先輩の帰りは、思いの
『セミナー』の連中と共に、ウタハ先輩が連れてきたのは、不思議と個性が感じられない「
着ているビジネスジャケットからは、機能性以外のこだわりは感じられず、いかにも服に興味がない人の出立である。
唯一個性的と言えるのはサングラスくらいで、それでも量産品の域を超えるものではない。
一目見て出てきた感想が、「道に転がっている石ころみたい」だった。
……さすがに人を石ころ扱いするのは道徳に反するとは思うけれど、この時ばかりは抵抗なく受け入れてしまっていた。
どうやら私は、『猫塚ヒビキ』は、想像以上にこの人のことを恨んでいるらしい。
「部長!おかえりになったんですね!…えっと、その方が…?」
「そうだよ、コトリ。この人がS.H.A.L.E.のウォルター先生だ。…どうやら、私達の『
「えっ…?」
コトリの呟きは、当然の困惑だ。
「一体何を言っているのだろう?」と、私は先輩がおかしくなったと失礼な心配をしてしまう。
しかし、そのどこか吹っ切れたような様子に何も言えなくなってしまった。
「…
「えっ…。あっ、はい!なんでしょうか、
「『クレイドル・1001号室』だ」
「はい!1001ですね!………はいぃぃいっ?!!」
コトリの驚愕の叫びが、『ガレージ』の天井へ反響していく。
響くその大きさに思わず耳を塞いだが、彼女の内心は痛いほど理解できた。いくらなんでも、「
さすがに黙ってはいられなくなり、私は口を開く。コトリのことを言っていられない程に、凄まじい声量が飛び出てきた。
「
「おおっと!びっくりしたなぁ〜。コトリに次いで君までどうしたんだい、ヒビキ?」
「どうしたって…、聞きたいのはこっちの方だよ!まさか、「
「最悪の結末」は、いつだって唐突に訪れる。
先輩の目を見て、私は理解した。
「全く、人聞きが悪いなぁ。…
…私達の反乱は、終わったのだと。
ー/ー
軋む音を立てながら、巨大な金属盤が回転と共に地下へ下がっていく。やがて音は遠く去り、伽藍堂のガレージを沈黙が支配した。
「おお…」
隣に立っていた美甘の口から、第一声が漏れ出たのは、どれほどの時間が経った後か。感嘆を込めながら、彼女はせり上がってきた「ヘリコプター」を見つめた。
「こいつが、『ML_EC/2000』か…」
鈍い地響きと共に、回転が終わる。
…クレイドルという言葉は、「ゆりかご」を意味している。彼女たちにとって、それは
天井のランプに照らされ、滑らかな光沢を放つ黒い威容は、今まさに作られたばかりと言われても通るほど、丁寧に整備されている事が窺えた。
「…良い子だろ?この黒い甲板は、昔『ツンフト』のマイスターたちが開発した物を発展させた奴でね。
手触りで分かったかとは思うが、それは
単純なサイズが大きくなった分、組織の密度も倍。そんじょそこらの銃弾では傷つけられない防御性能を誇っている」
「まだ『ダイダロス』*1への登録は済んでいないんだけど…」と、白石は小さくこぼした。
警護の手は緩めず、しかし、心なしか浮かれた足取りで『EC/2000』に近づく美甘。
その光沢の表皮を撫でる手つきは、まるで繊細な飴細工を触るかのようである。
「すげぇ…、ほぼ完成しているじゃないか!保安部の奴に、古いデータを更新しとくよう言っとかないとな」
「そうね…。実際、どうなのかしら?詳細を聞かせて頂戴、『
「………『
その言葉の底に横たわっていたのは、『セミナー』と『エンジニア部』、両者の間の深い断絶だった。
だからこそ、彼女はこちらの提案を受け入れたのだろう。
「…見ての通り、これは巨大複翼ヘリコプターのようだが、現在キヴォトスで運用されている同型は見当たらないな。完全なる「オリジナル」と捉えて良いのか?」
「そうだね…。色々と案があったようなんだけど、最終的に決まったコンセプトは「
それから当時の技術力に照らし合わせて、なんとか実現可能なものを探っていく中で、この子は「この形」で生まれてくることが決まったんだ」
目を閉じ、微笑みを浮かべる白石。
静かに『EC/2000』を撫でながら、彼女はどこか昔を懐かしむように、柔らかな雰囲気を醸し出していく。
まるであやすかのように、その口から紡がれていく言葉は子守唄を思わせた。
「…この世界の常で、最初マイスターたちは、この子を「
しかし、それでは当初のコンセプトからは外れてしまうということで、彼女たちは悩んだ。
悩んで、悩んで…。そのうち、彼女たちの中で、コンセプトは「信念」になり、そして「信仰」へと変化していったんだ。
ーこの子は兵器ではなく、人々の思いを運ぶ存在になってほしい
と」
「だから、この子の名前は『コウノトリ』だ」白石は、そう呟いた。
「ふふっ…、この大きなお腹。丸々と太っていて、かわいいだろう?」
「……ああ、そうだな」
「…えっ」
無意識のうちに、彼女の言葉に同意してしまっていた。
誰かの驚きが呟きとなって聞こえてきたが、俺はあえてそれを無視する。
「…実際の所、その最大積載量はどれぐらいなんだ?」
返ってきた答えは、MT2台分は優に入る物だった。
かつての仕事で運用していた『TH_X』には及ばないが、それでも充分な性能を持っている。
「理想的だな。…ローター周りはどうだ?
