【第一部】~吉良吉影は静かに生き延びたい~/【第二部】~Saint Babel Run~   作:どくたあちょこら~た

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第四話 復讐と露見 後編

 

 

 

目を潰され、聴覚に頼らざるをえなくなったルーミアは、吉影の位置を知ろうと必死に耳をすませた。

そして、彼のゆっくりとした足音とは別の音に気付いた。

「(――――――――これは………?)」

上空で、空気が切り裂かれる音。

風の流れを乱し、大気に巨大な穴を開けて、物凄い速さで落下してくる物体の動きが、振動となって伝わってくる。

「(これは!もしかして…!)」

「…フフッ………」

ルーミアの心に、希望が芽吹く。

「(やった、やったわ!勝ち目は…ある!!)」

「フフッ、アハハ……クスクス………」

ルーミアは渾身の力を振り絞り、上半身を起こした。痛み、涙が滲む目を強引に見開き、音を頼りに吉影を睨めつける。

「ハハッ、プフッ、アハハハハハハハハハッ!!」

「(ウフフ、今まで散々怖がらせてくれたわね……

まったくたいした人間よ…あなたは…

…でも…!!)」

「キャハハッハハハアハハアハハハハハハハハハ………!!

(甘かったわね、人間!!あなたはここでお終いよ!!)」

「ブラックアウトォォォッッ!!」

ガバッと飛び起き、渾身の声で叫ぶ!

闇を爆風のように拡散させ、吉影を呑み込もうと肉迫させる!!

「遅いわァッ!!」

吉影の咆哮が闇の向こう側から聞こえる。

だが、ルーミアは動こうとしなかった。

彼女は、ただ待っていたのだ。彼が狙いを外す、その時を。

「(さあッ!そいつを串刺しにしろ!!)」

鳥妖怪が吉影の背目掛けて突っ込む音、

そいつが返り討ちにされる音、

そして――――――――小石が、弾幕の何倍もの速さで発射される音。

「(お願い…!どうか…!どうか外れて!!)」

彼女の願いは、通じた。

小石が彼女の右の頬を掠め、髪の間を通り抜け、後方の闇の中へと過ぎ去っていった。

 

 

「(やった…!勝った!!

私の勝ちよ!!)」

心の底から歓喜の声をあげ、腹の底から笑う!

恐怖からの解放に復讐への喜びが合わさって無上の歓喜となる!

「キャハハハハハッ!!惜しかったね、あなたが油断してバカみたいに一人でくっちゃべってたからこうなったのよ!!

あなたの敗因はただひとつッ!!その身の丈不釣り合いな過大評価よッ!!

さあ、覚悟なさい!!明けない闇の中でガタガタ震えて命乞いする心の準備はオーケイ!?

あなたには生まれてきたことを後悔しながら死んでもらうわッ!!

さあ、歯を食い縛りなさいッ!!妖怪をなめたらどうなるか、その魂の奥底まで刻み込んであげるッ!!

さあ、喰らえ―――――――――」

 

ドグォォォォッ!!

 

 

 

「――――――――………え?」

 

 

フッと全身から力が抜け、バタリと仰向けに倒れる。

何もしていないのに、闇が勝手に晴れていき森の様子が、徐々にはっきりと見えてくる。

やがて完全に闇は取り払われ、彼女の顏に柔らかな日の光が差した。

「…?」

気だるげに拒否する身体に鞭をあて、顎をひく。合わない焦点をなんとか合わせると、 ――――――――

「…え?」

彼女の腹には、さらに大きな穴が口を開いていた。

ぐちゃぐちゃになった内臓が顏を覗かせ、血はもはや勢いを無くしてただ静かに流れ出るだけだった。

 

 

