「改めて、貴方にはお礼を言いたいと思っていた」
『セミナー』の野営陣地。即席の作りにも関わらず、機能性と居住性を兼ね合わせた内装は、流石「
その応接間で顔を合わせたミレニアムの生徒会長、『ビッグシスター』こと調月リオは、その肩書きに相応しく居住まいを正し、礼を述べた。
「『サンクトゥムタワー』の
「身に余る、過大な評価だな」
「そう言わないで下さい。実際、あの時の余波は、非常に大きなものだったんですから!」
そう言って調月リオの後を次いだのは、隣に控えていた生徒会執行役員の早瀬ユウカだった。テキパキとした口ぶりは、几帳面な性格を伺わせる。
彼女は指先軽やかに画面を操作しながら、机に備わったホログラム機能を使用し、幾つかの画像データを浮かび上がらせた。
「これは『セミナー』の直下組織、電力開発局『ボルタ』が管理・運行している風力発電施設『ソレイユ』になります。
現時点では実験的な施設に過ぎませんが、将来的には、万が一に備えた予備発電所としての機能が期待されていました。しかし、タワーの
復旧にかかる総合コストは、試算でこれ程に…」
青いホログラムの光の中で、その具体的な数字が示された。
COMとのレート換算は分からないが、その0の多さが全てを物語っている。
「「
しかし撤去しようにも更に費用がかかる事から、半ば本気で放置案が議論されるぐらいには喫緊の課題になっていたんです。
しかし、タワーの復活によって、施設は全面的な復旧を果たしました。
ミレニアムの財政を司る者として、我が校の危機を防いでくれた事は、感謝してもしきれません!」
「ありがとうございます!」それは耳に響く、ひどく真っ直ぐな感謝だった。
…D.U.に
タワーの復旧がこれ程の影響を及ぼす事など、つい先日まで大量の書類に埋もれていた俺には、全てが遠い世界の話に思えて仕方がなかった。
だからこそ、どうにも居心地が悪い。
いつのまにか、俺の口からは連邦生徒会を、『七神リン』を庇う様な言葉が出力されていた。
「全ては現連邦生徒会長代行、七神リンの決断による物だ。…俺はあくまで、あるべき物をあるべき人間の手に戻しただけに過ぎん」
だが、早瀬ユウカは小さく笑う。そこに込められていたのは、明確な侮蔑の感情だった。
「連邦生徒会の
特に七神リンは、その体現とでも言うべき人物なんですよ!あの硬い役人頭でN.E.S.T.をどうこう出来たなんてとても信じられません。それこそ過大評価もいい所です!」
「ユウカ、控えて」
「ふん!」
「ごめんなさい、先生。たった今の発言は、どうか個人的な物だと思って流して欲しい。ただ…」
語気強く連邦生徒会を批判する早瀬を、上司である調月が止める。
とは言えその言葉には、「
実際の所彼女も、あるいはミレニアム全体が同じ意見を共有しているのだろう。
彼女は冷静に、しかし敵意とも取れるような物を滲ませながら、早瀬ユウカから受け取った連邦生徒会への批判を展開していった。
「私的な感情を脇に置いておくとしても、連邦生徒会の失墜はキヴォトスにとってプラスに働いている事は否めないわ。
…『コード:78E』。D.Uの騒乱を終わらせたパスワードは、そのまま各地で
そう言って、ホログラムに浮き上がったのは、見覚えのあるニュースサイトだった。
『デイリー・クロノス』、日付は1週間ほど前の火曜日。
一面を飾る大見出しは、「地獄が急速に変貌か?秩序へと回帰する、犯罪者たちの楽園の現在を最速レポート!」である。
「かつての『管理独立戦争』で、多くの学園がオフライン権を獲得する中、ただ一つゲヘナだけは「内戦」を理由に、N.E.S.T.との間に現状維持協定を結んでいました。
しかし、12代目連邦生徒会長の『人治宣言』によって、せっかくの取り決めは水泡に帰し、ゲヘナでは
「先代の新・ゲヘナ学園生徒会長、初代『雷帝』は、
「名前の間抜けさからは想像もできないほどに、狡猾かつ理解不能な連中です。
大して稼ぎにもならない「不良債権」を苦に、ほとんどの土地主は夜逃げを選ぶそうです。しかし逃げ切れず、自分で決着をつける方も……」
…その名前には聞き覚えがある。
「動乱」の際、暴徒達はD.U.各地に点在していた「
ヴァルキューレの経過発表の中で、「すべての元凶」という名指しの非難に込められた激怒は、かつての惑星封鎖機構の声明を彷彿とさせた。
「あの発表ですよね?広報を担当された方の怒りよう、あの凄まじさは私も覚えています。
