キヴォトスに、灰が降る時   作:イサコウ

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/Millennium/Engineer_Club/log.3

 

 先輩の帰りは、思いの(ほか)早いものだった。

 

 『セミナー』の連中と共に、ウタハ先輩が連れてきたのは、不思議と個性が感じられない「()()()()」だ。

 着ているビジネスジャケットからは、機能性以外のこだわりは感じられず、いかにも服に興味がない人の出立である。

 唯一個性的と言えるのはサングラスくらいで、それでも量産品の域を超えるものではない。

 一目見て出てきた感想が、「道に転がっている石ころみたい」だった。

 

 ……さすがに人を石ころ扱いするのは道徳に反するとは思うけれど、この時ばかりは抵抗なく受け入れてしまっていた。

 どうやら私は、『猫塚ヒビキ』は、想像以上にこの人のことを恨んでいるらしい。

 

 「部長!おかえりになったんですね!…えっと、その方が…?」

 「そうだよ、コトリ。この人がS.H.A.L.E.のウォルター先生だ。…どうやら、私達の子供(ベービ)をいたく気に入ってくれたらしくてね。先日に続いて、引き取りたい子がいるということで連れて来たんだ」

 「えっ…?」

 

 コトリの呟きは、当然の困惑だ。

 「一体何を言っているのだろう?」と、私は先輩がおかしくなったと失礼な心配をしてしまう。

 しかし、そのどこか吹っ切れたような様子に何も言えなくなってしまった。

 

 「…徒弟(レアリング)・『豊見コトリ』くん」

 「えっ…。あっ、はい!なんでしょうか、親方(マイスター)?」

 「『クレイドル・1001号室』だ」

 「はい!1001ですね!………はいぃぃいっ?!!」

 

 コトリの驚愕の叫びが、『ガレージ』の天井へ反響していく。

 響くその大きさに思わず耳を塞いだが、彼女の内心は痛いほど理解できた。いくらなんでも、「()()」はないだろう…。

 さすがに黙ってはいられなくなり、私は口を開く。コトリのことを言っていられない程に、凄まじい声量が飛び出てきた。

 

 親方(マイスター)!一体何を考えているの?!」

 「おおっと!びっくりしたなぁ〜。コトリに次いで君までどうしたんだい、ヒビキ?」

 「どうしたって…、聞きたいのはこっちの方だよ!まさか、「()()()」を売るっていうつもりなの?!その「大人」に!」

 

 「最悪の結末」は、いつだって唐突に訪れる。

 先輩の目を見て、私は理解した。()()、してしまった。

 

 「全く、人聞きが悪いなぁ。…熟練者(ゲゼレ)・『猫塚ヒビキ』くん」

 

 …私達の反乱は、終わったのだと。

 

 

 ー/ー

 

 

 軋む音を立てながら、巨大な金属盤が回転と共に地下へ下がっていく。やがて音は遠く去り、伽藍堂のガレージを沈黙が支配した。

 

 「おお…」

 

 隣に立っていた美甘の口から、第一声が漏れ出たのは、どれほどの時間が経った後か。感嘆を込めながら、彼女はせり上がってきた「ヘリコプター」を見つめた。

 

 「こいつが、『ML_EC/2000』か…」

 

 鈍い地響きと共に、回転が終わる。

 …クレイドルという言葉は、「ゆりかご」を意味している。彼女たちにとって、それは(いつく)しみ、(いと)おしむ対象なのだろう。

 天井のランプに照らされ、滑らかな光沢を放つ黒い威容は、今まさに作られたばかりと言われても通るほど、丁寧に整備されている事が窺えた。

 

 「…良い子だろ?この黒い甲板は、昔『ツンフト』のマイスターたちが開発した物を発展させた奴でね。

 手触りで分かったかとは思うが、それは甲虫(ビートル)のキチン質を参考にして、いくつかの生物工学技術の粋を注ぎ込んだ新素材だ。

 単純なサイズが大きくなった分、組織の密度も倍。そんじょそこらの銃弾では傷つけられない防御性能を誇っている」

 