「『【キラークイーン】第一の爆弾』…君の腹を貫いたとき、既に内臓の一部を爆弾に変えておいたのだよ……」

吉良吉影が静かに、冷然と呟く。

【キラークイーン】が鳥妖怪の死体を掴み上げ、嘴を引き抜く。嘴は音もなく爆破され、死体も塵になり消滅した。

「私の【キラークイーン】の指先は、どんなものも爆弾に変え、髪の毛一本残さない・・・

じきに君もこうなる。」

「ひぃっ…!?」

唯一動かせる腕で身体を起こそうとするが、力が抜け、片肘が折れる。そのままガクリと横転して、うつ伏せになった。

ダメージが大きすぎて、もはや宙に浮くことすらかなわない。

「あ…あ…ああっ…!」

歩み寄る吉影。

「やめてッ…!いやッ…!助けて、死にたく…ない…!!」

這いずり、逃れようとするルーミア。

「助けて…、お願い…!もう…人間…食べない…から…!」

吉影は無言で次の小石を構える。

「本当…よ…、もう…絶対…人間食べたり…しないか…ら…!!何でも素直…に…いうこと聞…聞くから………、ッ!!」

ゴフッと咳き込むと、血が吹き出した。

血と涙と恐怖で喉が詰まる。

声が出ない。息も絶え絶えだ。

涙が溢れる。止めどなく溢れる。頬を伝い、土を湿らせる。

そんな虫の息の彼女を、吉影はただ冷酷に見下ろす。

当前だ。【殺人鬼】が、妖怪を殺すのに躊躇するだろうか?

これから憎悪を込めて殺す相手に、存分にいたぶって殺す相手に、一片の同情でも持ち合わせているだろうか?

【キラークイーン】がルーミアの左肩に狙いを定める。

「――――――――人に【頼み事】をする時は、その人に尻を向けながら遠ざかれ・・・と、学校で教えているのか?」

 

ビシィッ!

小石がルーミアの左肩を貫通した。

「あぐッ…!」

「正解は歌にもある通り、『お化けにゃ学校も 試験も何にも無い』だ・・・覚えておけ。」

 

ドスッ!

 

「があッ…」

「さて、話の続きだ。私の【能力】を知ってしまった君には、生きていてもらっては困る。

また、私が君を始末したことも当然、露見してしまっては困るんだよ。

よって君には、『わたしが手を下したと発覚しない手段で』死んでもらわなくてはならない。

私の言っていること、分かるな?」

 

バシッ!

 

「ぐあッ…」

「そこで、私はさっきの鳥妖怪と同じく、君を塵も残さず消滅させようと考えた。

だが、私はそこまで血も涙もないわけではない………」

 

バスッ!

 

「いッ…?」

「死ぬその瞬間までは、せめて君の姿のままで殺してやろう。

嬉しいだろうッ?ええッ?!喜びたまえ。

だが、その対価として…、

おっと、だめ押しにもう一発。」

 

グシュッ!

 

「あっ…!」

 

バタンッ――――――――

 

 

