/D.U./Unknown
思えば、どこかで舐めていたんだと思う。
まだ『トリニティ』にいた頃、不良連中とつるんでいたから、気が大きくなったのだろう。
日々、「学生」ってやつに必死になっている同級生をせせら笑ったものだ。
あんなにバカ真面目にやって何になる。
たいして役に立ちもしない座学で得られるのは、紙切れ一枚っきり。そこに書かれた数字に大騒ぎするくらいで、なんの足しになる。
せいぜい、『ノブリス』どもの覚えが、『
それでも私ら、『
実際、『ハイスペック』*1の稼ぎは相当だった。
どれぐらいヤバいかというと、普通のアルバイトの十倍。
鼻につく『
一応、『
これで「学生」をやっていろというのは、どう考えても無理がある話だ。
試しに、高級オイルでピカピカにした銃を手に、真っ昼間からストリートのど真ん中を歩いてみる。
びくつきながら避けていく『アンツ』や『ビーズ』どもの姿を見て、初めて心の底から笑った気がした。
それからはもう派手だった。
アホみたいに高い額で買ったバイクを乗り回して、授業で缶詰になっている連中の邪魔をしてやったモンだし、そのまま遠く『百鬼夜行』まで行って、夜通し『夜市』*2で遊び呆けたモノである。
当然、金は凄まじい勢いでポケットから飛んで行ったが、たいして気にもならなかった。
どうせ、すぐに戻ってくる。
馬鹿な奴らは今日も明日も、アルバイトなり、『ベーシック』*3なりで必死に貯めた金を手にやって来る、と。
ー
そんなことさえ思っていた。
…
……
………。
…
『ブランド』*4の流れがピタリと止まった。
待てども待てども、やってこない。
そう思い、ボロ儲けの時間だと売り捌いたのが、劇物もいい所の『ジャンク』*5と分かった時には、全てが手遅れになっていた。
泡を吹いた中毒者たちが、一斉に『
ライスの集まりは内ゲバの真っ只中だった。
怖気付くやつ、逃げ出そうとする奴。
キレる奴から、逆ギレする奴。
スマホを手に取ったことで、殴り飛ばされたのは誰だったか?
裏切り者だと言えば、そいつは徹底的にリンチにかけられた。
ひとしきり殴り疲れると寝て、眠れなければ、禁制の「アップルジュース」*6にも手を出して何とか眠った。
随分とぽっかりとした夢だった。
でも、私らがやっていたのは、どこまで馬鹿な潰し合いだった。
密告が飛び交い、嘘をついた事だけが真実だった。
いつの間にか、一歩手前の暴力を振るう事に躊躇わなくなった時、自分がひどく恐ろしい存在のように思えた。
気づいた時には、夜逃げ同然にトリニティを逃げ出していた。
ゲヘナの伝手を頼って、何とか地べたで眠らずに済む場所を見つけた時、風の噂で「
今まで感じていた後悔は、あっけなく吹き飛んだ。
どうやら、『ノブリス』*7どももタダでは済まなかったことを知って、空きっ腹を抱えながら笑ったモノである。
ー
、と。
………自分がどこまで惨めな存在だと思い知らされたのは、それからすぐの事だった。
ー/ー
D.U.の裏路地に嫌でも詳しくなったのは、ここに潜り込んでどれぐらい経った頃だろうか?
忌々しいシログモどもから逃げ出した先には、ゲヘナよりも硬い
それでも生来の浅ましさで何とかここまで来たし、「習慣」も生まれた。
物陰に身を潜めながら、どこまでも一点を見つめる。
こうしてトカゲのようにジッと動かず、待っていれば…。
……
………
…………。
……………店の裏口が
「…なんで」
思わず、そんな言葉が口をついて出てくる。
実際、それは裏切りだった。この時間ならば、いつもはたんまりと入った袋を手に、店員が扉を開けて出て来るはずだ。
それが、今日は来なかった。
どれほど待とうと出て来る気配はなく、私は辿々しい足取りで「
どこまでも軽いプラスチックの蓋を開ければ、ただ空っぽな
「……」
疲れていても一丁前に文句を上げる。その声をすり潰すように、痛む膝を引き摺りながらあちこちの路地を彷徨った。
別に「馴染み」は他にもいる。
そんな甘えた考えが打ち砕かれるのは、もう何度目のことだったろう。
「………」
禿げたプラスチックの袋は、昔はパンパンに詰まったポテトチップスだったのだろうか?
