【第一部】~吉良吉影は静かに生き延びたい~/【第二部】~Saint Babel Run~ 作:どくたあちょこら~た
トンガリ帽子が変化した黒い一角、頭部から背中にかけて輝く金の鱗、そして体表全体を覆う黒と腹部の白のコントラストなどに、魔理沙の特徴は受け継がれてはいる、が。
しかし、それを『面影が残ってる』などと無神経に表現しようものなら、世の婦女子から冷然たる視線を突き刺されることは想像に難くないほど、
その姿はかつての可憐な魔法少女の美貌からは掛け離れて醜く、おぞましいものであった。
「ギャアアアーーース!」
魔理沙が、否、先程まで魔理沙であったモンスターが、咆哮した。鋭い牙がズラリと並んだ大口を目一杯開いて。
「…………え……?ま………魔理…沙…!?」
茫然と、誰に問うでもなくチルノの口から呟きがこぼれる。
「【スタンド】だ…ッ!この『トカゲ共』は【スタンド能力】だッ!
俺の【皇帝(エンペラー)】を目視で避けやがったッ!
すまねえなチルノ……!おめーの言ってたことは間違ってなかった…まんまと嵌められちまったぜ…
【スタンド使い】だぜ、この魔理沙っツー魔女っ子はよォーッ!!」
額に汗を浮かべながら、ホル・ホースが叫び、彼が理解した事実をチルノに告げた。
「ッ!?」
同時に、彼は【マンハッタン・トランスファー】から伝わる『気流の乱れ』を察知。
瞬時に正面に向き直ると、『トカゲ共』が一瞬止めていた行軍を再開させ、我先にと迫ってきていた。
「チッ………!」
これ以上包囲を狭められてはひとたまりもない。ホル・ホースは自身の脳内で渦巻く、魔理沙の変貌に対する諸々の困惑を瞬時に塗り潰し、暗殺者の眼差しで銃口を『トカゲ共』に向ける。
だが、
ガンッ
ゴッ
「ギャアァッ!?」
「…あ?」
真っしぐらに向かって来た『トカゲ共』は、『パーフェクトフリーズ』の障壁を歯牙にも掛けないと言わんばかりに、何の捻りも無く直進し、
宙に浮く超低温の結晶に激突しては、体温の急激な低下によるショックでコロコロと死んでいく。
そりゃそうなるだろとツッコミを入れたくなるほど、面白いくらいに自滅していくのだ。
「なんなのコイツら!?自分から弾幕に飛び込んでくるなんて!
どんだけバカなのよ!」
「なにがしてぇのか分かんねぇが、『チャンス』だ!一気に片付けるッ!」
ドゴォォーーンッ!
ガァンッ!!
腰のホルスターからリボルバーを抜き、ホル・ホースは2丁拳銃で乱射した。運良く『パーフェクトフリーズ』を通過した『トカゲ』は、先程と同じく機敏なサイドステップで【皇帝】の弾丸を避ける。だが、明らかに『寒さ』によって運動能力が低下しているのが見て取れた。
そこに追い打ちをかけるように、【皇帝】と拳銃の弾丸が雨霰と迫る。
「グギャッ?!」
「ギィイッ!?」
弾丸に撃ち抜かれた『トカゲ共』が、金切り声を上げて肉片を飛び散らす。しぶとく避け続けていた者も、【マンハッタン・トランスファー】と『パーフェクトフリーズ』に反射された拳銃弾を背中に喰らい、呆気なく散っていった。
【マンハッタン・トランスファー】で『パーフェクトフリーズ』の氷の角度、表面の湿り気やザラつき、湾曲を精密に測定し、反射させた跳弾の精度は、コンピュータ制御のそれを上回る。百発百中の必中率で『トカゲ共』を薙ぎ倒し、瞬く間に群れの数は激減していった。
「っ!?えっ?!」
チルノが『トカゲ共』に向けている目を見開いた。撃破された『トカゲ』たちの死体が、痙攣しながら萎れるように縮んでいき、死んだ鼠に姿を変えたのだ。
「なんだコイツらァァァーッ?!只の【スタンド】じゃあないッ!『物体憑依型』にしても、数が多すぎる…!どういう『能力』なんだこりゃあ…ッ?!」
「トカゲを倒したら鼠になった!?なんだってんのよさっきからもぉーっ!」
ホル・ホースが歯軋りし、チルノは癇癪を起こして叫ぶ。
「はっ!?」
再び『気流の変化』を察知し、ホル・ホースは振り向きざまに【皇帝】の銃口を向ける。
「ギャアアアァァーーーースッッ!!」
『大トカゲ』と化した魔理沙が、その巨体を振り乱し飛び掛かってきた!