両肩と両肘を貫通され、背中に小石爆弾を埋め込まれたルーミアは、ついに這いずることすらできず、地面に突っ伏した。血と涙に濡れた顔は、土にまみれる。

「―――――――――これから君をなぶり殺すからな………

君のような、どう見ても十歳未満のクソチビに、辛酸を舐めさせられるなどという、『赤っ恥のコキッ恥』をかかされたんだ……じゃなければこの気分がおさまらん………」

吉影は、ゆっくりと、悠然と、ルーミアのもとへと足を進める。

【キラークイーン】の目で、もう身動きひとつできないことを確認しながら。

「――――――――初めて出会った時は【君】に、私のもとへ来るよう言ったが…

こうやってよく見てみると、実に醜いな・・・【君】は。」

元【彼女】候補を見下ろし、侮辱するように言い放つ。

「爪は無造作に伸びきっている。手入れがなされていない。

しかも爪の間に死肉がこびり付いている。まったくもって醜悪だ。」

吉影が【キラークイーン】の脚を上げ、ルーミアの右手を踏み潰そうとした。

その時…

「―――――――――うっ…」

ルーミアが、呻いた。

吉影はビクッと足を下ろし、後ずさる。

右手のスイッチに親指を添え、いつでも爆破できるように身構える。

だが…

「………んッ……

…くッ…うッ…うッ…う……

…うえっ…えっ…うええっ…」

ルーミアは、ただ、咽び泣いていた。

逃れようのない死の運命に、絶望して。

彼女の創る闇より暗く、全てを呑み込み隠す、深く冷たい哀しみに包まれて。

「――――――――ッ・・・

―――――・・・泣くな、馬鹿者。」

興を削がれた吉影は舌打ちと供に吐き捨てると、振り返り、

『本命』のもとへと向かう。

『彼女』は、ルーミアから十メートルほど離れたところに倒れていた。

「私は『彼女』を二人以上作らない。」

吉影は、もう血も流れ出ない妹紅の死体のもとへと足を運ぶ。

「何故なら、『彼女』が二人以上いると、どちらも平等に愛することに無駄な神経を使わなければならないからだ。

だから私はいつも片手だけ連れて帰るし、『臭ってくる』までは他の女性に手出しはしない。」

妹紅の死体の傍に立ち、見下ろして囁く。

「さあ、『君』を迎え入れるために、元『彼女』とは手を切った。喜んで私のもとに来てくれるな?」

しゃがみ、まだ温かい右手を優しく持ち上げ、唇を寄せて語りかける。

「『君』の元持ち主は、私の秘密を知ってしまった。悲しいだろうが、これも我々の幸せのためだ…

大丈夫、ちゃんと火葬してあげるさ…、いや、『爆葬』かな…?」

ふっとため息をつき、【キラークイーン】の腕を振り上げる。

「さあッ!今ッ!私のもとにッ!!」

【キラークイーン】の手刀がまさに振り下ろされる瞬間ッ!!

「ッ!?

ぐおあッ!!」

吉影が妹紅の手から手を放す。

「あ、熱いッ!!なんだ!?どういうことだ!?脈も無かったというのに!!」

ふと顏を上げると、妹紅の身体から煙が上がっていた。

「ま、まさかこれがッ…!?」

もしこれが妹紅の『遺言』の前兆であるならば、一刻も早くこの場から離れねばならない。

だが、すでに妹紅の死体は焔を上げて燃え始めていた。

「(まずいッ!!彼女の遺言がこれを指していたなら、今すぐ離れないと吹き飛ばされるッ!!)」

「【キラークイーン】!!」

吉影は後ろに高跳びの背面飛びのように飛び、【キラークイーン】の腹部のスペースに飛び込んだ。

【キラークイーン】がシャッターを閉め、大きくバックジャンプしたその時!!

 

ドグォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!

 

妹紅の死体が爆発し、爆炎が襲い掛かってきた!!

それは【キラークイーン】の爆発とは比較しようもないほどの威力で迫り来る!

「(まずい!マズ過ぎるッ!!『こんなもの』を浴びてしまえば、跡形もなく燃え尽きてしまう!!)」

伊達に爆弾使ってない彼は、それが直撃したら火傷じゃ済まないことも、このままでは爆炎に呑み込まれてしまうことも分かっていた。

「(あれだッ!あれをやるしかない!!)」

「【キラークイーン】!

