/Millennium/Engineer_Club/log.1
『先生、おはようございます!』
『S.H.A.L.E.が本格始動して一週間が経ちましたが、早速一件、緊急の依頼が届いてます。一緒に確認していきましょう』
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依頼人:『マイスター』・白石ウタハ 所属:エンジニア部/ミレニアム・サイエンススクール
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「やあ、初めまして。
私は『エンジニア部』で部長を務める、『マイスター』・白石ウタハだ。
今回は、ビデオメッセージという形にさせてもらったが、もし驚かせたようならば済まない」
「だが、そもそも我々は互いに知らない事ばかり。
何事も第一印象が大事ということだし、もっと言えば、貴方は我々の子供たちを引き取ってくれた。
先日の『ガリレオくん』、覚えているだろう?」
「不貞腐れて布団をかぶっていたあの子に、居場所を与えてくれた。
部員一同、つい嬉しくなってしまって、色々と「
まっ、
そのお礼と言ってはなんだが、この場を借りて感謝を示したい」
「…………いや、建前はよそう。
せっかく生まれた縁を悪用しているようで、はっきり言って気分は良くない。
しかし今、我々が置かれている状況は、のっぴきらない所にまで来てしまっている。
とても不本意だが、本題に入ろう」
「我々『エンジニア部』は現在、所属する『ミレニアム・サイエンススクール』にて、その中枢を担う『セミナー』と目下紛争状態に陥っている。
…冗談ではないさ。実際、我々の『ガレージ』の外では、『セミナー』の執行部隊が陣を敷いている。今は何とか
我々の人数は、たったの
「セミナーは現在、ミレニアム全土を対象に、大規模な『
増え過ぎた「
理由はマチマチだが、既にいくつかの部が停止処分を喰らった。
彼女たちは、…いや
「本題はここからだ…。今回の「草刈り」で、処分を下された部はその資産を
気を抜けば、根こそぎ持っていかれる事になる」
「…我々『エンジニア部』は、古い部だ。
創立以来、マイスターたちの遺した『
連中にとっては、不良品の山に見えても、私たちにとっては違う。
せっかく、この世に生まれて来てくれたんだ。彼らが存在する「
…このままでは、その可能性も潰れてしまうだろうな」
「私たちは飽くまでも、そのために物を作ってきた。
決してそれは誰かに禁止される物でもなく、もっと言えば、誰かに好きに利用される物でもない。
しかし、私たちの想いは踏み躙られた。
「ウォルター先生、貴方に依頼をしたい。…この状況を打開する為の手を貸して欲しい。
言ってしまえば、これは私たちの身勝手から始まったものだ。そして、その身勝手に貴方を巻き込もうとしている。だが、私たちだけではもう止められない。だから…」
「…………済まない、情けない所を見せてしまったね。話を替えよう!今回の
優秀なホワイトカラーは不要かもしれないが、ブルーカラーの成り手は、まだまだ空いているはずだろう。
そのニッチを、私たちが埋めよう。
幸い、皆万能なのが取り柄でね。設備の保守に、多少の荒事にも慣れている。必ず、期待以上の働きを果たすと約束しよう。…よろしく頼む」
ーー
『以上が、全てとなります』
『…先日、ガリレオくんを発注した『エンジニア部』からの依頼です。先方が求めているのは、「
現地での情報収集は避けられません。気をつけて行きましょう、先生!』
ー/ー
『ミレニアム・サイエンススクール』
ホームページに書かれた学園沿革によれば、その名の由来は『千年難題』から来ているという。
確か、数学に纏わる難題だったはずだが、と朧ろげな記憶を脳の奥底から引き揚げた。
「『
特に学生の時分など、遊び盛りがちょうど良いはずだが、ここ最近では自分の持つ
学生によって統治される世界、ここに来ても姿を見せぬ大人たち…。
広がる青空を見上げながら、物思いに耽る事が随分と多くなったような気がする。
