【第一部】~吉良吉影は静かに生き延びたい~/【第二部】~Saint Babel Run~ 作:どくたあちょこら~た
【第二部】~Saint Babel Run~
第三話 『片鱗 前編』
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纏わり付く湿気と瘴気。
まだ日もそれ程傾いていない時刻であるはずなのに、宵の刻のごとく暗い森。
鬱蒼とした蟲と茸の王国を、一頭の馬が駆け抜けて行く。
たてがみを靡かせ、規則的な足音を響かせて自由に走るその姿は、人外ですら足を踏み入れたがらない魔境であるこの【魔法の森】には全く場違いと言う他無かった。
この自然の作り出した悪路を、なぜこんなにも自在に疾駆できるのかという疑問は、その走行の様子を見れば自ずと解消できるだろう。
朽木や苔が蔓延る劣悪な足場が、馬を駆る男の右手が『何かを撃つ』ような素振りをすると、地面に『波紋』が拡がり瞬く間に草や礫が薙ぎ払われ、振り下ろす蹄鉄をしかと支える快適な道路に豹変していった。
「ホル・ホース、次の【遺体】の位置は感じた?」
馬上に跨る人物の横、ピッタリとつけている小柄な影ーーー『氷精』チルノが、ややうわずった声で問うた。
「いんや、生憎俺の【左腕】には大した変化は無いぜ。
近付いても反応しねぇモンかもしれねえし、まだ遠いって証拠かもしんねえよ、ーーー【遺体】からもーーー【悪魔の手のひら】っつートコからもな…………」
左手で手綱、右手で【皇帝(エンペラー)】をめまぐるしく操りながら、ホル・ホースは半透明のマスクの下、口を動かした。
ーーーーーーーーーーー事の発端は、今から数時間前。
『兎耳の女』の惨状を目の当たりにし激昂したホル・ホースの脳は、チルノの怯えた目を見たショックで逆に冷え切ってしまった。
狼狽していた彼も、一度外に出て竹林の景色と風を感じ、何度か深呼吸すると、冷静さを完全に取り戻した。
すぐさま【永遠亭】内に引き返し、チルノと顔を合わせ、先程の醜態の謝罪をした。
最初は不安げな表情だったチルノも、普段の気さくなホル・ホースである事を確認するや否や、いつものようにじゃれついてきた。
「早速【遺体】探しに行くわよ!早い方が良いわ!誰かに取られる前に!」
妖精の精神とは子供そのものであり、子供とは冒険心の塊である。
ワクワクと目を輝かせ、旅の出発を急かしてきた。
「ああ、その通りだぜチルノ。何も最初に【遺体】を見つけたのが俺たちだとは限らねえ。
すでに他の部位を手に入れていて、今この瞬間にも残りの【遺体】を血眼になって探している連中がいるかもしれねーんだ、早いに越したこたぁねぇよ。
でもな~……チルノ。」
ホル・ホースは渋い顔つきで、チルノをたしなめる。
「『手掛かり』がねえんだよなぁ~…どこを探せばイイのか、サッパリ分からねえ。
まずは『手掛かり』を見つけることだぜ、出発はその後だ。」
ホル・ホースの言葉を聞き、む~と頬を膨らませるチルノ。
「今持ってる【左腕】に、なんか『ヒント』とかないの?
こういうお宝って、だいたいは見つける度に次のお宝の在処を教えてくれたりするものなんじゃないの?」
「物語や昔話の中じゃあそうなんだろ~がなぁ…
…いや、実はよォ、『ヒント』らしきモンは【左腕】にゃああるんだ。」
「えっホント!?なになにどんなの!?」
目を輝かせて飛びついてきたチルノに、浮かない顔で自分の【左腕】を凝視していたホル・ホースは、袖を捲って見せた。
「この部分、よく見てみな。『文字』が浮かんでんだろ?」
ホル・ホースが指差した場所、明らかに日本語でない言語で、何事か記されている。
「『ラテン語』っつー由緒正しい言語だ。
movēre crūs(モヴェーレ・クルース)、日本語に訳すと『脚よ動け』。シンプルに考えるとすりゃあ、俺の『脚を治したい』っつー望みを【遺体】が見透かして、そいつを御丁寧にも【左腕】に彫り込んでくれたってことになるが……」
「なるけど?」
「この『文字の配置』……なんか不自然じゃあないか?