 「まだ『ダイダロス』*1への登録は済んでいないんだけど…」と、白石は小さくこぼした。

 警護の手は緩めず、しかし、心なしか浮かれた足取りで『EC/2000』に近づく美甘。

 その光沢の表皮を撫でる手つきは、まるで繊細な飴細工を触るかのようである。

 

 「すげぇ…、ほぼ完成しているじゃないか!保安部の奴に、古いデータを更新しとくよう言っとかないとな」

 「そうね…。実際、どうなのかしら?詳細を聞かせて頂戴、『()()()()()』」

 「………『()()』、あなたの意見を聞きたい」

 

 ミレニアムの長(戦勝者)の要請に対し、あくまでも抵抗の意思を崩さない白石。

 その言葉の底に横たわっていたのは、『セミナー』と『エンジニア部』、両者の間の深い断絶だった。

 だからこそ、彼女はこちらの提案を受け入れたのだろう。

 

 「…見ての通り、これは巨大複翼ヘリコプターのようだが、現在キヴォトスで運用されている同型は見当たらないな。完全なる「オリジナル」と捉えて良いのか?」

 「そうだね…。色々と案があったようなんだけど、最終的に決まったコンセプトは「()()()()()()()()()()」だった。

 それから当時の技術力に照らし合わせて、なんとか実現可能なものを探っていく中で、この子は「この形」で生まれてくることが決まったんだ」

 

 目を閉じ、微笑みを浮かべる白石。

 静かに『EC/2000』を撫でながら、彼女はどこか昔を懐かしむように、柔らかな雰囲気を醸し出していく。

 まるであやすかのように、その口から紡がれていく言葉は子守唄を思わせた。

 

 「…この世界の常で、最初マイスターたちは、この子を「()()」として設計していた。

 しかし、それでは当初のコンセプトからは外れてしまうということで、彼女たちは悩んだ。

 悩んで、悩んで…。そのうち、彼女たちの中で、コンセプトは「信念」になり、そして「信仰」へと変化していったんだ。

 

 ーこの子は兵器ではなく、人々の思いを運ぶ存在になってほしい

 

 と」

 

 「だから、この子の名前は『コウノトリ』だ」白石は、そう呟いた。

 

 「ふふっ…、この大きなお腹。丸々と太っていて、かわいいだろう?」

 「……ああ、そうだな」

 「…えっ」

 

 無意識のうちに、彼女の言葉に同意してしまっていた。

 誰かの驚きが呟きとなって聞こえてきたが、俺はあえてそれを無視する。

 

 「…実際の所、その最大積載量はどれぐらいなんだ?」

 

 返ってきた答えは、MT2台分は優に入る物だった。

 かつての仕事で運用していた『TH_X』には及ばないが、それでも充分な性能を持っている。

 

 「理想的だな。…ローター周りはどうだ?

 昆虫をベースにした設計を行っているようだが、動力系統も、通常のヘリコプターとは違う機構になっているのか?」

 「…いや、流石に姿勢制御の問題が立ちはだかってね。

 

 ー「飛ぶ」か、それとも「()()」のか?

 

 この二者択一を迫られた時、マイスターたちは迷う事なく「()()」ことを選んだ。

 だから、通常のヘリコプターからはそう大きく変わっていない」

 

 とはいえ、と彼女は続ける。

 

 「流石にキヴォトスの歴史の中でも前例のない子だ。もし体を壊した場合、治すことは容易ではない。

 そこでね…。コトリ、ヒビキ、10番の脚立を持って来てくれないか?」

 

 そう部員たちに語りかける白石。

 二人の内、猫塚は渋々といった様子であったが、特に反論することもなく、豊見と共にガレージの奥へと向かって行く。

 程なくして、折り畳まれた脚立の端をそれぞれ抱えて戻ってくると、そのまま、『コウノトリ』へかけた。

 高さはギリギリ足りたようである。

 降りてきた白石の片手には、投油口から採取してきたのだろう、透明な粘性の液体が入ったカップが収まっている。

 指を近づければ、アメーバのような触手を伸ばしてきた。意思は感じられないが、どこか探るような動きだった。

 

