トリスタニア診療院繁盛記   作:FTR

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その11

ある日の午後だった。

午前の診療を終わり、テファと一緒にのんびりお茶を啜っていた時である。

入口のカウベルが音を立てた。

 

「誰かいる!?」

 

甲高い、何だかやたらに偉そうな声である。

応対に出ようとするテファを制して私は腰を上げた。

大切なくつろぎの時間を邪魔されて少々不機嫌になったが、そこは客商売の辛いところだ。

 

「診療時間は終わっているが、急患かね?」

 

スリッパを鳴らして受付に出てみると、そこに小柄な少女が不遜な態度で立っていた。

トリステイン魔法学院の制服に、仕立ての良いマント。

そして、眉目秀麗な外見に、ピンクブロンドの小柄な娘。

全体的に尊大なオーラを放つ発育不良な外見。

残念な、非常に残念なことであるが、私はこいつのことを知っていた。

 

 

 

 

何しに来た、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。

 

 

 

 

「あんたが『慈愛』のヴィクトリア?」

 

私の記憶にある以上に偉そうな物言いだった。

有力な貴族の娘でありながら、世間の失笑を浴びて生きているとこういうキャラクターが出来上がるのかも知れない。

いろいろと程よくひん曲がっている感じだ。

プライドが高いいじめられっ子というのはこういうものなのだろうか。

 

「そんな大仰な二つ名は知らんが、ここの院長のヴィクトリアなら私だよ」

 

「ふ~ん・・・」

 

ルイズは値踏みするように私と院内を見まわした。

ここまで遠慮というものがないと、むしろ腹も立たないから不思議だ。

 

「埃臭いところね」

 

・・・こいつは喧嘩の押し売りにでもきたのであろうか?

私も喧嘩の値段には文句をつけないほうだが、あまり安物は買いたくない気分だ。

 

「それはどうも。御用の向きは何だね、貴族のお嬢ちゃん。どこぞのどら息子に惚れ薬を盛るつもりなら一本通りを挟んだピエモンのところにお行き」

 

「誰がお嬢ちゃんよ、あんたの方がガキじゃないのよ」

 

ルイズは私の身長と、胸の辺りを注視して言った。

どいつもこいつも人を見かけで判断しやがる。

本当にピエモンに頼んで石見銀山でももらって来ようか。

こめかみの青筋を笑顔で隠して噴出しそうなものをぐっと飲み込む。

 

「病人でもないのならさっさとお帰りな。私ゃ茶を飲むのに忙しいんだ」

 

「そういうのを暇っていうんじゃないの?」

 

「お前さんと話し合っているより有意義だよ。さあ、帰った帰った」

 

「待ちなさい、本題に入らせなさい!」

 

「受付時間外だよ。第一、ここは病院だ。見るからに健康そうなお前さんが来るところじゃないよ」

 

「あんた、ヴァリエール公爵家の者にそんな態度とってただで済むと思ってるの?」

 

「ヴァリエールだかエリエールだか知らんが、急患でもないならさっさとお帰りな」

 

なおも食って掛かってきそうだったのでサイレントの魔法をかけ、血相を変えるルイズをドアの外に押し出す。

ドアに手をかけて抵抗しようとしたが、杖の先っちょで脇の下をくすぐったらあっさり力が抜けた。

無音の中で悶える娘というのはなかなか見ていて面白い。

そのまま一気に外に追い出して、扉にロックをかけた。

 

 

『この無礼者! 覚えてなさい! こんなちっぽけな診療所、潰してやるんだから!』

 

サイレントの効果が切れたら、何とも小物っぽい怒鳴り声が聞こえて来た。

まあ、ドアをドカドカ蹴らないだけましではあるが。

ちなみにマチルダに固定化をかけてもらってあるから蹴ったら足が痛いだけだけど。

それはともあれ、こんな場末の診療所に何しに来たんだ、こいつ。

原作だとこの辺りに来たのって、使い魔召還の後じゃなかったっけ?