「チルノォーー後ろだァァーーーッ!」
チルノに警告し、彼は【皇帝】で迎撃する。空中に身を躍らせる魔理沙目掛け、超高速の手捌きで七連発の『スタンド弾』を撃ち込んだ!
ヒュンッ
しかし、至近距離から放たれた七発の凶弾を、魔理沙は事も無げに躱し、
「な…ッ!?」
ブォンッ!!
驚愕に目を見開くホル・ホースの鼻先に、彼女の長く強靭な尾が肉迫した。
バギィッ!
「ぶげあァッ!!」
フルスイングで放たれた一撃を叩き込まれ、ホル・ホースの身体は馬上から離れて宙を舞う。
「ホル・ホースっ!?」
自分の視界から消えたホル・ホースに向けてチルノが叫ぶが、すぐさま魔理沙は次の標的をチルノにロックオンし、彼女に襲いかかった。
「うわぁっ?!」
咄嗟に身を躱すが、魔理沙の鉤爪がチルノの頬を掠め、血が流れ出す。
「くっ……!このっ!!こっち来るなぁーーーっ!!」
ギリリと歯を噛み締め、『大トカゲ』を睨み付けると、両手から『パーフェクトフリーズ』を放射した。
「ッ!」
ヒュンッ
魔理沙は危険を覚えたのか、先程よりさらに俊敏な動きで後退し氷の弾幕から逃れると、
ブンッ!
背後から後頭部に迫っていた七発の『スタンド弾』を、頭の一振りで容易く回避した。
「お、おいおい………、すげえ『動体視力』だな………あんな奇襲攻撃なのによォ~~~余裕こいてかわしやがったぜ…!」
「えっ!?」
声の聞こえた方を振り向き、チルノは驚嘆する。
「てめえの目的は…やはり次の【遺体】を探す事か?それとも単に…オレらを殺して奪うだけか?」
ホル・ホースが、先程魔理沙の尾の直撃を受け吹っ飛んだ筈のホル・ホースが、『車椅子』に腰掛けて佇んでいた。
「ホル・ホースっ!!」
『子分』の無事な姿を見て、チルノは安堵の声を上げる。
魔理沙に【皇帝】の弾丸を避けられた瞬間、ホル・ホースは持ち前の危機察知能力で折り畳み式の『車椅子』を盾のようにして構え、尾の一撃を凌いでいた。ぶっ飛ばされた直後、空中で『車椅子』をワンプッシュ展開し、見事強化炭素繊維製の車輪で着地したのだ。
「いくつか可能性を考えたがよォ……これで決まりだな。」
視線は魔理沙に向けたまま、ホル・ホースは六発撃ち尽くした拳銃の排莢・装填を左手のみで器用にこなす。
その最中も『トカゲ共』が飛び掛かって来るが、右手の【皇帝】で見向きもせずまさしく片手間といった感じに、容易く撃ち抜いては肉片をぶち撒けていく。
「この『トカゲ共』は、『恐竜』だ…そんでその正体は【スタンド能力】で変身させられた動物で、『スタンド本体』は魔理沙、ここまではセオリー通りっつートコか。
あともう二つ、分かったことは……」
拳銃の再装填を終え、【皇帝】の引き金を二度引く。弾丸は『車椅子』の車軸にセットされ、【回転】のパワーを車輪に伝達させた。
「『動いている物』にはとんでもなく鋭い反射神経で反応するが、『止まってる物』は見えてねえ。だから発射直後の『パーフェクトフリーズ』は警戒するが、『固定』されちまうと馬鹿みてえに突っ込んで自滅するっつーワケだ。
ーーーーーそんでーーー……分かったことの最後の一つ……コイツが一番重要なヤツなんだがよォ…」
ギャルンッ!
【回転】によって得た爆発的な推進力で『車椅子』を急発進させ、馬とチルノの間にドリフト走行で走り込むと、
「チルノ!掴まれッ!」
「あっ?うん!」
左肩にチルノがしがみつき、ホル・ホースは馬の頭を一撫でして宥める。馬はブルルッと鼻を鳴らし、その場で立ち尽くした。
「一気に走り抜けるぜ!振り落とされんなよッ!」
そう呼び掛けると、再びフルスロットルで急発進し、なんと魔理沙目掛けて真正面から突撃していった!