昆虫をベースにした設計を行っているようだが、動力系統も、通常のヘリコプターとは違う機構になっているのか?」
「…いや、流石に姿勢制御の問題が立ちはだかってね。
ー「飛ぶ」か、それとも「
この二者択一を迫られた時、マイスターたちは迷う事なく「
だから、通常のヘリコプターからはそう大きく変わっていない」
とはいえ、と彼女は続ける。
「流石にキヴォトスの歴史の中でも前例のない子だ。もし体を壊した場合、治すことは容易ではない。
そこでね…。コトリ、ヒビキ、10番の脚立を持って来てくれないか?」
そう部員たちに語りかける白石。
二人の内、猫塚は渋々といった様子であったが、特に反論することもなく、豊見と共にガレージの奥へと向かって行く。
程なくして、折り畳まれた脚立の端をそれぞれ抱えて戻ってくると、そのまま、『コウノトリ』へかけた。
高さはギリギリ足りたようである。
降りてきた白石の片手には、投油口から採取してきたのだろう、透明な粘性の液体が入ったカップが収まっている。
指を近づければ、アメーバのような触手を伸ばしてきた。意思は感じられないが、どこか探るような動きだった。
「ははっ、元気がいいね。…これが、この子の健康の秘訣さ。生物の体内維持系、その基礎構成単位である「免疫細胞」を参考に作られた特殊なバイオオイル『イコル』だ」
「ほう…」
「元々、『カドゥケウス』*2のドクトルたちが開発した物でね。内部の循環系、分かりやすく言えば、パイプの内側に塗っておくと無機物由来の汚れや錆だけでなく、侵入してきた微生物や病原体、小動物を自立的に排除してくれるんだ。
無論エネルギー源は、それらを分解した物から補っているので、基本的にメンテナンスは必要ない。
これと同じものが、より人体の構造に合わせて発展し、今でもミレニアムの医療保健体制を支えている」
「君たちの体の中にも入っているんだよ」とここにきて始めて、彼女の視線がセミナーへ向けられる。
その中で、役職上荒事をこなす事が多いであろう美甘は、やはり心当たりがあったようだ。こめかみに親指を当てながら、絞り出すように答えた。
「そういや言っていたなぁ。アタシはその、
…ん?じゃあ、アタシが異様に頑丈なのはもしかして…」
「そこは人による、と彼女たちは言うだろうけれど…、確かにその一面は否定できない。
現に「この子」がそれを証明している」
「……つまり、その『コウノトリ』は生きている、と言いたいのか?」
俺の疑問に返ってきたのは、肯定とも取れる言葉だった。
少しばかりの曖昧さを含んでいたのは、彼女があくまでも「職人」に過ぎないからだろう。
…
「そうとも言えるし、そうとも言えない。
「生命とは何か?」その定義は『千年難題』よりも遥かに古く、マイスターたちを悩ませ続けてきた難題だった。
私のような、一介の技術屋の手には余る。
…だからその点では、この子は生きていないとしか言いようがない」
「
彼女の感傷は、呆気なく断ち切られた。
眼差しは鋭く、射るような眼光を放つのは調月である。
烏を思わせるようなその視線に、確信を滲ませながら、彼女の指先は古い故事と共に『コウノトリ』を差す。