 「ははっ、元気がいいね。…これが、この子の健康の秘訣さ。生物の体内維持系、その基礎構成単位である「免疫細胞」を参考に作られた特殊なバイオオイル『イコル』だ」

 「ほう…」

 「元々、『カドゥケウス』*2のドクトルたちが開発した物でね。内部の循環系、分かりやすく言えば、パイプの内側に塗っておくと無機物由来の汚れや錆だけでなく、侵入してきた微生物や病原体、小動物を自立的に排除してくれるんだ。

 無論エネルギー源は、それらを分解した物から補っているので、基本的にメンテナンスは必要ない。

 これと同じものが、より人体の構造に合わせて発展し、今でもミレニアムの医療保健体制を支えている」

 

 「君たちの体の中にも入っているんだよ」とここにきて始めて、彼女の視線がセミナーへ向けられる。

 その中で、役職上荒事をこなす事が多いであろう美甘は、やはり心当たりがあったようだ。こめかみに親指を当てながら、絞り出すように答えた。

 

 「そういや言っていたなぁ。アタシはその、()()()()()の適合率が高いとか、なんとか。

 …ん?じゃあ、アタシが異様に頑丈なのはもしかして…」

 「そこは人による、と彼女たちは言うだろうけれど…、確かにその一面は否定できない。

 現に「この子」がそれを証明している」

 「……つまり、その『コウノトリ』は生きている、と言いたいのか?」

 

 俺の疑問に返ってきたのは、肯定とも取れる言葉だった。

 少しばかりの曖昧さを含んでいたのは、彼女があくまでも「職人」に過ぎないからだろう。

 …()()()ならば、どう解釈したのだろうか、とふと思った。

 

 「そうとも言えるし、そうとも言えない。

 「生命とは何か?」その定義は『千年難題』よりも遥かに古く、マイスターたちを悩ませ続けてきた難題だった。

 私のような、一介の技術屋の手には余る。

 …だからその点では、この子は生きていないとしか言いようがない」

 ()()()()()()()()()()

 

 彼女の感傷は、呆気なく断ち切られた。

 眼差しは鋭く、射るような眼光を放つのは調月である。

 烏を思わせるようなその視線に、確信を滲ませながら、彼女の指先は古い故事と共に『コウノトリ』を差す。

 

 「…遠い東には『ゴーレム』という石塊の人形がいると聞くわ。

 それは、普段動くことのない石像にすぎないけれど、ある呪い(まじない)を込めると、たちまち生を得るという」

 「……何が言いたいんだい?」

 「「……」」

 「呪いの掛け方は単純。その額に、あるいはその舌に「()()()()」を刻むこと」

 

 彼女の口から紡がれたのは、一つの名前。

 

 「『ラマルク』から流出した、最上級オーバーズ。そして、その機体を動かす心臓部(ジェネレーター)…。

 私たちは、それをこう名付けた」

 

 ーエメト(Emeth)と。

 

 ーー

 

  静かに、しかし裂くように。

  調月の口から飛び出たのは、確かな糾弾の言葉だった。

 

 「石油を利用したエンジン。電気を貯蔵するバッテリー。その複雑な生態環境(エコシステム)を支える動力源は、残念ながら既存の技術体系には存在しないわ。

 …唯一、()()()()()を除いて」

 「……」

 「答えて頂戴、『マイスター』。あなたの『EC_2000』には、『エメト』が搭載されているのね?」

 「………」

 ()()()()()

 

 出力を攻勢(アタック)に切り替え、彼女はその声に確かな圧を込める。

 やがて、静まり返った空気の中で聞こえて来た物は、どこまでも苦い物を滲ませた返答だった。

 

 「………それを聞いてどうしたい?…また、「あの時」を繰り返すつもりかい?」

 「…そう、肯定というわけね。本当ならば、その入手方法を聞きたい所だけれど…。この場においては、保留にしておくわ。…『契約』に従ってね」

 