振ってみれば、そこに溜まっていた残り
…口の中に広がるコンソメの味が、どこまでも虚しい。
「っ…」
開くことを長く忘れていた筋肉が、今更ながらに軋む。
顎に走る、強かな痛みに顔が歪んだ。
それが随分とひどい顔だということに気がついたのは、足元に広がる小さな水たまりを見下した時の事だった。
「……!」
衝動的に踏みつけていた。
一体どこにそんな力があったのだろう?内に押さえつけていた「何か」が、唸り声をあげて暴れ出す。
やがて、地面のシミとなった跡を見た時、一瞬の爽快感の後にやってきたのは、猛烈な喉の渇きだった。
「なんで…」
…口から漏れ出てきたのは、疑問の言葉だった。
答えなんてとっくにわかっている。
……。
罪の告白を聞いてくれる
ここにいるのは、うずくまって、どこまでも情けなく嗚咽を漏らす一匹の
「なんで…!」
……ここに来ても、思い出すのは昔のこと。
肩越しに感じたストリートの風。百鬼夜行の夜市の熱気。
「アップルジュース」でベロンベロンに酔っ払った事。どこまでも馬鹿な話で、夜中まで騒ぎ通した事。
全てが下らなく、そして堪らなく楽しい思い出だった。
「なのに、なんで!」
それが、重ねた『
だから、これは罰なのだと理解ってはいる。
だが、それでも……。
「そっか…、そうだよなぁ、何で気づかなかったのかなぁ…」
…思えば、
こんな頭に生まれなければ、どうでもいいテストの成績なんかで悩む必要もなかった。
こんな身分に生まれなければ、むかつくノブリスどもに見下される事もなかっただろう。
こんなに弱く生まれなければ、あんなドラッグに手を出す事だって無かったはずだ!!
「…そうだ、『
だからこれは、「反逆」だ!
それは悪い事だ。だが、それがどうした!!
私がこんなにも苦しいのは、こんなにも惨めなのは、こんな糞みたいな世界に産み落としてれた、『神様』のせいに決まっている!!!
「へへっ…、ひひっ。…そうだ、
全てを理解した時、錆びついた体にオイルが回ったような気がした。
どこまでも感じる全能感と共に、ちょうどよく壁に立てかけてあった鉄パイプを手に握る。雨ざらしにしては、
金属の冷たさが手に馴染んだ頃には、すでに路地を飛び出していた。
「へっ…。グンタイども*8に比べれば、ザルな警備ね。『
ここに、こわ〜いヘルメット団がまだいるのにねぇ…。
ザマァみやがれ!アンタらのせいで、今晩、
そう叫んで腕を振り回せば、心地の良い風切り音が鳴った。
獲物を探して、ストリートのど真ん中を大胆に歩く。
鉄パイプで殴り殺すには、生徒では無理だ。硬すぎる体が邪魔をする。
一番ヤりやすいのはロボだが、オモチャを殴ったところで、
ならば、パピーどもだろう。奴らならば、殴れば「いい声」をあげる。特にガキならば、
そう思い、あたりを見渡す。どこまでも時化たストリートに、自然と舌打ちが漏れた。
「どいつもこいつも、良い子ちゃんばかりねぇ…。ここがトリニティなのかと思えてくるわ。
…ああ、イラつく!ヤる気出せやぁ、
そう叫んだところで、空っぽなストリートにどこまでも木霊するだけだった。
……
………
…………。
あれほどまでに感じていた熱が、急激に引いていくのを感じる。
ふと視界に映ったのは、あの暗い路地だった。どこまでも口を開けて、私を待ち受けている。
その恐ろしさに、
必死に顔を背け、ストリートを見渡す。どこかに適当な奴がいないか、と目をかっ開いて探し回っている時だった。
黒いスーツの後ろ姿が目に入った。
「アイツは…」
…いつだったか、立ち食い蕎麦屋で二人の
D.U.の外れのビルに、ようやく人が入った。そいつは
一目で直感する。
納得するより前に、一歩足を踏み出していた。
「死ね」
一つの単語が風と共に吹き去っていく。
「死ね」
過ぎ去っていく風がどこまでも心地いい。あの高速道路でスクラップにしたバイクよりも、はるかに気分が良かった。
「死ね!」
抑えていた「つかえ」が外れ、心のうちで眠っていた凶暴な物と一体になる。
ドロドロとした何かが、叫びとなって口から飛び出した。
「
…
……
………
……………
………………。
(嗚呼…)
このパイプを振り下ろした先に、一線を越える先に待ち受けるのは一体「何」なのだろうか?