キヴォトス、ルビコン、…技研。
脈絡なく続く思考の連鎖であったが、感情を省いた機械音声によって中断された。
【コンニチハ。現在、『ミレニアム・サイエンススクール』デハ戒厳令ガ敷カレテイマス。関係者ヲ除キ、当学園ヘノ立チ入リハ禁止サレテイマス。直チニ、学園ノ敷地カラ退去シテ下サイ】
【繰リ返シマス】という合成音声の発生源に目を向ければ、空中を浮遊する一機のドローンが目に入る。
目についた限りでは、浮遊装置の類が見当たらない。この世界でも現役なはずのプロペラ型から一歩先んじた機体に、ミレニアムの技術力を垣間見たような気がした。
「…一応、関係者ではあるつもりだ。S.H.A.L.E.で顧問を務める、『ウォルター』という。これが、俺の身分を保証する証明書だ」
【オ待チ下サイ。只今精査シマス】
目線の高さにまで降下してきたドローンに、首にかけたネックストラップを掲げると、モノアイの部位から青い光が放たれた。
スキャンをしているらしいが、それにしても…
「少し、光量を落としてくれないか?老眼には刺激的すぎる」
【申シ訳アリマセン。コレガ「デフォルト」トナリマス。ゴ理解下サイ】
…どうやら、冗談を解するセンスもあるらしい。
そんな他愛のない事を思っていれば、スキャンが終わったようである。感情のない機械音声であるはずだが、心なしか柔らかな口調で、警備ドローンが話しかけてきた。
【連邦捜査部『S.H.A.L.E』専任顧問、『ウォルター』。該当スル情報トノ一致ガ確認出来マシタ。ヨウコソ、ウォルター先生。本日ハ当学園ニオ越シ頂キ、誠ニ有難ウゴザイマス】
「ああ…。ところで、今日はS.H.A.L.E.の公務で来たんだが、挨拶も兼ねて『セミナー』との面会を改めて申請したい。一度メールを送ったんだが、返答が無くてな」
ドローンは律儀に精査する旨を伝えて来た。
『あれは中々…』と、ドローンの周囲に浮かび上がった「調査中」という帯状のホログラムを見て、感心したような声を上げるアロナ。
正直、検索のたびに状況説明用のホログラムを出力する事は無駄としか思えないが、言葉にするのは無粋だろう。
そのまま待っていると、しばらくして特徴的なベル音が響く。どうやら、ヒットしたようである。しかし返って来た「
「一体どう言う事だ?」
【現在、当学園ノ「ネットスフィア」デハ、『アルゴス』ガ展開サレテイマス。コレハ、緊急時ニ発動スル
「…内部からの連絡はどうなる?」
【『アルゴス』ハ、情報ノ漏洩防止ヲ主眼ニ置イタ「ウォール」デス。ソノ為、外部へノ発信ニモ、同様ノ措置ガ図ラレマス。シカシ『セミナー』ノ職員ニノミ、コノ適用ヲ一時的ニ回避スル「プログラム」ガ付与サレル事ガアリマス。今回ノ場合、執行役員『早瀬ユウカ』ガ権限ヲ取得シ、ミレニアム時間デ昨日23:35ニ、S.H.A.L.E.へ支援要請ヲ送リマシタ】
『えっ…、私聞いていないんですけど!』と、アロナの驚く声が上がった。
【因ミニ精査ノ都合上、「ラグ」ガ生ジル為、其方ニ届クマデニハ時間ガ掛カリマス】
『…随分と
見透かされたかの様なドローンの発言に、声が自然と低くなるアロナ。
どう
『…その子の言葉通りです。2分前ですが、『早瀬ユウカ』さんの名義で支援要請が届いていました。ただ…』
向きを変えたドローンに応じ、一歩足を踏み出す。
言葉を詰まらせながらも、アロナは送られたメールの内容を読み上げ始めた。
ーー
その場所に足を踏み入れた時、まず目についたのは多脚戦車の群だった。
遠目に見えるのは、『エンジニア部』が拠点としている技術工房『ガレージ』だろう。
弧を描いた三つ子の格納庫が並ぶ広大な敷地。そこを占有するロボットたちの海は、言葉にするまでもなく紛争の
「おい!そこのオッ…
サングラスに偽装した外部端末を通じて、ロボットたちの詳細を確認していると、見慣れない服を着た生徒が近づいてきた。確か、
彼女の姿が目に入った瞬間、該当する情報が視界に投影される。
「ん?アンタ、もしかして…」
「S.H.A.L.E.のウォルターという。お前は…、『
「…それ、どこで知った?