 「()()か…」その言葉は、白石の琴線に触れたかのようであった。

 いや、あるいは逆鱗か…。

 喉の奥底から絞り出すように、尽きぬ怒りを滲ませながら、怨嗟が漏れ出る。

 それは、俺の知らない「彼女たち(ミレニアム)」の歴史だった。

 

 「…相変わらずだね、調月リオ。

 『メフィストフェレス』の二つ名は、いまだに生きているようだ」

 

 ー安心したよ、うんざりする程に

 

 何もかもを吐き捨てるような声に、「全てが決したのだ」と、なぜか、今更理解した。

 

 「

 

 ー2()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 当初、この文言を見たマイスターたちの胸中は、穏やかでなかったはずだ。だからこそ交渉を行い、期間を1年へと短縮させた。

 

 ーそう思い込んでいた

 

 彼女たちの致命的な勘違いは、時が経つにつれて、深刻な人手不足となって表出した…」

 「……」

 「『エンジニア部』は…、『ツンフト』は古い部だった。

 元々は技術愛好家たちの小さな集まりが、長い歴史の中で閉鎖性を育み、やがて秘密結社じみた結束を生み出していった。

 その扉を叩いたとしても、「資格」がないと判断されれば、敷居を跨ぐことは()()()叶わない。

 純粋性を維持するため、そして優位性を維持するため。追い詰められたマイスターたちは、()()()()()()()()()()

 「「………」」

 「私が入部した頃には、かつての姿は失われていた。多くのマイスターは去り、たった一人のゲゼレだけが残された。

 彼女は、なんとか持ちうる全てを絞り出して、必死に『クレイドル』を維持し、子供達を生かそうとしていた…」

 

 「私の『肩書き』は、彼女から授かったものだ」その言葉に込められた思いの強さは、ただの自負だけでないのだろう。

 …なるほど、と思った。

 これは、とてつもない厄介事を背負うことになる、と。

 

 「この不平等条約には、一人の「神童」の提言が織り込まれていたという。当時初等部に属していたその子供の名は、『調月リオ』

 「……」

 「『ツンフト紛争』の後、君は『アビトゥア』*3への飛び級が認められたそうじゃないか。

 当時のビッグシスターは、『鉄血宰相』と知られた改革主義者だった…。

 さぞ、お喜びになられただろうねぇ?

 見事、保守主義者(グレートヒェン)を騙し遂せた君は、彼女(ファウスト)のお眼鏡に叶ったというわけだ」

 

 芝居がかった拍手が鳴り響く。

 

 「素晴らしい!我々は君に負けた、2回もだ!一度目は「悲劇」として、そして二度目は出来の悪い「喜劇」としてね…」

 

 全てを受け入れ、しかし尚も反抗の火を絶やさない。

 「坊主憎ければ、袈裟までも」

 嘲りの言葉は最後に残された武器であり、そしてそれは、かつての仕事で幾度となく見てきた物だった。

 

 「…喜劇、ね。…そうね、全く「()()」だわ」

 

 …だからこそ、『ビッグシスター』が手を緩めることは決してない。

 

 「あの時の私はまだ幼かった。

 その提言が受け入れられたのは、あくまでも上層部の『意志』と一致したからにすぎない。

 

 ー混沌は制御され、進化は意味を持つ

 

 研究のみを至上としていた、かつてのミレニアムの学徒たちがどれほど危険な存在だったのか、あなたたちには想像がつくのかしら?」

 「「「……」」」

 「彼らは己の知的好奇心のために、まるで()のような貪欲さを見せた。餌を与えてくれるのならば、それが「()」であろうと構わない。

 対価を求められれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「「………」」

 「技術立国(テクノクラシー)という言葉がどれほど脆い物なのか…。私はあの時心底理解させられた。そして、宰相に誓ったの。

 

 ー最後のその時まで、私はこの学園を守り続ける一人である

 

 、と」

 

 相容れない矜持を持つ二人が、この時初めて向かい合った。

 

