【第一部】~吉良吉影は静かに生き延びたい~/【第二部】~Saint Babel Run~ 作:どくたあちょこら~た
【第一部】第二十一話 『不幸せ者のフィロソフィ―』の編集を行った際、輝之輔と宇佐見蓮子の関係を示す過去設定を追加致しました。よろしければ先に御一読下さい。
「あら、私のこと覚えてたの?思いのほかマシな記憶力してるじゃない♪」
鈴の転がるような透明な声で、ミスティアは歌うように答える。明らかに挑発の意を籠めて。
「あんたね…っ!ホル・ホースに『歌』を聴かせたり、魔理沙を『トカゲ』に変えたりしたのはっ!」
怒りを孕んだ視線で、チルノはミスティアを見上げる。
「フフン♪普通に状況判断できる程度の脳ミソも持ってるのね。
ええそうよ、その通り。私の『スタンド能力』は【スケアリー・モンスターズ】。
『ある御方』から授かったこの力で、貴方の持ってる【左腕】を回収するため、
まず魔理沙を『恐竜化』させて追跡、そして魔理沙が森の動物を感染させたのよ♪
貴方たちが次の【遺体】、この【眼球】を見つけてくれるとは思わなかったけどね。ラッキ〜♪」
えらく上機嫌に、鼻歌交じりで自分の目的・所業を語る。
「こいつは………!!おまえが………!!『本体』だったのか……!!
この【能力】は魔理沙のじゃなくて………あんたの支配だったのか!!」
これで、ホル・ホースが抱いていた疑念にも納得がいった。
彼が魔理沙から『殺気』や『敵意』を感じられず、罠に嵌められてしまったのは、魔理沙が彼女本人でない者に操られて襲っていたからなのだ。
声を荒げるチルノを尻目に、ミスティアはゆったりと宙を舞い、【悪魔の手のひら】の頂上に降り立った。
主直々の来訪を受け、『恐竜化』した魔理沙は片膝を着いて傅き、ミスティアが彼女から【両眼】を受け取る。
「へえ………確かにスゴイ【遺体】ね。持つ手がおぞましさで震えるわ。とても二千年前の【遺体】とは思えないみずみずしさ…」
手に持つ【両眼部】を、ミスティアは間近で見つめたり、月に透かしてみたりしてしげしげと眺めている。
「…あんたの『目的』は?なんで【遺体】のこと知ってるんだ?」
【両眼部】を観察するミスティアに、チルノは疑問を投げ掛ける。
「…?何のため?
貴女たち、もしかして何も知らないで見つけようとしてたの?この【遺体】が『誰』なのか………
あっと!ちょっと余計なことを喋ったかもしれないわね…
けれど、まあ……どっちみち、貴女たちには死んでもらうことになるんだけれど♪」
ミスティアは一瞬怪訝そうな表情で質問を返し、しかしすぐにまた勿体ぶった言葉遣いで語り始める。
「…そうね、私たちの目的は…ただ一つ、ーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーー『下剋上』、よ♪」
にっこりと微笑み、歌うような口ぶりで、そう告げた。
「……『下剋上』……?何言ってるの?今、『私たち』……って言った?仲間がいるのか?どこの誰に言われて【遺体】を集めてるんだ?」
チルノはミスティアを鋭く睨みつけ、矢継ぎ早に疑問を口にする。が、彼女の勝気な性分からか、すぐにハンッと鼻を鳴らし、小馬鹿にしたような態度で二の句を継いだ。
「ま、その『仲間』ってのも、『子分』にこのあたいとホル・ホースの『最強』コンビと戦いに向かわせるくらいなんだから、どうせ『弱っちい』意気地なしの『親分』なんだろうけどね。」
その挑発を聴き、ミスティアは眉をしかめた。
「ちょっと待ちなさいチルノ、今………なんて言った?
さっき私が言ったこと、聞いてなかったの?」
『親分』を貶された怒りから、憤怒の面持ちで喝破する!ーーーーーーーーーーーかと思いきや、
「『下剋上』とは!!
『弱い』とか『強い』とかそんな無意味な評価基準をひっくり返す革命的大偉業なのよ!
世界はアンタのようなヤツばかり……!
でも、私は違う……私は、その『下克上』の流れを真っ先に察知したわ!
だから、他のボンクラたちを出し抜くために、早め早めに準備してっ♪新しい時代、これから到来する【新世界】へと移住するのよ〜っ♪」
謳うように恍惚の表情で、彼女は『下克上』の素晴らしさを力説し始めたのだった。
「かつて『恐竜』がこの地上で繁栄したのに突如滅んだのはなぜだか分かる?
それはこいつらが!『適応』という概念を知らない石頭だからよ!
『変化』に『適応』しない!だから滅んだの!
……ちなみに、こいつらの中で『適応できた』者が、今の鳥類の祖先ってわけ♪
……私は道義的にもつながる話をしてるのよ。『適応』しなければその報いは貴女達自身ひとりひとりが受ける!!その深い因果関係をこいつらの脳ミソでは理解できないのよ!」
月の光をステージライト、配下の『恐竜共』をオーディエンスに、ミスティアはミュージカルでも演じているかの如く、時に身振りを加え、時に身体をクルリと回し、忙しく【悪魔の手のひら】を動き回っては、酩酊したかのように自説を歌い上げるのだ。
「何のためにあなたは【遺体】を探してるの?動機は何?
あの『外来人』の歩けない脚を治したいからという理由?それとも『不老不死』とか『無敵のパワー』を手に入れたいから?
そんなちっぽけでレベルの低い話をしてるんじゃあないわ………この【遺体】を完成させ、『あの御方』が手にした時!
『下剋上』の奔流が、この【幻想郷】の歪んだ支配構造をごっそり洗い流す!
全てのパワーバランスがひっくり返って、変化に『適応』できる選ばれし者だけが生き残ることができる!
ーーーーーーーーああ、『あの御方』こそ、次の時代の覇者……♪私は次の時代を切り開く先駆者として、『あの御方』をお支えする〜っ♪それが、この私の使命♪」
グンッとターンし、ミスティアは陶酔の演目を終了した。再び、両者の目が合い、沈黙が訪れる。
にんまりとほくそ笑むミスティア、それを睨むチルノ。険しい顔付きで口を閉ざしていたチルノが、沈黙を破った。
「はあ〜?何言ってんの?
さっきからぜんっ〜〜ぜんっ意味わかんないっ!アンタさてはバカね!」
それは、あんまりにあんまりな、ここまでの流れを台無しにぶち壊す歯に衣着せぬ暴言だった。
片眉を吊り上げ、もう片方は顰めたその表情からは、“意味不明だし話長いしつまんない”という考えがダダ漏れになっている。
「ーーーーーーーーーああ、そうそう♪そうだったわ♪
バカな妖精にも分かるように、説明してあげなくっちゃダメだったのね〜♪」
“それを言っちゃあおしまいよ”という台詞を吐かれたにも拘らず、ミスティアはめげるどころか“理解されないことがステータス”というように微笑み、今度はチルノの目を見て語り掛け始める。
「…貴女………『仲間』がいるかって訊いてたわよね。
ええ、いるわ、いるのよ、『あの御方』が、私の組織のトップに。
『あの御方』は、長きにわたり歴史から姿を隠していらっしゃった。けど、妖怪の矜恃と誇りを片時も損なうことなく耐え、『救済の技法』の探求を続けられていた。そして今長き放浪から帰還し、ついに自ら歴史を変えることを決意なさったの!
その名も『鬼神』セイジャ、鬼の四天王すら従える、妖怪の頂点、酒呑童子その人よ!
『その時』は確実に近付いているわ、もう目と鼻の先に!【蝕】が訪れる時、私たち【レジスタンス】が次の時代の覇者になるのよ!」
興奮から、最後には結局説明の役割を放棄した支離滅裂な演説となった。美声と病じみた心酔の熱で織りなすミスティアの賛歌を、チルノは変わらず勝気な笑みで一笑に伏す。
「…ヘンっ、やっぱり何言ってるのかわかんないじゃない………!ホントにバカなのね…!
たとえそんなのがホントにいるとして…そんなスゴイヤツがアンタみたいなシタッパを、『子分』にするわけないじゃない。」
二度目のチルノの嘲笑を聞き、ついに『理解』してもらうことを諦めたらしい。ミスティアはやれやれと肩をすくめ、ため息とともに首を振る。
「“燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや”ーーーーーースケールが大きすぎて、ちっぽけな貴女じゃ理解できないのね。『恐竜』が滅び『鳥類』が生き残ったように、私の言葉は『歴史』が証明しているわ。
まあ、【蝕】が訪れた時には、どんなに頭の悪いヤツでも理解せざるを得ないでしょうけれど♪
そして、そんな頭の悪い『遅れたヤツら』を、『進んだ者』が管理しなくちゃいけないということも、『歴史』が物語ってるわ。
『進化』してきた私には、この『恐竜たち』のように『石頭たち』を支配する権利がある!そのためにこの【能力】を授かったのよ!
アンタも!私の『恐竜』として支配してあげるっ!」
「うっさい!あんただって鳥頭のクセにっ!!」
鳥頭と氷頭、埒が明かない両者の問答も終わりを迎え、チルノは臨戦態勢をとる。
「ーーーーーーーなに言ってるかぜんっ〜ぜん!ち〜っとも分からなかったし、つまんなかったけど!ひとつだけ分かって、“聞いてて良かった”ってことがある……
あんたを倒せば!全部一件落着ってことよっ!」
両手に冷気を漲らせ、ミスティア目掛け氷の弾幕を放った!無数の超低温の結晶が、ミスティア・ローレライと『恐竜共』を破壊せんと迫る!
バキャキキキィィインッ!
「っ!?」
黒い影が電光石火の速さでミスティアの前に踊り出て、氷の弾幕はミスティアや『恐竜共』に届く手前でガラスが砕けるように粉々に散り消滅した。
「…ああっ…!?
