トリスタニア診療院繁盛記   作:FTR

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その3

「いや、いや、いやよ~~~!」

 

 朝一番の空気を震わせ、野太い声が診察室に響く。

 

「パパ!我がまま言ってるんじゃないわよ!診てもらわなかったら家の敷居またがせないんだからね!!」

 

 娘のジェシカに叱られて、ごついオカマの店長さんはハンカチを噛みながら渋々と腰を下ろした。

 

「あ~、気持ちは判るけどね、スカロンさんや」

 

 私は問診票を見直してスカロン氏に視線を戻す。

 

「これは悪くなりこそすれ、自然治癒はしない病気だよ。切るなりなんなり処置する他ないんだよ」

 

「だ、だからって・・・そんなの私耐えられないわよ!」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

 

 こういう時は女の方が強い。

 

「とにかく先生、スパッとやっちゃってください」

 

 スパっという単語に過剰に反応するスカロン氏。

 

「い、いや、スッパリやるかどうかは患部を見てからだよ」

 

 やたら気風がいいジェシカには私も思わずたじろいだ。スカロン氏に向き直ると、彼もまた露骨に怯えた仕草をする。

 

「さて、じゃあ諦めて診察台にお乗り」

 

「う、うう……」

 

 スカロン氏は売られていく子牛のように診察台に向かう。

 

「女の情けだ、娘さんは待合室にいな。後は任せておくれな」

 

 

 

 

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 待合室に出たジェシカに、ティファニアが他の患者の検温のついでに心配そうに寄ってくる。

 

「どうでした?」

 

「もう、覚悟決めてきたはずなのに土壇場で怖気づいちゃって」

 

「はあ……まあ、お気持ちはわかりますが……」

 

 そんな会話をしていると、診察室からまたも大声が聞こえる。

 

 

『やっぱりダメよ、無理よ、お願い、許して!』

 

『うるさい人だね、いいからそこで胡坐をかきな』

 

『胡坐?』

 

『はい、じゃそのまま後ろにごろんと転がりな』

 

『い、いや~~~!女房にも見せたことなかったのに~~!』

 

 

「まったく、半年も黙ってるんだから。今朝トイレを見てぞっとしたわ」

 

「ほっといても治りませんからねえ」

 

「困ったものよ。どうも椅子に座るときに変だと思ったのよ」

 

「仕方がないですよ、痔じゃ」

 

 

 

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 午前中の診察が終わり、ようやく一息となった。

 初っ端に濃い患者だっただけに気苦労が多いスタートだった。

 正直、アレを見ようがナニを見ようが、医者と言う視点で見ると毛ほども変な気持にならないのは結構不思議だ。我ながら、プロの仕事をしていると思う。

 自分の前世のことはあまりよく思い出せないが、医者をしていたことは体が教えてくれる。

 実際、この商売を始めて思ったことは、水の魔法は非常に便利だと言うことだ。

 ウォータージェットや凍結療法、最近では血流の流れを感じることで患部の様子を把握することもできるようになった。

 人間が水でできていると言うのが非常によく解るという点で、水メイジが治療士になるというのが納得できる。

 

 

 昼食を食べた後、私はしばらく仮眠をとることにした。

 幸いにも今日は往診はない。夕方まで眠り、夕食のタイミングで起きる。

 マチルダとディーがやってくると同時に夕食になった。

 テファの料理の腕が、最近ますますあがっているような気がする。

 

 夕食が終わり、今日の後片付けは私とディーの担当だった。

 

 洗い物をしていると、ディーが静かにささやいた。

 

「主、今日は会合でしたね」

 

 ディーの言葉に私は頷いた。

 

「いつもどおりさ。明日は休診日だし、ゆっくり話をしてくるさ。お前さんもいつもどおりの巡回を頼むよ」

 

「御意にございます」

 

 

 

 

 

 夜、歩く。

 寝静まったトリスタニアの街並みは、どこか墓所を思わせる。

 夜の私の正装は白衣ではなく、黒いフードつきのマント。官憲が見たら職質されそうな風体なのは確かだ。

 向かった先は街の商工会議所だが、正面玄関ではなく、裏口の小さな木戸から中に入る。

 地下に続く長い階段を下りると、昔酒蔵だったのではないかと思われる部屋を改造した会議室があった。

 

「私が最後かい。遅くなってすまないね」

 

 テーブルについていた3人の男に私は挨拶をした。

 

「構わんよ、我らが早かったのだよ、『診療院』の」

 