……私はそれを知っている。
だから…。
ー/ー
神様………。
ー/ー
…香るのは、一体何の匂いなのだろうか?
地獄では、永遠に罪人を火炙りにする場所があるという。
だが、肉の匂いは
……!
鼻をくすぐる、「豆」の香りに目が覚める。
地獄でコーヒーを沸かす悪魔なんて聞いた事がない。起き上がって辺りを見回すと、すぐにおかしなことに気づいた。
どこかの「執務室」という奴なのだろうか?
ついぞ縁はなかったが、トリニティのものよりもさっぱりとしている。
積み上げられたバインダーは、これで革張りならば、一目で『ビーズ』*9を思わせる几帳面さだった。
「…ヤな場所」
込み上げてきた苦い物を飲み込み、顔を背けるが、『ハナバタケ』*10を思わせる清潔感はどこまでも付いて回ってくる。
…どうやら、私が眠っていたソファは、この部屋をどこまでも見渡せる位置にあるらしい。
結局、私に残っていたのは俯くことだけ。
それでも視界から退いてくれないのだから、トリニティの教練課程で、すっかり癖についた体育座りの姿勢をとる。
「……」
視界に広がるのは「闇」。
でも、それはほんのりと明るくて、やけに温かい。
…私は「それ」をよく知っていた。
ついこの間までいた路地裏に、あの
「目が覚めたようだな」
随分と枯れた声だった。
その連想から、自分でも驚くほどの勢いで振り向く。「まさか」と思った先には、果たして
「あっ、アンタ…」
「……」
なぜか、無言でコッチを見てくる。
…まあ、自分を襲った奴にかける言葉は、基本はキレるか、「死ねか」のどちらかだ。
でなければ、
それが普通の反応だ。
……。
このまま、黙りこくったままかと思っていた爺さんは、何故か手に持っていたコップを差し出してきた。
「飲め」
ひどくぶっきらぼうな言葉が、あのコーヒーの匂いと共に漂ってきた。
「は?」
「
…随分と面白い顔をしていたのだろう。
口から飛び出たマヌケな疑問に、何を思ったのか、爺さんは私の手にコップを押し付けてきた。
枯れ腕からは想像もできないほどの押しの強さに、一瞬気落とされる。
………。
ていうか、なんて言った?「飲め」?
頭の中で、その言葉がエコーのように響いた。
ー「
自然と、手元のコップに目が向く。湯気が立っていて、とても温かそうだった。
「んく…」
口をつける。舌を通り過ぎていく苦さに、一瞬顔をしかめるが、今はそんなことはどうでも良かった。
「苦い」、「温かい」、「不味い」、そして「
ーそうだ、味だ!