「…遠い東には『ゴーレム』という石塊の人形がいると聞くわ。
それは、普段動くことのない石像にすぎないけれど、ある
「……何が言いたいんだい?」
「「……」」
「呪いの掛け方は単純。その額に、あるいはその舌に「
彼女の口から紡がれたのは、一つの名前。
「『ラマルク』から流出した、最上級オーバーズ。そして、その機体を動かす
私たちは、それをこう名付けた」
ー『
ーー
静かに、しかし裂くように。
調月の口から飛び出たのは、確かな糾弾の言葉だった。
「石油を利用したエンジン。電気を貯蔵するバッテリー。その複雑な
…唯一、
「……」
「答えて頂戴、『マイスター』。あなたの『EC_2000』には、『エメト』が搭載されているのね?」
「………」
「
出力を
やがて、静まり返った空気の中で聞こえて来た物は、どこまでも苦い物を滲ませた返答だった。
「………それを聞いてどうしたい?…また、「あの時」を繰り返すつもりかい?」
「…そう、肯定というわけね。本当ならば、その入手方法を聞きたい所だけれど…。この場においては、保留にしておくわ。…『契約』に従ってね」
「
いや、あるいは逆鱗か…。
喉の奥底から絞り出すように、尽きぬ怒りを滲ませながら、怨嗟が漏れ出る。
それは、俺の知らない「
「…相変わらずだね、調月リオ。
『メフィストフェレス』の二つ名は、いまだに生きているようだ」
ー安心したよ、うんざりする程に
何もかもを吐き捨てるような声に、「全てが決したのだ」と、なぜか、今更理解した。
「
ー
当初、この文言を見たマイスターたちの胸中は、穏やかでなかったはずだ。だからこそ交渉を行い、期間を1年へと短縮させた。
ーそう思い込んでいた
彼女たちの致命的な勘違いは、時が経つにつれて、深刻な人手不足となって表出した…」
「……」
「『エンジニア部』は…、『ツンフト』は古い部だった。
元々は技術愛好家たちの小さな集まりが、長い歴史の中で閉鎖性を育み、やがて秘密結社じみた結束を生み出していった。
その扉を叩いたとしても、「資格」がないと判断されれば、敷居を跨ぐことは
純粋性を維持するため、そして優位性を維持するため。追い詰められたマイスターたちは、
「「………」」
「私が入部した頃には、かつての姿は失われていた。多くのマイスターは去り、たった一人のゲゼレだけが残された。
彼女は、なんとか持ちうる全てを絞り出して、必死に『クレイドル』を維持し、子供達を生かそうとしていた…」
「私の『肩書き』は、彼女から授かったものだ」その言葉に込められた思いの強さは、ただの自負だけでないのだろう。
…なるほど、と思った。
これは、とてつもない厄介事を背負うことになる、と。
「この不平等条約には、一人の「神童」の提言が織り込まれていたという。当時初等部に属していたその子供の名は、『調月リオ』」
「……」
「『ツンフト紛争』の後、君は『アビトゥア』*3への飛び級が認められたそうじゃないか。
当時のビッグシスターは、『鉄血宰相』と知られた改革主義者だった…。
さぞ、お喜びになられただろうねぇ?