『movēre』と『crūs』の間が妙に開いてる…それに、『movēre』の方は随分とへしゃげた形になってるぜ。
ど~もこの『形』が、次の【遺体】の在処を教えているように思えてならねえ。」
ホル・ホースが指でなぞった『文字列』は、確かに不自然に歪んでいる。
「『文字の並び方』が『ヒント』?どーゆうこと?」
「そこが俺にも分からねえんだよなぁ~…
チルノ、オメーはなんか知らねえか?『脚』に関係ある場所ーーーー例えば、『脚』と名のつく山とか川とかーーーーあとは、この『並び方』を見て思い付く場所とか……何でも良いぜ、とにかく思い付いたら言ってくれ。」
「『脚』?『脚』ね!分かった!」
う~んう~んと頭を捻るチルノを横目に、ホル・ホースは思案を再開する。
やはり【遺体】と『兎耳の女』が埋まっていた場所に戻って、もっと隈無く痕跡を探すべきなのか。
いや、しかしーーーー背筋を撫でる悪寒を感じ、ホル・ホースは僅かに身震いする。
「(あの『場所』………明らかになにかしら異様だった…!
優曇華と一戦交えた時は、彼女の幻覚のせいかと思ってたが……今じゃハッキリ言える!
優曇華と遭遇する前から感じていた、あの『ものスゲえ数の視線』!『勘違い』なんかじゃあねぇ…ッ!
ゼッテェに『何か』いたッ!優曇華とは無関係な『何か』がッ!!)」
妖精ゆえの愚直さで、頭が煙をあげかけるほど知識を掘り起こしているチルノの横、ホル・ホースは険しい面持ちで俯いている。
「(できりゃあ、あの道は通らずにこの竹林から抜け出してェくらいだ……!
勝てねぇ勝負はしねえ、喧嘩も売らねぇ、ヤバ過ぎるモンには近寄らねえ、それが俺の人生哲学…
だが、もしこのまま『手掛かり』が掴めねぇんなら、あの『場所』に引き返すしかなくなる!
どのみち【遺体】と出遭っちまった時点で、『ヤバい道』に片足突っ込んでんだ…!…覚悟を決めろホル・ホース……ッ!!
なっさけねえだろが…この老いぼれになってまだ『ビビり癖』が抜けてねぇようじゃあ、臆病の真反対にいるみてえなテメーの隣の娘に顔向けできーーーーー)」
「あったァーーーーーーーっ!!!!」
突如休憩所内に響き渡った歓声に、両手の組んだ指を握り締め思案に耽っていたホル・ホースの体は車椅子の上で軽く跳ねた。
「あった!これよ!見て!ホル・ホースっ!!こっちっ!」
ブンブンせわしなく右手を振り、興奮した様子でホル・ホースを呼ぶ。
この休憩所にいるのは二人だけであるが(盗み聴きを恐れたホル・ホースがそういった場所を選んだからだ)、反響するチルノの声は【永遠亭】特有の長い廊下の曲がり角の先にまで筒抜けなのではないかというくらい大声である。
「待て待て待て待てチルノ今行くッ!行くからちょっと声抑えろッ!!」
小声で怒鳴り、ホル・ホースは急いで車椅子を漕ぎチルノのもとへ向かう。
チルノは指摘されて初めて自分の声の大きさに気付き、慌てて口を押さえた。
「これよ!この新聞!」
チルノが指差す方に目を落とすと、暇潰しのためにと【永遠亭】の好意で置いてある新聞立てがあった。
数部あるうちの一つ、『花果子念報』なる新聞の一面に視線を向けると、
「あッ!?」
ホル・ホースの口から、驚愕の声が漏れた。
ーーー『〝悪魔の手のひら〟現る 今度は〝魔法の森〟』ーーー
でかでかと踊る見出しの下、これまたでかでかと存在を主張する一枚の写真。
〝悪魔の手のひら〟と呼ばれているらしい、自然現象が創り出した風景。
その形には、見覚えがあった。
「この山っ!この記事の写真にある山!