ようやく、まともな「
それがたまらなく嬉しくて、気づけば全てを飲み干していた。
「
「そうか、ならば次はミルクと砂糖の常備を検討しておこう…。これから増えるからな」
「……」
今度は私が黙り込む番だった。
心の中で何か言葉のような物が生まれたかと思えば、すぐに壊れては消えていく。
罵倒とスラングでしか回した事のない脳みそを何とかフルに動かせば、絞り出てきたのはどこまでも白々しい言葉だった。
「…アンタ、生きてたんだ」
「ああ」
「……なんで」
「俺の
「………」
簡潔に伝えられたそれは、どこまでも情けない事実だ。
コップを握る手が震える。
「恥ずかしさ」と「屈辱感」、そして少しの「安堵」が正面衝突を起こして、グチャグチャになった。
「
そう思って俺を狙ったのならば、まあ合理的と言えるかもしれない。実際、ろくな武装を持たない俺は、この世界ではヒエラルキーの最下層にいると言える。
「狙われない」と言うのは、本来あり得ない話だ」
「だから、備えている」爺さんはそう言った。
「…で、私は引っかかったと」
「そうだな。俺はこの方面では
「はっ…、なにそれ?バカにしてんの?」
自然と、言葉に怒りがこもっていく。
少しでも気に食わなければ、喧嘩が始まる。それがライスの、そしてヘルメット団の本能みたいな物だった。
「…アンタ、分かってんの?自分が殺されかけたこと。爺さんだからか知らないけど、「死ね」って言葉が聞こえてなかったのかしら」
「いや、聞こえていた」
「だったら…!何だって、
気づけば、コップを叩きつけていた。
飛び散った破片が散らばり、ガラスのテーブルに罅が入る。
どこまでも脆いそれに嘲りの笑いを浮かべながら、目の前の「テレサ」*11を見る。
ーお前だって、こうなるんだ
と。
そう伝えてやったつもりだが、あいも変わらずの涼しげな面に、怒りがますます湧き上がってきた。
「アンタみたいな「
「ヘイロー」がないってのは、「
それをノコノコ夜に出歩いて、
舐めてんのかしら!!」
「……」
「それで、その「防護用具」ってのが動かなければ、今頃アンタの頭はカチ割れていた。どれもこれも、運が良かっただけ。
…だけど覚えておきなさい。
嵌ってくたばったら、それまで。そして、こんなカッスカスな言葉をかけられるだけ!
ーお前の「
って」
そこまで来て初めて、目の前の爺さんの顔をはっきりと見た。
どこまでも形容しようがない顔立ち。正直、「石ころみたい」という感想しか出てこない。
…普通だったら、どうでもいい存在。
でも「それ」が、
今からでも、そうしてやろう。そう思った時には、もう身を乗り出していた。
「へへっ、ご自慢の「防護用具」って奴を味合わせてよ。
「………」
「何よ、…。アンタ、自分が見下ろされてんの、分かってんの?」
思った通り、大した抵抗もなく床に組み伏せる。
それなのに、雑魚な癖に、その「目」だけは、どこまでもこちらを見下ろしていた。見下されていた。
…奴らの目だ。それが気に食わない。
……怖い。
心に過った感情をどうしても認めたくなくて、そしてそんな時は、大体
「見てんじゃねぇよ…」
細い首に手をかける。
どこか鶏のようなそれは、幼い頃、随分とシメてきた物によく似ていた。
だったら、簡単だ。
「やめろって…、聞いてんのか…!」
手に力を込める。コツなんて殆どない。
どこまでも力を込めれば、それで大体の奴は黙る。
なのに…。
「やめろって…!!」
どうして、コイツは…、私を…!
「
叫びと共に万力の力を込めた、
瞬間、眩い光が迸り、視界一杯を白光が包む。気づいた時には、全てが吹き飛んでいた。
……
………
…………。
「良かった…」
ー/ー
『先生!!大丈夫ですか?!』
『アロナ』の叫び声が響く。
…正直に言えば、かなりギリギリのところだった。
だが、そんなことを言えば、俺のわがままに付き合わせてしまった『アロナ』の思いを踏み躙ることになる。
もっと言えば、彼女を怒らせてしまうだろう。
…もう、すでに手遅れではあったが…。
『間一髪でした。警戒判定を『
一つ間違えれば、本当に死んでいたかもしれませんよ!先生!』
「嗚呼、すまない。…今度からは、肝に銘じておくことにしよう」
『
もう…、もう!』
逆鱗に触れるとはこのことだろう。
正直なところ、判定を下げてくれと頼んだ此方に非があるため、なにも言えない。
いや、言えるものがない。
あるとすれば、それは「謝罪」だけしかなかった。
『先生はずっとそうです…。何で、いつも死に行くような行動ばかり取るのですか?』
「…」
『ユウカさんの言う通りです。食い下がっていれば、何人か人員を工面してくれるほどの余裕が「今」の連邦生徒会にはあります。なのに、自分のことを二の次にして、
その最後が泣き声へと変わり始めた時、俺はようやく気がついた。
ーああ、随分と思われている
と。
それがどこまでも、
「先生…」
『…え?』
可能な限り聴かれないよう出力したつもりだったが、彼女の耳は誤魔化せなかったか?