そ…そんなぁ……っ!?」
チルノが目を見開き、絶句した。
「グルルルルル……!」
頭のテンガロンハット
腰掛ける『車椅子』
右手に握られチルノに銃口を向けるスタンド銃、【皇帝(エンペラー)】
『恐竜化』が完了したホル・ホースが、ミスティアを庇うように立ちはだかり、蛇のような瞳でチルノを睨みつけた。
「ホ、ホル・ホース……!
くっ…あたいの『子分』を盾に使うなんて、この卑怯者……!」
ギリっと歯軋りし、チルノはミスティアに怒りの視線をぶつける。
「フフフフッ……さあ、どうするの? この『外来人』を倒さないと、私は倒せないよ?
貴女が持ってる【左腕】を渡したら、二人とも助けてあげないこともないけど……」
余裕綽々とチルノの視線を受け止め、ニヤニヤと笑いながらミスティアは告げた。
「……【遺体】は……ホル・ホースのために、大妖精ちゃんのために、絶対に必要なんだ…! 誰がお前なんかに……!! 絶対に渡さない……」
ミスティアを真っ直ぐ見据え、自分の左腕を抱いて、中の【遺体】を離さないことを示すチルノ。そんな彼女の様子に、ミスティアは苛立った声で疑問を投げつける。
「………なんでこの男のためにそこまでしようとするの?
コイツは『外来人』よ! 私をあんな目に遭わせた、『吉良吉影たち』の同類よ!?
あんただって、あいつらに一度殺されたじゃない!
どうせ妖精風情、お菓子かなにかもらって調子づいて、騙されてるだけなんでしょ!?」
チルノの理由不明の妨害に、ミスティアは不快感を隠さない。
『外来人』への深い憎しみを露わにし、彼女は声を荒げる。
チルノは顔を伏せ、少しの間押し黙ると、ゆっくりと口を開き『応え』を返した。
「………ホル・ホースもなんだ………『吉良吉影』に、ひどい目に遭わされた……
あたいのせいで……! 自分の足で歩けなくなった……っ
だから誓ったんだ!
あたいがホル・ホースの足を治してやるんだって!
そのためなら、あたいは何でもやってやるって!!
【遺体】のおかげで、ホル・ホースは足が動いたって喜んでいた! だからあたいは!【遺体】を全部集めて、ホル・ホースにもっと笑ってもらうんだっ!
お前なんかに!【遺体】は渡さない!!」
顔を上げ、キッとミスティアを見上げる。その双眸にはすでに『覚悟』が陽炎の如く揺らめき、自身のすべきことを一点の曇りなく定め見据えていた。
オオオオオオオォォォォーーーーーーーーーーー
チルノの闘志に比例するように、膨大な冷気が放出され、彼女を包む大気が歪む。
今までに無い強力な冷気は【悪魔の手のひら】を覆い、頂上に居座るミスティアにまで寒気を感じさせた。
「(ここまで冷気が届くなんて……!まさか【遺体】の影響で……っ!?)」
予想外のチルノの出力。ミスティアの表情が僅かに険しくなる。
冷気は『恐竜共』の天敵だ。しかも今季節は冬、それも夜。気候条件で言えば確実にこちらが不利だ。
ミスティアを囲う『恐竜共』も、周囲に満ちる冷気に不安げな鳴き声を上げている。
「(…まあ、でも、有利なのは圧倒的に私のままなんだけど……ね♪)」
ミスティアはほくそ笑む。何故ならば、三十頭もの『恐竜共』、魔理沙にホル・ホースを従え、さらには彼女には一瞬で決着をつけることができる『十八番』の用意もあるからだ。
「(私の『歌』を聴いて狂いなさいっ!)」
「うおおおおおおーーーーーッッ!!」
雄叫びをあげ、チルノは一直線に突撃する。本人は全力疾走であるが、所詮は妖精の速力。この距離でならまるで脅威ではない。
まるで無策に突っ込んでくるチルノを、『夜雀の歌』で迎え撃った!
「「「生水飲むと~おなかを壊す~♪
湖飲むと~三途河~♪」」」
なんとも間の抜けた歌詞であるが、その効力は本物。彼女の『能力』のパワーを最大限乗せた『歌声』が、当然ながら音速で拡がり、チルノの耳に侵入した。
「(これでおしまいよ!)」
ミスティアは勝利を確信した。チルノの小生意気な顔が歪んで、ぐるぐる目を回して涙と涎と鼻水と冷や汗を流し、倒れる瞬間を目に焼き付けようと、期待に胸踊らせて注視する。
「ーーーーーーーーーーえ?」
だが、ミスティアの期待が満たされることはなかった。
チルノは一切ぶれることなく、真っ直ぐミスティアの方向へ丘を駆け上ってきていた。
「(なんで!?私の『歌』は対象がひとりなら確実に正気を蝕むはず…!耳栓程度で防げるほどヤワな声量でもないのに……
………!
ま…まさか…?!この氷精……!)」
パンクグループ『鳥獣伎楽』のメンバーとして活躍していた彼女には、チルノの『叫び』からそのカラクリを読み取ることができた。
「(自分の『鼓膜』を…!凍らせたというの……っ?!)」
自分自身の声を聞きフィードバックすることで、人は言葉を発することを可能にしている。逆に、それができない場合全く音程が掴めず、メチャクチャな発音になってしまうという。
明らかに音程の異常な、非常に不安定に揺れるチルノの『シャウト』。彼女にはおそらく、自分の声が聞こえていないのだ。
「(なんてことするのよこのバカ妖精!?メチャクチャじゃないのやってることが!)」
『歌声』での迎撃が失敗し、かなり距離が詰められてしまった。もうミスティアに猶予は無い。
だが、ミスティアの表情に焦りは無かった。
「魔理沙!『マスタースパーク』よっ!【遺体】を燃やさない程度にやっちゃいなさい!!」
ミスティアの命令を受けて、後ろに控えていた魔理沙が前へ出る。右手に『ミニ八卦炉』を握り締め、チルノに照準を定めた。
障害物も何も無い斜面を上ってくるチルノは、まさに恰好の的である。『恐竜』の反射神経で瞬時にロックオンし、魔力を『ミニ八卦炉』に流し込む!
┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ォォォォーーーーーーーッッッ!!
ホル・ホースを戦慄させた魔性の光線が、チルノの小さな全身を呑み込んだ!
カッーーーーーーーーーーッッッ
ズドドドドドドドドドドドドォォォォーーーーーッッ!!!
一瞬、チルノの身体が光に包まれ
その直後、砂の斜面に照射したレーザーが、轟音と共にもうもうと砂塵を巻き上げる
「ええっウソでしょっ!?」
「ギャッ!?」
ミスティアが、魔理沙が、驚愕の視線を向ける先
立ち込める砂煙を突き破り、全くスピードを緩めることなく接近を続けるチルノの姿があった!
「ウシャアアアアァァァーーーーーッ!!」
主より『撃ち方やめ』の命令を受けていない魔理沙は、威力を増大させ再び『マスタースパーク』をチルノに向けて射出し続ける。
カッ!!
チルノの眼前で無数の光が煌めき
ズドドドドドドドドォォォーーーーーッッ!!
軌道を逸らされた破壊光線が彼女の脇を通り越し、爆音を上げ砂埃を撒き散らす
「うらああああああああーーーーーッッ!!!」
顔の前で腕を交差させ、鋼鉄の怪物の如き頑強さで猛進し続けるチルノ。
彼女の周囲には【遺体】のパワーの影響か、普段より遥かに純度と精巧さの高い『パーフェクトフリーズ』が展開されており、
無色透明の盾となって、魔理沙の十八番である極悪レーザーを反射・屈折、
分散し軌道を捻じ曲げられた光線は、さながら電子基盤の如く枝分かれしては、チルノの傍を掠め後方へ消えていく!
紅海を割って渡ったというモーセの如く『マスタースパーク』を切り裂き、光のシャワーに包まれながら、チルノは怯むことなく冷気全開で我武者羅に突進していった。
「くっ…………!」
ミスティアの顔に焦りの色が浮かんだ。【左腕部】を回収できていない今、彼女に帰投は許されず、冷気と『パーフェクトフリーズ』に護られたチルノには恐竜は接近不能、彼女自身の弾幕も無効。上空へ逃れても随伴できるのは魔理沙一匹のみであり、戦況は悪化するだけだ。
チルノは既に目前まで迫っていた。
バキィィィィイインンッ!!
「っ!?」
チルノの眼前で、『パーフェクトフリーズ』の氷が砕け散った!
重々しい銃声が連続して轟き、その度に彼女を護る『パーフェクトフリーズ』の盾がひとつひとつ破壊されていく!
「(ーーーーーーーーーー!
ホ……ホル・ホース………っ!)」
ミスティアの前に立ちはだかり、ホル・ホースは、チルノに【皇帝(エンペラー)】の銃口を向けていた。
ドゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオォォォォーーーzーーッッ!!!
『恐竜化』による身体能力の飛躍的な向上、そこから生み出される連射速度は、銃声が繋がって一つに聞こえるほどの苛烈な弾丸の暴風雨!
氷のような『結晶』は分子間が強固に結合しているが、それ故に“捩る”ような力に対しては極端に弱い!
【皇帝弾】が『パーフェクトフリーズ』に着弾、
【回転】が波紋の如く氷を伝わり、
バットでボールを打つ瞬間をスーパースローカメラで撮影した様子のように、頑強な筈の氷がグワングワンとうねり、しなり、へしゃげ、破砕されるのだ!
「あはははははっ♪そうよ!こっちにはホル・ホースがいたわ!