 「…残念ながら、悪しき芽は未だ絶えず、今回の「鼠狩り(監査)」で20もの部活が検挙されたわ。その殆どがオーバーズの取引に関わり、すでに200点以上の流出を確認した。

 調べれば、すぐにわかることだろうけど、彼女たちが外部勢力の『お手付き』であることは明白。大元を辿れば、『二大校』や『カイザー』といった企業に行き着くでしょう。

 『アルゴス』『タロス』*4。二つの防衛システムに守られながらも、敵はすぐ近くにまで侵入していた。

 私には、彼女たちからミレニアムを守る責務がある。これ以上野放しにすることは、断じて認められる物ではないわ」

 

 それは、決定的な宣告だった。

 

 「なるほど…、そのための()()()()にするという訳かい。…私たちを」

 

 皮肉げに口の端を歪めながら、白石はビッグシスターに目をやる。

 そこに込められた呪いから遮るように、ここに来るまで無言を貫いていた早瀬が身を乗り出した。

 

 「………皆さんに、セミナーの決定をお伝えします。

 現時刻をもって、「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」を接収の対象とします。

 セミナーの同意がない場合、いかなる例外も適用されません」

 

 目に見えて狼狽えた様子を見せるのは、豊見だった。

 

 「そ、そんな!?」

 「ふざけないでよ…!」

 「すでに決定された事項は覆されません。

 …また、今回の紛争でミレニアムへの反体制思想(テロリズム)を示し、そしてその矯正が困難であると確認された『エンジニア部』部員、

 

 『マイスター』・白石ウタハ

 『ゲゼレ』・猫塚ヒビキ

 『レアリング』・豊見コトリ

 

 、以上の三名の学籍を剥奪し、無期限の「放校処分(バニッシュ)」とする事を決定しました」

 

 豊見の動揺は、一層激しい物になった。

 

 「ほ、放校って…。退学よりも重いという、あの「()()」のことですか?!」

 「…それは疑問ですか?それとも事実確認でしょうか?」

 「おちょくるのもいい加減に!!」

 ()()()()()

 

 どこまでも冷徹な姿勢を崩さない早瀬に、いよいよ堪忍袋が切れたのだろう。

 声を荒げ、もしかすれば彼女の襟を掴み掛かろうとしたそれを、横合いから伸ばされた「()」がキツく止めた。

 

 「先輩…!」

 

 普段の見知った彼女は、そこにはいなかったのだろう。心なしか、裏切られたかのような目で見つめる猫塚。

 その視線を振り切るかのように、白石は早瀬へと問いかけた。

 

 「()()()()()()()()()()()()()()。…これは「事実確認」だが、その理解で合っているんだな?『早瀬ユウカ』執行役員殿」

 「……はい、『白石ウタハ』さん。その理解で間違いありません」

 

 最早限界だったのだろう。

 ここまで何とか持たせていた気力が切れ、呆気なく崩れ落ちていく豊見を抱き止める猫塚。

 

 「あっ、ああ…」

 「コトリ…!しっかりして!」

 

 言葉を失った同僚を必死に介抱する彼女であったが、内心の抑えはとっくに外れていたのだろう。迸る激情は、ついに此方へと向けられた。

 

 「…そいつはどうしてここにいるの、『マイスター』?一体、その大人と何の取引をしたっていうの!!」

 「おい!『大恩人』への口の聞き方がなってねぇな、野良犬が!」

 

 その小さな背が、今はどこまでも大きな物のように思える。俺を背に立ち塞がったのは、美甘であった。

 此方に一瞬視線を送った早瀬は、あくまでも冷徹さを維持しながら続ける。

 

 「…追加事項として、今回放校処分を下された3人の処遇について、セミナーはS.H.A.L.E.の提案を受け入れ、その監視業務を委託しました。

 また、セミナーはその契約履行の対価として、S.H.A.L.E.に()M()L()_()E()C() ()/()2()0()0()0()()()()()()()()

 

 …早瀬の言葉の意味を理解したのだろう。

 もう一度、白石へと目をやる猫塚。

 