見事、
芝居がかった拍手が鳴り響く。
「素晴らしい!我々は君に負けた、2回もだ!一度目は「悲劇」として、そして二度目は出来の悪い「喜劇」としてね…」
全てを受け入れ、しかし尚も反抗の火を絶やさない。
「坊主憎ければ、袈裟までも」
嘲りの言葉は最後に残された武器であり、そしてそれは、かつての仕事で幾度となく見てきた物だった。
「…喜劇、ね。…そうね、全く「
…だからこそ、『ビッグシスター』が手を緩めることは決してない。
「あの時の私はまだ幼かった。
その提言が受け入れられたのは、あくまでも上層部の『意志』と一致したからにすぎない。
ー混沌は制御され、進化は意味を持つ
研究のみを至上としていた、かつてのミレニアムの学徒たちがどれほど危険な存在だったのか、あなたたちには想像がつくのかしら?」
「「「……」」」
「彼らは己の知的好奇心のために、まるで
対価を求められれば、
「「………」」
「『
ー最後のその時まで、私はこの学園を守り続ける一人である
、と」
相容れない矜持を持つ二人が、この時初めて向かい合った。
「…残念ながら、悪しき芽は未だ絶えず、今回の「
調べれば、すぐにわかることだろうけど、彼女たちが外部勢力の『お手付き』であることは明白。大元を辿れば、『二大校』や『カイザー』といった企業に行き着くでしょう。
『アルゴス』と『タロス』*4。二つの防衛システムに守られながらも、敵はすぐ近くにまで侵入していた。
私には、彼女たちからミレニアムを守る責務がある。これ以上野放しにすることは、断じて認められる物ではないわ」
それは、決定的な宣告だった。
「なるほど…、そのための
皮肉げに口の端を歪めながら、白石はビッグシスターに目をやる。
そこに込められた呪いから遮るように、ここに来るまで無言を貫いていた早瀬が身を乗り出した。
「………皆さんに、セミナーの決定をお伝えします。
現時刻をもって、「
セミナーの同意がない場合、いかなる例外も適用されません」
目に見えて狼狽えた様子を見せるのは、豊見だった。
「そ、そんな!?」
「ふざけないでよ…!」
「すでに決定された事項は覆されません。
…また、今回の紛争でミレニアムへの
『マイスター』・白石ウタハ
『ゲゼレ』・猫塚ヒビキ
『レアリング』・豊見コトリ
、以上の三名の学籍を剥奪し、無期限の「
豊見の動揺は、一層激しい物になった。
「ほ、放校って…。退学よりも重いという、あの「
「…それは疑問ですか?それとも事実確認でしょうか?」
「おちょくるのもいい加減に!!」
「
どこまでも冷徹な姿勢を崩さない早瀬に、いよいよ堪忍袋が切れたのだろう。
声を荒げ、もしかすれば彼女の襟を掴み掛かろうとしたそれを、横合いから伸ばされた「
「先輩…!」
普段の見知った彼女は、そこにはいなかったのだろう。心なしか、裏切られたかのような目で見つめる猫塚。
その視線を振り切るかのように、白石は早瀬へと問いかけた。
「
「……はい、『白石ウタハ』さん。その理解で間違いありません」
最早限界だったのだろう。
ここまで何とか持たせていた気力が切れ、呆気なく崩れ落ちていく豊見を抱き止める猫塚。
「あっ、ああ…」
「コトリ…!しっかりして!」
言葉を失った同僚を必死に介抱する彼女であったが、内心の抑えはとっくに外れていたのだろう。迸る激情は、ついに此方へと向けられた。
「…そいつはどうしてここにいるの、『マイスター』?一体、その大人と何の取引をしたっていうの!!」
「おい!『大恩人』への口の聞き方がなってねぇな、野良犬が!」
その小さな背が、今はどこまでも大きな物のように思える。俺を背に立ち塞がったのは、美甘であった。
此方に一瞬視線を送った早瀬は、あくまでも冷徹さを維持しながら続ける。
「…追加事項として、今回放校処分を下された3人の処遇について、セミナーはS.H.A.L.E.の提案を受け入れ、その監視業務を委託しました。
また、セミナーはその契約履行の対価として、S.H.A.L.E.に
…早瀬の言葉の意味を理解したのだろう。
もう一度、白石へと目をやる猫塚。
「先輩…」
「………すまない、ヒビキ」
彼女たちの姿を、可能な限り視界に入れないように…。
どこまでも声の
「なお、一連の移籍につきましては、全責任はS.H.A.L.E.が負うことになります。…先生、よろしいですか?」
「ああ、契約通りだ。問題ない」
「ありがとうございます。……以上を以て、『セミナー』の決定をお伝えしました。これより、皆さんの除籍作業へと移りますので、此方の指示に従ってください」
小さく呟かれたのは、一体どんな言葉だったのだろう。聞こえてきたその意味を、俺は受け入れられるのだろうか?
