非化学戦旅団活動報告書   作:Ⅵ号鷲型

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ハボマイ演習前段

 ロシアの威信とその力の誇示を目的とした大演習が行われているハボマイ群島某所。

 そこにはロシア連邦軍のみならずロシア連邦保安庁(FSB)も参加する一大演習に、来る境界戦争に備えたロシア陸軍部隊、調伏した縁起と穢晶を武器とする『第489赤旗勲章非化学戦旅団』もこのハボマイ群島に訪れている。

 その489旅団はそれぞれ装甲車や戦車の周りで待機し、出番をただ待つ。

 

 旅団に所属する魔術兵、セルゲイ・パンテレーエフ伍長も自分の所属する分隊と共に界異化した機甲部隊向け縁起となったBMP-2歩兵戦闘車の上で横になって目を閉じていた。

 眠るつもりは無いが、休める時に休むのも兵士の務めと自分に言い聞かせる。

 やる事は普段の訓練と変わらない。

 そう、この時まではそう思っていた。

 

 一機の輸送ヘリが近くに着陸するまでは。

 

 部隊輸送の為に輸送ヘリやら攻撃ヘリが飛び交う中、遠くに聞こえてきたバタバタとローターが風邪を切り裂く音が近付き、その音にセルゲイの意識は強制的に覚醒させられる。

 やはり安眠するにはあまりにも場所が悪すぎる。

 よっこらせと上半身を起こすすと、近くに転がっていたフェイスガードの付いたアルティンヘルメットを被って着陸しようと高度を下げてくる輸送ヘリを見つめる。

 演習前には補充要員の話などなかったが、あの輸送ヘリは何を運んできたのか。

 セルゲイの胸中には嫌な予感しかない。

 また何か面倒事に巻き込まれていると。

 

 やってきた輸送ヘリが着陸してからしばらくして、どこかへ急ぐようにすぐさま離陸してしまった。

 そしてその場には小さな人影がこっちへと歩いてくるのが見える。

 こういう予感だけやたらと当たる自分を呪いたくなった。

 やってきたのは改造されてフリルやスカートといった改造された軍服を着た少女だ。

 まるでコスプレ衣装を思わせるそれだが、きちっと着こなしている辺りにコスプレイヤーとはまた違った雰囲気がある。

 

「うっす。とりあえず降ろされたんスけど、ここが第489非化学戦旅団っすかね?」

 

 まるで学校の友達に話しかけるようなテンションで近付いてきた少女に、セルゲイ含めたその場にいた魔術兵達は不思議そうな顔で見つめるだけだ。

 

「んぁ………… そうだけど、なんか用か?」

「ロシア連邦保安庁から今回の合同演習に参加してきたタチアナっす。

 あー、この感じはもしかしてアレっすかね。連邦少女が来るって知らされてない感じ?」

「そりゃ小隊長からも分隊長からも何も聞かされてないし。こんなちんまいのが来るとは思わなかったしな」

「のっけから辛辣っすねぇ…………」

 

 タチアナと名乗る少女は少し不満そうな表情を浮かべて装備をチェックしているが、その様子をセルゲイは怪訝そうな顔で見下ろす。ただの少女がこんな所に来るはずがない。

 だが想像はつく。

 連邦保安庁にはある部隊が存在することをセルゲイ知っていた。

 

「"連邦少女"か」

 

 ロシア連邦保安庁が保有する祓魔部隊。

 空挺軍の"儀体化狙撃兵"とはまた違った毛色の存在であり、非化学戦旅団以上の境界戦に於ける重要な戦力でもある。

 それとの合同演習となれば、今回はひと味違ったものなのだろう。

 

「そうっすよ。つってもまだミチェーリの中じゃ下っ端っすけど」

「ミチェーリ? ミチェーリ部隊の事か? 精鋭がモスクワからこんな僻地に来るなんで驚きだ。

 って事は今回はプロパガンダ映画の撮影でもあるんだねぇ」

「当たり強いっすねぇ。所属違うっすけど、自分一応は大尉っすからね?」

「これは失礼しました。"上官殿"」

 

 FSBの上官相手に舐めた様な態度のセルゲイだが、ひん曲がった性格ゆえにどうしようも無い。

 そんな事を知らないタチアナは抗議したそうな顔でこっちを見てくる。

 知らんがなと言うようにセルゲイはふんと鼻を鳴らした。

 そろそろ上官を見下ろし続けるのも問題だと重い、自分のAK-74M改アサルトライフルを片手にBMP-2からひらりと降りる。

 ドシッと重い足音が地面を踏みしめ、柔らかい土に深い足跡をつけた。

 

