トリスタニア診療院繁盛記   作:FTR

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その13

神様と言うのがいるそうだ。

この世界だと始祖ブリミルというのも幅を利かせている。

困ったことに、そいつらは迷える子羊に艱難辛苦を与えて悦に入る趣味があるらしい。

 

 

 

診察室の椅子に座った美女はにこにこと笑っているが、こっちはポーカーフェイスを作るのが精一杯だった。

 

 

カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ。

 

 

あのルイズの姉。

ラ・フォンティーヌの当主にして、確か子爵位を持つ立派な貴族。

そして、あの『烈風』の次女。

 

素直に認めよう。

私はこの娘を侮っていたと。

まさか単身で突撃して来るとは思わなかったよ。

しかも、従者の一人もいないというのは大人物なんだか何も考えてないんだかよく判らん。

まあ、もし彼女のおとんやおかんが一緒に来ていたらテファを抱えて逃げ出すところではあるが。

 

何しろうちは平民向けの医療施設であり、しかもかなりいかがわしいエリアにある病院だ。

普通なら、そこに爵位持ちの貴族が来るということ自体がまずありえない。

新宿の歌舞伎町の中にある、小さな寂れた診療所を想像してもらいたい。

それこそ、おヤクザ様が抗争の果てに銃創の治療に来るような雰囲気の診療所だ。

今回の彼女の訪問は、そんなところを千代田区千代田一番にお住まいの方々が訪れたようなものなのだ。

そういう方々なら、普通なら同番2号にある病院に行くだろう。

来たとしても、顔を隠したり深夜に訪ねて来たりして、訳ありな医療行為を頼みに来るくらいか。

コルベール先生はこの口と言えばこの口だったが。

彼女と私には、それくらいの社会的立ち位置の違いがある。

にもかかわらず、彼女は来た。

ルイズのような世間知らずの書生ならまだ判るが、家を構える立派な貴族が来るというのはどういうことか。

しかも、呼ばれてから診察室に入って来たところを見ると、この人はこんな服を着ながら待合室の椅子の端っこにちょこんと座って順番待ちをしていたのだろう。

そりゃ、じいさんばあさんも逃げ出すわな。

 

ゼロの使い魔において、カトレアといえば病弱で薄幸の物静かで優しい女性のイメージがあるが、そこに私の思考の落とし穴があった。

冷静に作品を思い出してみれば、この女性、実はかなりアクティブな人ではないか。

初登場のときは旅籠のドアをバターンと開けて大またで乗り込んでくるし、ルイズたちが逃げるときは鎖を錬金で溶かしたりもしている。

才人に対する一連の対応を見ても、なかなかに行動力がある。

男に生まれていれば、それこそ実力で領地を切り取っていそうな女性だ。

しかし、そうであっても生まれたときからヴァリエール領を一歩も出たことがないはずのこの病める深層の令嬢が、いきなりトリスタニアまで押しかけてくるというのは解せん。

二日がかりの旅というのは彼女にとっては大冒険だろうに。

あのピンクがこのお姉ちゃんに何を吹き込んだのやら。

あるいは、私が恐れるアレが発動しているのだろうか。

 

「あ~、ミス・フォンティーヌ?」

 

「カトレアでいいわよ」

 

にこにこを2割ほどパワーアップしてカトレアが応じる。

 

「では、ミス・カトレア。もしかして、来るところをお間違えじゃありませんかい?」

 

そのにこにこがやたら怖いので一応敬語を使っておくことにする。

 

「ここはトリスタニア診療院でしょ?」

 

『間違ってないわよ?』と言うような顔でカトレアが答える。

 

「その通りですが、うちは平民のための診療院ですよ? やんごとなき貴族様にご満足いただけるような診療はやっとりませんが?」

 

「あら、妹からもらった手紙だと、こちらは患者の受け入れには貴賤の区別をしないところだとあったけど?」

 

やはりルイズルートか。

余計なことを。

あいつはいつか殺そう、精神的に。

 

「確かに貴賤の区別はしませんし来る者を拒むこともしませんが、公爵家ともなれば、こんな下世話なところに来なくてもいくらでも腕利きの水メイジの手配がつきましょう?」

 

実際、公爵家のお抱え水メイジともなればかなりの腕前に違いない。

王室の御典医と比べても遜色のないスタッフがいることだろう。

私も何とかスクウェアの端っこに手が届いているが、実際にはクラスというのは実践の場では意味をなさないこともままある。

特に医療ともなれば経験ほど物を言うファクターはない。

海千山千の治療師で、私より確実な治療をする者だってゴロゴロいるだろう。

所詮、私の技術は前世の記憶とこちらの水魔法のいいとこ取りをした付け焼刃だ。

どうしても深みに欠ける部分がある。

それだけに、本腰を入れて時間をかけて研鑽を積んだ水メイジの実力には素直に敬意を払っている。

私の存在意義は、水メイジからの医療サービスの供給と平民医療の需要のギャップを埋めていることにあるのであって、そういう御大層な方々とは住んでいる世界が根本的に違う。

使っている秘薬だって自作の物がメインだし、効能だって本家に比べれば顧客層の懐具合に合わせているので数段落ちるものばかりだ。

たまにピエモンのところで友情価格で在庫処分のおこぼれにあずかったりもするが、金を湯水のように使える大貴族のお眼鏡にかなう水準の医療は望めない。

それなのに、何を好き好んで平民用の診療所の門を叩くのであろうか。

正直、理解に苦しむ。

そんな私に、カトレアが言う。

 