 痩せぎすの老人が口を開いた。

 

「そう言ってもらえると助かるよ、『薬屋』の」

 

 私は席に座った。

 黒服の男が影のように現れて、私の前に他の3名と同様に茶を置いた。

 正面に老人、右には固太りの中年の親父、左には見知った筋肉が座っていた。

 

「では、はじめようか。まずは君からだ、『武器屋』の」

 

 老人が口を開き、私の右側の中年のおじさんが口を開く。

 

「取り立てて大きな動きはねえな。アルビオンがきな臭いってことで武器は値上がり傾向だが、傭兵の移動は平年並みだ。今すぐがらっぱちなのが押し寄せてきてどうこうということはないな」

 

「問題なし、ということかな」

 

「まあ、落ち着いていると言えるだろうな」

 

「それは結構。次は君だ、『診療院』の」

 

 ご指名を受けて私は説明をする。

 

「今週は取り立てて事件はないね。先週はこそ泥が2匹も釣れたが、今週は静かなもんだ。どこぞに屯して悪巧み、ってのも私の耳には聞こえちゃこないね」

 

「平穏で結構」

 

「その代わり、本職のほうじゃ気になる患者がいたよ。恐らく阿片だね、ありゃ。あんたの管轄だよ、『薬屋』の」

 

「それについてはうちでも今調査中だよ、『診療院』の」

 

 こんな感じで進む夜の会議。早い話がここに集まった4人は街の顔役で、大抵の情報はこの4人の誰かの耳に入るようになっている。

 

人呼んで『夜の町内会』。

 

 交換された情報は、自然な形でそれぞれが所属するコミュニティに還元されていく。

 会の起源はトリステインの建国直後まで遡ることができるそうで、稀に国政にも影響を与えかねない情報が交換されるため、こうして密会の形をとっているらしい。

 

 私がここに招かれたのは開業して半年後のことだった。

 肺の具合がどうとか言って診療院を訪れたのが正面に座る老人。通称『薬屋』。

 その彼からスカウトを受けた。

 この会の世話人で、名をピエモンと言うが、この会合では通称で呼び合う慣わしだ。

 

 武器の価格や傭兵の動きから世情を見る『武器屋』、麻薬や魔法薬など、街の根っこを腐らせそうな危険物についてその流通を取り仕切る『薬屋』、怪我人や病人の動向を中心に街の状態を把握し、かつ強力な手駒で犯罪者や犯罪組織に睨みを利かせる『診療院』、そして、総合的に街の情報をかき集めるのが・・・。

 

「では、最後に君だ、『魅惑屋』の」

 

 指名された男は体をくねくねさせながら説明に入る。偽名使う意味もないな、こいつには。

だが、穏やかな報告になると思った彼の口から飛び出したのは、少々剣呑なものだった。

 

「ちょっと気になる噂が飛んでたわ」

 

 その言葉に、全員の顔つきが変わる。

 酒場を中心とした情報収集を専門とする彼のネットワークは、主に街の外の情報に明るい。

 

「流れ者の商人の話だけど、夜毎女性を拐かして行く奇妙な誘拐事件が続いているみたいね」

 

 誘拐事件。

 一口に誘拐といっても営利誘拐から人身売買までいろいろな種類があるからなんとも言えない。

 

「ああ、そいつは俺の耳に入ったな」

 

 思い出したように『武器屋』が口を開いた。

 

「何でも、本当に居なくなっちまったり、翌朝になってパサパサの干物になって見つかるか、っていうあれだろ?」

 

「そうよ」

 

 パサパサの干物。

 その一言だけで、私たちの緊張はさらに深刻なレベルに突入する。

 夜盗の類なら珍しい話ではないが、どう考えても真っ当な者の仕業ではないだろう。

 トチ狂った魔法使いか、はたまた人外、それも夜族・魔族の類の仕業か。

 

「やっかいな話だな」

 

 その『薬屋』の言葉は、私たち皆の意見でもあった。

 本来ならば王城の警邏担当の仕事になるようなきな臭い仕事だ。

 だが、それですませないのが私たち町内会の基本方針でもある。

 王都の平和は、己の手で維持する。

 そんな自治の空気が生み出したものが、この町内会だ。

 私は一つ息を吐いて皆に告げた。

 

「とりあえず、私の担当かね」

 

「大丈夫かね。最悪の場合、相手はかなりの難物と思うが?」

 

 『薬屋』の不安に、私は不敵な笑みを持って答えた。

 

「だからこそだよ」

 


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