「違法縁起で武装したテロリストは見た事あるっすけど、訓練された縁起使いの戦闘は見た事ないっすからねぇ~。勉強させてもらうっすよ」

 

 そう言いながらタチアナは大きく背伸びをして、軍服のポケットから軍用レーションに付属してあるチョコレートを口に放り込む。

 これから演習というのに気楽なものだ。

 そう思いながらセルゲイはベルトのホルダーに刺してある鉄製の杭にそっと触れる。

 一見すると普通の杭に見えるが、これもれっきとした非化学戦旅団の魔術兵に渡される汎用縁起だ。

 

 ストルジガの杭。

 平たく言えば、個人から持てる杭で自身の周りに突き刺してこちらを殲滅せんとする敵の術者からの術による攻撃や呪詛等を防ぐ事のできる代物。

 界異相手にも有効であり、強力なものであればあるほど完全に防いでくれる。

 その反面、個人で扱う簡素な術などは防いでくれないのが難点ではあるが、あるだけ有難い。

 

 そんな風に杭の冷たい感覚を感じていると、コツンと何か固いものに頭を小突かれた。

 180cmはあるセルゲイより約30cm程低いタチアナ大尉では無理だろう。

 嫌味な性格持ちゆえに誰かにイタズラされたに違いない。

 舌打ちしながら振り返るが、その時少しだけ驚いている様子のタチアナに気が付かなかった。

 

「なんだよ…………?!」

 

 振り返った先には太い機関砲の砲身が眼前に突き出されている。

 砲身の先にはさっきまで乗っていたBMP-2のものは一目瞭然。

 

 このBMP-2もまた通常のものではない。

 穢れに塗れた魂の器として装甲戦闘車両に乗り移らせて界異化、そしてそれを縁起として扱っている界異化戦車だ。

 界異化した車両は穢装を装甲として利用し、通常の対戦車兵器を全て無力化すると共に穢れの汚染化でも平然と動ける。

 また界異特有の人の持つ霊体や加護を検知する事が出来る為に索敵面でも有利である。

 そして車両そのものにも意思があるために契約者である術者さえ入れば運用可能というもの。

 

 そしてセルゲイはまた界異に好かれやすい体質持ちらしく、非化学戦旅団の魔術兵らしく縁起の扱いに長けている。

 このBMP-2も懐いているからこそ、ちょっと小突いてイタズラしてきたのだろう。

 しかし、30mm機関砲は間違っても人間に向けていい物じゃない。

 術者にはしっかりと躾てもらわないと困る。

 

「こら、そんな太いモンをこっちに向けるなよ。危ないだろうが」

 

 軽く向けられている砲身を軽く叩く。

 分かっているのか分かっていないのか、砲身を上下に動かすBMP-2にセルゲイはため息をついた。

 そんなやり取りをタチアナは興味深そうに見ていた。

 縁起として制御された界異化した兵器はそうそうお目にかかれるものではない。

 聞けば日本の境界対策課なる祓魔師の組織も縁起を扱ってはいるが、これほど豊富な縁起を使ってはいないだろう。

 

「いやー、本当にいたんすね。界異化した兵器ってのは」

「まぁな。見慣れればバカでかい犬にも見えてくるから問題ないが」

「…………あまりにも可愛げ無さすぎるっすよ。ペットにするにはデカいし凶暴だし、自分は遠慮しとくっす」

「だろうな…………

 俺もこれに好かれても困る…………」

 

 やれやれとセルゲイは肩を竦めてみせ、タチアナはあははと苦笑いするしかなかった。

 そんな所へ、デジタルフローラ迷彩の魔術兵向けの軍服に身を包んだ白髪の男が大股で近付く。

 男はタチアナの方へ敬礼し、タチアナの方も返礼してみせる。

 

「どうやら挨拶は済んだみたいだなセリョージャ」

「ラベノフ軍曹。えぇ、タチアナ大尉殿と親交を温めていたところですよ」

「そのタチアナ大尉っす。今日はよろしくっす軍曹」

「あぁ、よろしく同志大尉殿。分隊!! 全員乗車しろ! 出発だ!!」

 

 ラベノフ軍曹が吠えるとぞろぞろと分隊員が集まり、BMPによじ登って砲塔や車体の座れそうな所に腰を下ろす。

 周りを見れば、他の界異化戦車や歩兵戦闘車にも兵士たちも同じように跨乗している。

 演習の開始時間が迫ってきた合図だ。

 セルゲイも首を左右に傾けて、コキリと鳴らして羽織っている外套のベルトを少しキツく締める。

 せめて給料分の仕事はしよう。

 

「それじゃ、演習開始ってな」

 

 その呟きを合図かのように、エンジンが唸り、そして演習場へ向けて魔術兵と一人の連邦少女を乗せて出発した。

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