覆うヘッドホンは、部屋に入ると聞こえるほどの大音量で音楽ががなりたて、
アイマスクを着用しているが、落ちつきなく頻繁にずり上げては、壁の時計を確認している。
時計の針は、23時58分を指していた。
「…………あと二分……ッ!」
額に脂汗を浮かべ、男は呟く。
その声は期待と、何かに駆られたような恐怖に満ちていた。
―――――――ブツン
「ッ!?」
突如ヘッドホンからの騒音が途切れ、男は飛び起きる。
見ると、コードが切れていた。
鋭利な刃物で切断されたように。
「ヒイィッ!?」
男は情けない悲鳴を上げ、飛び上がった。
ガサッ―――――――
窓の外から聞こえた音に、咄嗟に振り向く。
窓の外の柵に刺さった、新聞の切れ端。
『15年前の樫の木坂児童殺人事件 今夜0時で時効成立』という文字が躍り、その隣には男の顔写真が載っていた。
「あ………ああ…………ッ!?」
男は顔面蒼白になり、叫びそうになるのを必死に堪えて、布団をおっ被った。
「……き……気のせいだぁぁぁ……
いつだって気のせいだ……!
あれは鳩とか鴉がやったに違いねえ…ッ!
さっきから聞こえてた声も幻聴とかだ……!」
ガクガクと震え、男は身を縮こまらせる。
「その証拠にッ…!
俺はこの十五年逃げて来れたんだ……!
そんでもって今、俺は時効が目の前のとこまで来てるッ!
ほら、見てみろよ…!もうあとほんの少しで……ッ!」
布団から顔を出し、男は時計を見上げた。
「―――――――え」
時計の針は、午前0時を回っていた。
「………お……おお…………ッ!
うおおおおおおおおおバンザァァァァイ――ッ!!」
歓喜に肩を震わせ、男は叫んだ。
「もう誰だろうと俺に追い付くことはできねえ!!
鳩だろーが警察だろーが俺のとこまで来れるもんなら来てみやがれってんだァァァ―――――――ッ!!」
男の狂喜の咆哮は、
「―――――――おめでとう、そして『さようなら』」
ドズッ!―――――――
冷めた声と、飛び散る深紅によって、唐突に途絶えた。
「―――――――今度の【標的】はどうじゃった?」
「いいや、駄目だったよ。」
人通りのない夜の裏通りを、吉良親子は歩いていた。
「このわたしでさえ、【改心】できたんだ……世の中の犯罪者共にも、【始末】する前に自首するチャンスを与えてやっているんだが………なかなかどうして上手くいかないものだ。」
「お前が改心できたのは、お前が『強かった』からじゃよ、吉影。
あんな軟弱な連中には、到底できんことじゃわい。」
吉廣は【写真】から顔を出しフワフワと浮遊して、吉影の隣に並ぶ。
「しかし、どうしてわざわざナイフなんて使って殺すんじゃ?
【キラークイーン】を使えば、手間もかからず確実じゃろうに。」
「ただでさえ指名手配犯が密室で殺されているのに、爆殺や撲殺だと、余計に目立ってしまうだろう?
ナイフでの殺害なら、まだ現実味がある。
【アトム・ハート・ファーザー】を使えば、部屋の外から【写真】に撮って刺殺が可能となるしな。」
「ふーむ、そういうものかのう。
………ところで、あの尼から次の【仕事】の依頼じゃ。
驚くなよ、今回の【仕事】の住所はなんと―――――――S市の駅前から約2kmの距離じゃ。」
「…S市………?
そう言えば、もう随分と杜王町から離れているな……ざっと13年か…」
「体感的には実質数ヵ月程度じゃがな。
どうじゃ、【仕事】のついでに里帰りというのも………」
「……止めておく。
故郷の復興の様子には興味あるが、あの町はスタンド使いが多すぎる………
下手に姿を見られては、『こと』だ。」
「それもそうじゃのう……」
「で、【仕事】の内容は?」
「【標的(ターゲット)】は一人、【軍人の家に住む者】じゃ。」
ピタリ、吉影は足を止め、まじまじと吉廣の顔を見る。
「【軍人】?なんだそれ?【軍人】って?