でも凄く共感出来るんですよ!セントラルストリートに穴を開けられた時は、どれほど、こう…!」
よほど思うところがあったのだろう。理性を最大限まで動員し、一線を超えまいとする早瀬。
内心の暴走に苦慮する彼女から、タブレットを引き継ごうとする調月であったが、力に歴然の差があることを理解する否や、一瞬目を見開く。
「…N.E.S.T.の治安維持体制には段階があるのだけど、今回ゲヘナに適用されたのは『レベル9』。つまり、最上級の厳戒体制が敷かれたの。活性化したミュルミドーン達の取り締まりは苛烈を極めたわ」
「どれほどの物だ?」
「軽犯罪が分類される『クラス1』で、高度50キロメートルを周回する飛行船から
「無論、ある程度の手加減はされている」とのことだが、事実上の
字面も想像以上だが、むしろ成層圏に達する高度で、1週間ならば耐えられるキヴォトス人の生命力の強さに瞠目した。
もし本当ならば、「処罰」としては妥当でさえあった。
とは言え、当然というべきか、彼女は俺の驚きをそのまま解釈したようである。
「『外』の事情は分からないけれど、その反応で察する物があるわ。実際、これはキヴォトスでも類を見ない大規模な「掃討戦」で、2週間のうちに万を超える人間が空に上げられ、その倍の数が市民権の一時停止と共に再教育課程へと送られた。
ゲヘナは史上初めて、犯罪が
「本っ当に!本当に、N.E.S.T.様々としか言いようがありません!温泉開発部もそうですが、ゲヘナの連中にはどれほど煮湯を飲まされた事か…、うちの治安維持部門にも見習ってもらいた」
「
ここまで護衛に徹し、沈黙を保っていた美甘の口から、低く圧のある声が放たれた。
…早瀬は悪くはないだろう。ただ熱が入ると脇目を振らずに突き進んでしまうきらいがある。周りに気を配れる人間程、逆によく罹ってしまう癖だ。
漂っていた熱気が急速に冷えていく。
「…悪かったよ」
「いえ、こちらも…。ごめんなさい…」
何とも言えない緊張感が漂う中、調月の静かな仕切り直しが行われた。
「…ここまでは他校の話だったけれど、ミレニアムもまた大きく変わった。ポジティブな面では先ほど話した風力発電所があるけれど、ご存知の通り物事には複数の顔がある。
間近の物では、我々セミナーが精力を傾けていた、
「!会長、「
「私は良いと判断した」
風向きが一気に変わる。
重要な事件の度に感じてきた「虫の知らせ」が、久しく眠っていた感覚を目覚めさせていく。
「話を続けましょう…。場所はミレニアムの北東部、大地に穿たれた巨大垂直洞『ブルーホール』。その奥底で眠っていた古代都市遺跡よ。
遺跡は、オフライン状態に「
やがて発見された幾つかの遺物が、既知の科学を遥かに上回る技術力によって今なお稼働し、また使用可能な状態にある事が分かったの」
ホログラムに幾つかの遺物が投影される。どれも工業製品というには、やけに有機的な特徴を兼ね備えていた。
古い記憶を刺激する遺物のデザインに、いよいよ「感覚」が明敏となっていく中、自然と理解する。
「察するに、これらが問題の根幹に関わっているようだが、…一体、何があった?」
俺の問いに、調月はすぐに答えなかった。
静かにこちらを見据える双眸は、何処か迷うように揺れている。
焦れるような時が過ぎていく中で、その続きを買って出た早瀬ユウカは、意を決するかのように咳払いを一つした。
「ここからは私が…。我々セミナーは、直下研究機関『ラマルク』を中心に、発見された遺物を『オーバードテクノロジーズ』と呼称し、その解析と今日の技術への転用を目的とした計画を押し進めていました。
計画の名は、『プロジェクト・ルネッサンス』」
そこで、早瀬は一旦言葉を切った。
本当に感情が豊かである。開かれた小さな口からは、確かな畏怖を込めた言葉が紡がれていく。
「『オーバーズ』…。『オーバードテクノロジーズ』の解析を進めていく中で、我々はその驚くべき性能に感嘆し、感心し、そして、…時には恐怖を覚えました。
いずれにせよ、どれも只人の手には余る物。厳重な管理下に置く必要が発生し、まずはデータベースに登録する為の準備を進めていたのですが…、問題はここで発生したんです」
どこか言い淀むように、口ぶりが重くなる早瀬ユウカ。
その様子を見て、俺の頭の中で散らばっていた欠片が嵌りはじめていく。
情報の漏洩。そして内通者の存在…。
「…身内の恥を晒すようで気が進みませんが、