『同じ形』だッ!!ホル・ホースッ!
『ここへ行けッ』って教えてくれてるのよッ!
きっと次の【遺体】はこの山にあるッ!」
先程より抑え気味の声で、しかし興奮が抑えきれない声色で、チルノはホル・ホースに熱弁する。
「ーーーーーーーああ、そうだ…!そうに違いねぇ…ッ!!
次の【遺体】は間違い無くあるぜッ!【魔法の森】に!
でかしたぜチルノッ!やっぱオメーは天才だッ!!」
ニッと快活に笑い、チルノの顔を見下ろす。
「ふふん、あったり前じゃない!
あたいはあんたの『親分』なんだから!」
得意げに鼻を鳴らし、しかし褒められた喜びに顔をほころばせて、チルノは胸を張る。
「じゃあ決まりね!【遺体】探しにっ!しゅっぱあぁぁーーつっ!!」
チルノはワクワクと肩を震わせて、軽快に飛び跳ね拳を突き上げた。
ーーーーーーーーーーーーーー
「ーーーーーーーん?」
「?
何か見つけたの?ホル・ホース?」
【悪魔の手のひら】を求め【魔法の森】を探索していたホル・ホースは、ふと眉をひそめ声をあげた。
「ーーーーいや、さっきから【マンハッタン・トランスファー】で前方を見張ってんだけどよ………
この先に『人』がいるみてぇだ。」
「『人』?人間ってこと?」
「『妖怪』かもな。『妖精』じゃあねえ、背丈が高い。」
険しい顔つきで、ホル・ホースは前方を睨む。
「チルノ、一応『警戒』しとけ。」
ホル・ホースの言葉を聴き、チルノもやや身体を強張らせ身構える。
優曇華の一件で、僻地で無警戒に他人に接近することの危うさを嫌というほど味わった。
いかな妖精とて、その恐怖体験を忘れて無邪気に振る舞うことは許されない。
やがて、木々の間隔が大きく、やや開けた場所に出た。
「…………あっ!…」
そこに来てチルノも『人』の存在を視認し、声をあげた。
二人の視線の先、森の湿った地面の上に、大きな黒いとんがり帽子が転がっていた。
その先には、ややクセのある長い金の髪と、泥に汚れた白いエプロンが見える。
「女だ、しかも子供だぜ。」
「あたい知ってる!あいつ魔理沙だ!」
馬を止め、森の中で倒れ込んでいる少女の姿に驚くホル・ホースに、チルノは耳打ちする。
「マリサ?妖怪なのか?」
「ううん、魔理沙は魔法使いだけど人間。妖精の間だと結構有名な人間よ。」
「人間?あんなちっこい人間の娘が、なんだってこんな危ねー森ん中にいんだ?」
「魔理沙はこの森の中に住んでんのよ。」
「………そうかい。」
妖怪すら近寄らないような森で、暮らしているという少女。恐らく家族といるワケではなく、一人でここに住み着いているのだろう。
勝手に事情を勘繰り憐れむことは侮辱にあたると十分理解しながらも、気を使ってやらねばならないという気持ちがホル・ホースの中で芽生えた。
もとより、『女性』がこのような危険地帯で負傷している場面に遭遇しては、彼の良心が黙ってはいないのだが。
ふと魔理沙の周りを見ると、いかにもこれに乗って飛んどりましたと言わんばかりの箒が側に転がっている。
「ありゃ、どうやら箒から落ちたらしいな。
その魔理沙ってヤツ、顔から流血だぜ。」
「落ちた?あの魔理沙が箒から?」
チルノは訝しそうに首を傾げる。
「こんだけ入り組んだ森ん中だからな…いくら彼女のホームつったって、油断してスピード出しゃいつ事故ってもおかしくねぇ。
うずくまったぞ………!!頭をかかえこんで横になった………」
魔理沙は血の流れる頭を抱え、地に伏した。
「助けに行かない方がいい、魔理沙は物を盗むって有名なのよ。
【遺体】のパワーに気づいたら、絶対に奪いに来る!」
目を細めて警戒するチルノに、ホル・ホースは苦笑いして目を向ける。
「おっ、オメーそーいうこと言うのか~?