当然、『恐竜化』した魔理沙は迎え撃とうと咆哮し、牙を剥いて襲い来る。
「チルノッやっちまえェェェーーーッ!!」
「分かってるってっ!あたいにまっかせなさいっ!」
ホル・ホースの首に右手を回して縋り付くチルノが、ニッと勝気に笑い、左手に強力な冷気を凝集させる!
「『パーフェクトォォォフリィィィィィィズ』ッッ!!!」
強烈な低温を伴った氷の弾幕が、眼前の魔理沙目掛け放たれた!
「ッ!?」
あと一秒で牙が届くほどの至近距離から弾幕を発射された魔理沙は、慌てて身を引き攻撃を躱す。その真横を『車椅子』に乗った二人が全速力ですり抜けた。
「やったぁ!ざまーみろっトカゲ!あはははっ!」
後ろを振り返り、チルノは小さな拳を振り上げて快活に笑う。魔理沙と『恐竜共』はすぐさま追撃を開始し、二人の後を猛然と追い掛け始めた。静止している馬には見向きもせず、横をすり抜けていく。
「分かったことの最後はーーーーーー!『寒さ』に弱いーーーーだ!!
大昔に絶滅した恐竜は、有力な説によると、巨大隕石の衝突が撒き散らした『塵』のせいで太陽光が地上から遮断され、一気に低下した気温に『適応』できず死滅したっツー話だ!
だからチルノ、オメーの最強の力、『冷気を操る程度の能力』が頼りだぜ!」
「ふふんっ!『子分』を守るのが『親分』のギムよ!」
自慢げに鼻を鳴らし、胸を張るチルノ。
『パーフェクトフリーズ』は『車椅子』を基点として『固定』してあり、常に二人の周囲を『冷気の防壁』で保護、『恐竜共』を牽制している。
「これで馬は大丈夫だ!『恐竜共』は俺たちが引きつけてる!暫くすりゃ馬が勝手に俺の匂いを追って合流してくる筈だ!
俺らはこのままひとまず森を抜けて、開けた場所に出る!迎え撃つか無視して逃げるかはその後に考えるっつーコトにするぜ!」
「分かったっ!見てなさいアイツら、ケチョンケチョンにしてやる〜っ!」
『森のトンネル』を全力疾走で駆け抜け、【魔法の森】の外へ向かおうとした、その時だった。
「っ!
ああっ!?」
唐突に、チルノの口から驚きの声が洩れた。
「ホル・ホース!大変だ!見て!あれ!あっちっ!」
興奮し上ずった声音で叫び、森の彼方の何事かをしきりに指差す。
「ん?なんだァチルノーーーー、ッ!?」
チルノの示す先に視線を向け、直後ホル・ホースも息を呑む。
森の密集した樹木を突き破りそびえる、あまりに不自然な『山』。その頂上には見覚えのある形状が刻まれ、さらにその異様さを際立たせている。
「……コイツは……運がイイのか悪ィのか…!ヒヒッ…!このタイミングで【悪魔の手のひら】のお出ましかよ…!」
テンガロンハットの鍔の下、ホル・ホースの口角がニヤリとつり上がる。
今朝方新聞で見たその姿、【悪魔の手のひら】そのものだった。
「……よく見つけてくれたぜチルノ…今わかったッ!北斗七星ッ!形が一致するぜ。そして場所もだッ!『crūs(クルース)』の方は北極星!文字自体が星座を表す地図になってんだッ!」
『ミニ恐竜』が五、六匹追い縋ってきているが、『パーフェクトフリーズ』に阻まれ手出しできず、付かず離れずの距離で併走してきた。
「北斗七星が地上に沈む位置!!それを示している!!星座を山と地上に合わせろ!!【遺体】のある場所はあの『丘』だ!
これから取りに行くぞッ!おまえさえその気なら!」
「あったりまえじゃない!今すぐゲットしに行くっ!魔理沙にも他の誰にも、絶対に渡すもんかっ!!」
闘志と期待を漲らせ、チルノが快諾の意を告げる。
「ヒヒッ、そう言ってくれると信じてたぜ…ッ!