まさかお姉さんの診察の話じゃあるまいな。タバサと違って水メイジを腐るほど抱えているだろうに。

 

そんなことを考えていたら、外の様子が何だか剣呑な感じになってきた。

ひょいとドアの脇の小窓の隙間から様子を伺う。

 

 

「おう、貴族のお嬢ちゃんよ」

 

見ると、どう見ても堅気には見えない柄の悪い男が何人も集まって来ていた。

もともと風紀が良くない辺りだが、どうみてもやーさんにしか見えない連中が数名。それだけじゃなく堅気の面々も集まっており、穏やかじゃない目つきをしていた。

 

「下郎が気安く話かけるんじゃないわよ」

 

鋭いガンたれを浴びせられても、ルイズは気丈に応じている。

まあ、普通に考えれば平民の、しかも最下層の連中が公爵家三女に直接話かけるなど本来あり得ない話ではあるが。

 

「それはそれは失礼しちまったな。だがな、お嬢ちゃんよ、あんた、この界隈でさっき言ったみてえなことは言わねえ方が身のためだぜ?」

 

「はあ?」

 

「この街の連中で、ここの先生に手ぇ出す奴を黙って見ている奴ぁいねえよ。潰すだの何のと物騒な脅し文句垂れてると、おめえここから生きて帰れねえよ?」

 

「いい度胸じゃない。公爵家三女に手を出そうと言うの?」

 

ルイズは杖を構えて威嚇する。

世間知らずは怖いなあ。

 

「下がりなさい。それとも貴族に逆らうとどうなるか思い知らせてほしい?」

 

その言葉に怯むどころか、男たちの殺気が一段と高まった。

 

「やってもらおうじゃねえか」

 

と鼻息も荒く先頭の男がずいと一歩前に出た。

 

 

潮時だと思った。

怪我人を出されては大ごとだ。私の仕事が増えてしまう。

私は扉を開けて怒鳴った。

 

「こら~! 私ん家の前で揉め事はおやめ!!」

 

私の出現で、連中の上がった血圧が一気に降下した。

何故か怖い生き物を見るような怯えた視線を私に向けてくる。

 

「だ、だってよ、先生・・・」

 

「だってじゃないよ! つまんないことでいきり立ってないで、さっさと仕事終えて家帰って嫁さん可愛がっておやり! ほら、散った散った!!」

 

 

 

 

 

成り行きで、私はルイズを診察室に入れることになった。

不本意極まる話だが、帰り道でまたひと悶着起こされてはかなわない。

仕方がないので問診表を片手にルイズと対峙した。

 

「それで、今日は何の病気だって? デリケートなところでも痒いのかい?」

 

「違うわよ!」

 

「大丈夫だ、私ゃ医者だよ。秘密は守るさ。一人で悩むこたあない」

 

「話を混ぜかえさないでよ!」

 

なるほど、学院の生徒がこいつをからかっていたのがわかる気がする。

すぐにむきになるあたりは苛められっ子属性の典型だ。

まあ、それだと話が進まないので私のほうから切り出してみることにした。

 

「で、お身内かい?」

 

「え?」

 

いきなりな言葉にルイズは固まった。

 

「見たところ、お前さんは健康体みたいだし、羽振りも悪いようにも見えない。

水メイジに診せる金に困っているようにゃ見えないとなると、お身内で水メイジでも判らない病気を抱えた人がいて、

ちょっと変わった医者である私のところに来たってとこじゃないか?」

 

この辺は原作知識が役に立つ。

会話のイニシアチブを取るには相手の意表をつくのが常套なんだが、

 

「・・・どうしてわかるのかは訊かないでおくわ」

 

お、流したよ。

学業は優秀と言うのは嘘じゃないな、こいつ。

 

「どれ、詳しい話を聞こうじゃないか」

 

ルイズが話し出すと、やはり案の定カトレアの事だった。

話しながらやや悔しそうな表情が見えるのは、本当は自分が魔法を使えるようになって彼女を治したいという妹なりの優しさゆえなのだろう。

その分、ルイズが語るカトレアの病状は詳細だった。

正直、原作では体が弱い薄幸の美女であるカトレアだが、詳しい病状はイマイチ判っていない。

水メイジの腕っこきが揃って挑んで歯が立たない病気。

厄介極まる話だ。

 

病気には細菌やウイルスによるものや生活習慣によるもの、毒物やストレスによるものといろいろある。

しかしながら、これらはいずれも水の秘薬で治すことはできる。

この世界で自分で手掛けてみても、水の秘薬の効果はすごいものがある。

まさにチート。

何しろ、治癒魔法と合わせれば即死級のダメージでもなければ治癒が可能なくらいだ。

この世界の貴族に子供が少ないのも、この辺が影響しているのかもしれない。

貴族に限って話だが、子供の死亡率が極端に低いのだ。

水の魔法で子供を守ることを6000年も繰り返して、そのために貴族の生殖能力が落ちているというのもありえない話ではなかろう。

あるいは魔法が使える代償として生殖能力が低いのか。

普通なら、貴族といえばグラモン家くらいの数の男子は余裕でいるだろうに、トリステイン、アルビオン、ガリアの御三家の王族は不自然なくらいに子供が少ない。

子供がいてもそれは女子だったりもする。

始祖の血ともなれば、子供が一人しかいないなど地球では考えられない話だ。

考えてみれば、屈指の名門貴族であるヴァリエール公爵にしても跡継ぎが生まれるまで頑張った気配がない。

裏を考えると背筋が冷える話だ。

 