「優秀な秘書がいる、とだけ言っておこう」
「ふうん…。まっ、そういう事にしておいてやるよ」
そう言って、彼女は右手を差し出した。どうやら、握手の習慣はキヴォトスでも健在なようである。時代も、世界も違うだろうに、変わらない物もまた多い。
俺が握り返すと、美甘は何処となく意表をつかれたような表情を浮かべた。
「へえ…、アンタ度胸あるなぁ」
「妙な事を言う。握手の
「へっ!それがそうでもないと言うのが、この世界のよくある話でな。まっ、アンタは「
「ほう、俺の知らない常識だな」
「
「まあ、それが「
第一印象はかつてのG5を思わせたが、少し話してみれば、随分と様子が異なる。
乱暴な言葉遣いの裏に、理性的で、思慮深い一面が垣間見えた。
…記憶の中で、何かが重なっていく。
「うん?どうした?」
「いや、古い知り合いに似ていると思ってな」
「へっ、本当かぁ〜?正直、アタシみたいなのと顔見知りってのは
「…それほどか?」
「ミレニアムでもそうなんだ、
…「
赤髪の少女を見る。勝ち気そうな表情を浮かべた顔が、次第に赤くなっていくのを見て、俺は瞬時に選択を迫られる事になった。
「なんだよ…、その目は」
「いや…、確かに俺の知り合いに当てはまる人間はいないと思ってな。…少しばかり、
「馬鹿にしてんのか!?」
反射的に怒鳴った美甘だったが、やがて肩を振るわせ始める。
俺の言葉を聞いて、どう咀嚼したのかは分からなかったが、少なくとも地雷は踏まずに済んだようだ。
「ぷっ…ぷははっ。あははっ、あっはっはっはっはっ!」
とは言え、文字通り腹を抱えて笑い出した美甘の姿を見て、長丁場の予感を感じる。
しばらくしてから落ち着きを見せた彼女ではあったが、目尻に浮かんだ涙を拭い、未だに笑気を漂わせていた。
「あ〜、こんなに笑ったのは久しぶりだなぁ!アンタのお陰でスッキリしたよ、礼を言うぜ!」
「それは
「ああ、いいぞいいぞ。アンタは「
「?」
「いや、な?
それで良い気分になるような奴はいないからなぁ。その場その場のアドリブで、いつもはどうにかするんだが、アンタはその中でも最高だ!
「気に入ったぜ!」そう言うやいなや、背中をバシバシと叩かれる。手加減は感じられたが、俺の体は思っていたよりも弱くなっている事を自覚させられた。
『先生?!』
「おっと!悪いな、ついデカいからやっちまったが。…大丈夫か?」
「ああ…、少し姿勢を崩しただけだ」
『むぅ…。先生はお爺ちゃんなんですから、もっと手加減して頂きたいものです。…『シールド』の
…有難い話ではあるが、それでは日常生活に支障が出そうではある。
チャットでアロナに、「問題はない」とメッセージを送る姿に首を傾げながらも、彼女は気を取り直して、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ウチのボスが、
ー/ー
「と、いう訳で。S.H.A.L.E.の先生をお連れしました〜、
「………ご苦労様、
ミレニアムの生徒会長、通称『ビッグシスター』との顔合わせは、初手からなんとも言えない空気感に包まれた。
しかし、元凶である美甘は、向けられた冷やかな視線に応えた様子もなく、俺の隣で不動の構えを取る。
言動は乱暴だが、やはり身のこなしは堂に入ったものである。立ち位置から姿勢まで、全てが合理的な計算に基づいていた。
…とはいえ、本来警護の対象はミレニアムの生徒ではないか?そう思っていると、わざとらしい咳払いが聞こえてきた。
「えー、美甘一級警備官殿?我々が貴方に下した
「それがなー?聞いてくれよ、ユウカ!