魔理沙は下がりなさい、ホル・ホースの【スタンド】なら【遺体】を傷付ける心配もない!」
魔理沙は身を引き、ホル・ホースに前線交代、チルノと彼が真正面から激突する。
「〜〜〜〜〜っっ!!!」
歯を食い縛り、チルノはホル・ホースの猛攻を堪え続ける。
両者鎬を削り火花散らす鍔迫り合い、だが、明らかにチルノの進撃速度は低下し、額には汗と青筋が浮かぶ。相当の集中力が消耗されていることが見て取れた。
その隙を、ミスティアが見逃す筈も無く、
「今ならやれるわ!魔理沙っ!撃てーーっ!」
再び前面に出た魔理沙が握る『ミニ八卦炉』から、魔力注入時の火花が散り、
追撃の『マスタースパーク』が三再度チルノを襲った。
ヒュンッーーーーーーーーーー
『マスタースパーク』が直撃する刹那、チルノの姿が消えた、
「(えーーーーー)」
ーーーーーーように、ミスティアの目には“見えた”ーーーーーいや、“見えなかった”が故に、彼女はそう錯覚したのだ。
「「ッ!?」」
『恐竜化』した魔理沙、ホル・ホースの両名には、チルノの『動き』と、その変化を捉えることができていた。
「ギャッ!」
ミスティアの前方で警戒網を敷いていた『恐竜共』が、悲鳴を上げてぶっ倒れた。
浮き足立ち、喚き吼え、何かに飛び掛かる『恐竜共』、その間隙を縫い電光石火の勢いで駆け抜ける青い閃光。
「っ!?」
ここにきて、漸くミスティアにも視認することが可能になった。
身を翻し『恐竜共』の群れを蹴散らす、チルノの姿。その皮膚は痛ましく鱗に覆われ、耳まで裂けた口から鋭利な牙が覗く。スカートの裾で、氷の棘が並ぶ長い尾が唸る。
「うりゃあああァァァーーーーーッ!!!」
彼女が右手に握り、振り回しているのはーーーーー見間違う筈がない、【遺体左腕部】であった。
「こ、この娘なに考えてるのっ!?【遺体】を抜き取って自分から『恐竜化』してーーーーーその【遺体】で相手を殴りつけるなんて…っ!!」
あろうことか、彼女は【遺体】をブン回しては、片っ端から手当たり次第に『恐竜共』をブッ叩いているのだ。
度を超えた愚行、“無知=罪”ここに極まれり。
【遺体】の正体を知っているからこそ、ミスティアはチルノの馬鹿を通り越した無鉄砲さに戦慄と悪寒に襲われた。
「ギャアアアアァァァーーーースッ!!」
「ウシャアアァァァーーーーー!!」
思考が止まった主人を護ろうと、チルノの三倍以上の巨躯を誇る『恐竜共』は健気にも身を呈して彼女の前に立ちはだかる。が、その涙ぐましい特攻精神も、並外れた反射神経も、チルノの規格外の冷気を間近に浴びては忽ちのうちに凍てつき、
動きを止めたところを【左腕部】で殴られ、【遺体】のパワーを無理矢理叩き込まれた影響か『恐竜化』が解除、山犬やら熊やら本来の姿に戻りバタバタと倒されてゆく。
「(ま、まずーーーーーーーーっ!)
魔理沙っ!ホル・ホースっ!下がりなさいっーーーーー」
ホル・ホースと魔理沙が【遺体】で張っ倒され『恐竜化』を解除させられることを恐れて、思わず両者を下がらせた。だが、配下を率いて戦う経験が希薄であったミスティアのその選択は、悪手中の悪手。将棋初心者が大駒を庇うあまり王を危険に晒すことと同じである。
「きゃんっ!?」
『恐竜化』もしておらず、ホル・ホースのガードを失ったミスティアは、絶好の獲物であった。命令を下した隙を突き、チルノは俊敏な動きで彼女に襲い掛かる。
ミスティアの頬に拳を叩き込み、いとも簡単に彼女の手から【両眼部】をひったくった!
「(やった!【遺体】が手に入ったっ!
あとはこれをホル・ホースにーーーーー!)」
瞬時に踵を返し、ホル・ホースのもとへ向かおうとした、が、
ドォンーーーーッ!
「ーーーーー?!
がっ…………あ…っ!…?ーーーー」
鈍い打撃音と同時に、チルノが膝を折る。
彼女の背中には【皇帝】の弾丸がめり込み、【回転】を伝導させ肉体の支配権を奪っていた。
ダウンしたチルノの手から、【左腕部】が離れ落ちる。
「あ……あはははは…………!思ってたよりやるじゃない、妖精のくせして……!
でも、残念♪もう勝負は着いたわね!私の勝利でっ!」
冷や汗を拭ってホッと胸を撫で下ろし、ミスティアは口角をつり上げる。
「このまま少しの間待っていれば、アンタも『恐竜化』して私の支配下になるわけだけど……そんなことはしない、生きたまま『恐竜たち』の餌にしてやるわ!
その前に、【左腕部】を回収しないとね……♪」
チルノの横に落ちている【左腕部】に目を向け、
「ーーーーーーーーーー?」
そこで、ミスティアは気付いた。
「あれ?【両眼部】は?」
チルノが奪い取った筈の【両眼部】は、彼女の周りの地面には見当たらない。
「チルノ!アンタ【両眼】をどこにやったの?おとなしく出しなさい!」
倒れ伏すチルノに怒鳴ると、彼女は『恐竜化』に意識を乗っ取られかけながら、勝ち気な笑みでミスティアを見上げた。
「………あんたは………いや、『アンタたち』…は!絶対にあたい達には勝てっこないわ……!
あたいが『最強』だからとかじゃない……『親分』『子分』の信頼関係が違うのよ…っ!」
鼓膜が凍結し噛み合わないうえ音程のずれたチルノの言葉を戯言と無視し、ミスティアは声を荒げ再度問う。
「チルノっ!【両眼部】はどこなの!?出しなさいっ!」
「あたいたちは二人合わせて『最強のコンビ』だ!
ホル・ホースはこのあたいが『子分』にしてやってるほどのオトコなのよっ!嘗めないでよね!」
チルノの瞳に宿る、勝利の確信。この絶体絶命の状況下でも微塵も揺るがない、諦めへの拒絶。
「はっ!?」
ミスティアは、チルノからホル・ホースへと視線を移す。
ホル・ホースは『車椅子』を降り、砂の地面に座り込んでいる。
顔を伏せ、テンガロンハットの鍔に隠れて表情が見えない。
「ホル・ホース!おまえ、なんで『車椅子』を降りてるの!?顔を上げて【両眼】を探しなさい!」
まさか、そんなことがーーーーーミスティアは悪い予感に背筋を凍らせながら、それを否定しようとホル・ホースを怒鳴りつけた。
「聞こえないの!?顔を上げてこっちを見るのよっ!ホル・ホース!」
喚くミスティアの命令が届いたのか、ホル・ホースは、ゆっくりと顔を上げた。
┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ーーーーーーーーーー
ニィッと口角をつり上げた、力強い笑み
その顔は、口は、目は、歯は、『恐竜化』の影響を払拭し人間のそれに戻っており
その頬には、眼下には、【遺体右眼部】がめり込んでいた。
ガギガギーーーーー
ガギギッーーーーーーー!
硬質的な音を上げて、【右眼】が皮膚の下に沈み込んでいく。グルンと回ったホル・ホース自身の右眼の瞳と、【遺体】の瞳とが重なり合った。
「うわああああアァァぁァああぁッ!」
ホル・ホースは両手で顔を覆い、苦悶の絶叫を上げる。
「【皇帝(エンペラー)】に撃たれた時、【回転】を【眼】に伝えてホル・ホースの方に投げたのよっ!あたいとホル・ホースのチームプレーの勝利ってトコねっ!」
チルノの勝ち誇った声を耳に、ミスティアは焦燥の色を滲ませてホル・ホースを注視する。
彼女の視線の先、ホル・ホースは絶叫をやめ、両手を下ろした。
彼の【右眼】の下に刻まれた、『十字架』の聖痕。『唯一神』の象徴。
【遺体】を手にしたホル・ホースは、眼光鋭くミスティアを見据え、
「はっーーーーー!?」
ドゴオォォーーーzーーンンッ!
至近距離から神速の早撃ちで撃ち出された【皇帝】の銃弾が、肉の盾となった『恐竜共』の身体を抉り貫いた!
「ギャアアァァァーーーーーッ!?」
近距離での奇襲こそ【皇帝(エンペラー)】の本領、矢鱈めったら連発しては、盾にされた恐竜を【回転】で操作し、他の恐竜と相討ちさせていく。
「まっ、まずーーーーー!
はっ!?」
大量に乱射された【皇帝(エンペラー)】の弾丸、その内の一つは砂地に転がる【左腕部】を撃ち、【回転】で以って跳ね上げた。
「ゲットォ〜っ!!」
弧を描き宙を舞う【左腕部】は吸い込まれるようにチルノの手にキャッチされ、彼女の左腕と同化した。
チルノ『恐竜化』解除、五体大満足、すぐさま飛び起き、ミスティアへの接近を再開する。
「(ま…マズ…っ!【遺体】を取られたわ!『恐竜化』も解けた!接近もされてるっ!)」
パニックに陥りつつあるミスティアは、ここで起死回生の手を思い付く。
「(そうだっ!ホル・ホースの方は鼓膜を凍らせてなんかいないっ!私の『歌』を聞かせればーーーーー!)」
再び『歌』でホル・ホースを操ろうと口を開く。
だがその瞬間!
「ううぅーーーーーっ!??」
ビシビシと音を立て、ミスティアの口が凍りついた!