…少なくとも、この胸の内に満ちるのは、どこまでも苦々しい物だ。
内心を悟られないよう、サングラスを掛け直そうとした時、誰かが目の前に立った。
「改めて、名乗っておこうか…。
私は『白石ウタハ』。かつて『マイスター』の肩書きを持っていたが、今や一介の
あの時とは随分状況が変わったが、「
……部員ともども、よろしく頼む」
まるで、枯れゆく花のようだと一瞬錯覚する。
弱々しい微笑みと共に差し出され、俺はただ黙って、その手を握るしかなかった。
ー/ー
行きと同じく、駅のプラットフォームで列車を待つ。
ベンチに腰掛け、しばらく夜の闇を見つめていると、シューズの軽やかな足取りが近づいてきた。
「ほい、先生」
その言葉と共に、美甘ネルからコーヒー缶を手渡される。
この世界に来てから、随分と手に馴染んだ物だ。
「ご指定の、にっが〜い『ボッシュ・ブランドブラック』*5だ」
「すまない。苦労をかけたな」
「へっ!これぐらい、苦労のうちには入んねぇよ。…まっ、アタシも時々飲みたくなるからな。ついでだ、ついで」
「よいしょっ」と傍にネルが腰を掛ければ、タブに指をかける。
気の抜ける音が鳴り、漂ってきたのは大量生産品の香り。どこまでも味気ないそれが、今はただ身に染みた。
深いため息が聞こえてくる。どうやら、飲めるというのは本当だったらしい。
…口にすれば、また張りの良い怒鳴り声が飛んでくるのだろうか。
「…
「ああ…」
「何だぁ、その反応?もっと、喜んでもいいんだぜぇ〜?
アタシからすれば、やらかしのデカさに反して、今回は望外のハッピーエンドで終わったんだ。
ウタハはともかく、よくもまあ、あの難物のリオを説得できたと思うぞ」
「案外、アンタの言っていたことは本当かもしれないなぁ?」と笑いながら、ネルは手に持っていた缶を掲げた。
その行動に一瞬戸惑ったが、そのまま缶の縁同士を合わせられる。軽やかな金属音が鳴った。
「
「……なるほどな」
「本当だったら、「ぱあっ!」てやりたい所だが、状況が状況だからな。まっ、それでもやらないよりは
「そうか…」
…何か言うべきなのだろう。
だが、幼い時からもそうだったが、俺はどうにも「喜び」と言う感情に鈍いらしい。
「
「ん?」
「…昔、馴染みの技術屋がよく口にしていた言葉だ。その通り、よく笑う女だったな」
「へえ…」
どこか気の無い返事に、苦笑を浮かべたくなる。
無論、そんなものが出ることはなかったが、代わりに俺の口からは滔々と言葉が流れ出していった。
「思えば、今日は随分昔のことを思い出した…。
「紛争」、「交渉」、そして…、「ヘリコプター」。
時代も…、世界とて違うはずなのに、ここは俺のよく知っている
「……」
「…かつての俺は、「
今回のような紛争への介入から、使い走りのような他愛のないもの。時には口にすることを憚られる「汚れ仕事」まで、それこそ節操なしにやってきた物だ」
「………」
「だからと言っては何だが、久しく眠っていた感覚が蘇ったような気がする。
この世界に来て、随分とぬるま湯に浸かってきたが、ようやく仕事に身が入った。……礼を言うべきだろうな」
正直、自分でも思いもよらない言葉が出力される。
どこまでも
ふっと、その口からついて出てきた小さな笑いは、どこか暖かなものが篭っていた。
「「
「そうだな、「ありがとう」と言っておこう」
「ははっ、なんだそれ?礼を言うのは、本来こっちの方だって言うのに」
そう言いながら、彼女は続ける。
「…リオの奴はあの通りだが、ユウカは違う。あいつだって、本心のところでは、ウタハたちに理解を寄せていたんだと思う。聞こえてたんだろう?