 「先輩…」

 「………すまない、ヒビキ」

 

 彼女たちの姿を、可能な限り視界に入れないように…。

 どこまでも声の調子(トーン)を維持しながら、早瀬は此方を見据え、意思の再確認を行う。

 

 「なお、一連の移籍につきましては、全責任はS.H.A.L.E.が負うことになります。…先生、よろしいですか?」

 「ああ、契約通りだ。問題ない」

 「ありがとうございます。……以上を以て、『セミナー』の決定をお伝えしました。これより、皆さんの除籍作業へと移りますので、此方の指示に従ってください」

 

 小さく呟かれたのは、一体どんな言葉だったのだろう。聞こえてきたその意味を、俺は受け入れられるのだろうか?

 …少なくとも、この胸の内に満ちるのは、どこまでも苦々しい物だ。

 内心を悟られないよう、サングラスを掛け直そうとした時、誰かが目の前に立った。

 

 「改めて、名乗っておこうか…。

 私は『白石ウタハ』。かつて『マイスター』の肩書きを持っていたが、今や一介のエンジニア(技術屋)に過ぎない。

 あの時とは随分状況が変わったが、「()()」は破らないよ。私たちをよく使ってくれたまえ、『先生』。

 ……部員ともども、よろしく頼む」

 

 まるで、枯れゆく花のようだと一瞬錯覚する。

 弱々しい微笑みと共に差し出され、俺はただ黙って、その手を握るしかなかった。

 

 

 ー/ー

 

 

 行きと同じく、駅のプラットフォームで列車を待つ。

 ベンチに腰掛け、しばらく夜の闇を見つめていると、シューズの軽やかな足取りが近づいてきた。

 

 「ほい、先生」

 

 その言葉と共に、美甘ネルからコーヒー缶を手渡される。

 この世界に来てから、随分と手に馴染んだ物だ。

 

 「ご指定の、にっが〜い『ボッシュ・ブランドブラック』*5だ」

 「すまない。苦労をかけたな」

 「へっ!これぐらい、苦労のうちには入んねぇよ。…まっ、アタシも時々飲みたくなるからな。ついでだ、ついで」

 

 「よいしょっ」と傍にネルが腰を掛ければ、タブに指をかける。

 気の抜ける音が鳴り、漂ってきたのは大量生産品の香り。どこまでも味気ないそれが、今はただ身に染みた。

 深いため息が聞こえてくる。どうやら、飲めるというのは本当だったらしい。

 …口にすれば、また張りの良い怒鳴り声が飛んでくるのだろうか。

 

 「…()()()()()、決着がついたな」

 「ああ…」

 「何だぁ、その反応?もっと、喜んでもいいんだぜぇ〜?

 アタシからすれば、やらかしのデカさに反して、今回は望外のハッピーエンドで終わったんだ。

 ウタハはともかく、よくもまあ、あの難物のリオを説得できたと思うぞ」

 

 「案外、アンタの言っていたことは本当かもしれないなぁ?」と笑いながら、ネルは手に持っていた缶を掲げた。

 その行動に一瞬戸惑ったが、そのまま缶の縁同士を合わせられる。軽やかな金属音が鳴った。

 

 「()()()()ってやつだよ!ノリが悪いなぁ〜」

 「……なるほどな」

 「本当だったら、「ぱあっ!」てやりたい所だが、状況が状況だからな。まっ、それでもやらないよりは()()って奴さ」

 「そうか…」

 

 …何か言うべきなのだろう。

 だが、幼い時からもそうだったが、俺はどうにも「喜び」と言う感情に鈍いらしい。()()()に幾度となく、揶揄(からか)われてきたことを思い出す。

 

 「()()()()()()()()()()()()

 「ん?」

 「…昔、馴染みの技術屋がよく口にしていた言葉だ。その通り、よく笑う女だったな」

 「へえ…」

 

 どこか気の無い返事に、苦笑を浮かべたくなる。

 無論、そんなものが出ることはなかったが、代わりに俺の口からは滔々と言葉が流れ出していった。

 