しっかり掴まれよチルノッ!これからちょいとばかし運転が荒れっからなァッ!」
ギャンッとハンドルを切り、『丘』目指して森の中に突入していく。
並走していた『ミニ恐竜共』は慌てて道を譲り、『パーフェクトフリーズ』を回避した。
「ン?」
その時、ホル・ホースの視界の端に、妙な光景が映り込んだ。
いや、正確に言えば、先程から【マンハッタン・トランスファー】で神経を尖らせ後方を監視していた際、覚えた違和感の正体を、この方向転換の瞬間に再認識したのだ。
“魔理沙が、追撃の脚を止めていた”
『ミニ恐竜』ですら【回転】でブーストした『車椅子』に追いつけるのである、あの巨体を誇る魔理沙の脚力ならば、いとも簡単に二人を追い抜けた筈だ。にも関わらず、それをして来なかった。『異常が起こらないこと』が異常、それがホル・ホースの覚えた違和感の正体であった。
「(…なんだ……あれは…?)」
ホル・ホースが横目で捉えたもの。魔理沙が脚を止めた代わりに、鉤爪の付いた右手で構えている、八角形の物体。
チルノもそれに気付くや否や、焦燥した声色で叫んだ。
「ホル・ホース!危ないっ!避けてっ!すっごいのが来るーーーッッ!!」
「はッ!!?」
事故に遭った人間が見るという、走馬燈の情景ーーーホル・ホースは幾度となくそれを体感し、その度に生還してきたーーー彼はその刹那の意識の中、光の粒子が『八角形』に凝集していく様を見た。
ドオオォォォォーーーーーーッッッ!!
光の奔流が魔理沙の手から溢れ出し、閃光が【魔法の森】の陰影を駆逐した。
ホル・ホースの世界の全てを、黄泉の国から訪れる白い光が塗り潰した。
「うおおおおオオォォォォーーーーーーッッ!!?」
車軸に伝達させる【回転】をアクセル全開でふかし、『車椅子』は跳ね上がって宙を舞う。
空中に固定された『パーフェクトフリーズ』の氷を、車輪で踏みにじり足場にし、二段階の跳躍を決めた瞬間、
一瞬前には『車椅子』の車輪が轍を刻んでいた地面を、激烈な光線が通過した。
「にゃ、にゃんじゃコリャアァァーーーッ!??」
辛くも光の一撃を逃れ、ホル・ホースが舌をもつれさせながら絶叫する。
「『マスタースパーク』!魔理沙の得意スペル!!いつもはもっとデッカイんだ!あの『丘』がすっぽり入るくらいにっ!」
チルノの叫びを耳元に聞き、ホル・ホースは自分たちの置かれた状況の深刻さを理解した。
ガサガサガサッ
「ゲッ!?」
空中に踊る『車椅子』の上で、ホル・ホースは苦々しく呻きを洩らした。魔理沙から指示を受けていたであろう『ミニ恐竜共』が、樹上で二人を待ち構えていたのだ。
咄嗟の『マスタースパーク』の回避に専念していたため、『パーフェクトフリーズ』の防壁は地上に置き去りだ。今この瞬間ならば、『恐竜』は冷気に阻まれることなく二人を襲撃できる。
「ウシャアアアアーーーーッ!!」
「ギャアアアーーース!」
剃刀のような牙が並ぶ口をカッと開き吼え、『ミニ恐竜共』は二人に飛び掛かった。
「うおッ!!」
「わっ!?」
二人は咄嗟に腕で急所を庇い、『ミニ恐竜』は二人の腕に喰らい付く。
「イッタぁぁ!?このっ!バカトカゲ!あたいから離れなさいっ!!」
痛みに涙を滲ませて、しかし瞳には熱い怒りを燃やし、チルノは体表面から冷気を放った。忽ち『ミニ恐竜共』は凍りつき、鼠やらの小動物に姿を変えて彼女の腕から剥がれ落ちていく。
「クソッ!」
右腕に喰らい付いた『ミニ恐竜』三匹に、拳銃を突きつけ撃鉄を起こす。
「くたばりやがれクソケダモン共がァァーーーッ!」
ゼロ距離から放たれた怒涛の超速三連射を、しかし身軽過ぎる動きで悉く躱し、『ミニ恐竜共』はホル・ホースの腕から肩へ飛び乗った。鋭利な牙を彼の首に突き立て、頸動脈を喰いちぎろうと一斉に襲いかかる!
バスビシャバシィッ!