確かに、先を急ぐうえ敵を増やすわけにゃいかね~のが今の俺たちだ……
だが命にかかわる負傷してるかもしれねえんだぜ…様子みてやろう。」
言うと、ホル・ホースは馬の鼻先を魔理沙に向け、手綱を操る。
「やめた方がいいって!ホル・ホース!」
「流血がかなりひどくなってる!見てやるだけだ。」
チルノの制止を遮って、ホル・ホースはゆっくり馬を進める。
と、突然、ヒヒヒーンと彼の乗る馬がいなないた。
ガッ
「痛で!」
唐突な衝撃に、ホル・ホースは反射的に声を漏らす。
「ブルルッ ブルルッ」
鼻息荒く、馬は身を震わせる。
「どう。どうどう…」
落ち着いた様子で、ホル・ホースは馬をなだめた。
ガッ
ガガッ
ここで、先程の衝撃の正体がホル・ホースにも理解できた。
足下の隆起した地面が、馬の蹄を絡め取ったのだ。
「(ここらの地面、やたら地面が尖ってるな。馬もなぜか怯えてる……)」
不自然な凹凸から目を離し、魔理沙に向かって呼び掛ける。
「嬢ちゃん、魔理沙っていうんだよな?
大丈夫かッ!【永遠亭】に行きたいならそう言えッ!運んでやるぜ!」
ホル・ホースの呼び掛けに、魔理沙はゆっくりと頭を上げる。
血の伝う顔を二人に向けると、一瞬目を見開き、次に露骨に警戒心のこもった視線を送る。
「……あん…た……『外来人』……だろ?」
「…おう、鋭いな嬢ちゃん、その通りだぜ。」
痛みと不愉快さでしかめっ面で問う魔理沙に、ホル・ホースは気さくな態度を崩さず肯定の言葉を返す。
「……ふんっ、大きなお世話だぜ。
『外来人』に貸しを作るなんて真っ平だ…とっとと消えな。」
片眉を上げ、好戦的な笑みを浮かべて、魔理沙はホル・ホースの提案を突っぱねた。
それを受けてホル・ホースは、好意を無碍にされたにも拘らず、嫌味の無い笑顔を浮かべる。
「…ヒ………ヒッヒ!
どうやら平気らしいな!!
そいつは良かった!……行くぞ、チルノ。」
クルリと馬の向きを転換させ、ホル・ホースはその場を離れていく。
「あっ、うん!」
何事も無かったことに安堵して、チルノは彼の後を追った。
「……………ううっ………」
二人が立ち去った後、魔理沙は再び土の上に倒れ込んだ。
顔は青白く、明らかに先程より症状が悪化している。
何度か呻き声を上げて、眠ったように沈黙した。
ーーーーーーー【魔法の森】の鬱蒼とした木々に遮られなかったとすれば、幻想住人は上空からその異様な光景に気付くことができただろう。
身体を丸め地に伏せる魔理沙を囲うように横たわる、隆起の全貌に。
彼女の幼馴染である薀蓄屋が『名前の無い龍』と表現した、太古の王者の亡骸にーーーーーーー
「ねえ、【悪魔の手のひら】見つけるまであとどれくらいかかりそう?」
「そいつは俺も見当がつかねえな。
あの新聞には『【悪魔の手のひら】は突然消えたり移動したりする』と書いてあった。
下手すりゃもう【魔法の森】から無くなっちまってる可能性もある。」
やや気だるげなチルノに、ホル・ホースは大雑把な【幻想郷】全土の地図を見ながら答える。
「うーん、やっぱりあんな【お宝】、簡単には見つからないもんね…」
妖精は『自然の権化』だ。周りの環境に非常に影響を受けやすい。
【魔法の森】の瘴気と憂鬱な暗さが、チルノの精神に悪影響を及ぼすのではないかと危惧していたホル・ホースは、先程からのチルノの態度が、単に【遺体】が見つからないことにイラついているのか、それとも心に異常が起こり始めているのか、若干の迷いがあった。
「(ま、こんな陰気な場所に留まっていちゃ、妖精じゃあなくても気分が沈んで当然だな。)」
ここらで引き時かと判断し、ホル・ホースはチルノに告げる。
「チルノ、そろそろ日が傾いてきた!