爆弾を解除しろォッ!!」

先程ルーミアの背中に撃ち込んだ爆弾を解除し、持っていた小石を爆弾に変化させる。

「うおおおおおおおおおお~ッ!!」

小石を爆発させ、その爆風で後ろに吹き飛ばされた。

皮膚が裂け、血が噴き出す。だが、そのおかげで爆炎から逃れることに成功した。

「ぐあぁッ!?」

樹木の幹に打ち付けられたが、【キラークイーン】がクッションになってくれたので、ダメージは少なくて済んだ。

「―――――――――な…なんだ…これ…は…!?」

ズルズルと木の根元に座り込んだ吉影の目の前では、人外魔境が展開されていた。

森は半径数十メートルが消し飛び、爆炎が渦を巻いていた。

その地獄の業火の竜巻は中央に圧縮されて、やがて消滅する。

煙がもうもうと立ち込める。何も見えない。

「ゲホッゲホッ…」

咳き込みながらも【キラークイーン】の目で警戒していると、徐々に煙は晴れていき…

「――――――――じょ・・・冗談だろう…?」

掠り傷ひとつなく、平然と立っている妹紅の姿があった。

「う~ん、気絶してから絶命するまで時間かかってしまったようだな…」

茫然としている吉影の視線の先で、妹紅は十時間バッチリ眠った後にスッキリお目覚めしたかのようにあくびをして、辺りをキョロキョロと見回し、

「うわっ…コイツら、もしかしてみんな川尻がやったのか…?」

妖怪の死体の山を発見し、今の吉影と同じく茫然とリアクションした。

「(ま、マズイ…どうすればいい・・・?)」

吉影が必死にこのハードな状況を切り抜ける方法を模索し始めた二秒後、

「おお、川尻!無事だったか!!」

あっさりと妹紅に見付かった。

「ッ―――――――!

あ、ああ・・・

妹紅こそ、何故…」

「―――――――――あんた、さっきも訊いたけど、そいつはなんだい?」

しかもあまりの焦りから、血飛沫を浴びた【キラークイーン】を引っ込めることを忘れていた。

ハッと気付いたが、時すでに時間切れ、妹紅は吉影の目の前まで歩み寄り、ジロジロと【キラークイーン】を観察した。

「慧音からは、お前が何か能力を持ってるなんて聞いてないが…彼女にも黙っていたのか?」

妹紅が疑惑の目を彼に向ける。

当前だ、無力だと言うから護ってやっていた者が、実際には自衛に十二分な程度の滅茶苦茶な強さを隠し持っていたのだから。

「・・・いや、違う、これは…」

「じゃあそいつはなんだ?この肥やしの山はなんだ?どうして隠していたんだ?」

もはや言い訳はできない。絶体絶命の大ピンチ。

 

そこで問題だ!この絶望的な状況をどうやって切り抜けるか?

三択―ひとつだけ選びなさい

答え①天才の吉影は突如打開策がひらめく

答え②困ったときはとりあえずSATSU★GAI

答え③大人しく白状しかない。現実は非情である。

 

「(①は期待できないな、②は逆に殺されかねない…そもそも『死ぬ』のかコイツは・・・

・・・やはり③…か…

だが、ただでは白状しない…!)」

吉影はふっ、と悲しげに笑い、宙を見上げると、独り言のように呟いた。

「――――――――君には……分からないだろうな。

自分の存在が【非常識】や【迷信】である者の気持ちは………」

妹紅がハッ、と息を飲むのを視界の隅に確認し、吉影は続ける。

「わたしは自分のこの【キラークイーン】を見る時、いつも思い出す………

子供の頃、小学校――――【こちら】で言う寺子屋のことだが………そこでわたしの担任教師と母が話しているのを、【コイツ】で盗み聞きした。

『川尻さん、お宅の浩作くんは友達を全く作ろうとしません。そう、嫌われているというより全く人とうちとけないのです。担任教師としてとても心配です。』

母はこう答えた。

『それが…

恥ずかしいことですが…親である…私にも…なにが原因なのか…』

――――――――子供の時から思っていた。町に住んでいるとそれはたくさんの人と出会う。しかし、普通の人たちは一生で真に気持ちがかよい合う人がいったい何人いるのだろうか…?

小学校のクラスの○○くんのアドレス帳は友人の名前と電話番号―――――連絡先、と言い換えれば伝わるかな―――でいっぱいだ。

50人ぐらいはいるのだろうか?100人ぐらいだろうか?