「ギャッ!?」
三発の銃弾がホル・ホースの頬を掠め、三匹それぞれの頭部をブチ抜いた。
【マンハッタン・トランスファー】による、一度回避された弾丸の反射。宙を舞うホル・ホース自身の複雑な動きをも織り込み軌道計算した、芸術的とも言える狙撃。僅かでも精度が狂えば自分の脳天に風穴が開く、生死を賭した大博打である。しかし、この程度の賭けに臆すような男では、彼の鉄の信条を守り通すことなどできないのだ。
「(ン…?)」
バンッ!
身を翻し、車輪側から見事に着地する。流石は八意印の『車椅子』、この程度の衝撃ではビクともしない。着地後、再び【皇帝】の弾丸を車軸にセットし、すぐさま急発進、先程の隙に距離を縮めていた『ミニ恐竜』とのチェイスを再開する。
「ーーーーチルノよぉ、オメーさっき言ったよな、“『マスタースパーク』は普段はもっとデカイ”って……」
「うん、いつものが腕の太さだとしたら、さっきのは小指くらいよ!まあ、あたいは何度もその本気の魔理沙と戦ってるけどね!」
チルノが背後を振り返り魔理沙の動向を窺いつつ答える。
「…そうか……、そいつはかな〜りヤバいぜ…!」
チルノの言葉を聞き、ホル・ホースは苦い表情を浮かべる。『恐竜状態』では魔力が上手く扱えないのか、ホル・ホースの左腕にある【遺体】を傷付けないよう手加減したのか。おそらく後者だろう。
となると、真正面からの戦闘は絶望的になる。さっきは上手く躱せたが、そう何度も避けられるものではない。【マンハッタン・トランスファー】でもチルノの『パーフェクトフリーズ』でも防ぎようの無い、厄介な攻撃だ。
「(くそッ!アイツ、『強い』…!相当な強敵だ……!正直勝てる気がしねえ……ッ!!)」
厄介と言えば、もう一つ。着地の間際に気付いた、二人に起こりつつある『異変』が、この上なく戦況を切迫させていた。
「ーーーーーーなあ……チルノ…今さっき気付いたんだがよ…」
額に冷や汗を浮かべ、ホル・ホースはその恐るべき事実をチルノに告げた。
「…魔理沙の目的が………他の動物を仲間にして…この俺の【左腕】を……奪う事…なら!おそらく魔理沙の足で傷つけられると『恐竜化』が感染する……それがたとえカスリ傷だろーと感染する…ッ!」
「え…っ?」
チルノは、自分の手に目を落とし、そして絶叫した。
「はっ!!うわああぁぁーーっ!あ…あたいも!」
彼女の柔らかく小さな手は、醜悪な鱗に覆われていた。
「傷をつけられた!!オメーも俺もだ!すでに感染に入っているッ!まもなく俺らは『恐竜化』するッ!」
「なっ…なによそれええぇぇ〜〜〜っ!?」
ホル・ホースも口の端が裂け、鋭い牙がそこから覗いている。着実に『恐竜化』が進行していた。
「この速さなら、もってあと三分……!俺らが3分以内にやる事は…あの丘の上の…【聖なる遺体】を手に入れる事だ!!
俺のキズの進行がなんか遅くなっている…左腕のウロコなんか消え失せてるぜ。」
見ると、確かに、チルノに比べてホル・ホースの『恐竜化』具合は軽症であった。
「『恐竜化』が進んでいるのはチルノ、オメーだけだ。きっと、俺はこの左腕の中に【遺体】を持っているからだ!【遺体】の『聖なる力』が感染をくい止めてんだよ!!
あの岩山の【次の遺体】を手に入れれればッ!オメーの方の『恐竜化』も無力化できるはずだ!!
それに、【遺体】を二人とも持ってりゃ、ヤツも無闇に『マスタースパーク』を撃ったりはできねぇだろうしなッ!」
「……分かった!急いで向かうわよっホル・ホース!」
『目的』を理解し、覚悟を決めた面持ちで、チルノはホル・ホースに檄を飛ばす。
「オウ!だがよォチルノ、オメーにもさっきよりももっと頑張ってもらうぜッ!」
言うと、ホル・ホースは水筒を取り出した。背後に迫る『ミニ恐竜共』を確認し、後方に水筒を放る。弧を描いて飛ぶ水筒が、群れの最前列に到達した時、
メギャンッ!
ドゴオォォーーzーンンンッ!
【皇帝】を出現させ、水筒を撃ち抜いた!内部を満たす水に【回転】が伝播し、霧状に撒き散らす!