それはともかく、カトレアの病気は水のメイジにも判らず、魔法でも秘薬でもダメとなると原因はもっと根源的なものと思われる。

可能性として考えられるのが遺伝性の先天性疾患だ。

先天性疾患は水の秘薬では治癒しづらい。

水の秘薬は体を正常な状態に戻すものであり、欠損した遺伝子による先天性疾患は疾患の状態こそがある意味正常だからだ。

とはいえ、一口に先天性疾患と言っても可能性が多すぎてこればかりは診てみないと何とも言えない。

現状では、

 

 

どこかを治せばどこかが悪くなる。

体の芯からダメになっている。

魔法を使うと負担がある。

調子が悪いと咳が出る。

治療はできないものの、魔法や秘薬で緩和はできる。

 

 

そんな情報しかない。

そう言えば、当直の部屋に全巻揃った『ゼロの使い魔』を読んだ奴が引き継ぎノートにカトレアの病気の所見を書くのが流行ったっけな。

ガンだの白血病といった定番から、糖尿病や心臓病、果ては性病とか書いた奴もいた・・・・・・当直って何だっけ?

 

 

話を聞き終わり、私はカルテを閉じた。

 

「それで、どうなの? 何か判ったの?」

 

彼女の問いに対する回答は至ってシンプルだ。

 

「いくつか心当たりはあるけど、実際に診てみないと何とも言いようがないね」

 

「じゃあすぐにでも診に行きなさい」

 

即座の切り返しだった。

この辺の思い切りの良さはこいつの美徳ではあるが・・・。

思い込んだら一直線というのは嫌いではないけど、ちょっと直情的過ぎるね、この子。

 

「それはできないよ、お嬢ちゃん」

 

「何でよ」

 

「いきなり平民の医者が乗り込んで『医者です、お嬢さんを診察に来ました』って言って万事スムーズに済むと思うのかい?」

 

「私が一緒に行くわよ」

 

「あんたが行っても一緒だよ」

 

私は椅子にもたれかかって言った。

 

「言っちゃ何だが、今も姉君には多くの水メイジが治療に当たっているのだろう?」

 

「当然よ」

 

「考えてもみるがいいさ。公爵家ともなればいずれも高名な治療師なのだろう。

それを脇から平民の水メイジがでしゃばってきて『治してあげます』なんてことになったらその者たちの面子はどうなるね?」

 

ルイズは黙り込んだ。

貴族と平民というカーストが絶対のこの国で、そんなことをした日にゃそれこそ私のほうが身の破滅だ。

ルイズだって公爵や母君からお説教を食らうことだろう。

 

「それに、それだけの水メイジが取り組んで難しい治療を、場末の診療院の水メイジの手に負えるかというの正直なところさね」

 

「でも、診てみなければ判らないって言ったじゃない」

 

「それはそうだけどね」

 

「じゃあ私と一緒にヴァリエール領まで来なさいよ。私の部屋でこっそり診れば誰にも判らないから」

 

「悪いがお断りだね。幾らなんでもそんなに何日もここを空けられないよ」

 

「何でよ」

 

「お前さんの姉君には他の水メイジがいるが、この街の住人には私の代わりはいないからだよ」

 

「平民のことなんか放っておきなさいよ」

 

ああ、この娘はやはり貴族なんだな、と思った。

これが才人と触れ合うことで本当に人の痛みがわかる娘に成長していくのだろうか。

少し不安だ。

 

「お嬢ちゃん、この診療院の扉を叩く者には貴族も平民もないんだよ」

 

私は諭すように言った。

医は仁術。アスクレピオスの杖の下では人に貴賤はない。

しかし、ルイズはどうにもそれがお気に召さなかったらしい。

眉を吊り上げて私を威嚇する。

 

「どうあっても治療はできないというの?」

 

「現時点では私に打てる手はないよ。姉君がここに来てくれれば話は別だがね」

 

 

 

 

 

何気なく言った一言ではあるが、この発言を、私は後々後悔することになる。

 

 

 

 

 

 


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