母には父がいる。父には母がいる。

『自分は違う。』

TVに出ている人とかロックスターはきっと何万人といるんだろうな。

『自分は違う。』

――――――――『自分にはきっと一生誰ひとりとして現れないだろう。』

『なぜなら、この【キラークイーン】が見える友達は誰もいないのだから…

見えない人間と真に気持ちがかよう筈がない。』

……だから、実を言うと、少し嬉しかった…あのルーミアという少女が、わたしのように【能力】を使った時は………

………でも、彼女もわたしを認めてはくれなかった。わたしを人間だと、『外来人』だと言って。

だから、わたしはここでも秘密にしておこうと思ったんだ。誰もわたしを、このわたしのことを、本当の意味で理解してくれることは………」

「違う!!」

吉影は妹紅の張り上げた大声に驚き、彼女に目を向けた。

「違う、違うんだ!!あなたを理解してくれる人はきっといる!

――――――――いや、わ、私は分かる、分かるんだ、あなたの気持ちが………」

「分かる・・・?フフッ、気休めなら結構だ。

君はこの【非常識】の世界で暮らしているじゃないか。それなのに………」

「いや、私は……、私は、【外の世界】で生まれた。今から千年以上前に…」

「…なんだって…?千年…だと…?」

「そうだ、私は元々、普通の人間だった。それがある時、感情に身を任せてしまって…

それからは、各地を転々として生きてきた。この外見でまったく成長しない私を、人々は不気味がって、長居はできなかった…

そうしているうちに、この幻想の地にたどり着いた。驚いたよ、見たこともない化け物が、群れをなして襲ってくるもんだから…

でも、この【幻想郷】にも、私のように不死身の者は居なかった…私は人も妖怪も見境なく襲っていった。憎かったんだ、私を置いて変化していくこの世が…

次第に生きる気力もなくして、ただ死んでいないだけの無為な暮らしをおくっていた。そんな時…」

死人のような生気のない目で淡々と話していた妹紅の目に、光が灯った。

「――――――――慧音に出会ったんだ。

彼女も私のように迫害を受けていた。

でも、彼女は諦めなかった。どれだけ避けられても、どれだけ罵声を浴びせられても、人間に認められようとしていた…

そんな彼女に、私は言ったんだ、

“なんでそんなことをしてるんだ?認められるわけがないのに、なんで力も使わず、黙ってやられているんだ?”ってな。

そしたら彼女は笑顔でこう言うんだ、“なら試しに、君に認めてもらおうかな?”

私は鼻で笑ったが、それから毎日私の家に来てくれてな・・・手料理を作ってくれたり、服を繕ってくれたりした。

私は冷たくあしらったが・・・内心とても嬉しかったんだ・・・

私を本気で理解しようとしてくれて…

それからほどなく、私達は親友になった。

今では私達を蔑む人間はいない。慧音は念願の教師をやってるし、私は時たま竹林の医者への案内をやっている。私にとっては何でもないことなんだけど、みんなとても感謝してくれるんだ・・・

“ありがとう、これで病人は助かる”ってね。そんな言葉をもらえた時は・・・凄く、凄く・・・なんというか、私自身も救われた気分になるんだ・・・やりがいある仕事だよ。

だから今では、この肉体を憎んではいないよ。生きているのは素晴らしいことだと思えるようになった。全部慧音のお陰だ…

あっ、アイツも加えるべきかな…?」

「アイツ・・・?」

「ああ、竹林の医者の屋敷にいるやつでね、私の宿敵だよ。そいつも不死身で、よく殺し合いしているんだ。

私と本気で殺り合えるのは、アイツだけだから…」

「…殺し合いを通して、生きている実感を得ようというのか…

まったくもって【非常識】だな…」

「ハハッ、そうだろう?・・・だから、・・・川尻、あんたも怖れることはないんだ。

きっと慧音も・・・人里の人間も・・・理解してくれるだろうさ。」

「――――――――・・・フフッ・・・そうだ・・・確かにそうかもしれないな・・・

・・・だが、頼む。まだ、誰にも言わないでくれ。

いつかこの世界を去る前に、人々と打ち解けてから、自分の口で話したい。慧音には神社から帰って、今日中に告げることにしよう。」

「・・・!