「喰らえッ『マイナスK』ーーーーッ!!」
『恐竜共』に向き直ったチルノが、両手から限界を超えた超絶対零度下の冷気を解き放つ!撒き散らされた水と【魔法の森】の湿気が、極低温の霧に変貌した!
「グギャッ!?」
突如視界を遮った霧の発生に、『ミニ恐竜共』は慌てて脚を止めバックステップで後退する。何匹かは霧の冷気に巻き込まれ、凍りついてくたばった。
「グルルル………ッ…?」
『森のトンネル』、やや離れた位置から戦況を俯瞰していた魔理沙は、喉を鳴らし首を傾げた。
立ち込める濃霧は煙幕となり、超越的な『恐竜』の視力を妨げる。
やがて、霧が晴れ、森の中が見渡せるようになった。
「?」
やはりと言うべきか、そこに二人の姿は無かった。だが、『ミニ恐竜共』の様子がおかしい。『攻撃』の命令は解除していないのだから、匂いや轍の痕を手掛かりに追跡を再開するはずなのだが、それをせずただただ右往左往している。完全に『目標(ターゲット)』をロストしているようだった。
「ッ!!」
二人が最後にいた場所を注視し、魔理沙はその異変に気付いた。車輪の轍と匂いが、二人がその場で蒸発したかのようにスッパリと途絶えているのだ。
だが、かつて一人の魔法使いモドキであった魔理沙は、すぐさま一つの『結論』に達した。二人はおそらく、空へと逃げたのだ。
しかし、勿論ホル・ホースや『車椅子』に飛行能力は無く、チルノも大人一人を抱えて飛べるほどの馬力は持ち合わせていない。ではどうやって、二人は車輪の痕跡を残さず消えたのであろうか。
魔理沙はグンと頭を上げ、爬虫類に似た瞳で、夜の空を睨み付けた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「よしッ!上手く連中を撒けたみてえだ!俺らを見失って頭抱えてやがる!
もう一踏ん張りだ、頼むぜチルノッ!」
「へへん、こんのくらい、お茶の子さいさいだ……ッ!ホル・ホースこそ、間違って落ちないように気を付けなさいよ!」
眼下に【魔法の森】を見下ろし、二人は軽口を叩き合う。
ホル・ホースとチルノは、『ET』の有名なワンシーンのように、紛れもなく空を飛んでいた。だが、先程の魔理沙の懸念通り、彼らが飛ぶことなど不可能な筈。
そんな疑問は、彼らの空中逃避行の様子を間近で見たなら、自ずと氷解するだろう。
ホル・ホースが駆る『車椅子』の車輪は、空に『固定』された『氷のレール』の上を踏み締めていたのだ。
「『パーフェクトフリーズ』で『空の道』を造って、最短距離で【遺体】を目指す作戦ッ!今ントコすこぶる順調だぜッ!
このまま【悪魔の手のひら】に着地してやるぞ!」
「オッケー!まかせて…っ!」
相当な集中力を必要とするのか、チルノの額には汗が浮かび、眉間に険しく皺を寄せている。だが、もう【悪魔の手のひら】は目前だった。
「よしッもういいチルノッ!こっからならひとっ飛びだ!」
ホル・ホースは叫び、車軸の【回転】を一気に加速させる。車輪は勢い良く『氷のレール』を蹴り、『車椅子』は目的地目掛けて射出された。
ズザザザザーーーーzーーッ
【悪魔の手のひら】周辺の砂地に見事着地、砂煙を上げてブレーキを掛ける。
「やった!あたいたちが『先』だっ!」
チルノがガッツポーズで歓声を上げる。
「いや、まだだ……!【遺体】をヤツより先に取るまで、油断は禁物だぜ…」
チルノにそう告げると、ホル・ホースは辺りを見渡した。【悪魔の手のひら】の名の通り、指のような巨大な岩の塔が周囲を囲み、異様な気配が満ちている。
「ッ!チルノ見ろッ!あれだ!」
テンガロンハットの鍔を上げて、ホル・ホースは丘の上を指差す。
砂を被った石像のような人型が、丘の頂上に鎮座していた。
「あたいにも見えたっ!あれは……砂?透明な何かが砂を被ってる!」
【スタンド】のようなソイツは、両手を握り締め、微動だにせず佇んでいる。
「(あれは………【眼】…?)」
石像の両手に一つずつ、【眼】のようなものが納まっているのを、ホル・ホースの目が捉えた。
「見つけたぜチルノッ!次の【遺体】は【両眼】だ!ヤツが手に持ってる!」
「よ…よかった……!ホル・ホース……取ってきて…できるだけ急いで………
もう…限界……っ!い…意識が…乗っ取られそう……!」
チルノは口が耳まで裂け、全身鱗に覆われて、目付きも虚ろになっている。殆ど『恐竜化』が完成しかかっていた。
「分かった、待ってろッ!今すぐ取ってきて治してやーーーーーーー」
ホル・ホースが丘を駆け登ろうとした、その瞬間だった。
ドオオオオオォォォーーーーーーーzーーーーッッッ!!!!