自衛隊ってことか?
この国に軍人なんているのか?」
「さっきの奴と違って、今回わしらは【標的(ターゲット)】を探さなくていい。
住所は分かっておるからの……
この場所に行き期限はないが速やかに【執行】してくれば良い、方法は任せる、とのことじゃ。」
【写真】の中に手を突っ込んで、一枚の紙を抜き出し吉影に手渡した。
メモを見て、吉影は怪訝そうな顔をする。
「これだけ?
名前はなんていう?
【標的】の顔写真はないのか?」
「『ない』、とあの尼に言われたわい。」
「【標的】か……当然悪人なんだろうが、しかし【執行】したあとで、人違いでしたじゃあイヤな思いをするのは彼女じゃあないのか?」
「行けばすぐわかるとのことじゃ。
その【軍人の家】にはそいつしか住んどらん。」
と、ここで吉廣は人差し指を立て、ニヤリと笑う。
「………【屋敷幽霊】って知っとるか?」
吉影は首を傾げた。
「………今、なんて……
?…………幽霊屋敷?」
チッチッ…、と指を振り、吉廣は答える。
「違う……、【屋敷……幽霊】。
その住所には今から60数年前――――ある【旧陸軍将校】の屋敷が建っておった。
時代は太平洋戦争末期――――S市は米軍の猛烈な空襲に見舞われ…その将校の家は木っ端微塵に吹っ飛んだそうじゃ。
その時幸いそこで死人は出ていないし…その将校も終戦後50年…長生きして82歳で老衰死しておる。
だが、その【軍人の屋敷】は今も存在しているんじゃ。
『その家自体が霊魂となって、未だにその場所にある』のじゃよ。」
「……………その、つまり人じゃあなくて、『家が幽霊』ってことか?」
「なんでもその【軍人の家】の付近では過去56人が自殺や変死を遂げているらしくてな………その理由を調べて、わしらにそれを取り除いてほしいという依頼じゃ。」
吉影は唾を飲むと、やや緊張した面持ちで訊ねる。
「今回の【標的】は……その、話の内容から想像するとそんな家に住めるのは『生きてる人間』じゃあないってことだよな?――――?
我々と同類なのにそいつ、住む家を持っている?
TV局にはバレてないのか?
この住所は眺めの良い場所か?」
待っていましたとばかりに、吉廣は口角をつり上げた。
「安心せい、Googleアースで既にリサーチ済みじゃ!
眺めは残念ながらあまりよくはないが、TVや一般人が立ち入るようなことはまずありえん立地じゃよ。
どんな物件かは、見てのお楽しみじゃ。」
「ほぉう……そうか、そうか……!」
吉影の表情に期待の色が広がる。
「風に吹かれず、落ち着いて本が読めて、花の絵を描いたり……
ヘッドホンステレオではない、スピーカーの音響でワーグナーの音楽に陶酔できる部屋。
誰も『幽霊が出るぞ』なんて噂を立てず、霊能者を連れたTV局がやって来ない場所で、家賃も大家の【許可】もいらない……わたし達だけの【結界】のある我が家……
それが手に入る……!」
期待に胸を膨らませる。
「12時20分発S市行き、やまびこ129号、指定・グリーン車・禁煙席
ちゃんと二枚予約しておいたぞ。
合計28160円、9号グリーン車8A・8B並んだ二席。
記憶したから券(チケット)は破り捨てておいた。」
息子の嬉しがる姿を見て微笑み、吉廣は報告する。
「ありがとう、天気予報によると、明日は晴れだ。
良い旅日和になりそうだ。」
彼ら幽霊は、ものを買わない。
服も食料も携帯電話も、彼らには必要ないからだ。
【仕事】の報酬は、もっぱら旅行に費やしている。
最も重要なのは、素敵な青空を眺めることであり、移動する景色をゆっくり楽しむことなのだ。
それ以上に重要なことがこの世にあるのか?