・・・・・・そうか、分かってくれたんだな・・・!」

「ああ・・・それに今から思えば、君らも人間でありながら『能力』を持っている身だというのに、怖れる必要なんてなかったんだ。

・・・まったく、自分自身が不甲斐ないな・・・」

「そんなことないよ。人がトラウマってものに抗うのは、頭で考えるよりはるかに難しいんだから。」

妹紅の目には、もう疑惑の色は見る影もなかった。

「・・・・・・ところで・・・、そんな血まみれの格好で神社に行く気か?」

吉影が自分の服に目を落とすと、それは血の池地獄にルパンダイブでも決めたかのような凄惨たる有様であった。

しかし彼は狼狽えたりしない。

「ああ、これのことなら問題無い。」

言うと、彼は出しっぱなしだった【キラークイーン】を引っ込めた。【キラークイーン】に付いていた血や臓物が支えを失い、ボタボタと地面に落ちる。

吉影は大して大きな素振りもせず、彼の最も信頼する相棒の名を呼んだ。

「【キラークイーン】!」

【キラークイーン】が彼の体表から膨張するようにして飛び出す。同時に、彼の服や顏に付いていた血肉が【キラークイーン】の身体に押し出されて弾かれ、一瞬で普段の綺麗な姿に戻った。

「おお、便利なモンだなぁ…」

妹紅が感心して呟く。

「――――――――ところで・・・、ルーミアのヤツはどうしたんだ?」

「ッ!?」

ハッと、吉影は彼女の倒れていた場所に視線を向けた。血溜まりは妹紅の爆炎で蒸発し、最早焼け焦げた地面と判別がつかないほどになっていたが、そこに彼女の死体はなかった。

跡形もなく蒸発してしまったのかと思ったが、どうやら違うらしい。そこから離れた場所に、小さな血溜まりができていた。さらにそこから点々と血痕が森の中へと続いている。

「――――――――さっきの爆発で吹き飛んで、逃げて行ったようだ。」

「ああ・・・そうみたいだな。

まあ、この程度の出血では死ぬことはないだろうね。」

ルーミアがどれほど手酷く吉影にいたぶられていたかを知らない妹紅が、呑気に言う。

「(・・・よし・・・ひとまず、わたしがあのクソッタレルーミアを半殺しにしたことはバレてはいない・・・

息の根をとめることはできなかったが、あれだけ痛めつけ恐怖を植えつけてやったのだから、今後わたしに喧嘩を売るようなことはないだろう・・・

妹紅もなんとか抑えられた・・・

・・・あとは慧音だが・・・、三日間接してきたので確信できる・・・彼女は義理堅く、口も堅い・・・その点においてはまず信用して良いだろう・・・

現状のまま【能力】を明かさずにいられれば、それに超したことはないが・・・

今のように、再び『能力を使わざるをえない状況』に置かれ、その現場を目撃された時・・・よりいっそう面倒なことになる・・・

持ち札を見せてしまうのは不安だが、問題を抱えたまま生活を送るよりは、事前に告げて後々被る損害を軽減しておくことを考えるのが吉かもしれない。

何もわたしの手の内、【キラークイーン】の全てを馬鹿正直に晒す必要も無いのだ・・・

幸い、妹紅も未だ我が【爆弾】の威力には勘付いていない・・・ほんのチョッピリでいいのだ・・・少しばかり【キラークイーン】のパワーの片鱗を『表』として見せておき、真の【能力】はその『裏』に隠し持つ・・・!