そう思い、顔を僅かにしかめたが、どうやら様子がおかしい。
「どうしたのか?」という空々しい問い掛けに、一瞬発した驚きが胡散し、どこか強いものを感じさせる言葉が返ってきた。
『…どうやら、
腹の底から響いてくるような声だった。
明確な敵意に当てられ、その「矛先」へと目をやる。彼女の言葉の意味がすぐに分かった。
ー壁に打ちつけられたヘルメット団員が、起き上がって来る。
…確認というには、有無を言わせない調子で『アロナ』が問いかけてきた。
『…先生、警戒属性を『
「嗚呼、異論はな…」
くぐもった笑い声が聞こえてきたのは、そう答えた時のことである。
外れたツマミをそのままに、まるで壊れたスピーカーのように笑い声を上げるのは、俺の首に手をかけた「あの団員」だった。
徐々にそれは上がり始め、そして限界までに達した。
「あっはっはっはっはっは!!」
「
ただそれだけを伝える哄笑に、『アロナ』は絶句した。
ー/ー
口の中に、「鉄」の味が広がる。
どこまでも苦いそれは、自分の敗北をただ告げていた。
理解をするよりも前に、天井がぼやけてくる。
「ふふ…」
誰が見ているというのだろう?それでも隠さずにはいられなかった。
「ふふっ……。あははっ」
流れ出ていく熱いものがどうしても鬱陶しくて、強く強く腕を顔に当てる。
「あははは」
それでも止まらないものが「涙」だと理解した時、全てが決壊した。
「あっはっはっはっはっは!!」
…久しぶりの涙は、肌に火傷の跡を残すように熱かった。
その熱さがどこまでも「
もう「言葉」なんて物を考える余裕はどこにもない。
笑い声が止まる事はなく、むしろもっとひどくなっていた。
このまま喉を壊してやると言わんばかりに、馬鹿みたいな大音量が飛び出していく。
「あっひゃっひゃっひゃっひゃ!!!」
苦しいのに、笑いがとまらない。
「笑い死ぬ」というのがどういう物なのか、心底思い知らされる。
…でも、これでいいのかもしれない。
最後に笑いながら死んでいくのは、随分とマシな「
だって、そうだろ?思い返したところで、私の人生を表現する言葉は
「ひっ、ひひ…。はぁ、はぁ…。ふっ、あはっ。あ〜……」
……
………
…………
………………。
「何でかなぁ」
ポツリと疑問の言葉がついて出てきた。
「何でこんな上手くいかないのかなぁ…。そうやって色々と考えてきたけど、考えてもわかんないってことだけが分かった」
「…」
「ねぇ…、アンタには分かるのかしら?
返答なんて、はなっから期待はしていなかった。
ただ爺さんになるまで生きた奴に何が分かるというんだろう。どこまでも「運」が良くなければ、そこまではいけないが、
そもそもが運から見放されているクズが聞いたところで、役にも立たない説教をされるに決まっている。
そんな、「
それでも、心のどこかでは思っていたのかもしれない。
「ねえ、答えてよ?話してよ?そんな歳になるまで生きてきたんだからさ、なんか一つぐらいあるんでしょう?」
「……「何が」だ?」
「
(…まっ、聞くだけタダってやつだけど)
そう思い、どこまで鬱陶しく爺さんに絡みにいく。
「あるんでしょ〜?私なんかよりも色々と経験してんじゃないのぉ?教えてよ、
「………」
「ないのぉ?そんなわけないじゃん?あるんでしょう?あるのに、意地悪するんだぁ?
ねぇ、ねぇ…。
ダンマリ決め込んでんじゃねぇよっ!!」
…いつだって、こうだ。
欲しいものがあれば駄々をこねて、それが効かなければ
やっていることは同じなのに、どうしてノブリスどもはあんなに上手いのだろうか?