「(さ、寒い…っ!こ、この冷気は……っ!)」
いよいよパニックに陥ったミスティア、
「ーーーーーーーーーー【ホワイト…………アルバム】……………だ……」
彼女を見上げ、しかし圧倒的優勢から見下ろし、チルノはそう告げた。
「【ホワイト・アルバム】ーーーーー今名付けたっ!あたいの最強の『スタンド』っ!」
鼓膜を解凍し、高らかに、朗らかに、誇らしげに、チルノは宣言する。
彼女の体表から溢れ出る極寒の冷気に、ミスティアの配下の『恐竜共』は完全に戦意喪失し地面にへたり込んでいる。
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『車椅子』に飛び乗ったホル・ホース、冷気を漲らせたチルノ、二人が尋常じゃない気迫を纏い、ミスティアへとにじり寄る。
「む、むふぐうぅ〜!(ま、待って待って!)
うえむも〜むぐうぅ〜えむぅもおぉんーーーーーーーーーーー(『スペルカードルール』で決着をつけ)ーーーーーーー」
腰を抜かし、涙目で両手を突き出して許しを乞うミスティアへ、
「最初っから最後までっ!ぜんっぜん何言ってるのかわかんないわよーーーーーっ!」
ピチューーーーーンッ!!
無情なチルノのセリフと共に、トドメの集中砲火が返された。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーー
「ーーーーーと、まあ、こんくらいで良いだろ。これで暫くは目ェ覚まさねー筈だぜ。」
パンパンと手を払い、ホル・ホースが声を発した。彼の両目の先では、ミスティアが地面に倒れのびている。
チルノの【ホワイト・アルバム】がミスティアを襲う寸前、【皇帝】の弾が彼女に着弾し、【回転】で気絶させたのだ。
“女性を傷付けざるを得ない時は必要最低限”、ホル・ホースの信条に基づいた行動であったが、チルノは不服そうである。
「せっかく、あたいの【ホワイト・アルバム】でカチコチに凍らせてやれたのに〜……」
ぷく〜と頬を膨らませ不満な表情のチルノを、ホル・ホースはたしなめる。
「まぁまぁチルノよォ、【スタンド】なんてこの先いくらでも使う機会はあンだ、この鳥の嬢ちゃんより強い相手の方が、最初に凍らせてやる相手として上等っつーモンだろ?」
「ん〜……それもそうね!最強のあたいの新しい能力!『スタンド』!こんなシタッパに使うなんてもったいないわ!
それと、ホル・ホース…」
過ぎたことは気にしない性格のチルノは、すぐに“まあいっか!”という思考に行き着き、晴れ晴れとした顔でホル・ホースに向き直ると、
「あんたの『スタンド』、想像してたのより、なんか“しょぼい”わね!」
ニシシッと笑って、グサリとホル・ホースの胸に言葉を突き刺した。
「ぐゥッ?!ま、まあな……ヒヒッ…」
ホル・ホースは割とけっこう傷付き、呻き声を洩らしたあと、取り繕うように苦笑する。
そんな彼の様子を見て、チルノはイタズラっぽい笑顔で台詞を続けた。
「それで良かったのよ!『親分』のスタンドがカッコよくて、『子分』のは“しょぼい”!そうでなくっちゃ!」
チルノの言葉を聞いて、ホル・ホースはなるほどと納得し、ニヤッと笑った。
「ヒヒッ…そうか、そうだった、そうだよなァ…俺たち『コンビ』はチルノよォ、おめーが『親分』で、俺が『No.2』、二人合わせて最強のコンビ…だ!
これからも頼りにしてるぜ、『親分』。」
「へへんっ!まっかせなさい『子分』っ!」
パンッ、『車椅子』のホル・ホースと宙に浮くチルノ、両者同じ目線の高さで、二人は互いの右手を打ち合った。
「……あれ………?」
ここで、チルノは訝しむように首を傾げた。ホル・ホースの目の下の『十字架』は、右眼の下にしか存在していなかったのだ。
「ホル・ホース…!」
「?」
チルノの様子に、ホル・ホースも疑問符を滲ませる。
「あんたのとこに転がって行った【眼球】は『2個』よね?あんたの目は『2個』と一体化した…!!あんたは『左右』手に入れたのよねっ!?」
「ッ!?」
バッと、二人はある一点を振り向く。
宙に身を躍らせる、黒い影。
黒いスカートに白いエプロン、黒の三角帽子をはためかせる『魔女』の姿。
「ああっーーーーー!」
チルノが、しまったと口を覆う。
霧雨魔理沙の左頬に、【遺体左眼】が一体化していたのだ。
さらに、驚くべきことが起こった。
【左眼】が彼女の目と融合した瞬間、顔や腕が鱗に覆われ、鋭利な牙が口の端から覗いたのだ。
『竜人』のような出で立ちの魔理沙は、ニッと快活な笑みを二人に見せつけると、箒を掴み身を翻して、夜の空へと消えて行った。
「なに!?あれは!?どーいうこと!?魔理沙の『変身』が消えてないっ!
魔理沙は『ミスティア』の支配下だったのにっ!!追わないと魔理沙に片方の【目玉】を持ってかれるわっ!」
「やめろチルノ…今はもう終わりだ、落ち着け。
あの速さじゃあもう追えねぇだろ。」
焦るチルノを、ホル・ホースは冷静な声で制止する。
「最後に魔理沙にしてやられたって事だな…
…というより【目玉】を手にして、その『力』でいったん消えた魔理沙の『恐竜化』が『スタンド』として新たに引き出されたのかもしれねぇな…
『半分』が俺の【皇帝】へ…『半分』が魔理沙の【スタンド能力】へ…、つーことか。」
もうすでに小さくなった魔理沙の姿を眺め、ホル・ホースは呟いた。
「トカゲの能力…!魔理沙はさっきは操られて襲ってきただけだったけど……魔理沙は一個手に入れたら全部欲しがるよ!!
今あいつは【遺体】のことを知った……
あんなヤツに半分持ってかれるなんて……!!あいつは『マジックアイテム』だけじゃあないっ!『パワー』とか『知識』とかをスゴく欲しがるんだっ!」
悔しそうに地団駄を踏むチルノ。その時だった。
「ーーーーーあれれれ…、してやられちゃったな……コッチとしても…色々と……」
「「ッ!?」」
背後から聴こえた声。二人は咄嗟に振り返る。
「チルノに【スタンド】が発現するなんて……『あの御方』もきっと予想外だったんだろうな……可哀想に、【僕】のミスティア……」
黒いマント、緑の髪、頭から伸びる二本の触角。
月を背に宙に浮くその少女は、気を失ったミスティアを抱きかかえ、眠る彼女の顔を愛おしそうに見下ろしていた。
「あんたは……っ!…えーっと…リ…、リグル!うん、リグル・ナイトバグっ、だ!!…たしか!たぶん!」
睨み付け身構える二人を見下ろして、『蟲の王』リグル・ナイトバグは口を開いた。
「君たち……特にチルノ。君はその『外来人』の脚を治したい、…なんて理由で、『二千年前の聖人の遺体』を集めているのなら……【僕】たち『レジスタンス』は、『キジン セイジャ』様は、君を許さない。」
冷徹な憎悪を湛えた暗い双眸で、リグルはチルノに視線を落とす。
「ヘンッ、うっさいわね!あんたたちみたいな『ザコ』に、許してもらう必要なんかないわっ!!」
ビシィッとリグルに人差し指を突きつけ、歯を見せて笑い挑発する。
「ーーーーー君たちも、その時が来れば…【蝕】が来れば、いやでも分かる。
【僕】たちの『下克上』は、決して止めることなんかできないってね……」
そう告げると、リグルは右手を掲げた。
「「ッ!!」」
チルノとホル・ホースは臨戦態勢に入る、が、
カッーーーーー!
「きゃあっ!」
「ぐッ…!?」
瞬間、強烈な閃光が二人の目を眩まし、
視力が回復した時には、リグルとミスティアの姿は消えていた。
「リグル…!あいつもミスティアたちの仲間だったのか…!」
ギリッと歯軋りするチルノ。
「ホル・ホース!あいつら、なんて言ってたの?『レジスタンス』とか【ショク】とか、『云年前の聖人』とか、ワケわかんないことばっかり!」
「……いや、…俺にもわからねぇ……分からねぇ、が……」
テンガロンハットの鍔を人差し指で弾き、ホル・ホースは苦々しげに顔をしかめた。
「ーーーーーーーーーーどうやら俺たちゃあ、相当デッケエ陰謀とか組織にブチ当たったみてェだぜーーーーー」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーー
ここは竹林近くの森、リグルとミスティアが普段根城にしている地域。
その鬱蒼と繁った木々と今宵の闇は、見られたくないもの、見られてはならないものを、他者の目から隠すにはこの上無く好都合であった。
たとえば、そうーーーーー『秘め事』のようなーーーーー
「ーーーーーーーーーーあ……ああっ……
だ……だめ……っ こんなこと……!
私たち、女の子よ…?
こんなのって……変よ……!」
木に背中を押し付けられ、逃げ場無く身をよじり弱々しい抵抗を続けるミスティア。
胸元がはだけた衣服から、柔肌と肩と鎖骨が覗き、外気に晒されている。
自分に覆い被さるリグルを、見つめる瞳は涙で潤み、扇情的に光が揺れる。
「そんなこと、関係無いさ…
【僕】は君が好きなんだ、ミスティア。 君もそうだろう?
……それとも…ミスティアは【僕】のこと、嫌いなの?
あんなヒドイこと、君にしちゃったから………」
紅潮した面持ちで、ミスティアの衣服に手を掛け剥ぎ取ろうとしているリグルは、しかし、ミスティアの拒絶からか双眸が暗く沈んでいく。
それを目の当たりにし、リグルを傷付けたくないと、ミスティアは慌てて取り繕おうとした。
「…う、ううん……違うの…!あなたを嫌ってなんかないわ…! だって、あなたも脅されてたんでしょう?あの『外来人』に…… リグルちゃんは悪くないよ、悪いのは全部『外来人』…
私もリグルちゃんのこと、好きだよ……今日も、助けに来てくれたもの………
でも…私の『好き』は、その…“恋人として”とは違うって言うか……、
んぐぅっ!?」
ズキュウゥゥゥン!