ローリスクローリターン・・・ッ!ククク・・・!!激しい『喜び』はいらない・・・そのかわり深い『絶望』もない・・・

わたしの『植物の心のような平穏な生活』の土台造りとしては、まったくもって意に沿った流れができあがった、というところか・・・!!)」

しんみりとした面持ちの裏、黒い知略を巡らせほくそ笑んでいる吉影の前で、妹紅は背を向け中腰になった。

「さあ、予定よりだいぶ遅れてしまった。早く乗ってくれ!」

「・・・ああ、そうだな、分かった。」

吉影が妹紅におぶさると、

「さあて、ぶっ飛ばして行くよ!!しっかり掴まりな!!」

「よし、さっきのようにはいかない。急降下だろうがヘアピンカーブだろうが、わたしを怯ませられると思うなよ」

「ハハッ、覚悟しなよ!」

森の木々の枝をぶち折って、日がやや西に傾き始めた空へと飛び出して行った。

 

 

 

 

 

 

二人は気付かなかった。二人を見つめる二つの眼に。その智謀に富んだ狡猾そうな双眸に。

その瞳の持ち主は、ニヤニヤと期待に満ちた薄笑いを浮かべ、

「―――――――――フフフ、特ダネの匂いがプンプンするわね…!

記者として、胸が高鳴らずにはいられないわ・・・・・・!!」

小さくなっていく二人の後ろ姿に、シャッターを切った。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

――――――――「死体のない亡霊…!?」

「ええ、そうね。【外】の幽霊や亡霊には詳しくないけれど・・・、彼の霊体からは、死体とのリンクの反応は出ていないわ。」

「…亡霊ということは、周囲の生き物に害を与える可能性は…」

「その心配は無いわね。彼の精神は比較的安定しているし、【幻想郷】の環境と適応して、殆ど『生身』と変わらない状態をとっているわ。

“霊体が『パワーあるヴィジョン』として実体化している”と捉えてもらって構わないわね。・・・彼の魂が元々『そういった特性』を持っていたりするからなのかは不明だけど・・・」

「・・・?」

「・・・兎に角、魂に対し有害な性質を持つことはないでしょう。

・・・・・・ただ…」

「ただ…?」

「亡霊に死体が無いなんてケースは専門外だから、慎重に検証していかないと何とも言えないのだけど、

・・・もし、彼が―――――――――――」

 

 

 

 

――――――――――――生、――――――先生――――――

 

 

「――――――先生、どうしたの?もう答えを書き終わったよ?」

ハッと、慧音は我に返る。

「・・・あ、ああ、すまなかった・・・、3日前の歴史編纂の疲れが残っているようだ・・・」

慧音は誤魔化したが、その時生徒の一人―――貸本屋の娘、本居小鈴―――が、ニヤリと笑ってからかった。

「・・・先生・・・、も~し~か~し~て~・・・、あの『外来人』のこと、考えてたりしました~?」

「うっ!!」

ビクッと体を震わせた慧音の様子を見て、やはり図星かと生徒達はニヤニヤしながら追い打ちをかける。

「ねえ、あの『外来人』とはどこまでいったの?」

「あっ、もしかしてもう【お楽しみ】…」

「ああ、そのせいで寝不足なんだね!」

慧音は、俗に言う『カタブツ』に分類される人間である。このような話題に対する耐性は全く備えていない。

慧音は生徒達の囃し立てに顏を真っ赤にして、

「だぁぁぁ~!!静かにしろ!!今日の授業はここまで!!早く帰ってお母さんの手伝いをするんだ!!」

「「「わぁ~先生が怒った~!!」」」

生徒達はキャッキャッと笑いながらバタバタと教室を出ていった。

「・・・・・・ふぅ~、まったく…」

慧音は一人ため息をついた。

「―――――――――しかし、心配だな…」

慧音は窓から、日がかなり西に傾いた空を見上げた。

「―――――――――私のしたことは、本当に、正しかったのだろうか…」

慧音は再び、深い溜め息をついた―――――――――

 

 

 

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