考えてみれば、そこに「全て」があるような気がした。
…そうだ、『生まれ』だ。
「
どいつもこいつも!私を見下しやがって!何の権利があるっていうんだ!「
」
もう止まらない。止められない。
胸に詰まっていた物が勢いよく流れ出していく。まるでゲロのようなそれは、どこまでも不快で、気持ちが悪くて…。
吐き出せば、吐き出すほどに胸のムカつきが治らなくなっていく。
「
シロアリ共は、役にも立たない『聖句』をほざきやがる!何が「平等」だ、何が「愛」だ!
平等ならば、あいつらだって私と同じように、
「息をして」!
「食って」!
「寝て」!
そして「
なのに、あいつらだけはいい物を食って!夜は『リーチ』共のシルクのベッドで寝て!朝起きれば『マイセン』のオマルで踏ん張っているんだ!!
同じ人間のはずなのに、同じ
これが『平等』だって言うのならば、そいつの目ん玉を括り出して!今すぐにでも『ボトムズ』のドブ川に投げ捨てて!!ローチ共の餌にしてやる!!!
」
吐いて、吐き出して。
一瞬の爽快感の後に、また吐き出す。
ー
数えるのもうんざりするので、いつからか忘れてしまった。
「
アンツやビーズだってそうだ。
モンシロやグンタイ共も、リーチ*12やフナムシ共*13もくたばっちまえばいい!
ノブリス共にこき使われるお仲間なのに!!
少しは
「尻尾を振って」!
「頭を下げて」!
それが終われば、今度は私に「それ」をやらせる!!
何の権利があって、「私」を虐げるんだ!!
」
…罵倒の質が落ちてくる。使えるスラングも尽きてきた。
それでも、何かを言いたくて、訴えたくて、
気づけば、飛び出してくるのはどこまでもガキくさくてグチャグチャな、それこそ「ゲロ」みたいな物だった。
「
私だって!生まれてくるのが、ノブリスだったら良かったと何度も思った!
でも、そうなれば私は『私』じゃいられない!
それでもノブリスじゃなければ、マトモに飯を食って、フカフカのベッドで寝て、どうでもいい「ティーパーティ」とやらで頭を悩ませることが出来ないんだ!!
『
私もそこを目指して、ない頭を振り絞ってきたんだ!!
でも、ダメだった!
ダメだったから、私はマトモに生きることが出来なくなった…。
だからと言って、「生きる」しかないじゃないか!
死にたくはない!食いっぱぐれたくない!屋根の下で眠りたいし、マシな便所でクソだってしたい!
」
流石に疲れてきたはずなのに、私はまだ何かを言いたいらしい。
もうここまで来れば、ゲロではなくなり、下痢のような何かに取って代わる。
口と腸が入れ代わり、どこまでも止まらない汚物を撒き散らしていく。
「…私がドラッグのウリに手を出したのは、そのためだった。だって、それだけがマトモに生きていけるだけの金をくれたんだ!
テストなんかの数字とはわけがちがう。どこまでも厚みのある『数』だ!これさえ持っていれば、みんな黙らせられた!
ドラッグだけが…、
『ハイスペック』だけが私を助けてくれた!!
なのに…、なのに…!」
「
その呟きを最後に、ようやく途切れた。
まだ何か言いたかったらしいが、もう疲れてしまった。一生分の物を叫んだような気がして、疲労感がどっと押し寄せてくる。
崩れ落ちるように、ガタつく回転椅子に
…しばらくしてから、自分の無様さに、迂闊さに気づいた。屁のような忍び笑いが、口から漏れ出してくる。
「ふっ、ふっ、ふふふ…」
「…」
「あ〜あ……、全部ゲロッちゃった。何にも知らない爺さんに…」
「……そうだな、実際聞いてみる事に勝るものはない。トリニティも、ハイスペックも、そして『お前』の事も」
ーそうだろう?『
…
……
………
…………。
言った覚えのない名前。それを知っている爺さんは、只者じゃないのだろう。
それからすぐに、全てを理解した。
(…嗚呼、ツイてない)
神様…、アンタはやっぱりクソだ。
/D.U./Unknown end.