あと暫く走れば森を突っ切って抜けられる!
今日はここで止めだ、一旦休んで、明日の朝から探索するぜ!」
「…うん、分かった。」
終了が近い旨を聞き、若干明るさを取り戻した声でチルノが返事する。
「(やっぱチルノを連れて【魔法の森】に入るのはマズかったな…
明日はどうにか説得して、森の外で待機してもらわねえと……)」
ホル・ホースがチルノの不調を案じた時、
「ッ!」
ホル・ホースが息を呑んだ。
「チルノッ何か来る!」
「えっ!?」
ホル・ホースの強張った顔を見て、チルノは辺りを見渡す。
「後ろからだ!馬も怯えてるッ!
スゲースピードだ!」
馬を方向転換させ、接近する相手と対峙する瞬間のために、二人は身構える。
それは、突然だった。
繁茂した木々の葉を蹴散らして、黒い影が矢の如く飛び込んで来た!
「ッ……!?」
「ああっ!?」
ホル・ホースとチルノは目を見開いた。
「ヤッホーお二人さん!」
先程血を流して倒れていた霧雨魔理沙が、箒に跨り二人の眼前に現れたのだ。
「あんたらおっそいなァーー!あっと言う間に追いついてしまったぜ!いや、私が速すぎんのかなァー!?」
ホバリングしながら、やけにデカイ声で二人に話し掛ける。
「おたくら、もうすぐ日が暮れるが、どうするつもりなんだ!
その先に私の家がある…野宿はやめた方がいい!
この辺はおっかない妖怪がいるからな!
この間日が暮れた時に妖怪に囲まれたんだ!!
数匹の一反木綿と数匹の犬神になっ!一反木綿と犬神が私の行く道を塞いで通れなかったんだ………!
廻り道しようと思ったら…このうち片方がなんと私に襲い掛かるのを待ってくれたんだ!親切にも待ってくれたんだぜ、妖怪がだ…!
いったいどっちの妖怪が待ってくれたと思う?
一反木綿か?犬神か?どっちだと思う?」
「……え?」
突然現れて、先程の態度とは真逆の馴れ馴れしさでベラベラと喋り立てる魔理沙に、ホル・ホースは困惑しチルノは目を丸くしている。
「答えは一反木綿だぜ!『いったん』ッ!いったんーーーっ!ジャスタ モーメン(木綿)ト(ちょっと待って)ォォーってな!」
ビシィッ!と人差し指を向け、ハツラツと言い放つ魔理沙。
そして、両者の間を吹き抜ける、ブリザード並みの寒風。
「………あ?」
「……………?」
魔理沙の『ハイさ』に気圧されて、思わず零れたのは純粋な疑問符であった。
「おいおいクイズだよおたくら、ただのクイズさっ!なんだと思った?
でも、その後犬神に道で箒を喰われたりして!『ほう、きに入った』とか言って!犬神がみんなして『ほう、きに入った』なんて言ってたりして!!」
もはや背筋に薄ら寒いものを感じながら、二人は魔理沙に奇異の視線を投げ掛ける。
ホル・ホースに至っては冷や汗が流れる始末だ。
そんな二人をよそに、魔理沙はえらく上機嫌に高らかな喜びの声を上げる。
「気分がいいッ!なにかすごく気分が爽快なんだッ!いいぞッ!さっき箒から落ちたせいかな…体もすごく軽いッ!日が暮れるのが残念だぜ!」
言い終わると、今度は急発進しホル・ホース達を追い抜いて、
「こっちだ!私の家がある!
きったない家だが、大丈夫あんたら二人くらいなら寝られるスペースがある筈だぜきっとッ!
着いて来なッ!私のスピードに匹敵できるんならなァァーー!!」
ギュンッと加速し、高笑いを残して森の奥へと飛び去って行った。
「……………おい、チルノ!
なんだ?あいつは?魔法使いって、こんなラリったキャラなのか?」
暫し茫然と魔理沙の消えた方角を見つめていた二人だったが、ホル・ホースは眉をひそめチルノに確認する。
「し、知らない!確かに、前から変なヤツだって言われてたけど、でも……なんか変だった。あいつ変だ!