 「思えば、今日は随分昔のことを思い出した…。

 「紛争」、「交渉」、そして…、「ヘリコプター」。

 時代も…、世界とて違うはずなのに、ここは俺のよく知っている()()だった」

 「……」

 「…かつての俺は、「()()()()」のような仕事をしていた。

 今回のような紛争への介入から、使い走りのような他愛のないもの。時には口にすることを憚られる「汚れ仕事」まで、それこそ節操なしにやってきた物だ」

 「………」

 「だからと言っては何だが、久しく眠っていた感覚が蘇ったような気がする。

 この世界に来て、随分とぬるま湯に浸かってきたが、ようやく仕事に身が入った。……礼を言うべきだろうな」

 

 正直、自分でも思いもよらない言葉が出力される。

 どこまでも脈絡(みゃくらく)を飛ばしたそれを聞いて、しかし彼女は何も言わずにいてくれる。

 ふっと、その口からついて出てきた小さな笑いは、どこか暖かなものが篭っていた。

 

 「「()()()()()()()()」っと言うヤツか?」

 「そうだな、「ありがとう」と言っておこう」

 「ははっ、なんだそれ?礼を言うのは、本来こっちの方だって言うのに」

 

 そう言いながら、彼女は続ける。

 

 「…リオの奴はあの通りだが、ユウカは違う。あいつだって、本心のところでは、ウタハたちに理解を寄せていたんだと思う。聞こえてたんだろう?

 …「ありがとう」って」

 「……」

 「とは言えッだ。詳しい所はまだ「調()()()」ってところだが、今回の鼠狩り、これは相当根深い問題だ」

 

 「それこそ、()()()()()()()するほどのな」どこか湿やかな空気を振り払うように、一度伸びをしてから姿勢を正すネル。

 彼女の口から発せられたのは、どこまでも積み上げられた物を感じさせる実感であった。

 

 「…今のミレニアムは、それほどまでなのか」

 「いや、()()()()()()()としての問題だ。この学校が持つ、先天的な体質と言ってもいいぐらいにな。

 …正直なところ、うちはかなりの実力主義だ。それも、求められている範囲に「高さ」はあるが、「」がない」

 「……」

 「他の学校ならば、多様性(ダイバーシティ)がどうこうと言う話なんだろうが、うちはそんな所をまず「()()()()()」。

 目的(コンセプト)が明確である分、それに当てはまる理想的な人材はごく少数だ。結果、大抵のやつはふり落とされる」

 

 正直なところ、どこかで聞いたことのある体質だ。

 与えられた命題は単純。

 どこまでも合理的で、そして人間性(ムダ)を省こうとする。

 

 「しかし、キヴォトスにいる以上、他の学校との体力比べ(チキンレース)は避けられん。

 どうにか張り合うために「分母」を増やしていった結果、カリキュラムは当たり障りのない物になっていった」

 

 「アタシも、その恩恵を受けた一人なんだがね」ネルは皮肉げに笑う。

 

 「…いい意味でも、悪い意味でも放任主義っていう事になったんだが、どうにも、人間は()に行きたがるモンらしい。

 だから足りない物を補おうとするが、そもそも地力がない。地力がないから、視野が狭まる…」

 「…最終的に手を出した先が、『ハイスペック』と言うことか」

 「リオのやつが生徒会長になった時は、汚染が進み過ぎていて、もう除去なんか出来ないんじゃないかと誰もが諦めていた。

 だが、アイツは一言こう言った。

 

 ー全て、排除します

 

 ってな」

 

 あまり似合っていないモノマネだったが、不思議とその時の姿が想像できた。

 (しか)めっ面を解くと、彼女は吐き出すように小さく笑う。似ていないことは織り込み済みだったようだ。

 