連邦生徒会の連中、爺さん一人寄越すにも予算をケチりやがってよう…。信じられるか?先生は一人で来たんだぜ、「
セミナーの執行役員『早瀬ユウカ』は、まさに唖然とした表情を浮かべたが、その隣に座る『調月リオ』はさして驚いたそぶりも見せない。
むしろ、予想通りだと言わんばかりの様子であった。
「N.E.S.T.の復権から2週間が経ったけれど、連邦生徒会の形骸化は思っていた以上に進んでいるようね」
「信っじられません!!いくら独立した組織だからと言って、これは
…先生は抗議されたんですよね?」
「それが、
「はぁぁあっ?!」
衝撃の発言と言わんばかりに、早瀬はますます語気を強めた。
若干居心地の悪さを感じたが、この場で一番冷静だった筈の調月でさえ、これには驚きを隠せなかったようである。
細められた瞼の奥で、2つの赤い瞳孔が俺を捉えた。
「…どういう事かしら。こちらが調べた範囲では、S.H.A.L.E.には
碌な武装もなしに、如何なる合理的理由をもって「
言外に、
適当な回答は許さないと言わんばかりに、セミナー二人からの視線が強まっていく中、本能的に逃げ場がない事を悟った。
…こういう時は、正面突破を図るしかない。
俺は『アロナ』に合図を送ると、
「これは一体…?」
「『シッテムの箱』。混乱状態にあったD.U.を再起動させた、その立役者だ」
「こんなタブレット一枚で、にわかには信じがたいけれど…」
そう言って、机の上に置かれた『箱』に手を近づける調月。しかし瞬間迸った電光に、堪らず手を離す。
彼女の口から漏れた悲鳴を幻聴だと片付けたが、隣で吹き出す声が聞こえてきた。頬を薄く
思っていたよりも幼い反応に、少しばかり驚く。
「「
「………」
「ああ、悪かった悪かった。笑ってごめんなさい、だな。……ぷふっ、「きゃっ!」」
「………………」
「…美甘。話を続けても良いか?」
「おっと!これは失礼した」
その言葉と共に、彼女はすぐに表情を切り替える。
やはり、
「今、身をもって体験したかとは思うが、これが『シッテムの箱』が持つ防衛機能の一つだ」
「一つ?」
「…アロナ、『シールド』を展開してくれ。傷つけないようにな」
調月の耳ざとい疑問に答えるべく、『アロナ』に指示を出す。
こちらの要望通り、彼女は部屋全体を包むかのように『シールド』を展開した。
シールドに包まれる時、対象となる人間は一瞬、自分が世界から隔絶されたかのように感じる。
その感覚をどう説明すべきか悩んだが、3人の驚きようから、杞憂に過ぎない事に気づいた。
「すげぇ、石鹸の店で触った事のある手触りだな」
「…この感触は、『ダイラタント流体』でしょうか?私の物と基礎は同じようですが、密度が桁違いですね。これほどの技術がミレニアム以外にもあっただなんて」
「なるほど…。このバリアの特性ならば、銃弾で傷つけられる心配は「
「しかし」と言葉を続けたのは、やはりと言うべきか調月リオであった。
「このシールドを維持するためには、相当なリソースを還流させる必要がある。…まさか、単純な
「それが、この箱の要だ。…アロナ、『通常モード』に戻してくれ」
『了解しました!』
アロナの頼もしい声と共に、シールドが収縮を始める。
机の上のタブレットに収束した事を見届けると、俺は3人に、N.E.S.T.と『箱』の繋がりを説明した。
「今、俺の手の中にある『箱』は、N.E.S.T.から『
「「
「ああ、そうだ。原理は不明だがな」
「それってつまり、「0%」の心配はそもそも必要ないと言う訳ですか!すごい、ミレニアムの戦略システムに導入したいくらいです!」
「事実上の
「でも、危ないもんは危ないからな?」と至極当然な様子で、美甘は警護の続行を伝えてきた。
彼女の意思は図りかねたが、こうなった場合、人は梃子でも動かなくなる事は分かる。
経験則から導き出された最適解は、ただ一つだけだった。
「…好きにすると良い」
「よっしゃ、言質は取ったぜ!で、だ、『会長』」
「…良いでしょう。『
「
…差し出された手を、今度は握るべきか悩んだ。
だが、彼女たちの言い分も理解できる。この地で日常生活を送ると言う事は、常に危険と隣合わせである事を意味する。
すでに死んだから、という言い訳は通用しない。もとより、彼女たちには知る由もない事である。
それに…。
「へへっ!今更、自己紹介の必要はないと思うが、「
『美甘ネル』!ミレニアムの上級警備官にして、特殊作戦部『C&C』で部長を務めている。
迷う必要はない。俺には、このキヴォトスで探さなくてはならない物がある。
助けの手を差し伸べられたのならば、俺はその手を取ろう。元より、昔からそうしてきたのだから…。
「よろしく頼むぜ、『先生』!」
陽の光のようなその笑顔に、頭の奥底で何かが軋む様な音が聞こえた。
/Millennium/Engineer_Club/log.1 end.