ミスティアは、口を塞がれた。
リグルがミスティアを抱き寄せ、強引に彼女の唇を奪ったのだ。
「………ん…んん…っ!?」
「……ミスティア…君がほんとに好き……」
二人の唇が重なり、淫らな水音が零れる。
目を白黒させ、顔を真っ赤に染めて動転していたミスティアだったが、
ドズッ!
不穏な音が、ミスティアの口から洩れた。
「…ッ!?
んう~っ!?ううぅ~ッ!」
先ほどのおぼこい態度から一転、ミスティアは必死にリグルから唇を離そうと彼女の肩を押す。が、リグルはミスティアの背中に回した両腕でガッチリと彼女を拘束し続ける。
その姿はさながら、網にかかった蝶を貪る蜘蛛であった。
「だって、君の綺麗な【悲鳴】のおかげで、【僕】はあの苦しみに……あの『外来人』の責め苦に耐えられたんだから……」
ブヂッ…ブヂブヂィッ…
致命的な音色が、周囲に聞こえるほどの音量で響いた。ダラリダラリと鮮血が零れ、二人の衣服を紅く染めていく。
「~~~っ!?
ん~ッ!ンン~っ!?」
白目を剥き、血泡を吹いてガクガクと痙攣するミスティアを、リグルは愛おしそうに、そして加虐心に爛々と瞳を輝かせて眺める。
「だから……君の声は、舌は、【僕】のものだ…
【僕】のためだけに、君は啼いてくれ…ミスティア……
――――――舌切り雀~切り雀~…♪小さな葛を下さいな〜………♪」
こんなことを言うと、大袈裟だと嗤われるかもしれないけれど
少なくとも僕には、あの魔女に奴隷のように扱われて、精神的にも肉体的にも押し潰されていた、あの時の僕にとっては、吉良親子は間違いなく『希望』だったんだ
吉影さんは、完璧だ。僕の欲しいものを全部持っている。自分を思ってくれる父がいて、心に一本の芯が通っていて、自分に迷いが無くて、才覚に溢れ、自信に満ちていて………、なにより、自分の『幸福』を疑っていないんだ
『富』とか『名声』なんていう、皆が必死こいて追い掛けて、躓いて転げ落ちたり他人を押し退けたりしてまで求めているものが、
そんなものが何も無くとも、孤独でも、嫌われても、命を落としても、スリルが無くても
それでも独立して、たった一人で『平穏』を噛み締めて、有難がりながら、『幸せ』を感じ享受しているのだ
僕も、あの人のようになりたい
あの人のようになれたならきっと、その時には、やっと僕は『幸せ』になれるんだと
『産まれてきて良かった』と
そう心から思えるんだ。と、そう、感じさせてくれた
だから
あの人に近付くために
この僕の未熟な心を
12年前から全く成長できなかった、泣き虫な子供のままの僕を
削ぎ落とさないといけないんだ
「ーーーーーほおら、見えるか?ここに君のお友達がたくさん捕まっているのが分かるか?
今からこの子らを僕がどうするか、分かるよな?」
「…うう…う……ひっく……や……やめて………うううぅ………やめてよぉ……………」
暗く殺風景な部屋の中、泣きじゃくり嗚咽する子供を見下ろして、口角を吊り上げる。
リグル・ナイトバグというこの妖怪は、蟲の妖怪だ。今はその特性を利用して、こいつの心を嬲っているところだ。
右手のゴキブリホイホイを、コンクリ製の床に焚いてある焚き火にくべる。忽ち、火炎は紙を包み込み、中に囚われた様々な種の蟲共を炙り殺した。
「ほらほら!君のお仲間が燃えていくぞっ!助けないのか?助けてやりなよ『蟲の王様』ァァァァーーーーーハハハハハハハハハハーーーーーッ!!」
唇を噛み締め、ぽろぽろと大粒の涙を零しぐずるリグルを眺めては、込み上げる愉快さを哄笑に変え吐き出した。
ただ趣味の悪いいじめをやっているように見えるだろうが、少し違う。これは、僕の『特訓』なのだ。幼い子供の姿をした妖怪たちを嬲ることで、自分自身の中に巣食う『罪の意識を感じる部分』を麻痺させていこうとしているのだ。
そして、今のところこの試みは上手くいっているように思える。僕の加える所業によって泣き叫ぶ少年少女を眺めていても、罪悪感は無い。寧ろ楽しくすらある。
そりゃあそうだ。誰がゴキブリホイホイを焼くことに罪の意識なんて覚える?それを見て本気で泣き叫ぶ子供を、笑わずに眺めていられるヤツなんてどれくらいいるというんだ?
分かっている、この程度は序の口だ。ここから少しずつ、責めの手を強めていくーーーーー最終的には、そう、命を奪うところまで。
この調子で徐々に心を、『痛み』に慣れさせていけば。
人を傷付けたくない、嫌われたくないと泣き喚く、僕の『弱い心』を、麻痺させ、抉り、削り取ってしまえば。
もう苦しまずに済む。
なんだってできる。
僕を嫌うヤツも、攻撃してくるヤツも、気に入らないヤツも、強くて正しいヤツも、殺してしまえばゴミと同じ。
僕の全てを台無しに傷付けたゴミクズ共とは違う。『あの人』のような、上品でスマートな男になってやる。
そんな未来が待っていると思うと、沈みやすい僕の心も、随分と明るくなってくれるのだ。
リグルの『能力』は、身体が土くれでできている僕にはまるで効果が無い。雀蜂の針に何度刺されてもヘッチャラだ。
しかも、リグルは妖怪としては珍しく身体能力は見た目相応。だからこうして全身『ファイル』解除して、牢屋の中二人きりで遊んでやることができる。
「そんな風に泣くなよ………男の子だろ?ン?」
床にへたり込むリグルの前にしゃがんで、髪を掴み顔を覗き込む。ひっ、と洩れる悲鳴が心地良い。
と、ここで、リグルがビクビクとしゃくり上げながら、
「ーーーーーーーーーー……私………ひっく………『男』…じゃない…よぉ………えっ…………えぐ…っ…………『女の子』だよぉ…ぉ…………ぐすっ………うえぇぇ…………ぇぇ……」
リグルの嗚咽混じりの言葉を聞いて、眉をひそめた。こいつは、僕が『女』なら容赦する奴だとでも思ってこんなデマカセを吐いているのか?
残念ながら、僕は男も嫌いだけれど、女の方が大嫌いだ。男にいじめられるのは、辛くて悲しいがまだ納得できた。僕があいつらより弱かったからだ。でも、女は違うじゃないか。たぶん僕でも腕っ節なら負けないのに、ヤツらは僕をいかにも汚いものを見る目で眺めては、罵詈雑言を楽しげに投げつけてきやがる。お前らは犬の糞の臭いをわざわざ嗅いで、臭い臭いと文句を垂れるのか?僕のことが気持ち悪いなら、無視すりゃあいいのに…
「ふーん、…そうか、そうか………
…だったら……………」
胸糞悪いことを思い出し、最悪の気分にさせられたので、腹いせに辱めてやろうという考えが頭をよぎった。
「確かめてやるよ」
リグルのズボンに手を伸ばし、【エニグマ】で紙に変え、一気に引き裂いた。
「〜〜〜〜〜〜っっ!!?」
突然の横暴に、リグルは言葉を失い頭が真っ白になった。
露わになる、未成熟な少女の証。
目に映り込んだ、穢れを知らず、穢される備えのなされていない、純潔の証明。
「やああぁぁっ!?」
一瞬遅れ、リグルは取り乱しながらも両手で覆い隠した。恥辱に顔を紅く染め、涙を溢れさせる。
「ーーーーーーーーーー?」
だが、その時、リグルは、彼女は、気付いた。輝之輔の異常に。
「ーーーーーーーーーーーーーーーう…………うううぅ…………!」
輝之輔の表情は凍り付き、顔色は青ざめ、冷や汗がダラダラと伝い落ちている。ガチガチと歯を鳴らし、カッと見開いた目は、この世でないものを見るように、恐怖に揺れていた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーー
粗く、荒い息をつき、肩で息をしながら、肩を震わせる。
弛緩した右手から、ベッタリと血の付着した学生鞄が滑り落ちた。
『死ね』『キショイ』『カマ野郎』『ゴミ』ーーーーーその他諸々の罵詈雑言が殴り書き込まれた辞書と教科書類がタイル張りの床にぶつかり、重々しい音が、トイレの中に木霊する。
「ーーーーーはぁーーーーーハアーーーーッーハァーーーーーハアーーッーーーーーーーはっーーーーーーハァーーーーーーーーーー」
動悸はまだ治まらない。重たい鞄を力の限り振り回し続けたことも理由の一つだが、なにより、徹底的に相手を潰すつもりで武器を頭に叩きつけるという産まれて初めての行動が、胸を締め上げていた。
「うーーーーーーーウウッーーーーーーーウウうゥーーッーーーー……………
フーーーーーッーーーーーーフーーーーッ」
床に転がる、意識を手放した身体。血の滲む頭部に乗せられている、白いリボンの巻かれた黒い中折れ帽。
白いシャツと紺のロングスカートを纏った四肢が、無造作に不潔なタイルの上に投げ出されているのを、尋常ではない形相で見下ろした。
左手の親指を力いっぱい噛み締め、動揺を無理矢理押し込めると、
スッーーーーー
胸ポケットから、シャープペンシルを抜く。金属製の、力の強い人間が扱えば十分凶器となり得るような物だ。
「(ーーーーーーーーーーき………
…『傷』…を…………ッ!)」
右手にシャープペンシルを握り締め、倒れ込んだ女性へとにじり寄り、左手を女のスカートに伸ばす。
「(ーーーーー僕と……ッ!!『同じ傷』をッッ!!!)」
しゃがみ、スカートの裾を引っ掴むと、一気に捲り上げ、ショーツに手を掛けた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーー
「ッ!?うげえェえぇぇエェェッ!!」
リグルに背を向けくずおれて、床に這い蹲ると、胃の内容物を盛大にブチまけた。
「うげエぇエェェえぇぇーーーーーッ!ガボぉッ!?ウおゴボオェええエぇェェェェーーーッ!!」
四つん這いになり、激しく嘔吐を続ける輝之輔の後ろ姿を、リグルは恐怖と焦燥の眼で凝視する。
何かのトラウマを刺激されたのか、しきりにえずき、吐瀉を繰り返す彼の姿は、先ほどの暴君とは別人のように小さく、衰弱して見えた。
ーーーーーゴクリ、リグルが喉を鳴らす。
やるなら今だ、今しかない。
彼女には高い身体能力は備わっていないが、脚力だけは並みの成人男性以上だと自負していた。
這い蹲り反吐を吐いているこの男の、隙だらけの背中に蹴りを入れてやれば。
おそらく、この牢屋から逃げ切るだけの時間は稼げる筈。
息を堪えて、リグルは彼の背後に忍び寄る。輝之輔は気付く様子は無い。ただ咳き込みながら、胃の中身を捻り出すばかりだ。
「(くらえっーーーーーっ!!)」
輝之輔の後頭部に狙いを定め、満身の力を籠めて、蹴りを放った。
ギィィンーーーーーーーーーーーーーーー!