轟音と閃光が、彼の鼓膜と網膜を引き裂いた。
「ッ!!?な、なにィィーーーッ!?」
黒い影が、流星の如く光の尾を引きながら、二人の上空を飛び越えていった。
爆風にも似た大気のうねりが、ホル・ホースに襲い掛かる。
腕で砂塵から目を庇いながら、ホル・ホースは見た。
『恐竜化』した魔理沙が、器用にも曲芸師の如く箒の上に立って、空を飛んでいるのを。箒の尾にセットされた『ミニ八卦炉』から、『マスタースパーク』を後方へ放出しているのを。
『ブレイジングスター』、尾を箒に巻き付けバランスを取り、爆発的な推進力で飛翔して、二人の頭上を追い越したのだ。
ザンッーーーーー
魔理沙は石像の目の前に着地し、瞬時に両手から【両眼】をもぎ取った。
「なにィィィイイイイイイッ!!魔理沙に【眼球】を盗られたァァァッ!?」
【悪魔の手のひら】に、ホル・ホースの絶叫が木霊した。
「あ…………あああぁ…………も………もう……限界ぃぃ…っ!あ………頭が………ああぁぁぁぁ〜〜〜………っ!!」
チルノの『恐竜化』は、完成を迎えていた。意識は混濁し、視界もグニャグニャと歪む。自分が何と戦っていたか、自分が何者であったか、そんな自我の一切合切が、纏めて原始の野生に塗り潰されていく。
彼女が意識を手放しかけた、その時だった。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーんーーーー………っ…?」
突然、息が楽になった。頭痛も嘘のように引き、肉体の自由が戻ってくる。
パチリと、微睡みから覚醒するように目を開け、顔を上げる。
「……よお、目ェ覚めたか?」
そこには、良く見知った顔があった。
「ーーーーーホル・ホース……?」
まだ霞のかかる頭で、チルノはぼんやりとその名を呼ぶ。
「…良かった、無事みてえだな……
…それじゃあよォチルノ、今から言うこと、よく聴いとけよ。」
ホル・ホースは安心からかニッと笑い、チルノに語りかける。だが、チルノは茫然としながらも、拭いきれない違和感を覚えていた。そう、何か違う。普段のホル・ホースの笑顔とは、何かが。
確か、彼はこんなに口の端が広がってなかった筈だ。歯もこんな風にトゲトゲしていなかったし、肌もこんなガサガサしていない、小麦色だったはず。チルノに向ける瞳も、蛇のようにギラついたものじゃあなく、もっと柔らかくて、暖かくてーーーーーー
「〜〜〜〜〜〜〜っっ!!?
ホル・ホースっっ?!」
ガバとチルノは飛び起き、驚愕の表情でホル・ホースを凝視する。
彼の身体は、『恐竜化』しかかっていた。
「ホル・ホースっ!なんでっ!?【遺体】があるから『変身』しないってーーーーーー、っ?!」
チルノは、理解した。彼の『左腕』に刻まれていたはずの、【遺体】の在処を示す『文字』。それが綺麗さっぱり消え失せていたのだ。
「ホル・ホース……なんで……なんでよ…!あたいは……っ!あたいは『最強』だから、大丈夫なのに……あたいが『親分』なんだから、『子分』を守らなくちゃダメなのに……!」
チルノの【左腕】には、気絶する前には無かった『文字』が刻まれていた。ホル・ホースが彼女に【遺体】を譲り渡したのだ。
「………チルノ、黙って俺の言うことを聴け。俺は今からこの丘を登って、魔理沙から【両眼】を奪ってくる。チルノ、オメーは後ろから援護射撃だ。
万が一、俺が駄目だったら……俺に構わず、この森を出ろ。オメーひとりじゃ、ヤツには勝てねえ……」
クルリ、『車椅子』を反転させ、ホル・ホースは魔理沙に向き直る。
魔理沙は丘の上で、石像と何やら会話していた。次の【遺体】の在処を教えているようだ。
「ちょ、ちょっと………!待ってホル・ホース!ダメだよ…!そんなの…ダメだぁ……!」
上ずったチルノの声を背中に聴き、しかし一度決めた覚悟は微動だにせず、彼は魔理沙を睨み付ける。
「その【両眼】は俺らが先に見つけたんだ…!横取りは許さねえ!行くぜ魔理沙ァッ!」
メギャンッ!