…「ありがとう」って」
「……」
「とは言えッだ。詳しい所はまだ「
「それこそ、
彼女の口から発せられたのは、どこまでも積み上げられた物を感じさせる実感であった。
「…今のミレニアムは、それほどまでなのか」
「いや、
…正直なところ、うちはかなりの実力主義だ。それも、求められている範囲に「高さ」はあるが、「幅」がない」
「……」
「他の学校ならば、
『
正直なところ、どこかで聞いたことのある体質だ。
与えられた命題は単純。
どこまでも合理的で、そして
「しかし、キヴォトスにいる以上、他の学校との
どうにか張り合うために「分母」を増やしていった結果、カリキュラムは当たり障りのない物になっていった」
「アタシも、その恩恵を受けた一人なんだがね」ネルは皮肉げに笑う。
「…いい意味でも、悪い意味でも放任主義っていう事になったんだが、どうにも、人間は
だから足りない物を補おうとするが、そもそも地力がない。地力がないから、視野が狭まる…」
「…最終的に手を出した先が、『ハイスペック』と言うことか」
「リオのやつが生徒会長になった時は、汚染が進み過ぎていて、もう除去なんか出来ないんじゃないかと誰もが諦めていた。
だが、アイツは一言こう言った。
ー全て、排除します
ってな」
あまり似合っていないモノマネだったが、不思議とその時の姿が想像できた。
「はっ!まあ、言葉だけならどうとでもなる。だが、その後はまさに有言実行ってやつでな、傍らから見ているだけでも痛快なモンだったぜ。
…オペレーションのために、まずは専用のAIを組み上げることから始まったのは、正直前代未聞ってヤツだったがな」
「優秀だな」
「ああ、優秀も優秀ってやつさ。なんせその時作ったモンが、今の封鎖システムの原型になったんだ。
『アルゴス』にしろ、『タロス』にしろ。今のミレニアムが何とか持ち直してきたのも、アイツが、人一倍頑張ってきたからなのは間違いない」
「だがな…」彼女がそう続けようとした時だった。
ホームに鳴り響くのは、本日最後のD.U.行きの到着を告げるアナウンス。
顔を上げれば、闇の向こう、遠くから光の列が近づいてくるのが見えた。
「…来ちまったな」
小さな呟きが、聞こえてきた。
「『ネル』」
「…うん?」
人工灯の輝きが近づいてくる。
警告か、あるいは出立への促しか、鳴らされた警笛が大気を震わせた。
「ささやかだったが、楽しかった。…改めて、礼を言う」
「…へっ、それはこっちのセリフさ!」
一陣の風が、吹き去っていく。
「アタシも楽しかったぜ!『先生』!」
…今度は、その言葉を聞き逃すことはなかった。
ー/ー
『新着メッセージ、一件』
ーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『ビッグシスター』・調月リオ 所属:『セミナー』/ミレニアム・サイエンススクール
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「お久しぶりね、S.H.A.L.E.のウォルター先生。と言っても、一週間前にあったばかりだけれど…。
『セミナー』の調月リオ、覚えているかしら?」
「…ここで前置きを置くのが筋なのでしょうけど、少々厄介な話になりそうだから、手短に済ませるわ」
「先日の事後処理がようやく終わり、ミレニアムにひとまずの安定が訪れた。かと思いきや、その件で少し問題が発生したの。
封鎖解除のタイミングに併せて、
「正直なところ、私は、彼女たちの「
除籍の話が漏れた事で、一部の学生が抗議の為にビラを配ったの。幸い、すぐに解散はさせられたけど、校内の動揺は思っていた以上の物だわ。
だから、少しばかり
「先生、突然の事で申し訳ないけれど、契約を変更したい。
具体的には、『EC_2000』の譲渡、及び「
「私としては、校外の禿鷹どもに餌を与えるようで気が乗らないけれども…。先日に続いて、あなたにはもう一度、ミレニアムに来てもらう事になるわ」
「因みに、式の場所は決まっている。『ミレニアム・セントラルストリート』よ」
「以前の大改修で、校外の来賓も含めて、十分な数を収容できる拡張が行われた理想的な立地。
もちろんあの巨体を支えるに足る、安定した地盤を有しているから、飛び立つのにも支障はないわ。
式が終わった後は、そちらの判断に任せるけれど、そのままD.U.への帰途に着くことも可能よ」
「とはいえ、全てをこちらで決めるのは一方的な話。ついては、あなたの意見を交えて、当日の予定を突き詰めていきたいと思う。
なるべく、早く顔を合わせたい。間近で空いてる時間はあるかしら?
…返信を待っているわ」
ーー
/Millennium/Engineer_Club/log.3 end.