「………と、『青空』……か。」
ふと思い出し、吉影は夜空を見上げる。
街の明かりに掻き消された脆弱な星々を尻目に、満月が燦々と輝いていた。
顔を下ろし、左手に視線を落とす。
腕にあるのは、壊れた【腕時計】。
その長針には薄黄色の糸、短針には蒼い糸が結われている。
左手を掲げ、満月にかざす。
蒼い糸は月明かりを浴びて、艶やかなうぐいす色に変化した。
母、初恋の人、血を分けた娘。
三人の女との思い出が、爽やかな春風となって、彼の心を吹き抜けた。
「―――――――親父………」
手を下ろし、ポツリと語り掛ける。
「………ありがとう、親父。
親父がいたから、わたしはあそこから『生きて』帰って来れた。
親父がいなければ、わたしは【アトム・ハート・ファーザー】で夜の寝床をとることも、【仕事】を気楽にこなすこともできなかった……
もしかしたら、通行人に怯え、木の上や電柱の陰で膝を抱えて踞っている、本当の死人として、ただ死なずに無為に時を過ごしていたかもしれない………」
「………なんじゃ突然?
わしに隠居させないようおだてて、こき使おうって魂胆か?」
照れ臭さを隠すように、吉廣は冗談を返す。
「………礼を言うのはわしじゃ。
お前が助け出してくれなかったら、わしこそ【小道】に引き摺られて、地獄というものを体験していたかもしれんからのう………」
「…あれは簡単だった。
【結界】の交差点は三叉路で、分かれ道の先は二つしかなかったからな。
一度は【三途の川岸】まで連れていかれたが、昼寝していた渡し守に【バイツァ・ダスト】を仕掛け、三叉路前に戻って『もう一方(Another One)』の道へ進む、
途中、親父をひっ掴んでな。」
遠い目をして、二人はあの時のことを思い出す。
「……【暗闇】の中に親父を見付けた時、本当に嬉しかった……」
「……わしもじゃよ、吉影。
最悪、お前だけでも……と思っておったが…こうして【外】に帰ってみると、わしの【能力】が必要とされるのが分かって、助かって正解だったんじゃなと今では思っておるわい。」
「………いや、【能力】のこともあるが………」
口を開き、味わうように言葉を返した。
「―――――――やはり良いものだな……、【家族】というものは。」
しみじみと感慨深く、溜め息を吐く。
実際には現実の空気を動かすことはないが、死の冷たさではない、確かな暖かさが溢れていた。
「―――――――お、そろそろじゃ。」
顔を上げ、吉廣は吉影に言う。
前を見ると、午前0時を回っても未だ衰えない繁華街の絢爛たる煌めきが目に入った。
「……次の【仕事】が終わったら、奮発して海外に行ってみようか。
イタリアなんてどうだ?
ジェノヴァの『パラ・ヴィッツーニ庭園』の夜景を眺めながら、気に入った景色を【写真】におさめるんだ。
そこを拠点に、いつでもイタリア中を散策できるようになるぞ。」
「そりゃあ良いな。
ところで、この間甲板に【写真】を仕掛けておいた貨物船、さっき調べたらどっかの港に停泊しておったぞ。
どこか分かったら、そこも『撮影』しておくか?」
「どこだっていいさ。
どんな場所でも、回ってみるべき価値はある。
わたし達には、有り余る時間があるのだからな………」
幽静たる幽霊たちには似合わない、夜の街の活気。
眩しいネオンと人間の騒々しさも、彼らには絶えず変化する素晴らしいきらびやかさとして目に写った。
「(―――――――今夜はどこで…休むとするか…………―――――――)」
談笑する二人の幽霊は、夜の雑踏の中へと消えて行った。
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ED Silver Forest 『霞舞う月の丘に』
次で最後です。お楽しみに。