「嗚呼…なるほど。「
「はい、…詳細はこの通りとなります」
美甘が呟いた、暗号じみた言葉に頷く早瀬ユウカ。
彼女が指を滑らせると、それに呼応し、ホログラムの青い光が一瞬強く輝く。
現れたのは、
「これは通称、『ハイスペック』と呼ばれるカタログ外の薬物となります。効能は「
「…一応、なんとか
深く、深いため息が吐き出される。その深さから、自ずと隣に控える少女の背景が垣間見える中、それを呼び水に全ての欠片が嵌っていく。
浮かび上がるのは、一つの絵図。
「…一連の強制監査は、
その場にいた誰もが、息を呑んだ。
ーー
「ずっと疑問に思っていた。何故こうも情報が一貫していないのか、と」
瞼を閉じ、俺の口から一人でに言葉が流れ出した。
「ここまで付き添ったドローンの言葉通り、現在ミレニアムの情報ネットワークは完全に封鎖されている。外部からは勿論、内部からの情報発信も「
そこで、一つ目の疑問が生じる。
「「「……」」」
「『アルゴス』は想像以上に完成された封鎖システムだが、どんな物も完全ではいられない。システム維持のためには、人間による保守点検がどうしても必要だ。
有事の『一時通行アルゴリズム』だけでは、時間がかかりすぎる。
整備員がアクセス出来るよう、予め「
『そうではない、と言うんですか?』
「…『アルゴス』程のシステムを外部に委託する事は、安全保障上の
幾重にも厳重に守られたシステムは、例えミレニアムの生徒であろうと奪取は出来ず、そして「
誰かが身じろぐ気配がした。
「だが、現実問題としてエンジニア部はキーを使用している。そうでなければ、S.H.A.L.E.が依頼を受け、ここに来る事はなかった。ならば、「内部」の人間の手引きがあったと考えるしかない」
「!」
「おそらく、俺たちが殆ど妨害なくミレニアムに入ることが出来たのもな。…
「……。っ!」
「……」
早瀬が何かを喋ろうとしたが、それを止められたのだろう。
調月は、まだ此方を見定めようとしているようだった。
「…二つ目の疑問は、『セミナー』が何故、S.H.A.L.E.に依頼を出したのかという事だ。
本来の依頼人である『エンジニア部』は、お前たちとの戦いで敗北した。ならば、早々に適切な処分を決める為に、
本来、部外者に入る余地はなかった筈だが、しかし、こうして俺たちは顔を突き合わせている」
「「…」」
『つまり…』
「『紛争』はまだ終わっていない、という事だ」
『…メールを、もう一度確認しますか?』
「いや、不要だ。…それと『アロナ』」
『?』
俺の要望に少しばかり戸惑いを見せながらも、『アロナ』は、ミレニアム・サーバーへのパスを構築していく。
このまま独り言を続けてもいいが、そろそろ此方も
程なくして、ホログラムの出力音と共に驚きの声が上がった。
…やはり、腕が良い。
「これは早瀬、お前の名義で送られてきた依頼だ。簡潔にして、程よく要点が
「どうして…分かったんですか…?」
「お前たちと出会ってから、1時間ほどになる。人となりを把握するのに十分な時間だ」
瞼を開き、早瀬を見据える。明らかに動揺を隠しきれていない姿を見て、確信する。
彼女は
元より嘘をつける性分ではない事は、話していてよく分かった。…だからこそ、今回のように苦労も多い事だろう。
「『セミナー』にとって、この紛争は想定外の連続だった。「キー」の流出、発信されてしまったSOS、そしてS.H.A.L.E.の来訪…。
ただでさえ、流出したオーバーズの問題が進行している中で、更なるイレギュラーの発生は計画に狂いを生じさせかねない。
ならば可能な限り、それを監視下に置きたいと思うのが心理だろう」
「そうではないのか、調月?」そう問いかけたが返答はなく、その口は硬く結ばれたままであった。
…彼女は、未だに迷っているのだろう。
人間には複数の顔がある。冷徹な統治者として、そして一人の少女として、彼女はその狭間で迷い続けている。
ならば、この場で唯一の大人である俺が出来る事は、一つしかない。
「調月リオ、いやセミナーの『ビッグシスター』。お前に聞きたい…、
…しばらくして、彼女の口から囁くような声が流れ出した。
ー/ー
【『エンジニア部』に告ぐ!すでに戦況は決しました!終戦の為、話し合いの場を用意しています!要請に従い、直ちに武装解除の後、代表者である『白石ウタハ』の出頭を求めます!】
…ここに籠城してから何日になったのだろうか?