「〜〜〜〜ッッ!??」
振り返った輝之輔の眼光が、リグルの胸を射抜いた。
どうしようもなく深い憎悪に満ち、ギラギラと暗く輝く瞳。
その視線が網膜を捉えた時、リグルは理解した。
彼女は、彼の、決して触れてはいけない『地雷』を踏んだのだ。
途方もない恐怖にリグルの幼い精神は射竦められ、僅かに芽生えた闘志も砕け散り跡形も無く雲散霧消した。
ブゥンンーーーーーーーーーーッ!!
蒼白の涙伝うリグルの頬を掠めて、何かが唸りを上げ通過した。
ズバァッーーーーー!
彼女の背後の鉄筋コンクリートの壁に、輝之輔の拳が『紙』でも破るかの如く容易く突き刺さった。
ーーーーーハラリ……
輝之輔の手が掠ったリグルの頬は、『紙』に変化し風圧に靡く。
ーーーーードサッ……
リグルの膝が、床に崩れ落ちた。
「ーーーーーーーーーー」
彼女を見下ろす輝之輔の表情は、陰っており確認しようがなかった。幾ばくかの間を置いて、
スッーーーーー
輝之輔は懐から二枚の『紙』を取り出し、開いた。
「……………履け」
『紙』から取り出した下着とズボンを、リグルの手前の床に落とし、ただ一言そう言った。
「え…………?」
絶望のあまり放心していたリグルは、理解が追いつかず惚けた疑問を呟く、が、
「早く履けと言ってるんだよッ!僕に汚いものを見せるなッ!!」
「は、はいぃっ!?」
輝之輔の怒声を聞いて現実に引き戻され、慌てて渡された衣服に身を通す。その間、輝之輔は彼女に背を向けてブツブツと何事か呟いていた。
「ーーーーーーー宇佐見ーーー蓮子ーーーーーーー自業自得だーーーーーー当然の報いーーーーーブツーーヤツのせいで……………僕は………ッ!!」
憎悪まみれの呪詛を聞き、リグルは急いで衣服を身に付けた。終わると、輝之輔は振り返りーーーーー
「……リグル…リグル・ナイトバグ、だったね?」
「は、はいぃっ!!」
身を竦め、背筋を強張らせ、リグルは返事する。
輝之輔は踵を返すと、部屋の出口の扉へと向かい、鍵を開けて振り返った。
「ーーーーーリグル、おいで。」
ドアを開け、輝之輔は笑顔でそう言った。
「…………え…?」
困惑し、疑問符を零すリグル。当然だ、監禁していた相手を、ついさっき自分の逆鱗を踏み躙った相手を、いきなり牢屋の外に連れ出すなど、どう考えても辻褄が合わない。
「この部屋から出してあげよう、と言ってるんだよ。付いておいで。」
だが、輝之輔は比較的優しさを感じさせる笑顔でそう続け、部屋から出て行ってしまった。
「あーーーーーは………はい……っ」
慌て、リグルは彼に続き部屋を出た。
廊下に出ると、リグルが捕えられていたのと同じような部屋が向かいの壁と横に並んでいた。きっと、その各々に他の妖怪少女らが幽閉されているのだろう。
「こっちだ、付いておいで。」
輝之輔は、リグルの部屋から出て左へと廊下を歩いて行く。リグルも黙ってそれに従った。
短い廊下を抜け、左に曲がると、少し様子の違う部屋があった。ドアには『管理室』と札が掛かっている。
「入っておいで」
ドアを開け、輝之輔はリグルを招き入れる。
「お、お邪魔します…!」
失礼を働いて激昂させては堪らないと、思わず敬語で挨拶し、リグルは中に足を踏み入れる。
部屋の中に入ってまず目にとまったのは、中央に置かれた丸テーブルと椅子二脚、続いて簡素なベッドに、壁に並ぶ一面がガラス製の謎の箱。
どうやらここが、輝之輔の部屋らしかった。
「そんなかしこまらなくていいよ。掛けて、どうぞ。」
輝之輔はまた悪意の滲まない笑顔をリグルに向け、椅子を引いた。
「あ、ありがとうございますっ!!」
機嫌を損ねないよう、急いで着席すると、輝之輔は彼女の向かいの席に着いた。
これから何をされるのかと、不安に怯えるリグルの前で、輝之輔はまた懐から『紙』を抜き、開いた。
「ーーーーーわあっ……!」
思わず、リグルの口から歓声が零れた。
輝之輔が『紙』を開くと、そこに苺のショートケーキが現れたからだ。
蟲妖である彼女は、甘いものに目がない。そのうえ、洋菓子などというものは、【紅魔館】のパーティにでも呼ばれない限り口にすることのできないご馳走である。
ゴクリ、リグルが生唾を呑むのも無理はなかった。
さらに、輝之輔は複数の『紙』を取り出しては、ティーポットやティーカップが手の中に現れ、手品師のように鮮やかな手捌きでティータイムの用意を済ませた。
「さあ、召し上がれ。」
ミルクティーとフォーク、ショートケーキをリグルの前に並べ、輝之輔は微笑む。
「!………………」
目の前に用意されたご馳走を、じっと見下ろす。が、手はつけない。輝之輔の豹変ぶりが不気味過ぎて、毒か何かが盛られているんじゃないかという疑いが拭えなかったのだ。あるいは、これを口にした瞬間、無理難題をふっかけられるんじゃなかろうかという怯えが、身を竦ませたのだろう。
「………君が疑うのも仕方ないことだろうけど…今、僕は本心で君をもてなしたい気分なんだ。
信用できないなら、ほら、見ていて。」
輝之輔は自分用のフォークを取り出すと、ショートケーキの端を掬い、自分の口に運んだ。美味しそうに頬を緩め、ゆっくりと味わって咀嚼する。
その様子を、リグルは食い入るように見ていた。
やがて、口に含んだ分を食べ切ると、輝之輔はにっこりと笑いリグルに語り掛ける。
「ね?なんともないだろう?毒とか殺虫剤は入っていない。だから、安心して、召し上がれ」
輝之輔には、毒が効かない。それゆえ、これだけではケーキに何か混入していないことの証明にはならない。
だが、リグルは限界だった。
「ーーーーーいっ……いただきます…っ!」
フォークを引っ掴み、柔らかなクリームと生地に突き立てる。大きな欠片を抉り、口に頬張った。
クリームの甘みが、生地の芳醇な香りが、舌の上でとろけ、鼻腔をくすぐる。駆け抜ける法悦。たまらず、リグルは二口、三口と口に運ぶ。あっという間に、皿の上は空になった。
この上なく満ち足りた気分で、幸福の溜息を吐くリグルを、これまた満足げな表情で眺める輝之輔。
と、彼は手の中に小さなボタンのたくさん並ぶ箱を取り出し、リグルに呼び掛けた。
「………リグル、ちょっと見てほしいものがあるんだ。」
言うと、輝之輔はその箱を壁に並ぶ箱に向け、ボタンを押した。
ピッ、と音が鳴り、箱のガラスが一斉に光を発した。
「ーーーーーーーーっ!?」
リグルは、息を呑んだ。ガラスに映り込んだのは、コンクリの壁に囲われた部屋で監禁されている少女たちであった。
「これはモニターと言ってね、牢屋に仕掛けたカメラから、リアルタイムで映像を受け取って、ここに映す【外】の機械だ。
つまり、ここに映る映像は、ちょうど今のこの娘たちの様子なんだよ。」
自慢げに語る輝之輔。モニターには、鎖や縄や『ファイル』で拘束され身体の自由を奪われた妖怪の少女たちが、様々なアングルから映し出されている。いくつか誰もいない部屋を映しているものもあるが、それらはきっとリグルの部屋に仕掛けられたものなのだろう。
おぞましさに、背筋を震わせる。
そんなリグルの反応を楽しむように、輝之輔は一つ一つの画面を指差して、聞きたくもないような解説を語った。
「この娘はルーミア、君も知り合いだったね。最初に僕の『コレクション』になった娘さ。吉影さんにこっぴどくやられちゃってトラウマになったらしくて、『ファイル』した吉影さんの声を聞かせたら、すぐに『サイン』を見せてくれたよ。リグル、君の情報を教えてくれたのも彼女なんだぜ。
こっちのオッドアイの娘は多々良小傘ーーーーーー凄く、本当に良い娘で、今じゃあ僕が部屋を訪れると進んで靴を舐めて掃除してくれるんだ。そのザマと言ったらもう傑作でね、思わず頭を踏んづけてあげたくなるほど可愛い。一番のお気に入りだね。
この犬みたいな耳の子は幽谷響子、山彦の妖怪で、テープレコーダーを見せびらかしてやったり山彦の原理を科学的に解説してやったら、必死に頭を振って聴きたくないって泣く娘だ。
ーーーーーそれで、こっちのこの娘………君はよ〜く知っているはずだね?」
ニヤニヤと笑いモニターひとつひとつを指差していった輝之輔は最後に、ある画面を指差した。
リグルが、言葉を失う。
そこには、彼女がよく見知った顔が映っていたからだ。
他のアングルからも確認できる、特徴的な帽子、背中に生えた翼。
「ミスティア……ッ!」
ミスティア・ローレライが、牢屋に囚われていた。手足の関節は『ファイル』され、鎖とベルトでがんじがらめに壁に縛り付けられている。口には開口器が嵌められ、涎が顎を伝い落ちている。
「そ………そんな…っ!」
住処の近い二人は、かなり仲の良い友人だった。そんな友達の悲惨な姿を目の当たりにし、リグルは椅子から飛び上がる。
「おっ?その反応!どうやら相当仲の良いお友達のようだね。」
輝之輔はニヤリと口角を吊り上げて、ミスティアの映る画面へと歩み寄る。
「彼女の種族は、『夜雀』っていうんだってね。それで、ちょっと【外】の資料を調べてみたんだ。そしたらーーーーー!」