さっきは大怪我だと思ったのに!」
ブンブン首を振りホル・ホースの質問を否定した。
「それに…なんで後をつけて来たの?
まさか、【遺体】を狙っているとか?」
「ーーーーーーそんな筈はねえ…【遺体】のことを知っているとは思えねえし、【左腕】のパワーに気付いているなら、とっくに襲い掛かって来ていても良い筈だぜ。
俺たちが【遺体】の他の部位を探しているなんてことまで察した上で、横取りしようとしてるなら、もっとコソコソ隠れて付け狙う筈だ。それに……」
「それに?」
「さっきのあいつからは、全く殺気とか敵意とかを感じなかった…これ、割りと信用してくれて良い情報な。」
「……でも、あいつ『ついて来い』って言ってた!ホントは家じゃなくて、落とし穴とか罠に誘い込もうとしてるんじゃないの?」
「いんや、それはねえ。見てみろよ。」
警戒心の晴れない表情のチルノに、ホル・ホースは魔理沙の通っていった方を指で示す。
「この道、ヤケに枝や葉が少ねえと思わねえか?あいつが突っ切って行く前からだぜ。『トンネル』みたくなってる。
この道は普段から使ってる通り道だ、自宅からどっかへ出かける時のな。まず『家に向かってる』のは疑う必要はねえだろ。」
「おいおたくら、何チンタラやってんだ!?」
「「ッ!?」」
おもむろに聞こえた声に二人が咄嗟に顔を上げると、魔理沙が訝しむような顔つきで見下ろしていた。
「あんまり遅いもんだから引き返して来たが、なるほどな、確かにあんたらじゃあ私の背中は追えないもんな!
よし分かった!この魔理沙様がおたくらに合わせてゆっくり飛んでやる!
はぐれずに着いて来いよッ!」
言うだけ言うと、クルリと背を向け、馬でもなんとか追えるくらいの速さで、家路を飛んで行った。
「……い…いつの間に引き返して来たんだ?」
「さ、さあ…?気付かなかった…」
奇怪な行動を立て続けに起こされ、二人は完全に向こうのテンションから置いて行かれている。
「…で、どうするの?今夜は魔理沙の家に泊まるのか?」
「…いや…やっぱあいつどっか怪しい…魔女の家に招かれるってのも、言っちゃ悪いが縁起でもねえ。せっかくだが、あの誘いはお断りさせてもらおうぜ。
だが、さっきの怪我の拍子に頭を打ったとか、ミョ~な茸の胞子を吸ったとかなら心配だな。
取り敢えず家までは見送る、だが入りはしない。そのまま森を突っ切って外に出る。それで良いな?」
「…うん、早く出よ。この【森】嫌いだ…」
チルノのやや暗めの返事を聞き、二人は魔理沙の後を追った。
「(ーーーーーチルノのヤツ、相当【魔法の森】に影響されてるっぽいな……
本来、あんな風に人を疑う性質(タチ)じゃあねぇ…早めに脱出しねえとな……)」
横を飛ぶチルノの、普段からは程遠い覇気の無い顔をチラリと横目に見て、ホル・ホースは懸念する。
「(魔理沙……あの魔女っ子が【遺体】を狙って来てるってこたぁ無いだろうが……最初に会った時の『外来人』である俺に対する敵意が、キレーに消えたってのがよく分からねえ…チルノには黙っといたけどな…)」
前を飛ぶ魔理沙の背中に視線を移す。
彼女は先程のやかましさが嘘のように振り返ったり言葉を発したりせず、黙々と足を、いや、箒を進めている。
「(急に黙りこくっちまったが、まあ『森のコース』は外れちゃいねえ。
このまま無事に家に着いてくれんだろ。そしたら適当に断って、森の外に出るか…まだ森の中が完全に暗くなるまで時間もある……)」
「(…そう言やぁ……俺たちの他に【遺体】の存在を知っているヤツが、俺らの近くにあと何組いんだろうな…)」
【永遠亭】を発つ前から抱いていた、一つの懸念。
それは、『八意永琳が自分たちを泳がせて利用しようとしているんじゃないか』という危惧だった。
「(永琳は俺の治療中、この【左腕】の『パワー』に気付かなかったのか?