なんとかかき集めた糧食も、今ではこの手にある乾パン一缶だけしかない。振ってみれば、「カラカラ」とやるせ無い音が鳴った。
全てが
だからこそ、『ガレージ』の外から響いてくる拡声器の声が、いやに耳に張り付く。
「勝手な事を…!」
「でっ、でも!…もう、私たちに出来る事がないのも事実です。肝心の弾薬も、交換する替えのモーターやバッテリーだって尽きていて、これ以上の継戦は現実的ではありません…」
ずっと秘めていた悔しさが滲み出てきた。
小さく悲鳴を漏らした同僚の姿を見て、今の自分は相当ひどい顔をしているのだろうと理解する。
それでも、あくまでも理性的に現状を踏まえた発言をするあたり、やはり彼女は、『豊見コトリ』は相変わらずだ。
…その強さが、今の自分には苛立たしく思える。
「…だからと言って、ノコノコと出ていけば、「
ささくれだった内心の醜い感情を押し隠すように、自分でも驚くほどに強い口調で、不合理な意見を訴えた時のことだった。
【尚、今回の交渉人として、我々はS.H.A.L.E.のウォルター先生を迎えています!…繰り返します!】
「「!」」
それは盤外から放たれた神の一手。「青天の
目の前に広がっていた、煤けたガレージの光景が一気に揺らいだ気がした。
「『先生』って…。私たちが依頼した、「
「………そんな事ってある?」
『先生』が来たのだ。来てくれたのだ。
それを理解した時、先ほどまで心の中で燻っていた物が、一気に冷えていくような気がした。
ふと視界の片隅で、「誰か」が立ち上がるのが見えた。
「
ろくに機能していなかっただろう声帯から、掠れた声が聞こえてくる。
髪は連日の籠城戦で枝毛が飛び出て、ひどく荒れていた。
流石に見ていられず、仮眠を取るように進めていたはずなのに…。机に突っ伏していたはずの部長、『白石ウタハ』先輩は、どうやら眠っていなかったようである。
「部長…?」
「先輩、どこへ行くつもりなの!」
私の引き止める声に、先輩は立ち止まった。
振り返ったその顔は、ひどく腫れている。…私はそれが、机に伏せていたから出来たものだと信じたかった。
「
ーー
「望む結果を得られて満足かい?…調月リオ」
…彼女は、ひどくやつれていた。
初めて顔を合わせる事になった『白石ウタハ』は、想像以上に追い込まれていたようで、とても反乱を起こした首魁のそれとは思えない。
正しく敗戦した組織の長として、精一杯に『ビッグシスター』を詰ってはいたが、そこにあるのは「
「
あくまでも冷ややかな返答に、取り付く島もないと判断したのだろう。
彼女はここに来て、初めてこちらに視線を送ってきた。
「……元々はと言えば、我々が
彼女たちの立場から見て、それは正当な抗議だろう。
言葉に秘められた非難に、どう返答しようかとしばし考えた。
俺たちにも「立場」と言うものがあったからだが、結局のところ、何か良い言葉があった訳でもなく、事実をそのままに伝えることにした。
…言い訳がましいことである。
「二つの依頼があり、その中で情報の精度が高い物を選んだ。…昔の稼業の癖でな、済まない」
しばしの間を置き、白石は大きく息を吸い込んだ。深く息を吐き出しながら、顔を手で覆う。
くぐもって漏れ出てきた笑い声は、全てを諦め、受け入れることを選んだ虚しさを漂わせていた。
「ふっ、ふっふふふっ…」
「…」
「はあ、…何故謝るんだい?「
「「「……」」」
どう続ければいいのか?
そんな沈黙が場を支配する中、ソファにもたれかかった白石は続きを促すかのように、皮肉げに小さく笑った。
「なんだい、皆黙り込んで。煮るなり焼くなり、せっかくの「勝者の特権」って奴を味合わせてやろうと思っていたのにね」
「…白石」
「…どうしたんだい、『
……調月によれば、それは今回の紛争の原因だという。
ならばと思い、俺はその「名」を口にした。
「単刀直入に言う。
/Millennium/Engineer_Club/log.2 end.