画面の横に来ると、クルリとリグルを振り返り、パンパンとモニターを叩く。
「なんと『夜雀』ってのは、鳥の他にも蛾や蝶の姿だという伝承があったんだ!つまり、ミスティア、彼女は『蟲妖』でもあるってわけさ。そこで、だーーーーー」
モニターに肘を付いてもたれかかり、輝之輔は歯を見せて笑う。
「リグル、君の『能力』で、彼女を『支配』してみないかい?」
「ーーーーーーーーーーはーーーーーは………、……え…っ?」
その言葉を聞き、リグルは当然のごとく困惑した。
「ーーーーーた………試したことはないですけど、多分できないと思います………っ
私の『能力』は、その、けっこう制限があるので……」
ビクビクしながら、リグルは輝之輔に異議を申し立てる。
「あ〜、違う違う、そっちは期待してない。
そうじゃなくてさーーーーー」
モニターに肘を掛けた手を振り、輝之輔は言葉を続ける。
「君の『蟲を操る程度の能力』で、少し僕を手伝ってもらいたいんだ。」
「て……手伝い……っ?」
再び蘇ってきた恐怖に瞳を潤ませるリグルに、輝之輔は部屋の隅を指で示す。
「ここに通気口があるだろ?ここからダクトが各部屋の天井に繋がっている。もちろん、狭くて君には通り抜けられないけど……『蟲』と『紙』なら、自由にその中を移動できる。
君にやってもらいたいこと、それはーーーーー」
輝之輔はまたしても、『紙』ーーーーー『雀(生け捕り)』とマジックペンで書かれた『紙』を、懐から抜き出した。
「『蟲』を使ってこれをミスティアの部屋の通気口まで送り、彼女の目の前で、中の雀を喰い殺してもらいたい。」
戦慄が、リグルの全身を駆け抜けた。
輝之輔もその強張りを察したのだろう、ひらひらと『紙』を振り、リグルに話し掛ける。
「なあ、簡単なお仕事だろ?もちろん、お礼だってちゃんとするさ。金輪際君を苛めたり、蟲たちを殺したりはしないし、お菓子だってもっと沢山、色んな種類のものを【外】から取って来て、君に振る舞うことを約束する。」
「で…………でも…っ!そんなことしたら、みすちーが……!」
「傷つくからイヤだ、って言いたいんだろ?大丈夫大丈夫、やってみたらそんなに辛いことじゃあないさ。むしろ楽しくなってくるもんだ。
どうしてもっていうなら、とりあえず、ミスティアの部屋まで『紙』を運んでみなよ。その後続けるかどうかは、それから考えてくれたらいい。」
「ううっ………!」
輝之輔に『紙』を渡され、震える両手で受け取る。
とにかく従う素振りを見せないと、何をされるか分からない。彼女は『能力』で蟲を集めると、『紙』をそいつらに預けた。
「……………頼んだよ…」
蟲たちは『紙』を皆で咥えて、通気口の中へと入っていった。
「おっ、思ったより早いな。」
暫くして、画面を覗き込んでいた輝之輔が関心の声を上げる。『紙』を持った蟲たちが、ミスティアの部屋の通気口から這い出て来るのが確認できた。
「…………っ!」
部屋の中、暗く沈んだ目で緊縛されていたミスティアもそれに気付き、はっと顔を上げる。
「おおっ!どうやら彼女も気付いたようだぞ!おおかた、“リグルちゃんが助けに来てくれたわ!”とか思ってるんだろうな…ククク、ぬか喜びとも知らずに…」
悪趣味に口の端を歪め、輝之輔は愉悦の笑みを零す。
「さあリグル、ここからが本番だ!今から僕が『ファイル』を頭だけ部分解除する。出てきた雀の頭を、この蟲たちに喰わせてやれ!」
爛々と下卑た期待に輝く双眸を、リグルに向けた。
しかし、リグルは唇を噛み、小刻みに震えるばかりで、首を縦に振ろうとはしない。大事な友達を自分の手で傷付けるなんて、考えるだけで恐ろしさでいっぱいになった。
「…………リグル、君は…別に、鳥を殺すことに『罪悪感』は無いわけだろう?ただ、それをミスティアの前で行うという部分が、君の決断を妨げているわけだ。
だったら、こういうのはどうだ?君は目を閉じる。何も目に入らない。そこで、あの蟲たちに、雀を殺すよう命令する。ミスティアなんて傍にいない、君はただ、雀を殺させただけ……………それなら、何の問題もないだろう?」
「で…………でも…っ!」
輝之輔の励ましを聞いても、リグルの背中を押す事はできなかった。そりゃそうだ、実際にはミスティアが見ているのだから。
なかなか行動に出ない彼女を見かねた輝之輔は、
「ーーーーーひとつ、良いことを教えてあげよう。」
パチン、と、指を鳴らす。
すると画面の中で、『紙』に変化があった。床に置かれた『紙』から、雀の頭が生えてきたのだ。
「この雀は、ずっと食事を与えていない。君の『命令』で『紙』の側にいる蟲たちのことが、たまらなく美味しそうなご馳走に見えていることだろうなぁ〜……」
「っ!?」
はっと顔を上げ、リグルは画面を凝視する。律儀にも彼女の命令を守り『紙』の側に待機していた蟲の一匹が、雀の嘴に捕らえられた。
「あ、ああぁ…っ!?」
目を見開き、口を押さえるリグルの前で、画面の中の雀は啄んだ蟲を飲み下す。
「あ〜あ、蟲が一匹死んだぞ……君の命令のせいで……」
ニタニタと笑顔を張り付けて、輝之輔はリグルの傍に歩み寄る。
「ほらほらほらほら、早く決めないと、次の蟲が犠牲になるぞ。早くしなよ。」
言ってる間にも、雀は次の蟲を嘴で啄ばんだ。
「ほらっ!また喰われたぞッ!君のせいだッ!君が早く決断しておけば、あの蟲は助かっただろうに!」
リグルの肩に手を回し、彼女の顔を覗き込む。
「ああ…………!…ああああぁぁ……………っ…!!」
大粒の涙が、澄んだ瞳から零れ落ちる。その眼には、自分の命令のために蹂躙される同胞の命が鮮明に映り込んでいた。
「早く決めろッ!君が!君が殺せと命令しない限り、蟲は死に続けるぞッ!
たかが雀一匹がなんだっていうんだ!?なあ!殺さなきゃ殺されるんだぞッ!早く殺れッ!」
「うっ、うああああぁぁーーーーーっっ!!」
耳元で叩きつけられる、輝之輔の言葉。
ぎゅっと目を瞑り、リグルは蟲たちに命令した。
画面の中で、変化が起こる。喰われるのを待つばかりだった蟲共が一転、雀に殺到していく。
いかに天敵と言えど、頭以外が『紙』の中ではその戦力差は圧倒的、群がる蟲共になす術なく喰いつかれ、ピィピィと悲鳴を上げている。
「〜〜〜〜〜っ?!あ〜〜〜!ああああ〜〜〜〜〜ーーーーーっ!?」
助けに来てくれたと思っていた蟲共が雀を食い殺し始めたのを見て、ミスティアの表情が一変する。開口器に邪魔されて自由に口が聞けないにも関わらず、目一杯の叫びをあげている。
「ハハハハハハハハッ!傑作だッ!見てみなよあの泣き顔をッ!」
バンバンと膝を叩き、画面を指差して哄笑する輝之輔、彼に肩を抱かれて、両手で耳を塞ぎ目を固く瞑るリグル。何も聞きたくない、何も見たくない、ただただ早く時間が過ぎてくれるのを祈り続ける。
蟲が雀の眼球を引き摺り出し、頭の中へと侵入した。脳を貪り、掘り返し、暴れまわってズタズタにする。
やがて、雀の鳴き声は聞こえなくなり、『ファイル』を解除して全身を出しても、ピクリとも動かず床に斃れ臥した。部屋の内で、ミスティアの慟哭が反響する。
「よし、殺したなッ!やったねリグル、偉いぞ!よく手伝ってくれた!」
ガッツポーズし、リグルの頭を撫でる。
「え………えへへへ…いひひ………
こ………これで……約束は守っていただけますか………?」
啜り泣きながら、媚びた笑顔を懸命に浮かべるリグルに、輝之輔は首を横に振る。
「いや、まだだ。
あともうひと踏ん張り、それだけしてくれたなら、約束通りにしてあげよう。
最後にーーーーーーーーーーあの雀の肉を、ミスティアの口に入れてやってくれ。」
輝之輔の口から告げられた恐るべき言葉に、血の気が引く。
「そっそれはっ…!それだけは……お願いします、どうかそれだけは……!!」
取り乱し、必死に懇願するリグルを、輝之輔は冷酷な瞳で見下ろした。
「ーーーーーリグル、君は…“まだ今なら、ミスティアに許してもらえる”……とか、甘えたこと思っているんじゃあないのか?」
「っ!?」
リグルの未発達な胸の中で、彼女の心臓が跳ね上がる。
「君はもう、ミスティアを傷付けている。向こうだって、今のはリグル、君の仕業だってとっくに分かっているんだ。今更遅いんだよ、君に残された選択肢はーーーーー」
肩に手を置き、目を伏せて震えるリグルに顔を寄せ、
「できるだけ、僕の機嫌を損ねないようにするってこと……それだけさ。」
決定的な一言を、彼女に突きつけた。
「あ……ああああぁぁ………」
リグルの心境は、闇の底に突き落とされたようなものだった。もう私は元には戻れない、この男に付き従うしかないんだーーーーーそんな考えが、頭の中に反響していた。
「ーーーーーさあ、早く言われた通りにするんだ。僕が痺れを切らす前に…………」
輝之輔が冷たい声音で耳打ちする。
「ーーーーーーーーーーは……は…ぃ…」
小さく返事を返し、リグルは蟲に命令した。
蟲たちが雀の死体を喰い千切り、ミスティアのもとまで運んでいく。
「…………っ!??