 「はっ!まあ、言葉だけならどうとでもなる。だが、その後はまさに有言実行ってやつでな、傍らから見ているだけでも痛快なモンだったぜ。

 …オペレーションのために、まずは専用のAIを組み上げることから始まったのは、正直前代未聞ってヤツだったがな」

 「優秀だな」

 「ああ、優秀も優秀ってやつさ。なんせその時作ったモンが、今の封鎖システムの原型になったんだ。

 『アルゴス』にしろ、『タロス』にしろ。今のミレニアムが何とか持ち直してきたのも、アイツが、人一倍頑張ってきたからなのは間違いない」

 

 「だがな…」彼女がそう続けようとした時だった。

 ホームに鳴り響くのは、本日最後のD.U.行きの到着を告げるアナウンス。

 顔を上げれば、闇の向こう、遠くから光の列が近づいてくるのが見えた。

 

 「…来ちまったな」

 

 小さな呟きが、聞こえてきた。

 

 「『ネル』

 「…うん?」

 

 人工灯の輝きが近づいてくる。

 警告か、あるいは出立への促しか、鳴らされた警笛が大気を震わせた。

 

 「ささやかだったが、楽しかった。…改めて、礼を言う」

 「…へっ、それはこっちのセリフさ!」

 

 一陣の風が、吹き去っていく。

 

 「アタシも楽しかったぜ!『先生』!

 

 …今度は、その言葉を聞き逃すことはなかった。

 

 

 

 

 

ー/ー

 

 

 

 

『新着メッセージ、一件』

 

ーー

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  『ビッグシスター』・調月リオ 所属:『セミナー』/ミレニアム・サイエンススクール

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「お久しぶりね、S.H.A.L.E.のウォルター先生。と言っても、一週間前にあったばかりだけれど…。

 『セミナー』の調月リオ、覚えているかしら?」

 

 「…ここで前置きを置くのが筋なのでしょうけど、少々厄介な話になりそうだから、手短に済ませるわ」

 

 「先日の事後処理がようやく終わり、ミレニアムにひとまずの安定が訪れた。かと思いきや、その件で少し問題が発生したの。

 封鎖解除のタイミングに併せて、()()()が、除籍者たちの情報をリークした」

 

 「正直なところ、私は、彼女たちの「()()()()」を見誤っていた。

 除籍の話が漏れた事で、一部の学生が抗議の為にビラを配ったの。幸い、すぐに解散はさせられたけど、校内の動揺は思っていた以上の物だわ。

 だから、少しばかり()()()()()()()を行う必要が出てきた」

 

 「先生、突然の事で申し訳ないけれど、契約を変更したい。

 具体的には、『EC_2000』の譲渡、及び「()()()()たち」の移籍を、「()()()」へと切り替えます」

 

 「私としては、校外の禿鷹どもに餌を与えるようで気が乗らないけれども…。先日に続いて、あなたにはもう一度、ミレニアムに来てもらう事になるわ」

 

 「因みに、式の場所は決まっている。『ミレニアム・セントラルストリート』よ」

 

 「以前の大改修で、校外の来賓も含めて、十分な数を収容できる拡張が行われた理想的な立地。

 もちろんあの巨体を支えるに足る、安定した地盤を有しているから、飛び立つのにも支障はないわ。

 式が終わった後は、そちらの判断に任せるけれど、そのままD.U.への帰途に着くことも可能よ」

 

 「とはいえ、全てをこちらで決めるのは一方的な話。ついては、あなたの意見を交えて、当日の予定を突き詰めていきたいと思う。

 なるべく、早く顔を合わせたい。間近で空いてる時間はあるかしら?

 

 …返信を待っているわ」

 

 ーー

 

 

*1
ミレニアムの特許プラットフォーム。『セミナー』が管理している。

*2
ミレニアムの医療機関。基礎治療から先端医学まで、幅広い分野で業績を残している。

*3
ミレニアムの特別学位。ここに入る者は、将来『セミナー』の一員になることが確約されている。別名「出世コース」とも。

*4
封鎖システムの「矛」に相当。実態は、指定された対象を無警告で殲滅する自動迎撃システム。

*5
一般流通している缶コーヒーの中で、最も苦いとされる。罰ゲームの定番。




/Millennium/Engineer_Club/log.3 end.
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