あれだけ察しが良くて、気の回る彼女が?
気付いていて『敢えて』黙っていたと考えるのが自然だが……ま、聡明な彼女が無言の『GOサイン』を出したっつーことだから、【遺体】集めがそんなオッソロシイことじゃないって太鼓判押してくれたってことにしとくか。)」
そう、今の問題は【遺体】が手に入るかどうか。手に入れた後の心配は、その時になってからでも遅くはない。
魔理沙の後を追い、【魔法の森】の中をひた走っていた時、
「……ッ!?」
ホル・ホースが突然、何かに反応し背後を振り向いた。
「っ?何?ホル・ホース!?」
ホル・ホースの異常に気付き、チルノが問いただす。
「『何か』追って来てる!スゲー速さだッ!
魔理沙ッ!!止まれ!なにかヤバイ!」
振り返らず後ろの魔理沙を呼び止め、【マンハッタン・トランスファー】に集中する。
「一つじゃねえ!20はいるッ!
ちっこいが素早いヤツがこっちに向かってやがる!」
メギャンッ!
ホル・ホースは【皇帝】を、チルノは冷気を構え、自分たちを追う何者かの到来に備える。
ガサリと葉が揺れ、緊迫の一瞬が訪れた。
「ッ!!
なんだコイツら…ッ!?」
木々の枝から躍り出て来たのは、フィギュアサイズのトカゲのような生物だった。
二本の脚で地面を蹴り、俊敏な動きで向かって来る。
「向かって来るぞッ!
チルノ!魔理沙ッ!構えろォォッ!!」
怒鳴り、ホル・ホースは【皇帝】の引き金を引く。
スタンドの銃声を響かせて、銃弾が先頭の『トカゲ』に向かっていった。
軌道を変化させ、近いヤツから順番に縫うように撃ち抜くつもりだ。
ヒュンッ
「ッ!?」
だが、ホル・ホースの目論見はあっさり破られた。
『トカゲ』は目にも止まらぬ動作で【皇帝】の弾丸を避け、何事もなかったかのように接近を続ける。
「避けたッ!?コイツら、【スタンド】が見えるのか!?」
「トカゲめっ!こっち来るなぁッ!!」
驚愕するホル・ホースの横で、チルノは両手の冷気から氷を作り出し、一気に展開する。『パーフェクト・フリーズ』、スペルカードバトルでの彼女の十八番を実戦用の威力にしたものだ。
「ッ!?」
猛然と突進してきた『トカゲ』たちは、突如現れた『氷の弾幕』に驚いたのか、一斉に足を止めた。
「魔理沙!アンタは『魔法の森』に住んで長いんだろォ!!
何でもいい!この『トカゲ』どもについて知ってることはーーーーーーー、ッ!?!?」
油断なく【皇帝】の銃口を『トカゲ』に向け、後方の魔理沙に呼び掛けて振り向いたホル・ホースは、愕然と顔を凍りつかせた。
「えっなにーーーー、っ!?」
つられて振り返ったチルノも、息を呑み表情を硬直させる。
ーーーミシーーーーーーメキメキーーーーーーーーメリッーーゴギーーッ……………
魔理沙は、箒から降りていた。
二人に背を向け、屈んだ姿勢で、地面に立っている。
彼女の黒い魔女服の背中は、異様な形に隆起しており
ダラリと垂れた両の手は、乾燥した鱗のようなものに覆われ、鋭い鉤爪が覗いている。
肩幅も身長も、肉体が軋みをあげて膨張していき、彼女のトレードマークたる衣服や帽子は、溶けるように皮膚に呑み込まれていった。
「ーーーーーーーグルル………グルルルルル…グルル…………」
猛獣のような唸りを洩らし、『魔理沙だった』それは振り向いた。
「………なんてこった……
俺たちは……!既に…ッ!?」
ホル・ホースの額から、汗が流れ落ちる。
「既に…!囲まれちまってたのか……ッ!!」
人間より大きな『トカゲ』と成り果てた魔理沙は、その巨体を振るわせ、獰猛に咆哮した。
今回、SBR原作をなぞる形になってしまっていますが、原作の焼き直しでなくちゃんと独自路線で書いていくつもりなので、ご安心下さい。