「っ!!」
チルノは、見た。虚空から顕れた『拳銃』が、ホル・ホースの右手に握られるのを。
「(これが…………ホル・ホースの【スタンド】…?!)」
陰陽を象る模様をあしらったその【スタンド】は、【幻想郷】の月の光を受け黄金色に輝いていた。
ギャルギャルギャルギャル…………
弾倉の中で、弾丸が【回転】する。ホル・ホースは銃口を真下に向け、引き金を引いた。
ドゴオォンッ!
想像していたよりも重厚な爆音を轟かせ、【皇帝(エンペラー)】は銃弾を吐き出した。スタンドの弾丸は砂の地面に着弾、その【回転】のエネルギーを地面に伝達させ、砂粒一つ一つを【回転】させる。
ギュンッ!!
ホル・ホースが動いた。
車輪と砂の両方を【回転】させ、猛スピードで丘を駆け登って行く。
「【皇帝(エンペラー)】ッ!!」
魔理沙に銃口を突き付け、引き金を引く。
発射炎(マズルフラッシュ)の煌めきと共に【スタンド】の弾丸が発射され、自在に軌道を曲げて飛翔した。
スタンド弾が死角から魔理沙に迫る。
魔理沙は気付いていない。
「(ーーーー…………いっーーーー、いっけええぇぇェェェーーーーーーーっっ!!!)」
固唾を呑んで見守るチルノが、声無き声援を叫ぶ!
ドッ!
「ギャッ!?」
【皇帝】の弾丸が、無防備な魔理沙の背中に命中した!
「やったッ!このまま【回転】させればーーーーー!!」
チルノの見つめる先、ホル・ホースが『恐竜化』による意識支配に必死で抵抗しながら、【皇帝】の弾丸を制御しようとしている。もう『トドメ』に入るところだと、その表情を見て理解できた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーだが、魔理沙が膝を折ることは、なかった。
「(ッ!?
な………なん、だ………、…あぁぁ…ァァ…………?)」
あと一息で魔理沙に【回転】を伝わらせ、その身体の自由を奪い取ることができるという刹那、ホル・ホースの意識が急速に拡散していった。景色は万華鏡の如く色とりどりに移ろい、地面はグニャリグニャリと頼りなくうねる。
「(ーーーーーー『恐竜……化』…か?……いや……“違う”!この…、…この『歌』………はッ!)」
耳を塞ごうとするが、それも叶わず。
暗転する五感に抗う術もなく、ホル・ホースの意識は闇の中へと崩れ落ちた。
「ーーーーーーーーーな………なに……っ?!この『歌』はっ!?
ホル・ホースっ?!起きてよっ!ホル・ホースっ!!」
魔理沙をあと一歩というところまで追い詰めておきながら、『車椅子』から落ち、倒れ込んだホル・ホース。チルノの呼び声にも、全く反応を返さない。
魔理沙の背中に着弾した【皇帝】の弾も消滅し、魔理沙はピンピンしてこちらを見下ろしている。
「はっ……!?」
美しく澄み渡り、しかし妖しい魔力を振り撒く『歌』。
その『歌声』が後ろから聴こえてきていることに気付き、チルノは背後を振り向いた。
ーーーーーーー高らかに歌声を上げながら、『歌姫』は姿を現わした。
背中の翼を広げ、美しい音色を響かせながら。
それは彼女の知っている相手だった。
「…あんたは……確か…………!」
月を背に宙に浮かぶその『歌姫』を、チルノは怒りを込めて睨みつけた。
「ミスティア!ミスティア・ローレライ、だっ!!…確か!」
足下に『恐竜』の大群を従え、独壇場とばかりに高らかに謳いながら、『ミスティア・ローレライ』はチルノを見下ろし、口角をつり上げた。
次回でvs魔理沙戦は終了し、幻想郷に立ち込める暗雲が見え隠れしてきます。次回の戦闘も原作をなぞる形になりますが、できるだけ工夫を凝らして楽しんで戴けるよう努力致します。