「妹の手紙に、ここの診療所はとても独創的なところだって書いてあったのよ」

 

「独創的、ですか?」

 

「ええ。見たこともない道具がいっぱいあって、とても普通の治療師に見えなかったってあったわ」

 

確かに診療所の道具類に関してはこの世界にない道具がたくさんある。

覚えている前世の知識をもとに、マチルダに頼んで作ってもらったものばかりだ。

この世界の医療に流派があるかは知らないが、ある意味ヴィクトリア流医術という感じの世界がこの診療所の中にはある。

そう言えば、あのピンクは酒場で働きながらもきちんと情報収集やるくらい観察力があったっけ。

 

「私、昔から体が弱くてね。父が国中のお医者様をお呼びしてくれて診てもらったんだけど、なかなか良くならなくて。もしかしたら、まったく違う治療法をやっているところなら何か違うことが判るんじゃないかな、って思ったのよ」

 

「買いかぶられては困りますな」

 

私は本当に困った。

話に尾ひれ背びれがついてヴァリエール領まで泳いでいってしまったらしい。

確かにセカンドオピニオンというのは重要なことではあるが、そこには常に相手の面子というものが付いて回る。

現代日本でもなかなか障害があるのに、中世レベルの精神性しかないこの世界では下位カーストの私がしゃしゃり出た日にゃどんな未来が待っているか予想もつかない、というか予想がつきすぎて怖い。

裏を知らなきゃ幾らでも診察をするが、正直、あえて虎口に飛び込むまでの義理はない。

敵が正面から来てくれるならそれもいいが、搦め手を使われては個人対組織の戦いでは個人には勝ち目はない。

いくらディルムッドが無敵の使い魔であっても、私たちすべてを完全に守りきれるわけではない。

朝の一杯の牛乳に毒が入っているだけでも人は死ぬのだ。

困った顔をする私に、カトレアが微笑む。

 

「あとは、そんなお医者様がいるのなら、顔を見てみたかった、っていうのもあってね」

 

言葉の意味を理解するのにきっかり3秒かかった。

 

「私の顔ですか?」

 

「ええ。背と胸は自分より小さいけど、とてもはっきりした判りやすい人だと妹が楽しそうに書いていたから興味がわいちゃって」

 

それはもう楽しそうに言うカトレア嬢。

やはりあいつはいつか殺そう、社会的に。いや、前段についてはむしろ物理的に。

私はこめかみの井桁模様を営業スマイルで隠して応じる。

 

「こんなそこらに良くある顔のために遠路はるばるご苦労様です。しかし、医者は顔で人を治すのではありませんのでね」

 

私の言葉にカトレアはコロコロと笑い、そして妙に深い目で私を見つめた。

 

「本当に面白い人ね、あなた。すごく興味深いわ」

 

私は脂汗を流した。

嫌な目だ。

私の心の底まで見透かすような深い目。

これは多分ばれているな。

そんな私にカトレアが言った。

 

「ねえ、あなたってどういう人なのかしら? 見た目は普通なんだけど、心が何だか普通の人と違う感じがする」

 

私がこの人を恐れた最大の理由がこれだ。

『どちらの貴族かしら?』と訊かれるだけならあしらう術は幾通りもある。

実際、トライアングル以上のメイジで庶民に混ざって暮らしているなんてのは大抵訳ありなのだから、その辺のごまかし方は心得ている。

最悪、出自に触れられても何とか対応することもできると思う。

 

しかし、たった数分の会話で『中の人』のことまで見通すとは恐れ入る。

 

人の歴史には、たまにこういう異物が紛れ込む。

五感とは違う何かで物事の本質をつかみ取り、初見で核心に至る事が出来る異能者。

いわゆる直感力のようなものだろうか。

ここまで来ると、宇宙世紀の人ではないかと思うくらいだ。

今回の来訪にしても、恐らくルイズの手紙から『何か』を読みとったからここまで足を運んだのだろう。

確かに、私のところでは普通の治療師とは異なる手法で治療を行っているが、そこに何を感じ取ったのかまでは凡人の私では計りかねるのが正直なところだ。

私のパーソナリティにだって、ピンクがそこまで紙面を割いていたわけではあるまいに。

そう考えると、この女性が得体が知れない何かに思えてくる。

 

「あら、困らせてしまったみたいね。ごめんなさい」

 

邪気のない笑顔でカトレアが微笑む。

私は慎重に言葉を選んだ。

 

「さあ、自分のことは実は自分が一番知らないというのが私の持論でしてね。己が何者か、どこから来てどこに行くのか、なんてのは青春期の思考遊び程度に止めておくものでしょうや。難しいことは私には判りません。私は、ここを訪ねて来た者に治療を施す、ただの町医者でさあね」

 

そう言うと、カトレアはにっこりと笑った。

『言質は取りました』と言わんばかりの笑顔だった。

 

「そう、それを聞いて安心したわ。そのためにここまで来たんですもの」

 

言うなり、カトレアは真っ青になって震えだした。

 

「じゃあ、普通の患者として、治療をお願い、する・・・わね」

 

そして、そのまま椅子から崩れ落ちた。

 

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