あ〜〜〜〜〜!あアああぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!」
啜り泣いていたミスティアも、この蟲たちが何をするつもりなのか察し、必死に拒絶の叫びをあげる。
だが、蟲たちは行進を止めず、口の中に雀の肉を運び込んだ。
「〜〜〜〜〜〜〜っ!!?やああア〜〜〜〜〜〜ッ!アアアアアぁぁ〜〜〜ッッ!!」
同胞の血肉の味、匂いが口内と鼻腔を満たし、ミスティアの悲鳴が一段と激しくなった。
「うおおおおッ!!イイぞッ!これはイイッ最高だァッ!!こりゃ永久保存版だな!何重にもロック掛けて、絶対に消去しないようにしなくちゃ!ダビングもしまくろう!」
歓声を上げてはしゃぐ輝之輔の横で、ついに堪えきれず、リグルはしゃがみ込む。
「うえっ……!うえええぇぇぇぇ………っ!!」
リグルは、吐いた。先ほど食べたばかりのショートケーキの甘さと、胃液の酸っぱさが混じり合い、床に溢れていく。
その吐瀉物はコンクリの上を拡がり、輝之輔の靴を汚した。
「…………っ!
ご、ごめんなさいごめんなさいっ!!す、すぐに掃除しますからぁぁ…っ!」
慌てて、床に落ちた自分の反吐を啜ろうとするが、
ポンッ
床の汚液も、輝之輔の靴に付着した汚れも、一瞬で消え失せた。同時に、口と鼻に染み付いたえぐみも消滅した。
「おいおい、自分で戻したものまで食べようとするなよ。」
見上げると、『紙』をヒラヒラと振っている輝之輔が、笑顔で彼女を見下ろしていた。
「そんなことしなくても、約束通りケーキはいくらでも食べさせてやるよ。君は僕を“手伝って”くれたんだからね。」
反吐を『ファイル』した紙をゴミ箱に放り、新しい『紙』を取り出し広げると、皿に乗ったチョコレートケーキが彼の手の上に現れる。
「ほ〜ら、ご褒美だ。さっきとは違う味だけど、お口に合うかな?」
「え………あ…………はい…ありがとうございま…す……」
立ち上がり、輝之輔から皿を受け取る。ショートケーキとは違う甘ったるさが鼻をくすぐり、またしても食欲に囚われた。
フォークを掴み、掬って口に運び、舌の上で転がす。とろけそうなほどの甘さ、感激に酔い痴れる。
「……ほら…………見てごらん。」
ケーキを頬張るリグルの肩を抱き、輝之輔は画面を指差した。
「ミスティアは、君のお友達は、今耐え切れない程の絶望に襲われている。君の操作する蟲のせいでだ。」
蟲に雀の眼球を口内に押し込まれ、ミスティアは苦悶の慟哭を続けている。涙はとめどなく流れ、目をぐるぐると回し錯乱していた。
うっ、と、リグルの胸に再び吐き気が込み上げるが、口を押さえ堪えた。
「でも、君はなんにも悪くない。なぜなら、僕が君に無理矢理これをやらせたからだ。
蟲たちが雀を食い殺したのも、そうしなきゃ自分たちが殺されていたからやっただけだろう?それと同じさ、全くもって悪いことじゃあない。」
『罪悪感』に押し潰されそうになっているリグルを、慈しみすら感じさせる優しい声で、輝之輔は慰める。
“ーーーーーー君は悪くないーーーーーー”、その言葉が、麻薬のようなケーキの甘さとショックの疲れに痺れてぼんやりとしたリグルの頭に、抵抗無く浸透していく。
「これは、この世の摂理なんだ……いじめなきゃ、いじめられる。この世はそういう風にできてるんだ。逆に、君が誰かをいじめていれば、君は誰かにいじめられずに済むーーーーーそう、『幸せ』でいられるんだよ。」
その言葉は、チョコレートケーキのように甘美な音色で、リグルの鼓膜に染み込んでいった。
「(ーーーーー“いじめなきゃーーーーーーーーいじめられる”ーーーーーーーーーー)」
脳内で反芻し、味わうように噛み締める。
リグルは、ミスティアを見た。泣き叫び、千切と乱れ、悶絶する友達。自分が助かりたいがために、犠牲にした大切な友人。
「(ーーーー“いじめていればーーーーー『幸せ』になれる”ーーーーー)」
『罪の意識』は胸を締め上げ、彼女を責めたて続けている。
後悔の涙は、とめどなくリグルの頬を濡らしている。
だが、少し、ほんの少しだけ、輝之輔の言葉を聞く前よりは、楽になれた気がした。
輝之輔は画面を見たまま、横のリグルに語り掛ける。
「泣くなよ………、笑え、笑えーーーーー
僕らは二人でこれから、『幸せ』になるんだからーーーーーーーーーー」
リグルは、輝之輔の顔を見上げた。苦痛に歪むミスティアを、恍惚の表情で、魅入られたように見つめている。
その様子を見て、リグルはーーーーーーーーーー『楽しそう』、と、そう思った。
「ーーーーーーーーーーあ………………あはははは…………は」
リグルの口から、渇いた笑いが零れた。
彼女は泣きながら、無理矢理に笑っていた。
涙を零し、瞳潤ませ、口の端を捻じ曲げて、泣きたいのを堪え、懸命に笑っていた。
「あはははははは…………くくっ…………ふふふ…
…くひひ……………いひひひ……………ひひ………………ーーーーーーーーーーーーーーー」
リグルの歪な哄笑が、部屋の中に木霊していたーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ーーーーーリグル………リグルぅぅ………!
好き…!だぁいすきィぃ……!」
「…うん、【僕】もさ…ミスティア……」
「えへへへ〜……♪うれしいよぉぉ〜〜……♪」
睦言を交わす、リグルとミスティア。
ミスティアは何も身に付けず、一糸纏わぬ姿でリグルにしがみついては、惚けた嬌声を上げていた。
「あ〜ららら…、みすちーったらガンギマリじゃない……
リグル、あんたちゃんと投与量守ったの?私の【マニック・デプレッション】は強力だから、量が多ければ致死量よ。」
「大丈夫だよメディスン、いざとなれば【僕】が蟲を寄生させて延命させるから。」
応えながらリグルはミスティアの首筋に舌を這わせ、ミスティアはひゃぁんっと嬌声を上げて身体を跳ね上げる。そんな二人の様子を見て、メディスンと呼ばれた人形の少女は、うんざりした表情で溜息を吐いた。
と、その時であった。
「…たくっ…まだ月も高いというのに盛(さか)りやがって……」
苛立った声を聞き、リグルとメディスンは振り返る。開いた襖から、一つの人影が部屋の中に入ってきた。
「ーーーーーこれは、失礼致しました。」
リグルは行為を中断し、その人物へと向き直る。ミスティアは畳へ投げ出され、快楽の余韻に浸り、肌を紅く染め痙攣している。
メディスンもその人物を、恭しく敬礼して迎えた。
「ーーーーーまもなく、我ら虐げられし弱者の時代が到来する……そのための準備も、全て完了した。」
部屋に足を踏み入れたその人物は、特徴的な容姿をしていた。白と黒の交じる髪は先にいくにつれて逆立ち、額からは纏まった赤い髪が伸びている。
そして、彼女の頭には、小さいながらも二本の白い角が生えていた。
「『塩酒』の流布、情報操作、人間共の不安扇動、【命蓮寺】と【夢殿大祀廟】の対立………………必要なことは全て終えた。
あとは【蝕】の時を待つのみだ…………その時には…………」
その少女は、部屋にいる仲間たちを眺め回す。リグル、メディスン、その他の影にいる者たちの視線が、少女へと集まった。
「我らこそが…っ!新世界の覇者であるッ!!」
【輝針城】天守閣にて、鬼人正邪は高らかに宣言した。
輝之輔は、外づらは美少年だけど臆病で自信無げなキョドギョドした態度とねじくれた性格が“気持ち悪い”、と周りに思わせてしまうキャラだったらいいなと、【第一部】を書いていた頃から思っておりました。